殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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026:障害物”狂”走

「いわゆる予選よ! 毎年多くの者がここで涙を呑むわ!! さて、今年の第一種目は……」

 

 ドゥルルルルとドラムロール音が鳴って、発表された種目名は……

 

「障害物競走よ!!」

 

「ねえ、こっち来て」

 

「え、霊火さんどうしたの⁉」

 

 霊火は彼の体操服の袖を掴んだ。そのまま車いすを動かして引っ張る。

 

「入試のあれ忘れちゃった? あの時みたいに”始まる前から何かを要求する”系の試練があるよ多分」

 

「あ! 言われてみればあの時もヌルって始まったもんね。それじゃあ……」

 

 二人はスタジアム外に続くゲート――『スタートゲート』を発見する。二人はさっさとそちらに移動を開始した。

 生徒数に対して明らかに狭すぎる。いい位置に着ければ相当の有利を取れるだろう。逆もまた然りだ。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約4キロ!!」

 

「いい? 出久くん、提案があるの。 この競技、多分上位陣は潰しあいになる。 具体的には轟、爆豪、貴方、私……後一応ポニーちゃんと飯田ぐらいかな。そこら辺がやっぱり強いと思う。 だから二人で協力しない?」

 

「え、でもそれって少し……」

 

「フェアプレイ精神もいいけどさ……貴方の”あの”幼馴染がこの障害物競走でどういう行動をするか想像してみよ?」

 

「…………ああ……なるほど」

 

 緑谷が遠い目をした。

 間違いない。全国放送であろうと関係ない。爆豪勝己は緑谷出久を全力で潰しに来る。

 全員折寺中学校の同級生だからこそ、その姿はありありと想像できた。

 

「轟の方も私を潰しに来るはず。というかこの競技で凍結は強すぎる。彼は多分、スピードに優れる私の”脚”を奪いに来る」

 

「さっき喧嘩も売ってたもんね」

 

「…………。 とにかくここにチャンスがあると思うの」

 

 こそこそと内緒話。

 作戦を伝え終えた少女はニヤリと笑い、少年も緊張気味ながらも笑顔を返して見せた。

 二人は頷きあって、握り拳をこつんとぶつける。

 

「我が校は自由が売り文句! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! さあさあ位置につきまくりなさい!」

 

 コースさえ守ったら何をしてもいいらしい。いいことを聞いた。

 

 案の定スタートゲートは大混雑で、後ろの方は押し合いへし合いの大渋滞となっているようだった。

 

 車いすの上で前傾姿勢となる。殻木霊火の急造車いす。

 安全性も動作性もまともにチェックしていないが、そんなのは大した問題ではない。

 

『スターーーーーート!!!!』

 

 自転車が、走るのより速いのと同じだ。

 根本的に”車輪”を使っている霊火が最速組の一人であることは必然で。

 

 その理屈を証明するように、霊火の車いすはタイヤ痕を残しながら急発進した。

 

 ――――――――――――

 

『さあいきなり障害物だ!!!! まずは手始め…第一関門ロボ・インフェルノ!!!!!!!!!!!!』

 

(壊すのは簡単だけど付き合う必要はない……!)

 

 入試の時の0ポイント敵だ。狭い空間に2桁も配置されている。

 

 しかし巨体故に動きは鈍い。故に霊火は車いすでロボの足元をすり抜ける選択肢を取った。

 

 そして緑谷も全く同じ選択を取る。

 第一関門に突っ込んだスピードを維持してロボの間隙に飛び込む。

 

『さあスタートから開幕ダッシュで一気にトップに立った二人! A組殻木霊火と、同じくA組緑谷出久!! ていうか殻木の車いすあれは何だ!?!?』

 

『なんで俺を呼んだんだマイク……お前も知ってるだろ。 あの二人はA組で敵襲撃に巻き込まれた二人だ。 特に殻木はその時右脚に重傷を負ったが、今回特例で『自分で開発したアイテムに限り持ち込み可』というルールで出場している』

 

『サポート科のルールって事だな!! 解説ありがとよイレイザー!! ハ、やっぱり敵の襲撃を受けて生き残った奴は優秀って事かあ!?!?』

 

「……っ! させねえよ!!」

 

 背後から”それ”が来た。

 緑谷と霊火は背後からパキパキパキッッ!!! と恐ろしい音を聞く。

 

 ”個性”『半冷半燃』。

 全てを凍てつかせる低温が広範囲に放たれ、先頭を走る二人をロボットごと捉えた。

 

