殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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036:職場体験②

 ファットガム事務所の女子風呂の脱衣所で、霊火は鏡に向かっていた。

 電灯の明るい光の下でプラチナブロンドの少女は自宅から持参したドライヤーを手に取り、伸びすぎた髪と格闘する。

 

「髪切りたい……」

 

 呻き声が出た。緑谷には聞かせられない声だった。

 ウンザリした顔の少女は鏡に映る自分の姿を見つめる。1か月前に緑谷に切ってもらったミディアムは、もうすっかり毛先が肩を超えたロングヘアと化していた。

 

 殻木霊火は髪の毛の成長が非常に早い。

 色んな髪型に挑戦できるという側面もあるが、実際には髪型も染髪も長持ちしないという欠点の方が目立つ。正直トータルで見ると損な体質でしかなかった。

 

 脱衣所の洗面台にはスピーカーモードにしたスマートフォンが置かれている。画面は通話中を示す表示が点灯したままだ。

 

「”学校は楽しいですか”って何? 私への皮肉? 体育祭はとにかく、普段は退屈としか言いようがないよ?」

 

『おや、そうなのですか? テレビでは楽しそうにしていたので勘違いしてしまった……』

 

「偏差値79でも結局は、1秒見れば分かることを1時間かけて説明する授業ばかり。歴史なんかそもそも説明している内容が間違ってるしこの国は学生に何をやらせたいのやら……。私なんて先生より圧倒的に頭が良いのに授業中に寝たら怒られるんだよ? 前々から思っていたけれど学校教育って本当に無駄の塊だよ」

 

『……それに耐える忍耐を身に着ける所なのでは?』

 

「莫大な金をかけて1億人教育を受けさせても結局は私一人の才能が全てを凌駕するんだからさ、効率性から考えると高校以降の教育なんて存在自体が無駄だよ。逆に普通の人が忍耐を身に着ける訓練所にでも行けよマジで……」

 

『これはまた随分とストレスが溜まっているようで。確か今は職場体験中でしたか……。大阪で貴女が活躍したというニュースは見ましたが、それでは他にご不満が?』

 

「やってみて分かったけれど楽しくも何ともないよ? ヒーローの連中はバカな市民に歓声を受けることの何が楽しいのかなあ……?」

 

『おや、歓声を受けても楽しくなかったのですか?』

 

「吐き気がするほど。ファットガム自体は好感も持てていい人だけれども、結局はプロヒーローだから根本的な価値観が全く合わなくてしんどい。何もかもヒーロー志望に化けた私が悪いけれどね」

 

 温風で髪を揺らしながらも本格的に毒が止まらなくなっている少女の通話相手は『ワープゲート』こと”黒霧”だ。

 通話に使う端末は”闇”との連絡用で、もちろん霊火特製だ。警察やヒーローによる通信傍受対策を盛り込んだ一品である。これさえあれば秘密通信を絶対に保てる。

 何しろこの端末はスマホの形はしているが電波不使用で、それどころか電池も回路も入っていないという既存の技術系統から完全に外れたオーバーテクノロジーだからだ。

 

 今は職場体験の二日目の夜だ。

 霊火は女子更衣室で一人というプライベートな時間と場所で、堂々と(ヴィラン)として電話をしていた。

 ファットガム事務所が男所帯だというのを悪用しない手はない。

 

 因みに職場体験2日目はパトロール中に異常は起こらず、只々街中を歩き回っただけだった。

 更に霊火の体力では基礎トレしようにも体力が保たなすぎるので、ヒーロー科特有の訓練時間なども無く暇な一日だった。

 

 そして市民から応援されると無限に調子が悪くなり続ける社会不適合少女は、まだ職場体験も前半だというのに精神がすさんでしょうがない。

 鏡に映る少女は、不機嫌そのものといった表情で物凄く大きなため息をついた。

 

「天才は法律に優先されるべきだと思う……」

 

『貴女がヒーローに向かないことは良く分かりました』

 

 霊火に言わせれば、本当の天才であるドクターや霊火が(ヴィラン)という位置に甘んじていること自体が社会の重大な間違いな気がしてならない。

 

 というかドクターが社会に排斥さえされなかったら起きなかった悲劇が沢山あるのだ。

 つまりは何もかもドクターを追放した学会が悪い。バカが権力を握ると碌な事にならない典型だった。

 

「まあいいや、それで『ステイン』は? 私の警告もあって結局黒霧達もノータッチなんだよね?」

 

『ええ、『先生』はかなり気にしておられましたが、今回は私の進言が聞き入れられました。私たちはヒーロー殺しには関わらない方針です』

 

