殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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041:レッド・ソール

 デヴィット・シールド。

 ノーベル個性賞受賞者。名実ともに世界最高の研究者にして発明家。

 

 アメリカ時代のオールマイトとタッグを組んでいた事でも知られ、彼のヒーローコスチュームの全てを手掛けた事でも有名。

 ……しかし霊火やドクターに言わせれば、彼もまた”表”に出てこられる範囲の研究者に過ぎない。

 

 言葉を選ばずに話そう。

 ”個性”研究の一点において、殻木球大及び殻木霊火と比較するとデヴィット博士は”格下”だ。

 

 片や絶対的な性能を持つ複数”個性”持ちの怪人『脳無』。

 片や200年先の”個性”を掌の中に閉じ込めた『永夜』。

 

 世界最悪のマッドサイエンティスト師弟の金字塔に、デヴィット博士は遠く及ばない。

 しかしこれは、デヴィット博士の才覚が二人に劣るという事とはイコールでは無い。

 

 単純な話だ。

 デヴィット・シールドが真っ当な研究者である限り、無数の人体実験で命を使い潰す『ドクター』と『検死官』に”個性”研究で追いつけるわけが無いのだ。

 

 研究倫理という言葉がある。

 クローンの作成、死体の改造、DNA編集、生体実験、投薬反応検査辺りが代表例か。

 これらがいかに有効な手段であっても、これらは普通の感性から見ると”倫理に反する”物だ。故に社会ではその研究を規制され続ける。

 10人を殺すことで1万人を救う研究であっても、”出来ない”のだ。

 

 しかし闇の住人はこの制限を易々とすり抜ける。

 死体を弄りまわす、DNAも因子も改造しまくる、薬物反応も人体実験も何もかも、どこからも許可を得ずにやりたいようにやってしまう。

 そしてこうやって得られたデータは往々にして有用だ。この辺りは戦時中の収容所などで為された非道な実験データが、何十年何百年たっても使いまわされるのに通じる話がある。

 

 もちろん資金の調達など”闇”だからこその課題も抱えるが、『ドクター』はパトロンを得、『検死官』は闇を渡り歩く才覚でそれをクリアしてしまった。

 

 しかし、真っ当な研究者であるデヴィット博士が決してマッドサイエンティスト共を超えられないかというと、それはそうでもない。

 

 彼はその圧倒的な才覚と不断の努力で為してみせたのだ。

 殻木球大にも殻木霊火にも実現できなかった研究を”真っ当な”方法で成功させ。

 

 そして、悲劇は始まったのだ。

 

 ――――――――――――――

 

▶8:35/デヴィット博士の研究室

 

「私が、再会の感動に震えながら来た!!!!」

 

 

「トシ……オールマイト……?」

 

「アッハハハハ!!!! わざわざ会いに来てやったぜデイブ!!!!」

 

 感動の再会……ではあった。

 

 博士とその助手の顔に僅かに混乱と困惑の影が走るのを霊火は見逃さない。

 霊火は博士に若干同情しながらも、笑顔は崩さなかった。

 

「――しかし何年ぶりだ?」

 

「やめてくれ、お互い考えたくないだろ、歳のことは」

 

 一通り話した後に旧知の2人で爆笑するのを見て、置いてけぼりな霊火は小さく息をついた。

 

 そしてデヴィットはその時初めて霊火の事に気が付いたようだった。

 「んん……?」と首を捻ると、確認を求めるようにオールマイトの方を見る。

 

 霊火は指先を回して”個性”の火の玉を出現させた。

 

「……あ!!!! 殻木霊火か!?!? あの体育祭の車いすの子だな!?!?!?!?!? アイランドでも君は随分と話題になったよ!!! どうだい? 私が紹介するから君ここに移住して

 

「待て待て待て待てデイブ!!! 私の教え子だ!!! 出会って早々に引き抜こうとするんじゃない!!!!」

 

 そして物凄い勢いで勧誘が始まった。

 

