殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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033:いい湯だな

 実は霊火が『OFA』の危険性に気が付いた理由は、緑谷に語った理由とは全く異なっていた。

 

 正直オールマイトの言う”四肢の爆散”の話の出所はいくらでも考えられる。

 

 普通の感性でも『オールマイト並みのパワーを中学生に渡す』ようなことをしたら、受け取り手が爆発でもしちゃうんじゃないかと考えるのは自然な流れと言える。

 オールマイトもそう思い、出会った頃の緑谷にそのように説明しただけの話かもしれない。というより霊火はその可能性が一番高いと思っていた。

 

 そして『小さな世界』を使ってきた霊火は、もっと直接的に『OFA』の危険度を感じ取っている。

 これは”個性”特異点の話にも繋がるが、大前提として人間の身体はあまり強い”個性”を受け入れるように出来ていない。

 『検死官』はそれを、数値とデータを以て説明できる。その上で『OFA』は危険と判断しているのだ。

 

 霊火の目算では『OFA』は相当強めの第8世代水準の”個性”だ。

 これは既に人の身体で受け入れる限界をかなり超えてしまっている。

 具体的には”あんまり無計画に力を振るうととんでもない副作用が起きるライン”なのだ。

 

 だからこそ緑谷にはその危険性を再認識してもらいたかったし、霊火もきちんと調べたかった。

 

 つまり緑谷に語った「四肢の爆散」についての説明は、言わば後付けのものなのだ。

 霊火が感じた危険性をそのまま説明することができなかったため、代わりに利用した些細な疑問点に過ぎない。

 

「という訳で今から調べに行くつもり。出久くん今から外泊許可取れる?」

 

「今から!?!? そんなの流石に……」

 

「……出久くんが取れなかったら一人でやるしかないね。私、貴方の為に一人で頑張るから出久くんは帰っていいよ。今日は付き合ってくれてありがとう……それじゃあ帰りの分のタクシー代を渡すからそれで帰ってね。寂しいけれど……うん。それじゃあ明後日の学校でまた」

 

「ちょ!! ちょっと待って!!!! 頑張ってみるから……!!」

 

 そう言い残して、緑谷がスマホを持ってリムジンの外に出ていった。

 

 しばらくたって再び霊火の元に帰ってきた緑谷は少し憔悴していた。

 白い革張りシートの上の悪女は、それを見てニヤニヤと笑う。

 

「どうだった?」

 

「何とか……お母さんには友達と体育祭の優勝パーティーがあるから泊まるって感じで……」

 

「……優勝パーティー? ここで一緒にやろうか?」

 

 ――――――――

 

 リムジンの中はパーティー会場と化していた。本来の使用用途でもある。

 

 車内のテーブルの上に様々な料理が並べられていた。

 高いピザ、美味しそうなカツ丼、そして中央には「体育祭優勝おめでとう」と霊火が書いたマジパンプレート付きのチョコケーキが鎮座していた。

 

「い、いいのかな……お金、全部霊火さんに払ってもらっちゃったけど……」

 

「このリムジンのレンタル代8時間20万円だからね? 延長料金なんてもっと高いしこれぐらいは誤差だよ」

 

 霊火は裏稼業の他に投資もしているため、基本的に金持ちだ。

 そっちもガチガチのインサイダー取引のため、どちらにしても汚いお金ではある。

 

 ディスカウントストアで買ってきた雑な飾りつけを適当に車内にくっ付けて霊火は頷いた。

 

「よし、出久くん、写真撮るよ!!」

 

「え? なんで?」

 

「何のために飾りつけしたと思っているの? 貴方のお母さんに送る用!! ほら、何か参加者沢山いる風で……」

 

 二人でテーブルの上にお菓子のゴミを散らしたり、飲みかけのジュースを置くなどの小細工をする。

 そしてスマホのカメラで景色を上手いこと切り取って、多人数でパーティーをしている感じの写真を撮った。

 ケーキがちょっと小さい等の違和感は”リムジンでパーティー”というインパクトで掻き消せるだろう。

 

 霊火は横から緑谷のスマホを覗き込んでクスリと笑った。

 

「いいんじゃない? 物凄くパーティーしているように見える」

 

「……こんな嘘ついてもいいのかな……」

 

「出久くん、お母さんに”個性”の説明を『超パワー』が生えてきたで通しているんでしょ? そこは今更じゃない?」

 

 緑谷との自撮りを自分のスマホで撮ろうと身体を寄せながら、少女はそんなコメントをした。

 