「ごめんそれちょっと事情が変わった。思ったよりもこいつのカリスマ性が高いの。シンパが結構出てきているから上手に扱えれば黒霧たち――敵連合だっけ? にもいい事があるかもしれないよ?」

 

 少女は延々と髪を乾かし続けながら助言する。

 

 霊火の通常な方のスマホには【ヒーロー殺し、保須にて2人目のプロヒーロー殺害!! 未だ捕まらず!!】とニュースの見出しが表示されている。

 これでステインは保須にてインゲニウムを再起不能に追い込み、2人を殺害したことになる。

 敵連合にも邪魔されずのびのびと草の根活動に取り組めているようでなによりだが、そろそろ霊火の目にも余る影響力になってきた。

 

「結局さ、貴方たちからしても危険な本人に向き合わずにヒーロー殺しのカリスマだけ拝借する形が理想でしょ?」

 

『ええ、それが可能ならば』

 

「なら簡単。ヒーロー殺し『ステイン』は流石に追い詰められている。今日の保須での3人目の殺害で『エンデヴァー』どころか『クラスト』と『エッジショット』まで保須に行くとかいう話だし、いくら彼でもそろそろ限界でしょう。だから連合はカメラの前で、彼に逃げ道だけ作ってあげればいい。……言っている意味分かる?」

 

『……しかし一つ問題があります。それではステインはまたもヒーローから逃れて活動を再開してしまうのではないですか?』

 

「それで敵連合の影が薄れるって? そこはもうちょっと頑張ってくれよと言いたい所だけれど……」

 

 心底面白くなさそうに少女は嘆息した。

 鏡に映る自分の表情を確認しながら髪の乾き具合をチェックし、こう提案する。

 

「……『ワープゲート』って保須から大阪まで直接繋げられたっけ? まあ貴方自身も移動したりで”経由”して、この週の間に彼をファットガム事務所所轄地区のどこかに送り込んでくれる?」

 

『……貴女から出てくるにしては少々意外な提案ですが、本当に大丈夫ですか?』

 

「USJの時みたいにいきなり巻き込んできて難しいアドリブを要求されるのはもう嫌なの。こっちでタイミングを決めるから私だって協力できる。ここは貴方に貸しを作っておくよ。……ステインを寄こしてくれたらこっちで”処理”する」

 

 黒霧たちが何をしようとしているのかは知らないが、闇の活性が上がったら霊火も動きやすくなる。

 そしてその中心に立つのはステインではなく身内の方がやりやすい。そういう計算込みでの提案だった。

 

『……彼はプロヒーローを19名も殺害した、非常に強力な(ヴィラン)です。貴女に勝てますか?』

 

「私は遠隔自動操縦の攻撃手段を大量に保有する【顔を見せない攻撃】のスペシャリストだよ。職場体験しながらノーリスクハイリターンの攻撃を一方的に繰り返し続けて、どこかで相手が死ぬことを待つだけだし」

 

 ジジザザザッッ!! とノイズ音と共に霊火の影が真っ赤に染まった。

 

 ”個性”『影収容』。

 殻木霊火の、ヒーロー志望の女子高生とは違うもう一つの側面が顔を出す。

 

 洗面台の上、化粧水のボトルの隣に”出現”したのはごくありふれたデザインの眼鏡だ。

 

 霊火の”個性”機械の一つ。

 仕込まれている因子は『透視』である。……もはや効果は説明するまでもないだろう。

 

「私が一度この目で捉えてしまえば見失う事なんて絶対にあり得ない。ステインが逃げ切れない時点で私の勝ちはもう揺るがないけれど」

 

『彼が貴女まで辿り着く可能性もあるのではないでしょうか?』

 

「私はファットガム事務所の職場体験生だよ? ……姿の見えない暗殺者の正体としては流石に奇抜過ぎて難しいんじゃないかな?」

 

 髪を乾かし終わった霊火は椅子から立ち上がると通話中のスマホを手に取り、そのまま通話終了ボタンを押した。

 

 ――――――――――

 

 職場体験の3日目が終了した。

 

 もちろん面白くも何ともなかったが、『凄い面白い大満足これからも頑張るぞ!!!!!』な表情だけは忘れない。

 話の長い上司との飲み会に似た何かがあった。いくら帰りたくとも表面上はやる気と元気を出し続けないと何らかの不利益を被る例のあれだ。

 

