殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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023:セカイの終わらせかた

 深夜2時にホテルのベランダを出て、蛇腔病院に里帰りした。

 その後霊火は急いで13号の「調理」に取り掛かり、どうにか13号を「リリース」した。

 そして『雲』に乗ってホテルのベランダに飛び込んだ時には、既に朝の5時を回っていた。

 

 一人でやる仕事量ではなかった。霊火とて研究や(ヴィラン)活動の協力者は欲しいのだが、少女は人間不信でもあるので信頼できる人を見つけられないのだ。まさか(ヴィラン)活動を緑谷に手伝ってもらうわけにもいかないし。

 他人を信用しないのは日陰者としての心得でもあるのだが、それでやるべきことを一人で抱え込みすぎてパンクするのも本末転倒だ。

 同じ人間不信のドクターはあれでも『先生』が理解者兼協力者なので負担が分散できているところもあるようだが、こちらは文字通りのワンマンである。

 

 ホテルに帰った霊火はそのままベッドに飛び込んで就寝しようとする衝動を抑えつけ、鋼の意思で朝風呂に入る。

 右脚のギプスを濡らさないようにその部分だけバスタブの外に出す歪な姿勢でどうにかこうにかシャワーで身を清める。

 こうやってみると右脚の怪我は普通に介護が必要なレベルだった。まさかお風呂を緑谷に手伝ってもらうわけにもいかないが。

 

 髪を切った自分の判断に感謝しつつ急いで髪を乾かし、昨日ディスカウントストアで買った化粧品で最低限のメイクを施す。

 服装が昨日買った黒のロングスカートに薄いピンクのフード付きトレーナーの激安ファッションでも、ヘアアイロンでゆるふわな感じで髪を巻いてさえしまえばそこそこ可愛かった。自画自賛にはなってしまうが元の素材がいい。

 

 よく言われることだが、女の子が最も一生懸命にお洒落するべき時は同性と会うときなのだ。丁寧にメイクして最高の服で着飾っても男という生き物は基本気が付かないのである。

 それならば機嫌の一つでも良くして笑っている方が圧倒的に受けが良い。一応男受けのするファッションというのも別枠でありはするが。

 

 そして激動の夜過ぎて忘れそうになるが、今は京都旅行中なのだ。霊火は鏡の前で口角を指で持ち上げ笑顔の練習をする。

 

(睡眠時間は入院中に確保できているはず……!!)

 

 いつまでも寝不足とオーバーワークが問題になり続ける女子高生が鏡の中にいた。多分、人を雇った方がいい。

 

 そして緑谷とは朝食バイキング前に霊火の部屋で待ち合わせの予定だ。

 集合時間の数分前に霊火はギリギリ準備を完了させる。

 

(これで出久くんの方が寝坊したらこのホテルをリアルに焼却処分してやる…………建物側の設備不良の漏電失火系の焼き方で逃げ道を熱で歪んだ金属ドアで封鎖しながら上層階をじっくり煙で燻して、私は奇跡の生還者として泣きながらインタビューを受ける……!)

 

 実はこういうタイプの事故を装った殺人はこの世界に溢れている。

 完全犯罪は実はそれほど難しくない。適切な知識とノウハウがあれば誰にでもできる。

 事件現場に名探偵はいない以上、必要なのは最初に来る仕事熱心な刑事に『よし、見ての通りだ。これは間違いなく事故だ!』と言わせるテクニックなのだ。

 

 そして『死因』なんかを持っていると、本当にこの調子で殺人事件になり損ねた自殺や事故なんていくらでも見つけてしまう。

 世間が想像する以上に世の中は殺人犯で溢れているのだ。霊火の知る『夫を毒殺した妻』だけで短編集を組めるレベルである。

 そんな業の深い鬼火ばっかり見るせいで、霊火には警察の癖を逆用した完全犯罪のノウハウが積み上がるのだ。

 

 徹夜テンションの霊火は疲れた脳で物騒なことを考え続けるが、幸いな事に八つ当たりを始める前に部屋のドアがノックされた。

 鍵は掛けていない。返事をすると緑谷が遠慮がちに部屋に入ってくる。

 

「おはよう霊火さん」

 

「おはよう出久くん。よく眠れた?」

 

