殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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038:転換点

 大阪の拘置所に来た相澤先生に渡した退学届けが、無効になって返ってきた。

 

 (退学届けって無効になることあるんだ……)

 

 雄英高校ヒーロー科の闇にドン引きしながら、霊火は自分の部屋のベッドにひっくり返った。

 大阪から帰る霊火よりも早く速達で届いた退学届けをぐしゃぐしゃにして部屋の向こうに放り投げる。

 

 殻木霊火が職場体験で学んだことは3つある。

 一つ目は自分はヒーローに向いていないということ。

 二つ目はヒーロー社会は腐っているということ。

 三つ目は警察はゴミだということだ。

 

 まあ警察なんてどこの国でもゴミだ。捜査機関というのはその成り立ちからして根本的に腐りやすいものだ。『検死官』である霊火はその辺りは良く理解している。

 実は四角四面なお役所仕事が特徴の日本の警察は、世界的には非常にちゃんとしている方と言える。

 

 警察の立場としては今回の霊火のような、”市民の害になる可能性のある行為”にはどうしても強く出なければならなかったのだろう。

 霊火が取調室で爆発しなければ本当は彼らからお礼の一つぐらい聞けたのかもしれない。

 

 とにかく霊火はヒーロー科をやめる決意をした。

 なにしろ日頃から”ヒーロー基礎学”あたりで『市民の皆様を安心させる声掛けをグループで考えて実践してみよう』みたいなアホな授業をやらされ、いい加減ウンザリしていたのだ。霊火の率直な意見としては市民の皆様にそこまで媚びる必要ないと思う。

 

 これの何が最悪かというと、クラスメイトは皆やる気があるという所だ。

 どんなことでも集団の中で自分だけ周りとテンションが違うというのはじわじわ効いてくるものがある。

 

 それであの職場体験だ。

 ステインと戦う所辺りから急に面白さが増してきたが、それ以前が絶望的な退屈さだった。

 

 ……黒霧に連絡してステインを大阪に呼び込んだのも、職場体験があまりにもストレスフルだったからという面も否定できない。

 刺激が欲しかった――露悪的な言い方をするのであれば『むしゃくしゃしてやった』という奴だ。

 

 霊火は、ハッキリ言って(ヴィラン)としてもかなり悪性が強い方だ。

 なにしろ警察にはああ言ったが、霊火は別にギャラリーが死んでしまっても別に構わなかったのだ。

 今回はステインを無事に倒せたからまだいいが、仮にステインに殺されそうになるほど追い詰められた場合は駅ビル全体の崩落攻撃をする可能性も全然あり得た。もちろん高層階の一般人なんて気にせずにである。

 霊火に延々と説教した警察やヒーローの危機感は、実のところ非常に正当な物だったのだ。あれは文字通り『ファットガムを助ける』ための戦闘でそれ以外はハナから考慮していない。

 

 つまり霊火は、(ヴィラン)としても最悪な『一般人を巻き込むことへの忌避感が非常に薄い』タイプなのだ。

 

 何よりパトロール中に市民と交流するよりも、警察と言い合いしていたときの方がだいぶ楽しかったあたりがもう絶望的だ。

 騙し騙しでもヒーローとしてはやっていけないと、強く思える経験だった。

 

 という訳で相澤先生に除籍にされた時にこっちも退学届けを出したのだが、何故か無効になって返ってきた。退職を認めないブラック企業じゃあるまいし……。

 

 そして霊火は既にあの薄暗い取調室で相澤先生と散々職業ヒーローという存在の馬鹿らしさについて大論戦してしまったため、彼と会うのが非常に気まずい。

 

 あちらだって気まずいだろう。双方合意で除籍したはずなのに双方非合意で復学しているのだ。

 先生の立場からしてみればヒーローになる気ゼロの生徒が自分のクラスにいるだけで学級運営がしづらいだろう。

 霊火もあの先生には申し訳ない事をしたと思っている。大阪まで呼び出す形になってしまったし。

 

