殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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121:文化祭⑬

 尾白猿尾は目の上に片手で庇をつくり、日光から目を守りながらにこう言った。

 

「殻木さん、もしかして少し足速くなった?」

 

「そんな事言われたの生まれて初めてだよ私」

 

 文化祭準備期間中であっても、雄英高校ヒーロー科は授業に忙しい。

 いつものヒーロー基礎学。指定のジャージを着てポニーテールの霊火は膝に手を付きながら答えた。

 

 今日はシンプルな身体能力強化訓練。

 こういう授業での緑谷出久は忙しく、轟焦凍あたりの実力者とデッドヒートをかましているため霊火に構ってくれない。

 

 虚弱体質でお荷物な霊火とペアになってくれた尾白は、不思議そうに首を傾げた。

 

「そもそも殻木さんがヒーロー基礎学に出ること自体珍しいね。いつも見学じゃん」

 

「なーんか体調いいんだよね。なら久しぶりに出てみようかなって」

 

「とても良いことだと思うよ。昨日敵退治の後、倒れて帰って来たって時は心配したけど……」

 

「心配かけてごめんね。……もしかして昨日保健室に来てた?」

 

「あ、実は緑谷以外は女子しか様子を見に行っていないんだ」

 

 少しホッとした。

 体調不良や倒れた直後の弱った姿は、正直異性にあまり見られたくない。

 そのへんの警戒心が非常に強い霊火に、A組の男子勢は気を遣ってくれたのだろう。

 

「ん~ありがとね?」

 

「全然気にしないで!!」

 

 曖昧な感謝となってしまったが、キチンと真意は伝わったようだ。

 ヒーロー科は根本的にいい人ばかりのため、霊火としても居心地がいい。

 

「でも今日の殻木さんは本当に調子がいいね。いつも校庭の端で日傘差してる印象しかないからビックリしてる」

 

「マジでなんなんだろうねこれ。因みにタイムはどんな感じだった?」

 

「100メートル21.4」

 

「おっそ」

 

「右脚悪くしてるから仕方ないよ……」

 

「霊火たちは何してるノコ?」

 

 話しかける声があった。

 振り返ると小森希乃子が建物の陰からひょこっと顔を出し、その隣で角取ポニーが大きく手を振っていた。

 

「あ、近距離走のタイム測定だよ。今日の私は絶好調なの〜」

 

「オー、スプリント! ヒーローは機動力とても大事デス!」

 

 ポニーは親指を立てて力説。

 彼女は自身のツノに乗って自由自在に空を飛べる。応用が利く器用な遠距離攻撃を持つことも相まり、A組内でも結構な実力者だ。

 

「クイックムーブできないと、市民は助けられないし敵も追えマセン!」

 

「私も全くの同感。何事も機動力なんだよねヒーロー業……」

 

 尾白はここで不思議そうに首を傾けた。

 

「でも殻木さんって、射程である程度誤魔化し利きそうじゃない? 5キロ先の障害物裏だって簡単にぶち抜くじゃん」

 

「私は基本的に引き撃ちしたいんだよね。近距離弱くて一発喰らったら終わりだから。そういう意味で逃げ足はとても大切なんだけど……」

 

 霊火は両手で『プリムローズ』を持つジェスチャーだけ見せた。

 ジャージ姿の少女はこの場にサポートアイテムを持ってきていない。

 

「サポートアイテム使わないと敏捷性がねえ……素の身体能力がこれだから」

 

「じゃあ霊火!!!」

 

 小森がぴょこんと跳ねた。

 何かを思いついた子供のように目を輝かせてこう言う。

 

「カゲマルに乗ればいいじゃん!!」

 

「…………ん?」

 

 殻木霊火がその場でぴたりと固まった。

 呆然とし、じっと小森希乃子を見つめる。

 

 頭の中で、カゲマルに跨って疾走する自分の姿が駆け抜けていった。

 

「あ、あれどうしたの霊火。何か地雷踏んだノコ?」

 

 様子のおかしい霊火に残り三人は顔を見合わせる。

 尾白が代表して声をかけた。

 

「おい……殻木、どうしたの……?」

 

「希乃子天才!!!!!!!!!! 私より頭いい!!!!!!!!!!」

 

「ええっ!?!?!?!?」

 

