結論から申し上げると、霊火は車いす生活になった。
USJ事件の次の日の昼、オールマイトの正体を知った日に医者にこう宣告されたのだ。
「正直、足がくっついたこと自体が奇跡だと思ってほしいね。 一度完全に切れた神経を繋ぎなおしたのでこれからも色々と不便が出ると思うけど、こういうのは気の持ちようだから」
「え、やっぱり私の脚一度は完全に千切れたんです?」
普通に初耳だった。そして言外に『もう元のようには戻らない』とも言われてしまう。
粉砕骨折程度ならばとにかく、ここまで怪我の度合いが大きいと『治癒』を使えたとしても完全には治らなかったかもしれない。
そしてこれは病室に来た相澤先生から後から聞いた話なのだが、脳無が握る霊火の千切れた右脚を取り返してくれたのは緑谷らしい。
普通に滅茶苦茶ありがたい話ではあるのだが、考えれば考えるほど彼がかわいそうだ。
緑谷出久、『同級生の千切れた右足を敵から奪還する』という貴重なトロフィー獲得である。
もしかして彼は霊火の怪我に責任を感じてるというより単純に許容量を超えたグロテスクな体験で精神的に参っているのではないかとまで思えるエピソードだ。
そんな経験をしたら霊火だってトラウマになる。この前まで中学生だった一般人にさせていい体験ではない。
(うーん……緑谷が何に落ち込んでいるのかを把握しないとどう慰めればいいか分からないんだけど……)
当然だが、怪我を負わせた罪悪感にやられているのか血肉への本能的な生理的嫌悪感にやられているのかでは慰め方の事情が随分と異なってくる。
オールマイトに『私が慰めておきます』と宣言した以上は責任もって彼を立て直したい霊火なのだが、この期に及んでどう慰めればいいのか分からなくなってきた。
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車いすと手術着装備でいよいよ病弱少女の箔がついてきた霊火は、髪先を指でくるくるしながらポケットの中のスマホの感覚を確かめていた。
端末は今着ている制服も含めて、取蔭が昨日の見舞いに更衣室からまとめて持ってきてくれたのだ。
『霊火が大怪我で入院って聞いてさ、もしかして病院で必要かな~って思ってさ、先生に確認取って持ち出してきちゃったんだけど……』
『え、マジで? え~本当に助かる! ありがとう切奈!』
渡してくれた制服とスマホが入った紙袋には、ご丁寧に新品の充電器まで入っていた。
取蔭切奈という友人は、こういう細やかな気遣いができる人だ。つくづく霊火には過ぎた人だった。
受付で、霊火は退院手続きの書類に目を通す。
診断書や治療費の明細など細々とした書類を処理する。霊火は未成年の為こういう場面で色々と面倒だが、とにかく書類を片付けた。
「では、これで退院の手続きは完了です」
と、受付の看護師が笑顔で告げた。
お大事にという声を背に受け、病院の外に出る。
僅かな距離だったが、右足のギプスは既に若干痒いし車いすは結構疲れるしで散々だった。霊火は数メートル進んで、長い髪が車いすだと邪魔な事に気が付く。
この脚では風呂も一苦労だろうし、この際だからバッサリ切ってしまおうかと思いながら自動ドアをくぐる。
病院前で見覚えのある緑髪の少年を見つけた。
緑谷出久は車いすに座る霊火を見て一瞬だけ痛ましそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に切り替える。
霊火は、そんな彼にこう言った。
「よし、良く迎えに来てくれました出久くん。それでは聞いてください。今から私たちは京都に行きます」
「なんで!?」
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霊火が緑谷に送ったメッセージはこのようなものだった。
『お見舞いには来ないでね。明日の夕方退院するから一人でお迎えに来てね。後はどんな手段を使ってもいいから外泊許可を取って来てね』
