殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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030:舐めプ野郎と舐めプちゃん

『次の試合はこいつらだあ!!!!』

 

『堅実に!!!! 硬く熱く勝ち上がってきたこの漢!!!! ヒーロー科B組、切島鋭児郎!!!!』

 

『対』

 

『こちらも好成績!!!! 熱き心を秘めたほんわか系ガール!!!! ヒーロー科A組、麗日お茶子!!!!』

 

「麗日さん頑張って欲しいなあ……」

 

「……勝った方が爆豪と勝負って考えると途端に罰ゲーム感が増さない?」

 

 先ほどの発目ショックが忘れられない霊火からぽろりと本音が漏れるが、とにかく試合は始まった。

 

『START!!!!』

 

 両者が同時に動き出した。地面を蹴る音が響き、互いの距離が一気に縮まる。

 

 切島は硬化した腕を前に構え、受けの姿勢を作った。

 まず麗日の攻撃を受け止め、そこから反撃に転じる構えだ。

 

 しかし、未知の"個性"相手に先手を許すことは、時としてそのまま致命傷になる。

 

 麗日お茶子の右手が切島の硬化した腕に触れた瞬間、彼の体が宙に浮いた。

 

「痛っ……」

 

「え? う、うおおおおおおお!?!?!?!?!?!?!? なんだこりゃあああ!?!?」

 

 切島は慌てて手足をばたつかせてバランスを取ろうとするが無駄だった。

 右手を庇う麗日が軽く押すだけで切島はふよふよとステージ外へと漂っていく。

 

「解除!」

 

 麗日が手を合わせる仕草と共に切島の体が重力を取り戻した。

 

「切島君場外!!!! 麗日さん二回戦進出!!!」

 

「やったあ麗日さん!!! 上手く"個性"を活かした!!!」

 

「前々から思ってたけどあの"個性"割と即死技だよね」

 

 麗日お茶子の『無重力』は、一見おとなしそうに見えるが実は極めて危険な"個性"だ。

 肉球状の指先に触れられただけで即座に戦闘不能の、ある種のワンタッチワンキル系”個性”である。

 

 この"個性"が特に脅威なのは無重力状態からの反撃が極めて困難だという点にある。

 踏ん張りが効かないだけであらゆる物理攻撃は大幅に弱体化し、通常の飛行能力を持つ者でさえ無重力空間ではその力を活かせない。

 矛盾するようだが、飛行という行為自体が重力を前提としているからだ。特にプロペラや翼による推進力を生むタイプの”個性”は『無重力』対策にならないだろう。

 宇宙飛行士の訓練が極めて特殊なものである通り、無重力状態ではまったく異なる動作原理が必要となるのだ。

 

 (無重力状態になっている物が既に存在する状態で手を欠損したら、モーションを取れなくて”個性”を解除できなくなったりするのかな……?)

 

 霊火はちょっと物騒な事を考えた。

 

 ――――――――

 

『歩く心霊現象!! 1年B組のゴーストガール!!! 柳レイ子!!!!』

 

『対』

 

『同じくB組!! 七色絢爛のコピーボーイ!!!! 物間寧人!!!!』

 

「お疲れ様お茶子ちゃん!! ナイス!!」

 

「おめでとう麗日さん!! いい試合内容だったよ!!!!」

 

「うへへえ……ありがとう二人とも!!!!」

 

 右手が包帯で巻かれた麗日が席に帰ってきた。原因を聞いてみれば、あの切島という男子生徒の”個性”で切ったらしい。

 しかし『治癒』も受けたので次の試合では問題なく戦えるという事だ。

 

 ……改めて考えると、霊火だけこれが出来ないのは何かの縛りプレイみたいだった。

 

「……そういえばポニーちゃんを見かけないけれどどこに?」

 

「あ! ポニーちゃんは飯田君に負けて……」

 

