殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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042:氷山の一角

 実は6歳より前の記憶が無かったりする。

 ”元の少女”の死亡が3歳なので、3年弱程の空白期間があるという訳だ。

 そして最初の記憶は、カプセルの中で目を覚ましたあの時だった。

 

 そして最初から、少女は自分が「殻木霊火」という人物だと認識していた。

 その時には日本語は既に習得済みで、大学レベルの数学を解した。

 普通の子供のように少しずつ成長して人格を形作っていくのではなく、最初からひとつの完成された人格として世界に出力されたのだ。

 

 まあそれで困ったことがあるかと言われるとあまりない。

 霊火にとって、自分とはそういう物だった。……まあ流石にちょっとは気にしていたが。

 そして殻木霊火という女の子がちゃんと自己主張を始めるのは、初めての恋をした後の話になる。

 

 そしてこの話の注目するべきことは、やはり『殻木霊火』はドクターに何らかの方法でデザインされた人格という事だ。

 少なくとも目が覚めた時には既に『摂生』と『雲』が入っていたため、この二つが大きな影響を及ぼしているのは間違いない。

 

 事実、小学校低学年の頃、霊火の人格は時々混線した。特に『摂生』の影響は大きい。

 テストの名前欄にドクターの本名を書いてしまったりといった事が何度かあったのだ。

 まあ実のところ、殻木霊火は『ドクター』の思考回路を再現した人工的な天才なのだ。

 

 だから霊火は『頭良いね』と褒められることが実はあまり嬉しくなかったりする。後は『目が綺麗だね』も全然嬉しくない。

 

 そして、霊火は彼の影響を逃れられない。

 何しろ元々ドクターのコピーなのだ。ここを否定することは本当の意味で根本的な自己否定になってしまう。

 

 つまり霊火は根っこの根っこで正真正銘の自信家で、自制が効かない。

 自分に圧倒的な才能があると固く信じ、その才覚を発揮する機会に飢え続けている。

 科学を悪用し、人々を犠牲にする性質を持ってしまっているのだ。

 

 我慢できるようなものではない。霊火はいわゆる『生まれながらの犯罪者』なのだ。 

 何しろ『マッドサイエンティストになった後のドクター』のコピーなのだ。コピー元が(ヴィラン)なのだから生まれながらの悪に決まっている。

 世の中には虐待や差別で(ヴィラン)に落ちる悲しき存在で溢れているが、霊火は(ヴィラン)に落ちた後から人生が始まっているのだ。回避不可能もいい所である。

 

 ……つまり霊火は、あの墜落現場に『行かない』でそのまま成長したパターンの方がもっと危険な存在になっていた可能性が高かったりする。

 自身の鬼火を見て壊れた結果、むしろ大人しくなっているという裏事情があるのだ。

 実際、霊火の小学生の時のエピソードはちょくちょく世間にお出しできない物がある。これで性格は”優しかった”のだから手の付けようがない。

 

 そして、今の霊火も結局は『ドクター』のコピーからの派生だ。

 やはり絶対に覆しようのない価値観という物があり、殻木霊火の本質を為す根源的な考え方は依然残っている。

 

『天才を差し置いて馬鹿が権力を握るから世界は悪くなっていく』

 

 かつて、正しい学説を唱えたがために学会から追い出されたドクターが抱いた、社会への絶大な不信感。

 自分より頭が悪い奴らが徒党を組んでも碌な事にならないという経験。

 

 故に霊火に、人類を信頼するという考え方は一切存在しない。

 ”個性”特異点というタイムリミットを前にして、少しでも馬鹿どもに選択肢を与えたら絶対に失敗する。

 

 人類存続のためには、自分が1人で舵を取る事だけが唯一にして絶対の結論だと。

 霊火は思い続ける運命なのだ。

 

 ――――――――――

 

▶19:00/中央タワー2階・レセプションホール

 

「えー皆様。I・エキスポのレセプションパーティーにようこそおいで頂きました。乾杯の音頭と挨拶は、来賓でお越しいただいたナンバーワンヒーロー、オールマイトさんにお願いしたいと思います」

 

「ね、絶対こうなるって言ったでしょう?」

「流石だな殻木少女は……」

 

 黒いワンピースの少女は呆れ顔だ。

 ステージに呼ばれる平和の象徴の後ろ姿を見送って、隣の少年と顔を見合わせて苦笑い。

 