「……これまではやる気のある振りしてきたけど、これからはその必要も無くなっちゃったもんな……」

 

 そしてここまでくると別の疑問が出てくる。

 いったい”何”が霊火をヒーロー科に押しとどめているかだ。

 正直、許可なしに”個性”で攻撃行動を取った霊火の罪は普通に重い。

 

 霊火がそんな事を考えている時だった。

 

 ピンポーン!! と。

 

 オートロックのマンションの呼び鈴が鳴り、霊火は我に返る。

 慌ててベッドから立ち上がりモニターを確認すると、そこには制服姿の緑谷が映っていた。

 ……解像度の粗いカメラ越しでも分かる焦り具合だった。通話ボタンを押す。

 

「い...出久くん? なんで!?!?」

 

『霊火さん!!!!!!!!! 大丈夫!?!?!?!?』

 

「大丈夫は大丈夫だけれども……」

 

 特に彼の来室を断る理由もないので、マンションエントランスの解錠ボタンを押す。

 

 ……部屋が綺麗な方で良かったが、基本的に女の子の部屋にはアポイントメントなしで来てはいけないものだ。

 

「え、ええ~……? なんだろう……」

 

 霊火は玄関の方に向かう。

 ドアの向こうから足音が聞こえ、玄関の前で止まった。

 少女は目を閉じてごくりと唾を呑み、ドアを開けた。

 

「霊火さん大丈夫!?!? ステインと戦ったってテレビで見てから何度も連絡したのに返事をくれなくて、今日も雄英に登校しなかったから本当に心配で……!!!!」

 

「ああごめん……。……これ本格的に参ってるなあ、連絡しなきゃいけなかったのに。私ね、今日の朝まで大阪の拘置所にいたからスマホ見れなくて」

 

「ごめん待って!?!?!!? 拘置所って何!?!?」

 

「……これどこまで情報伝わってるの? 相澤先生何も言ってなかった? 私雄英に退学届け出したんだけれど……」

 

「ごめんホントに待って!?!?!?!?!?!?」

 

 __________

 

 時系列を整理すると、このようになる。

 

1. 職場体験3日目:ステインとの戦闘

2. 職場体験4日目と5日目:拘置所に拘束される

3. 登校日の朝:大阪で解放される

 

 つまり、霊火は不登校になった訳ではない。

 今日は物理的に登校できなかっただけなのだ。

 

「ええ………テレビでも報道されていなくて、A組にも知らされなかったんだ……私、ステイン戦で滅茶苦茶怒られて拘置所に入れられてたの」

 

「そんな……」

 

「命令違反であの大暴れだったからね。…………私もうそれで合計30時間ぐらい怒られたから出久くんまで怒らないで」

 

「いや、あれで怪我人ゼロは逆に凄いよ……」

 

 霊火の一人暮らしはかなり広めのワンルームだ。

 

 低めのテーブルの周りにクッションが二つ配置して、紅茶も二杯入れる。

 

 霊火は山のように通知のついたスマホを確認してため息をついた。

 緑谷からはもちろん、クラスメイトやサポート科、八木などから沢山メッセージが届いていた。

 特に生中継直後の時間は大量に連絡が来ていた。

 

 拘置所では当然スマホが無く、部屋のテレビ(霊火が入れられたのはテレビがある一人部屋――いわゆるVIPルームだった)の情報しかなかったのだ。

 というより連絡内容的に八木ですら霊火の拘置所行きを知らないようだった。

 この様子だと霊火の拘置所入りは雄英教師陣でも限られた範囲にしか知らされていないらしい。

 

 ……オールマイトにすら知らされていないというのは、相当なトップシークレット扱いだ。

 すこしきな臭い。思ったよりも面倒な事に巻き込まれている可能性が出てきた。

 

「そもそも大阪の拘置所に相澤先生来たけどな。10時間ぐらい説教して帰って行ったけれどあの人、肝心のA組には事情を説明しなかったのか……」

 