 カゲマルは自立稼働する攻撃手段として組み上げた存在だ。

 そのため霊火は無意識のうちに「乗る」という発想を切り捨てていた。

 

 しかし常闇が黒影で機動力を補っているなら、霊火も同じことをすればよかったのだ。

 

 少女は興奮気味に両手を組む。

 

「おいで、カゲマル!!」

 

「GrrrrrrrrrRRR」

 

 地面から漆黒の影が噴き出し、砂を擦る音と共に狼を思わせる巨大な獣の形を成す。

 せっかく四足獣にしたのだ。乗るという発想に思い至らなかったことが自分でも信じられない。

 

 カゲマルは主の意図を察し、静かに伏せて背を差し出した。

 霊火は左脚で踏み切りひらりと飛び乗る。影の感触はフカフカしていて意外なほど安定していた。

 手触りにまで拘った甲斐があった。

 

 ポニーが大きな声で叫ぶ。

 

「Be careful!! First step is “Walk”, not “Gallop”!!」

 

「大丈夫ポニー! 私そこそこ乗馬経験あるから!!! いっけえええええ!!!」

 

 ズドン!! と。

 

 鈍い衝撃音と共にカゲマルが猛加速。ついでに霊火が空中に置き去りになった。

 失敗したテーブルクロス引きみたいに中途半端な速度のままバランスを崩し、少女は勢いよく宙に放り出される。

 

「あ」

 

 その刹那、緑色の影が遥か彼方から凄まじい速度で割り込んできた。

 落下地点に飛び込んできたその人物は、落馬(?)した霊火を空中で受け止める。

 そのまま器用にお姫様抱っこへ移行して靴底で地面を削り取りながらもブレーキ。少女が地面に衝突して紅葉おろしみたいになるのを阻止した。

 

「危なかった……!!! 落ちてたら大怪我だったよ霊火さん……!!」

 

 霊火は恐る恐る目を開いた。

 柔らかく受け止めてくれた人物を涙目で見上げる。

 

「出久くん……?」

 

「珍しくヒーロー基礎学に出るって言いだした時から、なんか嫌な予感がしてたんだ。念の為気にしてて良かった……!!」

 

「え、まさかずっと見てたの!?!?」

 

「霊火さんはもう少し気を付けてほしいな」

 

 今さらのように心臓がバクバクと暴れだした。

 霊火は思わず両手で緑谷の胸元に縋りつき、荒い呼吸をする。

 

 ……本気で死にかけていた気がする。

 遅れて押し寄せてきた恐怖やら吊り橋効果で動悸が止まらない。

 真っ赤な霊火にポニーが呆れ顔で叫んだ。

 

「レイカは人の話聞かナイ!! No Saddle(鞍なし)、No Stirrups(鐙なし)で Gallop(全速力)は、ロデオのチャンピオンでも無理デス!!」

 

「焦った……!! ナイス緑谷!! あと殻木、運動するなら自分の限界を理解しておこうね?」

 

「霊火は思いついた瞬間に後先考えず実行する癖をちょっと直した方がいいと思う……」

 

「マジでごめん……」

 

 四人に囲まれて正論で詰められ、霊火はしゅんと小さくなる。

 

 緑谷が、丁寧に霊火を地面へ下ろした。

 だが、脚に力が入らず慌てて彼に縋りつく。

 

 それを見てポニーと小森は顔を見合わせて肩を竦め、尾白は気まずそうに頭の後ろを掻いた。

 

「……カゲマル案は、もうちょっと練習してから実戦に持ち込むことにするよ」

 

「でも凄くいい案だね霊火さん!! 霊火さんの戦闘スタイルは引き撃ちだ。これまではサポートアイテム無しじゃ足の遅さがネックになってて接近されると脆い。霊火さんはそれ対策の技を何個も開発していたけど、もし『カゲマル騎乗』が実現すればそれらは全部解決。高速高耐久のカゲマルに追いつける敵はそう多くない。カゲマルに乗っているという事は移動中も『プリムローズ』を攻撃に使えるという事だ。これは凄い作戦だぞ―――」

 

「これ希乃子が考えた戦法なんだけれど」

 

「凄いや小森さん!!!! 本当にすごい僕にも霊火さんにも考えつかなかった作戦を思いつくなんてなんて発想力なんだ。普段は”個性”が強すぎて開幕ブッパが答えになりがちだけれどこれは詰めたらとんでもない応用が出てきそうだぞ―――」

