殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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第4章:職場体験編
034:ヒーロー名


 体育祭から二日後、振替休日を終えての登校の朝は雨だった。

 

 緑谷と霊火はつい昨日の夜に帰宅したばかりだ。帰り際に観光などをして、色々と充実した休日だった。

 そして本日は霊火の強い希望で二人で一緒にタクシーで登校することにした。

 なにしろ霊火の脚が本調子ではないので悪天候の中を歩きたくなかったのだ。

 

「君たち、体育祭見たよ!  すごかったねぇ……!! それにしても君たち本当に二人で登校してるんだね」

 

「私たちご近所さんなんです!! だから仲が良くて……」

 

 タクシーの運転手がバックミラー越しに話しかけてくるので霊火は他所向きの笑顔で対応する。

 普通に電車を使ったらどれぐらいの人に話しかけられていたかと思うとげんなりした。

 

 雄英から少し離れたところで降ろしてもらい、それぞれの傘をさして歩き始める。

 しばらく経って、二人の背後からバシャバシャと足音が近づいてきた。

 

「遅刻だぞ緑谷くん!! 殻木くん!!」

 

「遅刻ってまだ予鈴5分前だよ?」

 

「雄英生たるもの10分前行動が基本だろう!!」

 

 カッパに長靴装備のB組学級委員長が話しかけてきた。

 A組にはあんな委員長委員長した人がいないなと思いつつ、先ほどのタクシーの運転手対応に疲れた霊火は緑谷に対応を任せる。

 A組委員長の取蔭切奈はもっとサラッとクラスをまとめるタイプだ。どっちの方がいいとかは無いが。

 

「あ……」

 

「兄の件なら心配ご無用だ。 要らぬ心労をかけてすまなかったな」

 

 緑谷が何かに気が付いた素振りを見せると、飯田天哉はそう言って霊火たちの元から去って行った。

 

(……ヒーロー殺し『ステイン』、インゲニウムは殺しまではしなかったって情報が入って来たけれど……)

 

 霊火はステインの事件の鬼火も多数収集しているが、あの(ヴィラン)の目標判断基準はあまりにも極端だ。

 個人的にもインゲニウムは良いヒーローだと思っていたのだがステインのお眼鏡には適わなかったらしい。酷い怪我で復帰は難しいとのことだ。

 

 ……霊火はステインのお陰で”面白い”鬼火を複数手に入れられたが、実際に知りあいの身内に被害者が出てしまうとやはり複雑な気分だった。

 これからステインに限らずこのような機会がもっと増えてしまうかもしれない。

 

「それにしても飯田、あんまり良くなさそうだね」

 

「えっ!? そうかな……思ったよりも大丈夫そうだなって思ったんだけど……」

 

「……そうだね」

 

 ”いつか道を踏み外す目をしていた”というのが霊火の正直な印象だったが、黙っていることにした。

 

 教室に入ったら霊火たちが何も言う間もなく、クラスメイトが話しかけてくる。

 

「緑谷!! 殻木!! ここまでどれだけ話しかけられた!?!?」

 

「おはよう芦戸ちゃん。私たちタクシーで来ちゃったからあまり話しかけられなかったの。でもタクシーの運転手さんには話しかけられたよ」

 

「ちょっと待って2人で一緒にタクシーで!?!? どういう関係!?!?」

 

「何度も言ってるけど私たちは友達だよ? ね?」

 

「うん、そうだよ芦戸さん……!! 僕たち互いに何とも思ってないから!!

 

 朝から緑谷の援護に背中を撃たれて大ダメージを受ける霊火だったが、鋼の意思で笑顔は崩さなかった。

 心で泣いていても顔では笑っていないとダメな瞬間が、女の子にはあるのだ。

 

 因みに、四ノ森ツアーの帰りのリムジン内で緑谷と同じ空間で一緒に寝る機会があったのだが、もちろん何も起こらなかった。

 ……ドキドキする霊火の近くで、緑谷出久は毛布を被ると速攻で眠りに落ちていった。

 絶対何もないだろうと思いつつも、覚悟だけはちゃんと決めてた霊火の気持ちを返して欲しい。もっとも初手で車内は流石にハードルが高すぎたと言える。

 

 それと霊火は身体が年齢に対してかなり未発達なため、万が一”その時”が来たら少々面倒な事になるのも事実だった。

 いくら心の準備が出来ていても体質的にいつでも来いという訳にはいかないのである。

 

