殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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017:善性と悪性

「出久くん、待って! 本当に一人で行くの良くないってば!」

 

 霊火は緑谷のコスチュームの袖を掴んで引き離されないよう必死だった。

 緑谷が一歩進むたびに、霊火も一歩ついていく。

 二人がどれだけ真剣な状況でも、やっていることは散歩から帰りたくない犬と家に帰りたい飼い主といった見た目だった。

 

「B組の皆が危ない……!」

 

「だ・め・で・す! 本当に死んじゃうよ!?!?!?!?」

 

「でも今すぐ助けに行かないと!」

 

 緑谷の声には強い焦りが混ざっていた。

 

 霊火は必死に緑谷の腕にしがみつく。

 しかし、発育不良の女子高生と鍛え上げられた増強系"個性"持ちの男子高生では力の差は歴然。

 流石に邪険に振り払われるということは無かったが、どちらにしてもずるずると引き摺られて前進は止められてはいなかった。

 

 地面に抵抗の跡を長々と残しながらお荷物霊火は叫んだ。

 

「外に助けを求めに行くのも立派な助け方だよ! 一旦冷静になろう? ね?」

 

 もう返事すら返ってこなかった。彼には既に助けを求める人しか見ていない。

 霊火は内心ゾッとする。緑谷出久、前々から危うい所があるとは思っていたがまさかここまでとは。

 困っている人がいたら助けに行かないと気が済まない性格。お人好しもここまで徹底されると中々怖いものがある。

 

 とはいえ霊火としてもここで緑谷のリードを手放すわけには行かなかった。

 何しろこのUSJにいる敵の質が高すぎる。黒霧やマグネは五百歩ぐらい譲っていいとして、ムーンフィッシュと脳無は緑谷では逃げることすら不可能だ。

 ここでうっかり緑谷の自由行動を許したら、そのまま誰かを庇ってバラバラ死体になるのが目に見える。

 

 そんなこんなで緑谷に引きずられていると、いきなり霊火と緑谷のすぐ目の前で黒い霧が渦を巻き始めた。 

 ワープゲートだ。霊火は一瞬何か(ヴィラン)を差し向けられたかとギョッとする。

 

 しかし幸いにしてワープゲートから現れたのは(ヴィラン)の加勢ではなく、黒霧本人だった。

 先ほどまで相対していたブラドキングを放置してこちらに来る辺り向こうは相当な余裕があるらしい。

 緑谷は黒霧の姿を見て流石に立ち止まった。

 

「だ、誰だ!!!!!」

 

「……」

 

 緑谷の問いに返事はなく、緑色の癖っ毛同級生に縋りつく霊火を見た黒霧の黄色い目が一瞬困惑したかのように揺れた。

 霊火は慌てて緑谷から離れ、身構える。

 

「おや……」黒霧は少し困ったような声色で言葉を紡いだ。

「どうやら思わぬ方まで巻き込んでしまったようですが……」

 

「ふーん……貴方が私たちをここに放り込んだ”個性”持ち? 最近の(ヴィラン)はゲストに挨拶するんだ?」

 

「ええ、黒霧と申します。以後お見知りおきを」

 

 黒霧は、執事のように慇懃無礼に一礼した。

 霊火は内心で安堵する。霊火にとって黒霧は味方だ。

 

 そして何よりも最も懸念していた事態――黒霧が、霊火を招き寄せてしまったことに気が付いていないという可能性は潰せた。

 

(流石に考えすぎだったかな。 私と黒霧って互いの位置とか何となく分かるもんね)

 

 とにかく、これで他のヒーロー志望と一緒くたに雑な範囲攻撃で一掃されるという最悪の展開は無くなった。

 

「ここに……雄英高校に何をしに来たんだ(ヴィラン)……!」

 

 緑谷が霊火を庇うように一歩前に出る。その声は緊張で強張っていはいたが、強い意志に満ちていた。

 彼の怖い声にちょっとドキッとしつつ、黒霧に目配せする。

 

 黒霧は芝居がかった仕草で両腕を広げる。

 

