緑谷には少し話したが、殻木霊火へのプロヒーローの指名は大まかに3つに分類できた。
一つ目が、霊火の技術力に期待したものだ。
つまりは体育祭に持ち込んだ車いすを始めとしたテクノロジーに興味を示しての指名だ。
元々技術系のヒーローたちはもちろん、霊火の開発したアイテムを使ってヒーロー活動を楽にしたい、発展させたいという希望が見える指名がやはり一番多かった。
もちろん、これは真っ当に霊火の能力を評価しての指名なので決して悪い物ではない。
しかし霊火は元々機械発明が趣味という訳ではないので、そこにはあまり魅力を感じなかった。
プロヒーローの前で技術関連でうっかりボロを出すのも嫌なので、今回は辞退させてもらうことにする。
それに、ただでさえ発目とセットで『”個性”の時代はもう終わり? これからは普通の人がヒーローに頼らず云々』みたいな怪しげな主張に勝手に引き合いに出されて困っているのだ。
霊火としてもあのようなバカ騒ぎは体育祭の時だけで十分だと思っていた。
二つ目が、霊火のビジュアルに期待したものだ。
こちらに関してはもう説明不要だろう。
CM撮影に引っ張り出す気満々のヒーロー達や、単純に可愛い女子高生が欲しいヒーロー達で溢れていた。
霊火とてこんな所でステインの思想に共感する日が来るとは思わなかった。
三つ目がそれ以外で、霊火はその中から選ぶことになる。
その上で公安関係のヒーローやいい噂を聞かないヒーローを除外していくと……必然的にこうなった。
霊火が行くことがそのヒーローにとって幸せなのかは霊火自身も保証できないが。
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「まさかこんな所に来てくれると思わんかったで『カリン』ちゃん!!」
「よろしくお願いします、『ファットガム』さん」
「ヒーロー名なんか呼び捨てでええねん!! それかファットさんでよろしゅう頼むわ!!!!」
関西地方江洲羽市、大阪のヒーロー事務所に到着した霊火は今後一週間世話になるプロヒーローに頭を下げた。
その先に、巨大な黄色い壁のような存在が立ちはだかっていた。
『ファットガム』は身長250センチを超える巨躯を黄色いパーカーで包んだプロヒーローだ。
彼の”個性”は『脂肪吸着』。何でも沈める脂肪を蓄える能力だ。彼の体重はそのまま武器となる。
……あらゆる格闘技が体重別で細かく分けられていることから分かるように、高体重の彼は格闘戦において無類の強さを誇る。
つまりはガチガチの実力派ヒーローだ。霊火としては本来絶対に会いたくない相手である。
そんな目元には黒いマスクを装着した彼は霊火に親しみやすい笑顔を浮かべていた。
いかにも大阪人らしい歓迎ムードだ。
「いや今回はホントにダメ元やったんや。普通に技術系とかもっとチャートが上の方のヒーローに行くと思っとったで!!」
「うふふ……実は私、機械いじってるよりも戦ってる時の方が好きなんです。それにファットさんの所はガチガチの武闘派でしょう? 絶対そっちの方が楽しいと思って来ました」
研究者タイプな癖にいざ死線に立つと脳内麻薬の自家中毒で無限にテンションが上がっていく激情家ちゃんは、おしとやかにこう言った。
ファットガムは霊火を見てガハハと豪快に笑う。
「いやいや雄英からのお客様を雑には扱えんわ! 元々カリンちゃんの車いすを押すつもりで指名したからなあ、あっても避難誘導ぐらいやと思うで!! ……車いすで来ると思っとったが何で歩いてきたん?」
「体育祭の時の”ギプス”の機能削減版を使っています。私が開発してちゃんと許可も出たので……だけど万全って訳ではないのでそこは配慮していただけると助かります」
「大丈夫やで!! それに実際、職場体験はあんま危ないことをさせたれへんのや、勘弁してな!!」
「いえいえ!! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!!」
給金も出るインターンと違って、職場体験はその名の通り”体験”が主だ。
実際、殆どの1年生はこの時点では何の役にも立てずにお客様扱いだろう。
最初の挨拶も終わると、ファットガムは霊火を見下ろして陽気な口調でこう切り出した。
「だがまあ実戦指向みたいやからそれに乗ったるわ!! コスチューム
――――――――
霊火は自身のヒーローコスチュームに袖を通した。
蛍光色の緑のラインが幾何学的な模様を描いて走る黒のネコミミフード付きローブに、くるんと巻かれた尻尾。
