物体に残る記憶を読み取る『サイコメトリー』は、現状極めて稀少な"個性"だ。その理由は主に3つある。
第一に、記憶を読み取る能力自体が相当高度な精神感応系の力だからだ。
気分を変える、戦意を高める、嘘を見抜くといった精神系の"個性"は多いが、記憶に触れられる能力は珍しい。それは人の記憶は常に曖昧で主観的で、非常に複雑かつ難解なものだからだ。
人の記憶は元より読めるように設計されておらず、それへの介入は困難を極める。
事実、義爛の『混濁』も相当レアな類の”個性”だ。記憶の改竄等が可能な”個性”の登場は第7世代あたりまで待つ必要がある。
第二に、『サイコメトリー』は必然的に過去視の性質も持っている。
派手で強力な未来視ほどではないにせよ、過去を見通す力もまた稀少な能力だ。電気系に並ぶ”当たり個性”といわれる類の能力である。
サイコメトリーというのはこの2つの要素が組み合わさった結果生まれる、珍しい能力なのだ。
第三に、この能力は持ち主に大きな危険をもたらす。
霊火に言わせれば、誰もが墓場まで持っていきたい秘密の1つや2つを抱えているものだ。
そしてそこら辺を歩く人を一人捕まえてその人生最大の過ちを暴けば、大抵はガチ犯罪だ。その癖そう言う人は自分を善人だと心の底から信じていて、やれヒーローだやれヴィランだと大騒ぎしながらコンテンツとして犯罪者を消化しているのだからもう笑うしかない。
そんな世の中で『サイコメトリー』を持つということは、絶え間なく人々の闇に触れ続けることを意味する。
うっかり繁華街のラブホテルとかに行ったらリアルに1万人ぐらいの『一生モノの秘密』を握ることになりそうだ。まともな感性では人間不信コースだろう。
さらに深刻なのは、この能力の存在自体が多くの人にとって脅威となることだ。
どれだけ完璧な犯罪を計画しても、『サイコメトリー』の前では無意味になってしまう。そのため、治安の悪い国――日本以外の殆どの国ではこの手の能力者は敵に狙われ過ぎて長生きが出来ないらしい。政府の側から刺客が来るなんて悪い冗談みたいな話まである程だ。
『死因』はこの『サイコメトリー』と『霊媒』と呼ばれる”個性”のハイブリッドだ。
霊火の元になった少女の父親がもっていた『霊媒』系の”個性”は死者の声を聴くとかが可能な能力なのだが、それらが組み合わさった結果『死者の記憶を読み取る』”個性”が出来た。
そして『死因』は、極めて強力な異能になってしまった。
順に話そう。
『死因』で回収できる鬼火の条件は、実は死亡後どれぐらい時間が経過しているかで変わってくる。
死亡後二週間以内ならば、霊火は鬼火を『この場で死亡した人』という雑な範囲で抽出し、回収可能だ。
問題はそれ以前。死亡後二週間以上経った死亡原因の鬼火を回収しようとすると、霊火は『誰が死んだのか』か『誰が殺したのか』のどちらかの情報が必要になる。
具体例を挙げると、白雲朧の鬼火を回収した時には霊火は10年以上前の死亡事故を『白雲朧が死んだ』という情報で回収している。
そしてこの能力、何年以内ならば回収できるのかといった時間的限度が存在しない。
人間が死んでいて、加害者か被害者のどちらかが分かっているのならばどれ程昔の死亡原因だろうと確実に回収できる。
つまり霊火は、本能寺に行ったら織田信長の鬼火を回収できるのだ。まあ本当に本能寺に織田信長の鬼火があったのかは伏せるが。
その結果、霊火は戦国時代の本当の歴史について世界一詳しい女になってしまった。”個性”を使えば織田信長の容姿や心情まで踏み込めるせいで歴史考証の精度が高くなりすぎるのだ。
伝えられるのは、歴史の教科書など本気で嘘しか書いていないことぐらいだ。
『死因』の都合上「どこで死んだのか」を正確に把握できないと発動できないのは難点だが、逆に1つの鬼火を特定したらその時代の鬼火は芋づる式に見つかるという話もある。
殻木霊火は、歴史に記されるような暗殺事件の隠された真実やら不都合な事実やらといった陰謀論めいたオカルトに、最も深く踏み込んできた人間という側面もあるのだ。
その気になれば化石になった人間とかからでも鬼火を抽出できるので、『死因』はかなり歴史学に向いた”個性”でもある。しかし実際にはそこに最大の落とし穴がある。
サイコメトリーの話にも通じるが、歴史に隠された真実などを暴いてしまうのはマジで洒落にならないのだ。
例えばの話。本当にたとえ話なのだが、丘の上で人類の罪を背負って処刑された男の鬼火などを見つけてしまったら本気でろくでもない事態になる。この場合鬼火が見つからないのもそれはそれで面倒な事になりそうだ。どんな結果が得られたにしてもそれを公開した場合、どんな悪影響が出るのか霊火にも全く想像がつかない。
