殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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019:前提条件

 霊火の好きな話の一つに『フランケンシュタイン』という物語がある。

 正確には『フランケンシュタイン、または現代のプロメテウス』という題名の古典だ。ゴシック小説であり、SFの黎明期を象徴する作品でもある。

 

 どういう話かというと、主人公のヴィクター・フランケンシュタインが「生命の謎を解き明かし、死を克服したい!」といった感じの野心に駆られ「理想の人間」の設計図を完成させ、掘り返した死体の部品をつなぎ合わせて怪物を作る話だ。

 ビックリするぐらい良く似た人が身内にいるが、それは一旦脇に置いておく。

 

 しかし、彼はいざ怪物を作り上げてみると、それが余りにも醜かったため驚愕して逃げ出してしまう。

 それで放置された化け物は孤独と拒絶に苦しんで創造主への復讐を誓い、フランケンシュタインの家族や恋人をぐっちゃぐちゃにしていく、といった感じで話が展開していく。

 その後怪物は自身の伴侶となり得る異性の怪物を一人造るように要求したり等、有名なエピソードもあるため興味がある人は是非読んでみて欲しい。

 

 この作品。ハリウッドの映画を中心とした様々な媒体にビックリするぐらい改変されまくって原形をとどめていない事でも知られている。

 

 そもそも一般的なイメージに反して、この作品にフランケンシュタインと呼ばれた怪物は存在しない。フランケンシュタインは作り主の大学生の方の名前である。

 怪物には名前がない(因みに原作者は無名であることに拘りを持っていた)ので、「じゃあ作り主の名前をつけちゃおう」というノリで、怪物を「フランケンシュタイン」と呼ぶ文化が定着してしまったのだ。多分フランケンシュタインは棺の中で泣いている。

 

 なんなら怪物の造物主の方も白衣を着た『博士』のイメージが強いが、フランケンシュタインは博士号を持たないただの大学生だ。

 おまけにあのネジ付きの四角い頭のつぎはぎだらけの大男というアイコニックな外見も映画イメージで、稲妻で蘇るなんて言うのも映画のオリジナルだ。

 ついでに言うならば後世の唸るばかりの知性の無い大男のイメージも間違いだ。原作の怪物は仮にも「理想の人間」の設計図に従って書いただけあって非常に知的で、シェイクスピアやミルトンを読む教養を持っている。

 

 だからこそフランケンシュタインは「怪物の話」というより「人間が犯す過ちの話」なのだ。

 科学や倫理について考えるきっかけとして現代でも大いに価値がある作品なのだが、ここから一つ派生した概念がある。

 

 『フランケンシュタイン・コンプレックス』という言葉だ。

 SF作家のアイザック・アシモフが考えたこの言葉は様々な意味を内包するが、その中でも特に重要な考えに『自分が造り出した怪物に自分たちが滅ぼされる恐怖』というものがある。

 まあ遺伝子改造で造り出した最強の生物が造り主を殺しちゃったりだとかAIが人類に反乱してくるとかそういう話である。事実、後者は実際に起きてしまっている。

 

 かつて、脳無と言う怪物を作り始めた時期のドクターにはその恐怖……というかリスク感覚は一応あったらしい。

 とにかく、あのご老体も『自分が造り出した脳無が自分を襲ってくる』と考えたことがあるようだ。

 故に、あの老人はヴィクター・フランケンシュタインとは違ったある種の保険を掛けた。

 

 いざという時、いかに強い怪物であろうと必ず殺すことが出来るストッパー。

 仮に脳無が反乱を起こしても、問答無用で殺処分が出来る処刑人。

 それで結局『怪物を殺す怪物』を製造してしまう所が何ともドクターらしいが、とにかく彼は一つの存在を造り上げた。

 

 殻木霊火。”個性”『死因』。

 

 脳無は死体を材料に造り上げているので、生きているという判定がされない。実は脳無は鬼火で破壊が出来るのだ。 

 故に霊火は、例えハイエンド相手であろうと脳無に対して完全有利の立ち位置なのである。

 

 ………………因みに霊火自身も自分の”個性”で一撃で死亡する。

 

 怖くて試したことはないけれど。

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

「ケロ……何とか全員救助出来たわ……」

 

「お疲れ様です……いやあごめんね。後片づけ任せちゃって」

 

「いいのよそこは。あなたも私たちを助けてくれたでしょう? そこはお互い様よ」

 