グローブにケープにサポートアイテムのカンテラ付き片手斧と、コスチュームとしても小物は多い方だ。
最近の変更点としては、脚のラインを隠すためにブーツがごつくなったことと、デザインに調和する肩掛け式のポーチを追加したことだった。
他にも何個かの改造を行ったぐらいだ。
「ヨシ!! 似合っとるで『カリン』!! お披露目兼パトロールに出発や!!」
「……レッツゴー!! って感じでいいんです?」
「ええわええわ!! クソ真面目よりそれぐらいの方が人気出る!!」
大阪の街は、静岡とも都心とも京都ともやはり違った雰囲気だ。
関東と違って街の中にそこそこの面積の広場が多く、ゆったりとした都市設計だ。
御堂筋の広い通りを歩く霊火は注目の的だった。
「雄英のあの子ファットの所に行ったんか!!」
「カワイイ!!!! え、小っちゃくてカワイイ!!!!」
「あの子があんな車いすとか作っとったんか!?!?」
通行人たちに笑顔で手を振ったりしつつ、霊火はずっと疑問に思っていたことをファットガムに聞いてみる。
「そういえばファットさんはどうして私を指名したんですか? ファットガム事務所って都市での犯罪対応に優れた直接戦闘系のイメージが強かったんですけれど、私そういうタイプじゃないですよ?」
「ハッ!!!! お前さん障害物競走でもトーナメントでも強敵を前にして凶悪な笑い方しとったで!! あれ見て心は武闘派やと思ってん!!!!」
「凶悪な笑い方……!?!? 私そんな顔してました!?!? どっちにしても女の子に言う言葉じゃないですよそれ!!」
ちょっとショックを受けている職場体験生を見てファットガムは爆笑する。
先ほど買ったたこ焼きを何個か口の中に放り込んで一瞬で呑み込み、こう続けた。
「やっぱり同じ雄英生でも環君とは全然タイプが違うなァ!! 『サンイーター』やったら言い返せずに立ち直れてないで!!」
「……うち、京都育ちやさかい考え方もよう似てるんかもしれへんわぁ。それにしても先輩のことよう可愛がってはるみたいやなぁファットさん?」
「お前どこ出身なのかと思ったら京都出なんかい!! 怖いわもうほんと勘弁してや!!」
「洛中出身ではないので京都出身とは言えないですけれどね。雑な京ことば使ったら本当の京都人に怒られちゃいます」
ファットガムに超熱いたこ焼きを奢ってもらいながらネコミミフードは肩をすくめる。
『日本に京都市があって良かった』なんてふざけたキャッチコピーを真顔で出す”京都出身”の自己肯定感は無限に高い。
そして”京都十代、東京三代、大阪一代”なんて言葉もある通り、身内判定も無駄に厳しいのが京都クオリティだ。
京都の中でも外様も外様で育った霊火が京都弁なんかでヒーローデビューした日には、誉め言葉の皮を被った悪口の嵐が襲来してくるのは目に見えていた。
「カリンちゃん相手やと話が脱線してかなわんわ。 職場体験生向けの話をするで? こんな感じのパトロールをする意味分かるか?」
「基本は防犯ですよね? ヒーローが通るところって事で犯罪発生の抑止に繋がります」
「まあそういうこった!! 地域の住民との交流とかもあるが、こうやって犯罪者どもに圧をかけ続ける!! それが重要や!!」
ファットガムが胸を張ってこう言った時、遠方からこういう声が聞こえた。
「強盗や!!!! 強盗!!!! 誰かヒーロー呼んでくれ!!!!」
「っ!!!! 走るでカリン!!!!」
ファットガムは一気に真剣な表情になると、巨体に似合わぬ速度で声の方向に向かって走り始めた。
霊火は(走れと言われても……)と思いつつサポートアイテムの斧をくるりと持ち替えてその上に座る。
微かな燐光とともにふわりと浮き上がり、地上2メートル程の位置を保ってファットガムと併走を開始する。
こうなるとネコミミフードの目線はBMIヒーローと同じ高さになる。
少女はジト目で大男に視線を向け、半笑いで言った。
「たこ焼き、足りてへんのとちゃいます?」
「もしかしてもっと太れって言われとんのか!? 犯罪者に圧をかけるってそう意味やないねん!!」
――――――――――――
霊火はファットガムを置いてさらに上昇する。
高度約30メートル、マンションだと10階建て程度の高さで飛行を開始。
『カリン!! そこから敵さん見えるか!?』
「3人組……全員男で50センチ程度の金庫を抱えて逃走中です。一人は大柄な異形型、全員で北に時速10キロ程度で移動、この感じだとすぐに心斎橋駅に辿り着きます」
『助かるでそのまま見逃すなや!! それにしても奴ら電車で逃げるつもりなんか!?!?』
