殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

120 / 122
120:文化祭⑫

 ひとまず、死ななかったらしい。

 

 殻木霊火は思考する。

 思考できているならば生きているということだ。

 まさか死後の世界というわけでもあるまい。あったら困るし。

 

「…………………」

 

 実のところ、息ができているという段階でかなり意外ではあった。

 感覚としては死んでもおかしくない感覚だった。あの離脱感は普段読み取る『死因』でも比較的よくある部類で、系統としては自然死だ。

 それも老衰による死に近い。実年齢九歳で寿命死というのもなかなか切ない話だが。

 

 最初に意識へ戻ってきたのは匂いだった。

 鼻の奥に残る独特の清潔さ。消毒液の匂い。

 次いで、背中いっぱいに広がる柔らかな感触。

 

(……どこ……?)

 

 重たい瞼を押し上げると、白い天井が視界に入った。

 均等に光を落とす照明。見覚えのあるその景色に少し遅れて理解が追いつく。

 ここは雄英高校の保健室だ。

 

「…………あ」

 

 その瞬間に自分が誰かと手を繋いでいることに気づいた。

 思わずぎょっとして視線を落とす。

 

 ベッドのすぐ傍。

 パイプ椅子に腰掛けたまま、緑谷出久がいた。

 背中を丸め、前のめりになった姿勢で霊火の手を両手で包み込むように握りしめている。

 

「…………えっと」

 

 ご丁寧に、指までしっかり絡められていて動かせない。

 霊火の『トランジスタ』の起点は基本的に右手なので、攻撃手段の大半を封じられた形になる。

 

 おそらく彼は霊火が寝起きでパニックになるのを警戒したのだろう。

 少女は少しだけ力を込めて右手を抜き取ろうとするが、まったく歯が立たなかった。

 

 緑谷は眠っていて、意識して力を込めているわけではないはずだ。

 それでも霊火は握られた右手をまったく動かせなかった。

 

「…………………………うう」

 

 性差を感じる。

 霊火は女性の中でも特別非力な方だが、まさか眠っている緑谷出久にすら勝てないとは思ってもみなかった。

 正直、ちょっと怖い。

 

「……いーずーくーくん?」

 

 とりあえず相手が緑谷だったことに安堵しつつ、彼の様子を伺う。

 彼は眠っていた。

 祈るようで、縋るようで、疲れたような顔だ。

 

(…………………………悪いことしたかな)

 

 せっかくのお出かけだったというのにお互い散々だ。

 思い出したら泣きそうになってきたため慌てて頭を振る。

 

 ふとサイドテーブルを見ると、霊火のスマホが置いてあった。

 左腕(義手)を伸ばす。

 ニュースサイトの『アメリカ大統領、非常事態宣言を―――』といった通知をフリックで飛ばし、真っ先にメッセージアプリを開いた。

 

 まず一番目立つ位置にあったのは、友人からのものだった。

 おめかしして送り出したはずの霊火が映画も観られないまま高熱で帰ってきたことに、相当ご立腹らしい取蔭切奈からのメッセージである。

 

 ちなみにこう書かれていた。

 

『とりあえず緑谷を殺すって方向でOK?』

 

 駄目に決まってるだろ。

 

―――――――――

 

 基本的に慢性的な体調不良の霊火だが、日付が変わらないうちに歩けるようになった。

 

 気が付けば深夜。

 渋るリカバリーガールを何とか説得してハイツアライアンスに帰る許可を貰った霊火は、緑谷と共に夜道を歩いていた。

 

 熱も痛みも倦怠感もない。

 近年稀に見るレベルで好調だが、倒れた原因は霊火にも分からずじまいなので逆に怖い。

 

(…………………………いやおかしいな。絶対におかしい)

 

 なんでこんな調子いいんだろう。

 ヒトは急に体調を崩すことはあれど、急に体調が良くなることはあまりない。

 何か致命的な落とし穴がある気がして殻木霊火は首を捻る。考えすぎている気もするがどうにも確証がない。

 ロウソクが燃え尽きる前の最後の輝きとかじゃないといいのだが。

 

「あのさあ出久くん」

 

「どうしたの?」

 

「私が眠っている間に何かした?」

 