建国の父と呼ばれるような人物や独立戦争の英雄など、この手の”正体を暴いてはいけない人”というのは歴史上大量に存在するのだ。民族や歴史や宗教の正当性など普段は意識することも少ないかもしれないが、やはりその上に国があって人がいるのだ。
霊火とて好奇心でそこを突っついてうっかり世界を滅ぼしたりなどしたくない。
『死因』はパンチで地を砕くとかマッハ3で移動するとかそういう分かりやすい破壊力はなくとも、文明に対して十分すぎるほどの破壊力を持った”個性”なのだ。
そして霊火に出来るという事は、じきにこれを可能にする”個性”が出現するということでもある。あるいはその人は既にいて、霊火のように黙っているのかもしれない。
そしてここからが本題。『死因』で暴いた真実の中に、霊火にとっても極めて重要な物が1つある。
中国の軽慶市での「発光する赤児」が始まりの”個性”であるという教科書にも書かれている”事実”は、全くの噓っぱちであるという事だ。
霊火は件の光る”個性”持ちの人間が殺された時の鬼火を所有している。そしてその加害者も知っている。
霊火は、『検死官』で、”個性”研究者だ。
”個性”の起源については相当な時間を使って調べてきた。
そして“個性“黎明期の調査の結果、霊火はとある一人の女性に辿り着いた。
そして彼女こそが原初の”個性”保持者であることを、霊火は特定する。
そして彼女から動物を通じて”個性”は広がったという事実まで掴んだ。
それでもなお”個性”自体の正体は分からなかったのだが、『死因』の少女は“個性“の成り立ちや仕組みについて、この世界の誰よりも深く限りなく正解に近いところまで理解を深めたのだ。
少なくとも、”個性”は良く言われるような遺伝子そのものではない。だからこそ、こういう事が可能だった。
殻木霊火は、とある理論を組み上げることに成功する。
『”個性”の抽出』
”個性”を、人の細胞を介さずに”個性”単体として出力する方法。
つまり”個性”を発動する機械の開発に、霊火は成功したのだ。
少女は、人間の脳や神経を生きた組織を使わずに正確に再現し、そこに”個性”因子を流し込むことでも問題なく”個性”が発動することに気が付いたのだ。
ならばこれは同じ仕組みならば同じように機能する、従来の物理法則だ。”個性”は生き物にだけ許された超常現象ではなかった事を証明したのだ。
これは”個性”に耐えうる肉体の成長を目指すドクターとは真逆のアプローチだった。
”個性”を個人から切り離し、量産可能な誰にでも扱える技術へと昇華する。
全くの余談だが、霊火は”個性社会”なんて言葉が嫌いだ。
一人一人が個性を持っているとかいうと良く聞こえるが、実際のところ特別な人が特別な力をもつだけの社会だ。そんな環境は歪んでいる。
やはり人間に『異能』は似合わない。特別な才能を必要としない技術を競い、高めあう姿こそがあるべき姿だと霊火は思う。
強大な力を、一人一人が振るえてしまうから訳が分からなくなるのだ。
異能を個人からそっと取り上げて、誰もが使える”技術”に落とし込みさえすれば後は話し合いで人は存続できる。
”個性”出現以前から人間は、地球を滅ぼせるほど強大な力を開発しながらも何とかかんとか話し合いで人の世を続けてきたのだ。
霊火は、何も人間の存続の為に人間を不幸にしたいわけではない。
誰もが大きな力を持ち、空を飛び、病気を治し、飢えることが無い。生活の最低ラインを高く設定した上で、人間同士で競い合う存続可能な理想郷。
そんな世界こそが少女の最終目標なのだ。
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蛇腔病院には片道10分も掛からずに辿り着いた。
『雲』は鬼火と違って光らないので、夜空で目立たないのだ。元々雲は空に浮かんでいる物なので、夜間の飛行は非常に見つかりづらい。
その裏口。ドクターのラボまで直接つながるさびたドアの前に、霊火は目当ての人物を見つけた。
「これはこれは『彼岸花』、身体の様子はどうですか?」
「は? 殺す」
挨拶代わりに『雲』の上から二発。
強酸による化学性火傷の死と感染症による臓器不全の死から抽出した2つの鬼火を黒霧に向かって発射する。
その鬼火の軌道上にワープゲートが開いた。
霊火の背後に開いたゲートから霊火にめがけて飛んでくる必殺の鬼火を一瞥もせずにビタリと停止させ、霊火は諦めたようにその鬼火を消した。
(脳無に対する殺傷行動自体が制限されているわけではない……躱されることが分かって打つことは”制限”に引っ掛からないのか……?)