上空の霊火と地上のファットガムで会話が成立するのは、相澤先生の提案で用意した無線機の恩恵だ。
飛行能力を持つ霊火は単独行動を取りがちなため、職場体験に際して彼女のヒーローコスチュームに組み込まれたのだ。
霊火は上空から、150メートル程先の強盗3人組を観察する。
大柄な男が金庫を抱え、他の二人が周囲を警戒しながら全速力で移動中といった感じだった。
その移動先に目を凝らした霊火はため息交じりに言った。
「あー……、これ移動先に多分彼らのトラックがありますね。しかも結構パワフルなピックアップトラックでナンバーは隠しています。おそらく荷台に金庫を放り込んで逃げるつもりかと……運転席に一人いるので四人組の敵です。彼らが乗り込むまで後30秒ぐらいですが……」
『……っ!!!! ダメや!!!! 絶対あかん!!!!』
無線から切羽詰まったような声が響くが、霊火も同意見だ。
あの手の
当たり前だが逃走中の車両は赤信号で止まらない。
そして追い詰められた運転手は歩行者用道路だろうとなんだろうと問答無用で強引に通行したりするので、結構な高確率で悲惨な事故が発生するのだ。
なお悪い事にここは大阪で、しかも夕方だ。
人通りも多いこの場所でド派手なトラック逃走劇などされたら複数人が死ぬ大事故が発生する可能性がある。
因みにその場合、追いかけていたヒーローに世間の批判が集まるまでがセットだったりする。
「……ファットさん。私が走り出す前のトラックを停止させます。いいですか?」
『……しゃあない人死にが出るよりマシや!!! カリン頼む!!! 俺が責任を取るからやったれ!!』
「了解です」
無線から威勢のいい声が届き、上空の霊火はニヤリと笑う。
そして眼下では、ついに大柄の男が金庫ごと荷台に乗り込もうとしていた。
これで確定した。
トラックが敵たちの車両という確認をとった霊火は、バチンと指を鳴らす。
その時、運転席の男はバックミラー越しに仲間たちの姿を追いながらイライラとハンドルを指先で叩いていた。
タタタタ…とタップ音が車内に響く。盗難したトラックの中で男は舌打ちを繰り返す。
「遅えぞ! 早くしろ!!!」
ようやくドアが開き、重たい足音とともに助手席に仲間が飛び込んでくる。
背後の荷台に金庫と2人の仲間が飛び込み、重みで車体が大きく揺れた。
「よっしゃ、行けっ!」
背後の荷台から焦った声が飛び、男がアクセルを踏み込もうとしたその瞬間だった。
事前に動かしていたエンジンからゴボゴボと謎の怪音が鳴り、止まった。
同時にダッシュボードに並ぶメーターやナビゲーションの光がバツン!!! と全て消える。
「何じゃこりゃあ!?」
パニックになった男がキーを何度も捻るが反応はない。
そして何の前触れもなくシートが急に水につけたかのようにぐちょぐちょになった。男の尻や背を、水に濡れた不快な感覚が突き抜ける。
足元、ハンドル、天井まで、車内のあらゆる場所が一度水に沈められたかのように変色したのにも気がつかず、車内はパニックになった。
「おい!!! 早よ動かせや!!!!」
「どないなっとんねん!」
「動かん!!!!!!!!!! なんでや!!!!!!!!!!」
運転手は仲間の声に叫び返す。
しかし完全に機能を停止した車は何をしてもピクリとも動かない。そしてその時間がやって来た。
「観念せえや!!!!!!!!!」
轟音とともにドアが開き、巨体のヒーローが車内に乗り込んできた。
4人は多少の抵抗を見せるも、そのままヒーローの中に沈められていく。
そして強盗グループ4人は、何もできずにそのまま全滅した。
――――――――
『死因』は、パターンによって変な効き方をしたりする。
例えば金属塊に”窒息死”を使うと還元現象を起こすことがある。条件によっては起こさないこともある。
パソコンに”癌”、拳銃に”脳卒中”、彫像に”心筋梗塞”など、霊火自身でも使ってみるまで効き方がイメージできない組み合わせも多いのだ。
しかし、車両に”溺死”を使うと”水中に落ちた車”のようにエンジンやバッテリーが機能停止して動かなくなることは知っていた。
その上少しの時間内部からドアが開かなくなるおまけ付きだ。
「よっしゃぁ!」
ファットガムの叫びが霊火のいる上空にまで響いてきた。敵の確保に成功したようだ。
彼の周りに人だかりができ始める。
スマートフォンを掲げる人、子供の手を引く親、近所の店主たちなど様々な人々が集まってくる。
「さすがファット!!」
「うちの金庫、無事でしたか!?」
「やっぱりヒーローは頼りになるわぁ」
歓声が次々と上がる。
