気が付いたら白い天井を見つめていた。
消毒液の匂いが漂う病室でベッドに横たわっていて、右足が異様に重い。
見てみるとギプスでガッチガチに固められた足が天井から吊り下げられていた。
霊火はひゅうと口笛を吹いた。
「うわ、あれで切断までいかなかったんだ」
病院の娘である霊火から見ても、意識が落ちる直前の自分の右足は明らかな切断案件かそれに準ずる大怪我だった。
骨が複雑骨折して皮膚を突き破り、血管とか筋肉とかが千切れて血液が噴き出していた光景がまだ鮮明に脳裏に焼き付いている。
人体というのはつくづく神秘だ。美脚だ美貌だともてはやしても、一枚はがせば皆あのグロテスクなのだから面白い。
霊火は医療知識がある分、自分の怪我の深刻さがよく分かっていた。
よほど初動の処置と、手術した医者が良かったのだろう。ただリハビリは長期戦になりそうだ。
因みに霊火は他の脳無とは仕組みが全然違うので血液検査や足の手術やCT程度では医療機関に異常に気が付かれない。頭や胴体を物理的に開かれたら流石にバレるが。
続けてUSJでの出来事を順番に丁寧に思い出す。
最初の黒霧のワープ、黒霧との会話、水難ゾーンでのトガ、クルーザーでの戦い、救助、セントラル広場、そして脳無まで辿り着いた時、霊火は首をひねった。
(やっぱりあの最後の瞬間だけ絶対おかしい)
あの脳無周りだけ、おかしすぎる。
第一、霊火はああいう時に躊躇するような性格ではない。あの瞬間だけ絶対に何かが狂っている。
そもそもあの手の致命的な数秒で判断を違える程度の存在ならば、霊火はここまで生き残ってきていないのだ。
第一『ドクターが困る』ってなんだ。霊火がドクターに何を遠慮すればいいのだ。
間違いない。あの一瞬、脳無を迎撃しようとしたあの一瞬だけ絶対に何かの介入があった。
(……意識を少し逸らすみたいな”個性”攻撃? いや、あれはそういうのではなくて多分……)
感情を分けて考える。
そう、あの場面で霊火を惑わせた存在は何だと言う話だ。
他にもあの脳無の挙動からして良く分からない。あの時、あの脳無は明らかに霊火の『脚』を狙ってきていた。
緑谷がギリギリで突き飛ばしてくれたおかげで腿から引きちぎれる所を膝下からぐらいには軽減できたようだが、どちらにしても『殺せ』と命令された脳無が脚を狙うのはおかしな話だ。
普通『殺せ』と命令されたら首や、もしくは胴体を狙うだろう。霊火は脳無の開発者でもあるのだ。それぐらいは分かる。
それに距離的にはもっと脳無に近い生徒も複数いたにも関わらず、霊火に一直線なのもやや不自然だ。
確率論と言えばそれまでだが、霊火はどうしても何らかの指向性の悪意を感じずにはいられない。
狙う場所と、狙う相手。
どちらか片方なら偶然で片付けられても、複数ある場合は何かが起きていると考えたほうがいい。
(で、誰がそういう事を出来るかだけど……)
誰が、何故、どうやって。
あるいは『検死官』として数々の殺人事件に誰よりも深く付き合ってきた霊火だからこその悪癖なのだろうか。
霊火はどうしても、人が傷つく時は背景に悪意を持った他人が存在すると想定して考えてしまう。
(脳無関係者で私とも関係あり。もうこの時点で5人もいないんだけど……)
ドクター、黒霧、『先生』、そして霊火自身。この中で、霊火への干渉と、脳無への指示。その両方に干渉できたのは誰か。
ひとまず霊火自身の可能性は置いておこう。被害者かつ加害者かつ探偵というのは流石に属性過多すぎる。凝り過ぎた推理ものじゃあるまいし。
黒霧。条件としては十分だが、やはりないだろうと考える。彼は霊火の思考を止める術がない。
『先生』。あり得そうだが、霊火はあの人には細心の注意を払ってきた。あれの影響は受けていないだろう。霊火の全ての警戒をすり抜けて干渉したとかだとお手上げだが。
ドクター。やはり彼しかいないだろう。霊火に何かしらの干渉が可能で、脳無に指示を出せる人物。
(なるほど。私を造りだすときに『そういうふう』に設計したな?)