「平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして……ええ、手に入れたカリキュラム通りならここにオールマイトがいらっしゃるハズ……なのですが……」

 

(あ、やっぱりあの人いないんだ)

 

 謎の一つがあっさり解決した。つまり、彼は欠勤しているらしい。

 この襲撃の実態は『オールマイトに関係なく雄英に攻撃を仕掛けた』というわけではなく、『攻撃を仕掛けに来たらオールマイト不在』というのが正解だったわけだ。

 

「そ、そんなことさせない!! オールマイトをお前らに殺させるものか!!」

 

「おや、威勢のいい生徒がいるようで。 しかしご安心を。 オールマイトがいないとなればも我々も撤退する予定です」

 

 黒霧のセリフは明らかに霊火に向けての物だった。

 これは素直に朗報だ。何しろ霊火は今はただの雄英高校の一年生なのだ。リスクは少ないに越したことはない。

 これが「ここにいる生徒を半分以上殺すまで帰るわけにはいきません」とかだったら面倒事が溢れて止まらなくなる所だった。

 

 ……むしろ霊火としては緑谷の発言が気にかかった。「そんなことさせない」というのは妙な表現だ。

 もちろん、ヒーロー志望としてプロヒーローを殺させないというのは当然の考えだ。しかしオールマイトに関しては強すぎて「お前らに出来るものか!!」みたいな表現の方が適切な気がする。

 そう、まるでオールマイトを守るものとして認識しているような……。

 

「ええ、通信妨害を担当していた同士がやられてしまったので外部に連絡が行くのは時間の問題。 通信に関しては追加の手は一応打ったのですが、それでも助けが来る前に早めに撤退したいところです」

 

(…………………………ああ、()()()()()()ね)

 

 黒霧は聞かれてもいないのにベラベラと自分の計画を話し続ける。なんだか映画の間抜けな悪役みたいになっていたが、まあ仕方がないだろう。

 霊火は全体的に馬鹿みたいな茶番だなとは思いつつも、今後の立ち回りについて方針を固めた。

 

「……ふうん。 黒霧?って言ったっけ。 撤退するなら急いだほうがいいと思うよ。 あの委員長が出て行った時点で異変は既に雄英に伝わっているし、私たちがいないという事にも誰かが気が付く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「流石天下の雄英、随分と肝の据わった生徒がいらっしゃる……。ええ、貴女の言う通り()()()()()()も一時の目くらましにしかならないでしょう」

 

(正門への攻撃……? あれ、もしかしてあのセキュリティ3警報はUSJの物じゃない……?)

 

 これは普通に新事実だ。

 霊火は『駅』で聞いたセキュリティ3突破はUSJが突破された警報――飯田が外に抜け出したタイミングの物だと思い込んでいたが、どうやら別物らしい。

 飯田が外に出た時点で正門側で警報を鳴らし、USJから目をそらさせるという意味では中々有効な一手かもしれない。

 

 つまり時系列的には、

 

 ①黒霧たちUSJ襲撃(通信妨害で外部に異常が伝わらず)

 

 ②飯田天哉がUSJからの脱出に成功(外部のセンサーで異常感知可能に)

 

 ③『正門への攻撃』でセキュリティ3を突破し、警報で目くらまし(この辺りで通信妨害役の(ヴィラン)がやられ、通信妨害が切れる)

 

 ④『駅』にいた霊火、緑谷、飯田をワープゲートで回収(追加の通信妨害開始)

 

 といった具合なのだろう。

 

 霊火は無表情で確認する。

 

「へえ、それなら私たちここでじっとしてたらあなた達はいなくなるんだ」

 

「ええ、そのつもりです。 ああ、私たちの撤退の邪魔をすれば容赦はしないのでお気をつけて」

 

 ぶわりと。

 

 黒い霧が再び渦を巻き始める。

 黒霧の姿が霧の中に溶けていく。霧が晴れた時には、そこには何も残っていなかった。

 

「……ね、聞いたでしょ? ここで私と大人しくしてよう?」

 

「う……うん。 本当は追いかけるべきなんだろうけど……」

 