 割とギリギリまでホテルにいた2人が、レセプションパーティーの開始時刻に間に合った理由は単純だ。

 

 緑谷が霊火をお姫様抱っこして走ったのだ。アイランド内では"個性"の使用が許可されているからこその荒技だった。

 全力疾走後の緑谷の額には汗一つ浮かんでいなかったが、抱きかかえられた霊火の方は平気な顔して未だに心臓の高鳴りが収まっていなかった。

 

「ご紹介にあずかりました。オールマイトです」

 

 キラキラした目で憧れのヒーローを見る緑谷を見て霊火は肩をすくめた。

 ……多分彼は、平和の象徴の挨拶を生で見たくて急いだのだろう。お姫様抱っこ自体は良かったのだが理由がこれだと興醒めもいい所だった。

 

「――を願って、乾杯!!!!」

 

「「「乾杯」」」

 

 レセプションパーティーは、最初に乾杯の音頭を取ってしまえば後は出入りも自由な立食パーティーである。

 比較的フォーマルなパーティーではあるが、初心者殺しのダンスなども無く参加しやすい催し物でもある。

 そして本来、こういう集まりの主目的は人脈を広げてビジネスチャンスを掴んだりすることなのだが、学生の霊火や緑谷はまだそれほど意識しなくていいだろう。

 

「料理を取りに行こう? 私たちみたいな学生はもう少し時間が経ってから挨拶しに行けばいいから」

 

「わ、分かった。凄いね霊火さん……こういうパーティーの経験があるの?」

 

「病院の娘だからね。出たくもないパーティーに出なきゃいけないことがそれなりに……」

 

 殻木球大はあれでいて総合病院の創立者かつ地元の有力者だ。その娘ともなると、割と色んな大人が関わりを持とうとしてくる。更に霊火は根本的に病院暮らしが長かったため職場の事に巻き込まれがちだった。

 つまり霊火が参加した事があるパーティーは、医療関係者や製薬会社や医療機器メーカーがビジネスチャンスをかけてガチの人脈を作りに来るディナーパーティーや、孤児院設立なんかの政治家が山ほど来て賄賂が飛び交うお祝いパーティー、派閥の様子が透けて見えるホームパーティーに病院職員の結婚パーティーまでより取り見取りだ。

 霊火などは昔から半端に聡かったので料理だけに集中するというのが難しく、参加する度に神経をすり減らしたものだ。今考えると料理に集中していい年ごろなのだから料理に集中しておけよとも思うが。

 

 そんな愚痴はそっと胸の奥にしまい込んで、緑谷のヒーロー話を聞き流しながら料理を取る。

 今回のパーティーの場合、霊火の方はすぐにアイランドの研究者連中に囲まれてしまいそうだ。

 程々のところで緑谷か、こう言うのに慣れている八百万あたりに救出してもらおうと考えながらクリームパスタを口に運んでいると早速客が来た。

 

「おや、もしかして雄英高校の殻木くんじゃないかい?」

 

 視線をやると、高級スーツにトサカ髪、そして鷲鼻の男だった。

 前髪が激しく後退して額に染みがある老紳士だった。

 

 霊火は心の中で、ぱちりとスイッチを入れる。

 

「四ツ橋さん……ですよね? 初めまして。殻木霊火と申します」

 

「おお!!!! やはり殻木くんだったか!!!! それにしても私の名前を知っているとはよく勉強している」

 

 緑谷が居心地悪そうに「誰?」という目で見てくるので「デトネラットの社長さんだよ」と教えてあげる。

 四ツ橋は、ほお……と感心したような声を出すとあくまで紳士的にこう続けてくる。

 

「見たよ君の体育祭!!!! あの技術力は素晴らしい!!!! うちの社員も感心していたよ!!」

 

「ありがたい限りです。……ところでデトネラットの社長さんがどうしてここへ? ヒーローサポート事業への参入でもするのですか?」

 

ハァーー!! 賢い子だ!! だがそれは教えられないね。招待状が手に入っただけと考えておいてくれ。……君のニュースは良く見ていたよ。特にあのヒーロー殺し戦!! 私はあれが気に入った!!」

 

「えぇ……? 私あれ凄く怒られたんですよ?」

 

「しかし君はまだヒーロー科じゃないか!! いや、しかしあれは素晴らしかったよ!! 一年生のあの段階であの動きをするヒーローは他に見たことが無い!!!!」

 

