殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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003:運命の夜

 霊火はエンデヴァーのことで頭を悩ませていた。

 今日、霊火は荼毘とエンデヴァーの親子関係について知っている数少ない一人になってしまったのだ。

 

 霊火のように『死因』なんて”個性”を持っていると、日頃から色々と厄ネタに触れがちだ。

 実は世の中には、知るだけで命の危険が伴うとんでもない情報が存在するのだ。例えば政府の依頼を受けて暗殺稼業をやっている某有名ヒーローだとか。

 

 なんにしても霊火の座右の銘は、「触らぬ神に祟りなし」「好奇心は猫を殺す」「沈黙は金」だ。

 

 今日も世界は知らない方がいいことと、知ってはならないことと、知らないふりをした方がいいことで溢れている。

 裏の人間が長生きするコツは、いつの時代も徹底した見て見ぬふりと知らないふりなのだ。表の人間でも同様かもしれない。

 

 とにかく霊火は他人の秘密を不用意に握って口封じに追われるのはもううんざりだった。

 

「でもなあ……」

 

 ただ、今回のようなパターンだといつもの見なかったふりをするのもそれはそれで怖いのも事実だった。

 

「……人間……怖いなあ……」

 

 霊火は遠い目でつぶやいた。人間、いかに善良に見えても結局おなかの中は真っ黒だ。

 

 そんなことを考えつつ車窓から夜景を眺めていると、そういえば……と、霊火はこの辺りに誰も寄り付かない海浜公園があったことを急に思い出す。

 

 それは完全な気まぐれだった。疲れた脳が吐き出す、その場限りの思い付き。

 なんの得も見当たらないけれど、霊火はそれに従うことにした。

 

「まぁ、急いで帰ってもすることないし」

 

 霊火は学校の宿題のことを忘れていた。

 

 次の駅で降りた霊火は夕暮れの街を歩き始めた。商店街を抜け、住宅地を通り過ぎ、段々と人通りが少なくなっていく。

 古びた自動販売機の前で立ち止まり、缶コーヒーを買う。温かい缶を両手で包みながらさらに歩を進める。

 

 薄暗くなりかけた道を曲がると公園の看板が見える。「市営多古場海浜公園」という文字が書かれた落書きだらけの石碑を通り過ぎる。

 そこには至る所にゴミが散乱していた。ここは冷蔵庫とか、タイヤとか、古い自転車とか、大型の廃棄物のたまり場になっているのだ。

 

 この場所は地元の人は誰も寄り付かないゴミ捨て場になっているからこそ、静かな思考に適した場所だった。ここでなら複雑に絡み合った情報の糸をゆっくりと解きほぐすことができるし、ただぼーっとするのにもちょうどいい。少し異臭がするのが玉に瑕だけれども。

 

 暗い空の下、霊火は錆びついたベンチに腰を下ろした。

 潮風が髪を揺らす中、今日得た情報の重みと向き合う。半分くらいは目を閉じて休憩しているだけかもしれない。

 

 改めて今日得た情報について整理してみる。

 

 「長子が連続殺人者で……確か公的には死亡扱いだったような……後で調べるとして……うん」

 

 いくら裏社会の住民である『検死官』にとっても、№2ヒーローの家庭の闇は彼女の想像をはるかに超えてきたというのが正直な感想だった。

 あれはもうどうしようもない。死亡現場を扱う彼女にとっても中々見ないレベルの地獄だった。

 

 それでもせっかく得た情報、有効活用というより放置も中々しづらい状況だった。 

 何故ならエンデヴァーはとにかく荼毘の方は『ドクター』関係である以上、霊火にとっても他人事じゃないからだ。

 『ドクター』は簡単にいうと凶悪なマッドサイエンティストで、共犯関係で、親代わりの人物でもあるのだ。

 

 つまり荼毘が下手したら『ドクター』を通じて殻木霊火にまで火花が散りそうなのだ。最悪。

 

(正直なところ荼毘を殺しておきたいけど……どうにもドクターとの関係が分かんないなあ)

 