 殻木家は親子の仲の悪さはある意味轟家を超越しているため、その程度の嘘では罪悪感なんて感じなかった。

 もっとも霊火とドクターはある意味緑谷家以上に仲良くもあるのだが。

 

 そして少女は「はいチーズ」とパシャリ。

 研究された角度で完全な笑みを見せる霊火に対して、画面の彼はやや不意を突かれながらも自然な笑みだった。

 

 少女は画面を見て不思議そうな顔をすると、緑谷に写真を見せながらこう切り出した。

 

「出久くん……私相手に全然緊張しなくなったよね」

 

「え!? う……うん。僕にとって霊火さんは特別だから……」

 

「……そうなんだ」

 

 勝手に緩む頬を抑える。特別という言葉の響きが良すぎた。

 ただ、本当に喜んでいい”特別”なのかは少し判断に困るところだった。

 

 とはいえこの部分を深掘りするのも怖い。

 現状、緑谷と霊火の関係は物凄く仲のいい友達といった関係性だ。あんまり突っついてこの関係を壊してしまうのも怖い。

 

 というかもし緑谷に『………霊火さん僕の事をそんな風に思ってたんだね。気が付けなくて本当にごめん。これからはちょっと距離を置こうか……』なんて言われたら勢い余って退学してしまいそうだ。

 

 臆病な霊火はチキンを口に咥えながら、資料の中から目当てのコピーの束を引っ張り出して話を変える。

 

「ああおいあう、おえ(まあとにかく、これ)」

 

 少女が取り出したのは本のコピーだ。秘湯探索家として知られる山野湯治氏の著書『秘湯を求めて』(絶版)の一部分をコピーした物である。

 他の資料は当時の新聞や雑誌などのコピーばかりなので、その紙束は少し目立つ存在だった。

 

『深い山の中を歩いていた。周囲には杉の巨木が立ち並び足元には苔むした岩が点在している。時折聞こえる鳥の声以外は静寂が支配していた。私は地図を確認しながら、伝説の秘湯を探して山道を進んでいた。曰くこの山には江戸時代の古文書に一度だけ記された秘湯があるという。その「玉鏡の湯」と呼ばれるその温泉を探して、私は三日間山中を歩き回っていた。地元の古老が「そこには誰も行かない」と言っていた場所だ。その理由は誰も語ろうとしなかったが、おそらく道に迷うからであろう。獣道のような細い道を2時間ほど歩いた頃、不意に背筋が凍る感覚に襲われた。誰かに見られているような気配。振り返ると、杉の幹の陰からボロボロの道着を着た一人の男が私を見つめていた。

 

 

 

その男の顔には、まるでガラスが割れたような筋が走っていた。ヒビ。そう表現する以外にない。

 顔の左半分を走る深い亀裂は、生きた人間のものとは思えなかった。

 

「ここまで何をしに来た」

 

 かすれた声が響いた。男はじっと私を見つめている。

 どういう訳か、彼は私を非常に警戒しているようだった。

 

「温泉があると聞いて……」

 

 男は不意を突かれたようで、無言で私を見つめた。

 しばらくの沈黙の後、男はゆっくりと立ち上がり、私に背を向けて歩き始めた。

 

 私は迷うことなくその後を追った。藪をかき分け、岩場を越え、まるで迷路のような山道を60分ほど進んだ先に、一筋の湯気が立ち上っていた。

 

「頼みがある。あと15年は、ここの事を誰にも教えないでくれ」

 

 男はそう言った。私が黙って頷くと、男はまた山道へ戻っていった。

 あれから15年。ようやく私はこの話を書き記すことができる。あの日の湯は、生涯忘れられないほどの素晴らしさだった。濁った湯面に映る空、岩肌を伝う清らかな湯、そして何よりこの上ない静寂。湯に浸かっている間、時間が止まったかのような感覚があった。水温は42度前後、微かに硫黄の香りがし、湯上りには体が芯から温まっていた。約束は守った。それにしても、あの日見た顔面にヒビの入った男の姿は、今でも鮮明に覚えている。年若いはずだが恐ろしく老いた印象の、しかし力強くもある不思議な男だったのだ。』

 

「分かっていると思うけれど注目すべき所は温泉じゃないからね」

 

「この”ヒビの入った男の人”が四代目って事だね」

 

「うん、五代目との繋がりも見つかっているし、何より顔面にヒビの入った男の人をバレンタインの電車で見たんでしょ? それじゃあ確定だ」

 