そう、フランケンシュタインの話だ。
脳無たちのストッパーは殻木霊火だ。それでは殻木霊火のストッパーは誰なんだろうという話になる。
霊火も前々から不思議に思っていた。
ドクターは筋金入りの人間不信の癖に、独自で研究を始めた霊火を自由にさせたり、直近でも『転送』の脳無を譲渡したりと霊火を信頼してきた。
あれは娘への愛とかそういうものではなく、もっと確実な何かが存在するのではないか?
例えば、『絶対にドクターに敵対しない』ような改造が霊火に施されているとか。
(……後はどれぐらい干渉されているかだけど……)
そこまで考えて、霊火はため息をついた。
当たり前だが、親子関係なんて莫大な影響が出て当然だ。普通のご家庭でも親は子供の人格形成において一番大きい影響をもたらす。
だから霊火も当然ドクターの影響を受けている。そこまではいい。
しかし今回ほど露骨なのは初めてだ。
これまでは親の情とか言って自分を納得させていたが、流石にこれは通常の親子を超えた何かがある。
それぐらい不自然な一瞬だった。あのドクターを気にした躊躇は霊火の思考パターンから完全に逸脱している。
『摂生』の影響だけではどうしても説明がつかない。何故ならドクターもああいう場面で躊躇するような甘い性格では無いからである。
そう考えると今回の襲撃にも想像が付く。
おそらく人間不信の御老体は、ヒーロー科に入学した霊火への改造がまだ有効かテストしたかったのであろう。
その場合、おそらく条件はあの脳無を処理できるかどうかだ。
推測するに、もしかして『ドクターの許可がないと脳無を破壊出来ない』と霊火に条件付けているのではないか?
(もしかして、脳無を破壊できず大怪我した現状はむしろ理想的だったりする……?)
霊火への細工が解けていた方が、ややこしいことになっていたかもしれない。
考えてみると自然も自然。
むしろこれまで何で考え付かなかったのだろうと思えるほどシンプルな話だった。
脳無たちのストッパーがあるのならば、霊火のストッパーが無いなんて彼の性格上ありえないのだ。
(め、めんどくさいなこれ……どこからどこまでドクターの影響でどこからが私なのか私目線じゃさっぱり分からないし……)
時間が出来たら『工場』にいって調整しようと心に決める。こういう時、AIは便利だ。
あの『工場』のAI鳥は何を言っても霊火のいう事への質問とその反対意見を提示するようになっている。
趣味嗜好、優先順位、好悪付与、認識異常、思考パターン、条件反射。
霊火の脳に何をどんな感じに異常を仕込まれているか分かったものではないが、あのAIならば霊火の歪みを見抜くことが出来るだろう。
そしてそれさえ分かれば、霊火はそれを取り除く技術はある。
それにしても長い間距離を置いていた甲斐があった。長い不干渉のおかげで、ドクターは霊火の現状をよく分かっていない。
あのご老体は研究ばっかりで子育てをしないから気が付かないのだ。
霊火は、もう無条件で父親を信じられるほど子供ではない。
子供には反抗期があって、いつかは親から自立するものだと分かっていないからドクターもこんなミスをする。
ドクターを無条件に慕う愛娘など、とっくに存在しないのだ。
はっきり言って、今の霊火にとってドクターのことなど優先順位的には5番目ぐらいだ。大切ではあるが、後回しにできるものでもある。
父親が一番の時代はとっくに終わったのだ。それが親離れという物だろう。
依然、霊火の方針に変わりはない。
個性特異点に伴う人類滅亡の未来をどんな手段を使ってでも回避する。霊火の元になった少女のような悲劇を無くす。それが最優先だ。
かつては重大な目標だったドクターの名誉回復など、サブターゲット扱いで構わない。
(……ドクターを出し抜いて、裏切って、利用して、自分の目標を達成する。 うん、大丈夫!)