 ドクターの方にも事情を聞いておこうと心の中で決意し、一度思考をまとめる。

  

 (はぁ……明日も学校か……)

 

 霊火がため息をついた瞬間だった。

 

「殻木さん?」

「きゃあっ!?」

 

 後ろからの思いがけない声に、霊火は驚いて振り返る。

 そこにはクラスメイトの緑谷出久が立っていた。緑谷も大声を出した霊火に驚いた様子だ。

 

 更に緑谷の背後からもう一つの人影が現れた。がりがりに痩せた金髪の男だ。

 

「緑谷少年? もしかして君のお知り合いかな?」

 

「あ、この人は僕のクラスメイトで……」

 

 痩せた男は緑谷に話しかける。

 金髪のオールバックに二房の髪の束を前に垂らした骨ばった頬の男だ。

 彼の落ち窪んだ目でじろりと見られると、霊火は謎の悪寒がした。

 

(今日は厄日かな?)

 

 霊火は心の中で本音をそっと漏らすと、すぐさまそれを悟られないように表情を取り繕った。

 わわっと屈託なく、素直に驚いたという風に、年齢相応に。

 

「わわ、緑谷君か! 驚かせないでよ……」

 

「ご、ごめん! 驚かせるつもりは……え、えっと、あの、殻木さん、こんなところで何を……?」

 

 緑谷が尋ねる。ちらりと金髪の男の方を見たり困った顔をしながらやや声が上ずっている。

 明らかに何か不都合なことがある人間の反応だったが、霊火は緑谷の秘密それ自体には興味がなかった。

 

「うん。ちょっとパパと喧嘩しちゃって」

 

「え、そうなんだ……」

 

「別に大したことじゃないし……ほら、緑谷君もさ……」肩をすくめて見せた。「親に文句の一つや二つぐらいあるでしょ?」

 

「そ、そうかな……? 僕はそうでもないけど……」

 

 微妙な返事をされた。彼にはどうやらいい親がいるらしい。羨ましい限りだ。

 『ドクター』への文句に関しては星の数ほどある霊火は少しだけ彼をうらやましく思った。親でもないけど。

 

 一瞬の空白時間が生まれ、その隙に霊火はすぐさま話を危険域から逸らす。

 

「それで緑谷君こそどうしたの?」

 

「あ、その……」緑谷は少し躊躇いがちに答える。「ここの片付けをしようかなって思って」

 

「片づけ? ここを?」霊火は首を傾げる。「なんで?」 

 

「えっと……雄英に受かるためのトレーニングがてらに、ここを……」

 

「えぇ……”無個性”で何やるの……?」

 

「うっ……殻木さん意外とハッキリ言うね……」

 

 霊火はうっかり本心を漏らしてしまうが、緑谷は無神経な返答が返ってきたことでむしろペースを取り戻したらしい。

 

「大丈夫、無駄にはならないよ。僕みたいなのは今からでも頑張らないと……!」

 

 なんか勝手に自己解決して自分で盛り上がる緑谷はどこか自信ありげだった。目が希望でキラキラと輝いている。

 霊火はいよいよ不思議に思う。一体全体”無個性”にどういう策があるというのだろうか。

 

「まあ、私もここで考え事するの好きだし」霊火は缶コーヒーを軽く振りながら言う。

「たまに来るから、その時は応援するよ」

 

「え?本当に?」

 

「うん。元々ここは私も来るし邪魔しないから、好きにしていいよ」

 

 そんなやり取りをしている二人を痩せた男は興味深そうに見ていた。

 

「そうか……殻木少女でいいのかな?」男は落ち窪んだ目で霊火を観察するように見る。

「私は八木という。緑谷少年の師匠みたいなものだ。」

 

「あ、殻木霊火です。よろしくお願いします」

 霊火は相槌を打つ。この男の視線は、妙に苦手だった。

 こちらの苦手意識が伝わったのか八木と名乗る男もそう深くは聞いてこなかった。

 

 しかしよく見てみると彼は霊火の塩対応にどこかしょんぼりしているようにも見えた。

 