『こいつはシヴィー!!! 同じく1年A組轟!!! 障害物の無力化とトップの足止め両方をこなすクレバーな一手だ!!』

 

「っ!!」

 

 無論霊火とて、この展開を警戒していなかった訳ではない。

 一度止められてしまった車いすに凍える指先で指示を出す。入力を受けたボディのLEDの光が青から赤に切り替わる。

 

 ブウウウンんッ!! という機械音と共に車いす全体が発熱し、氷を一瞬で溶かした。

 

「熱っっついなこれ!?!?」

 

「……っ!?!?」

 

 余りにピンポイントで露骨な『凍結』対策を見て、轟が目を剥く。

 だが霊火に言わせれば仮想敵がハッキリしているなら対策は当然だ。

 この『対氷結機能』は載っている霊火も超熱いのが難点だが、氷漬けで一発アウトなど洒落にならない。

 

 無論、タイヤも凍った道に対応できるようにしてある。氷漬け状態から脱して再度急発進する車いすを見て轟は舌打ちをした。

 

 緑谷はそもそもジャンプである程度の回避に成功していた。

 足先を少し凍らせられた程度で、素早く足元の氷を割り砕いて拘束から脱する。

 

『第一関門突破者出現!! ほぼ横並びか!?!? 4人、緑谷、轟、爆豪、殻木だ!!! というかあの車いすズルくねえか!?!?』

 

『……校長も走る代替を用意出来たら体育祭に参加してもいいぐらいの心持ちだったのだろうが……一週間でとんでもないマシンを組み上げたなアイツ』

 

「デクぅぅぅぅッッッッ!!!!!!!!!!!! 俺の前を走るんじゃねえ!!!!!!!!!!!!」

 

 背後から爆破でロボの上空を一気に飛び越えた爆豪が緑谷に迫る。

 両の手を構えて幼馴染に向かって急降下し、最大火力をぶつける構え。

 ”無個性”を騙って自分を馬鹿にしていた幼馴染への攻撃しか、彼の頭の中にはなかった。

 

「大人しく……凍っとけ!!!」

 

 轟が霊火を照準する。右手に極大の冷気が集中する。

 『半冷半燃』は、それほどスピードに優れた”個性”とは言えない。あの車いすに射程外に逃げられたら、止める手段が無くなってしまう。

 今度は車いすだけではなく霊火本人ごと凍り付かせる。車いすについた氷は溶かせても、本人はそうはいかない。

 

 そしてこうなった。

 

『は? おいマジか……!?!? まさかのそっちか!?!?』

 

『これは性格的に殻木の作戦だな。 アイツ、この状況を見越して緑谷と事前に手を組んでやがった』

 

 ――――――――――――――――

 

「先制攻撃⁉」

 

「うん。 爆豪とか轟の妨害を、私たちが無抵抗に受ける必要なんて全く無い。だからこちらから仕掛ける。貴方を狙う爆豪を私が叩き潰すから、轟を貴方に任せたいの」

 

「だ、大丈夫かなあ……いくら何でもそこまで上手くいくわけが」

 

「爆豪は貴方しか見えていないはずだし、轟の方はまさか”あの”出久くんがそこまで攻撃的な手に出るとは思わないはず。 完全な意識の死角がそこにある」

 

 障害物競走のスタート前。二人の内緒話はこのような内容だった。

 半信半疑といった緑谷を見て、霊火はこう繋げた。

 

「まあ見ててよ。私ね、頭の良さ”だけ”は自信があるから」

 

「……分かった!! これまでずっと一緒にいたもんね。僕も霊火さんを信じるよ」

 

 迷いを振り切るようにして、彼は頷いた。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 ゴスッ!! という鈍い音が響いた。

 

 轟の右脇腹、そこにダッシュの勢いを乗せた緑谷の肘が突き刺さっていた。

 

「ごっぁっっっっ!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

「ごめん轟くん!! 本気で獲りに行くって言ったから!!!」

 

 霊火に集中していた横からの一撃。

 緑谷出久という人物像とこのような妨害行動との完全な不一致。

 予測不可能な一撃だった。

 

 ギリギリで右わき腹に氷の膜をはってガードしようとしたが、鍛え上げられた増強系”個性”相手にそんな物が盾になる訳がない。

 絶対に受けてはならない攻撃を素通ししてしまった轟は、その代償を払う羽目になる。

 

(マズいッッッッ!!!!!!!!!!!!)