「クラスの皆も霊火さんの事をすごい心配してて、皆で相澤先生に霊火さんの様子を聞いたんだ。 でも先生は合理的じゃないって教えてくれなくて……」

 

「どう答えるべきか難しかったんじゃないかな。そもそも私、先生に除籍されたから状況がややこしくて」

 

「除籍された!?!?!?」

 

 あんまり緑谷を驚かせ続けるのも悪いので、最初から順を追って説明する。

 話せば話すほど彼の顔が曇っていくのが心苦しくてしょうがない。

 

「――っていう訳。ね? 馬鹿馬鹿しいでしょう?」

 

「……そんな事って」

 

「……多分、出久くんたちは揉み消せて、私は揉み消せなかったパターンだと思う。……後でコッソリ、そっちでは何があったのかを教えてね?」

 

 確認したメールの中に、保須市路地裏の位置情報だけの一斉送信メールが一つ。

 そして様子がおかしいメールを送ってきているのが3人いた。緑谷、飯田、轟だ。

 霊火は保須市の事件の情報とメールの情報を繋げ、霊火は何となく何が起こったのかを察する。おそらく保須の方で緑谷達もステインと戦ったのだろう。

 

 少女は心底呆れかえったかのように肩をすくめた。

 

「それでなんか色々どうでもよくなっちゃって、退学届けを相澤先生に渡したらなんか無効になったって感じなの」

 

「……雄英を辞める……?」

 

「出久くんも薄々気が付いていたんじゃない? 私がヒーローになるのに全く興味無いって」

 

 元々親の指示だったからねー、と霊火は付け加える。

 

 ここまで話して霊火も、自身が思った以上に疲弊していたことに気が付く。

 職場体験やその後の説教は、霊火の心をちゃんと傷つけていたのだ。

 

「まあここら辺が潮時かなって。……雄英はなんか私を辞めさせたくなさそうだけれど……」

 

 これもまた本音だった。そろそろ潮時だ。

 

 霊火はもう十分すぎる程、緑谷出久やヒーロー科に関わってしまった。

 だから相澤先生に除籍と言い渡された時、霊火はここが彼から離れる最後のチャンスだと悟ったのだ。

 

 退学届けが無効になっても関係ない。登校するのがこちらな以上、主導権は霊火側にあるのだ。

 ここで雄英を辞めて、ズルズル続けてしまった彼との関係を断ち切るべきだと思った。

 

 表情は晴れやかな、どこかスッキリした笑顔方面で調整する。

 彼を心配させないように、努めて明るい声であっけらかんと突き放す。

 

「だからさ、まあ出久くんは気にしないでよ。別に死んじゃう訳でも引っ越しちゃうわけでもないし、会おうと思えばいつでも会えるから、そんなに悲しい顔をしないで?」

 

 どうか引き止めないでと必死に祈りながら、少女は笑顔で彼に別れを告げた。

 涙だって、いつまでも抑えられる訳じゃないのだ。

 

 ――――――――――

 

 そして霊火の願いなど全く聞き届けられなかった。

 

 緑谷は無言で立ち上がり、霊火の傍に近寄って座る。

 そしてその両手で、霊火の手を優しく取った。

 

 手を取られた方は少なからず動揺したが、緑谷はそんな霊火を真剣に見つめた。

 そして彼は、こんな事を大真面目に言ってきた。

 

 本当に意外なことに、それは真っすぐな”お願い”だった。

 

「……ごめん霊火さん、大変だったね……でも、ここで手を離したらいけない気がする。……僕、霊火さんと一緒に雄英に行けるってなった時とても嬉しかったんだ。……これからも霊火さんと一緒にいたいんだ」

 

「…………………………分かった、雄英に残る」

 

 一撃必殺。

 綺麗に口説き落とされてしまった霊火は、取り繕えないぐらい真っ赤になった顔で俯くしかない。

 

 元々感情に流されがちな霊火だったが、これは強烈だった。

 直前までの覚悟とか決断とか色んな物がきれいさっぱり流されていくのをただ見送るしかなかった。

 