「げ、このルールで『角砲』に勝ったの? B組委員長流石だねえ……」

 

「僕さっきスマホで見たんだけど、試合開始の瞬間に物凄いスピードであっという間に仕留めてたんだ……次の対戦相手だからあれは警戒しないと……」

 

 やはり雄英体育祭。大きな祭典だからこそ、負けてしまうと観客席に戻れない人も出てくる。

 ヒーロー科生徒にとってはこの体育祭は懸ける物が多すぎるのだ。それで負ければ、感情を整理する時間が必要な人もいるだろう。

 全体的に不真面目極まりない霊火が参戦しているのが申し訳なくなってきた。

 

 そんなことを考えていると試合開始の時間が迫ってきた。

 

 ステージでは物間がメカクレの女生徒と対峙している。

 

 (”個性”『コピー』――どうやって戦うつもりなんだろう……?)

 

『START!!!!』

 

「無差別放電!!!!130万ボルトォォォ!!!!!!!!!!!!」

 

「え?」

 

 ――――――――――

 

『瞬殺!!!! 完全なる瞬殺だ!!!!!!!!!!!! これはあの上鳴電気の”個性”!!!!!!!!!!!! 先ほど殻木に瞬殺された上鳴電気、物間寧人に自分の”個性”を託していたああああ!!!!!!!!!!!!』

 

「ウェ……ウェーイ!!!!!!!!!!!!」

 

 物間が両手でグッドサインをしながら飛び跳ねていた。ちゃんと『帯電』のデメリットまでも引き継いでいるらしい。

 折角の『コピー』ならそこを踏み倒したり出来ないのだろうか?

 

「うわあ……あの柳さんって人も災難だね。こんなの本当の初見殺しだよ……」

 

 麗日が両頬に手を当てて、気の毒そうに呟いた。因みに緑谷は試合が近いため、既に観客席には居ない。

 

「……上鳴が見当たらないと思ってちょっと気にしてたんだけど意外と元気そうで良かったよ」

 

 霊火は少しホッとしていた。

 

 グラウンド脇から上鳴が飛び出してきて、ウェイになった物間を連れて退出していた。

 拍手と歓声を浴びながら手を振る彼は、物凄く晴れやかな笑顔だった。

 

「……ところでお茶子ちゃん分かってる?」

 

「え、何の話?」

 

「物間、この調子だと心操の”個性”とか使ってくる可能性もあるよ。もっと悲観的に考えると『セメント』とか『抹消』とかが出てきてもおかしくないし……」

 

「え、言われてみればホントだ!! え~なにそれ超強いじゃん!?!?」

 

(……向こう側のブロックを勝ち進むのは十中八九爆豪だと思っていたけれど、ちょっと分からなくなってきたかも)

 

 隣に麗日がいる手前声に出しては言わないが、霊火は面倒な事になったと内心で頭を抱える。

 

 麗日に言ったのはあくまで霊火があり得ると思った範疇だ。もっと最悪の想定をすると観客席のプロヒーロー――例えばエンデヴァーの”個性”がグラウンドで振るわれる可能性すらある。

 それをやられてしまうと生徒の誰も対応しようがない。流石の爆豪も黒焦げにされて終わりだろう。

 

 霊火は、はあとため息をついて車いすを動かす。

 

「あれ? 霊火ちゃん鉄哲くんと常闇くんの試合は見ないの?」

 

「鉄哲って確か全身鋼鉄の人でしょう? そこは絶対常闇が勝つから見なくていいや」

 

 黒影が相手を掴んで、どっせいと場外に投げて終わりだろう。

 鉄哲がどうこうというより『黒影』の性能が高すぎる。

 

「えー⁉ それじゃあ何しにいくの~~⁇」

 

「人探し!! すぐ帰ってくるよ!!!!」

 

 ――――――――

 

 緑谷VS飯田の試合の時には、霊火はちゃっかり観客席に帰ってきていた。

 