 一睡もしていない霊火は何食わぬ顔で明るく挨拶した。明るく、疲れなど見せずにかんぺきな笑顔を心掛ける。

 そんな霊火を見て緑谷は顔を曇らせた。

 

「霊火さん……やっぱり脚が痛くて眠れなかった……?」

 

「…………………………うん、そうかも」

 

 思っていたのと違う解釈ではあった。とにかく霊火の努力に意味はなく、普通に寝不足には見えるらしい。

 そして脚は痛いは痛いのだが、我慢出来ないほどではない。霊火は元々そういう痛みとか暑さとかの感覚が鈍いのだ。

 霊火はため息をつくと、もう全てを諦めてベッドの上で両手を広げた。

 

「ん」

 

 堂々とハグを要求した。

 緑谷は少し固まったが、あ、と何かに気が付いたような表情をして、霊火に近づき少女をお姫様だっこで抱き上げる。

 そしてそのまま移動して、霊火を車いすに座らせた。

 

「大丈夫霊火さん! 手伝って欲しいことがあったら何でも言ってね!」

 

「…………………………思ってたのと違う」

 

「え、何? いたたたたた霊火さん!?!? どうして抱きついて離してくれないの⁉」

 

 ベッドから車いすへの移動というシチュエーションがびっくりするぐらい介護だった。

 霊火の求めたハグは疲れた心を癒してくれる充足的なハグであって、決してこのような給料が発生しそうな実務作業ではないのだ!

 

 ――――――――――――――――

 

 二人で朝ごはんというのは悪くないシチュエーションだった。

 

「僕、京都ってあんまり分からないんだけど霊火さんは詳しかったりするの?」

 

「一応京都が実家だからね。 あ、でもうち車椅子やから何かと石段が多い神社仏閣はちょっとしんどいかもしれへんわあ」

 

 適当な京都弁を使いつつ思案する。霊火は京都の人と名乗れるような場所に住んでいたわけではないのだが外部の人から見たら同じようなものだろう。

 

 そして観光地化に伴ってバリアフリー化も進んでいるのが京都の街並みだが、それでもお寺や神社は建物自体が古いため何かと車いすと相性が悪い。

 清水寺あたりはまだしも、千本鳥居で外国人観光客に大人気の伏見稲荷大社などは山の中に石段で道を造るといった構造のため今回は見送った方がいいだろう。

 

「うーん……じゃあ食べ歩きとかかな?」

 

「それもいいけれど出久くんとかはほら、ヒーロー系の資料館とか行きたいんじゃない?」

 

 霊火はヒーローには一ミリも興味が無かったが、ここには緑谷を無理やり巻き込んで連れてきてしまっている。あまり霊火の趣味に合わせて彼を退屈させてしまうのも悪い。

 そして京都は博物館や資料館が多い街でもある。こういう博物館系の施設ならばバリアフリーも充実して車いすでも動きやすいだろう。

 

 霊火の提案を受け、目を輝かせながら行きたい場所を検索し始めた緑谷を置いて、霊火は朝ごはんのバイキングで取ったパンを摘まむ。

 バターナイフを右手でくるくる回しつつ窓を見ると、外は目の覚めるような青空が広がる気持ちのいい晴れだった。

 

 この調子だと得体のしれない謎のヒーロー資料館に突撃することになりそうだったが、霊火は彼が喜ぶならばいいやとも思えた。

 それに霊火も、ヒーロー自体には(対策として)詳しいため話は合わせられるのだ。記憶力が良いため場合によっては緑谷よりも詳しい事もある。

 何周年のグッズだとか何の時のインタビューだとかに話が飛ぶと全く分からなくなるのが難点だが。

 

 そして世間的に知られていない事件とかをうっかり口にしてしまいそうで色々と怖いのが緑谷とのヒーロー談義だ。

 一度霊火が口を滑らせた時の、『へー! 凄いね霊火さん!! どこで知ったの?』が今でもちょっとトラウマである。まさか鬼火から読み取ったとか言える訳が無い。

 

 ――――――――――――――――

 

「あ、13号先生見つかったんだって!?!?」

 

「え、本当に?」

 

 夕暮れ時の京都駅ビルのレストランで、スマホを見る緑谷の声が響いた。

 大きなガラス窓からは、オレンジ色に染まった空が見える。

 