 

「ねえ霊火怖いノコ」

 

「病気みたいなものだからそのうち慣れるよ」

 

―――――――――

 

 雄英高校というのは敷地が広く、いざ守ろうとすると案外苦労する立地だ。

 

 その中でも校内の緑化地帯。

 隅から隅まで人の手で整えられた森とはいえ、夜気を孕めばやはり暗い。月の光は枝葉に噛み砕かれ、地面には斑にしか届かない。

 湿った土の匂いと葉擦れの音だけが満ちた夜の森。

 

「……来た」

 

 殻木霊火は、揺らめく“鬼火”を数個生成する。

 こうなってしまうと場の雰囲気も合わさって幽霊みたいになってしまう少女だが――とにかく“それ”は来た。

 

 静寂を破壊する足音。

 低く、重く、地面を抉るような四肢の踏み込み。

 霊火の視線の先、暗闇の中で藪が裂けて枝がへし折られ、巨大な影が膨れ上がる。

 

 幽霊少女は無線機に口を寄せ、唄うように呟いた。

 

「こちらC班『フロイライン』、緑化地帯内で侵入者対応。ただいまより迎撃に入ります。どうぞ」

 

『了解だよ。すぐに増援を寄こす。無理はしないこと――頼むよ、『フロイライン』』

 

 応答とほぼ同時に木々をバキバキとへし折って現れたのは、あまりにも巨大な狼じみた影だった。

 盛り上がった筋肉、地を掴む爪、月光を弾く牙。全身殺傷力の塊だ。一度接近されれば霊火などあっさり八つ裂きにされて終わりだろう。

 

 先手必勝。高射程型の持ち味は結局のところこれに集約される。

 霊火の右手に光が煌めき、パスタの麺よりも細い熱線が何条も走った。

 暗い森の中でそれらの光線は幾度も屈折して“侵入者”を狙い撃ち。空気が焼けて樹皮が爆ぜ、夜の森に焦げた匂いが立ち上る。

 

 だが、巨大な影は俊敏だった。

 四肢が地面を叩くたびに湿った土が抉れて落ち葉が爆ぜる。

 狼じみた怪物は身を低く伏せて一瞬で熱線の網をすり抜けると、そのまま跳躍してくる。

 

「カゲマル!!」

 

 霊火は後退しながら黒い獣を召喚した。

 闇の中で爛々と揺らめく4つの眼光が頼もしい。同じ狼同士、爪と爪が激しくぶつかり合う。

 

 見えたのは一瞬。

 月光を裂く銀の軌跡を少女は軽く躱す。

 爪の風圧が頬を掠めて背後の木が真っ二つに裂けた。

 

(呆れた。生身でカゲマルよりも強いんだ……)

 

 流石は雄英教師と言ったところだろうか。

 分かってはいたが近距離戦は論外。殻木霊火は戦闘を召喚物に任せて一度戦線から退こうと試みる。

 しかし狼影はそれを許さず、巨体に似合わぬ軽やかさで枝を踏んで鋭く少女の真上に到達。

 

 そのまま空中から爪を振り下ろしてくるのを見て、少女の口が動いた。

 

「『ワン・ショート・デイ』」

 

 必殺技。

 全方向対空攻撃。

 

 しゃがんだ霊火の周りから、緑がかった透明な結晶が何本も出現した。

 地中から凄まじい勢いで生えてくる高さ10メートル超のエメラルド。硬くて角張った質量の塊に真下から突き上げられるのを嫌った侵入者は、空中で強引に結晶を蹴り砕いて遠方に跳躍する。

 

 その着地を狙って、霊火の右手に十字の光芒が煌めいた。

 

 フロイラインの十八番。

 一直線のレーザー砲がそのまま侵入者に直撃する。

 

 しかし狼影は腕で顔を庇いながらそのまま強引に突っ込んできた。

 毛皮が焼けて煙が上がる。効いてはいるはずだが、止まってくれない。

 

「っ!! 守って!!」

 

 必殺のショルダーチャージ。

 侵入者の大技が小柄な少女に直撃するその寸前に、巨大な影の怪物が動線に割り込んだ。

 巨体と巨体が凄まじい衝撃音と共に激突する。

 

 侵入者――ハウンドドッグは叫んだ。

 