 因みに常闇VS鉄哲は、霊火が予想したまんまの展開で決着が付いたらしい。

 

「霊火ちゃん次試合やろ? 控室に行かなくていいの?」

 

「流石に出久くんと飯田の試合は見たいの。グラウンドには観客席から飛び降りて行けばいいし」

 

「そこだけ聞くと車いすに乗ってる人の発言とは思えないね……」

 

 霊火は肩をすくめた。

 グラウンドにこの試合の出場者が出てくる。

 

『さあついに第二回戦!! 最終種目も折り返しだ!!!! 盛り上がっていけぇ!!!!!!!!!!!!』

 

『地味な顔でも実力はガチ!!!! 全ての種目で一位をキープ!!!! 緑谷出久!!!!』

 

『対』

 

『こちらも実力派!!!! ヒーロー一家出身!!!! 飯田天哉!!!!』

 

 

「さあ緑谷君!!!! こちらは全力で行かせてもらうぞ!!!!」

 

「……!! もちろん!!!! 僕も全力で行くよ!!!!」

 

 見るからに相性が良さげな二人だった。

 緑谷も緊張気味ながら笑顔をキープできている。いい精神状態だ。

 

『さあライバル同士、存分に競い合え!!!! START!!!!!!!!!!!!』

 

 ドン!!!! と音を立てて、二人がステージの中央でぶつかり合った。

 

 ――――――――――

 

 繰り広げられる飯田と緑谷の戦いは、まさに目にも留まらぬ速さだった。

 

 エンジンが唸りを上げる度に緑谷は全身に緑色の稲妻を走らせて対応する。

 互いの動きが残像となってグラウンドに軌跡を描いていく。

 

「わあ……これは見応えあるね」

 

「ね、凄いね飯田くんとデクくん!!!!」

 

 真っ当な実力者同士の、滅茶苦茶見栄えのいい戦いだった。

 これは観客席のプロヒーローの反応にも期待できるだろう。実力伯仲で既にそこそこ長期戦ながらも二人の動きは全く衰えない。

 

 じっとグラウンドの緑谷を見ている霊火の横顔を見て、麗日は一瞬停止する。

 うーんと唸って、迷って、彼女は小さな声でこう切り出した。

 

「あのさ……霊火ちゃん。 一つ聞いていい?」

 

「なあに?」

 

「デクくんと霊火ちゃんってさ……どういう関係なの?」

 

「その質問は三奈と透ちゃんに30回ぐらいされたよ……。そんなに気になる?」

 

 車いすの少女はグラウンドから目を逸らさずに、ただくすりと笑った。

 麗日はそこから相手の心理を読み取ることが出来なかった。

 

「友達だよ。 本当に。 同じ中学校の同じクラスで、仲が良かった友達。因みに爆豪も同じクラスだった」

 

「す、凄いねその中学校……。それでさ……あの……本当に……?」

 

「ええ……? 私たちそんなに付き合っているように見えるの?」

 

 少女は面白そうに笑った。

 麗日お茶子の方に目線だけを送って、ただ目を細める。

 

「でもやっぱり友達だよ。互いに何とも思ってないし」

 

「そ、そうなんや! ごめんね霊火ちゃんこんな大事な時に変な事聞いて……!!」

 

「なんで今なのかは私も凄い疑問に思っているけれど、別にいいよ」

 

 ――――――――

 

 ついに、霊火が恐れていた事態が現実となってしまった。

 

 麗日お茶子は分かりやすかった。

 おそらく元々隠し事が下手なのだろう。同性である霊火の目は誤魔化せない。

 どう解釈しても、彼女は緑谷出久を意識していた。

 多分入学試験がきっかけだったのだろう。今の彼女はまだ自分の気持ちに無自覚のようだが、それも時間の問題だった。

 

