殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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118:文化祭⑩

 平素とは状況が違った。

 

 深夜一時。アメリカ東海岸、チェサピーク湾。

 南北に約三二〇キロメートル、幅は最大四八キロ。アメリカ最大級の河口湾だ。

 

 平均水深はわずか六メートルほどの浅海。

 湾の入り口には、橋と海底トンネルを組み合わせたチェサピーク・ベイ・ブリッジ・トンネルが横たわる。全長約二八キロ。観光名所であり、同時に重要な交通インフラでもある。

 

 だが、この湾を特別な存在にしているのは、さらにその先――入口に構えるノーフォーク海軍基地だ。

 

 世界最大の海軍基地にして、大西洋艦隊の中枢。

 首都ワシントンD.C.への“海の玄関口”を守る位置にあり、アメリカの国防上、最重要拠点の一つとされている。

 

 原子力空母や駆逐艦が並ぶ光景は、確かに圧巻ではあるが……。

 

 ぎぃいぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイいいいいいいいいああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 何かが攻め込んでくる。

 テロであればいい。どこかの軍隊であってもいい。

 そうした外敵と戦う訓練なら受けてきた。彼らと戦って死ぬ覚悟も出来ている。

 

 しかし海底で無数のシルエットが蠢き、夜空には真っ白な天使が飛び交うような光景は想定の埒外だ。

 甲高く共鳴するような圧倒的音量の咆哮に、マルチカム迷彩の軍服を着た男は思わず身を竦ませた。

 

 上官が怒鳴る。

 

「気を強く保て! ホームを守る戦いだ! ここを譲れば、この国は終わりだぞ!」

 

「ああ分かってる! だが、奴らは何だ!? どこから出てきた!?」

 

「知らん! 通信がまともに機能しない! だが、先日イタリアで出たっていう『天使』とかいう、ふざけた連中じゃないのか!?」

 

 趣味の悪い響きだと、アメリカ海軍の正規軍人チャールズ・アダムズは夜空を見上げた。

 

 ならば神の裁きとでも呼ぶべきだろうか。

 真っ黒な昆虫が質量を活かして急降下し、その更に上空から放たれた光が煌めいた。

 天空から雨あられのように光の槍が降り注ぐ。

 

「避けろぉ!!!!」

 

 軍服の男が横っ跳びに身を躱す。

 一秒前まで彼が立っていた場所に、白銀の槍が深々と突き刺さった。細身の槍は微かな金属音を立てて不気味に震える。

 

 こちらだってやられっぱなしという訳でもない。米軍の大火力が火を噴いた。

 迫り来る節足動物の群れを力ずくで押し返す。今のところ防衛はどうにか成功している。

 

「海底の蟹に気を付けろ!!!!」

 

「具体的に何をどう気を付ければいいんだ!!!! 一つ一つが戦車並みに頑強な殺傷力の塊が、海底を埋め尽くして陸に変えてしまうほどいるんだぞ!?!?」

 

「光だ!! ロスの反省から大量配備されていた灯火部隊が、今ここに大急ぎで向かって来ている!!!! 今はまずスマホのバックライトでもいい! とにかく照らして潰せえええええ!!!」

 

 夜闇を消し飛ばす戦火。

 交わされる会話はすべて叫び声だった。爆音が連続して言葉はほとんど掻き消される。

 

 チャールズは苦々しげに夜空を見上げる。

 

「ふざけやがって……!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 チャールズは敬虔なクリスチャンだ。

 同僚は酒やギャンブルに興じるような連中ばかりだが、彼は実家の母親に手紙を書くことを怠ったことがない。

 

 誰が見ていなくとも神は見ている。

 そう信じて規律を守る生き方をしてきたつもりだった。

 

 しかし、これは何だ。

 白い動物。

 海上を駆ける馬。真っ白なイルカ。そして鳥類の数々。

 

 どれもこれも頭上に天使の輪を浮かべた獣ども。

 陶器のように白い体表に淡い光が走る、神聖にして異形の怪物たち。

 

 そして、それらと連携する漆黒の節足動物たちが空と海を区別なく展開して、暗い海と夜空そのものを埋め尽くすかのような勢いで攻め込んでくる。

 

「また……!!!」

 

「おいおいおい何だあれは……!?!? ふざけんなよおい!?!?」

 

 そして一人。

 『何か』いる。

 六枚の翼を持つ人型の何か。

 

「……神よ」

 

「おいしっかりしろ!! 死ぬぞ!!!」

 