「GRRRRRRR!!!!  判断は悪くねえ‼ だがまだまだ甘ェ!!!!」

 

「そりゃどうも!!」

 

 互角。

 決定力に欠ける霊火の弱点が諸に出ている。

 攻めれば削れるが決定打にはならなくて、相手は攻めきれないが間合いにさえ入れば一発で勝負を決められる。

 

 夜の森で、両者は距離を測り合う。

 ぱちんと指鳴らしの音で霊火の背後の空間が裂けた。開いた真っ黒なスキマから、伸縮自在で長大な、半透明の腕が現れる。

 

 『刺殺』の応用パターン。

 死に近づけば近づく程出力が上がる『死因』だが、先日の高熱で遂に別の基本技を思いついてしまったのだ。

 

 やや霧がかったようなその手には、これまた半透明の包丁を逆手に保持していた。

 ハウンドドッグが見上げて唸る。

 

「grrrrRRRrr……新技か!!!」

 

「刺し殺せ!!」

 

 極めて強大な殺意を込めて振り上げられる腕。

 更には本体やカゲマルから追加入力で飛んでくるホーミング真空刃や分裂するナイフの全てを横っ飛びに回避するハウンドドッグ。

 彼が元いた場所に幻想の刃物が振り下ろされて、地面から実体のない血飛沫が噴き上がる。

 

「いい技だな『フロイライン』!!」

 

「一つの鬼火なんです。省エネでしょ?」

 

 鬼火のエネルギーをコンパイルして攻撃力として取り出す『トランジスタ』とはまた違ったアプローチ。

 

 ぱちんと軽い破裂音と共に、霊火の背後でまた空間が裂ける。

 今度は両腕。ハンドルを持つような仕草をすると、何もない場所に唐突に霧の塊が現れた。

 

 ヘッドライトとリアライトが光る半透明の質量が、けたたましいブレーキ音を立てながら高速でハウンドドッグに激突する直前、凄まじい破砕音と共に霧の塊が真横に吹き飛ばされて横転した。

 

「インパクトは本物のトラック並みだな!!」

 

「なら弾き飛ばさないで欲しいんですけど!!」

 

 つまりはダイレクトに“鬼火”が内包する死を再現する攻撃だ。

 惜しむらくは、再現可能なのは他殺の死因だけという事だ。

 

 熱線が走り、爪が唸る。

 木々がなぎ倒されて枝が裂け、月光が遮られてはまた現れる。

 

 夜闇の激戦に、ひゅう、と。

 場違いなほど軽やかな風切り音がした。

 

「はいはーい、お疲れさま『フロイライン』」

 

 闇を裂いて舞い降りたのは女性のシルエットだった。

 くるり、と優雅な所作で彼女は宙を一回転してジュリ扇を大きく振り払う。

 

 甘く、痺れるような香りが夜気に溶けた。

 

「GR――――っ!?」

 

 吠えようとした声は途中で途切れ、その巨体がぐらりと揺れた。

 一歩、二歩と足取りが鈍り、強大な人狼はそのまま前のめりに崩れ落ちる。

 

 ハウンドドッグ就寝。

 手柄を取られた形の霊火は肩を竦める。夜の森での真剣勝負であんな奇襲をされたら、霊火でも避けきれないかもしれない。

 

「助かりましたミッナイ先生」

 

「あなたも良くやったわ『フロイライン』。鼻が利くハウンドドッグ相手に真夜中の森で戦えるヒーローは相当限られるわよ」

 

「だけどこんな深夜に侵入者警戒演習をする必要あるんですか?」

 

「あら、大事なことよ『フロイライン』。文化祭を安全にするために必要なことだもの」

 

「でも仮想敵ってぶっちゃけ『ナイン』でしょう? 範囲攻撃の鬼すぎてパンピー守るのめちゃくちゃキツくないですか?」

 

「市民の皆様、ね。その辺は来てから考えましょう。校長は来ないと踏んでいるみたいだけど」

 

 カゲマルが、眠るハウンドドッグ先生を咥え上げて器用に背中へと乗せた。

 彼は今回の演習における敵役だ。

 

 これまでにも演習は二度行われているが、今回の敵役はハウンドドッグ、緑谷、エクトプラズムのトリオ。

 霊火が超上空から空爆をかました一回目、セメントスが猛威を振るった二回目も大概ヤバかったが、おそらく今回が一番きついだろう。

 