 緑谷出久もまた、同じように分かりやすかった。

 彼は麗日を異性として意識しているわけではなかったが、それでも明らかに彼女とは波長が合っている。

 たまに霊火には見せない表情を、麗日には向ける瞬間があった。

 

 その度に霊火がどれだけ苦しんでいるかを、彼は知らない。

 

 ただ、霊火には彼らを邪魔する権利などなかった。

 本来、ヒーロー志望の彼に敵である自分が近づくべきではなかったのだ。しかし霊火は既に、自分勝手なエゴで彼の人生に相当深く関わってしまっている。

 

 彼の隣があまりにも心地よすぎて、完全に引き際を見失ってしまった。

 海浜公園で応援するだけで離れていれば良かったのに、こうなってしまったのは霊火の甘えが生んだ罪だった。

 

 そして麗日は、どこから見ても彼にぴったりの存在だった。

 優れたスタイル、明るい性格、溢れ出る善性、そしてヒーロー志望としての精神。

 霊火が麗日に勝てる所が何もない以上、引きどころがあるとしたらここだった。

 

 だから、彼女が無自覚なうちはまだいい。

 もし彼女が、あるいは彼が、その好意に気付く日が来たら。その時は一歩引くことだけが緑谷のためにできる唯一のことだった。

 

 麗日が緑谷を幸せにしてくれるのなら、霊火だってきっと、それで構わないはずだ。

 それでも喜んであげることだけは、どうしても出来ないと思うけれど。

 

 ――――――――――

 

「レシプロバースト!」

 

「……っ!!!!」

 

 飯田の脚から突如猛烈な推進力が解放された。

 それに対して緑谷は全身に纏ったパワーを瞬時に解放して守りに入る。

 

 無限にも思える刹那の時間、加速した飯田の猛攻を緑谷はどうにか耐えきった。

 

 最後、緑谷は飯田を地面に抑え込む。

 

「飯田君降参!!!! 緑谷出久、ベスト4進出!!!!」

 

 ――――――――――

 

 霊火の番だ。

 頭の中でスイッチがガツリと切り替わる。

 

 軽くブースターを吹かして手すりを飛び越えてグラウンドに飛び込む。

 ギャリギャリギャリーッッッッ!!!! と車輪を滑らせながら派手な入場を果たした霊火は、観客からの割れんばかりの拍手で迎えられる。

 

『さあさあ次の試合!!!! おや?』

 

 プレゼントマイクが止まったのは、霊火が彼に向かって手をあげ制止したからだ。

 霊火はステージに持ち込んだマイクを口元に持ってきた。無線でスピーカーと繋がっている。

 どちらも先ほどB組の八百万にお願いして出してもらったものだ。

 

 霊火は、発目に言われたままでいるつもりは無かった。

 

【あ、あーー!! 失礼しました。 私が殻木霊火です。 皆様応援ありがとうございます】

 

 霊火の声が拡大されてスタジアム中に響き渡る。

 うおおおお!!!! と歓声が少女に呼応するように響く。

 

【ええ、少しお時間頂けたら幸いです。ええ、私が話したいのは先ほどの発目さんの件です】

 

 対戦相手の轟の方にも、もう1つのマイクを放り投げる。

 霊火は続けた。

 

【この学校で最も優れたメカニックが誰か? 私は彼女にそういう挑戦を受けました。 であればここで証明してみせましょう。 その上で、条件がいくつかあります】

 

 霊火は、ただ楽しそうにこう宣言してみせた。

 

【私がここまで勝てたのは”個性”が強い上にアイテムまで持っているから。 アイテムを持っている癖に”個性”まで強いから。 そんな事ばっかり言われるのはもうウンザリ!!!! これは私が望んだことじゃない!! (ヴィラン)の襲撃でこんなことになっているんです!! なのでこうさせていただきます】

 

 襲ってきた(ヴィラン)が霊火の身内なのは内緒だ。

 