「もう知らない。本当に知らないもん。出久くんが今日のこれを後から後悔しても知らないから。本当に雄英に行っちゃうからね私……」

 

「ご、ごめん霊火さん……?」

 

 そしてこのモサモサ頭は何にも分かっていない顔だった。

 これで無自覚なのはそろそろ何かの犯罪だと思う。霊火ばかりドキドキして不平等だ。

 ここまでいくと(ヴィラン)よりも質が悪いと思う。

 

 そもそも一人暮らしの女の子が男の子を部屋に上げることを、この男子高校生はなんだと思っているのだろうか。

 ……うっかりで終電を逃す女の子並みに露骨なOKサインだと思う。因みにうっかりで終電を逃す女の子は存在しない。絶対に故意だ。

 

 自分が異性に好まれることがあると根本的に考慮していない緑谷出久は、ただ心配そうに霊火を見つめていた。どうやら頑なに顔を見せようとしない霊火が気になるようだ。

 顔の火照りが引かないだけなので少し放っておいて欲しい。

 

「ごめん霊火さん……僕、霊火さんにはたくさんの物を貰ったのにまだ何も返せていないんだ」

 

「……そもそも私、貴方になにかあげたっけ?」

 

「え? ……自信とか、力とか……?」

 

「雑だなおい……ていうか貴方、それで自信がついている方なの? 元はどれだけ自己評価低かったの……?」

 

 ……貰ったものの量は、霊火だって絶対に負けていない。

 しかしそれを素直に言ってしまうと本当に直球の告白になってしまうのでやめる。

 

 少女はだるそうに盛大に顔を顰めて大きなため息をついた。緑谷の前ではあまり見せたことのない表情だが、これが素だ。

 

 ちょっとだけ素直になった結果、無邪気さや可愛げがかなり目減りした霊火は、投げやりに笑って緑谷に抱き着いた。

 

 結果霊火が緑谷を床に押し倒す形になる。

 そして彼はおそらく反射的に、飛び付いてきた少女のことを両腕で抱きしめ返してきた。

 

 ………なんかもう思い出の1つや2つ無理やり貰っちゃおうかと魔が差しかけたが、今回も何とか自制する。

 

「うわっ!?!?!? えっえっ!?!? どうしたの霊火さん!?!?!?」

 

「別に? ……でも出久くん、貴方今結構ギリギリだったからね?」

 

「何が!?!?!?」

 

「私の手を離したらいけない気がするって話。……ちゃんと捕まえておいてくれないと、私すぐにどこかに行っちゃうからね?」

 

 雄英を辞めたら霊火特製の7種の致死率85%劇症型ウイルスをこの地域の合計20万人ほどに感染させ、行政の保健機関の死体の照合能力と処理能力を完全にパンクさせるつもりだったとか。

 未知の感染症への恐怖心からなる前代未聞の大混乱の中、身元不明の腐った死体の山の中に紛れ込ませる形で殻木霊火の死をでっち上げて新しい名前で再度闇に潜るつもりだったとか。

 

 そんなことまで素直に伝える必要は無いだろう。

 

 ――――――――――

 

「お!!!!! 『ヒーロー殺し殺し』!!!! え、また髪型変えた系!?!?」

 

「おはよう上鳴。もうちょっと別の異名を考えてくれない?」

 

 朝一番から霊火は微妙な表情を浮かべた。

 

 そんな少女の髪型はまた大きく変わっている。

 今回は首筋がすっきりと見える内巻きのショートボブだ。明るめの茶髪に染めて、少し大人っぽさを意識したヘアチェンジだ。

 

「大丈夫霊火? 昨日学校に来なかったから皆で心配したんだよ?」

 

「心配してくれてありがとう切奈。私は大丈夫だよ、むしろ人気になり過ぎちゃってどうしようってぐらい」

 

「これが自慢とかじゃないのが恐ろしいわ……私も中継見たけど霊火ってあんなに強かったんだね……」

 