「……何かってなに!?!?!?」

 

「えっ」

 

「え、いや僕は霊火さんを雄英に連れ帰ってリカバリーガールに託しただけで、確かに手は握ってたけどそれ以外の場所に触ったりとかはオールマイトに誓って―――」

 

「あ、いやそういう意味じゃなくって!!」

 

 とんでもない方向に話が飛んでいった。

 霊火は真っ赤になって緑谷の脇腹を殴り付けるが、反作用でよろけた。

 

「そういう心配はしてない!! 眠り浅いから絶対気付く!! いや起きたら元気になってたから何かあったのかなって……」

 

「う………。えっと……」

 

 勘違いで気まずい沈黙。

 互いに顔を真っ赤にして目を逸らす。確かにこちらの質問の仕方が悪かったところはあるが、だからといってそれは無いだろう。

 

「…………あ、でもクラスの皆が心配して見に来てくれてたよ!! B組の人も来てた」

 

「げ、切奈とか大丈夫だった? 変なこと言ってない?」

 

「………怒られちゃった。どうして霊火さんを守れていないの? って」

 

「理不尽……」

 

 敵の攻撃から守れなかったとかならとにかく、勝手に一人で倒れた霊火を守れというのも無理な話だ。

 

「……取蔭さんって良い人なんだね」

 

「…………ねえ出久くん。本当はなんて言われたの?」

 

「えっ!?!?!? いやっ!?!? 言った通りだよ!?!?」

 

「ふう〜ん? ならそういうことにしてあげよっか」

 

 不意打ちだったのだろう。緑谷出久はダラダラと冷や汗を流して目を泳がせた。

 

 ……取蔭は、そういう理不尽な事は言わない。

 即ち、緑谷には別の内容で釘を刺したと推測出来る。

 霊火に対して嘘をついたと言うことを考慮すると、まあ『付き合いもしない癖にまた霊火を利用したの?』といった具合だろう。

 

 これはこれで理不尽ではある。

 赤い瞳の少女はくすくすと小さく笑った。

 

「まあ切奈は私が落ち着かせておくよ。で、他に怒ってた子は?」

 

「…………いや、これは僕の責任だから霊火さんは気にしないで大丈夫」

 

「女子の共感性舐めてんだろ。男子には絶対に手に負えないから素直に言ってクソナードくん!! ほら、霊火お姉さんに相談!!」

 

「……割と女子全員に」

 

「うっわあ」

 

 取蔭や芦戸を筆頭にしたA組は、霊火がこのデートをどれほど楽しみにしていたかをよく知っている。

 

 しかし雄英を出て数時間後に、霊火は泥だらけで高熱を出し意識不明のまま戻ってくる。

 彼女らはそれが相当癪に障ったのだろう。煮え切らない緑谷への不満が噴出したカタチだ。

 

 霊火は肩を竦めた。

 

「あっちは私が抑えておくよ。それにしても困ったね」

 

「な……何が?」

 

「実はさ、出久くんはちゃんと言ってくれてるんだよね?」

 

 そして少女は、彼に貰った言葉を持ち出した。

 

「皆が笑って暮らせるようになったら、今度は出久くんから……って」

 

 そう。

 切奈や三奈には伝えていないが、緑谷は既にちゃんと誠実な答えを出している。

 霊火は決して弄ばれているわけでも、振り回されているわけでもない。しっかり合意の上で、彼の言葉を信じて待っているだけなのだ。

 

 緑谷は顔を真っ赤にした。

 

「…………うん」

 

「いやこれでフラれるパターンもあるのが怖いけれど。え、これでフラレたらさすがにショックだよ私。そりゃ出久くんの自由意志だけどさ、やっぱり他の女の子が好きだから~とか言われたら泣くからね?」

 

「それは絶対に無いと思う」

 

「せめて私が生きているうちは夢を見させて欲しいというか。……私が居なくなった後はフリーなんだからさ、流石に慈悲が欲しいというか……」

 

 好きバレしている霊火は無敵だった。

 赤くなりながらも本音を言い続ける霊火をじっと見つめて、緑谷はこう続けた。

 

「……霊火さんには、待っててほしい」

 

「私は割と急いでほしいんだけど」

 

「一生懸命努力します」

 