 そもそもヒーロー科自体、同期も上司も”サビ残上等仕事が生きがい飲み会休日接待何でも行けます楽しいです”な社畜どもの巣みたいな雰囲気がある。

 この場合給料だけはガチで高いのが手に負えないポイントで、何するにしても『殻木くん……君はもちろんやるよね?』というやる気の圧力が付きまとってくる。

 霊火としても笑顔で『はい!!!!! やります!!!!!』としか答えようがない。普通に最悪だった。 

 

 この調子で3年間ヒーローになるための学校に通い続けるなど頭がおかしくなりそうだ。

 霊火のモチベーションはもう本格的に”緑谷と同じクラス”という一点のみだった。その肝心の緑谷出久が一番意識高い系なのがどうしようもない。

 ……強いて言うならクラスメイトや先生と話す時間は嫌いではなかったけれど。

 

(……そういえば昔ドクターが『何が出来るかよりも何がしたいかが大事じゃ』みたいな事を言っていたけれど、こういう事だったのかな?)

 

 霊火が小学生の時に言い聞かせられた事を急に思い出した。

 ……それ単体だと普通にいい言葉なのだが、発言者がドクターとなると途端に不穏な気配が漂うのはご愛敬だ。

 

(……中退したいなあ)

 

 元々ドクターの指示(提案?)から始まった雄英潜入だが、なんかもうだいぶダメな雰囲気が出てきていた。

 せめてサポート科に移りたい。あっちはあっちで”本気を出せない”ストレスが凄そうだけれども。

 

 そして霊火の場合、一般的な高校生と違って高校中退程度では人生計画に一切の狂いは生じない。

 なにせこちらは中退どころか全国指名手配程度なら全然いけるガチガチのアウトローなのだ。

 今ここで諦めても何の問題も無いというのも、どうにもやる気が出ない一因だった。

 

 慣れない事(おばあさんに道案内をする等)をやらされすぎて思考の毒が止まらない霊火だったが、とにかく5日あるうちの3日が終わった。

 この苦行も半分以上が終わったという事だ。……因みにヒーローインターンは一か月あるらしい。

 

「しんどいなあ……」

 

 思わず漏れた声があまりにも弱々しく、霊火自身も驚いた。

 軽めの希死念慮に晒された少女は小さくため息をつく。

 

 時刻は22時。事務所の応接室は夜の静けさに包まれていた。

 ファットガムは30分前に「カリン、なんか胸騒ぎするからパトロール行ってくるわ」みたいなことを言って出かけてしまったので、事務所には霊火一人だった。

 

 霊火は何となくコスチュームを脱いで風呂に入る気が起きず、ソファに腰かけてただ点けているだけのテレビ画面を漫然と見ていた。

 

 テレビでやっているのは死ぬほどつまらないバラエティーだったが、ピロン! とニュースの速報が入った。

 

『速報です。本日午後、保須市で発生したヒーロー殺しの事件について新たな進展がありました』

 

「え、今日?」

 

 霊火が復活した。ニュース画面に移行した液晶に集中する。

 アナウンサーの声が応接室に響く。画面には「ヒーロー殺し『ステイン』、(ヴィラン)連合の協力により逃亡か」というテロップが流れていた。

 

『――――ヒーロー殺し『ステイン』は複数の(ヴィラン)に援助され、黒い霧のような”個性”と共に姿を消したとされています。警察は(ヴィラン)連合の関与を視野に入れて捜査を進めているとの――――』

 

(……という事は、ステインは今この地区にいるよね。……そう考えるとファットガムの"胸騒ぎ"もすごいな)

 

 パトロールで培った長年の嗅覚なのか何なのか分からないが、とにかく凄まじい直感だった。

 何となくでステインの出現を感知したとすると、霊火も内心で感心せざるを得ない。

 

『――――今回の事件で保須市には甚大な被害が――死者数は――――』

 

 結構ド派手に脳無が大暴れする保須市の映像を見て霊火は苦笑いした。

 今ちらりと映り込んだ黒い巨体は『ショック吸収』の脳無だ。あれが出ているという事は街の被害も相当なものになるだろう。

 霊火は黒霧に”ステインをこっちに送り届けて”と言っただけで保須で大暴れしろとは言っていないのだが……。

 

 まあこの被害の半分は、霊火の指示で行われたものと言えるだろう。

 

(……一応、これまでは色々気を付けてきたのになあ)

 

 初めて一般人に被害が出るような指示を出してしまい、遂には死人まで出してしまった。

 やはりそれなりの感慨深さはある。しかし想像していたような罪悪感は無かった。

 

 ……どうやら『死因』の副作用は順調に霊火を蝕んでいるようだ。

 