「はっ……よくもまあ私の前に顔を出せたね黒霧。 そっちの都合でガッツリ巻き込んでおいて、こっちは本当に危なかったんだけど?」
「ええ、貴方の力が必要だったもので仕方なく、申し訳ありません」
そもそもの話だ。USJ襲撃の最初に話は巻き戻る。
外部に助けを呼びに行った飯田狙いでワープゲートを開く? そしてそこにたまたま霊火がいた?
その時は霊火も勘違いしてしまったが、あのワープゲートは飯田を狙ったものではなかった。
あれは霊火を狙ったものだ。黒霧は、あの場にいた三人の中で霊火だけは『雲』の”個性”の共鳴で位置を掴める。
あの出来事は『
それでは、黒霧が霊火をUSJに誘い込んだ目的は何だったのか。
(…………………………ああ、
この会話における『通信に関しての追加の手』こそが霊火なのだ。
求められた役割は通信妨害の引継ぎ。倒れてしまった
”個性”『霊障』
周囲一帯のカメラやセンサー、メモリやアンテナなどに介入して機械を狂わせる異能。
通信機器を圏外に陥れ、位置情報に誤作動を起こし、写るべきものを写らせなかったり写ってはいけないものを写らせたりといったことを可能にする”個性”。
黒霧は、霊火が持つこの”個性”をあてにしたのだ。
何故、山岳ゾーンに現れたらしい電波妨害の
それは霊火が通信を止めていたからだ。
「でも黒霧、偶然、本当に偶然でB組の委員長が巻き込まれたから言い訳も出来たけど、あれ私一人でもUSJに巻き込むつもりだったでしょう? そんなことされたら私だけUSJに行っちゃってものすごく怪しいし、今回も私の正体がバレるギリギリのラインだったんだけど?」
「ええ、しかし死柄木弔に必要な事だったので」
問題が見えてくる。
なるほど。そういう事か。
霊火はにたりと笑って黒霧に笑いかけた。ドクターの研究室までの地下通路の暗闇で、雲の上に乗って移動する少女の目が真っ赤にギラリと光る。
「へえ、死柄木弔ってあの全身に手を付けた変な奴の事? 襲撃も失敗だし、目立つ所何にもなくてモブみたいだったあの短小男だよねえ?」
「ぶっ殺すぞ殻木霊火」
ジジッと黒霧の身体が揺れた。
両手を上げて非戦闘の意思を示しながら、霊火は悟った。
おそらく、黒霧は死柄木弔という男を守るためだけに作られた脳無だったのだ。
霊火の存在価値は、死柄木の下位に位置づけられていた。だから黒霧は、死柄木を安全に撤退させるために霊火を躊躇なく利用したのだ。
かつて兄貴分として、そして唯一の同類だと思っていた黒霧への感情が壊れていく。いくら仲間だと思っていても、向こうからすればそうではなかったのだ。
若干の喪失感に晒されながら、霊火は諦めるように首を振った。
これ以上、彼を追及しても意味はない。
黒霧にとって、これは裏切りにすらならない。ただプログラムされた通りに動いただけなのだ。
(……こうなると私のいるA組ではなくB組の方を襲った理由が気になってくるけど……最初からA組の方を襲撃すれば自然に私を巻き込めたのに)
もしかしてB組のカリキュラムの情報しか手に入れられなかったのか……? などと考えつつ、霊火はドクターの研究室のドアを見上げた。
部屋に入ると、暗い研究室の不吉な空気が霊火を包み込む。
壁一面には無数のガラス瓶が並べられ、それぞれの中には得体の知れない標本が浮かんでいた。青白い保存液の中で、様々な形をした物体が静かに揺れている。
薄暗い照明の中ドクターは移動式の椅子に、霊火の到着を待ち構えていたかのような態度で座っていた。
しかし、霊火の目を最も引いたのは部屋の中央に設置された手術台だった。
一人の女性がいた。身長は180センチメートルほど。紺色と黄色のツートンカラーの髪色。