「変に刺激して大暴れされる方が他の生徒にも危なくない?」

 

 ある程度状況が分かっても、霊火のやることは同じだ。とにかく彼を死のリスクから遠ざける。

 緑谷はまだこのステージには実力不足だ。うっかり霊火が紹介した殺人鬼たちが緑谷を殺すなんてことになったら洒落にならない。

 

 霊火は緑谷の目をまっすぐ見つめながら、両手で彼の手を取った。

 ゆっくりと彼のグローブに手をかけて、そっと外す。そしてそのまま手を自分の胸元へと引き寄せた。

 緑谷の目が驚きで少し大きくなるが、あまりに唐突だったからか抵抗はされなかった。

 

「大丈夫だよ。 私と一緒にここで待っていれば安全だからね?」

 

 そう囁く霊火の役割は、不安な子供をあやす母親に近い。

 相手に寄り添い、触れ合い、信頼を示し、安全を囁き、人の温もりを伝えて安全を信じ込ませる。

 太古の昔から人間は、他者との触れ合いや体温で安心を得る生き物だ。人である以上、霊火によって過剰供給される安堵感に緑谷が抗うのは不可能に近い。

 

「でもちゃんと皆が無事かどうか見届けないと……!!」

 

「そこら辺はプロヒーローに任せよう? ……それに私だって怖いから、出久くんが一緒にいてくれたら嬉しい……」

 

 根っからのお人好しの彼に、逃げ道を作る。

『怖がる霊火の為にここから動かない』という選択肢を提示して、この場に留まるという行為に正当性を与える。

 

 殻木霊火は「恐怖」の専門家だ。故に真逆の感情の「安心感」についても相当な心得がある。

 人はどのような時に安心し、どのようにして死地に飛び込む勇気を失うのか。それを良く理解した霊火の言葉は強烈だ。

 事実、緑谷は極限の緊張状態と与えられた莫大な安心感の落差でいまや軽い放心状態だった。

 

「ご……ごめん霊火さん、でも僕やっぱり行かないと……あの黒霧って人が撤退の指示を出しても、USJにいる(ヴィラン)が本当に全員が従うかな?」

 

「……まあそれは私も思ったけどさ。 …………ここまで身体張っても止まってくれないのは普通に傷つくなあ……」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「死柄木弔、申し訳ありません。そろそろタイムリミットです」

 

「は? こんなに仲間を集めたって言うのに報酬ないのかよ…… ったく……面倒な事になる前に帰ろうか……」

 

 死柄木弔は不満げに舌打ちした。

 

 USJの広場は、凄惨な戦いの跡が残されていた。

 その中心でB組担任、ブラドキングは大きな血だまりの中で倒れている、かろうじて息はあるようだが明らかに致命傷だった。

 遠巻きにそれを見守る黒霧の傍らには脳無が佇み、全身に手を付けた奇怪な格好の敵はブラドキングのもとに歩み寄る。

 

「はっ……大したもんだったなブラドキング。 この脳無にこんなに食い下がるとは思ってもいなかったよ……さすがプロヒーローだなあ……!!」

 

 死柄木弔のボルテージが上がる。「ブラド先生!」と、遠巻きに見ている生徒たちから悲鳴のような声が上がる。

 中には担任を助けようと動き始める生徒も現れたが、黒霧が靄を広げて牽制する。 

 

 死柄木は倒れたヒーローを見つめながら、独り言のようにブツブツと呟いた。

 

「へえ……新入生だってのにもう随分と慕われてるなあブラド先生? 俺はお前との相性は最悪だし……そうだなあ……ここは俺の先生に倣って、お前が最も嫌がることをやってやろうか」

 

 こうして、地獄の蓋は開いた。

 

「おい黒霧、やっぱりこう命令しろ。 『暴風大雨ゾーン、水難ゾーン、火災ゾーン、山岳ゾーン、土砂ゾーン、倒壊ゾーン、それぞれ最低一人の生徒を殺せ。ノルマを達成したエリアには撤退用のゲートを開く』ってなあ……!!」

 

「!?!? しかし死柄木弔……!! もう時間が……!!」

 

