当たり前の話ではあるが、霊火は林間合宿に
折角の学校行事なのだ。こちらとしても安全に楽しみたい。肝試しは別にしたくないが、キャンプファイアとかはやってみたいのだ。
しかし実際のところ、黒霧たち御一行はUSJに続き林間合宿も邪魔しに来るようだ。
本気でやめて欲しいが、霊火には”止められない”。
ハイエンドでもギガントマキアでも超辛いのが本音だ。勝率40%を10連戦って感じの抗争になる。
となると霊火としては、むしろそちらに相乗りしたい。林間合宿を襲われるだけじゃ割に合わない。
という訳で『アマリリス』の名で正体不明の科学者として彼らを支援することにした。
その上で今回扱うのが[Class5:globalism]と[Class3:cannibalism]だ。特に後者は是非ともこの舞台で実地試験を行っておきたい意欲作である。
また、立場的には襲撃自体は
こちらも敵のため、当然ヒーローが負けるに越したことはないのだ。こちとらヒーローが敵に殺されたというニュースを見てグッとガッツポーズをする反社会勢力なのである。
しかし霊火としては同級生たちや先生が傷つくのもあまり見たくないという個人的な事情もあるからややこしい。
なんだかんだでヒーロー科に馴染んでしまった身として、バラバラ死体になった同級生を直視するのはちょっと勘弁願いたい。
……とはいえ今回は、流石の霊火もそこまで気にする余裕が無いかもしれない。
何しろこの林間合宿、一番危険なのは間違いなく霊火自身なのだ。
――――――――
高速道路を走るバスの窓側の席。
髪色を黒に戻した霊火は肘を窓枠に乗せて頬杖をつき、何となく窓の外を見ていた。
窓の外では街並みや田園風景が絶え間なく流れていき、遠くには山々の稜線が霞んで見える。
バスの振動が心地よく、エンジン音と空調の音が程よいBGMとなっている。
クラスメイト達の談笑や笑い声が車内に響く中、霊火は後ろに流れ去る景色を眺めながら隣の取蔭に話しかけた。
「こういう学校行事で乗るバスって特別感ない?」
「分かる。小学生の頃日光に行ったのを思い出すわ」
「ああこっちの子って遠足が日光なんだっけ。私小学校の時は京都だったから伊勢志摩に行ったなあ……」
そして背後では、峰田がやたら起承転結のハッキリした”橋の下でエロ本を拾った話”をしていた。
普通にクオリティの高い話なのが腹が立つ。それにこの慣れた語りは絶対に彼の鉄板エピソードだった。
推察するに、こう言う場で必ず話す十八番なのだろう。
「んーあー……霊火、しりとりでもする?」
「『ぢ』と『づ』で始まる日本語が無いから『鼻血』で終わるって雑学話していい?」
「しりとりってそういうの”ち”とかから始めるルールじゃない? 濁音とか半濁音とかさ」
そんな感じで軽いルール確認を行い、しりとり開始。
この手の遊びで本気で勝ちに行く趣味も無いので、ただ長く時間を消費できるようにワードをチョイスする。
例え日本から平和の象徴がいなくなったとしてもこの国は依然平和だと。
殆どの人はそう思っているのだ。
――――――――
「何ここパーキングじゃ無くね?」
「トトトトトイレは……」
バスが停まった場所は明らかにおかしい所だった。
山間部の路肩の謎スペースで、自販機もトイレも無い高台だ。
そこには既に一台の乗用車が停まっており、先客がいた。
「煌めく眼でロックオン!!」
「キュートにキャットでスティンガー!!!!!」
「ワイルドワイルドプッシーキャッツ!!!!!」
「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」
決めポーズが決まりきらず、ぐらりと体勢を崩す彼女らだった。
そしてそれを見る霊火は無表情だが、内心では冷や汗ダラダラだった。