 オールマイトとデヴィット博士で取り合いという緑谷が泡を吹いて倒れそうな立ち位置の霊火だが、内心はとても複雑だ。

 霊火が困った笑顔で立ち尽くしていると博士も多少落ち着いたらしい。ゴホンゴホンと咳払いをして改めて右手を差し出してくる。

 

「失礼、思わぬ有名人の登場に取り乱したよ。デヴィット・シールドだ」

 

「初めましてデヴィット博士。殻木霊火です。お会いできて光栄です!!」

 

 オールマイトが(他所向けだな……)という目で博士の背後から霊火を見てくるが気にしない。

 にっこりと愛想のいい笑顔で応対する。

 

「いやあ申し訳ない!! 君と発目君はこっちでも本当に大きな話題になってね、アカデミーの方では”あの車いすやパワードスーツを再現せよ”みたいな課題とかも出ていてね‼ メリッサが困り果てていたよ!!!!」

 

「わあ……。……え、もしかして私、アカデミーの学生に恨まれてたりしません?」

 

「………………………………少しだけな!! どうやら結局単位を落とす子が続出したらしくて……」

 

 ポニーテールの少女は遠い目をした。

 博士の言い方的に、実際はアカデミー生に天敵扱いされているのは間違いなかった。

 

 霊火の車いすは、実は真っ当なアプローチでは再現不可能だ。

 あれは扱われている技術も”表”の最先端なのはそうだが、そもそも『()()()()()()()()()()()()()()()()』する所から始めなければ絶対に成り立たないマシンだからだ。

 つまり、アカデミーの学生が普通の工作機械を前に唸っているだけでは絶対に辿り着かない代物なのである。それに気が付かないまま小さくならない設計図相手にドツボにハマる子が山ほど出たのだろう。

 

 どんよりとした空気を身にまとい始めた少女を見て博士は苦笑する。

 

「課題を出した教授の方が大変そうだったよ。生徒に課題として出した手前自分だけは絶対に完成させないといけなかったからね。……いやあ、手伝わされて大変だったな……」

 

「なんで私の関わってない所で敵が増えているんです……?」

 

 しかし逆説的に言えば、アイランドの教授陣はあの車いすをちゃんと再現できるという事である。

 ”個性”研究ならまだしも、単純な工学分野では霊火はまだ若輩の側なのだ。

 

 後でメリッサに課題を達成できたか聞いてみようと思っていると、オールマイトがゴホゴホと咳をした。

 デヴィット博士は何かに気が付いたかのように平和の象徴を見ると、その後霊火にこう切り出した。

 

「すまない、オールマイトとは積もる話があってね。少し二人にさせてくれないか?」

 

「あ、はい!! 分かりました!! それではまたよろしくお願いします」

 

 オールマイトと軽く目配せする。この目は(行きなさい)だ。

 霊火は彼のトゥルーフォームを知っている事になっているため別にここにいても問題は無いのだが、まだ霊火がトゥルーフォームを知っていることを博士は知らない。

 ……秘密の深度が人によって違うせいでとてもややこしい事になっている。

 

「それじゃあ私、先にホテルの方に行ってます」

 

 そう言い残して霊火は研究室を出た。

 

 ――――――――――――――

 

 ――――――――――――――

 

▶10:15/パビリオン内

 

 I-エキスポの目玉とも言えるパビリオンの展示フロア。

 最新のヒーローアイテムが所狭しと並ぶ巨大な展示スペースは、世界中から集められた最先端技術の見本市だ。

 

 透明なケースの中で静かに輝くサポートアイテムたち。

 天井まで届くような大型展示物から手のひらに乗るような繊細な機器まで、その展示物は多岐にわたっていた。

 

(うーん……案外こういう所にヒントがあったりするんだよな……一人で研究を続けるとどうしても視野が狭まっちゃうから……)

 

 茶髪ポニーテールに黒キャップの少女は、割と真面目に展示物を見ていた。

 そして深海7000mまで潜れるスーツの説明相手に唸っていると、後ろから声をかけられる。

 

「殻木?」

 

「あ、常闇か。 あれ、出久くんとメリッサさんは?」

 