緑谷は相当困惑したらしいが、結局のところ言われるがままに引子さんに外泊許可を取って病院にのこのこやってきた。
が、まさかその足でそのまま新幹線に乗ることになるとは思ってもいなかったようだ。
「なんで……? どうして……だ、大丈夫なのかなあ……?」
「大丈夫でしょ。 出久くんのお母さんにも別に嘘は言っていないし」
因みに緑谷の外泊許可の理由付けは「友達の家に泊まるから」だったらしい。
もしかして緑谷も霊火の部屋に泊まるルートでも想像していたのかもしれないが、流石の霊火も心の準備をさせて欲しいところだ。
まあ今回の行先も結果論ではあるがそれほど嘘はついていないことになる。
「でも出久くんもお母さんに嘘をついたりするんだね。 ちょっと意外かも」
「れ、霊火さんがどんな手段を使ってでも外泊許可取れって言ったんじゃないか!! 何か大事なことがあるのかと思って!?」
ここまで無理して要求を呑んでくれたのは相手に負い目があったからだろうなと霊火は思った。
緑谷出久と緑谷引子の関係は良好だ。霊火としても引子さんは心配性で優しいお母さんという印象が強い。
彼も普段は、今回霊火がやったような母を裏切るような頼みに従ったりはしないのだろう。このUSJ襲撃直後の霊火の頼みだからこそ、彼は自分を曲げたのだ。
「……別に二人になりたかったとかでもいいじゃん……私は出久くんとお話したかっただけだよ」
「ご、ごめん霊火さん……そうだよね……色々あったもんね……」
少しだけ拗ねた感じでそっぽを向くと、緑谷は途端におろおろとしだした。
霊火としても今のは割と本音だったのだが、彼は少し本意と違う意味で解釈したらしく少し暗い空気になってしまう。
はあ、とため息をついて、霊火はこう話を切り出した。
「で、随分な隠し事をしていたねえ出久くん……?」
「え、あ、オールマイトの事!? ご、ごめん霊火さん!! でも誰にも言うわけにはいかなくて……!!」
「……別に出久くんが悪くないことは分かってるんだけどね……? あんなに一緒にいたのになあ……うん」
あわあわしている緑谷を見て、霊火はくすくすと笑った。
彼の言っていることは正しい。
少なくとも殻木霊火にだけは、この秘密を言ってはいけなかったのだ。
№1ヒーロー、平和の象徴、完全無敵のオールマイト。
その弱点など、全ての敵が知りたがるトップシークレットだ。
活動期間が長くないという一言でもって霊火は八木を直接狙うつもりはないが。それでも得たものはある。
はっきり言おう。殻木霊火はオールマイトさえいなければ、今この瞬間に敵名を名乗って大虐殺を開始してもそうそう捕まりはしない。
エンデヴァー、ベストジーニスト、ホークス。日本のトップヒーロー達が大挙して押し寄せても、逃げ隠れだけならどうにでもなる。
そして、こう思っているのは霊火だけではない。『オールマイトさえいなければ』、そう思っているような日陰者は『検死官』の他にも沢山潜んでいるのだ。
例えばUSJには現れなかった筋肉バカの殺人鬼があれでも一応逃亡生活をしているのは、偏にオールマイトに勝てないからだ。
例えば『解放思想』なんて狂気に呑まれたどこぞの大企業の社長さんは、元々オールマイトが居なくなった後に大規模に動くという前提な節がある。
例えば日本にだけは展開できなかった世界的な犯罪シンジケートなども、オールマイトさえいなければ日本にも浸透してくるだろう。
例えば、例えば、例えば。
平和の象徴というのは何の誇張表現でもないのだ。
考えてみれば、ドクターなどはこのオールマイトの衰えを知っていたのだろう。
言われてみればの話、『先生』、ドクター、黒霧辺りのラインは最近随分と気合が入っていたが、あれはオールマイトの衰えを知っていたからだったのだ。
というか連中はあまり大袈裟な事をしなくても、ハイエンド数体で日本を壊してしまえる。