 少女はケーキを切ろうとしてナイフが無い事に気が付いて眉を顰めた。

 仕方ないのでフォークで切り分ける事にする。

 そして紙皿を準備する緑谷に対してこう続ける。

 

「それじゃあ一回確かめに行ってみよう。 せっかくここまで詳細に書いてくれたわけだし、四ノ森避影の痕跡を探しに行ったら何か分かるかも?」

 

 ――――――――――

 

 山間の、小さめのフードコートとお土産屋があるサービスエリア。

 夜の8時を指す大きな時計の下のフードコートの窓際の席からは、深い谷とその向こうに連なる山々が月に照らされていた。

 

「でも霊火さん、どうやってあの文章を見つけたの? 当時の新聞とか雑誌からならとにかく、絶版の本から四ノ森さんを見つけるのって物凄く難しそうなんだけど……」

 

「四ノ森避影があまり表舞台に立っていない事が分かった時、だったら何をしていたのかな? って思ったの。それで、もしかしたら『OFA』を鍛える為の世代と割り切ったんじゃないかと予想して、それじゃあ『AFO』から隠れることも兼ねて孤島か山に籠ったと当たりをつけて、当時の紀行文とかを探してみた感じだよ」

 

「す、凄いね……霊火さんだとそんなところまで分かるんだ……」

 

「私の勘とか運が良いって訳じゃなくて、一つの当たりの裏で沢山の空振りがあるの。例えば当時の探し人系の名簿を確認してみたり海外の日本人みたいな本を見てみたりね。私は沢山の試行の中の、数少ない成功例をお出ししているだけ。何事も母数だよ出久くん。後は資料を見るスピードをどれだけ早められるかなんだけど……」

 

 緑谷と霊火の目の前にはそれぞれ山菜そばが置かれている。昼がパーティーで重めだったため夜ご飯は軽めだ。

 温かい出汁の湯気が立ち上り窓ガラスに小さな曇りを作っていた。フードコートには長距離トラックの運転手や、観光バスから降りてきた団体客が行き交っている。

 

「うーん……私たちもう有名人だから、見つかったらちょっとめんどくさいね」

 

「……そういえばネットニュースで、霊火さんと僕の関係性で特集されてるのを見たんだけど」

 

「ああ、うん。観客から見たら中学からの仲良し男女が準決勝の舞台で最後はお姫様抱っこだもんね……そんなの見せられたら私だって気になるし……。え、それじゃあ今の二人で旅してる状況を見られたら無限に誤解を加速させる可能性がある?」

 

「僕はまあいいんだけど、霊火さんに迷惑かけちゃうのは嫌だな……」

 

「私も別に構わないから気にしないでいいよ」

 

 ――――――――

 

 夜の10時を回った頃、自動販売機とトイレぐらいしかない小さなパーキングエリアに全長8メートルものリムジンが滑り込んでいく。

 建物の外灯が月明かりに混ざって、アスファルトの上に薄ぼんやりとした光の輪を作っていた。

 

 駐車場の端、灯の届かない暗がりに停車した黒い車から、二つの人影が降りた。

 

 緑谷出久が後部のトランクを開けると、大型の楽器ケースのような物が収められている。

 それなりの重量のはずだが彼は軽々とそれを持ち上げ、アスファルトの上に置いた。

 

 彼は霊火に聞いた。

 

「霊火さん……これなに?」

 

「魔法の箒」

 

 霊火は含み笑いを漏らした。

 不安そうな緑谷を無視して黒い楽器ケースのファスナーを開くと、中から一つの大型機械が姿を現す。

 

 少女の言う通り、一見すると箒のシルエットだ。

 それは明らかに普通の箒ではなかった。全長およそ2メートル、メインシャフトはつや消しの合金で、所々に青く光るLEDが埋め込まれている。

 グリップ部分には精密な機械仕掛けが露出し、そして何より後ろには大きな推進器が取り付けられていた。装置の側面には『WITCH-01』という刻印が確認できる。

 

 緑谷出久がもっと丁寧にその飛行機械を観察していれば、その背面に『Amaryllis』と刻印されていることに気が付いたかもしれない。

 

「ちょ、ちょっと霊火さん!?!? まさかだけど、これに乗って飛んでいくって訳じゃないよね!?!?」

 

「歩いて行って遭難したら大変じゃん。念のため持ってきて良かったし、絶対こっちの方が移動手段として優秀だよ?」

 