 そもそも霊火に手を出すのは実は屍姦という話もあったり、この辺りは詰めると超面倒な事になる。

 峰田が霊火にイマイチ反応しない理由は案外この辺りなのかもしれない。これでも生物学的には完全に生きているのだが……。

 

 そして芦戸は霊火たちの反応に「え~つまんな~い!!」とか言い放ちやがった。

 

 その後一呼吸おいて、あれ? という顔をした。霊火の足元をじっと見つめる。

 

「……車いす卒業?」

 

「体育祭で使ってたあのギプスあるでしょ? あの廉価版だよ」

 

「凄ーい!!!! おめでとう!!!! 良かったね!!!!」

 

「ちょ、ちょっと待って抱きつかないで普通に本調子ではないからそう強く来られると」

 

 どんがらがっしゃーん! と。

 殻木霊火、『治癒』も効かないのに手首に大きめの打撲痕追加。

 

 ――――――――――

 

「おはよう」

 

「おはようございます!!」

 

 生徒全員がしっかりと自分の席に着いた教室に、相澤先生が入ってきた。

 

 霊火は右の手首を痛そうに抑え、その斜め前の席の芦戸は見るからにしょんぼりとしていた。

 相澤はちらりと二人の様子を見て後で事情を聞こうと思いつつ、話を続ける。

 

「今日の”ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ」

 

 ヒーロー情報学とはヒーロー関連の法律などの授業だ。

 霊火は苦労したことは無いが、それでもかなりめんどくさい方の座学ではある。

 

 ”小テストか……!!”とざわつく教室に向かって相澤はこう説明した。

 

「『ヒーロー名』……コードネームの考案だ」

 

「「「「胸膨らむ奴来たああああ!!!!!!!!」」」」

 

「というのも”プロからのドラフト指名”に関わってくる。指名が本格化するのは経験を積んだ2,3年から……つまり今回来た”指名”は将来性に対する”興味”に近い」

 

 沸き立つクラスを一睨みで黙らせながら相澤はそう前置きする。

 「卒業までに興味がそがれたら一方的にキャンセルなんてことも良くある」なんて世知辛い話をしながら、相澤はプロジェクターのリモコンを操作。

 

「で、その指名の集計結果がこうだ」

 

 ”A組指名件数”の棒グラフが黒板に映し出された。

 霊火の名前は……上から3番目だ。1番上が緑谷出久、2番目が轟焦凍なので霊火はこのクラスで3番目に多くの指名を受けたという事になる。

 

「えぇ……? 殻木、轟に抜かされてんじゃん!?」

 

「体育祭はあの車いすありきだったからね……だからそれを使えない私への評価の割には思ったよりも多いなって感じ。あ、上鳴、体育祭ではごめんね?」

 

「ウェ!? 今!?!? 今謝罪来る!?!? 大丈夫だぜ殻木、俺それはちゃんと分かってっから!!」

 

 良い機会だったので前の席の上鳴に謝っておいた。トーナメントでのあの煽りは霊火も一応悪かったとは思っているのだ。

 ……轟の指名数が多いのは流石だった。霊火だって霊火と轟で選べるのなら轟が欲しい。

 

 しかし上鳴にもそれなりに指名は来ていた。

 やはり”個性”が相当強力なのと物間に使われた時の大活躍の印象が強かったのだろう。

 

 物間VS爆豪の準決勝を霊火は直接は見られなかったが、映像で見た『帯電』『ポルターガイスト』『ダークシャドウ』を次々にスイッチして戦う物間の姿は霊火から見ても中々ド派手で面白かった。

 惜しむべくは『コピー』は”個性”の同時使用が出来ない事だった。それさえ出来たら霊火は全てに優先して”確保”をしていたのだが……。

 

「これを踏まえ指名の有無に関係なく、いわゆる職場体験って奴に行ってもらう。 ……一部の奴は一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りある訓練をしようってこった」

 

 相澤は霊火と緑谷の方をちらりと見た。USJ事件に巻き込まれたメンバーは既にプロの現場を経験している。

 

「まあ仮ではあるが適当なもんは……」

 

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!!! この時の名が世に認知されそのままヒーロー名になってる人多いからね!!!!」

 

 教室に18禁ヒーロー『ミッドナイト』が教室に入ってきた。

 相変わらずふざけたコスチュームだった。コスチュームでカバーすべき部位とカバーしない部位の選択が根本的におかしい。

 