「頼むよ本当に……。お墓の前で言われてもちょっと困るというか……」

 

 ちなみに、霊火が高校卒業まで生きられないということを、切奈たちは知らない。

 これはオールマイトや相澤も知らない情報だ。

 

 緑谷出久は霊火と話していて、とても辛そうに視線を落とした。

 

「……霊火さんは、さ」

 

「ん?」

 

「……その話、クラスの皆には教えてあげないの?」

 

 霊火は思わず笑ってしまった。

 あと2年も生きられないなんてクラスメイトに伝えられたら、彼らは困るだろう。

 

「やだよ。クラスが辛気臭くなって堪らないよ」

 

「……………そう……かな」

 

「腫れ物扱いなんて実家の病院だけで十分だし。まあ流れで出久くんには教えちゃったけれどね」

 

「分かった。絶対に秘密にするよ」

 

「これから体調不良も増えるだろうし、隠し続けられる内容でもないからそこまで気にしなくていいよ。多分、来年の文化祭は参加できないから」

 

 話せば話すほど、緑谷の表情が曇っていく。

 ……彼は普段の会話から、この問題に触れることを明らかに避けていた。

 殻木霊火は緑谷に一番近い友人であり、共に多くの死線を潜った戦友であり、最も近い異性だ。

 彼も、近いうちに来る別れを直視したくないのだろう。

 

 病弱少女は夜道を歩きながら明るくけらけらと笑う。

 

「あーあ!! きっと大人になるって楽しいんだろーな!! 出久くんだって最高のヒーローになるんでしょ?」

 

「……霊火さんのおかげでね」

 

「いーなぁ!! 私の分まで頑張ってよ。他のクラスの皆だって将来どんなヒーローになりたいかで夢中だし!! オールマイトなんて未だに私を出久くんのサイドキックにしたがってるし!! 相澤先生も大人になったら困るとかいう理由で私を怒ってくるし!!」

 

「そう……だね……」

 

「こっちは高校の卒業すら出来ないっての!! 笑っちゃうよね?」

 

 ついに感情の緒が切れてしまったのだろうか。

 緑谷は俯いたまま立ち止まり、拳をぎゅっと握りしめたまま動かなくなってしまった。

 

 少し意地悪が過ぎたかもしれない。

 

 霊火は苦笑する。

 自分の死を悲しんでくれる人がいるというのは悪くない気分だが、やりすぎてしまった。

 

 少女は少年の前に歩み寄り、右手で彼の手を取る。

 

「ほら行こう出久くん。もう帰らないと」

 

「…………」

 

「ああもうそんな悲しい顔しないで? ね? もう心配だなあ……!!」

 

 そして薄命の少女は、花のように笑ってこう続けた。

 

「私がいなくなったあと、出久くんがちゃんと乗り越えなきゃ嫌だよ? だから頑張ってね?」

 

 ―――――――――

 

「…………線香花火みたいな子だな、殻木霊火……」

 

「七……代……目……?」

 

「九代目、そろそろ答えを出してあげないと可哀想だよ」

 

 気がつけば、緑谷出久は見渡す限りに広がる空間の中央で立ち尽くしていた。

 

 その中心に据えられた石の玉座。そこに腰掛けた志村菜奈は額に手を当てて天を仰いでいた。

 

「いいか出久くん、人生の先達として伝えておく。あんな子を見逃したら、もう二度と出会えないよ」

 

「ええ……?」

 

 開幕からとんでもない予言をぶつけられた緑谷は、夢の中で必死に頭を回転させる。

 

(ワン・フォー・オールの面影!? なんで今……!?)