「これ法律とか大丈夫!?!?」

 

「50個ぐらいは無視しているかな……」

 

 霊火が鬼火を出現させて灯をともすと、大型の機械は腰ほどの高さまで浮き上がった。

 少女はリムジンでまとめた大きなバッグを箒の金具に固定する。ちょうどぶら下がるような位置だ。

 

 グリップ部分を握り込んでレバーやスイッチを操作すると、フォン……という音と共に全体のLEDが点灯した。

 更に後部の推進器がヴヴヴヴゥゥゥンンン!!! と低い音を発し始める。

 

「システムオールグリーン……出久くんも来てくれるよね?」

 

「え、えっと……」

 

「私の後ろに座ってね。横座りの方が良いと思うけど、跨りたいならケースから専用クッションを持ってきて」

 

 少女は慣れた様子で“箒“に横座りし、彼を手招きする。

 霊火のペースに完全に飲まれた少年は恐る恐るといった感じでケースから取り出したクッションをシャフトに固定し、慎重にその上に跨った。

 

「前に乗る私を抱え込む感じで、私の前方のシャフトを両手で握ってね」

 

「えっ……ちょ、ちょっと待って……!! どこに手を回せば……!!」

 

「女の子に触れないように紳士ぶるのはいいけれど、見て分かる通りシートベルトも安全バーもないからバランスを崩せば普通に落っこちるよ。胸に当たっても怒らないからちゃんと掴まって」

 

……っ!?!?!?!??!?!?!?!

 

 緑谷の中で何やら強い葛藤があったようだが、最終的に彼は霊火を腕の中に収める形でしっかりシャフト部分を握り込んだ。

 何事も命には代えられない。安全は道徳心や羞恥心に優先するのだ。

 

 操縦席に座る小さな魔女は、歌うようにこう宣言した。

 

「We are now ready for departure. There are no seat belts on this aircraft, so please balance at your own risk.(まもなく離陸します。当機にシートベルトはございませんので、自己責任でバランスをお取り下さい。)」

 

「ごめん今霊火さん自己責任(at your own risk)って言った!?!?」

 

「We hope you will enjoy your night flight with us. Thank you.(それでは、快適な夜間飛行をお楽しみください)」

 

 箒が小さく震え、放つ光が一斉に黄色に変色する。

 緑谷が一層強く霊火を抱きしめると同時に、彼らの体が地面から浮き上がる。

 

「うわっ!」

 

「耳元で叫ばないでくれない? しかも貴方の幼馴染に潰されている方……」

 

 少年の驚きの声が漏れる中、箒は一気に上昇。パーキングエリアの灯りはみるみる眼下に遠ざかっていく。

 

 十分な高度を確保した”魔法の箒”は、今度こそ後方の推進器によって前方に加速を開始する。

 霊火のプラチナブロンドのセミロングが夜風になびき緑谷の頬を優しく撫でた。

 

 今回霊火が持ち出した『死因』を使った飛行装置は、更なる動力源や姿勢制御装置を組み込んで複数人の運搬や高速飛行を実現したモデルだ。

 3年近く前に作ったにもかかわらず全く壊れないこの機体は飛行時の安定性も高い。後ろに誰かを乗せての飛行は初めてだったがどうやら問題無いようだ。

 

 そして夜間飛行の魅力は、何といっても輝く月や煌めく星々だ。

 飛行のショック状態から抜け出し、そして暗さに目が慣れてきたらしい緑谷は、満天の星に気が付き感動したように周りを見回した。

 

「す、すごいよ霊火さん!! 月が綺麗だ!!!!」

 

「……っ!!!!!!!!」

 

 死んでもいいわって返してやろうかと思ったが、ギリギリの所で自制する。

 緑谷はビックリするほど鈍感ではあるが教養が無いわけではない。普通に伝わってしまう可能性があった。

 

 ……もしかして全部分かったうえで揶揄われているんじゃないかと一瞬思った霊火だが、緑谷に限ってそれは無いと思い直す。

 そして実を言うと小さな魔法少女にはそれほど余裕が無かった。

 

「あ、霊火さん高所恐怖症は!?!?」

 

「普通に泣きそうだから話しかけないで!! ちゃんと私を抱きしめてて!!!! 落っこちたら絶対に受け止めて!!!!!! 本当にお願い!!!!!!!!」

 

 ――――――――――

 