「あぁ!?!? つべこべ言わずにやれ黒霧。 どっちにしても捨て駒だしいいだろ? 次口答えしたらお前を粉々にする」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なによ⁉  私"個性"使ってないわよ!?!?  なに勝手にくっ付いてくれちゃってんの!?」

 

 大柄でサングラスをかけたオカマが、お姉言葉で悲鳴を上げた。

 彼女の武器である巨大な磁石は既に鉄哲の胴体にぴったり貼り付けて剥がれない。

 そしてB組の鉄哲徹鐵は全身でマグネにしがみついていた。

 

「黙れ(ヴィラン)!! 俺は鉄だぁ!!!! 鉄は磁石にくっつくって小学校で習わなかったかぁ⁉」

 

 鉄哲は吠え、ますます力を込めてマグネにしがみつく。

 マグネは不安定な体勢から自分にしがみつく鉄哲を引き剥がそうと打撃を繰り返すが、効果は薄い。

 

 どったんばったん大騒ぎする二人から少し離れた場所では、重傷を負った青山を隙を見て回収した瀬呂範太が必死に治療を試みていた。

 

「返事しろ青山!! 起きないと死ぬぞ!!」

 

 青山優雅の頭部からは血がダラダラと流れており、瀬呂は青山のコスチュームのマントや自分のセロハンテープを使って何とか止血しようと奮闘していた。

 もちろん瀬呂も敵を鉄哲に丸投げしている訳ではない。隙を見てはテープを伸ばしてマグネの手足を絡めとろうと試みるも、マグネは器用にそれを避け続けていた。それでも多少意識をこちらにも向けさせることで鉄哲の負担を減らす。

 

 しかしあまりにも殴られすぎたからであろう。

 オカマにしがみつく鉄哲の頭部から、ベコンと恐ろしい音がした。

 マグネはようやく得られた手ごたえにニヤリと笑う。そしてそのまま冷徹に、同じ場所への殴打を続ける。

 

「ええ、確かにあんたは硬いけど決して無敵なわけじゃない。 このまま金属疲労で耐えられなくなった後、さっさと殺してあげる♡」

 

 絶体絶命の状況で、遥か格上の凶悪(ヴィラン)に殺害予告をされてもなお、鉄哲は闘志を失わなかった。

 マグネにしがみつく指に再度力を籠め、顔を上げて敵を睨みつける。

 

「敵さんよぉ……てめぇもしかして俺に勝ったつもりかもしれねぇが……」

 全ては仲間を守るため、自分以外の怪我人をこれ以上を出さないため。

 ヒーローの卵はボロボロになりながらそれでも堂々と啖呵を切ってみせた。

「全身鋼鉄インファイターのこの俺に、近距離で勝てるなんて夢見てんじゃねえだろうなあ!?!?!?!? あ!?!?!?!?」

 

 ――――――――――――――――――

 

 建物の残骸や骨組みだけが立ち並び瓦礫の山々が連なる崩壊ゾーンで、二つの影が立体的に動き回っていた。

 

「肉、見せて、断面」

 

 全身拘束服のムーンフィッシュが、ビル間を飛び回りながら壊れた言語を発する。

 彼の口から、鋭利な歯が刃となって何本も伸び、不規則な枝分かれを繰り返しながらコンクリートの壁をバターのように切り裂いていく。

 キュインッ と小さな音を立てて一つの刃が超高速で形を変えながら薙ぐように振るわれ、ただそれだけで小さなビルが真っ二つに両断された。

 

「さっさとぉ……死にさらせやクソ(ヴィラン)!!!!!!!!!」

 

 軌道の読めない致命の一撃を勘だけで首を軽く横に振ることで回避し、刃が掠ってピッと切り裂かれる頬を気にもせずに爆豪は吠えた。

 両手から強力な爆破を繰り返し、瓦礫と刃の間を縫うように高速移動する。

 鋭角に軌道を変え、神業じみた予測と反応で死の網を潜り抜けながらターゲットに接近、両の手の爆破を構える。

 

「死ね!」

 

 爆豪の掌から閃光が走る。

 