(まあ、どうせ私も暇だし……)

 

 頭の中では別の思考が巡っていた。”無個性”の緑谷が雄英を目指すというのは明らかに無謀な挑戦だ。

 しかし緑谷は何か策がある様子だ。だからどうにも霊火の中で彼の無謀な挑戦への興味が大きくなっていた。

 

 気になる。緑谷出久がどうやって雄英に挑むのか、気になる。

 

(……こんなんだから毎回危ないことになるんだよね、私)

 

 どこまでいっても霊火は好奇心旺盛で、いろんなことに首を突っ込むタイプだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 研究所か、病院といった雰囲気の消毒液の匂いが漂う廊下を歩く。

 足音が反響する。まるで誰かに見られているような感覚。

 

 ここはとある病院の地下だ。電気も点いていない廊下は完全な真っ暗闇だったが、霊火は困った様子もなく歩を進めていた。無機質な白い壁に赤黒い染みが広がる。

 どこかで機械が唸るような低い音が聞こえ、ある扉の前では心拍モニターの規則的な電子音が漏れていた。

 

 霊火は巨大な金属製のドアの前で立ち止まる。銀行の金庫どころではない、まるで軍事施設か核シェルターのような厳重さだ。分厚い鋼鉄の扉は、可能な限りあらゆる攻撃にも耐えられるような作りになっている。その表面には無数の補強材が張り巡らされ複数の電子ロックが埋め込まれていた。

 

「はぁ……」

 

 霊火は小さくため息をつくと、扉の横に設置されたカードキーリーダーに自分のIDカードを通した。暗闇の中で小さなランプが赤から緑に変わる。慣れた手つきで暗証番号を入力する。

 

 重い金属音が響き、巨大な扉がゆっくりと開いていく。軋むような音を立てながら内側が露わになると、そこには薄暗い実験室が広がっていた。

 壁一面に設置された無数のガラス容器。それぞれの中には何かが浮かんでいる。臓器のようなもの、そして、明らかに人型をしたもの——胎児のような姿をしたものまで。

 

 手術台の上に乗せられた無数のチューブに接続された人間のような何かを見て、霊火は顔をしかめた。

 

「相変わらず悪趣味極まってるね」

 

「霊火ほどでは無いと思うがの」

 

 バチン!

 

 突如、天井の蛍光灯が点灯する。白い光が実験室を照らし出す。

 部屋の奥から一人の人物が姿を現した。白衣を着て眼鏡をかけた小柄な老人だ。

 

「よく来たのう 待ちくたびれてたぞ」

 

「ちょっと待ってドクター。私、流石にあなたほど悪趣味なつもりはないんだけど」

 

「霊火のしている研究も世間から見れば大概じゃよ。ワシらは似た者同士じゃ」

 

 霊火はあらん限りの抗議をこめて目を細めたが、ドクターは気が付きもしなかった。

 諦めて本題に入る。

  

「まあいいや……ところでドクター? 荼毘って(ヴィラン)知ってる?」

 

「荼毘?」ドクターは首を傾げる。

 

「轟燈矢って名前なんだけど」「ぶふぉっ!」

 

 ドクターは突然吹き出した。

 

「あー……」霊火は老人の反応をみて確信する。

「ドクター……今度は何したの……」

 

「いやいやいやいやいやいやいや!!!! それよりどういうことじゃ!? 本当にあのおねむり君のことか!?!?」

 

「おねむり君って何?」

 

「いいから詳しく!! あれまだ生きとるのか!?!?」

 

「生きてるは生きてたけれど……」

 

 霊火は少し戸惑いながらも、今日得た情報について話し始めた。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

「呆れた。そりゃまたとんでもない奴がいるんだね」

 

「ワシとしてはあれから数年たっても生きていたのが一番の驚きじゃよ。せいぜい後一か月の命だと考えておったが……」

 

 要はこういう話だった。

 

 轟燈矢はエンデヴァーの長子だ。いずれはエンデヴァーを、そしてオールマイトをも超えるヒーローになるものとして期待されていたが、”個性”と体質が合わずそれは叶わないことが分かった。