 

 激痛で、動けない。

 意識だけはギリギリで繋ぎとめたが、うずくまったまま走り去る緑谷の背中を睨みつけるしかない。

 

 このままでは一位はおろか、予選の突破すらも出来ない。

 

 轟焦凍の左半身がめらりと燃える。

 

 殻木霊火に煽られて、緑谷から目を離した。

 あのUSJすら潜り抜けた堂々たる優勝候補の一人への警戒を怠った。

 身体を満たすのは、そんな甘い自分への激しい怒りだった。

 

(何が親父だ……!?!? 何がナンバーワンヒーローだ……!? 俺は……こんなところでは……!?!?)

 

 いくら心が気炎を上げたとしても。

 その身体は頑として脳の命令を受け付けてくれない。

 

 ――――――――――――――――――

 

 デクが急に方向転換し、悪趣味女を狙っていた紅白頭の氷結野郎に強烈な肘打ちを決めた。

 

「は?」

 

 上空の爆豪はその光景を見て混乱する。

 そして一瞬で思考を立て直す。デクが何をしたってやることは同じだ。

 

 そしてその判断が命取りだった。

 

 パチン、と。

 

 決して大きくないその音だけが、奇妙に爆豪の耳に届いた。

 そして謎の黄色の火の玉が、凄まじい速度で爆豪の胸に着弾する。

 

(あの悪趣味女の”個性”ッッッッ!!!!!!!!!!!!)

 

 実は爆豪勝己は殻木霊火の”個性”についてよく知らない。

 中学3年間同じ学校だったにも関わらず知識が無いのは、彼女に興味が無かったからだ。

 そして当然、火の玉となれば高熱や爆風を警戒する。しかし引き起こされた現象は想定とは全く違った物だった。

 

「はっ⁉ 落ち……!?!?」

 

 爆豪勝己は知らない。

 殻木霊火の”個性”が、『飛行』に対して絶対的な相性を持つことを。

 

 奇妙な下向きの力を感じた爆豪はその持ち前の超反応で両の掌を下に向け体勢を立て直そうとするが、意味がない。

 十分立て直せるはずの動きと爆破を実行しても、堕ちることを運命づけられたかのような不条理さで爆豪勝己は強制的に墜落する。

 

「ぐはっっっ!!!!」

 

 ドンッ、と受け身も取れずに地面に打ち付けられる。

 肺から全ての空気が抜ける。

 

 そこにもう一段畳みかけられた。

 

 バシャリと。

 

(冷たッッッッ!!!!!!!!!!!! なんだ!?!?! 氷……いや……)

 

 氷水を入れた水風船を当てられたらこのような感覚なのだろうか。

 直前に、殻木霊火が何か筒状の物を構えているのまでは見えた。

 全身びしょぬれの感覚と、急速に冷えていく身体を紐づけた爆豪は自分が詰まされた事を悟る。

 

(あの悪趣味女、吸熱反応する化学物質か何かをあのバズーカでぶつけやがったな!?!?!?!?!?)

 

 "個性"『爆破』

 手のひらから爆破成分の含まれた汗を分泌して爆発を起こす能力。

 凍える程寒い状態では、汗をかけずどうしても十分な爆発を起こせなくなってしまう。

 

 ――――――――――――――――

 

 車いすを前に進めながら爆豪対策のバズーカを放り捨てる。どうせ一発しか当たってくれないと思って弾は一発しか用意していない。

 

 彼は吸熱反応を起こす化学物質と思っているかも知れないが、あれの主成分はイシリンなどを主にした冷感物質だ。

 ミントやメンソールと同じ。肌に塗るだけで寒く”感じる”物質をブレンドした対爆豪専用弾である。

 計算通りならば全身びしょ濡れで雪山遭難クラスの暴力的な寒さを感じるはずだ。

 

 サポート科に”私たちは技術と努力で何でも用意できる”と発破をかけたのだ。

 霊火には、その姿を見せる義務がある。

 

 そして特定のヒーローを狙い撃ちにしてハメるのは敵の基本戦術だ。当然、上位陣はガチガチにマークしてある。

 

『あんなに可愛い顔してえげつね~~~~!!!! 病弱少女とか深窓の令嬢とかそう言う系の儚い美少女の見た目してやることなすこと凶悪すぎるぞ!?!?』

 

『敵襲撃でも殻木がぶっちぎりで撃破数最高だったからな。 あれ程強力なアイテムを短期間に造り上げる技術にあの”個性”、恐ろしい奴にとんでもない許可を出しちまったな』

 

『しかし所詮は車いす!!!! この難関を乗り切れるのか⁉⁉ コースアウトさえしなければ何でもありの残虐チキンレース、落ちれば終わりの第二関門『ザ・フォール!!!!』』

 

 1位が緑谷、2位が霊火。

 第2関門の『ザ・フォール』は”谷”の間に”島”が浮かんでいて、それをロープで橋渡ししているだけの場所だった。

 綱渡りを要求するゾーンを見て霊火は顔を顰める。

 

(こんなの普通の車いすじゃ絶対突破不可能じゃん!!!!)