 暴風大雨ゾーンと水難ゾーンの境界線付近で、五人の生徒が息を整えていた。

 物間が水を含んで重くなった体操着から水を絞り出しながら、大きなため息をついた。

 

「いやしかし本当に助かったよA組。君たちがいなかったら全員ここで死んでた。まさか同学年とはね……」

 

「もしかして先生か先輩か何かだと思ってた……?私、A組の殻木霊火。よろしくね」

 

「僕は物間寧人。こっちのバンダナが泡瀬洋雪でそっちの子が蛙吹梅雨。皆B組だ」

 

「あ、緑谷出久です。といってもあんまり皆の助けにはなれなかったけど……」

 

「そんなことないわ緑谷ちゃん。私、あなたが他の敵を相手に一人で戦っていたの見ていたの。とても勇敢なのね」

 

「そそそそそそそそんなことは!? 霊火さんの方が最初から最後までずっと冷静で……!!」

 

「B組を助けようって言いだしたのも出久くんだからあなたたち本当に感謝したほうがいいよ」

 

 緑谷が何か言いださなければ全放置するつもりだったとは流石に言わなかった。

 

 5人の後ろには敵たちが一つの塊となって身動きが取れない状態で転がっている。

 バンダナの男子生徒――泡瀬洋雪の”個性”『溶接』によって互いに接着されているのだ。船の補修を行えるのは分かるのだが、人体と人体でも問答無用で接着出来てしまうのは中々怖い能力だ。

 敵たちは互いに互いの身体にでたらめに接合されている上、一部は地面にも溶接されているという徹底ぶりでもう一歩も動けないだろう。傍から見ると奇怪な現代アートみたいだ。霊火は芸術を解さないためあくまで印象でしかないが。

 

 因みに蛙吹梅雨の”個性”は『蛙』で、物間寧人の”個性”が『コピー』らしい。

 

 ……霊火は絶対に物間にコピーされてはいけない。複数”個性”相手に『コピー』がどういう挙動を取るか霊火にも分からないからだ。

 普通に身体判定で『死因』がコピーされる可能性もあるが、その場合鬼火はどこから調達するんだろうか。

 考えても分からない。霊火の複数”個性”は普通の脳無や『先生』とは少し違うアプローチの為余計に情報が少ないのだ。

 

(”個性”を使った”個性”判別対策ちょっと考えとかないと何かのきっかけで事故りかねないなあ……『抹消』対策も大変だったけどもっと根本的な……)

 

 それにしても物間に”個性”を明かされた時は戦慄した。霊火は知らずのうちに正体がバレるギリギリだったのだ。

 物間の『コピー』はどうやら能力の発動条件が「相手に触れる」ことらしいので、それさえ分かれば回避は出来なくもない。

 

 霊火がそんな事を考えていると、一仕事を終えたバンダナ男はパンパンと両手を打って息をついた。

 

「他の奴ら大丈夫かな……二人が来てくれなかったら俺らも絶対死んでたし別の所も滅茶苦茶心配なんだが」

 

「ブラドキング先生の事も心配よ。 ……ねえ、私たちやっぱりここはセントラル広場に行くべきじゃないかしら」

 

「えぇ……退くっていう選択肢はないの……?」

 

 霊火はドン引きする。人助けの精神は何も緑谷に限った話ではないらしい。

 B組の人たちには、そう、今まさに死にかけたことに関しての恐怖とか何とかはないの……?

 

 緑谷も当たり前のように中央広場に行く気が満々で、霊火は軽く絶望する。

 今このUSJで危険なゾーンは、『ムーンフィッシュ』の倒壊ゾーン、『マグネ』の土砂ゾーン、そして黒霧と脳無と手の敵がいるセントラル広場だ。

 特に倒壊ゾーンとセントラル広場はヤバい。死体すらもまともに残らないようなとんでもない死に方をしかねない。

 

 とはいえ霊火は、USJの情報的隔離もそろそろ限界なのではという気がしていた。

 外に助けに走ったという飯田の姿が見えないし、そもそも霊火達が『駅』にいない。異常事態の発生に雄英もそろそろ気が付いているはずで、霊火の予測では後10分も経たずにプロヒーローがここになだれ込んでくる。

 最も、それはそれで今度は黒霧が心配になるのがこの立場の難しい所だ。

 とにかく霊火も場の流れに従ってセントラル広場に行くことを承知する。

 

「まあ出久くんがどうしても行きたいっていうなら付き合ってあげるけどね……」

 