(……あっぶな~い…………………………襲撃に参加するための下準備していなかったらこれで即死だったけれど)
つくづく予想外の所に落とし穴がある雄英ヒーロー科だ。物間の時も冷や汗ものだったが、今回のこれは別格だ。
今ここにはいない(おそらくB組担当なのだろう)が、4人一組の連名事務所『ワイプシ』には霊火の天敵がいる。
”個性”『サーチ』。
ラグドールに一目でも見られていたら、一発でこちらの正体が割れていた。
何しろこちらは世にも珍しい複数“個性“持ち。オマケに『呪い火』なんて“個性“は存在しないときた。ラグドールの目に霊火がどう映るのかなんて想像もしたくない。
なんにしても黒霧から林間合宿襲撃を聞き出して参加表明をし、『透視』で職員室を覗いて”どこに行くか”と”誰が行くか”の調査を行っていなければここでアウトだった。
何事も、何がプラスに働くかは分からないものである。今回の場合は緑谷と死柄木が偶然エンカウントしていなければここで事故っていた。
何しろ霊火が襲撃側に回ることになったのは、その件で黒霧を問い詰めていた時だからである。
(……ちょっと大きめの運の揺り戻しが来そうで怖いな)
こればかりは完全に幸運だった。ちょっと出来すぎなぐらいだ。
これから起こる反動に若干マジでブルーになる意外と運命論者な霊火だったが、早速何となく嫌な予感があった。
「――キャリアは今年でもう12年にもなる」
「心は18!!!!!」
これのことではない。
口を滑らせて制裁を受ける緑谷を見てくすくすと笑いながら、霊火はさっさとバスの中に退避する。
黒髪少女は小さな身体を活かして車内に潜り込み、後部座席の影に身を隠した。
「あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」
「遠!!」
哀れ。
ピクシーボブの『土流』に巻き込まれて森の中に叩き落されるクラスメイトを見ながら裏切り者は息を殺す。
「それにしても滅茶苦茶なスケジュールだねイレイザー」
「本来なら2年の前期に――――」
バス外で会話をする大人たちの会話を盗み聞きながら、霊火はその時を待った。
――――――――
「それじゃあ私たちはバスで行きましょう。行くわよ洸汰」
タンタン、とバス内に乗り込む足音が4名。1つは小さい。
バスのエンジンがかかり、動き始めてからようやく霊火は姿を現した。
「また合理的虚偽ですか相澤先生?」
「わっ!?!?!? え、君まだバスにいたの!?!?」
「一回降りました。その後先生方が見失っただけです」
ビックリした顔のマンダレイにすまし顔で返答する。
実のところ霊火が雄英ヒーロー科で何を学んでいたかというと、こういう技術だったりする。
何しろ”鍛える”こと自体が不可能な程の虚弱体質な霊火は、他の皆がやる筋トレや格闘技等のトレーニングが難しい。
そしてその時間に何をやっているかというと、やりたくもないサポートアイテムを用いた『飛行』や小手先の技術ばっかり練習しているのだ。
そして3か月以上かけて、ようやくUSJで出会ったトガヒミコの”相手の意識から消える”技術を不完全ながら習得した。
互いに女子高生に化ける敵同士という事で境遇が似ており行けると思ったのだが、それでも相当大変だった。
まあ相手がこちらに集中していると全く使えないため、本家の様に戦闘中に“消える“なんて芸当は到底不可能なのだがこういう時には役に立つ。
バスの中の生徒をみた相澤は心底呆れたような顔をすると、ため息と怒気交じりに言う。
「おい」
「わあ怖い。…でも相澤先生もそろそろ分かりやすいですよ? さっきから『こんな風に楽しく出来るのは今だけだ』みたいなオーラを出しまくっていましたし」
「あれ、もしかして殻木霊火ちゃん? あの『ヒーロー殺し殺し』の?」