 シルエットとしては、むしろ小さい部類だろう。遠目過ぎて分からないが子供のように見える。

 しかし、心臓に釣り針を引っ掛けられたかのような圧倒的な威光が油断を許さない。

 白いフードを深々と被ったそれは、こちらを見下ろしながら動かない。

 

 チャールズは無理やり六枚羽の天使から目を逸らした。

 今はこの影の軍勢と、動物型の天使と戦う時だ。同僚たちに向きあう。

 

「本体は!?! 影の怪物は一人の女が"個性"で産み出しているはずだろ!?!? ロスではエンデヴァーが倒してくれたはずだ……あの女を探せ!!!!!」

 

「どうやって!?!?!?!?! どこにいるかも分からないのに?!?!!?」

 

「だからそれを探せと言ってるんだクソ!!!!!!」

 

 体高7メートルはある巨大な蟹。

 つい数カ月前にロサンゼルスを支配した影の節足動物の群れ。

 

 それらが海底を全て塞ぐ勢いで侵攻してくる。

 所々でそちらに向かって火薬に後押しされた弾丸が放たれるが、ロスの報告を見る限り奴らのカタログスペックは旧い時代の戦車に匹敵する。

 何故か一秒間に九倍の増殖を使わないが、それでも焼け石に水。彼らの進軍は止められない。

 

 ノーフォーク海軍基地。

 世界最大の軍港は、その戦争の顔を剥き出しにする。

 

「全艦、戦闘配置!」

 

 こうなってしまうと個人主義のプロヒーローの出る幕は無い。

 出てきた所で鉛玉と電磁波兵器の応酬に巻き込まれて吹き飛ぶだけだ。

 サイレンが重なり、甲板灯が赤に切り替わる。係留されていた艦艇が次々と動き出し巨大な鉄の群れが目を覚ます。

 

 空母打撃群。

 システム起動。

 迎撃ミサイルが夜を切り裂き、黒と白の獣の群れに突き刺さる。

 

 爆発。

 光。

 輝き消える白い破片。

 

 撃ち落とされる天使たち。

 幸いなことに一つ一つの耐久性はそれほど無い。目標の撃破はできている。攻撃は通じている。

 

 沿岸ではIADDSが火を噴く。

 PAC-33が発射され、THAAADが高高度を薙ぐ。

 秒間八十万発。人類が積み上げてきた防空という概念の到達点。

 米国の誇りは黒い節足動物という外敵を確実かつ迅速に無力化していくが……。

 

「F〇ck!!!!!!!!!  連中あと何億体いるんだ!?!?!?!?!?!?」

 

「あの鳥とイルカども、生意気にも回避行動なんて取りやがる……!!!!」

 

「カニの方は朝方になれば消えるとしてあっちはどうすんだ!?!!?」

 

「分からん!!!! いなくなるまで撃ち続けるしかねえ!!!!」

 

「おいおい正確に起動できてるのかこれ!?!? もうとっくに全員撃ち落とせているはずだろ!?」

 

「『天使』とかいう奴ら()()()()()()()()()()、対空システムを対応させろお!!!!!!!!!」

 

 天の白。海の黒。

 それらの大軍勢は鋼鉄と火薬に粉砕される傍から怪物が怪物を追い抜いて、ジリジリ米国の陸地に近寄ってくる。

 

「地上部隊接近戦に移行!!!! 後方部隊シグナルロスト!!!!!!」

 

「嘘だろおい!!!!! 俺らの背後でもう戦闘が始まってるってことか!?!?!?」

 

 天使たちも決して無防備なわけでもない。

 人工物じみた白銀の皮膚を光らせて蹄で波を蹴り上げ、空中ではイルカやシャチといった海洋性哺乳類の群れが旋回しながら砲火を避ける。

 

 その中でも明らかに親玉。

 全長200メートルはあると思われる純白のマッコウクジラ。

 

 その頭上の天使の輪が、閃光を伴って回転。

 水中を泳ぐ意思なき瞳がギラリと光り、続いてシャボン玉のような半透明の膜が展開される。

 その圏内。クジラ付近の砲弾やレーザー兵器の全てが不自然に空中で停止した。

 

 ”個性”持ち。

 飛び道具の全てを空中で縫い留めながら、海洋の動物を模した天使はその巨体を活かして湾内に突入する。

 

「おいおいおいおいおい!?!?!??!?! やめろよ? やめろやめろダメだダメだ神よどうか我らを」

 

 祈りは届かなかった。

 

 その大口を開き、神域の獣は極大の咆哮を放った。

 チェサピーク湾の黒々とした水面を割って、二本の真っ白な柱が飛び出す。

 