【この試合、轟焦凍に対して私は一切の”個性”を使用しないで勝ちます。 ええ、”無個性”かつ”右脚の大怪我”で、轟焦凍に勝つことで私が最高のメカニックであると証明します!】

 

 傲岸不遜な宣言に対して、轟焦凍は手の中のマイクをただ見た。

 めらりと、炎が燃え上がる。眼光がギラリと光った。

 

【へえ……なるほど、……手加減される側は、こんなに腹が立つんだな。これまで悪かった】

 

【手加減……? 『これで十分』の間違いじゃないかな?】

 

【お前そこまで大口叩いて大丈夫なのか? 負けた時きついぞ?】

 

【勝てると思ってるんだ。 ”無個性”相手に惨めに負ける自分の心配をした方がいいんじゃない?】

 

『お前ら障害物競走の時の友情はどこにいった!?!?!?!?!?!?!? もうそれぞれの紹介は不要だろ!!!! いくぞ!!!!!!!!!!!!』

 

『START!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 ――――――――

 

 対轟焦凍マニュアル

 

 炎熱と低温のどちらも使う轟焦凍に対して、勝利に必要な条件は3つ存在する。

 

 ①短期決戦

  高温と低温で体温調節を行うため、長期戦での息切れは狙えない。

 

 ②意表を突く

  正面衝突は絶対に不利。心臓に悪い意外性をもって押し切るしかない。

 

 ③一撃も当たってはならない

  高温・低温どちらでも一発で致命傷になる。勝つならば、完全勝利しかありえない。

 

 ――――――――――

  

 キィン!!!!!!!!!!!!

 

 と、瀬呂の時と同一の大規模な凍結攻撃がなされた時。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!)

 

 意表を突く。隙を突く。意識の死角に飛び込む。

 不意を突かれた表情の轟までの数メートルを、左、右、左の足運びで滑らかに接近。

 

 超近接のインファイト。小柄で非力な殻木霊火が一番苦手な交戦距離を敢えて選択。

 そしてそのままギプスに包まれた右脚で、轟の右足をベキリと踏み潰した。

 

「ぐあぁぁぁっっ!?!???!?!?!?!?!?!?!?」

 

 趾骨、中足骨、足根骨。

 何本もの足の骨を、一度に踏み折る感触が伝わる。

 

 反射的に轟の左腕が少女を捉えようと動くが、霊火は二人一組のダンスのようにそれを右手で掴んで捻った。

 そのまま明後日の方向に火炎放射がなされる。

 赤い目の少女の腕力が想定よりも遥かに強く、轟は目を剥く。

 

 ”個性”使用不可という事は『摂生』が切れるという事でもある。

 

 つまり霊火の場合は普段よりも相当力が強くなる。

 実はそれでも大した強さではないのだが、普段の霊火のフィジカルを知っていればいるほど脳内の情報とのズレは深刻だ。

 

 続いて右腕が霊火に向けられるが、顔面狙いの凍結を後方に倒れ込むことで回避。

 仰向けに崩れた不安定な姿勢からギプスの右足だけが不自然に跳ね上がり、ボッ!! という噴射音と共にかかとの部分から青白いジェット噴射を起こす。

 ギプスの右脚が凄まじい推進力を受け、轟の右ひざを外側から叩き折った。

 

 轟が激痛で叫ぶ。そしてそのまま全方向に凶悪な氷結と熱波がまき散らされた。

 

『嘘だろ本当は歩けんのかよ!?!?!?!?!?!?!?!!? 怪我がそもそも嘘だったのか!?!?!?!?!?!?!?!!? 殻木霊火、突如車いすから立ち上がり魂のインファイトォォォォ!!!!!!!!!!!!』

 

『いや怪我が嘘というのは絶対にない。 あいつの怪我は切断一歩手前だった。……という事はあのギプスか……』

 

『ギプスに何かが仕込まれているってわけか!!!!』

 