「その異名に関しては厳重に抗議させて頂きたいですが……」
相澤先生の怒気を受け流しながらマンダレイに苦言を呈す。
平気な顔はしているが怖いものは怖いので相澤先生はこっちを睨むのはやめて欲しい。
「それにしても良かったです。バスはこのまま返してもう一つの乗用車の方で合宿先に向かうとかじゃなくて」
「え、もしそうだったらどうするつもりだったのかにゃ?」
「……その車をぶっ壊されたくなかったら私も乗せて行けとか? ああもうごめんなさい相澤先生冗談ですって……」
ピクシーボブ相手に(キャラ付け大変そうだな)と思ったが、少女はそれを口に出すほど馬鹿ではなかった。
『テレパス』持ちのマンダレイに「A組に私の安全を報告しといてください」とお願いして、霊火は深々とシートに座る。
「……おい、今ここで放り出してもいいが?」
「その時は皆で一緒に歩いていきましょうね相澤せんせ」
暗に、“それ“をしたらバスそのものをぶっ壊すと脅迫する。賠償金など相場の3倍払ってやる。
……万が一本気で放り出されたら本気でやるつもりだったが、幸いな事に相澤先生も見逃してくれた。
いくら怒られても何故か相澤消太への友達感覚が抜けない霊火は、明るく笑って伸びをする。
そして最後に気になったことを聞く。
「ところでこの子はどういう感じの子なんです?」
角の生えた帽子を被った、黒髪で目つきが鋭い男の子だった。
プッシーキャッツの登場からずっといた、5歳か6歳といった未就学児である。
「ああ、この子は私の従甥だよ。洸汰って名前でちょっと気難しいけど――」
「マンダレイの……んん?」
脳内で情報が嫌な所に繋がった。
従甥というのはいとこの息子だ。
そう、確かあれは『マスキュラー』周りを調べていた時の……。
(ええマジか……今回の襲撃あれも来る可能性そこそこあるよね……?)
運命的というか何というか。
少女は内心ゲンナリしながらも仮にもヒーロー科として明るく挨拶する。
「こんにちは洸汰くん!! これからよろしくね!!」
「ヒーローになろうって奴とつるむ気はねえよ」
「わあめんどくさい」
いよいよ失言が止まらなくなってきた。
霊火はそもそも子供が大嫌いだ。およそこちらにまともな子供時代が存在しなかったこともあり、本格的に理解できない意味不明な存在なのだ。
まあ、この子の場合はその境遇で素直にヒーローに憧れるのも無理な話ではある。
担任の殺意すら感じる眼光に貫かれた霊火は、両手を上げて降参の意を示しながら肩をすくめる。
(まあ”何か”がないと小さい子ってあんな目をしないもんね……)
殻木球大は孤児院()を沢山建てており、霊火もそれに散々巻き込まれてきた。
だからこう言う事情については詳しかったりする。霊火の見てきた孤児の中にも、ああいう目の子は時折存在した。
(ウォーターホースねえ……ああやだやだ。その『死因』は持ってるもん。ちゃんと2つとも)
この子の両親が最期に何を思ったのかは、まさに霊火の手の中にあるのだ。
事実、彼らは最後の瞬間に自分たちの息子を思い出していた。仮にそんな話をしたってこの子には信じてもらえないだろうが。
そして彼らがどれだけ我が子を愛していたかも霊火は良く知っているが、赤の他人である自分がそれを知っている事自体がかなり居心地が悪い。
”個性”『死因』
何かと厚かましい心を持っていないと、こんな感じで割としんどい異能でもある。
―――――――――
「おつかれにゃーん!! あれ、君こっちに来ちゃったのかにゃん?」
「うぬ……? まさか『ヒーロー殺し殺し』の……」
「殻木霊火です。今後とも宜しくお願い致します」
昼前に宿泊所に辿り着き、ワイプシの残り2人とも対面した。
『ラグドール』と『虎』だ。相変わらず一人だけ方向性が違う。
ラグドールはバスから降りてきた霊火のことをじろじろとみて、