 ……霊火は”警察に怒られた”とは言っていないにも拘らず、霊火が一度拘留されたのを知っているかのような反応だった。

 

 一つ疑惑が出てきた。霊火の解放のために圧力をかけたのは目の前の男なのではという説だ。

 そして今のも口を滑らせたと言うより、分かってて圧力をかけたような印象があった。

 

(……異能解放軍ねえ。私とは世界一思想の合わない団体だけれど)

 

 霊火は、”デストロ”の『死因』を既に収集済みだ。

 そこから周囲の関係者を洗い出して四ツ橋力也がとある敵団体を率いていることまで特定している。

 彼らは人々は”異能”を自由に使う権利があるとか抜かす頭がおかしい団体だ。

 自分の力を好き放題に振るいたいというのは理解できる考え方だが、霊火としてはどうしても自滅願望としか思えない教義でもある。

 

「――君、将来的にうちで働く気が無いかね? 最高の待遇と自由な研究環境を整え――」

 

(うわあ、めんどくさい事になったけれど)

 

 この社長が、霊火の何を見て勧誘してきているか分からない。

 技術力なのか、ステイン戦の大暴れなのかその両方なのか。少なくとも霊火の”裏”には気が付いていなさそうだが……。

 

 こういうパーティーに慣れていない緑谷は、四ツ橋社長相手に愛想よく対応する霊火が”困っている”こと自体に気が付いていないようだ。

 ここで横やりを入れるのは”チャンスを潰す”こととも紙一重なため判断は中々難しい。先ほどから八百万(家が建ちそうな値段のドレスを着ている)が遠目でチラチラと心配そうに見てくるが、彼女も判断しかねている様子だった。

 

「殻木少女、盛り上がっているようだね!! この方は……」

 

「オールマイト!!!! いやはや貴方に声を掛けてもらえるとは……!!!!!」

 

 霊火を助けに来てくれたのは、まさかのオールマイトだった。

 全てを救うスーパーヒーローな事は存じていたがまさか社交の場でもそうだとは思いもしなかった。

 

 その巨体で窮屈そうに霊火と四ツ橋の間に割り込み、社長の気を引いてくれる。

 霊火は食べかけの皿の残りを口の中に詰め込んで大急ぎで呑み込みながら、さっさと会場から離れることにする。

 

 去り際、八百万にこそっと囁きかける。

 

「ごめん八百万、程々のところでオールマイトの方も救出しといてくれない?」

「任されましたわ殻木さん。後の事は気にしないでくださいまし」

 ――――――――――

▶19:40/中央タワー1階

 

 タワーの1階は、上階のパーティー会場とは対照的な静けさに包まれていた。

 無機質な壁と床が冷たいLEDに照らされ何とも寂しい雰囲気だ。

 

 パーティーを抜け出した霊火は壁に寄りかかり深い息をついた。

 完全に不意打ちだ。まさかあんな大物まで出てきているとは思いもしなかった。

 思い返してみると義爛が表の会社がサポートアイテムを裏に流しているとかなんとか嘆いていた気がするが……。

 

「霊火さん!」

 

 静寂を破って緑谷の声が響く。

 彼の足音が廊下に反響しながら近づいてくる。霊火は大丈夫だよとアピールするように手を振った。

 

「ごめん霊火さん!!!! 困ってるって分からなくて……」

 

「いやあれはしょうがないよ。ああいうのって困っているのかチャンスなのかは傍から見たら凄い分かりにくいし……」

 

 フォローを入れつつ霊火は身体を伸ばす。

 会場に四ツ橋がいる限り、あまりパーティーに戻る気がしなかった。

 

「私は帰っちゃおうかな……。出久くんは戻らなくていいの? 世界中のヒーローがいて貴方は好きそうだけれど……」

 

「それはいいや。霊火さんをホテルまで送り届けるよ」

 

 送り狼そのものなセリフに呆れながらも、霊火はご満悦だ。

 彼の興味よりも霊火の方を優先してくれるのはやはり嬉しい。

 

「ん~~、でも貴方はこのパーティーのホストだけには挨拶しといた方がいいと思うの。それが終わったら私の部屋で続きをしましょう? 互いに食べ足りないだろうし、ピザでも頼んでパーティーの続きにしない?」

 