その女性は一糸まとわぬ姿で無防備に横たわっていた。
霊火は一瞬誰だこいつと思ったが、ワンテンポ遅れて彼女こそが13号だという事に気が付いた。
言われてみれば霊火は13号の素顔を知らない。まさか中身がこんな美人だったとは。
手術台の周りには様々な医療器具が配置され、手術用無影灯の強い光が女性の体を照らしている。
少なくとも、生きていた。まあこのままだと十中八九これから死ぬだろうが。
「ふうん」
霊火は馬鹿にしたように息を漏らした。
そのままドクターをじろりと見る。口端を歪めて、少女はこう言った。
「これ欲しいなドクター。 まだ盗られてないでしょ? 今ならこいつを渡すだけで、あなた達の杜撰な襲撃とその尻拭い分、帳消しにしてあげるけど?」
「……これは先生の希望での。 霊火の希望で渡せるようなものではないのじゃよ」
「勘違いさせてしまったのならごめんなさいなのだけれども」
突如として2つの鬼火が浮かび上がり、強烈に輝き始める。
研究室の薄暗い空間に鬼火の放つ幻想的な光が広がり、その光は霊火の姿を背後から照らして床に長い影を投げかけた。
ザザッ……とノイズのような音が影から響く。そして床に伸びた影の色は非常に不自然な鮮やかなワインレッドだった。
「あなた達こそ私の提案を断われる状況だと思っていらして? 黒霧にドクター、後は脳無たち。 私を止められる戦力はここにはいないように思えるのだけれども」
「先生と敵対することが、どういう事か分かっておるのか?」
「私と敵対する意味も分かっているよね? 私自身は殺せても、ここで戦争を始めれば必ずヒーローが嗅ぎ付けてくる。 あなた達にとっても少し都合が悪いんじゃない?」
空気が凍りつく。
黒霧が、わずかに波打つよう揺れる。ドクターは椅子に深く腰掛けたまま表情の読めない目で状況を観察している。
霊火の背後では青白い鬼火が不気味に明滅を続け、赤い影は一層強くノイズをまき散らした。
(私にかけられた”制限”がどのように働いているかは分からないけど、迂回して攻撃すること自体はそれほど難しくないはず)
三者三様の緊張が、重苦しい空気となって研究室に充満する。
静寂を破ったのはドクターだった。
「しょうがないのう。 今日は霊火の譲歩を呑むとしよう。 巻き込んでしまった事自体はワシらも申し訳ないと思っておるからな」
「これは私の働きへの正当な対価であって、ワガママみたいに扱われるのは腹が立つんだけど?」
我ながらUSJではよくあのアドリブに対処したものだと思う。それにあの場面で飯田が巻き込まれたのは、奇跡のような運の良さだった。
とはいえ黒霧がたまたま飯田の位置を捕捉して、たまたまそこに霊火がいたという天文学的な確率に比べれば、霊火の位置にたまたま飯田がいたというのはまだあり得る確率だろう。
同じ一年である以上時間割などが似通うところもあるだろうし、少なくともお互いにヒーロー基礎学で屋外の演習場にはいたのだ。
もしこれが霊火単体でUSJに連れていかれていた場合、『駅』の位置情報を黒霧に伝えてA組をまとめて巻き込んで疑いの目をそらすといった無理のある手段を取る必要があったはずだ。
霊火はパーカーのポケットから先ほど買った半透明の付箋を取り出して、手術台の上の13号に近づいた。
緑色の付箋を一枚台紙から剝がして13号の頬にぺたりと貼り付けると、先ほど買った新品のボールペンで付箋に文字列を記す。
「アマリリスでいっか」
そう呑気に呟くと、背後に新たな鬼火を出現させた。
霊火の黒い影が手術台に横たわる13号の身体を覆い尽くした。
ジジザザッ!!!!!!!