そして昨日、オールマイトは現状この国で最も知らせてはいけない相手の一人に自身の弱体化を教えてしまった。
オールマイトがいなくなるのであれば、霊火のスケジュールも相当変わってくる。
もっと派手に、もっと素早く、平和の象徴が不在になった後の激震に備えた方が良さそうだと、『彼岸花』は判断してしまった。
あえて露悪的に言うならば、霊火の目的は『全世界完全監視』『完全独裁』『性愛のコントロール』を軸にしたディストピアの構築だ。
全世界の子供の発生を監視し、管理し、反論の一切を許さない世界。
霊火には、人類存続の道をこの道にしか見出せなかった。だから霊火はその実現に向かって全力で取り組む。
そしてオールマイトがいなくなる。
ただそれだけで、霊火の目的は実現に一歩大きく進んだのだ。
霊火がつい開放的な気分になって、好きな人を巻き込んで夜の旅にも出たくなっても仕方ないだろう。
「でも付き合ってくれてありがとう出久くん」
「う、うん……霊火さんのお願いなら……いつもずっとお世話になっているし……」
そして目の前にいる男の子こそが未来の平和の象徴だ。
おろおろしながら霊火に対応するこの緑色のモサモサ頭がオールマイトに代わる次代のヒーローなど一見冗談のような話だが、霊火は普通にあり得る話だと考えていた。
”個性”研究者としての霊火から見ても、緑谷出久のポテンシャルは極めて高い。
というか『超パワー』自体が緑谷の両親の”個性”から考えても完全に逸脱した力だ。
ごく稀に現れる突然変異型だ。ここまで強力な力が人体に宿っているのを、霊火は見たことが無い。
正真正銘の世界を変える力を緑谷出久は所持している。
そして緑谷は恐ろしいことにその精神性も逸脱している。
手当たり次第に人を助けずにはいられないこの心の持ち主が、この力を持っている。
殻木霊火は予言する。この理想を叶えられるヒーローに、最強にして最大のヒーローに、この少年はいつか成る。
恐らく2年半。30か月後には、緑谷出久はオールマイトを超える。
だから霊火の勝負もそこまでだ。緑谷出久がヒーローとして完成した時、緑谷出久を殺す力を持っている事が目的のための絶対条件になる。
「せっかく一緒にいられるんだしさ、たくさん話してたくさん遊ぼうね?」
「う、うん! そうだね! 僕も霊火さんと一緒にいるのは安心するし……」
本当は彼が未完成であるうちに問答無用で叩き潰すことが最適解だと分かっていても、霊火にその選択肢を選べないことだけは。
もう、惚れた弱みとしか言いようがないけれど。
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霊火は新幹線の個室のチケットを取っていた。車いすでも入れるタイプで、混雑とは無縁だ。
雄英の制服を着て車いすというかなり人目をひく格好の霊火も周りの目を気にせずに行動できる。
「それじゃあ雄英は三日間も学校を休みにしたんだ」
「13号先生も拉致されて帰ってこないし、霊火さん含めて6人も重傷者が出ちゃったからね。 調査とか警備の増強とか色々あるんだろうけど……」
「黒霧のワープ相手に警備って正直無理がない?」
だからこういう風に内緒話も出来る。話題はもちろんUSJの襲撃事件だ。
黒霧の『ワープゲート』は複数の”個性”を混ぜて一つの”個性”にしたドクターの最高傑作の一つだ。
ワープ可能距離が長く、一度に展開できるワープゲートの数も多い上に別々の所に繋がるゲートを同時に展開することも可能。
ゲート自体の展開速度もやたら早く、敵を呑み込んで変な所に飛ばすようなことも可能だ。応用力も滅法高く飛び道具をそのまま相手に撃ち返したりも出来る。
あれは霊火から見ても破格の性能の、あらゆる意味で時代の先を行き過ぎた”個性”だった。