(まあ都合がいいか)

 

 いずれは人類の7割を殺すのだ。

 その時に罪悪感で動けなくなるのなら、そちらの方がもっと怖い。

 

 そういえば職場体験中に緑谷から何か着信が来ていたなと思いつつ霊火は席を立った。

 流石に今は、彼と話す気にはなれなかった。

 

 ――――――――――――――

 

 流石大阪というべきか。

 

 深夜でも街は明るく、夜道でも困らない。

 勝手に夜歩きを始めたヒーローコスチュームの少女の足元に、行き交う車のヘッドライトが影を作っては消していく。

 

(ファットガムに怒られたら……うーん……心配になって探しにいったとか言えばいいか)

 

 人通りは少なくなっていたが、それでも仕事帰りの会社員や酒を飲んで楽しむ若者たちの姿が点々と見える。

 コンビニエンスストアの明かりが目に眩しい。一人で夜の散歩をしていると霊火は少し元気になってきた。

 

 事務所を出てしばらく歩いた頃、霊火は遠くで騒ぎが起きている気配を感じて顔を上げた。

 

(……思いっきり悲鳴が聞こえるけれど。もしかしてステイン、ヒーローと交戦してる感じ?)

 

 『透視』を持ち出すまでも無く、何か事件が起きている事が伝わってきた。

 

 少女は折角だからヒーロー殺しって奴を見てみようと思い、サポートアイテムに身体を預けてふわりと飛行を開始する。

 

 夜の大阪を上空から眺めながら霊火は笑った。

 ファットガムの事だ。普通にステインを制圧している可能性も全然ある。

 

 ――――――――――

 

 大阪駅の3階連絡橋口改札といえば、一面ガラス張りの壁と、そこから見える複数の線路と高層ビル街が印象的な待ち合わせの定番スポットだ。

 南側にはグランフロント大阪の高層ビル群。北側にはルクアやエキマルシェの店舗が存在する大きな改札口で、夜中でもそれなりに人通りがある。

 

 そして霊火が北側の広場から連絡橋の”それ”を見た時、ネコミミフードのヒーロー志望は自分の楽観的予想が外れたのを知った。

 

 まずヒーロー殺しが立っていた。

 ……実は全く別人のお騒がせ(ヴィラン)だという可能性も考えていたのだが、その可能性は無くなった。

 

 そしてファットガムが床に倒れ伏していた。

 その周りには他の地元プロヒーローが2人倒れていた。彼らの体からも結構な量の血が流れている。

 

 つまり、またしてもヒーローはステインに敗北したのだ。

 

 更に恐ろしい事にそこそこの量のギャラリーもいた。

 なお悪い事にヒーロー殺し『ステイン』は、今にも倒れたヒーローの息の根を止めようとしている所だった。どうやらなにか演説をしているようだが、遠すぎて聞こえない。

 

 霊火は内心頭を抱える。

 黒霧は彼をもうちょっと目立たないところに送り込んで欲しかった。

 目立たない所に送り込んだのにここまでステインが歩いて来たというのならばどうしようもないが。

 

(うーん……どうしようかこれ。別に私としては、あのヒーローたちは殺してくれても全然問題ない訳なんだけれど……)

 

 そもそも黒霧に頼んでヒーロー殺しを大阪に呼び寄せたのが霊火なのだ。

 この目で一度ステインを捕捉した以上、既に目的は達成した。後は遠隔から自動操縦で一方的に削り殺すだけだ。

 

 ……とはいえ目の前でファットガムまで殺されてしまうのは霊火としても流石に後味が悪い。

 彼には霊火を指名してもらった恩と、たこ焼きやお好み焼きを奢ってくれた借りがある。しかし……

 

(……うーん。流石にここが引きどころな気がするな……これ以上踏み込んだら命を落としそう)

 

 五分五分。まさに半々といった感じであった。

 雄英入学前の霊火であれば、絶対にあの場に介入などしたりしない。

 ここでファットガムを助ける選択肢が出てくるあたりは雄英のヒーロー教育の賜物なのだろうか。

 

 しかし(ヴィラン)としての霊火ならともかくヒーローとしての霊火では、ステイン相手に勝利など不可能に近い。

 プロヒーロー19人殺しは伊達ではない。相手は完全な格上なのだ。

 しかも『カリン』はステインが一番嫌うタイプのヒーローだ。ファットガムを助けようとするだけで結構な死の危険が伴ってしまう。

 

 まさに天秤だった。

 