「まあそういうことだ。将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まりそこに近づいていく……名は体を表すってことだ。『オールマイト』とかな」

 

(さてどうしようか……)

 

 霊火は配られた白紙のフリップを睨みつけながら、水性ペンを指先で弄ぶ。

 

 ヒーロー名どころか敵名の方を持っている霊火としては逆に悩む。

 どんなヒーローになりたいか? と言われても困ってしまうのだ。そもそも雄英卒業してヒーローになるというイメージがまず湧かない。

 異名でいうならば、何故か黒霧が固執する『アマリリス』という呼ばれ方が一番しっくりくるまであった。

 

(……アマリリスから真ん中を取ってアリスにでもしようかな)

 

 少女趣味すぎるしイメージ的に髪色を金髪から変えられなくなりそうだ。おまけに落下のイメージが強い名前でもある。

 

 霊火はひとしきり悩んだ末に、一つの名前を思い出した。

 

「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」

 

「あ、発表形式なんだ。それじゃあ私やります」

 

 霊火はA組で一番最初に壇上に出た。

 そして少女は、そのヒーロー名の書かれたフリップを掲げた。

 

【燐光ヒーロー 『カリン』】 

 

「カリンちゃん!! カワイくて覚えやすい良い名前ね!!!! 由来はあるの?」

 

「語感です」

 

「ゴカン!!!!」

 

 少なくともミッドナイトからは好評だった。クラスの反応も上々といった感じだ。

 教室の後ろの方の緑谷にパチリとウィンクしながら席に戻る。後はクラスメイトの発表を見守るだけだ。

 

「エイリアンクイーン!!!!」

 

「2!!!! 血が強酸性のアレを目指してるの!?!? やめときな!!!」

 

 霊火の後から謎の大喜利が始まった。

 早めに発表して良かったと思いつつ、少女は自分のヒーロー名が書かれたフリップをもう一度見る。

 

 ……語感というのは大嘘だ。理由はとにかく由来はある。

 

 霊火の”元の少女”は『戻橋(もどりばし) 火燐(かりん)』という名前なのだ。

 そして殻木霊火は、僅かな身元特定のリスクを許容してでもヒーロー名にこの名前を拝借したのだ。

 

 つまりこの名前にしたのは単なる遊び心で、いつもの悪趣味だった。

  

 ――――――――――

 

「『デク』ねえ……」

 

「ど、どうかな……? 霊火さんがどう思うかは聞いておきたかったんだけど……」

 

「……まあ覚えやすいし、その名前に貴方が意味を見出しているならそれが一番大切だと思うよ。 だけど同じ折寺中出身の私としては複雑かも……」

 

 放課後、オールマイトに呼び出されて仮眠室で待たされる霊火と緑谷の二人で話をしていた。

 緑谷の発表したヒーロー名は『デク』だ。あの爆豪の付けたあだ名である。

 フリップを掲げた時は教室もざわついたが、霊火としては緑谷がそれで納得しているのなら止めるつもりはない。

 

 とはいえ……

 

「……お茶子ちゃんの呼び方、そんなに気に入ってたの?」

 

「それも大きいけど……やっぱりかっちゃんかな。体育祭の決勝で”雑魚で出来損ないのデクじゃない”ってちゃんと言えたから、僕も胸を張って『デク』って名乗っていいと思ったんだ」

 

「へえそうなの? 映像ではそこまで聞こえなかったな……」

 

 緑谷があの怖い幼馴染への恐怖や劣等感をそういう形で乗り越えたなら何よりだ。

 というか霊火は緑谷に敗北した爆豪に会うのが怖い。物凄い荒れ方をしてたら困る。

 

 ……まあ爆豪の場合は、意外とリベンジに備えてのひたすらの努力に振り切れている可能性もある。

 あれは良くも悪くも完全主義でストイックなタイプでもあるのだ。あともう少し人当たりが良かったら言う事無いのだが……。

 

「それで霊火さんはどんなヒーローから指名が来ていたの?」

 

「うーん……それがまたね……」

 

 霊火は事務所が羅列された紙束を緑谷に渡す。

 それを読み終わったころ、緑谷は「あー……」と納得したような表情になっていった。

 

「発明品目当てな所と……ビジュアル目当てな所が多いね。霊火さんってどういうヒーロー目指してるんだっけ……?」

 