 あの後緑谷や相澤と話した結果、クラスメイトに拘置所云々の話はしないことにした。

 霊火としてもヒーロー科の学生相手にあまりヒーロー社会への不信を表明する必要は無いと思ったのだ。

 彼らがひたむきに将来に向かって努力しているのに水を差すのもこちらの本意ではない。

 

 そしてテレビやマスコミで霊火の拘置所入りが報道されていないためクラスメイトたちはステイン戦の後の霊火がどのような扱いを受けたのかは知らない。

 どこかの誰かがストップをかけた霊火の報道に相乗りする形になってしまうが、使える物があるなら利用した方が良い。

 

「にしても昨日も話したが緑谷と殻木は羨ましいぜ……オイラなんかよぉ……!!」

 

「ああ峰田はMt.レディだっけ? いい噂聞かないよねあの女」

 

「知っていたなら先に教えてくれよお!!!! 女ってのはなあ……みんな悪魔みたいな本性を隠し持っているもんなんだぜぇ!!!!」

 

 霊火は肩をすくめた。女を顔(と身体)だけで選ぶ峰田が悪い。

 あんな性格悪そうな女(霊火の偏見)にホイホイついていく男の気が知れない。あんな分かりやすい地雷物件(霊火の偏見)も珍しいと思うのだが……。

 

 男の子は女性という存在に幻想を抱いている節があるが、女性も男性と同様に凄まじい悪性を持った生き物なのは同感だ。

 そして加害者が女の殺人事件は全体的に怖いというのが『検死官』の見解でもある。

 

「でもさあ、殻木実際どうだった『ヒーロー殺し』!!! あんま良くないことだと分かっているけどさ、あの一本筋が通ってる感じちょっとカッコよくね!?!?」

 

「私はその辺りフラットかなあ……そもそもステインに『貴様はヒーローとして何を望む?』って聞かれたとき、私は『地位・名声・金』って答えてるし」

 

「え、マジ? そこまでは中継では聞こえなかったわ」

 

「まあそういう事。……どっちにしても正直あまり興味は無いかなあ」

 

 霊火はざっくばらんに切り捨てた。

 上鳴が少し驚いたような顔をするので、霊火はこう付け足した。

 

「うーん……理想を抱かれがちな職業ってあるじゃん。『先生』とか『医者』とか『アイドル』とか。彼らには“金の為“よりも“生徒のため““患者のため““ファンのため“に働いていて欲しいってなりがちでしょう?」

 

「まあ……確かに?」

 

「『ヒーローにとっての市民』も典型的なそれ。金や名声よりも、市民のために働いていてほしい。………つまりステインの『英雄回帰』も根っこを辿ると『アイドルに彼氏など言語道断だ粛清する!!!』の派生形なのかなって……」

 

 霊火は極めて雑にまとめた。

 ステインはそもそもヒーローを職業と捉えることを良しとしないタイプなのでこの見解はかなり間違っているのだが、そこには触れない。

 

 霊火は依然、ヒーローのあり方には興味がない。

 ヒーロー殺しを倒したからといって、別にヒーロー殺しの思想をじっくり考えたり正確に語り継ぐ必要なんてどこにも存在しないのだ。

 

――――――――――

 

「相澤君から事情は聞いたよ。大変だったね殻木少女」

 

「……まあ八木さんに文句を言っても始まらないので」

 

 放課後にいつものように仮眠室に集められた緑谷と霊火だったが、八木の第一声は霊火への慰労だった。

 

 HAHAHA!! と笑う八木だが、彼こそヒーロー社会の第一人者だ。霊火以上の闇に触れた経験もきっと沢山あるだろう。

 彼もまた清濁併せ呑むとまでは行かないが、酸いも甘いも噛み分けたタイプではあるはずだ。

 他の多くの職業と同じように、ヒーロー業もまたあまりに潔癖な人には向かなそうな職業だった。

 