 

 元々参加賞扱いで、校長にサポートアイテムを扱うヒーロー科生徒を本戦に参加させるつもりなど無かったのではと思える鬼畜さだった。

 

『うおーーーーっっ!!!! 地味な顔で演説もつまらん癖に優秀過ぎる!!!! 轟焦凍を完全な不意打ちで無力化した緑谷出久、走り幅飛びでピョンピョンと、殆どタイムロス無しに第二関門突破!!!!』

《/b》

 

『そう言ってやるな。それにしても緑谷も入試一位で元々強かったが更に一皮むけたな』

 

『そして2位の殻木霊火!!!! 車いすでどう攻略、え?』

 

 がしゃこんと、いっそ間抜けな音を立てて霊火の車いすの後ろからペットボトル大のロケットエンジンが4つ展開されて、点火した。

 

 ドンッ、と強烈な加速感。右手で向きや角度の微調整を行う。

 

 『う、うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!! そんなのありかぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?!?!? というか大丈夫なのかぁ!?!?!?!?!?!?!?!?』

 

 助走、踏切、ジャンプ。

 

 ”飛翔”

 

 流星の如く。車いすロケットジャンプで第二関門の全てを飛び越す。

 中継カメラに向かって左手横ピースとウィンクを決める余裕さえあった。

 

 スタジアムの大画面に、そのベストショットがでかでかと映し出される。

 

 観衆から割れんばかりの大歓声が起こる。

 

『喜べマスメディア!!!!!!!!!!!! ヒーロー科に、新たなアイドルの誕生だぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

『せめてヒーローを誕生させてくれ。 それにしてもあれ、見た目よりよっぽど難しい事してるぞ。 専門じゃないから詳しい事は言えんが、出力とか空中姿勢とか着地とか物凄い量の計算が必要なんじゃないか?』

 

 イレイザーヘッドの解説など誰も聞いていなかった。

 

 霊火はワンテンポ遅れて高所恐怖症を発症させつつ、左手の一払いで鬼火を複数出現させる。

 ヒーロー科の”個性”とサポート科の”技術”。右脚を代償にとんでもないものを両立させた霊火の攻撃はまだ終わっていない。

 

 ”個性”『死因』。対物ならば必殺。

 指慣らしで発射された鬼火は、『ザ・フォール』の大きな足場を6つ。衝撃波と共に叩き折り、谷底に落としてしまう。

 無論それを支える設計などされていないロープは、留め具ごと外れて谷底に消えていった。

 

『うわああああああああ!?!?!?!? 無い!!!! 向こう岸に渡る綱を全部切断したぞ車いすのアイドルガール!!!! ッ!?!? いや、一つだけ残っている!!!! 一本だけ残っているぞ!!!! 『ザ・フォール』をクリアするならこれの取り合いだあ!!!!』

 

『……おそらく残してくれたのだろうな。 既定の42人クリア出来なければ、俺たち運営側が困るという殻木なりの配慮だろう』

 

『だがその配慮が逆に地獄を産み出しているぜイレイザー!! ゴールに繋がる糸は一本スパイダーズスレッドォォォ!!!!!!!!!!!! 選ばれしカンダタは誰になる!?!?!?!?』

 

『それだとゴール出来ないだろ』

 

 霊火はニヤリと笑う。ロープの無い『ザ・フォール』をクリアできる人は相当限られる。

 少女の知るヒーロー科でそれを為せるのは、飛行が可能な角取ポニー、『コピー』物間寧人、『無重力』麗日お茶子、幅跳びで突破する可能性がある飯田天哉と蛙吹梅雨。後やりようによっては取蔭切奈と吹出漫我と常闇踏陰ぐらいか。爆豪勝己と轟焦凍は既に潰した。

 

 という事は……

 

 ――――――――――――――

 

「これはあくまで予想だから外しても怒らないで欲しいんだけど……」

 

 サポート科の工房。そのひと時の休憩時間。霊火はサポート科の同士たちを前にこう話を切り出した。

 

「やっぱり体育祭、どこかで”リレー”系が来ると思うの。 集団か個人かとかはあるけれど、走る速度系の奴。これまでの傾向的に高確率で出てくると思う」

 