というか全く異なる複数の”個性”を手術と投薬で一つにするドクターの技術は色々と謎過ぎる。何らかの事情で複数の”個性”を持った人の”個性”が混ざり合うという現象は稀に聞くが、『ワープゲート』だけは未だに全く理屈が分からない。
いくら考えてもこれを造るのは不可能だと結論が出るのに、目の前に現物があるという研究者としての霊火にとって非常に困った“個性”でもあった。
「うん……もっと通信を強固にするとか物理的に見回りをするとかも有効かもしれないけど……ああやって一瞬で戦力を展開して、飯田君みたいに逃げて行った相手を回収したりB組の皆を別々の場所に飛ばしたりできたりとか……どうしてあんな”個性”が
何故
なにしろあの”個性”相手に何かを守ろうとするのはほぼ不可能だ。最悪の場合ゲートだけポンと設置してそこから飛び道具をドコドコ打ち込まれるような使用法も想定する必要がある訳だし。
「まあ雄英の事だから何か考えるでしょ。 それでどう? 出久くんの方の傷は」
「え、僕!? あ、ナイフで切られた傷!?」
霊火は車いすから身を乗り出して、両手で彼の頬に触れた。
トガヒミコがナイフで切りつけた頬の傷は治ってはいるが、若干跡が残っている。
霊火のと違ってそこそこかっこいいけれど。
「う……霊火さんの傷と比べたら僕のなんて……」
「ね、ギリギリ繋がったけど物凄い傷が残っちゃったよ……。 でもまあ出久くんが突き飛ばしてくれなかったら腿から持っていかれてたし……ありがとうね」
「そんな! 僕が霊火さんを連れて行かなければ」
「その場合は水難ゾーンの3人が死んでたねえ……」
緑谷がうっ……と困り果てた顔をする。
霊火は彼の頬を撫でながら彼の目をじっと見つめた。霊火の方も困ってしまって曖昧に笑う。
「まあ……平和の象徴になるならああいうのも慣れていかなきゃね。 あなたが現場に着いた時には既に血の海なんてこともあるだろうし」
「……うん。 でも今回は僕が無理に引っ張っていったせいで……」
「これで死んでいたら大変だったけど生きてるからノーカウントだよ。 私がそういうことにしてあげる」
じきにちゃんと治るらしいし……とサラッと嘘をつきながら霊火は元の体勢に戻る。
地味にトガヒミコと何を話したのかを聞きたかったのだが、そこまでは聞けなかった。
そんな霊火をじっと見て、心底疑問そうに緑谷出久はこう言った。
「ところで霊火さん……実は今日会った時からずっと思ってたんだけど……何か普段と雰囲気違う?」
「……………………………………………………メイクしてないからだと思うけど」
過去一低い声が出た。
――――――――――――――
夕方に病院を出発したので、二人が京都に到着したのは夜になってからだった。
新幹線から降りたその足(?)でそのまま駅前の24時間営業のディスカウントストアに入店する。
そう、緑谷は軽く着換えなどの泊まりの準備をしていたが霊火は基本的に手ぶらなのだ。
想像通り、店内はいい感じに混沌としていた。
所狭しと並ぶ棚。天井近くまで積み上げられた商品の山。派手な色使いのポップが乱立し、蛍光灯の明かりが眩しく照り付ける。
ビックリするほど車いすと相性が悪い所だった。視点が低い位置にあるためいつも以上に高い棚の商品が見づらい。
同じクラスの峰田実などもあれで普段から中々苦労をしているのかもしれないと霊火は何となく思った。
「あの、ちょっと右に寄ってもらっていい? そう、それ。 うん、別に間違ってないし。 それ買うから」
「え、これ? 何に使うの……?」
緑谷に取らせた商品はヘアカット用のハサミである。ヘアカット用のハサミはヘアカット用にしか使わないと思うのだが、緑谷は心底疑問そうに首を傾げながら籠の中に商品を入れた。
その他、半透明の付箋、ボールペン、レインコート、ゴミ袋、キャンプ用のカンテラ、安い洋服各種を次々に籠に放りこませる。
車いすの少女はワゴンセールの黒の無地のロングスカートを掴み、物色する。