 霊火は車いすに座り、緑谷は向かいの椅子に腰かけている。

 彼の足元には様々な店のロゴが入った紙袋が山のように積まれていた。八ツ橋とか抹茶菓子、漬物、京扇子など、一日かけて買い集めたお土産の数々である。

 ……緑谷は彼の母親にも黙って(?)京都に来ているはずなのだが、そのお土産をどうやって渡すつもりなのだろうか? それにクラスメイトに渡すにしても緑谷と霊火が二人で京都に行ったと知られると余計な噂がたちそうだ。

 

 レストランは夕食時で賑わっていた。

 今日は普通に平日のため帰宅途中のサラリーマンたちが多い。観光客たちも最後の旅先の食事だ。

 様々な会話が混ざり合い、ざわめきとなって店内に漂う。

 

 緑谷は興奮したようにスマホを見て読んでいるニュース記事を読み上げた。

 

「『雄英高校失踪教員13号、無事発見! 現場は騒然』だって! 良かったけど……なんか愛知県で発見されたって書かれてる……?」

 

「なんで愛知県……?」

 

 なんで愛知県も何も霊火が愛知県に置いてきたからなのだが、ここは緑谷の反応を待つ。

 

「名古屋の衣料品店の鍵のかかった屋上で発見されたんだって。 出勤した従業員が見つけた時には意識不明だったけど今は目を覚ましているみたい!」

 

「それは良かった。 なんで愛知県なのかは分からないけど一安心かな?」

 

 ニュースには、報道されていない部分があった。

 霊火が13号を『収容』した時彼女は裸だった。だから霊火も彼女に服を着せてあげたかったのはやまやまなのだが、洋服というのはメーカーや製品番号でどこで生産されてどこで売られていたかまで特定できてしまうため霊火としても買いづらく、13号のための服を用意できなかったのだ。

 だからと言って素っ裸のままそこら辺の路上に放っておくのは流石にしのびなかったため、妥協案として衣料品店に置いてきたのだ。

 

 つまり『出勤した従業員』は、朝出勤して屋上の鍵を開けてみたら裸で眠る13号を見つけたことになる。

 神秘性と事件性のどちらを先に感じ取ればいいのか迷うところだ。何かの童話にありそうな景色だっただろう。

 一応女性服専門の店を選んだため、従業員も高確率で女性ではあるはずだが……。

 

(そもそも誘拐したのが身内とはいえ私は一応命の恩人だし……こっちに何のメリットもないのに表の世界に生きて返しただけありがたいと思って欲しいけど……)

 

 本当は眠らせたまま『収容影』の中に閉じ込めておく方が絶対に霊火のリスクは少ないのだ。それでも彼女を返したのは『検死官』としての自分ルールだった。

 逆に手元に置いておくことに明確で大きなメリットが生まれてしまう場合は誘拐したままという選択肢も取れてしまうのが、霊火の(ヴィラン)たる所以なのだが。

 

 彼女が味わったであろう『気が付けば裸で寝ていた』恐怖には本気で同情するが、まあ彼女もプロヒーローであるため立て直せはするだろう。

 霊火は13号に注射痕も残らないような特殊な器具を使って血を採取したため身体には傷一つなく、彼女も『なにかされた』という意識はかなり薄いはずだ。それが余計に不気味という話もあるかもしれないが。

 

「まあ13号先生も無事なら良かった。 これでUSJ襲撃事件は全員生還だね」

 

「うん……良かった……!」

 

 本気でホッとしている風な緑谷を見ながら、霊火は内心で黒霧に怨念を送った。

 今考えてもUSJの襲撃は戦力過剰だ。B組を皆殺しにするつもりとしか思えない面子である。

 もうちょっと加減してくれたら霊火としても動きやすかったのだが……。

 

(……だけどあそこにいた特に危険な(ヴィラン)は殆ど私の紹介なんだよな……)

 

 もしかして自業自得なのか?