 ガヤガヤと同意の声が帰ってくる。その中の一人の生徒が代表して霊火に返事をした。

 

「私もそう思うわ。それじゃあ速く走れるサポートアイテムを作った方がいいって事? スケボーとか、ローラースケートとか、霊火ちゃんみたいに車いすとか」

 

「それも用意したら役立つと思うけど、私が言いたいのは別。 体育祭で平地を走る通常の陸上競技はやらないと私は予想する。 そんなのやったら速い”個性”が強すぎるからつまらないし、逆にちょっと用意したサポート科が相当な数のヒーロー科に勝てちゃう。 だから想定すべきは”障害物競走”で、つまり悪路の踏破力が高いものが役に立つんじゃないかなあって……」

 

「……なるほど。車いすはとにかく、キックボードとかは車輪が小さいから悪路に向かないもんね。……それじゃあバイクとかでも作れって事?」

 

「車いすが必要な私はとにかく、そんな乗り物乗り物したものを持ってくるとどうしても『サポートアイテム』から逸脱しちゃうじゃん? 間借りしているだけの私は気にしなくていいけれど、サポート科である皆は企業様とかにアピールする関係上、やっぱり『サポートアイテム』であることも大事だと思うの」

 

 少女は、珍しいことに酷く自信なさげな小さな声で言った。

 これは正直あて勘だ。彼らの限られた時間を全くの無駄にしてしまう可能性も十分ある。

 

「つまりさ、ジェットパックやグライダー、何でもいいけどそういう”飛行”するアイテムを用意出来れば、技術力もアピールできて競技でも役に立つんじゃないかなあ……って思ったりするんだけど……」

 

 ――――――――――

 

 『うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!!!!!!! サポート科!!!! サポート科が飛んでいる!!!!!!!!!!!! なんだこれ!?!?!?!? 足踏みしている多くのヒーロー科を抜き去って『ザ・フォール』を突破ぁ!!!! グライダー、ジェットパック、ロケットブーツ!!! サポート科があの手この手で飛んでいる!!!!!!!!!!!!』

 

「なんだなんだ今日の私の勘は最高か????????」

 

 ドンピシャ続き。ただひたすらに運が良い。

 確変状態に突入したフィーバータイム殻木霊火はご満悦で先を急ぐ。

 

『サポート科!!!! 今年のサポート科は飛ぶぞ!!!! 例年と一味も二味も違う!!!! 何であいつらこんなもの用意してるんだあ!?!?!?!?』

 

『対策していたんだろうな。 こういう状況になると予測している奴がいたという事になる。 ……あるいはこういう状況に”した”かだな』

 

(うわバレてる……)

 

 霊火は、少し油断していた。

 この調子だと緑谷が1位、霊火が2位だろうと。

 

 こんなアナウンスが聞こえた。

 

『おっと? おっとぉぉぉっっ!?!?!?!? 爆豪勝己復活!?!?!??! 轟焦凍も!?!? ヒーロー科の意地を見せるか!?!?!?!?!?!?!?!?!?!? 物凄い速度で追い上げているぞ!?!?!??! ザ・フォールを遥かに見下ろして突破!!!! 爆発野郎と紅白野郎、自分を蹴落とした上位二人にリベンジなるか!?!?!?!?!?!?!?!?』

 

「ごめんなんて言った?」

 

 ――――――――――――――

 

 霊火や緑谷は知る由もない事だが、爆豪勝己は成長していた。

 

 USJで恐るべき敵と戦って、プロの世界を知った。

 死と隣り合わせの綱渡りの恐怖を知った。自分ではまだ勝てない敵がいることを知った。

 

 クソ髪と幽霊女。あの二人がいなければ、爆豪勝己はあの日に何も成し遂げないまま死んでいたのだ。

 

 故に学んだ。

 いくら不服でも、勝つためには誰かと協力しなければならない瞬間もあるのだ。

 

「おい……そこのデクにやられた紅白頭……俺を焼け」

 

「は?」

 

「いいから、俺を焼くんだよ!! 協力プレイだ。 てめえの目もまだ死んでねえ……勝ちたいんだろ?」

 

「……怪我じゃすまねえぞ」

 

「いいからやれ!! 個性柄高温には耐性あんだよ!!」

 

 寒さでガタガタ震える爆豪は、炎を出しながら倒れている紅白頭に取引を持ち掛けた。

 ボッ……と爆豪の身体に物理的に火が付く。全身強烈な冷感と凶悪な熱感に晒されながら、紅白頭を後ろに背負いこむ。

 

「あっちい…………!?!? ああ!?!? 行くぞ!!!!」

 