怖いのは、戦うべき相手が分からないことだ。
どこまでが自分の意志で、どこからが他人の悪意か。誰が敵で、誰が味方か。何が偶然で、何が必然か。
そこをはっきりと分からなければ進む道はブレて理想は陰り、最後には何もなしえずに腐ってしまう。
しかし今回の事件で、霊火は自分の敵を見定めた。
ドクターは霊火に首輪をつけていると思っているだろうが、そうはならない。
反対に霊火がドクターに首輪をつけて飼い慣らしてやる。利用し、騙し、使い潰す。
その残りカスに最後にエサでも与えておけば十分育ててもらった義理は果たせるであろう。
霊火は一人静かに決意を固めつつ、ついでにこう思った。
(……何? 結局のところ造られし生命って造り主に反抗するように出来ているの?)
だとすると霊火自身も結構気をつけなければならないのだが。
――――――――――――――――――――――
いくらかっこよく造物主への反逆を誓ったところで、結局のところ右足が超痛い。
「いだだだだだだだだだだだ!! え、これ麻酔効いてます!?!?」
「ちゃんと必要量は投与したはずなんだけどねえ……効きづらい人っているから君はもしかしてそうなのかもね」
「そういってぐりぐりと触診するのやめません!?!? なんかもう全体的にダメって分かるだけで良くないですか!?」
薬剤耐性がもろに出た。稀に麻酔が効かないまま親知らずを引っこ抜くことになる不幸な人がいるが、殻木霊火も間違いなくその類である。
これで別に毒ガスに強いとかそういう特性すらないのが哀愁を誘う。薬と毒は紙一重と言えど、薬に強いから毒に強いなんて都合のいい話は無いのだ。
眠そうな医者によりごっついギプスが外されて、中身が御開帳される。
もうなんていうか、縫合とホッチキスで無理やり脚の形にした肉塊といった感じだった。
こんなところまでフランケンシュタインの怪物を目指さなくてもいいと思う。
「ちょ、ちょっと待って!! なんだこれ全体的にグロくない!? え、これ私歩けるようになります!?」
「全治三か月ぐらいかなあ……後遺症は残るかもね。 君、体力なさ過ぎてリカバリーガールの『治癒』が使えなかったからさ、他の方法でゆっくりと治していくしかないけど……」
「嘘でしょそういう落とし穴があるの……⁉」
確かに『摂生』をもってなお生命力不足の霊火の身体に『治癒』を使ったらそのまま地獄に落ちかねないが、だからといってこれはない。
しばらく歩けないのは百歩譲っていいのだが、そもそも見た目が終わっている。
霊火の意見では、名誉の負傷なんて男の子限定だ。女の子のこれは大減点にしかならない。
太股の細さとか膝小僧の小ささとか美白とかなんとか言っている場合ではない。
壊死が始まらないように気を付けるとか化膿のケアとか異臭対策とかそういう次元の話になってしまっている。
とてもつらい。脚出す恰好が一生出来ない事が確定した霊火は本格的に眩暈がした。
(………………………………これ綺麗に治す方法研究してもいいよね)
研究に完全な私欲が入り込んだが、あんまり綺麗ごとを言ってられない。
実際この研究も成功したらいろんな人が助かりそうだし、これはこれで人類の存続への道だと正当化する。
「…………意外と平気そうだね。 もっとショックを受けるかと思ったんだけど……君ヒーロー科だろう? 大丈夫かい?」
「大丈夫かと聞かれると最悪飛べば……あ、体育祭……?」
「雄英体育祭って今から二週間ぐらいだろう? 流石に無理だね」
そもそも開催されるのかという根本的な疑問はあったが、とにかく無理らしい。
病弱少女ここに極まれりといった感じである。ヒーロー科で病弱芸をしてもなにもいい事がないのに。
「うっわあ……割と高くついたなあ……」
「……気を落とさないようにと伝えに来たんだけど意外と大丈夫そうだね。 それじゃあ僕はここで。 何かあったらそこのナースコールで呼んでね」
そう言って霊火の脚を再度新しいギプスで包むと、医者は部屋から去っていった。
そして霊火はじろりと部屋の隅を見て、先ほどから病室にずっといる来客に話しかけた。
「それで何であなたなんです? 見舞いに来るにしてもだいぶズレたところが来たなという印象なんですけど……」