 重さ90キロ超。

 合金製で、中に役立たずの肉を詰め込めるようになっているだけの義足。

 ヒールジェット機構とジャイロ姿勢制御機構を内蔵した、相手を蹴り殺す事を主目的とした極めて攻撃的な”ギプス”。

 刃物を仕込まなかったことだけが良心の極悪仕様である。

 

 距離を取った霊火の前で轟は未だに戦意を失わず、その両の手を構えていた。

 ”何か”来る。直撃すれば負けると直感する霊火だが、その肝心の技の発生が遅い。集中できていないのだ。

 

 それもそうだ。彼の右足は90キロ超の金属塊に叩き潰され紙切れのようにペラペラになっていてもおかしくない。そして膝関節も真横から叩き折られている。

 凍結で外部から覆って無理やり立ち続けているが、USJで脳無にやられた時の霊火と同じように気絶してもおかしくない、強烈な激痛のはずだ。

 

 そんな轟の身体が、無人の車いすに突き飛ばされて横っ飛びに吹っ飛んだ。

 右側からの一撃。氷の壁を作り自分の身体を止めることで場外だけは免れるが、障害物競走の時の右脇腹や蹴り砕かれた右脚に更なる追撃が加わる。

 

『車いすが凍結を自力で溶かして轟に体当たり!!!! ご主人様のピンチを救いに突撃!!!!』

 

『競走の時に見せた凍結対策だな。 上に殻木が載っていないから遠慮なく発熱できる』

 

 実は車いすの制御機構は3つあった。

 足元のペダル、アームレストの触覚センサー。

 そして霊火のグローブだ。ハンドサインで車いすに遠隔で指示を出せる仕様になっている。

 

 実は騎馬戦で騎手の立場から車いすだけ遠隔操縦なども出来たのだが、緑谷のおかげで温存できた。

 

 それでなお、足りない。

 

(いい加減気絶してよ!?!? いつまで立っているつもりなの!?!?)

 

 もう接近戦は出来ない。あれは初見しか通じない一回きりのカードだ。

 彼の”個性”の出力からして、意表をつけない通常のインファイトでは全身火だるまか全身氷漬けで負ける可能性が高い。

 

 そして轟は未だに戦意を失っていない。手負いのヒーローこそ最も恐ろしい。

 全身ぼろぼろで意識すらもハッキリしていないだろうに、彼はもう一度その腕を構えてみせたのだ。

 

「……っ!!!!」

 

 ならば追い詰められているのは実は少女の方だ。その手札が尽きる前に必ず勝ちを確定させなければならない。

 霊火の元に呼び戻していた車いすが、走りながらそのシルエットを崩し始める。

 

 ジャコンという鋭い音を立てながらパーツが次々と変形。

 それは霊火の左腕へと飛び込むように移動し装甲のように巻き付いていく。

 

 ガシャガシャという機械音と共に無数の部品が精密に組み上がっていく。

 車輪は展開して装甲となりフレームは再構築されて巨大な腕のフォルムを形成する。

 超圧縮技術の、更に応用。

 生命体のように滑らかな変形のその意味と、その技術的価値に気が付いた者はこのスタジアムにどれほどいるのだろうか。

 

 変形が完了する瞬間、組み込まれていたLEDが一斉に穏やかな青から鮮烈な赤へと変化した。

 

 そして何らかの大技を放とうとする轟に向けて、霊火の巨大な機械の腕が後方に引き絞られる。

 

 これが最後。正真正銘の奥の手。

 霊火の悪趣味が存分に反映された車いすが持つ最大打点。

 姿勢制御機構とロケットエンジン4基でもって、大質量を超高速でぶつける物理技。その名も……

 

「デトロイトォ……」

 

 威力は【オールマイトの全力攻撃】程度。

 右脚のギプスと接続して姿勢制御を行わなければ、反動で霊火の身体が吹っ飛ぶ全力の技。

 純粋な工学技術でオールマイトの一撃の再現をするという極めて不遜で悪趣味なコンセプト。

 