「……俺はあの二人とは趣向が違った故に別行動だ。この建物のどこかにいると思うが……」

 

 話しかけてきたのはクラスメイトの常闇踏陰だ。

 霊火は彼の情報をゆっくりと咀嚼して、思いっきりため息をついた。それを見た常闇が何故かビクッとする。

 

(……常闇がいるから大丈夫だと思ったけれど、今は出久くんとメリッサで2人きりかあ……)

 

「も、もしかして何か不味かったか? すまない殻木……」

 

「いや、大丈夫。これは予想できなかった私が悪いよ」

 

 冷静に考えてみると、ヒーローオタクの緑谷とデヴィット博士の娘のメリッサが2人で仲良くパビリオン巡りというのは全然あり得る可能性だった。

 常闇がいるから大丈夫だというのは全く甘い予想だったと言える。

 

 ……実を言うと空港で見かけたその瞬間から、霊火のメリッサへの警戒度はMAXだ。

 彼女が優秀というのは事前の調査で分かっている。アイランドのアカデミーで何個も賞を取っているあたり相当頭が良いのだろう。デヴィット博士の娘である以上当然と言えば当然と言える。

 

 そして彼女は”無個性”だ。

 その話まで行くか分からないが、緑谷の場合はそこにシンパシーを感じても不思議ではない。

 

 そして何より、メリッサ・シールドという女はやたらレベルの高い美人で、スタイルも滅茶苦茶いい。

 しかも二つ年上で、おまけに空港で見た感じでは距離感が滅茶苦茶近いタイプだ。

 つまり緑谷が好きそうな(霊火の偏見)女なのだ。

 

 ……普通の女の子は、ああいう乳がデカくて明るい美人が出てこられるともうどうしようもない。

 せいぜい、自分の目当ての男の子がターゲットにされないよう祈るしかないのだ。

 

 ああいうタイプは問答無用で男の心を奪って普通の女の子を絶望させる天災みたいな存在なのだ。

 分かりやすく言うと強化版麗日だ。彼女もあと数年でそういうタイプになりそうだが。

 

 霊火は深く深くため息をつくと、静かにあたりを見回した。

 常闇はクラスメイトから尋常ならざる気配を感じ、無意識に身体に震えが走る。

 

「じゃあ常闇、私は出久くんとメリッサさんを探してくるから」

 

「そ、そうか。息災を願う」

 

 ――――――――――――――

 

▶10:30/パビリオン内

 

 実のところ、霊火は自分の魅力にあまり自信が無い。

 容姿は、可愛いとは思っている。街中で芸能事務所からスカウトを受けたことも一度や二度ではない。

 ドクターも飛行機事故で悲惨な肉片になった元の少女を随分と上手く繋ぎ合わせたものだと思う。……霊火の身体には本当に傷一つ残っていないのだが、あの老人は一体どんなテクノロジーを持ち合わせているのだろうか?

 

 しかし霊火は、可愛い可愛いと言われる割には一度も異性に告白されたことが無い。

 誰かが霊火に思いを寄せているなんて話も一度も聞いたことが無い。何故か”そう言う”対象から綺麗に外れてしまうのが殻木霊火という存在なのだ。

 

 ……クラスメイトの峰田実ですら反応しないというのだから問題は案外深刻なのかもしれない。

 霊火に何かが致命的に欠けているか、逆に何か霊火も知らない原因があるとしか思えない不自然さだった。

 

 緑谷が霊火を意識しないのも、基本的にこちら側の体質が問題なのだ。恋心を自覚してからここまで霊火は自信を失う一方だった。

 だからこそ、霊火は彼を取られてしまう時は一瞬だと思っていた。霊火にはない魅力を持った女の子が現れて、パッと彼の心を射止めてしまうのだ。

 ……本当は麗日お茶子が”その人”だと思ったのだが、彼女は霊火の思う以上に鈍くて謙虚だった。とても可愛いのに。

 