 

 ――――――――――――――――――――

 

「うーん……出来た☆」

 

『またどんな破壊兵器を産み出したんです?』

 

 AIに水を差されながら、霊火は手に持った完成品を天井の光源にかざした。

 LEDの光が、その奇妙な形状の器具の表面を冷たく輝かせる。

 

 それは一見すると拳銃のようでいて、明らかに異なる何かだった。

 磨き上げられた銀色の金属表面は、工業的な美しさを放っている。霊火の手のひらにちょうど収まるコンパクトなサイズで、グリップと引き金は従来の拳銃と同じように配置されているものの、撃鉄は存在しない。

 

 最も特徴的なのは、その異様に短い銃身だ。長さはわずか4センチメートルほど。通常の銃弾が発射される筒口は存在せず、代わりに四角く角ばった銃身の先端には細長いスリットが刻まれている。

 

 霊火は手に持ったそれを満足げに眺めた。そのまま『工場』内の別区画に車いすで移動を始める。

 

「名前どうしようか」

 

『Horizon Ripper 99Eとかでいいんじゃないですか?』

 

「なんで名前の響きを優先したの? ラプチャーとかじゃダメ?」

 

 霊火は自分が組み上げたAIの謎進化に首を傾げながら、複数の区画を通り抜けていく。重厚な自動扉が電子音を響かせながら次々と開閉する。

 

 目的の扉が開くと、そこには広大な射撃場が広がっていた。

 打ちっぱなしのコンクリート壁が続く空間。横方向に移動する人型のターゲットパネルが距離を置いて複数並んでいる。

 

 霊火は銀色のそれを無造作に片手で構えた。銀色の金属が照明に反射して冷たい光を放つ。

 片目を瞑ってターゲットの一つに狙いを定め、引き金に指をかけ、離した。

 

 パンッ

 

 ターゲットの存在する空間そのものから安っぽい破裂音がした。そしてその効果は絶大だった。

 20メートル先の人型パネルが巨人に握りつぶされ、その後無理に引き延ばされたかのようにぐちゃぐちゃに歪む。

 

 そのまま霊火は更に何発か、他のターゲットに向かって同じことを行う。

 40メートル先のターゲットも50メートル先のターゲットも、同じように捻じ曲がる。

 

 霊火は少し狙いをそらすと、今度は分厚いコンクリートの壁に向かって引き金を引く。

 やはり軽い破裂音と共に、コンクリートは簡単に歪んで引き裂かれた。球状の奇妙な破壊痕が残る。

 

「まあ悪くないんじゃない? 京都から新幹線で帰りながら頭の中で設計図を組んだ割にはそこそこ使いやすそうに仕上がったと思う」

 

『折角の『ブラックホール』をこんな形に加工してしまうなんて少し勿体なくありませんか?』

 

「でも小さめの島ぐらいなら木端微塵に消し飛ばすアルティメットグラビトンキャノン(重さ5トン)なんか作ったって絶対持て余すよ?」

 

 霊火の「機械に”個性”を使わせる技術」の正体は、仕組みだけならそう難しいものではない。

 

 脳の機能を持つ機械と血液の代わりになる液体と神経のように動く回路やらを組み合わせて『機械の身体』を造り、そこに人間から採った血液から抽出した”個性”を流し込む。それで機械はある種の”個性”を引き出せるようになる。

 

 霊火はそれに簡略化と小型化を進めて機能を単純化し、引き起こす現象の性質を調整する。

 そしてこの『ブラックホール』銃のように、スイッチを押すだけで特定の現象を引き起こす道具に加工してしまう事が霊火の得意分野だった。

 

「それにこれも相当良くできていると思うよ。 絶大な質量点で空間ごと歪めるから空間上に存在する物質や生き物では絶対にガード不可だし、根本的に座標指定攻撃だから盾とかバリケードで防ぐとかが通用しないし中々革命的な兵器だと思うけれど」

 

『その座標指定というのが『引き金を引いていた時間』で銃口からの距離を調整するとかいう馬鹿みたいに職人向けの機構じゃなきゃよかったですけどね……』

 

「安全性とか熟練度の話ならこれは私しか使わない想定だからそれはいいの。 どちらにしても連射力はあまり高く出来なかったし」

 

 ”個性”『ブラックホール』を全てを吸い込む能力ではなく、大質量で空間を歪める能力として捉えたからこそのアプローチだった。

 その気になればトラクタービームも作れただろうが、おそらくありふれた念動系の”個性”でも似たものを作れてしまう。

 折角の『ブラックホール』なのだから独自性のあるものを造ってみたかったのだが、ひとまず感触は良好だった。

 

『まあ貴女の護身用というコンセプトとしてはこれ以上ないぐらい分かりやすい設計思想でしたね。 反動無しで軽くて扱いやすい静かな遠距離攻撃を所望するあたりに制作者の趣味が溢れ出ています』