「殻木少女……」
そう、見舞いに来ているのは雄英関係者でも、ドクターでも緑谷でもB組でもない。
八木が来ていた。割と久しぶりだ。雄英入学前の3月に緑谷と滅茶苦茶高い焼肉を奢ってもらった時以来か。
「えぇ~……お久しぶりですって感じで会えたこと自体は嬉しいんですけれど、なんで最初の見舞客があなたなんです?」
「君が眠っている間に緑谷少年や相澤君、根津校長やB組の皆も来ていたよ。 あと警察も来ていた」
「ああ……まあそうなりますよね……」
霊火が目を覚ました後最初に来たのが八木という話なのだろうか。
そう訝しむ霊火のベッドの傍に、八木が近づいてきた。
「私は……君に謝らないといけないことが何個かある」
「え、去年私が買った缶コーヒーを勝手に飲んだことですか?」
「違うそうじゃない。 それにあの時は同じものを買ってちゃんと渡したじゃないか!」
そうは言われても、八木に謝罪されるような事なんて霊火には本格的に心当たりがない。
困惑する霊火を置いてけぼりにして、八木は霊火に深々と頭を下げてきた。
「え、ちょっと困ります」
「申し訳ない殻木少女!! 私は君に沢山の隠し事をしていた!!!!!」
「いやまあそれは気が付いていましたけど」
隠し事の量なら負けていない霊火はいよいよ困ってしまう。
ベッドの上で小さく首をかしげる霊火のまえで、それは起きた。
ムキィッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!
と、八木の身体が膨張して、オールマイトになった。
オールマイトになった。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇⁇?????????????????????????????????????????????????????????????????????????!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!??!?!?!?」
完全に。
思考が。
停止した。
「…………………………ほえ?」
「すまない! 実は私はオールマイトなのだ!!」
びっくりした。
自分の『死因』を見た時ぐらいびっくりした。
――――――――――――――――――――――――――
「え、えええ……???? ずっと隠してきたんです? 世間にも私にも……?」
「ああ、私の活動時間は後遺症で既に一日数時間もない。 だが平和の象徴として世間にそれを知られる訳にはいかんのだ」
オールマイト(八木さんの姿に戻った)はその左胸の古傷を見せて、霊火にそう説明した。
その傷を負わせた
なるほど、あれは相打ちだったのか……。
「え、でも、でもこっちが本当の姿なら、普段のあの筋骨隆々な感じのあれは一体なんなんです?」
「プールで腹筋を力み続けている人がいるだろう? あれだ」
「ぜっっっっっっったいに違うと思う…………………………」
仮にも病院の娘としてそこは譲れなかった。断じて人体はそんな面白構造をしていない。
霊火は八木の前でオールマイトの悪口を言っていないかどうか気にしつつ、頭の中を整理する。緑谷がオールマイトの信者である以上そうそう変な事は言っていないと思うのだが……。
「え、それじゃあ出久くんは何なんです? 彼は知っていたんですよね?」
「……君にも前に説明した通り、彼は私が見出した後継者だよ。 実はこの怪我のせいもあって、私の活動可能期間はそう長くない。 緑谷少年ならば、私が去った後の平和の象徴になってくれると思ってね……」
「ちょ、ちょっと待って。 あの『超パワー』で貴方の……オールマイトの後継をさせようとしているのです……?」
「ああ、緑谷少年もそれは承知だ。 それで私はあの海浜公園で緑谷少年を鍛えていたという事だ」
それは。
それはまあ緑谷も、随分と大きなものを背負わされたものだ。
「まあ確かにあの人助けに憑りつかれた感じはオールマイトによく似た感じはありますけれど……」
オールマイトは何も答えなかった。
そして霊火は疑問が止まらない。