 そんなわけで緑谷とメリッサが思ったより見つからない霊火はちょっと泣きそうだったが、パビリオンの奥で何とか見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 どうやら2人でジェットスーツ(燃料補給ナシで大陸間移動が可能)を見ているようだ。

 

 ……すごく会話は弾んでいたし、距離感は近かったし、楽しそうだった。

 片想い少女は遠目にそれを見て、ちょっと身の危険を感じるレベルで呼吸が苦しくなる。

 

(……なんか私と話している時より楽しそうじゃない……? ……やっぱり出久くんもそういう子がいいんだ)

 

 ポニーテールの少女は、飛行機で精神を破壊されていつもより弱気だった。

 

 叶わない恋だと分かっていても、目の前で他の女の子とイチャイチャされるのは事情が違う。

 ギリギリと痛む心臓を左腕で抑えつけ、何とかいつもの調子を取り戻そうとする。

 ……この前麗日に譲ると言ったものの、その後霊火が耐えられるかは全く別だという事に気付かされた。

 

 たっぷり数十秒かけて無理やり心拍数を安定させ、表情も取り繕う。

 少女はこっそり二人の背後に近寄って、内心大荒れの感情のまま笑顔で話しかけた。

 

「……楽しそうだね?」

 

「うぉわ!!!! れ、霊火さん!! 良かった……こっちに来れたんだね!! 本当は僕も霊火さんと一緒に回りたかったんだけど……これからどう?」

 

「……あれ?」

 

 パチクリと。ポニーテールの少女は本当に意外そうに目を瞬かせた。

 ”メリッサと2人なんだから邪魔しないで”的なことを遠回しに言われると思っていたのだ。

 

 温かい言い方だった。

 緑谷は何かと分かりやすいので、だからこそ今のが本心から出た言葉だという事が良く伝わる。

 

 彼は、霊火と一緒にここを回りたかったのだ。

 

「……うん。私も出久くんと一緒に行きたい」

 

 拍子抜けというか何というか。

 つい霊火は衝動的に彼の腕を取って、両腕で抱え込む。

 

 メリッサの方はというと緑髪の少年に寄り添う年下の女の子の行動と表情から何かを読み取ったらしく、「あ」とでも言いたげな顔をした。

 金髪の彼女を見上げて、ポニーテールの少女は英語で話す。

 

「……He is my precious.(……私のだよ)」

 

「!!!! I'm sorry. I didn't mean to!!(ごめんなさい!! そんなつもりじゃなかったの!!)」

 

「……Well, it's a one-sided love.(……片想いだけどね)」

 

 ”やらかした”みたいな表情をしていたメリッサが一気に微笑ましい物を見る目になる。

 他人の男にちょっかいをかけたと思ったかもしれないが、片想いじゃ罪にはならない。

 霊火がただありもしない所有権を主張しただけだ。

 

「I remember. I've seen it many times on film. That's what it was all about, wasn't it?(思い出した。あなたたち、体育祭の映像で何度も見たもの。そういうことだったのね?)」

 

「So ......, so I hope you'll go easy on me.(そう……だから手加減してほしいな)」

 

 思い返してみると、体育祭の映像を見たという事は霊火と緑谷が一緒に映っている光景もたくさん見たのだろう。普通に恥ずかしい。

 

 緑谷は突如自分を挟んで始まった早口の英語の応酬に目を白黒させていた。

 今更になって恥ずかしくなってきた霊火はちょっと腕を緩める。頬が熱くなってきた。

 

 メリッサはそれを見てくすくすと笑う。

 

「Even a genius like that is a proper girl in love!!(あんな天才でも、ちゃんと恋する女の子なんだ!!)」

 

「It's a lifetime of disappointment or whatever it's called. ......(一生の不覚というか何というか……)」

 

 ……文字通りの一生モノのミスだったりするのだが、メリッサはそれを冗談と捉えたようだった。

 小さく笑って、彼女は日本語で緑谷に話しかける。

 

「それじゃあここからは3人で見て回りましょう?」

 

「……はい!! よろしくお願いしますメリッサさん!!」

 

 ――――――――――――――

 