 心と体が赤熱していても、頭はクールだった。

 認めよう。爆豪勝己は一度は緑谷出久と殻木霊火に完全に負けた。

 あの悪趣味女の使う液体が強酸などのもっと容赦のないものなら、このチャンスすら生まれなかった。

 

 爆豪勝己が理想とする完全勝利は既に無くなった。しかし負けっぱなしでいることだけは、どうしても彼のプライドが許さなかった。

 熱い。全身火傷級。故に汗だけは無限に出てくる。

 

 爆発音と共に、二人の姿がその場から掻き消えた。

 

 ――――――――――――――――

 

『全身燃えた爆豪が、轟を背負って物凄いスピードで先頭二人を追いかけている!?!?!??!?!?!?? なんだあれ!!?!? 爆豪大丈夫なのか!?!?!??』

 

『っっ……!!!!! 俺は現場に行く!!!!』

 

『おいお前ら余り無理するな!?!?!?!? 若いんだから身を削るような真似をするな!!!! 少しでもヤバいと判断したら強制的に止めるぞ!!!!!!!!!!!!』

 

 『抹消』と『眠り香』、二つの”個性”が現場に急行する。

 教員陣も、慌ただしく動き出した。

 

 一方霊火は訳が分からなかった。

 

「待って待って一体何がどうして何をやってどういう心境の変化でそうなったの!?!?!」

 

 爆豪が轟を背負って追いかけてくるって何事だ!?!? 世界一気が合わなさそうな2人なのだが初対面で何があった?!

 余りにも意味が分からなすぎて一周回って冷静になってきた。そして何気に霊火はそして最大のピンチだった。

 

「え、爆破の機動力で半冷半燃が追いかけてきてるの?」

 

 もちろん霊火たちがあれ程強烈な不意打ちを二人に仕掛けた以上、向こう側にも容赦の文字は無いだろう。

 その場合、最初のターゲットになるのは2位の殻木霊火だ。

 

 なんか勢い余って死体にされかねない場面でもあった。

 

「………ふ~~~~ん?」

 

 誰もが絶望するような状況で、霊火は嗤った。

 赤みがかった目がギラリと危険な光を宿す。

 

 まさか体育祭で味わうことになるとは思わなかった。

 

 死と隣り合わせ、ワンミスで即死。

 超高速で動く戦場、一度の転倒でそのまま命を散らす悪夢のカーチェイス。

 脳内麻薬ドバドバの、楽しい楽しい殺し合いの時間がやって来た。

 

 霊火の車いすの車輪がばらりとほどけた。

 無論、車輪が無くなった訳ではない。車輪に内蔵していたとあるユニットが分離されたのだ。

 

 ”それ”は、円形の刃だった。チャクラムと糸鋸のあいの子といったビジュアルの、直径60cmほどの刃物だ。

 中心部の“コア“を起点に浮遊して、キュイーンという凶悪な風音を立てて外周の刃が高速回転している。

 

 4枚のそれが車いすから離れ、霊火に追走するように宙に浮く。

 オーバーテクノロジー一歩手前の新兵器。凶悪な攻撃判定が霊火の周りに出現した。

 

 そのまま車輪だけがそのままに、椅子の部分が浮遊してクルンと180度反転する。

 全く速度を失わずにバック運転に移行した霊火の目にも見えた。

 

「悪趣味女てめえマジのガチで残りの四肢全部欠損させた後にぶっ殺してやる!!!!!!!!!!!!」

 

「バカ爆豪!?!? 貴方ほんとのほんとに死んじゃうよ!?!? 何だそれ?!?! 全身物理的に燃やすことで私の冷感物質を焼き払ったの?!?!」

 

 怒りに燃えるバーニング爆豪with轟を見た霊火は、そのあまりの見た目のインパクトにうっかり元のテンションに戻ってしまう。

 どう考えても戦っている場合じゃない。全国生放送で死人が出る。それも高校の体育祭で!!