 しかしムーンフィッシュは事前に切り裂いていた建物の壁を刃でもって器用に弾き飛ばし、その破片を盾にして爆発を防ぐ。爆豪の動きを完全に読んでいたかのような反応速度に流石の爆豪も驚愕する。

 そして壁が爆風で粉々になる中、逆にそれを目隠しにするように反撃の歯刃が爆豪に向かって伸びる。

 

 至近距離からの複数の斬撃。ショットガンのような面での攻撃を前に隙を晒した爆豪は本能のままに空中で無理やり回避行動を取る。しかし刃の伸びるタイミングの方がワンテンポ早い。

 ムーンフィッシュが相手を仕留めたと確信した瞬間、爆豪の身体が不自然な挙動で横っ飛びに吹き飛んだ。

 

 爆豪はまるで見えない手に引っ張られたかのような横移動で全身串刺しの危険から脱する。

 

「危ない……!!」

 

「ナイス柳!!!!! 爆豪お前無理に突っ込むな!!!! 本当に死んじまうぞ!?!?」

 

 ”個性”『ポルターガイスト』。B組生徒の柳レイ子はギリギリのところで絶命範囲から爆豪を逃がし、学友の命を拾い上げる。

 死刑囚の眼球がぐりんと女生徒の方を向いた。柳は自身に向けられた殺気に全身が総毛立つ。

 

「肉」

 

 キュガッ!!!!! と凄まじい音を上げて複数の刃が遠方の柳レイ子に向かって伸びる。

 対して切島鋭児郎が飛び出す。両腕をクロスさせ地面を踏みしめ、凶刃を真っ向から迎え撃つ。

 

 『歯刃』が正面から『硬化』を捉え、真っ直ぐ後方に突き抜けた。

 

「……痛ぇ……が、耐えられねえほどじゃねえ!!!!!」

 

 そう叫ぶ切島の身体は全身ズタズタに切り裂かれ、出血も決して少なくない。

 幾度もクラスメイトを庇ったその身体は既に限界を迎えていた。しかし彼は身体を精神力だけで動かし続ける。 

 

 切島にかち合って刃こぼれした歯刃を適当に振り払って折り、新たな切れ味を確保しながらムーンフィッシュはこう言った。

 

「肉、断面、見せて」

 

 拘束服男が、横からの爆炎に呑まれた。

 遠距離から爆炎を浴びせて確実に目標の体力を削りながら、爆豪勝己もまた格上相手に嗤ってみせた。

 そして彼はクラスメイトに叫ぶ。

 

「クソ髪ぃ!!!!! てめぇはその幽霊女を守れ!!!!! 幽霊女はこのイカレ敵の機動力をどうにかして抑え込め!!!! 歯を伸ばすなんてザコ”個性”絶対に途中でカルシウムとかの栄養不足に陥る!!!! ”個性”使わせて息切れさせたところでぶっ殺すぞ!!!!!」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ドーン、と。

 

 いっそ間抜けな音を立てて何かが爆発した。

 最寄りの水難エリアに急いでいた霊火と緑谷は顔を見合わせる。今の爆発音はまさに二人が今向かっている方向から聞こえた。

 慌てて水難ゾーンが確認できる位置まで走って爆発音の原因を目視できる位置についた時、緑谷は叫び、霊火は頭を抱えた。

 

「なんで……!? さっきはもう撤退するって……⁉」

 

「まあ(ヴィラン)のいう事を信じるのもおかしかったというか……」

 

 水難エリアの中央に、大きなクルーザーが浮かんでいた。

 しかしその船体は、まるで巨大な力で引き裂かれたかのように中心部から真っ二つに折れている。傾いた甲板の上ではB組の生徒たちが3人取り残されているのが見えた。

 

 沈みゆくクルーザーの周囲には、何十人もの敵が取り囲むように浮かんでいる。

 その多くは水中での戦闘に特化した水生生物系の"個性"の持ち主のようだ。鰓や鰭を持つ者、中には完全な魚人のような姿の(ヴィラン)もいる。

 あの感じだとあのクルーザーが沈没した瞬間に上に乗っている生徒は全滅だろう。入れ食い状態でズタズタに引き裂かれて死ぬだろうなと『検死官』は予感する。

 