「そうだね! それじゃあオールマイトに連絡を」

 

「”先に帰ってます”だけでいいからね」

 

 万が一オールマイトに”霊火さんと一緒にホテルの部屋で遊びます”みたいなメッセージを送られたら死ぬほどめんどくさい事になる。

 そもそも招待状の都合上オールマイトと霊火の部屋は隣同士だ。気まずいったらありゃしない。

 

 全くの余談だが、緑谷の体育祭優勝に届いた招待状は同伴者と同室だった。

 霊火としてはそれも面白そうだったのだが、それでも飛行機への恐怖が勝ったのだ。

 

「…………………………そっか帰りも飛行機か」

 

 少女は嫌なことを思い出した。

 

 ――――――――――

 

 ――――――――――

 

▶23:35/ホテルの自室

 

 つい30分前まで緑谷がいたホテルの自室で、霊火は伸びをした。

 

 部屋にはピザや出前のラーメンの器、そしてホテルからレンタルしたカラオケセットが散らばっている。

 折角の正装だからと、一緒に踊ったりも出来た。久しぶりに彼の赤面を拝めて霊火はとても満足だった。

 

 楽しい時間だった。これのために飛行機に乗っても良かったと思えるぐらいには。

 

 霊火はドレスを脱ぎ、既に普段着に着替えていた。お風呂はまだだ。

 服装はかつてディスカウントストアで買ったフード付きトレーナーに黒のロングスカートのコンビだ。

 頑張れば部屋着と言い張れなくはない。

 

「さてと……」

 

 霊火の影が。

 ()()()()()()()()()()()

 

「くーろぎり!!」

 

「おや、ようやくの出番ですか」

 

「貴方は待っていないはずなのだけれど……」

 

 ”個性”『影収容』。

 影の中に、ありとあらゆるものを閉じ込める異能。

 空港のX線手荷物検査が一切の意味をなさないため、密航や密輸に向いた”個性”でもある。

 

 『ワープゲート』を無事にアイランドに持ち込んだ霊火は、黒い靄の男にテレビのリモコンのような物を渡して薄っすらと笑った。

 

「これは……」

 

「『マスターキー』。ありとあらゆる電子ロックを解除するとかなんとか……随分高かったけれど……」

 

「なんでちょっと自信なさげなのですか?」

 

 義爛の受け売りだからに決まっている。おまけに使いきりなので試用も出来ないと来た。

 黒霧は呆れたようにこちらを見下ろして、諦めたように首を振った。

 

「どうしてこのアイランドをターゲットに設定したのですか? 私としてもそこまで危ない橋を渡るつもりはないのですが」

 

「だからこそかなあ……だってこのI・アイランド、警備システムはタルタロスに匹敵するって話でしょ?」

 

 少女はくすくすと笑う。

 

「デモンストレーションみたいな物だよ。強力な警備システムの数々が運用されている島。更にはエキスポ中で世界中から有名ヒーローが集まっていると来た。だからこそ、ここを落とせればそのまま実力の証明になる」

 

「それが出来たらの話ですが……」

 

「まあその辺りも含めて検証したいって感じかなあ。……私の理論が実際に世間に通用するのか試してみたいの」

 

 自分の力を試してみたい。 

 全力を出して実力を証明したい。

 殻木霊火の根幹をなす、一番危険な部分が顔を出す。

 

「箔付けみたいなものだと思って。”ここ”を攻略できれば、タルタロスすらも落とせるって事でしょう? 世界の誰も私を無視できなくなる」

 

「……その理屈であれば、私が協力するのはノイズになるかと思いますが……」

 

「人脈も実力の内だよ。それに敵連合の格を上げるのにも役に立つんじゃない? 実際貴方がいるお陰で危険なステップをいくつか省略出来るから、こちらとしてもありがたいけれど?」

 

 返事は無かった。黒霧が消える。

 

 一人になった部屋で、少女は伸びをする。

 

「…………………………ふう」

 

 ……それは解放感で、緊張で、自信で、期待で、そして少しの罪悪感だった。

 つまり、最高の気分だ。

 

 これより行われるのは”殻木霊火”によるI-アイランド襲撃。

 折角だから楽しもう。被害者側から特等席で、己の理論の結晶を存分に眺めようじゃないか。

 

 ――――――――――

 

▶23:38:46/ホテルの自室

 