「で、出久くんは無事に捕まえられましたかね?」

 

「セメントスとイレイザーと校長でなんとか完封したみたいよ。あの子、強いのは強いけれど頭脳戦や心理戦はまだまだね」

 

「その三人が出てきたら私でも怪しいんですが」

 

 殻木霊火はプロヒーローだ。

 いざという時には表に出て、戦闘や指示を担わなければならない立場にある。公的な仕事として報酬も出るのでそれ自体に不満はない。

 ただ、こうして深夜に演習となるとさすがに少し堪えるのも本音だった。

 

 ミッドナイトはちらりと霊火を見下ろした。

 

「でもフロイラインに頼るのは相当追い詰められてからよ。つまり、文化祭どころじゃなくなるレベルの事態になってからね」

 

「あんまり考えたくない想定ですね」

 

「通常の巡回や警備には外部のプロヒーローも雇うわ。だから貴女たちは安心して文化祭を楽しみなさい」

 

「あ、お気遣いいただきありがとうございます」

 

「緑谷とデートなんでしょう? 職員室でも話題だったわよ」

 

「あの……なんで職員室で話題になるんですか?」

 

 霊火はジロリとミッドナイトを睨みつけた。

 相変わらず痴女みたいなヒーローコスチュームのエロ教師は軽く眉を上げる。

 

「言っておくけど、ゴシップ的な意味じゃないわよ」

 

「ええ……?」

 

「一人の教員としては、生徒同士が節度を持って平和に交際する分には何でもいいわ。ウチは士傑みたいに異性間交遊も禁止されていないし、あなたたちならまあ大丈夫でしょう」

 

「じゃあなんで噂話を……?」

 

「噂というより情報共有ね。トラブル予防とか安全配慮のために出来るだけ生徒の人間関係は把握しておきたいの」

 

「なんか思ってたのと違うな。そんな業務上の業務連絡みたいなテンションなんですか?」

 

「ヒーロー科でカップルが成立すると救助訓練で優先順位が狂ったりしてとても危険なのよ。せめて交際関係を把握出来ていればそれ前提で動けるけど、その場で初めて発覚というのは問題だわ。要は危機管理上の問題ね」

 

「なるほどヒーロー科特有の事情だ」

 

 どうやら教員というのは、生徒みたいに恋バナでいちいちはしゃげる存在じゃないらしい。

 そんなことを考える霊火に、ミッドナイトは付け足すように言った。

 

「いい? 文化祭マジックなんて学生の特権よ。言いたいことは分かるわね?」

 

「おい教員」

 

「あまり変なことをせずに、まずは殻木さんがちゃんと文化祭を楽しんでいる姿を見せる事ね」

 

「どういうアドバイスなんですかこれ」

 

 この質問には答えてくれなかった。

 彼女は道端にある普通科の屋台を見ながら遠い目をして、しみじみと呟く。

 

「あーあ。素敵だわ文化祭マジック……若さね……」

 

「何処に話を飛ばしてます?」

 

「大人になるとね、仕事とか立場とか年収とか親とか価値観とか人生とか色んなことが気になってね、酒の力でも借りないと何も起きなかったりするのよ?」

 

「なんかヤダ……」

 

「しかも酒なんてマジで碌でもないわ。あなたみたいに可愛い子は特に気を付けなさい」

 

「アルコール飲める年になれるかな私……。……あの、お酒に何か嫌な思い出でもあらはるん?」

 

「あらなんでいきなり京女になってるのかしら……」

 

 ミッドナイトは一瞬だけ言葉を切った。

 

「……殻木さんが大人になったら是非とも一緒にお酒を飲みましょう。その時に教えてあげるわ」

 

「互いにその時まで生きているといいですね」

 

 

―――――――――

 

 

 まだまだ午前中。天気は快晴。

 スマホ片手にメッセージアプリで連絡を取りつつ、一番仲がよい男の子と待ち合わせである。

 

 黒髪ロングの小柄な霊火は、楽しげに鼻歌を歌いながら校舎の柱に背中を預けていた。

 

「ふんふんっ♪」

 

 いよいよ寒くなり始めた清々しい青空の下、雄英高校はどこもかしこもイベント時空だ。

 廊下も屋外もクリスマスの電飾気分で万国旗が張り巡らされ、サポート科から時折響く空砲みたいな音も心地好い。

 