「そんな……! でも……どうやって助けたら」

 

 霊火は本日n度目の緑谷のコスチュームを掴んでの静止の準備をしていたが、意外な事に緑谷は後先考えずに水辺に突っ込むという事はしなかった。

 どうやら先ほどの霊火の身体を張ったパフォーマンスで、流石の彼もテンションがいくらか落ち着いていたらしい。そして緑谷は元々冷静でクレバーな男なのだ。だからこそこの状況では止まってしまう。

 

 それもそのはず。目の前の状況は、あまりにも手の施しようがなかった。

 

 何と言っても何十人もの(ヴィラン)がヤバい。一人一人は無名でも、水辺の水生”個性”は本当に強いのだ。

 ネット上では海上でギャングオルカとオールマイトが戦ったらギャングオルカが勝つなんて与太話があるぐらいだ。絶対そんなことはないと思うが。

 

(あ~あ、これは全体で10人ぐらい死人が出るコースかなあ……黒霧も何をやってるんだか……)

 

 霊火が投げやりに不謹慎な事を考えた時だった。

 

「大丈夫かお前ら!」

 

 水難ゾーンの水辺、霊火と緑谷の背後から突然声が響く。

 振り返ると、そこにはB組担任のブラドキングの姿があった。

 

「ブラドキング先生!」

 

 絶望的だった緑谷の表情が明るくなる。

 ブラドキングは二人に近づきながらクルーザーの方をちらりと確認し、こう言った。

 

「お前ら力を貸せ。クルーザーの上の奴らを助けるぞ」

 

「はい!」

 

 緑谷は大きく返事をし、ブラドキングがこちらに近づいてくる。

 その右手が自然に緑谷の元に向かう。その手の中に光る刃物を確認する前から、霊火は動いていた。

 

 カーン!

 

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 霊火の振り上げた斧は小さな刃を正確に弾き飛ばし、熱血漢の大男は体勢を崩す。

 

「霊火さん!?!?」

 

 緑谷の驚愕の声が上がる。

 

 瞬間、霊火とブラドキングの視線が交錯する。そして霊火の目の前で彼は、悪辣に嗤った。

 大男は失ったナイフには拘泥せずに迷わず両手を握り締めて鋭いワンツーパンチを繰り出す。霊火はギリギリのところでそれを回避。

 パンチの風圧で髪を乱されながらもサポートアイテムの斧を短く持って、素早い横殴りを胴体めがけて振るう。

 

 ブラドキングはバックダッシュでそれを避けるが、斧の攻撃に付随してカンテラの鬼火まで飛んでくるのは予想外だったらしい。

 振り回されるカンテラからすっぽ抜けるように発射された赤い鬼火は交通事故死のものだ。相手の胴に当たって破裂した鬼火から、強烈な衝撃が発生し男を大きく吹き飛ばした。

 ブラドキングは鬼火をまともに食らって5メートル程吹き飛ばされたが、特にダメージを受けた様子もなく綺麗に着地する。

 

「ふーん……なんで分かったんです?」

 

「私たちがA組ってことも分かってなさそうだったし」

 

 もう口調もおかしくなっていた。取り繕う気は無いらしい。

 混乱した様子の緑谷を腕を伸ばして静止しながら、霊火は答え合わせを進める。

 

 そう、ブラドキングが霊火達に話しかけたあの場面。

 あそこで出るセリフは『大丈夫かお前!』は不自然だ。ここがUSJで発言者がB組担任な以上、『A組がここで何してるんだ!』辺りが適切なセリフだろう。

 そして大前提として、霊火は上空からブラドキングが脳無や黒霧と対峙しているのを確認済みだ。それが傷一つなく水難ゾーンに現れるというのがそもそも違和感の塊だった。

 

 ブラドキングはまるで女の子のように手を口元にあててくすくすと笑う。

 

 どろり、と。

 その巨体が溶けていくように崩れ始めた。

 