「あ、ありがとう霊火さん……!! で、でも危ないし、霊火さんが良ければ僕たちだけで様子を見に行ってここで待ってくれてても……」

 

「………………さっきはもっと危ない場面であんなに人を焚きつけて協力させておいて! 今度は危ないからここで待ってて!? まさかノリと気分で誰にでもあんな事お願いするの!?!?」

 

「うわあごめんなさい霊火さん!!!!! さっきはどうしても霊火さんの力が必要だったから……!! それに僕も誰にでもって訳じゃ……!!」

 

「会ったばかりのB組の人とは一緒に行く癖に……!!」

 

 何かに裏切られた気分になった霊火が怨嗟の声を漏らす。

 緑谷が必死に宥めるが、おそらく彼は霊火が何に怒っているか分かっていない。因みに霊火も分かっていない。

 

 脳裏によぎるのは先ほどトガヒミコがご丁寧に伝えてきたひらがな五文字。

 薄々分かってはいたけれど、恋心が一方通行であることを改めて突きつけられて霊火はちょっと傷付いていた。

 

 そもそもどうして初対面の敵にバレているのか。

 トガヒミコが極端に鋭いだけだと思いたいが、そういえば黒霧にも悟られていたことを霊火は思い出してしまう。

  

(なに……? 私そんなに分かりやすいの……? 表情とか感情はちゃんと隠せているはずなんだけど……⁉)

 

 黒霧相手に関しては小手先の表情や感情自体は隠せていても、足繁く海浜公園に通ったり莫大な時間を勉強を教えるのに費やしたり毎日一緒に登校したり下校したりなんて相当好きな人にしかやらないという前提が抜け落ちていた。

 一応表情を隠すこと自体は本当に上手いため、クラスメイト相手には今のところ滅茶苦茶仲がいい姉弟程度で通すことには成功している。

 

「緑谷ちゃん早く行きましょう? 先生が心配だわ?」

 

「そ、そうだね蛙吹さん!」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

(………………私は名前呼びまでに殆ど一年ぐらいかかったのにな)

 

 霊火は無駄な追加ダメージを喰らった。

 

 ――――――――――――――――――

 

 セントラル広場の中央で、死柄木弔は激しく首を掻きむしっていた。

 生徒が遠巻きに見守る中で、苛立ちを隠さずにブツブツと呟く。

 

「クソがよ…………普通ここまで集めたら誰か一人ぐらい殺せるだろ…………雑魚が…………」

 

 それに対して黒霧は切迫した声で進言する。

 黒霧の計算でもそろそろタイムリミットだった。プロヒーローが来てからではここに連れてきた(ヴィラン)を連れ帰るのはほぼ不可能だ。

 

「死柄木弔、そろそろ本当に限界です。 どうか冷静になって、撤退の指示を。 一度帰ってまた次の機会を伺えばいいのです」

 

 それを聞いて、まるでスイッチが切れたかのように死柄木の動きが止まる。

 首を掻く手も静止し、肩の力が抜けていく。発言者の黒霧ですら驚く豹変ぶりだった。

 

「ああもう分かったよ、黒霧。 今回はゲームオーバーだ。 オールマイトもいないし、帰ろう。 ブラドキングは手土産に持って帰るぞ」

 

「……!! ええ!! 仰せの通りに、撤退用ゲートを開きます!!」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

▷崩壊ゾーン

 

「仕事……仕事だから……また会おうね……」

 

「あぁ!?!?!?!?!?!?!?!!?!?!? 逃げんなクソが!!!!!!! ぶっ殺す!!!!!!!」

 

「切島君大丈夫!? 私を庇って……血が……どう止めれば……!!」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

▷土砂ゾーン

 

「んもう、惜しいけどこれでお開きね。 すごいタフネスだったわあなた。 また会いましょう♡」

 

「いっっ……クッソ……痛ぇ……」

 

「鉄哲お前良く頑張ったからそのまま動くな!! ど、どっちも早く治療しねえと……!! 青山目を覚ましてくれ……!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

▷山岳ゾーン

 

「うおっ!?!? またワープが開いたぞ!?!? (ヴィラン)か!?」

 

「……いえ、誰も出てきませんわ。おそらく、本来は(ヴィラン)を撤退させるためのワープだったと推測します」

 

「な……何とか皆無傷で終わらせられたね。ウチ二人に比べたらあんまり役に立てなかったけど……。それにしてもこいつが電波妨害役でしょ? こいつ倒してからも結構長かったね」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

▷火災ゾーン

 