 

 実の所、轟も低めの温度で燃やしているので見た目ほど爆豪にダメージが行っているわけでは無いのだが、教師陣も霊火もそれを判別出来るわけがなかった。

 

「ちょ、ちょっと待って轟?!?! もう冷感物質は熱で壊れてる!! 本当に冷静になって?! まず落ち着いてその火を消して!!」

 

「俺は……必ず勝……」

 

「貴方さては意識がハッキリしてないのに、指示されるがままに爆豪を燃やしてるな?」

 

 爆豪の肩越しに伸ばされた轟の右手が、霊火に向けられる。

 どうやら朦朧としていても霊火へのリベンジだけは意識に残っているらしい。最悪過ぎる。

 

 そしてどんなに馬鹿げた経緯であっても、生み出される破壊力は同じだ。

 しかも未だに両者はレース中の高速移動、一度の転倒でもみじおろしみたいになる状態は継続中である。

 

 パキッ、という恐ろしい音が聞こえた瞬間、霊火は動いていた。

 空飛ぶ致死の円刃が霊火の目の前で複雑に動き、低温を切り裂く。

 

 地面を這うように放たれた冷却攻撃は、四枚刃で切り取った安全領域だけを残してその先の直線コース全てを凍り付けにした。

 

『だ、第三関門が?!?! 怒りのアフガンが永久凍土に覆われて平和地帯に?!?!』

 

 相変わらずガチでイカれた出力だった。

 そしてアナウンスの言っている意味は分からないが、とにかく第三関門は無くなったらしい。

 

 凍ったコースの上を心臓に悪い高速背面ドライブをしながら追撃に備える。

 爆豪が両手を爆破させ、複雑な軌道を描いて霊火に迫る。

 

 実は宙を舞う刃は見た目ほどの攻撃力は無い。

 子供用のハサミなどに使われる技術を流用した人体を傷つけにくい刃を採用しているため、身体の一部を切り飛ばすなんて芸当は出来ないのだ。氷塊などの対物専用なのである。

 霊火とて全国放送で切り飛ばされる誰かの手足など見たくなかったのだ。

 

 ならば無害かと言われるとそのような事は無い。

 

 ズヴァチィッッッッ!!!!! と四枚刃を頂点として紫電が奔る。

 それらは互いに火花を散らして歪な四角形を展開する。触れるものを痺れさせる実体のない網を広げ、迫る二人を絡め取ろうと待ち受ける。

 

 誘電浮遊ディスク四基。

 本来の用途としては見た目だけの刃の部分を避けて側面を叩こうとする相手の意識を大電流で消し飛ばす、霊火の悪趣味が詰まった“非“殺傷兵器である。

 

 そして爆豪勝己は、成長していた。

 この程度、『ムーンフィッシュ』のあの変幻自在の刃と比べれば全く圧力が足りない。

 急に刃から網目になった? ならば掻い潜って見せよう。

 

 最小限の爆破で一枚、そして対角線の刃を一枚撃ち落とす。

 それで面から線になった電撃を体を捻って回避。

 神業。恐ろしい反応速度だがもう一段。

 

 パチン、と。音が響いた。

 

 霊火はギリギリでもう一度、”落下”の鬼火を爆豪に直撃させることに成功する。

 

 しかしそれを警戒して元々超低空飛行だった爆豪は今度は轟を背負ったまま地面をゴロンと転がり『墜落』条件を満たすと、そのまま速度をほとんど落とさずに接近してきた。

 

(何で対処法知ってるの?!?!)

 

 霊火の『落下』は墜落自体は絶対なのだが、着地までは咎めない。

 落ちる事自体を無理に立て直そうとせずに素直に一度着地してしまえば、その呪いの効力は切れるのだ。

 

 一度喰らっただけでその性質を完全に見切られた。神懸かった才覚としか言いようがない。

 

 今度こそ霊火は追い詰められるが、こちらはプロフェッショナル。動揺や恐怖で動きが止まるなどあり得ない。

 

 とはいえ打てる手は既に無い。相打ち覚悟でこの二人をここに縫い止めるぐらいしか……。

 

『1位緑谷、逆走!!!!! ゴール寸前、そのまま走れば勝ち確定だったが逆走!!!!! 殻木の援護に戻ったか或いは爆豪を助けに戻ったか、とにかく自分の勝ちより仲間を優先して戻って来た!!!!!!!! これもまたヒーロー科だ!!!!!!!!!』

 

 バック走行中の霊火の、その背後から。

 爆豪の射程に捉えられた霊火のその前に、緑髪のモサモサ頭が飛び出す。

 

 刹那の一瞬、上位四人の狙いはそれぞれこうなった。

 

 霊火は轟狙い。氷の塊を鬼火で弾き飛ばし、頭に当てる。

 彼の意識は朦朧とし、既に限界を迎えている。その癖霊火たちへのリベンジと勝利への執念だけが残っていて、加減が利かない状態だと判断。

 手負いのヒーローこそ、最も恐ろしい。故に軽く小突いて今度こそ意識を落とす。

 