 

 前回もこんな入りだった気がする。

 ここはもしかして恋愛相談をするための空間なのだろうか。

 

「出久くん」

 

「は、はい!!!!」

 

「どうする?」

 

「……………………えっと」

 

 どうすると言われても。

 

 緑谷出久が硬直していると、志村菜奈はごく真剣な表情で椅子から身を乗り出した。

 返答を待ち続ける彼女に少年は恐る恐る聞き返す。

 

「ええと……つまりどういうことでしょうか?」

 

「改めて聞く。君は殻木霊火をどう思っているのか、という話だ」

 

「ちょっと待ってください七代目。整理する時間をください……」

 

 なぜ過去のOFA継承者と恋バナをしているのか。

 緑谷出久は心底疑問に思いながら、それでもこう答えた。

 

「……大切な人では、あります」

 

「異性としては?」

 

「……あの」

 

「キスしたり、それ以上は? 君は彼女とそういう関係を進めたいと思うか?」

 

「ちょっと待ってください!? これ僕はいったい何を聞かれてるんですか!?」

 

 緑谷出久はクソナードだった。

 少年は慌てて両手を振り、質問を止めようと試みる。

 

「そ、そんなのは僕より霊火さんの考えのほうが重要ですし……霊火さんもそんな事は望んでいないと思います!!」

 

「あのなあ緑谷君。女性といっても君と同じ人間だ。女の子に“そういう”願望が無いというのは、普通に間違いだぞ」

 

「ちょっと待って七代目」

 

「女性も男性と同じだ。”好きな異性と特別な関係になりたい”という欲求は当たり前にある。ただ表に出しづらいだけだ。……女の子は無垢で清純だと過剰に神聖視するのは本人も可哀想だぞ」

 

「待ってください七代目!! 僕にとって霊火さんはそういう対象じゃなくて!!」

 

「………………それ、絶対に本人に聞かせるなよ?」

 

「あ」

 

 結構な失言に真っ青になる少年。

 対して既婚者の女性は呆れ混じりのため息をついた。

 

「で、正直に言ってどうなんだ? 君は彼女のことをどう思っている?」

 

「…………ちょっと、分からなくなっちゃって」

 

「もっと素直に。恋愛を絡めなくていいから教えてくれ。大事なことだ」

 

 志村奈菜の声は叱責でも誘導でもないが、逃げ場は塞がれてしまった。

 

 緑谷出久は視線を落としてしばらく黙り込む。

 胸の奥に溜め込んでいたものを、言葉にする。

 

「…………えっと」

 

 頭に浮かぶのは彼女の姿だった。

 思い出の数々が鮮烈に蘇る。志村奈菜は何も言わずにただ黙って耳を傾けていた。

 

 大きく息を吸って、吐く。

 そして少年はぽつりと零した。

 

「……生きていて、ほしいんです」

 

 それは祈りだった。

 文化祭の話をする姿。あれこれとしょうもない話をする日常。

 他愛もない冗談を言い合い、じゃれ合い、共に歩いてきた日々。

 

「まず、健康になってほしくて……それから、もう少し周りを信じてほしくて―――」

 

 それは、緑谷自身がようやく辿り着いた本音だった。

 

「―――霊火さんが、いなくなるのが嫌です」

 

 恋愛よりも先。

 異性として好きとかそういう話よりも先に彼女の無事を願う。

 一番切実な想い。これが緑谷出久の本当の気持ちだった。

 

 沈黙が降りる。

 やがて、志村奈菜はふっと小さく笑った。

 

「庇護欲……か」

 

「はい」

 

「……異性としての相手ではないと、君は思っているのだろう?」

 

「……はい」

 

「その気持ちは分かる。しかしな、だからといってまるで患者や子供のように扱うのは酷だぞ。一度、彼女の残り時間のことは忘れて本人と向き合うべき時じゃないか?」

 

「…………そうでしょうか?」

 

「そもそも君は“交際”というものを真剣に考えすぎだ。君は若い。別に遊びで付き合えとまでは言わないが、もうちょっと気楽に考えていいだろう」

 

 そしてこう続けた。

 

「もし君が彼女と共にいたいと思うならアプローチしてみるのも青春だ。君なら恋愛に現を抜かすこともないだろうし、彼女も君を応援してくれているじゃないか。私に言わせれば、ヒーロー活動や鍛錬に忙しいから女性と付き合えないというのは理由として弱い気がするね?」

 

 ―――――――――

 

「おはよう霊火さん。ちょっといい?」

 

「ん? おはよう出久くん。朝からどうしたの?」

 

「来月にまた映画のチケットを取ったんだ。霊火さんが良ければ一緒に見に行きたいな」

 

「行く絶対に行く一緒に行こうねっ!! 約束だよ!?」

 

 




ちょっとずつ……ちょっとずつ……


感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。