「え、それじゃあなんです? あの海浜公園で会っている時点で雄英教師になることは分かっていたんですか……?」
「そうだな。 もちろん緑谷少年も君も自分の力で合格したということだけは伝えておきたいが……むしろ試験会場に君が現れた時は私もとても驚いたよ」
「ああ、あの時私出久くんの方にも試験会場で雄英受けること教えましたからね。 秘密主義はお互い様ですが……」
呆然。
自分がずっとオールマイトと一緒にいたという事に衝撃が身体から抜けない。
「八木さんって名前は……」
「八木俊典、私の本名だ。 普段はオールマイトの専属秘書の八木俊典として生活している」
「普通そういうのって偽名を使いません?」
世を忍ぶ仮の名前に本名を使う人を初めて見た。
霊火も何かアンケートを答える時とかに元になった少女の名前をもじった物をつかうことがあるが、その感覚だろうか。
「わあ……私八木さんから合格通知貰ってたんだ……。 言われてみれば私の事を殻木少女って呼ぶ人珍しいなあとは思ったけど……」
「んんん……それは今後少し気をつけなければならないな……」
「絶対に誰も気が付かないので気にしなくていいと思いますよ」
霊火は首を振って、何とかかんとか情報を呑み込む。
そしてようやく、本当は一番に聞かなければならない事を思い出した。
「そ、そうだ!!!!! USJは!?!? あの後どうなったんです!?!?」
「実は君が意識を失った直後に、私を含めた雄英のプロヒーローたちが踏み込んだんだ。……すまない、あの脳みそ丸出しの大男、ワープを持つ霧の男、死柄木と名乗っていた敵、君が戦ったトガヒミコ、他にも『ムーンフィッシュ』や『マグネ』等多くの敵を取り逃した」
内心で滅茶苦茶安心するが、表情には全く出さない。
これで捕まったとかなったら洒落にならない所だった。脳無や黒霧はドクター経由で霊火に繋がりかねないため逃げてもらわないととても困るのだ。
「被害状況だが……まず君が重傷だ。他に青山少年、切島少年、鉄哲少年、黒色少年が重傷だったが彼らはリカバリーガールの『治癒』を受けて意識を取り戻している。 生徒からの死者は出なかった。 後はブラドキング先生……ああ、B組の担任の先生だが、彼も何とか一命をとりとめた。 明日には復帰する予定だ」
霊火は黙って聞く。
あの敵の面子で死人ゼロは本気で想定外だったが、やはり表情には出さなかった。
一体誰が『ムーンフィッシュ』を抑えこんだというのだ。霊火でも絶対に無理なのだが……。
「ただ13号、災害救助を得意とする雄英のプロヒーローなのだが、彼女が敵に拉致されて行方不明になってしまった」
”個性”『ブラックホール』
霊火が雄英に入る前からずっと注目してきた”個性”だったが、あれが黒霧たちの手に渡ったと霊火は解釈する。
というよりそこまで被害が出たら流石に体育祭はやらないのでは……?
「えぇ、それ結構マズイ状態じゃないですか……?」
「ああ、今ヒーローと警察が一丸となって捜索しているが……見つかると断言できる状況ではない」
霊火は13号がどこにいるか相当な精度で分かっていたが、ひとまずこれも保留の箱に入れる。
「……すまなかった殻木少女。 敵たちは私を目当てにUSJを襲ったと聞いている。 それなのに私は君たちが一番大事な時に助けに行くことが出来なかった」
「いやいや八木さんが謝ってもしょうがないですよ。 悪いのは襲ってきた敵です」
「いや、私はヒーローとしても教員としてもあの場にいなければならなかった。 それで13号先生やブラド、B組の生徒や君まで傷つけてしまったのだから謝罪させてほしい」
そういって、平和の象徴は霊火に頭を下げた。
本格的に罪悪感で心が削られてきた『検死官』は困り果てる。
「そ、そうだ!! 出久くんはどうですか? 私の怪我に変な責任を感じていないといいのですけど……」
八木の金髪がへにゃっ、となった。
霊火は察した。
「緑谷少年だが……その……どういえばいいか……」
八木は顔を上げた。とても丁寧に言葉を選んでいる。
「……もしかして、とても気にしてらっしゃる?」
助け舟を出すと、こくりと頷いた。
霊火は頭を抱える。そう、怪我の原因は、緑谷がB組を助けようとしたのが原因とも取れるのだ!