 轟は緑谷狙い。火炎放射での攻撃。

 まずはリベンジ。そして何より相手の力を認めているからこそ、今度こそ最優先で全力で狙う。

 思うところが無いわけでは無い。しかし氷だけで負けるのは彼の心が許さなかった。

 

 緑谷は爆豪狙い。右フックによる無力化。

 幼馴染への苦手意識を意識して塗りつぶす。見た所爆豪は全身燃えていて危ない状態だと判断する。

 更に彼は攻撃行動に移っているため、このままでは霊火も危ない。だからこそ、助けるために止める。

 

 爆豪は霊火狙い。右の爆破による本体への攻撃。

 緑谷狙いでは無いという、普段の彼からしたらあり得ない選択。しかし彼は霊火の危険度を非常に高く見積もっていた。

 あのゲテモノ車いすから次はどんな機構が飛び出すか予測できない。爆豪も一度それに完全敗北を喫している。故に最速で本体を無力化して危険を排除し、勝利する。

 

 奇しくも最初の交錯と丸ごと逆さまになったターゲット選択。

 

 4つの攻撃が同時に放たれ、その全てが成功した。

 

『うわあああぁぁぁあ!!!! 全員クラッシュ!!!!! 凍りついたコースで大クラッシュ!!!! 大丈夫なんだろうなおい?!?!?!?!』

 

 クワン、と霊火は奇妙な音を聞いた。

 

 続いて、何故か視界の左側が真っ赤に染まる。

 右腕の爆破、顔面狙いの一撃。

 

 (………っ!!!! 鼓膜破れた……!!!!)

 

 鼓膜どころか三半規管と脳を丸ごと揺さぶられ霊火は意識が吹っ飛びそうになる。

 自分がどっちを向いているのか、どういう体勢なのかすら見失う。

 

「ぁぃじょぅゔ?! ぇぃかさん!!」

 

「行って!! 勝つんでしょ!!!!!」

 

 霊火は叫ぶ。何かが壊れたのか周りの音がロクに聞こえない。

 あまりに鬼気迫った声が出ていたのか、緑谷は弾かれたように走り始めた。

 そんな彼の体操着はかなり焼けていた。まあまあ酷い火傷になるかもしれない。

 

 フォン……と音を出して霊火を載せた車いすがひとりでに立ち上がる。

 

「クソッ………」

 

 爆豪は少し遅れて再度加速する。霊火をちらりと見るが、一旦の無力化には成功したと判断したようだ。

 スタートが遅れたのは緑谷のフックがもろに顎に入ったからだ。今も目の焦点が合っていない。

 意識が落ちないだけでふざけたタフネスだったが、炎も消えた彼は悪態をつきながら幼馴染を追いかける。

 

 そしてゆらりと、轟が立ち上がる。

 霊火の攻撃がヒットし爆豪から撃ち落とされた彼は、それでも立ち上がって走り始めた。

 が、右脇腹への肘打ち、落下の衝撃、氷塊が頭に当たった脳震盪が重なり、そのまま倒れ込んでしまう。

 

「クソッ……身体が……俺は親父に……!!」

 

 限界だと判断したミッドナイトとイレイザーヘッドが駆け寄って来ようとするのを、霊火は身振りで止めた。

 

「……ああもう!!!!」

 

 霊火は、彼と家族に何があったか知っている。

 緑谷の前ではああ言ったが、轟焦凍にはそれなりに同情していた。

 

 (ヴィラン)を目の前に氷しか使わないなんて、仕事とか社会とかあらゆるものを舐め腐ったガキみたいな自分ルールには実のところガッツリムカついていた。

 しかし彼は、ちょうど今それを乗り越えて見せたじゃないか。

 

「貴方、本当の本当に出久くんに感謝してよ……」

 

 炎を使った轟くんを見たいと、彼は言っていた。多分それが感染した。

 そして実の所霊火も不意打ち自体には申し訳なさを感じてはいたのだ。

 

 そろそろ後ろから誰か追いついてくるだろう。

 霊火は何とかかんとか轟を車いすの上に引っ張り上げて、背負い込む。

 

「何のつもりだ……」

 

「施しは要らねぇとか言ったら普通に置いていくからね私」

 

 緑谷も、サポート科も、或いはドクターも。そして轟焦凍にも。

 ちゃんと全力で努力している人に、霊火は少しだけ甘いのだ。

 

『何だ?!?! さっきまでガチガチの潰し合いをしていたのに最後の最後に友情でも芽生えたか?!?! 3位は殻木霊火、4位は轟焦凍だぁぁぁぁ!!!!』




霊火ちゃん、貴女『治癒』ちゃんと使えないんだからあんまり怪我しないで……

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