▶13:20/アイランド内カフェ

 

 パビリオンでの展示見学を終えた後、霊火たち3人は併設のカフェへと足を向けた。

 パラソルが並ぶテラス席は観光客で賑わい、テーブル間を縫うように動き回る忙しそうなウェイターたちの姿が見える。

 緑谷が「あれ?」と怪訝そうな声を出した。

 

「上鳴くんに峰田くん?」

 

「え、本当じゃん。何してるんだろうあの2人……」

 

「え、お知り合い?」

 

 霊火はメリッサに「クラスメイトなんです」と説明しながら屋外の空いたテーブルに腰を下ろした。

 ちらりと混雑しているカフェの屋内の方に目を向けると、確かにそこには見慣れた玉頭と金髪メッシュが慌ただしく働いている。

 

 霊火は軽く肩をすくめる。

 

「そういえば貴方たちを探している時、B組の……えっと……八百万百、耳郎響香、柳レイ子の3人組が歩いてるのも見かけたけれど……」

 

「この島、結構知っている人がいっぱいいるね。僕たちも飯田君が走っているのを見たよ」

 

「あの家はヒーロー一家だもんね。八百万の所は……あそこはガチ富豪だからその関係かな。スポンサー企業の株主とか……」

 

 と、ここまで話して霊火はあることを思い出した。

 コホンと咳払いをする。そのまま他所向きのにっこり笑顔でメリッサに微笑みかける。

 

「な、なあに?」と怪訝な顔をする金髪ちゃんに向けて、霊火は丁寧にこう切り出した。

 

「遅ればせながら、招待して下さりありがとうございます。伝え忘れていましたが私、オールマイトの同伴者です」

 

「え!?!? そうだったの!?!? 空港ではスポンサー企業の株主って……」

 

「あの時はごめんなさい。諸事情ありましてクラスメイトにオールマイトの関係者だと知られたくなく、デタラメを言いました」

 

「そ、そうだったのね!! 確かにマイトおじ様の同伴者はどこにいるんだろうと思っていたんだけど……」

 

 いけしゃあしゃあと真相を説明する霊火に対して、緑谷は黙り込んでいた。実際のところこの場で一番のオールマイトの関係者は彼だからだ。

 ここにくる前に決めた方針で、緑谷がオールマイトの後継という事は誰にも教えないという事になっていた。そして適性的な都合で嘘つき担当は基本的に霊火側というのも事前に決まっていた。

 

 嘘つきポニーテールが金髪ちゃんを虚実入り混じる説明で騙しにいっていると、注文を受けにものすごく小柄なウェイターが現れた。

 

「え、緑谷と殻木じゃん!?!? お前ら一体ここで何してんだ!?!?」

 

「峰田くん!! 僕は体育祭優勝で招待されたんだ。霊火さんは……」

 

「私はお父さんがアイランド関係企業の株主なの。それで招待状が届いた感じ」

 

「へえ……オイラたちはエキスポの間だけ臨時にバイト募集してたから応募してきたんだよ。休み時間にエキスポ見学できるし……給料もらえるし……」

 

 峰田はサササッ、と緑谷の元に近づいた。

 そのまま小声で緑谷に耳打ちする。

 

「来場した可愛い女の子と知り合えるかもしれないしな!! ていうか緑谷……!! なんでお前ハーレム状態なんだよ!?!?!?!?!?」

「み、峰田くん……」

 

 ウェイターの相手を緑谷の方に任せて霊火が呑気にグァバジュースのストローを咥えていると、別の男子生徒が同じ席に座った。

 

「どうやら無事に彼らを見つけられたようだな」

 

「お疲れ常闇。何してたの?」

 

「エキスポのアトラクションで時間を潰していた。轟も来ていたぞ」

 

「轟と常闇? 無口そうなペアだね……」

 

 黒いマントに鳥類ライクな頭部のクラスメイトが同じテーブルに着く。

 霊火は頭の中で雄英生徒の人数をカウントする。

 

 霊火(オールマイトの同伴)