「か、帰って行きますな。何とかなりましたぞ……一時はどうなる事かと思いましたが……」

 

「ん」

 

「しかし小大氏もよく私を信じてくれましたな。何も聞かずに大人しく背中に乗ってくれたお陰で動きやすかったですぞ」

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

▷暴風大雨ゾーン

 

「このような悪逆許されるはずがありません。そのまま監獄で精一杯の懺悔を行いなさい」

 

「流石だ塩崎。俺も随分と助けられた。礼を言う」

 

「いえ、障子さんも私の死角を的確に潰してくれて助かりました。良き隣人を持った私は幸せです」

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

▷セントラル広場

 

 セントラル広場の中心部では、ブラドキングが大きな血溜まりの中に横たわっていた。

 その傍らには死柄木が不機嫌そうな様子でしゃがみ込み、近くに脳無が静かに佇んでいる。

 

「黒色!!!!!!!」

 

 拳藤の叫び声が広場に響き渡った。

 

「大丈夫!?!?  安心しろ今私が何とかしてやるから気をしっかり持て!」

 

「我が過ちは……己が未熟ゆえの宿命……だが何としても我らが恩師を守ってくれ……」

 

「余裕があるのかないのか良く分からないけどお前今大怪我だからな!!」

 

 B組副委員長の拳藤一佳は大きな掌で黒色を抱えながら、敵の隙を伺う。

 その前には凡戸固次郎が立ちはだかり、その大きな体で仲間を守るように立っていた。

 周囲には固まった接着剤のような物質が散乱し激しい戦闘の痕跡を物語る。

 

 凡戸は震える声で叫ぶ。

 

「か、かかってこい(ヴィラン)!! 13号先生をどこにやった!! ブラド先生はやらないぞ!!」

 

「無理が見えます。貴方、戦闘は不慣れでしょう。……それにしても私に『溶け込む』ような”個性”があるとは。一瞬焦りましたが……場合によっては危なかったかもしれませんね」

 

 慇懃無礼さの中に強烈な不快感が滲んでいた。そして黒霧は敵意をむき出しに、生徒に迫る。

 

 そして丁度その場面に駆けつけた霊火は、状況を見て内心頭を抱えた。付き合いの長い霊火には分かるが、あれはガチギレだ。

 普段は冷静沈着を装う黒霧だが、実はあれでいて割と短気で激しい性格をしている。

 話を聞く限り、どうやら彼は黒色という生徒の"個性"に相当な目に遭わされたようだった。

 

「や、やめろ!!!!!!!」

 

 緑谷が弾かれたように黒霧に向かって突進していった。

 

 霊火はまあ黒霧相手なら死なないだろうと雑に見込んで緑谷を見送る選択をする。

 

「おいおい水難ゾーンの奴らはどうした。あそこが2番目ぐらいに難易度高いステージだと思ったんだがな」

 

 体中に手を付けた謎の敵が呆れたように呟いた。

 霊火は即座に察知する。この男こそが首謀者に違いない。身にまとう血の匂いがあまりに濃密すぎる。

 

 死柄木は小さくため息をついて黒霧に声をかけた。

 

「おい黒霧、お前が撤退しろって言ったのにお前が発火してどうするんだよ。一旦落ち着け。お前俺に言われるって相当だからな」

 

「くっ………、いえ、申し訳ありません死柄木弔。ブラドキングは……」

 

「指示しといてなんだが諦めて帰ろうぜ。俺以外の奴が怒り狂ってるのを見ると冷めちまった。それに他のゾーンもそろそろ撤退し終わったころだろ?」

 

 霊火はようやく場が収まりそうだと安堵の息を漏らす。緑谷も相手に戦う意思が無いのを見て止まった。

 セントラル広場の中心に黒い靄が渦を巻き、ゲートが開く。

 

 ……ここに来たはずのトガの姿が見当たらないが、彼女の性質上どこかのゾーンから密かにUSJを抜け出しているのだろう。

 

 そして死柄木の最後の言葉が広場に冷たく響いた。

 

 「それじゃあ脳無、最後にここにいる生徒を一人殺せ」

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 (やりやがったあいつ)

 

 霊火は死柄木の最後の命令にそう思った。

 衝撃吸収脳無は、はっきり言って強い。間違いなくここにいる生徒たちではまるで太刀打ちできないだろう。

 ただ一人、殻木霊火を除いて。

 

 そして命令を受けた脳無は、よりにもよって一直線に霊火の方へ向かってきた。

 