「それにしても君が退学届けを出したと聞いた時には驚いたよ。どうやら何か複雑な政治があったようだが……」

 

「実際何が動いているんでしょうねこれ。あ、朝にちゃんと相澤先生には謝りに行きました」

 

 因みに謝罪内容は主に『調子に乗ってごめんなさい』だ。あと『これからもよろしくお願いします』あたりを伝えた。

 もっとも彼も霊火にはだいぶ同情的だった。あの状況では霊火に、あまり選択肢が無かった事は彼も分かっているのだ。

 

 ……そもそも彼のお説教内容は『自力でステインを仕留めようとせずにプロヒーローの復活を待てなかったのか?』というのが主な論点だったため、反論がとても難しかった。

 というか霊火もそればかりは“言われてみれば……“と思ったのが本当のところだった。

 

 そして何故霊火はステインを自力で仕留めるつもりだったのかを考えると、戦っている途中で楽しくなっちゃったからとしか言いようがない。

 この立場の悪さで何故霊火は相澤先生相手に論戦したのだろうか。

 

 言い訳をさせてもらうと、警察相手に大暴走して死ぬほど気が立っている状態で相澤先生が来たため、ついうっかり相澤先生にも喧嘩腰で行ってしまったというのが真相だ。

 

 因みに相澤先生に『どうしてまた気が変わったんだ』とヒーロー科に戻ってきた理由を聞かれたので、素直に『好きな人に戻ってきて欲しいと言われたから』と答えた。

 それを聞いて流石の彼も少し硬直していたが、『そうか……』と特に深掘りされなかった。あまり深掘りするとセクハラになると思ったのかもしれない。

 

「……これは純粋な興味なんですけれど、オールマイトは私のステイン戦を見てどう思いましたか?」

 

「……強い。ステイン相手にあそこまでやれるのは、プロヒーローでも10人いるかどうかだ。そして何より、君はあのレベルの敵を前にして緊張も恐怖もしてない様に見えた」

 

 霊火は心のなかでちょっとやらかしたかなと思いながらオールマイトの講評を聞く。

 

 普通に考えて、ステイン相手にタイマンで勝つヒーロー科1年(5月)は完全に逸脱しているのだ。

 何かカラクリがあると思われてしまってもおかしくない。例えば(ヴィラン)であるとか。

 

「殻木少女は凄まじい才能の持ち主だったという事だな!! いやはや震えたよ、まさか海浜公園にいた緑谷少年のクラスメイトがここまでの逸材だったとはな!!!!!」

 

「えへへ……」

 

 何か大丈夫そうだった。見逃されたというべきか。

 まあヒーロー科には、霊火程度の才能は時々出てくるのかもしれない。

 

 霊火がホッとしている傍ら、オールマイトは「そう言えば」とか言いながらバッグをゴソゴソし始めた。

 

「四乃森さんの死因、君たちが職場体験に行ってる間に調べてきたよ」

 

「あ、どうでした?」

 

「…………老衰だ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいオールマイト、四乃森さんはお亡くなりになられたときまだ40ぐらいのはずで……」

 

 混乱した様子の緑谷に対し、霊火はでしょうねと言わんばかりの表情だ。

 オールマイトはゆっくりと首を振って続けた。

 

「……殻木少女が気が付いてくれて本当に良かった。取り返しのつかない事態に陥る可能性もあった」

 

「……一応言っておきますけど出久くんも安全圏では無いですからね?」

 

 ここまで辿り着くのに随分な回り道をしたものだ。

 “個性“研究者、殻木霊火の予想の一つ。霊火はこう結論付けた。

 

「やっぱり寿命……『OFA』なんて強力な”個性”にデメリットがない訳がないと思ったけれど……」

 

「れ、霊火さん? で、でもそれじゃあオールマイトはどうしてこんなに長い間……」

 