 ややピンクがかった高さ100メートルはありそうなそれは、駆逐艦を真下から突き上げてあっさり貫いた。

 

「おいッ!!!!」

 

「お、墜とせ墜とせ墜とせ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! あんなの連発されたらそれだけで全滅しちまう!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを見てチャールズ・アダムズは咆哮した。

 

 砲手たちは必死に照準を合わせてミサイルを発射し続ける。

 カメラに映らないというのが想像以上に厄介だ。電子化が進む軍の装備ではいつ不具合が起きるか分かったものじゃない。

 

 そうしているうちに隣の艦では、ワニの天使が艦の艦橋めがけて突進し、広い甲板の上に陣取った。

 銃弾の雨を受けながらも軍人に突撃するイリエワニを見たチャールズは歯噛みする。

 

「野郎……!!!!」

 

「伏せろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 夜空に十字の光芒が複数出現した。

 体長7メートルはあるイルカの部隊。数は八。これでも四体は落としたのだ。

 

 夜空より真っすぐに放たれた純白の閃光が、また別の艦隊に直撃した。

 分厚い鋼鉄をチョコレートのように溶断する熱線が、ロックフェスのレーザービームよりも気楽に振り回される。 

 

「全員、警戒を!!!! あらゆる方向から来るぞ!!」

 

「こ、こんな数……どうやって止めるんだ……ッ!!」

 

「止めるんだ!!!!!! この港を絶対に守る!!!! でなければ次に焼かれるのは何も知らずに眠りこけてる女房とガキだぞ!!!!」

 

―――――――――

 

 一方で殻木霊火。

 現在進行形で行われているアメリカ侵攻の主犯格。

 姿を見せない卑怯な国敵が日本でデートをしているなんて、ペンタゴンは夢にも思っていないだろう。

 

 タクシー移動。

 なんと緑谷が運賃を払ってくれた。今は緑谷も十分すぎるほど金持ちなのでそういう余裕もあるという訳だ。

 正直、霊火は表に出せるだけでも緑谷と比べて桁が二つぐらい違う資産額を保有するが、霊火は出来る女なので男性をたてて上げることにした。

 

 リボン編み込みハーフアップの小柄な少女は、初手でこう言った。

 

「最初にハードル下げてもいい?」

 

「どうしたの霊火さん?」

 

「何かトラブルがあって映画を見れなかったりしても気に病まないでね。正直、敵の襲撃ぐらいはあると思ってるから」

 

「霊火さんは僕が守るよ。何があっても絶対に」

 

「それをサラっと言えちゃうのはマジでカッコいいと思ってるよ」

 

 少女は少し頬を赤くすると、絡めた指先に力を込めた。

 

 ……緑谷出久は緑谷出久で、手を握っている相手が『アマリリス』だとは夢にも思っていない。

 アメリカへの攻撃の前にちゃんと情報は封鎖したため、少なくとも彼とのデートの間はニュースも届かず平和に過ごせるのがいい所だ。

 

(向こうは夜の1時で、『黒影』の都合で全力全開で攻撃出来るのはあと5時間ぐらい。映画を見るには十分かな?)

 

 しかし霊火には、緑谷とのお出かけ中にスマホを覗く趣味はない。

 戦闘の結果はトイレにでも行った時に確かめるとしよう。隣から覗き込まれて即死というのも馬鹿らしいし。

 

「それにしても出久くん、よく外出許可が下りたね? 相当大変だったでしょ。私とか『ナイン』に狙われてるの分かり切ってるし」

 

「結構粘ったよ……。相澤先生には最後まで渋られたけど、僕がずっと目を離さないって条件でようやく……」

 

「あはは!! 相澤先生って結構甘いよね」

 

 最初はとんでもない鬼教師が来たかと思ったが、慣れてしまえば意外と甘い部分も見えてくる。

 それが相澤消太という男だ。霊火の中で今も機能している『雲』もそう言っている。

 

 それにしても、緑谷は霊火を映画に誘う前にきちんと根回しをしてくれていたらしい。

 映画を観に行くために彼がそこまで頑張ってくれたこと自体が、霊火にとっては何よりも嬉しかった。

 

 本気コーデの殻木霊火は向日葵のように明るく笑い、元気に脚をパタパタと揺らす。

 

「じゃあ、許可を出してくれた相澤先生のためにも面倒ごとは起こさないようにしないとね」

 

「霊火さんからそんな言葉が聞けるなんて……!!」

 