 そして霊火の正体を知る者ならば思わず笑ってしまうような、ブラックジョークに溢れた霊火の趣味全開の一撃だった。

 

「スマッシュ!!!!!」

 

 対する轟から放たれたのは、冷やされた空気を熱で爆発的に膨張させる大規模攻撃。

 真正面から両者の攻撃が激突する。直前でセメントの壁が何枚も展開されるが、その程度では止められない。

 

 轟音と共に巨大な爆発が起きた。

 ステージ全体が蒸気と煙に覆われる。

 観客の視界が完全に遮られ、場内にはどよめきが広がった。

 

『なんてぶつかり合いだ!!!!! なんだこれ!?!?!? 煙で視界が……!!!!! おいこれ勝負はどうなった!?!?』

 

 風が吹き、徐々に煙が晴れていく。

 ステージの様子が明らかになっていった。

 

 そこに立っていたのは、ただ一人。殻木霊火だった。

 轟は場外に倒れ込んでいる。彼の一撃は霊火の前に敗れ去ったのだ。

 

「……っ!! 轟君場外!!!! 勝者、殻木霊火!!!!!」

 

 (……反動対策がそのまま活きたし。それにしても初見殺しを5個ぐらい重ね掛けしてようやくか……)

 

 ゆるふわミディアムのプラチナブロンドが風に揺れる。

 周りを見回してみると、物凄い歓声と拍手だった。少女は少々照れ臭そうに髪をかき上げると、ふと何か悪い事を思いついたような笑顔になる。

 

『……っっ!!! 殻木霊火!!!! その機械の左腕を天に高くつきあげて勝利のスタンディング!!!!!!!!!!!! オールマイトリスペクト!!!!!!!!!!!! 完全な”無個性”で……開発したアイテムだけで轟焦凍に勝ってしまった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 スタジアムに実況の声が響き渡る。

 霊火はハンドサイン1つで機械の大腕を車いすの形に組みなおすと、身を投げ出すようにそれに座る。凍結対策の余熱でまだ熱かった。

 視界の端でエンデヴァーの後ろ姿を見つける。どうやら帰ってしまうらしい。

 

 霊火はステージの端に車いすで寄ると、倒れる轟を見下ろした。

 

「……まだ意識があるの? 頑丈だね?」

 

「………………………………」

 

「敗者には語る言葉もないって感じなのか、それともお前とは口も利きたくないって感じなのかよく分からないけれど、返事ぐらいはしてくれない?」

 

 轟はただ痛そうに顔を顰めた。

 霊火に破壊された右脚が酷いことになっている。別にこっちも狙った訳ではないのだが霊火とお揃いだった。

 

「……俺は全力を出した」

 

「私が『治癒』を使えない事なんてお構いなしだったね。あなた達と違って骨折とかしたら普通に数か月治らないんだよ?」

 

「それは殻木の責任だ……。 ……とにかく俺は、まだまだ弱かったって事だ」

 

「もしかして自分を最強だと思ってた?」

 

「言われてみればそういう所もあったかもしれねえ。 ……氷だけで一番になるなんて、冷静になって考えれば少し無理がある話だ」

 

「まあなんにしても」

 

 少女はため息をついた。

 他所の家庭に首を突っ込まないのが霊火のポリシーなのだが、まあこれぐらいならアドバイスの範疇だろう。

 

「話してみなよお母さんと。私と違ってまだ生きてるんでしょう? 今話してみたら案外、昔は見えなかったものも見えてくるかもしれないよ?」

 

「……殻木は……」

 

「別に隠してるわけじゃないし。私は孤児だからほら……お母さんっていう存在は良く分からないけれどさ、血を分けた親って多少は通じる物があるものなんじゃないの? その人も貴方に、何か伝えたいことがあるかもしれないよ?」






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