霊火は上空からファットガムの近くに降り立った。その姿を見た人々から新たな歓声が沸き起こる。
「あっ! 体育祭の子や!」
「かわいい猫耳のコスチュームやなぁ!」
「めっちゃ活躍してたで!」
通りの両側から拍手が沸き起こり、その音は次第に大きくなっていく。
そしてパトカーのサイレンも近づいてきた。
「お疲れ様ですファットさん」
「いい活躍やったで!! 最高の初陣や!!! このトラック動かされていたら大変な事になっていたかもしれんで!!」
ファットガムがその大きなお腹に敵を4人沈めたまま親指を立てて霊火を褒める。
霊火は素直に喜んだ素振りを見せながらも、内心は複雑だった。
(うーん……流石に事が起きてから判断とか落ち着きすぎだったかな……もっと焦った方がらしかったかも……)
実際、霊火にとってはかなり深刻な話だった。
あまりヒーロー科一年生からかけ離れた落ち着いた対応を見せると、そのまま霊火への疑いの種になりかねない。
とはいえ、手加減するのもそれはそれでプロヒーローに別種の疑いを発生させる可能性がある。
一度落ち着いて敵に対応してしまった以上、今後もこんな感じでやっていくしかないだろう。
「ありがとうファット!!! あと学生さん!!」
「体育祭見てたよ!!!! 凄いね!!!!!」
夕暮れの大阪の街に拍手と歓声が響き渡る。
人々の笑顔、安堵の声、そして感謝の言葉を向けられる。
ザ・ヒーロー社会といった感じだった。霊火としてはちょっと斜めに構えるしかない。
とても複雑な気分だった。
霊火は本来、ヒーローに無様に捕まり市民に歓声を上げられる立場なのだ。
霊火は、敵退治をエンタメとして消化するヒーロー社会が吐き気がするほど嫌いだった。
……悪い事する方が悪いと言われればその通りなのだけれども。
――――――――
ファットガム事務所の一室。初日の活動を終えての就寝前。
ピンクのフード付きパーカーに黒いズボンの少女は、木製のデスクに頬杖をついてスマートフォンの画面を見ていた。
ファットガム事務所のワンルームは普通に綺麗だった。
サイドキックやインターンが使う部屋で、職場体験中の霊火もここに泊まることになる。
「職場体験一日目から何してるの出久くん……」
独り言が寂しく響く。スマートフォンの画面に派手な見出しが躍っていた。
【雄英体育祭優勝者『デク』、渋谷にて鮮烈デビュー!!!!! 宝石強盗を鮮やかに捕獲!!!!!】
記事を開くと、そこには緑谷出久の活躍が詳細に綴られていた。
……なんか、安全圏からの監視やプロヒーローのサポートという感じではなかった。
第一線でプロヒーローと肩を並べ正面から犯人と対峙し、見事に制圧したみたいな内容だった。
しかも敵がチンピラみたいなことも無く、前科30犯のそこそこ強そうな敵グループだった。
グラントリノも緑谷も、いくら平和の象徴を目指してるとはいえ少々早足過ぎである。
……ニュースを見て生徒想いな相澤先生が、椅子の上から転がり落ちてないか心配だ。
(……オールマイトの反応から凄いスパルタなのかなって想像していたけれど、思っていたスパルタさと違うな……。 確かに職場体験生にこういう経験させてくれるヒーローもそういないだろうけれど……)
グラントリノは基本的に”オールマイト以前”のヒーローだ。つまり治安が今とは比べものにならないほど悪かった時代を生き抜いてきた人物である。
おそらく考え方が現代のヒーローよりもシビアなのだろう。 ”現場経験こそが人を成長させる”とでも思っているのかもしれない。
「ふあぁ...」
欠伸をした。
緑谷に”お疲れ様”と”ニュース見たよ頑張ったね”といった内容の短いメッセージを送ると、さっさとベッドに潜り込む。
つくづくヒーローなんて趣味じゃないと再確認するだけの初日だった。
……霊火は知らない人から感謝されても全然嬉しくないのだ。とにかく人助けのモチベーションが絶望的に湧いてこない。
雄英ヒーロー科に入る前から薄々悟ってはいたが、いざ現場でヒーローの真似事をしてみると自身のヒーロー活動への適性の無さが本格的に辛くなってきた。
脳無だからとか『摂生』とか関係なく、殻木霊火という人間自体の問題だった。
そもそも霊火は、知らない人の喜ぶ顔を見たいと思えないのだ。
……もし霊火に『雲』の影響が強く出ていれば、こういう人助けも楽しむことが出来ていたのだろうか。
適性が無い職に就くと地獄だぞ!!!
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