「少なくとも発明家とかアイドルではないな」

 

「だよね……でも霊火さん可愛いから……それで実力まであったらこういう指名が多いのも仕方ないとしか……」

 

 霊火は少し驚いて緑谷の方を見た。

 少女はちょっとだけ声を震わせて、小さな声で気になった事を聞く。

 

「い、出久くんって私の事可愛いと思ってたの? そういうの全く興味ないのかと……」

 

「う……すごい変な言い方になるけど、霊火さんは可愛くない要素が無いというか……?」

 

「ごめん私もコメントしづらいかも」

 

 『可愛くない要素が無い』というのは面白い表現だ。

 顔の良し悪しは加点法というより減点法の為、彼の意見は相当真理に迫っていると言える。

 

 まあ興味があるのか無いのかはとにかく、緑谷にもそういう美醜感覚は備わっているらしい。

 霊火は自分が彼の中で可愛いサイドにいた事に安堵しつつ話を元の流れに戻す。

 

「まあ私のはいいや。出久くんはどこ行くの? パッと見た感じ滅茶苦茶いい所から指名来ているけれど」

 

ね!!!! 嬉しいな……どこ行こうかな……!!!! 名前を知っているようなヒーローもいっぱいいるしここはもう一度キッチリ調べなおして今の僕に必要な」

 

「私が来た!!!!!!!!!!」

 

 ドアががらりと開いてオールマイトが飛び込んできた。

 2人がビクリとしている間に仮眠室のソファに座って緑谷への会話を開始する。

 

「みみみみみ緑谷少年!!!! 君に追加でもう一人、新たな職場体験の指名が来た!!!!」

 

「え、だ、誰ですか!?」

 

「その方の名はグラントリノ……かつて一年間だけ教師をしていた……私の担任だった方だ」

 

 あれ? と霊火は思う。

 そしてすぐに思い出した。その名前はつい先日に……

 

「ああ酉野空彦か……志村菜奈の戦友みたいな感じの」

 

「何故知ってる殻木少女!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!?!?」

 

 霊火はスクールバッグから一昨日に図書館でまとめた資料を取り出す。

 元よりオールマイトには共有するつもりだったのだ。隣の緑谷とアイコンタクトを交わし、代表して霊火の方が説明する。

 

「私たち体育祭の振り替え休日に『OFA』の歴代継承者について色々調べました。いい機会なので共有しとこうと思いまして……」

 

「な……何!? 私の知らない情報がこんなに……!! 4代目から7代目まで写真や”個性”、活動時期まで……!!」

 

「その資料は差し上げますので、もしよければ目を通して見てください。『OFA』が如何にして巨悪と戦ってきたのかが見えてくるので読み応えあると思います」

 

 オールマイトは低姿勢で霊火の資料を両手で受け取った。

 彼は、Umm……と唸って資料をパラパラと見る。

 

「四ノ森避影さんについて調べられなかったことがあるのでついでに調べてもらえれば助かります。それで職場体験ですけれど……」

 

「あ、ああ……。グラントリノは『OFA』について知っている一人だ。何といっても先代の盟友で私の先生だからな……ほぼ隠居生活の身で何故緑谷少年を指名してきたのかは分からないが……」

 

「い、行きます!!!! その人の所に行かせてください!!!!」

 

 緑谷は大声で食い気味にそう宣言した。

 しかし霊火はその意見には懐疑的だ。

 

「ええ……出久くんはトップヒーローからも指名来てるでしょ? グラントリノは確かに気になるけれど、折角のトップヒーローの現場に行くのを優先しなくていいの?」

 

「いいんだ霊火さん……僕はまだまだ力不足でもっと強くならなくちゃいけない。『OFA』についてちゃんと分かっているプロヒーローがいるのなら、そっちの方がずっとやりやすい……!!」

 

 それを聞いて霊火は肩をすくめた。彼がそこまで考えているのならば、特に言う事は無い。

 そしてオールマイトは挙動不審だった。巨体が恐怖でガタガタ震えていた。

 

「そうだな……折角のご指名だ……あえて昔の名を出して来たという事は私の指導不足を見かねたのか……? 怖え……怖えよ……君も存分にしごかれてくるといいィいィ……」

 

「……知~らない!!!!」

 

「え、だ、大丈夫な人なんですよねオールマイト!?!? 大丈夫だって言ってください!!!!」




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