「やっぱり出久くんって私をとんでもない問題児だと思ってるよね?」

 

 そう言った瞬間だった。

 

 どこか遠くから、コンクリート塊が崩れるようなとんでもない破壊音が響いた。

 タクシーの窓越しに外を覗くと、明らかに悪人面の男が二人、巨大化した姿で街を壊しながら取っ組み合っていた。

 

「Oh……」

 

「っ!? すみません停めて下さい!!!! お代は雄英高校に伝えて下さい!!!!」

 

 タクシーが急ブレーキを踏んだ。タイヤが悲鳴を上げて車体が前のめりに沈み込む。

 

 シートベルトを忘れた霊火が慣性に負けて前方につんのめるが、緑谷は器用に横から腕を伸ばして同乗者を捕まえた。

 少女は顔を真っ赤にするが、緑谷は気にせず流れるようにドアを開ける。そして霊火を抱えたままほとんど飛び出すように車外に降りた。

 

 何故か胸元を両腕で押さえながら素早く地面に足をつけ、真っ赤な少女も一言。

 

「ねえ、アレちょっとマズいよ」

 

「行かなきゃ……!!!! このままじゃ被害が……!!!!」

 

 おそらく敵同士の抗争だろうが、いくら素人でも巨大化”個性”で暴れられたら悲惨な事になる。

 当然、緑谷は被害の拡大を止めようと走りだしかけたが霊火を見て動かなくなる。

 

「っ……!!!」

 

「? ……あ、そっか。出久くんは私を見なきゃいけないのか」

 

 繰り返すようだが、霊火はつい先日に『ナイン』に襲撃された被害者でもある。

 彼は、霊火から目を離すことは出来ない。元よりこれはそういう約束での外出だ。

 

 『約束を破って霊火から目を離す』『目の前の市民を見捨てる』

 選べるのは二つに一つ。いきなり完全なデッドロックに陥った少年に霊火は苦笑い。

 

 アイコンタクトで許可を出す。

 

「行っていいよ?」

 

「ダメだ……!!! 霊火さんも危ない」

 

「いや行っていいってば私は自衛出来るからさ」

 

 実際、ちゃんと警戒している状態の霊火を崩すのはいくら『ナイン』でも難しいだろう。

 それでも彼は動かない。非常に苦しげな顔で逡巡する彼を見た霊火は驚きを隠せなかった。

 

 かなり意外な反応だ。 

 緑谷の性質上、破壊音が聞こえた途端に走り出して人助け。そうでなくとも霊火が許可を出した瞬間に走りだすと思っていた。

 

 しかし彼は、離れた一瞬に霊火が襲撃されるリスクを排除しきれないのだろう。

 

(……これ本当に『ナイン』じゃないだろうな……巨大化個性は囮で、ここで逸れた瞬間に襲ってくるパターンもあり得るけれど……)

 

 実際、今は霊火にとってもかなり危険な場面だ。

 要人警護において陽動で護衛を引き剥がすのは基本中の基本。護衛が走り出した瞬間に路地裏から手が伸びて護衛対象を連れ去るというのはテロや誘拐で最も多用される手口である。

 

 これはヒーロー基礎学でも説明されていたロジックで、緑谷も理解している。

 つまり、巨大化個性二人の喧嘩が緑谷をターゲットから引き離すための囮という可能性は実際にかなり高い。

 

 そして全員を助けたい緑谷は、非常に苦しそうな顔をしながらも霊火の傍にいてくれた。

 

(……マジで自衛出来るけどな私。でも出久くんがこっちに居てくれるというのなら……)

 

 霊火が、彼の取りこぼしを拾ってあげるしかない。

 

 霊火は自身の両手を組み合わせた。

 祈るようなポーズと共に少女の傍に黒い影が出現する。

 

(”プリムローズ”さえ持ってきていればなあ……!!!)

 

 デートにサポートアイテムを持ってくる気がちょっと起きなかったのだ。邪魔な長物だし。

 ……アレさえあれば緑谷と一緒に現場に急行するという選択肢もあった。しかし無い物はないし、霊火はサポートアイテム抜きでの機動力は並み以下だ。

 

 だから霊火は尖兵を放つ。

 

「カゲマル!!!」

 

「grrrrrrrrRRRrrrrr……」

 

「GO!!!!!!」

 

 霊火の相棒・カゲマルは、逞しい四肢をアスファルトに食い込ませてロケットみたいな勢いでダッシュしていった。

 ……体長四メートル近い真っ黒な巨体に爛々とぎらつく四つの目。ワニのように大きく裂けた顎から零れる青白いエネルギー。現場の市民が悲鳴を上げても無理はないが、もう手段はこれしかない。