 地面が揺れた。

 地震とは違う振動だった。巨大な何かが地面を下から殴ったような揺れ方だった。

 

 次の瞬間、けたたましい警報音が静寂を引き裂く。

 部屋に設置された大型液晶画面が突然点滅し、警告画面へと切り替わった。直後から大音量のアナウンスが響き始める。

 

 画面には二言語でこうあった。

 

『警告。I・アイランドセキュリティシステムより緊急通達。不審な侵入者を感知。システム迎撃モードに移行します。全ての住民および来訪者は、直ちに最寄りの頑丈な建物内へ避難してください。繰り返します。』

『Warning. I-Island Security System Emergency Alert. Suspicious intruders detected. System entering defense mode. All residents and visitors must immediately evacuate to nearest fortified building. Repeating.』

 

 その一瞬後、ポケットの中のスマートフォンまでもが同じ警告音を発し始める。

 更には隣の部屋からも外の通りからも、同じアナウンスの反響が聞こえてくる。アイランド全域で同じ警報がなされているのは間違いなかった。

 

 その次の瞬間には、ホテルの照明が不気味に明滅した後バツン!!!! と停電した。

 液晶だけは非常用電源に繋がっているのか暗闇の中で赤く輝く。

 

「殻木少女!!!! 大丈夫か!?!?!?」

 

「無事です!!!!」

 

 隣の部屋のオールマイトから、壁越しに大声で確認が来た。

 霊火は火の玉を出現させ、臨時の光源とする。

 

 ズン……と、更に地面が揺れる。

 霊火は一応周りを見回し、しばらく「どうしよう……」という顔をしつつ、窓の外に何かを見つけた風を装って、ハッとしたふりをした。

 

 ホテルのベランダに出る。

 同じ判断をしたオールマイトがトゥルーフォームのまま隣の部屋に出てきたのを横目で確認し、そして霊火は目的の物を見た。

 

「なんだ……あれは……!?!?」

 

 八木が愕然とした表情でそう呟いたのを聞き、霊火の方もしっかり驚愕の表情を顔に張り付けた。

 

 ズズン!! という重苦しい振動が僅かに遅れて地面を伝い、アイランド全体を不気味に揺らした。

 

 ()()()()()()()()5()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真っ白な、トカゲのように見える何かだ。

 平べったく、丸みを帯びた頭部に穴をあけたかのような小さな眼孔が二つ。

 横に広い大きな口が特徴の”生物”じみた”それ”が、こちらを睥睨していた。

 

 ……自分で組み上げたものでありながら、あまりにも非現実的な光景だった。

 アイランドは外周が厚い壁で覆われた、直径14キロほどの円形の巨大な島だ。

 その外周部の壁の向こうから、超巨大な”生き物”がのっぺりとした顔だけを見せている。

 

(うわ……完全に悪い夢でも見ているかのようなビジュアルだけれど……)

 

 遠近感が完全に狂っていた。

 明確に極めて巨大であるにも関わらず、あまりにもデカすぎるので一周回って小さく見える。

 そして霊火がベランダからそれを眺めていると”それ”はのそのそと外周壁をよじ登り、その全体像を晒した。

 

 四本の短い脚と長い尾、全体的に扁平なフォルム。大きな口に丸い身体。

 体色は真っ白な上に薄く発光し、謎の白い煙まで全身に纏う点が極めて不自然ではあったが、フォルムだけなら教科書に写真付きで出てくる有名生物そのものだ。

 

 隣のベランダの八木が、呆然と呟いた。

 

「オオサンショウウオ……?????」

 

(極大サンショウウオって感じだけれど……)

 

 霊火はしょうもないことを考えた。

 

 オオサンショウウオは、世界最大の両生類だ。

 とはいえ5キロ以上先の白い絶滅危惧種は本気で冗談みたいなビジュアルだった。

 

 何しろ全長1000m。

 ヒグマやゾウと対峙した時とはまるで話が違う。人間の本能が持つ危機感が全く働かない程の、圧倒的な威容。

 

 霊火と同じようにベランダに出た宿泊客は、皆呆然とそれを眺めていた。

 頭の中で見た情報を処理しきれていないのだ。八木ですら固まっている。

 

 そんな中、遠方から緑色の電光が夜空を切り裂くように近づいてきた。

 緑谷出久が全身から緑色のスパークを散らしながら建物と建物の間を縫うように進み、何階もの高さを一気に飛び越えて、霊火のいるベランダへと向かって跳躍する。

 