 エンデヴァーは燈矢を放置したが彼はまだヒーローになることを諦めておらず、自力で訓練を続けていたがその過程で事故を起こしある日、焼身自殺をしかけた。

 それをドクターが救ったが、三年間も寝たきりだった。目が覚めた彼をドクターは取り入ろうとするも、燈矢はいうことを聞かず轟家の元に戻るといって施設から出て行ってしまった。

 

「だけど結局轟家にも帰らないで行方不明っと……なんか結構危なくない? ドクターのことが警察とかヒーローに嗅ぎつけられてもおかしくなかったと思うんだけど」

 

「実際当時は肝を冷やしたものじゃよ。 あまり炎が施設に燃え広がらなかったから何とかなったようなもので……それにしても荼毘か…… 言いえて妙だのう……」

 

 ドクターは呑気に考え事をしていたが、霊火の考えは穏やかではなかった。

 

「それでどうするの?」

 

「ん?」

 

「荼毘の話。ドクターの治療を受けた男が今は首輪も付けずに犯罪活動しているんでしょ? 色々リスクだよ?」

 

「ああ、それか? その点は大丈夫じゃ。彼はワシの顔を知らん。ここまで辿り着くことはないじゃろう」

 

「でも話を聞く限り『あの人』とは話したんでしょ? 施設だって殻木球大先生のあれなんだし色々怖いと思うけど……」

 

「……まあ敵として活動している以上彼が逮捕される可能性もあるしのう……かといってどうしたものか……」

 

「殺す? 多分私、あれなら相性有利だよ」

 

 霊火は当たり前のように提案する。もっとも、霊火は最初からそのつもりだった。

 

 ドクターは感情の読めない目でじっとこちらを見つめた。ひと時の沈黙が研究室を満たす。

 

「いや、やめておこう。 そこまで生きているなら利用できるかもしれん。 ちょうど今そういうのを集めていての」

 

「ああ……黒霧もなんかそんなこと言ってたね。 トガを勧誘したいとか何とか……確かに荼毘も手元に置いておければ安心かもね」

 

「まあその関係じゃ。 ……話が出たからついでに聞くが霊火もどうじゃ? きっと面白いぞ」

 

「冗談。どうせあのご老体関係でしょう? 私あの人嫌いなの。ドクターには悪いけどパスで」

 

「ううん…… 霊火も直に会えばあの方が立派な人だとわかってくれるはずなんじゃが……」

 

 必要な話は終わったと考えて霊火はドクターに背を向けた。

 足早に部屋を去ろうとすると背後から声がかけられた。

 

「ところで霊火、体の調子はどうじゃ?」

 

「二つ同時使用程度ならまだ。 黒霧みたいに複合”個性”にしてくれたらこっちも色々楽だったんだけどな」

 

「あれとはまた設計思想が全く違うからのう。 それにあっちとは違って霊火はまだ成長の余地が残っておる!」

 

「その成長を抑えるために”個性”を使うしかないって本末転倒もいい所じゃない?」

 

「それだけ大切なのじゃよ。強さだけを追い求めていないのがその証拠じゃ。ワシはこれでも霊火を本気で実の娘のように想っておる」

 

 それはそれで恐ろしいと思わざるを得ない話だった。

 

 大きな金属の扉を再度開ける。再び暗い廊下へと踏み出す。

 背後でガシャンと大きな音がして扉は閉ざされると、霊火は再びため息をついた。

 

「ありがとう黒霧……本当にありがとう……」

 

「お疲れかと思いまして、僭越ながら」

 

 噂をすれば影。

 黒霧が部屋の外に立っていた。彼はあまり多くは語らずワープゲートを展開してくれる。

 

「……黒霧って意外と世話焼きだよね」

 

「貴女は私にとって妹分のようなものですから」

 

 霊火の視界が闇に溶ける。

 次の瞬間、霊火は自室のベッドの上にいた。

 

 顔を上げると外の空は既に明るくなり始めていた。

 

「……寝ておきたかったな」

 

 霊火は嘆いた。




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