「それじゃあ殻木さん? 君料理できる? 悪いけど昼ご飯食べたらクラスメイトたちのご飯の準備手伝ってくれるない?」
「はーい分かりました。 私料理そこそこいけますけれど何系作るんです?」
「土鍋とか」
「そりゃ学校行事っぽくていいですね」
宿泊施設でもなければ食べる機会のない料理筆頭でもある。
そしてマンダレイに連れられて建物内に入ると、ロビーには更に先客が3人いた。
「あれ? 君生徒だよね? どうしてここにいるんだい?」
「あ、この子あれじゃない? 私見たことあるよ!! そう、ステインを倒したあの子だよ!!!!」
「…………………………」
雄英高校の体操着を来た3人組だった。少なくとも同学年ではない。
霊火の方は記憶の箱をひっくり返し、どうにか該当する内容の検索に成功した。
正確には天喰以外を思い出すのに手間がかかった。
「通形ミリオさん、波動ねじれさん、天喰環さん。合ってます?」
「え、すごーい!!!!!! なんで私たちの名前わかるの? ファンだったりする?」
「去年とか一昨年の雄英体育祭で見たなって……」
物凄い勢いで詰めてくる長髪ハイパー美人相手にさらりと距離を取りつつ素直に答える。
3人ともとりわけ上位の成績というわけではなかったが、霊火は一度見た顔と名前はそうそう忘れない。
特に全国放送だったのに全裸になった通形ミリオとガチ美人の波動ねじれは印象も強かった。
「おいイレイザー、どうなってる」
「森に叩き落とす前に勘付かれたんだよ」
イレイザーヘッドとブラドキングの会話を盗み聞きながらも、少女は不思議そうに首を傾けてみせた。
「それで先輩方は何しに来たんです?」
「なんで俺たちが1年の林間合宿にいるかって? もちろん留年さ!!!!!」
「わあ卒業する時にはお酒を飲めますね」
「本気にされちゃ困るんだよね!!!」
つぶらな瞳の通形ミリオは、HAHAHAと笑いながらも陽気に説明してくれる。
「まあ実際ね、君たちUSJで襲われたり大変な目に遭ってるだろう? それで雄英としても心配しているのさ。だから私が来た!!! てね」
「それで先生方かプロヒーローは来られなかったのです?」
「君バッサリいくね?!?! 雄英もそこまでリソースは割けなかったのさ!! だから俺たちが雇われたって感じだ」
「あ、もしかしてそっちは給料出ている感じだったりします?」
「ありがたいことにね!!!!」
……なんか雄英高校の葛藤が目に見えるような話だった。
USJの事があった以上、出来るだけ1年の行事には万が一のための戦力があってほしい。
しかし人を増やすことはそのまま情報漏洩のリスクに繋がる。そして教員を割けるほど雄英も余裕はない。
それで中間択として、訓練を積んだ3年生を同行させるという形になったのだろう。
(……ありがたいかもね。ワイプシと担任たちと私で抑えきるの絶対無理だったし……)
霊火の盗み見た資料にもこの記載が無かったあたり、本当の直前に急遽決定されたのだと思われる。
こまめにオールマイトに林間合宿への不安を吹き込んでいたのが効いたのかもしれない。実際にどういう経緯でこうなったのかは分からないが。
そして霊火がマンダレイに呼ばれてキッチンに行こうとした時、唐突に最後の一人が動いた。
「殻木さん、僕は君に伝えなくてはならない事がある」
「え、なんですか天喰先輩?」
ずっと静かに壁に向き合って何かの妖怪みたいになっていた天喰環が、意を決したようにこちらに向き合った。
「ファットガムを助けてくれて、ありがとうございます」
「……!! どういたしまして先輩!!」
嬉しいは嬉しいのだが、後輩相手に敬語なのがとても違和感だった。
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