 

「私の体格でインファイトしてもしょうがないからさ、可能ならアウトレンジから一方的に仕留めたいんだよね……」

 

 いざという時、戦えなければ話にならない。

 根本的に非力で戦力に乏しい霊火にとってこの銃はいつか必要になる力だった。

 

『やはり『小さな世界』を使って12世代辺りから一発逆転の”個性”を引き出すのが一番簡単だと思うのですが』

 

「一昨年にそれやって酷い目にあったでしょ。 あれでも相当大人しい”個性”を選んだのに、この『工場』の殆どの能力を丸1年集中することになったし、そもそもあの時何回世界が滅びそうになったのか忘れちゃった?」

 

『あの被検体が”個性”を発動しかけた回数は記録では7回です。 私はあの時、この女から一瞬たりとも目を離してはいけないと固く決意しましたよ』

 

「私もあの時の事は反省してるからそれ以上言わないで。 ていうかそこまで言うなら何で12世代から”個性”を引き出すなんて話したの?」

 

 危険を冒して今の人間から血液を採取なんかせずに高速"個性"配合装置『小さな世界』から使いやすい"個性"を選んでそれを機械にしよう作戦は、実は一度やったことがある。

 しかし、その過程は予想以上に困難を極めた。"個性"を成長させて安定した形にするのに当初の想定の1000倍ぐらいの労力が必要だったのだ。

 ”個性”因子はあくまで因子で、”個性”自体は身体機能な以上、”個性”を採取するにはちゃんと肉の身体が必要で、その準備がものすごく大変だったのだ。

 

 おまけに6世代で試みようと12世代で試みようと必要な工数は変わらないため、欲張って12世代から”個性”を持ってきたのがマズかった。

 仮にあの”個性”が勝手に発動していたら冗談抜きに人間は滅んでいた。あまりに世界の危機すぎてドクターが話のさわりを聞いただけで虎の子のはずの『”個性”を監視し、暴走を抑える技術』を無条件で提供してくれたほどだった。

 霊火はドクターが引き笑いする瞬間をあの時しか見たことが無い。もっとも彼は少し楽しそうだったが。

 

 一方で現役世代の人からすでに安定し成長している"個性"が含まれた血液を使って道具化する方法ならば、このようにわずか1日で機械化まで完了する。

 この効率の差から霊火たちは新しい"個性"を作り出す戦略を完全に放棄し、既存の"個性"を収集する方針へと切り替えていた。

 

 ジジザザザッッ!! とノイズ音と共に霊火の手の中の『ブラックホール』銃が赤い影に呑まれて消えた。

 

 同時に霊火の手の中に懐中時計が出現する。

 金と銀が織りなす瀟洒なデザインだ。繊細な金色の鎖が光を受けて優雅に揺れている。

 

 霊火が蓋を開くと通常の文字盤があるべき場所で無数の金色の歯車が絶え間なく回転していて、時を示す針はない。

 

『出た』

「出たってなんだよ」

 

 第12世代”個性”を使用した一品。

 この世界唯一のオーパーツ。存在してはいけない懐中時計。

 『小さな世界』から取り出した”個性”が組み込まれた、世界を終わらせるアーティファクトだった。

 

 

 ”個性”『永夜』。

 

 太陽の光を遮り地球全体に夜をもたらす異能。

 発動し続けた場合、3日で地球表面の温度は氷点下になり一週間で地球の気温は華氏-150度以下にまで冷え込むことになる。

 文字通りの生物の絶滅を齎す、個性特異点の終局を体現する能力。

 

 

『いえ分かってはいるんですよ? 第12世代まで行くと他はもう強力とかを通り越して意味不明な”個性”も出てくる中、時空間や因果律にも概念にも触らずにオンオフの切り替えも出来る優秀な”個性”ではあるんですが……』

 

「私はやっぱりこれがベストチョイスだと思うよ。 試したことはないけれど設計上これで永夜は訪れるし」

 

 ノイズ音と共に金色の懐中時計も消え去る。

 

「ドクターの”個性”特異点は世間に荒唐無稽だと非難されて潰されたけど、私は同じ失敗はしない。 愚民どもに論文の一つも読む知能が備わっていないというのなら、一度本物の終末という奴を見せてやる必要がある」

 