 着地の衝撃を最小限に抑えながら彼は霊火の傍に降り立った。

 

「霊火さん!  オ……八木さん!!!! 大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫だよ」

 

「私も大丈夫だ……しかし……」

 

 敢えて見た目が怖くないオオサンショウウオにしたのが地味に効いた。ヒーローの反応が遅い。

 これがワニやヘビといった明らかな危険生物の形をしていれば、また違っただろう。

 

 極大サンショウウオが、ぱかりとその大口を開けた。

 体長に対して極めて小さな歯が二列に並ぶ独特の口腔。内部の色も体色と変わらず真っ白だ。

 

 その喉の奥で、絶大なナニカが渦を巻き始めた。

 

「マズイ!!!!!!!!」

 

 ようやく見せた攻撃的な行動にオールマイトがベランダから飛び出していくが、流石にもう遅い。

 

 ()()

 くしゃみみたいな間抜けなモーションから繰り出される白銀のブレスは、その凶悪な風圧でもって路上のあらゆる物を吹き飛ばし、極端な低温によって季節外れの濃霧を生み出し、直径14キロにもなるアイランドの半分を氷の世界に閉じ込めた。

 

 ――――――――――

 

 どれぐらい夜を続けるのかにもよるが、『永夜』後の地球は氷河期に突入する。

 

 ……スノーボールアース現象という用語がある。

 全球凍結とも称されるそれは、地球が赤道付近まで含めて氷床や海氷に覆われた状態を指す言葉だ。

 こうなると地球は全体が真っ白になり、太陽光を吸収しなくなる。そうなると地球の温度は更に低下するという正のフィードバックが起きてしまう。

 つまり一度スノーボール現象が起きると、地球の温度は二度と上がらないのだ。

 

 まあ実際は海が温室効果ガスを吸収しなくなる影響で、何千年もかけて温度は戻っていくと言われているのだが、どちらにしても人類は絶滅してしまうのは間違いない。

 つまりは『永夜』後は地球温暖化を全力で推し進める必要があったりする。

 

 もちろん、”個性”特異点解決の為に人類を絶滅させるようでは意味が無い。 

 霊火は、氷河期になったその後の事も考える必要があるのだ。

 

 白いサンショウウオはそのアプローチの一つである。

  

[Class5:pioneerism]

 

 【開拓主義】の名を冠する、『彼岸花』の最高戦力の一つ。

 轟冬美から回収した氷結系”個性”と『触れたものを動物にして操る』“個性“の合わせ技だ。

 

 ……”個性”機械のいい所は、生体と違って”副作用”が起きない所だ。

 もちろん別の対策は必要になるが、『トリガー』などと呼ばれる”個性”因子活性剤を好き放題に扱えるという利点があったりする。出力を割と気軽に上げられるのだ。

 轟冬美の”個性”がやたらと強力なのも幸いした。競走馬みたいな純度だった。

 

 つまりあの白いオオサンショウウオの正体は凍った海水だ。

 莫大な質量の氷を、動物の形にして操る“個性“機械なのである。

 

 本来の設計用途としては『永夜』後に起きる問題の一つ。

 氷河期に突入して世界中の農業が機能不全に陥り、深刻な食糧不足問題を解決するアプローチの一つだ。

 

 あれの本来の役割は地球の海を撹拌し、餌を山ほどばら撒くことだ。

 プランクトンなどを大増殖させ、別のテクノロジーを組み込んで酸素や二酸化炭素の海中濃度を制御し、食用可能な魚や貝を手厚くサポート。

 上位捕食者を適度に間引き、海産物の収穫までもその氷の身体で行う。

 

 地球表面の7割を覆う海の生態系を丸ごとデザインし、人間のための養殖場に“開拓“してしまうという神をも恐れぬ大計画。

 因みに計算上は、今の地球人口の3倍を海産物だけで養える。世界の食糧問題を一発で解決するスペックがあるのだ。

 問題は現代社会でこんなのを放ったら、ガチの国際問題になってそのまま戦争になることぐらいだ。

 

 ……こんなのを開発出来てしまうから、小さな少女の独断専行が止まらないのかもしれない。




『触れたものを動物にして操る』”個性”はスケプティックの動物版だと思ってください。

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