 運が良いのか悪いのか良く分からない展開だったが、霊火は呆れ交じりに鬼火を出現させた。

 霊火は決して博愛主義者ではないし、ここで殺されてやるほど黒霧に義理立てする義務もない。

 普通にぶっ殺してやろうと思い、霊火に辿り着く前に脳無をターゲットとして設定する。

 

「霊火さん!!!!!」

 

 緑谷が叫ぶ。彼がこちらに向かって必死の形相で走り始めたのを視界の端で確認した。

 

 とはいえ霊火が脳無を撃破する方が早い。そのままぱちりと指を鳴らそうとして、霊火はふと思った。

 

 

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 一瞬の躊躇があって、それが全てだった。

 

 どん、という鈍い衝撃。

 横から緑谷が体当たりをしてきた。彼は脳無の進行ルートから全力で霊火を突き飛ばそうとしていた。

 

 しかし、結果としてその試みは間に合わなかった。

 

 下半身に破滅的な激痛が走る。痛いとか痛くないとか以前に一発で意識が吹っ飛ぶのが自分でも分かった。

 霊火の意識が霧に包まれ始める中、その目に最後に映ったのは、こういう光景だった。

 

 脳無の手に握りつぶされ、バキバキに折れ曲がった自分の右足。

 肉は裂け、神経は切れ、骨が皮膚から飛び出て、そもそも若干千切れていた。

 

「あ」

 

 やっちゃった、とだけ思って。

 意識は闇の中に落ちていった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

「弔はうまくやっていると思うかい?」

 

「先生ともあろう方が心配をするなんて意外じゃ」

 

「ハハ……僕をなんだと思っているんだいドクター。誰だって我が子の事は心配するさ」

 

 研究所の地下、現代日本最悪の魔境でマッドサイエンティストと魔王が向かい合っていた。

 薄暗い実験室の中、二人の影が壁に長く伸びている。

 

「それにしても殻木霊火、今頃弔と会っているかもしれんね。それでどうなんだい? あの子、脳無相手のストッパーだろう? 小心者の僕としては、うっかり対オールマイト脳無を壊されちゃったりしないか心配なんだけどね?」

 

「それは無かろう先生。霊火は我々を裏切るようなマネは絶対にしない」

 

「おっと気を悪くしてしまったのなら済まない。 ただあの子、確か数年前から君から離れて生活しているし、君もあまり干渉していないだろう? ほら、僕とかはいつも裏切り裏切られの世界にいるから長く会わない人を信じるのが苦手でね」

 

「いやいやいや気を悪くした訳じゃないのじゃ。 霊火は元々脳無相手のセーフティとして作ったからの。いざ我らの敵になってしまったら、せっかく先生と作った作品達があっさり壊されてしまって大変な事になるじゃろう?」

 

「……まさに僕が危惧している部分だ。彼女は多少倫理観が壊れていても善人寄りの思考をしていると君から聞いたし、そこは少し心配していたんだ。だがその言い方だと策はあるんだろう?」

 

 ドクターは薄く笑みを浮かべた。

 

「もちろんじゃ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるほど。フランケンシュタインとして対策はバッチリというわけか。まあ怪物を抑える怪物に裏切られたらたまったものではないからね」

 

「そう、あの子は小さな時からずっとワシを正当化し続けるしか無かった。霊火は自分の悪趣味を『摂生』の影響だと思っているようじゃが、実際のところこの正当化の影響が大きいの。あの子は人格形成においてどうしてもこのワシを正当化し続けなければならなかったからこそ、ああいう(ヴィラン)になったのじゃ」

 

「ふむ……なるほど。それで実際のところその縛りはどうなんだい? 本当に裏切らないと断定できる強度なのかい?」

 

「今日の襲撃、脳無には『殻木霊火に四肢を欠損させる程度の攻撃をしろ』と命令しておる。もしワシの改造が今も効いているのならば、霊火は襲い掛かってくる脳無に反撃が出来ず大怪我をして帰ってくるの。それを見て判別しようじゃないか」

 

「……ドクター、君は時々最低になるね」

 

「元はと言えば霊火が"個性特異点"を研究するようになったのもワシの為じゃからのう。あの子は変にワシに幻想を抱いているようじゃが、まさに正当化じゃ。別にワシは人類の未来などさほど興味はないというのに」

 

「そうだったかな。僕が会った頃の君は、まだそういう心があったような気はしたよ」

 

「だとしても、もう忘れてしまったのう」




物間より圧倒的にマズイのがラグドールの『サーチ』です

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