 当たり前だが『秘湯を求めて』の筆者は温泉を求めているため、その地図には温泉の位置が載っていた。

 つまり四ノ森避影の住居(?)を見つけるよりも先に温泉を見つける流れになる。

 

 そして山中を彷徨う山野氏は3日迷ったかもしれないが、空からアプローチをかける霊火たちにとっては山肌に浮かぶ白い湯気は分かりやすい。

 

 見事な乳白色の温泉だった。

 湯気が月光を受けて幻想的な光の帳を作り出し、無駄に神秘的だ。山の精でも出てきそうな雰囲気だった。

 

「もうやだ……もう二度と飛ばない……」

 

「帰りは頑張って欲しいな……」

 

 足腰に力が入っていない霊火を支える緑谷は、秘境の温泉に素直に感動しているようだった。

 そして少年は周りを見回して思ったことを口に出す。

 

「誰かが整備した跡がある……? 四ノ森さんかな?」

 

「私もそう思う。 記録によると4代目は山奥で仙人みたいな生活をしていたみたいだけど、お風呂事情だけは誰よりも贅沢だったみたいだね」

 

 彼女は岩場に施された簡素な石組みを指差した。

 苔むした石段は何十年も前に作られたもののようだった。人の手が加えられているとはいえ自然との調和を乱さない、慎ましやかな造形だった。

 

 霊火は湯気の立ち込める源泉に近づき、彼女は目を閉じて軽く息を吸い込む。

 

「硫黄...それに重炭酸...鉄分も若干...ph値は弱酸性かな?」

 

「……霊火さん、もしかして最初からここに入るつもりだった?」

 

「右脚の治療に効くかなって。……まあ、巷で言われる温泉の治癒能力ってあるんだかないんだか」

 

 効果があると信じるしかない。

 霊火も温泉に傷を癒す効能は無いわけでも無いと思うが、実際に条件を整えて効果を測定するというのは気が進まなかった。

 ちゃんと測ってみたら思ったよりも効能は小さいとか、むしろ逆効果だったとかの実験結果が出てガッカリする未来が普通に見える。

 

 温泉に入る事による精神の余裕が治癒力を向上させるぐらいに捉えたほうが丸いだろう。

 

「先に四ノ森避影の住居を探してみましょう? そう遠くはないと思うよ」

 

―――――――

 

「霊火さん。ここ……」

 

 緑谷は山肌に開いた大きな洞窟の入り口を指差した。

 月明かりが岩肌を照らし、洞窟の口が巨大な獣の顎のように不気味に開いている。

 

 洞窟の周囲には、人が暮らしていた痕跡が散在していた。錆びつきすぎて原形が無い工具、ほぼ朽ちた木材、風化した布の欠片といった具合だ。

 

「……この感じだと私の推測が当たってたかも。 『OFA』の訓練説が正解じゃない?」

 

 周りには巨大な岩が幾つも割れて転がっている。

 その割れ方は不自然で、明らかに人為的な力が加えられたことを示していた。というか岩の表面に拳が叩き込まれた衝撃痕が残されていた。 

 

 洞窟の内部に足を踏み入れると空気が一段と冷たくなる。

 緑谷が拾い上げたのは古びた茶碗の欠片だった。苔むした地面には他にも日用品の残骸が埋もれている。

 

「……ん~、日誌とかは残ってないか。年月が年月だから期待はしていなかったけれど……」

 

 洞窟の天井を見上げると、そこにはかつて四ノ森避影が使っていたと思われるランプの金具が錆びついたまま残っていた。

 

 霊火はこっそり『死因』でサーチするが、どうやら四ノ森避影はこの近辺で死亡した訳ではないらしい。

 当てが外れた。四ノ森はここではないどこかで死んだのだろう。

 

(……仙人みたいな暮らしって事は”自然と共に朽ちる”みたいな死に方かと思ったんだけどな……これはこれで、どこかの病院や警察に記録が残っているかもしれないけれど……)

 

 2人で洞窟から出る。

 キャンプ用の懐中電灯を掲げ、霊火は目を伏せてこう切り出した。

 

「これで4代目が修行をしていたって所までは間違いなさそうだけれど……ちょっと空振り気味だったかな。もっと色々見つかると思ったんだけど外しちゃった、付き合わせちゃってごめんなさい……」

 

「いやいやいや!!!! 僕にとっては先代たちの足跡を直接見れるってだけで凄い経験だよ!!!!」

 

 しょんぼりとしてしまった霊火を見て緑谷は慌ててフォローする。

 霊火は苦笑すると話を続けた。

 

「……四ノ森については後からオールマイトに相談してみましょう。……さっさと温泉に入って撤収しようか?」

 

「わ、分かった。 それで温泉どっちから先に入る?」

 

「え、一緒に入るつもりだったけれど」

 

「…………………………え!?!?!?!?!?!?!? ま、マズいよそれは!!!!!!!!