 これでまだ準備日。

 リハーサルがてらクラスの軽食を作ろうという算段なのか、少し歩けば屋台がずらりと並ぶスペースからソースやマヨネーズの焼ける匂いが漂ってくる。

 

 幸いな事にすぐに話しかけられた。

 

「あ、お疲れ様霊火さん!! 待った?」

 

「ううん全然!! 私もさっきまで『サンドボックス』の最終調整してたからね」

 

「誰よりもやること多い筈なのに、霊火さんっていつでも一番時間に余裕あるよね」

 

「これが要領って奴よ。時間って奴はちょっとした工夫でいくらでも捻出できるものだし」

 

「そんなもんかな……?」

 

「その努力を欠いて仕事とか勉強で忙しいだなんて、殆ど自身の能力不足を自白してるようなものだわ。それか間違った義務感で受ける仕事量の調整をしくじっているかだね」

 

「おお今日は絶好調だね霊火さん!!」

 

「……私の扱い上手くなってるよね出久くん」

 

 そんなこんなで文化祭準備日。

 二人で廊下を歩けば、壁際に段ボール箱が無造作に積み上げられている。「装飾」「大道具」「電源関係※触るな」などとマジックで殴り書きされた箱の隙間から飛び出すのは色紙や発泡スチロールの切れ端。

 

 血糊や包帯などの小道具が見え隠れするということは―――。

 

「お化け屋敷かな。あんまり得意じゃないんだよな私」

 

「霊火さんは驚かせに来たお化け役を怪我させそうだから、ここに行くのは禁止ね」

 

「困ったな。まったく反論できない」

 

 A組内で『殻木霊火にジャンプスケアは厳禁』というのはすでに周知されたルールだ。

 後ろから近づくときはできるだけ足音を大きくすること。あるいはひと声かけること。

 怖がられているのか愛されているのかはよく分からないが、霊火が何も言わなくともそうしたルールが自然と出来上がる程度にはA組は善人揃いである。

 

 善人筆頭の緑谷出久が、とてもいい笑顔でこう切り出した。

 

「でも文化祭って準備してる時が一番楽しいよね」

 

「それは間違いないね」

 

「おやおやおやおやおやA組じゃあないか!?!? いいのかいそんなデートなんかに現を抜かしてて!!!!」

 

 物凄い勢いで金髪の男子生徒が話しかけてきた。

 霊火がとても嫌そうな顔をするのを見て緑谷がスッと前に出る。

 

「物間くん!! 霊火さんから聞いたよB組はバンドするんだってね!!」

 

「そうさ!! バンドでダンス空間うまりライヴハウス!!!! いいのかなあ殻木さん『サンドボックス』なんて演出を貸し出しちゃって!!!! 舐めプかい!?!?!?!?」

 

「没収されたいの?」

 

「すみません本当にごめんなさいいつもありがとうございます殻木さんどうか没収はお考え直しを!!!!」

 

 ここまで下手に出る彼を初めて見た。

 物間寧人の腰から曲げた美しいお辞儀に免じて没収は勘弁してあげる。元より、文化祭前日にもなってそんな非道な梯子外しをする気も無かったが。

 

 AとB両方で演出担当のシゴデキ少女は、呆れた顔で腕を組む。

 

「ところでB組のバンドはどうにかなったの? 素人二人も抱えて大変そうだなって印象しかないんだけれど」

 

「あれあれそんな事言っていいのかい!?!? Aだってダンス未経験を大量に抱えてミュージカルだろ!?!? もうBの方が圧倒的クオリティでAを喰らうこと確定さ!!!!」

 

「没収」

 

「共に頑張ろうじゃないか殻木さん!!!! 大切なのは切磋琢磨!!!! 共に文化祭を盛り上げるべくベストを尽くそう!!!!」

 

 最初からそれでいけばいいのに。

 鼻を鳴らす霊火を横目で気にしながら、緑谷出久は前に出た。

 

「そういえば拳藤さんは? 物間くんとセットなイメージあったけど……」

 

「拳藤かい? 彼女はミスコンさ!!!! 彼女を勝手にミスコンに出すことで僕は自由の身に……!!! あれ、そういえば君は出ないのかい?」

 

「なんでみんな私をミスコンに出そうとするの? これで聞かれるの7回目なんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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