と強烈なノイズ音が研究室中に響く。
13号の身体が消失し、手術台に伸びる霊火の影が真っ赤に変色した。
その場にはただ空っぽの手術台だけが残される。
”個性”『影収容』
20000lx以上の光源によって形作られた”個性”保有者の影の中に、あらゆるものを収容する異能。
収容できる物は1つの光源につき1つに限定され、収容する条件は物体に何らかの形で能力者の名前が書かれていること。何かが収容されている影の色は赤く変色する。
「ホホ!!!!!! いやはや素晴らしい”個性”を見つけたのう!!!!」
「元の持ち主は凄い使いづらそうだったけどねこれ。 光源ごとに1つの物を封じ込める仕組みだから確か電球で管理とか工夫していたけれど」
『死因』の鬼火は、光源の管理が最大の課題となる『影収容』とは極めて相性が良い。
この手の収容系”個性”にしては珍しく重量制限や大きさ制限が殆ど存在しないため霊火はこの”個性”を非常に重宝していた。
「まあ『ブラックホール』を手に入れたならギリギリ採算は合うか……」
黒霧とドクターはわずかに顔を見合わせた。
不安な顔であった。
「霊火よ。 その”個性”はよく気を付けて扱うのじゃぞ。 霊火の技術は信用しておるが、それを量産したりしたら手が付けられんことになるからの?」
「……『彼岸花』は時々とんでもない事をしでかすので私も不安です」
「流石にこれをそのまま量産したりは出来ないし、あなた達に倫理を説かれるようじゃ私もおしまいなんだけど……」
霊火は呆れ顔で二人を見た。
実は霊火のディストピア構想は完遂するまでに少なくとも人類の七割の死亡が想定されている極悪計画だ。
普通に考えて、”個性”を人から取り上げて出生に強烈な制限をかける計画など全世界から全力で抵抗されるに決まっている。それらを全て踏み潰そうというのだから、普通にこれぐらいの犠牲者は想定されるのだ。
ドクターと黒霧はその計画自体を把握してはいなかったが、それでも何か嫌な予感だけは霊火から感じ取っていた。
そう。ドクターが霊火にかけた”制限”も、決して保身のためだけという訳でもない。
霊火が世界を滅ぼさないようにするための、最低限の保険という側面も存在するのだ。
「大丈夫。この手の強すぎる”個性”を扱いやすい技術にまとめる事が私の得意分野だよ?」
「それはまあ分かっておるのじゃが、その”扱いやすい”基準がワシらには怖いのじゃ」
「ハイエンドとかいう化け物スペックを何体も作っているドクターにだけは言われたくないんだけど。 何を想定している戦力なのあれ?」
「自動化されたベルトコンベアで”個性”を振るう兵器を量産する霊火こそ一体何を想定しておるのじゃ?」
共に戦力の確保を目標にしながら、考え方はまるで逆。
絶大な個を追求するドクターと、量産可能な軍を追求する霊火。
史上最悪のマッドサイエンティスト師弟は互いに見つめあい、しばらく考えを探りあう。
「……まあいいや。 しばらく私たちは利害も衝突しないだろうし仲良くしていこうよドクター。 あ、黒霧は何か協力してほしいことがあったらせめて事前に言ってね。 言ってくれさえすれば別に協力もするし」
「ええ、今後ともよろしくお願いいたします。 ところであの少年が貴方の想い人ですか?」
「貴方は死柄木にしか興味が無いのか意外とお節介なのかどっちなの? 一応言っておくけど彼に手を出したら本気で世界を滅ぼすからね私」
――――――――――――――――――
『死因』という"個性"には、とある深刻な副作用があった。
鬼火は、収集すればするほど死の記憶に脳を汚染されて人間性を失い続けるのだ。
霊火がその副作用に気が付いた時には手遅れだった。
既に他者への共感能力は薄れ、殺人という行為への抵抗感も失われていた。
日々の生活の中で受け取るはずの感情も急速に薄れ、感じ取れなくなっていくのを感じた。
ただただ冷徹に研究を進める霊火がいる一方で、殻木霊火としての小さな人間性を失い続ける恐怖はとても大きかった。
だけど誰にも打ち明けることができなかったから、霊火は真夜中に一人ぼっちで涙を堪えるしかなかったのだ。
その内この恐怖すらも薄れるはずだと、自分に言い聞かせ続けた。
だから緑谷出久という少年は霊火にとって何よりも救いだった。
彼は優しく、一生懸命で、傍にいるだけで霊火の心を温めてくれた。
彼の事が好きだと気が付いた時、まだ恋が出来る程の人間性が残っていたのかと驚いた。
だからこの恋は霊火にとって初めての本物の感情だったけれど。
人間性を失い続ける霊火に許された、最後の感情でもあるのだ。
黎明期は二次性徴を迎えた青年にも”個性”が発現したらしいので遺伝子ではないのだろうけど……
これで霊火の全ての”個性”が出そろいました。『霊障』は実はこれまでに一度暴発させたことがあります。
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