「ま……まあいいです。 私が何とか励ましておきます……」
「……いつも君には本当に助けられてるな」
八木は真剣な顔で霊火に向き合った。
あんまりに真面目な顔で見られるものだから自然と身構える。
そして、彼はこう問いかけた。
「殻木少女、ずっと緑谷少年の傍にいた君に聞きたい」
オールマイトは、そう切り出した。
平和の象徴の本気のトーンに、霊火は思わず唾をのむ。
「……君は緑谷少年をどう思っている?」
「…………え? い、出久くんを? え!? す、好きですけど……」
「本当に申し訳ない。彼の人柄について聞いているつもりだった」
先走って大爆死を遂げた霊火がそのまま布団の中に急速潜行する。
そのまま恥ずかしさのまま大暴れしようとしたが、右足がぶっ壊れている事を忘れていた。
結果無駄に激痛が走って恋する少女は声にならない悲鳴を上げる。
しばらくたって霊火は何とか自分を取り戻し、何とか表情を取り繕って布団から顔を出した。
何やらおろおろとしている八木をじろりと睨み付けて、それでも律義に返答した。
「……なんかこう……誰かを助けることが一番の喜びというか……努力家だなあとは思いますけど……頑固で、肝心なところで自分を大切にしなくって、危なっかしいなあって思ってますよ!!!!!!!」
「OKステイ、私が悪かった。 一旦落ち着いてほしい」
フーッ、フーッ、と息が荒い霊火を静止しつつオールマイトはこのやり取りはセクハラとかに分類されるものではないかと冷や汗をかき始めた。
まだ顔が赤い霊火は、恥ずかしさのあまり涙目になりながらも何とか言葉を繋げていく。
「応援したくなる人です。 うん。 いつも一生懸命で、優しくて、夢に向かって努力してて」
「ありがとう殻木少女聞きたいことは聞けたよ本当に申し訳ない。 彼が私以外の人にはどう見えるか知りたかっただけでだね!」
そう、緑谷が好きだと暴露した後に緑谷がどういう人かについて話すと、霊火が緑谷のどこが好きなのかの説明にしかならないのだ。
なんだこの公開処刑と思いつつ、霊火は諦めたようにため息をついた。
「絶対に誰にも言わないでくださいね」
「言わないさ!!!!!!!」
オールマイトは目の前の少女から一瞬、強烈な殺気を感じ取った。
少女は両目をつぶって、大きく深呼吸した。
「別に、彼の夢の邪魔をするつもりはないので」
そして酷く寂しそうに、少女は目を開けた。
シーツをギュッと掴む。大丈夫だと自分に言い聞かせる。
片想いで終わることなんて、最初から分かっている。
「……私は……確かに気にしてほしい事はあるが、少年の恋愛まで制限するつもりはない」
「ううん、違うんです。 私は……出久くんが頑張っている姿が好きなんです」
そう言って、少女は吹っ切れたように笑った。
「せっかく同じヒーロー科に行ったんです! 今は互いにヒーロー目指して夢に集中した方が、きっと楽しいです!」
少女は、決してヒーローにはなれない。
殻木霊火は緑谷出久の敵だ。
だから最後には、霊火が彼を殺すか、彼が霊火を倒すか。二人の結末があるとすればそれしかない。
しまっちゃおうね
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