「う、うわっ!」緑谷が思わず声を上げる。

 

 巨漢の体表が泥のように剥がれ落ちていく。随分と体積が減り、その下から全くの別人が現れる。

 

 鋭く尖った犬歯が特徴的な口元。腫れぼったい目に黄色い瞳。

 両サイドにお団子を作った髪型の、女子高生ほどの年齢の少女。

 

「トガです。 お友達になってくれる?」

 

「お友達にはならないし、そもそもなんで裸なの……?」

 

 裸なのは”個性”『変身』との兼ね合いなのは知っていたが、ひとまず真っ当な突っ込みをする。

 トガヒミコ。他ならぬ霊火本人が、黒霧と協力して調査した殺人犯の一人。

 あの最初の殺人事件が起きた夜の学校を思い出す。血を吸うことで相手に変身する能力を持った、生まれながらの殺人鬼。

 

(まあ特性上『操血』に化けるのが一番自然か。 ここに来る過程でもう何人か殺してきましたとかじゃないといいけど……)

 

 ドーン、と。既に壊れかけのクルーザーが更に破壊された音が横から響くが、霊火はトガから目を離さない。

 この女からは一瞬たりとも目を離してはいけない。トガヒミコという殺人鬼の特徴を『検死官』は完全に把握している。

 

 トガヒミコは霊火を見てにたりと笑った。

 

「へえ、あなた、良く分かっていますね。 落ち着いていて、油断がない。 本当に一年生なのです?」

 

 勘がいい。いやむしろ鼻がいいのか? トガは霊火の正体にどこか気が付いている節すらあった。

 霊火だってこんな学生らしくない『検死官』としてのガチ対応など見せたくないが、気を抜いてそのまま死亡というのが一番避けたい展開だ。ある程度の疑惑がかけられる可能性を許容して本気で対応するしかない。

 

 後ろから、緑谷が話しかけてくる。

 

「……霊火さん」

 

「一応言っておくけど、あのクルーザーの人の事は諦めて。 あれはもう出久くんには助けられ」

 

「……僕ではあの人たちは助けられない。 どうしても力が無いんだ! だからお願い霊火さん……僕に力を貸して、あの人たちを一緒に助けて欲しい!!!!」

 

 いよいよ、霊火の思考が停止する。

 色々と突っ込みどころはあるが、最大の驚きは彼が『霊火はB組を助けることが可能』だという事実に気が付いている所だった。それぐらい、緑谷の言葉には強い確信があった。

 更には『霊火が意図的にB組を助けない』という選択を取っている所さえ、ほんのりと気が付かれている可能性すら出てくる。

 

 また、緑谷が誰かに助けを求めるという事自体も相当な驚愕だった。

 なにしろ彼はリスクを背負うのは自分だけでいいと思っている節がある。だからこそ、この場面で霊火を積極的に巻き込む選択が彼から出ること自体が完全に想定外だ。

 彼の心の内でどういう変化があったのかは分からない。

 

 だけど、もしかして。

 もしかして彼の中で殻木霊火という存在は、一緒にリスクを背負ってもらうという選択が出来るぐらいには信頼されているのだろうか?

 

「ハッ」

 

 ややあって。

 

 何かを吹っ切るかのように殻木霊火は笑った。

 カンテラに再度鬼火を灯して片手でくるりと回転させると、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。7色の鬼火がカンテラの軌道をなぞるように円形に出現する。

 それらを片手の一振りでぐるりと回転させ、自分の周りを周回させる軌道で操作しながら、カンテラが括り付けられた斧を身構える。

 

 トガヒミコが隠し持っていたナイフを握って、霊火に走る。

 緑谷出久がバッと前に出てトガの相手を受け持ち、霊火はクルーザーの方を見据えた。

 

 敵たちの内何割かは既にこちらに気が付き、接近を開始している。

 それを見下して、『検死官』は口端を歪めた。

 

「私にお願いなんて、後悔しないでよ」

 

 あるいは。

 

 殻木霊火にとって自分の力が真っ当な人から必要とされるなんて、生まれて初めての事だったのかもしれない。




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