 

 一応、じっくり見たら可愛いとA組で評判なのだが……。

 緑谷が再起動した。

 

「っ!! 霊火さんは僕の背中に!! 絶対に離れないで徒歩で急いで現場に向かおう!!」

 

「了解!! カゲマルが一匹で全部片づけちゃうかもしれないけれど」

 

「それならそれが一番いいよ!! 霊火さんも本当に気を付けて、慎重に行こう!!」

 

 ―――――――――

 

 本当にカゲマルが全員片づけた。

 殻木霊火のおっきくてカワイイ忠犬は、ズタボロの強面刺青男二人をアスファルトに組み伏せてその上に前脚をかけ、舌を出して誇らしげに霊火たちを見る。

 

「おお、やるじゃんカゲマル」

 

「皆さん!!! お怪我はありませんか!!! 身動きの取れない人はいませんか!!!」

 

 感心する霊火をよそに、緑谷はすぐさま救助活動へと入ろうとする。

 だが次の瞬間、市民の一人が号泣しながら緑谷に縋りついた。

 

「わ……私の妻が、崩れたビルの中に……!!」

 

「すぐ向かいます!!!! 大丈夫ですよ、絶対に無事です!!!!」

 

 デクがちらりとこちらを見た。霊火は三つほど”鬼火”を生成し、権限を緑谷に渡す。

 

「『腐食』系だから」

 

「……!! ありがとう霊火さん!!」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

 鬼火を漂わせる彼は、崩れたビルの方へと走っていった。

 

(なるほど。実際に困っている人から直接助けを求められるのが私から目を離すラインか)

 

 とても正しい判断だ。

 『敵に狙われている霊火から目を離さない』というルールは破ってしまうが、相澤の指示はあくまで襲撃の危機への対策。

 今は目の前で、生き埋めという「確実な死」のリスクが発生している以上そちらを優先するのが道理だ。

 

 きちんと霊火の許可を取ってから救助に向かっているため、こちらとしても見捨てられた感はまったく無い。

 

「はーい!!! 皆さん危ないので瓦礫から離れて!! あとはヒーローたちが救助や敵の引き渡しをしまーす!!」

 

 ちゃんとマニュアル通りにギャラリーを遠ざける。

 そしてカゲマルを手元に呼び寄せながら慎重に敵の様子を窺った。

 

 特にこれといった特徴の無い、典型的な不良だ。

 スキンヘッドや入れ墨が目立つどこにでもいそうな敵。

 

「……よくやったね、カゲマル」

 

「grrrrrrrrrrr………」

 

 分かりづらいが、これは甘え声だ。

 しかし霊火式『黒影』ことカゲマル、こうして実戦投入してみると本当に強い。霊火たちが何もせずとも一匹で全てを制圧してしまった。

 

 まあ元から強い常闇の『黒影』が、口から『死因』を乱射しつつ最高時速三〇〇キロで疾走するのだ。

 設計思想からして弱いわけがないが、それでも予想以上に便利。というのが正直な評価だった。

 

 カゲマル自体が完全な外付け戦力なので、「自律思考する犬をけしかける」という滅茶苦茶に強い行動に対して霊火側のリスクがゼロなのが素晴らしい。

 

「おー、よしよしよし。偉いぞカゲマルよくやった」

 

「grrrrRRRrr……」

 

 カゲマルは嬉しそうに尻尾を振る。

 

 そのとき、歓声が爆発した。

 

「あ、ありがとうフロイライン!!」

「その子、フロイラインのなの!?!?」

「可愛いー!!!!」

 

 そもそも彼らは、カゲマルがヒーロー側かどうかも分かっていなかったらしい。

 称賛の声に、霊火は適当に手を振り返す。少し前までは嫌で仕方がなかったこの歓声も気がつけば笑顔を作れる程度には慣れていた。

 

 それはそれとして、神経は研ぎ澄ます。

 

 隣でカゲマルが顔を寄せてくる。彼も飼い主の意図を汲み、きちんと周囲を警戒してくれているようだ。

 

 まずは敵の引き渡し。次に救助活動。

 そして何より、他の襲撃者への警戒。

 

 霊火は、結ってもらった髪を無意識に触る。

 最初にハードルを下げておいて良かった。今日はもう何も起きないだろう。

 

「………………………」

 

 映画、行きたかったな。

 

 






涙目霊火と名犬カゲマル
次回「アメリカ復活!!」


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