「多分、貴方も八木さんも元が”無個性”だから、体質的に新しい”個性”を受け入れるという事に適性があったんでしょう。……『OFA』、多分もう”個性”持ちには継承できないよ? 最大寿命を削られる形か受け取った時から寿命を何倍速かで消費する形かは分からないけれど、絶対えげつない反動が出てくる」

 

 それを聞いて、オールマイトは机に両肘をつき深々と息をついた。

 

「……緑谷少年に早く会えたことは幸運だった。あともう少しで私は取り返しのつかないことを……」

 

「そう考えると運命的ですね。たまたま八木さんが見込んだ後継者が”無個性”だったなんて、出来すぎなぐらい良く出来た話だと思いますけれど」

 

「……その話なんだがね」

 

 オールマイトが顔を上げた。真剣な目つきだった。

 緑谷と霊火は思わず背筋が伸びる。

 

「私、そろそろ引退だよ。『OFA』の残り火も、そろそろ限界だ」

 

「そんな!?!? オールマイト……!! でも!!」

 

「緑谷少年……すまない。道半ばだが、後は君に託すしかなくなってしまった……」

 

 なんか悲壮感あふれるそのやりとりを見て、霊火はくすりと笑った。

 驚いたようにこちらを見る二人に対して、少女はこう説明する。

 

「いや大丈夫でしょ。出久くんも随分なペースで成長しているし、すぐにオールマイトに追いつきますよ」

 

「……そうだな。私は自分が選んだ後継者を信じている!!」

 

 ガシィ!!!! と緑谷の肩を掴む八木を見て、霊火はケラケラと笑った。

 そして一つ付け加える。

 

「それにステインも倒した私もいますし、しょうがないから成長途中の出久くんは私が守ってあげます」

 

「……僕だってすぐ霊火さんに負けないぐらい強くなります!! そしてオールマイトぐらい強くて皆を安心させられるヒーローになって見せます!!!」

 

 この時雄英高校の仮眠室にて。

 大きな大きな世代交代が、こっそりとなされたのだ。

 

 ――――――――――

 

『……遂にオールマイトが引退ですか』

 

「うん。……それにしても、オールマイトもとんでもないのを身内に招き入れたなって」

 

 “工場”にて。

 ある一人の少女と鳥型飛行機が話していた。

 

「オールマイトが引退するという事は、いよいよ私を止められる人材が居なくなっちゃったけれど」

 

『”表”側にはですよね?』

 

「私の場合、結局問題になるのはそっちの方だし」

 

 少年に切ってもらった茶髪ボブをかき上げて、少女は嗤った。

 障害は無くなった。今の霊火は、正体が割れたところで簡単に止められる存在ではない。

 

「そろそろリスクをとってもいい頃だと思うけれど。なにしろワンミスで平和の象徴がすっ飛んでくる時代が終わった訳だし」

 

『……同感です。まずは慣らし運転で”ここ”の道具の使い心地を確かめて行きましょう』

 

 AIから同調が返ってくる。

 順風満帆。最高の状態。霊火の道筋に、絶対に超えられない壁はもう存在しない。

 

「最初から最高の物を使いましょう? [Class5:pioneerism]の調整をお願い。……ついにこの時が来たねえ」

 

『あからさまにワクワクしないでください。それではドクターと変わりませんよ?』

 

「こればかりは研究者の性だよ。流石に『摂生』の影響かな……? でも机上論でスペックだけ眺めて満足なんて馬鹿らしくてやってられない。やっぱり現場でどう機能するかを眺めないと。こればっかりはプランの後にも関わってくるし」

 

 この世界に新たな脅威が顔を出す。

 破滅の終末主義者。自らを救世主だと信じて突き進むもの。倫理の壊れた”個性”研究者。

 悪性も悪性。対人類攻撃に優れた文明の破壊者。神の真似事に挑戦する者。

 

 強大な、悪と呼ばれる何かが。




Q:オールマイト引退早くない?
A:原作とは違い1月初めに『OFA』を譲渡してしまっているので早いです。ただUSJ脳無と戦っていないため残り火保持期間自体は原作よりも長くなりました。

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