「そもそも制服のミニスカートは車いすとの相性が悪いんだよね……ギプスは目立つし脚は開けないし……」
「霊火さん……!!」
好きな男の子をほどほどにからかいながら、さっさと必要なものを集める。
最後に飲み物とカップラーメンとお菓子を各種適当に放り込んでレジに通す。
会計が終わって外に出ると、すっかり深夜に近い時間帯になっていた。
そしてそのまま駅近くの高級なビジネスホテルへと向かう。
巨大なガラス張りのエントランスに重厚な回転ドアが設置されている。入ってみると豪華なシャンデリアの光が二人を出迎えた。
「れ、霊火さん……!! こんなところ僕まで泊めてもらうわけには……!!」
「ここ私の身内が持ってるホテルなんだけど……」
「マジでか……!?!?」
殻木球大――『ドクター』は表の顔が無駄に権力者かつ金持ちなので、割と色んなところに物件を持っているのだ。
因みに霊火自身も負けないぐらい大金持ちなのだが、如何せん高校生の身では稼ぐのも使うのも一苦労という裏話がある。いくらお金を持っていても、こういうホテルのオーナーになるというのは色々大変なのだ。
娘の方は医者の父親と違って収入がガチガチの非合法なうえに税金も払っていないので、あんまり大きなお金を動かすと税務署辺りに正体を嗅ぎ付けられかねないのである。
霊火がチェックインを済ませる間、緑谷は広々としたロビーの雰囲気に圧倒されている様子だった。
呑気に「凄く豪華だ……」とかなんとか言っているが、普通男の子って少しは女の子と二人でお泊りなことを気にしたりしないのだろうか。
異性として全く意識されていない感じがして霊火としては面白くない。麗日お茶子との会話を見る限り、彼は女の子に興味がないというわけでもなさそうなのだが……。
エレベーターに乗り込み上層階を目指す。
廊下に出ると分厚いカーペットが車いすの車輪を受け止める。柔らかな間接照明が落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
ちゃんと二つの部屋を取っていたが、取り敢えず霊火の部屋に二人で入る。
カードキーをかざすと金属製の厚い扉が小さな電子音と共に静かに開く。緑谷が一歩前に出て扉を開いた。
予想以上に広々とした空間が広がっていた。総じて豪華なビジネスホテルといった感じだ。
入り口を入ってすぐの場所にユニットバスが設置されており、部屋に入ると清潔感のある白を基調とした内装が目を引く。その先には、キングサイズのベッドが置かれていた。
壁には大型の液晶テレビが設置され、その横には作り付けのデスクがある。デスクの上には観光パンフレットやルームサービスのメニューが整然と並べられている。
部屋の奥には小さなテラスとベランダが設けられており、ガラス戸越しに京都の夜景が見える。
霊火は先ほどディスカウントストアで買ったビニール袋の中身をガサゴソと見分しながら、こう宣言した。
「よーし、それじゃあ出久くんに髪切ってもらおっと」
「だから何で!?!?」
緑谷の抗議を無視して霊火はキャンプ用のオイルランタン(税抜4200円)の箱を取り出し、爪で段ボールをこじ開けて中身を引っこ抜く。
梱包材を剝がしながら、ボッ、と。燃料となるオイルも入れていないランタンに火が灯った。
火を入れられたランタンが、ふわりと空中に浮かびあがる。
霊火が取っ手を握ったままなので持ち手の金具の部分を下にして逆さまになり、そのまま電車のつり革のような感じで霊火の身体を持ち上げた。
上に持ち上がる右手のランタンと左足でバランスを取りながら霊火は車いすからふわっと立ち上がり、そのまま数歩分の距離を移動してホテルの椅子に座る。
「わあ……凄い”個性”だ……!!」
「ここは私を褒めて欲しい所だったけれど……」
レインコートを袋から取り出して頭から被り、裾の部分を捲って『受け皿』にする。
そしてヘアカット用のハサミを包装から取り出し、緑谷に手渡した。