 

ち~が~う!!!! 水着着るの!!! ディスカウントストアで水着買ったの忘れちゃった!?!? 硫黄系の温泉って湯あたりしやすいの!!!! こんな山の中で倒れたら洒落にならないし、もし片方ずつ入ってどちらかが調子悪くなったら、救出する時に相手が裸で凄い困るでしょ!!!!」

 

 ――――――――――――

 

 そんな訳で水着に着替える時だけ木陰で、一緒に温泉タイムだった。

 

「良く考えると水着でもあまり良くないと思うんだけど……」

 

「水着なんて学校でも何処かで見る機会あるでしょ。それにほら、ナイトプールみたいな物だと思えば……」

 

 霊火は色々台無しな例えで緑谷を納得させにかかる。

 

 そんな霊火の水着は黒のワンピース型水着だ。さっきディスカウントストアで急いで買った安物で、デザインの主張は控えめ。

 肌の露出を最小限に抑えたものだった。しかもちょっとオーバーサイズだ。

 

 因みに霊火は湯に浸かった瞬間に湯当たりの気配を感じ、タオルの上に腰を下ろして足湯に移行済みだ。

 オマケに普通に沁みて痛かった右脚は湯から出しているので、温泉に来た意味の大部分は既に消失していた。

 

 見逃されがちな要素だが、湯治するにはまず湯に浸かる体力を必要とするのだ。

 

「“自らをも破壊する超パワー“ねぇ……」

 

「な、なに? 霊火さん?」

 

 普通の黒のサーフパンツの緑谷をみて、霊火はボソリと呟いた。彼の鍛え上げられた身体には“個性“を全力で使った反動の古傷が残されている。

 そして緑谷の方は先程から同学年の女の子が水着という事実より、霊火の右脚の痛々しさに気を取られている感じだった。

 

「いやあ、選択肢があるのも考えものだなって。それがあるせいで、出久くんはいざという時は市民を守るために自分が傷付かないといけない訳でしょ?」

 

「う、うん。でもヒーローってそういうもので……」

 

「だからこそ出来ないものは出来ない方が幸せな気がするんだよね。 だって私はそういう展開になっても、出来ないからやらないという選択が取れるわけだもん。……まあ貴方は“出来ないけどする“パターンもあるけれど」

 

「そうだね……でも『OFA』はしっかり扱えれば何でも出来るようになる力だ。だからこそ僕はもっと頑張らないとダメなんだ」

 

「……ああ、なるほど。そこね」

 

 霊火は静かに息をついた。

 

 緑谷はギョッとしたように霊火を見る。

 黒のワンピース水着に身を包んだ、造り物のような美少女。

 その大きな瞳に刹那、緑谷出久は底無しの闇を垣間見る。

 

 固まる緑谷に気が付かず、少女は続ける。

 

「なるほど見えてきたよ全ての問題点が。目に付く人々の全てを救うことができるスーパーヒーロー。私はそこをしっかり考えるべきだった」

 

「霊火さん……?」

 

 少年が呆然としたまま殻木霊火を見ていると、少女はハッと我を取り戻して顔を赤くした。

 

 ワンピース水着の胸元の布を掻き集めて持ち上げ、ギュッと身を縮めながら少女は震える声で抗議する。

 

「あんまり見ないで……。ここのサイズが合う水着がなかったの。布が余ってゆるゆるで……!!」

 

「ちっ違っっっ違うよ!?!?!?!?!?!?!?!?!!!?!?!?!?!?!」

 

 ――――――――

 

 霊火の『OFA』仮説

 

 殻木霊火は『摂生』や『雲』で精神に影響が出た。

 

 それと同様に、緑谷出久も『OFA』の継承で精神に何らかの変調をきたしているのでは。

 

 彼が元々持っていた人助け癖、自己尊重の欠落、その他の“ヒーロー性“が更に後押しされてしまっている可能性はないか。

 

 それぞれの時代の英雄たちに受け継がれて来た『OFA』には、受け取った者の精神を英雄にしてしまうような性質が隠されているのではないか?





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