 ファットガムだけでも回収したい私的な感情と、余計なリスクを背負えないという理性の間で揺れる。

 考えてる間にも時間は進む。その時だった。

 

「ヒーロー? おねえちゃんヒーローだよね?」

 

「んん?」

 

 すぐ近くから話しかけられた。

 見下ろしてみると7歳ほどの女の子だ。その子は霊火を見上げてキラキラした目で見つめてきた。

 霊火は一瞬混乱したが、自分がヒーローコスチュームを着ていることを思い出した。

 小学校低学年程度の子供にとっては高校生も大人も変わらない。どうやら小さな彼女は霊火の事をヒーローだと思っているようだ。

 

 自分がヒーロー側だという自覚が未だに薄い霊火の返事を待たず、小さな女の子は”おねえちゃん”にこう訴えかけてきた。

 

「ファットさんを助けて!! お願いヒーロー!!」

 

 邪気も何もない、目の前のヒーローなら何でも解決できると信じ切ったような”お願い”だった。

 

 ……ハッキリ言うが、霊火はその女の子の言葉は半分聞き流していた。

 見ず知らずの子どものお願いを聞くほど殻木霊火は可愛らしい性格をしていない。そもそも霊火は子供が嫌いだ。

 

「……しょうがないなあ。おねえちゃんに任せて!!」

 

 とはいえ吊り合った天秤の片方にだけ、羽毛程度の重さが加わったのは間違いなかった。

 そんな些細な気まぐれで、それでも未来は大きく変わっていく。

 

 ――――――――――

 

「――せめて正しき社会への供物となれ」

 

 ステインの刃が倒れた女性ヒーローの首筋に向かって振り下ろされる、まさにその瞬間だった。

 その眼光がぎょろりと別の方を向き、殺人鬼はその場から飛びのいた。

 

 直後、飛来した複数の火の玉が夜の駅構内を赤く照らし出しながら倒れたプロヒーロー達に次々と着弾。

 鈍い衝撃音と閃光が走り、プロヒーローたちを連絡橋から改札内の方向へと吹き飛ばした。一面ガラス張りの壁に映る爆発の光が夜景と重なって刹那、幻想的な光景を作り出す。

 

 負傷したヒーローたちから上がる呻き声とギャラリーからの悲鳴が交錯する中、カツン……と足音が響いた。

 北側から一つの小さな影が現れた。

 

「念のため追いかけておいて良かったし。……ヒーロー殺し『ステイン』、保須にいるって聞いていたけれど、なんで大阪にいるのかな?」

 

 蛍光色ラインのネコミミフードを纏った少女だった。その赤い目が、爛々と輝いていた。

 形のいい唇を三日月みたいに引き裂いて笑う霊火を見て倒れたままのファットガムが目を剥く。

 

「カリン...! お前、何でここに...!」

 

 声が構内に反響するが、殺人鬼とヒーロー志望は意に介さない。

 

 大阪の高層ビル群を背景に、二つの影が対峙する。

 神経が直接炙られるような濃密な死の気配が、この場を満たす。

 

 ファットガムが必死の形相で叫ぶ。

 

「何で来たんや!?!? あかん!! いいから逃げろ『カリン』!!!!!」

 

「……しょうがない。許可無しか。普通に法律違反になっちゃうけれど、もう仕方ないよね?」

 

「そんなこと言っても無駄や!! 敵う相手やない!!!!! 逃げて応援を呼んでくれ頼む!!!!!!」

 

「ファットさんが死ぬけれど? 最初から私をつれて出てくれればなあ……」

 

 完全なマッチポンプ。

 意図せず放火する消防士みたいになってしまった霊火だったが、油断なくステインを見据えながら自己分析を開始する。

 

(う~ん……ここでファットガムを殺させてそこから追跡が一番確実なんだけれど……出久くんから何か影響されてるかな私。結局ヒーローとしての顔で相手することになっちゃった)

 

 距離は約15メートル。

 殺人鬼はハァ……と息をつくと、相対する相手にこう問いかけてきた。

 

「また子どもか……? 邪魔をするというなら弱い方が淘汰されるわけだが」

 

「当然のように勝てると思われてるのが本当に腹が立つ」

 

「相手との実力差を測れない。論外だ……ハァ……」

 

 殺人鬼は、最後にこう質問した。

 

「貴様はヒーローとして何を望む?」

 

「地位・名声・金。 ……私はこれが悪い事だとは思わないんだけどな」

 

「そうか。死ね」




保須の方では原作通りに進行→黒霧ワープで回収って感じです
USJ脳無が生き残っているので被害が大きくなっています

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