 緑谷・常闇(体育祭優勝者とその同伴)

 飯田・轟(おそらくヒーロー一家への招待)

 八百万・耳郎・柳(八百万への招待とその付き添い)

 上鳴・峰田(エキスポでバイト)

 

 ……ここで学校行事でもあるのかと思える集まり具合だった。

 取蔭や角取が一般公開日である明日に向けてこの島に来ているという話も聞いているため、そこを含めるとかなりの数のヒーロー科生徒がアイランドにいることになる。

 

 霊火が考え事をしていると、メリッサが常闇に話しかけていた。

 

「皆ヒーロー科って事は、プロヒーローと一緒にヒーロー活動したことあるんだよね?」

 

「……俺はただプロを追いかけているだけだった。そういうのは殻木に聞いた方がいいだろう」

 

「私は流石に外れ値だと思うけれど……出久くんあたりが一番刺激的でちょうど良いんじゃない?」

 

「僕!?!? 確かに敵とは何度か戦ったけど……」

 

 職場体験でステインを倒した例外ちゃんは早々に会話から降りた。

 そして緑谷の方もだいぶ意味不明な事をやっていた。グラントリノが実戦派すぎる。彼は職場体験生を何だと思っているのだ。

 

 ――――――――――――――

 

▶17:00/カフェ前

 

「雄英の名に恥じないためにも、正装に着替え団体行動でパーティーに出席しよう!! 18:30にセントラルタワーの7番ロビーに集合!! 時間厳守だ!!」

 

「……男子たちはとにかく、私たちは絶対無理だよね? この集合時間」

「無理でしょうね……おそらく間に合わないかと……」

 

 その後何だかんだで雄英生徒で集合しカフェバイト君たちにもメリッサが招待状を渡したりしたうえで、一度解散という流れになった。

 

 B組委員長の飯田が音頭を取るが、霊火と八百万はその時間設定に否定的だ。

 ”正装に着替える”といっても服を着替えて髪を梳かす程度の男性陣と、化粧やらヘアセットやらに莫大な時間がかかる女性陣ではまるで所要時間が違ってくる。

 

 エキスポを回る中でお嬢様同士という共通点で仲良くなった2人は、ひそひそ声で女性陣の為のスケジュールを組んでいた。

 

「レセプションパーティーでしょう? 別にメインゲストでもないし、遅れて行っても大丈夫じゃない? 挨拶聞く必要ある?」

「挨拶に間に合わないというのは少しマナー違反ですが……それでも間に合わない物は間に合わないですからね……」

 

「何を話してるそこの女性陣2人!!!!」

 

 霊火と八百万は軽く目を合わせた。

 2人の小柄の方がんんっ、と喉を鳴らしてB組委員長に提案する。

 

「レセプションパーティーって事は出入り自由でしょ? 無理に集合せずに、それぞれ準備が出来た人から行っても良いんじゃない?」

 

「ムム……しかし開始時間には……」

 

「そんなこと言っても私たちは準備が間に合わないよ……」

 

 霊火が困った声を出すと、背後の女性陣が声を揃えて「そうだそうだ」と援護してくる。

 メリッサまでもが控えめに頷いているのを見て四角四面な委員長も折れた。

 

「なるほど……本当はもっと早めに切り上げないといけなかったという事か……!! 分かった!! それでは各自最速でレセプションパーティーに向かうように!!!!!!!! 解散!!!!!!!!」

 

 意外と柔軟な判断を下した飯田は解散の合図の後、ダッシュでどこかに去っていった。

 緑谷がそれを見て「飯田君、フルスロットル!!」とか妙なコメントを残す。

 

 メリッサがすすっと霊火の傍に寄ってきて、小さな声で耳打ちする。

 

「霊火ちゃん、ちょっとだけデクくん借りて行っていい?」

 

「……別にいいですけれど」

 

全然良くなさそう!! 大丈夫よ、そんなつもりは全く無いから!!!!」

 

 ジト目であからさまに嫌そうにする霊火を見てメリッサは愉快そうに笑った。

 