『言い方。 悪い面が出ていますよ。 やっぱり貴女、ドクターを追放した学会に関しては相応に嫌ってますよね』

 

「バカは別にいいけれど、自分を頭がいいと勘違いしてるバカは死ぬのが一番の貢献。 ドクターの足元にも及ばない愚図の間抜けが変に権力を持つから世界はおかしくなるんだ」

 

『すこし落ち着いてください』

 

「『永夜』を発動したら、地球上に太陽光は届かなくなる」

 

 車いすの少女はそう言い切った。

 

「もちろん路上生活の浮浪者からホワイトハウスの大統領まで大パニック。 当たり前だけど情報封鎖なんて出来るわけがない。 その絶大なインパクトで”個性”特異点を物理的に体感してもらう」

 

『それで全世界が混乱に陥っている間に最初の一手を打つんでしょう?』

 

「世界が未曽有の大混乱に陥っている間にこっちは世界のあらゆる武力を叩き潰す。 そしてその後に『永夜』を解除して腰を据えて世界の構造造りに取り組めばいい。 『燃料無しで周りを温かくする技術』や『空気から糖分を生成する技術』を解禁して民衆からぐずぐずにして支配する」

 

『理想論ですね。 そこまで簡単に行くと?』

 

「人類は94パーセントまでは死んでいい。 放っておいたら近い将来に100パーセント死ぬんだし、こちらの補助アリで文明をギリギリ存続可能な人数が残れば作戦成功とする。 むしろ多く残りすぎると出産の監視と管理に困る」

 

『戦力は? 本当に世界の混乱に乗じて反抗勢力を叩き潰せますか?』

 

「今のところ実現は難しい。 だけど次の『平和の象徴』が完成するまでの間に急ぎたいかも」

 

 少女はつらつらと述べる。

 こんなのは再確認だ。最もうまく行った場合のルートに過ぎない。

 そして殻木霊火は決して自分が運のいい存在だとは思っていない。規定ルートから外れた場合のプランもきちんと用意してある。

 

「もしここの存在がバレたり雄英で正体に勘づかれた場合、即座に『永夜』を開始する。 その場合は世界中に”個性”特異点の論文や実験データを公開して真っ当な多数決に入る」

 

『勝率は?』

 

「太陽が見えないんだよ? いくら馬鹿でも”個性”特異点が本物であること……そうじゃなくても完全なでたらめじゃない事ぐらいには気が付きそうだけどね」

 

『その場合は世界中の軍事力が取り除かれていません。 貴女を共通の敵として敵も味方も分からない絶滅戦争が始まるのでは?』

 

「『永夜』発動中に私を殺すと『永夜』を解除できなくなるけれど……まああり得るね。でもそれって問題かな?」

 

『…………………………つまり?』

 

「放っておいても人類は滅亡するじゃん」

 

 そして殻木霊火はあっけらかんとこう言ってみせたのだ。

 

「つまり私を殺すってことは人類が滅亡してもいいって事でしょ? そういう選択をするならしょうがない。 無念だけど私は余計なお世話だったってことで諦めるよ」

 

『非常に無責任かつ乱暴な理論だと断定します。 そもそも貴方は自分の独裁こそが唯一の作戦だと思い込んでいます。 貴方も人類の一人として、人類全体でこの問題に取り組む道もあるのでは?』

 

「無くはないだろうけど成功率が低すぎない? 一部の特権層が自分たちだけはといって”個性”を持ち続けるのが目に見えるんだけど……」

 

『それでは、貴女も独裁成功後に安定したら自分の”個性”を抑制するのですか?』

 

「ほら、私は妊娠機能を失っているからさ、少なくとも世代を超えて”個性”が進化することはないし抑制の必要は無いと思う。 そもそも私を人類扱いされても困るけれど……」

 

『自分だけは違うと?』

 

「違うよ。 私は脳無だよ? なんか呼吸してなんか心臓が動いているだけの人の死体だ」

 

 霊火は両手を広げて苦笑した。

 

「私はもう元の私のような悲劇が起こって欲しくないだけで、人類自体に肩入れはしてない。 だからあんまり人類の救世主みたいな扱われ方をされても困っちゃうし、今更人類と協力して解決みたいな夢もちょっと見れないな」




『永夜』は、物語上これより上はないという限度でもあります。未来の”個性”そのものはこれ以上出しません。

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