少年は少女に手渡されたそれを、まるで危険物かのように受け取った。
「今日病院出る時に気が付いたんだけど、車いすだとロングヘアが邪魔なんだよね。 脚がこうなってお風呂も大変だろうし、この際バッサリ切ってしまおうかなと」
「で……でも何で僕!?!? 僕、髪なんて切ったことないよ!?!?」
「いやあ出久くんまだ私に対して遠慮があるみたいだからさ……」
霊火は核心に切り込んだ。
ぎくりとする緑谷に対して目を細めて笑う。そしてそのままくるりと緑谷と逆の方向を向いて、彼の覚悟を待つモードに入る。
「貴方は私に怪我させたと思っているかもしれないけど、本当にそんなこと無いからね。 それでも出久くんが悪いと思っているのなら、ここで私の髪を切ってよ」
「で、でも……そもそも髪を切ることに何の関係が……!?!?」
「髪は女の命って言うでしょう?」
ハサミを振るうハードルをさらに上げた。
霊火はお嬢様風な前髪ぱっつんの黒髪ロングヘアを後ろに流す。
後ろで硬直する緑谷に対して、少女はこう続けた。
「大丈夫だよ出久くん? 私は別に貴方に殺されても文句は言わないよ」
「そういう訳には……!!」
「……もう。 その優しさは美点だとは思うけど、あまり鈍感だと相手も困っちゃうよ?」
霊火はくつくつと笑った。
「私が言いたいのはさ、相手がいいよって言っているのに自分の罪悪感で引きずっちゃうのは本当に相手の為になるのかなって話。 そこは相手の事を信じるのも信頼の示し方じゃない?」
「霊火さん……」
「私は出久くんに元気になって欲しいのに、ずっと私の怪我の事を気にされるのは困っちゃうな」
それでもなお、動くことが出来ない優しい男の子に霊火はこう後押しした。
「大丈夫。 髪は自分で後から整えるし、そもそも私は髪が伸びる速度が超速いから失敗しても大丈夫だよ。 割と定期的に髪型も髪色も変えてるしね。 だから今回は貴方の好きなように切ってみて」
「……僕、今の霊火さんの髪型好きなんだけどな……」
霊火は急に黙りこんだ。
そう言うのは本当に早く言って欲しい。今になって惜しくなってきた。
―――――――――――――――
深夜二時、霊火はホテルの部屋のベランダに置かれていた椅子に座っていた。
肩までのゆるふわミディアムヘアが、夜風に揺れている。
緑谷は思っていたよりも髪を切るのが上手かった。元々髪を切ること自体がメインで出来には期待していなかったのだが、ヘアピンやスキバサミも用意せずただのハサミ一本での作業だった割にそこそこ綺麗に仕上がったのだ。
もしかしたらちゃんと教えれば、彼の散髪の技術は結構上達するかもしれない。
ホテルから借りたヘアアイロンで毛先を軽く巻いて大まかな完成形を造った霊火は、窓ガラスに映る自分の姿を見て首を傾げていた。
(この髪型なら金髪の方が似合うかもな……)
実は霊火の髪は元々白と黒の謎のツートンカラーである。今は全体を黒く染めている状態だ。
せっかく髪型を変えたのだから、この機会に思い切って色を抜いてみるのも悪くないかもしれない。
深夜。既に皆寝静まっている時間である。
髪を切った後霊火達は夜食を食べてその後色々話した後解散したため、緑谷は自分の部屋に戻っていた。
少女ははあ……とため息をついて、目を見開いた。
「それじゃあ黒霧をぶっ殺しに行くか」
わざわざ京都に来た理由の大半はこれだった。
霊火をUSJ襲撃に巻き込んできたツケは、絶対に払わせないといけない。
”個性”『雲』。
ぶわりと空中に浮きあがった霊火は、そのままホテルのベランダから急発進する。
行き先は蛇腔病院。十中八九黒霧とドクターはそこにいる。
右脚がこんな事になったのだ。
霊火だって黒霧の四肢の一つぐらい持っていかないと、気が収まらない。
平和回
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