 ……金髪巨乳にその気が無くとも、緑谷の方が惹かれちゃう可能性が頭にないのだろうか。

 

 自分の魅力に無自覚な女は本気で質が悪い。

 こう言うタイプは眼鏡なんかかけて化粧もそれほど手間をかけず『私モテないです』なんて本気で思っている割に、その距離感で意識せずとも周りの男の心を好き放題に奪っていくのだ。

 

 華奢で小柄でそういうのと全く縁が無い霊火は、なんか飛行機に乗っている時からずっと痛み続ける心臓を押さえてなんとか笑顔を取り繕った。

 

「……そっちが終わったら私のホテルの部屋に来るよう言っておいてください」

 

「わ、すっごく警戒されてる……!! 本当に大丈夫だから!! ちょっと話してみたいことがあるだけよ」

 

 霊火は余計に心配になった。

 

 ――――――――――――――

 

▶18:45/ホテル自室

 

 

「……I’m the king of the world!」

 

 姿見の前で一人。霊火は調子に乗って決め台詞を決め、更にポーズまでとってみた。

 鏡面の自分が会心の笑みを浮かべる。霊火は容姿自体は非常に整っているのだ。

 

 今夜のチョイスは、シースルーの袖に脚が隠れる長さのシフォンスカートの黒いワンピースだ。

 ポニーテールを解いて緩いウェーブをかけた茶髪には赤い髪飾り。そして靴底が赤い、黒のハイヒール。

 露出度は少なめ(怪我で脚のラインが歪み、出せない)だが、夜会慣れした――どちらかというと大人の気品系で上手くまとめられた。

 

 霊火はスタイル的にも年齢的にも基本はカワイイ系を得意とするが、今回は逆張りだ。

 何しろこういうパーティーの仮想敵は男どもではない。この手の行事は、互いのファッションをジャッジしあう女性社会のプライドバトルでもある。

 女が本気で鏡に向かいあう瞬間は、大体は女相手の時なのだ。

 後は、いつも着ない服を着てみたかったという単純な興味もあった。

 

 そして何といっても、今夜の霊火は『()()』だ。

 童話のお姫様でもキラキラセレブでも箱入りお嬢様でも無く、マフィアの令嬢ライクな少し危険な香りが欲しかった。

 

 壮大な自己満足を果たしてとてもご満悦の霊火だったが、ドアが軽くノックされて我に返った。

 

「わあ霊火さん!! すっごく綺麗だ!!」

 

「それが聞けただけで着替えた甲斐があったけれど……」

 

 鍵を開けて迎え入れた緑谷もしっかりと正装姿だ。

 この世の終わりみたいなセンスの私服姿と学校指定の服以外の恰好を見ないので普通に新鮮だ。

 ……モサモサ頭を櫛で梳かした痕跡だけが見て取れたが、どうやら努力は無駄に終わったようだ。

 

「霊火さん、そろそろ行こうか?」

 

「そうだね」

 

 しかし赤い髪飾りの少女は自分からは動こうとせず、じっと少年を見つめる。

 しばらくの沈黙。少女がこくんと首を傾げると、緑谷は自分に何かを求められていることに気が付いた。

 

「ちょ、ちょっと待って霊火さん……えっと……」

 

()()()()()

 

 ツンとした表情で、無理な要求をする。

 あたふたする少年を見て満足した霊火は、緑谷の腕をとって掌を上にして固定。

 その上に霊火の手を合わせてエスコートの基本的な形を作ってあげた。

 

「れ、霊火さん!!」

 

「ごめんごめん……!! あんまり出久くんが焦るから……!!」

 

 自分がからかわれている事に気が付いた緑谷が抗議する。

 霊火はケラケラと笑って謝り、至近距離からぱちんとウィンクした。

 

「でもエスコートの仕方ぐらい知っておかないと、将来女の子と何かがあった時困っちゃうよ?」

 

「霊火さん以外の女の子にこういうことできないよ……」

 

 ベッドの中に引きずり込んでやろうかと思った。

 




メリッサが天敵すぎる

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