寂しがりやの人形は。
ただ生きていないというそれだけで
生きているだけで仲間外れだった。
――――――――――
「「「この裏切り者ぉ!!!!!!!!!!!!!」」」
制服の上から三角巾に白いエプロンを着た内通者。
魔獣の森のクエストから帰還してきたクラスメイトからの怨嗟を一身に受けて、食堂のおばちゃんスタイルの霊火はギャハハと爆笑した。
「ッふ……!!! こりゃまた随分と遅かったね切奈?」
「霊火あ!!!!! なんで私も呼んでくれなかったの!!!!!」
「お疲れちゃん!!」
上半身だけでテケテケみたいに詰め寄ってくるA組委員長を両手で押し返しながら、横目で他のクラスメイト達の様子を確認する。
当然ながら、皆疲労困憊といった感じだった。
まあ朝からぶっ通しで森の中を歩き続けたのだから当然だ。しかも昼抜き。
夏は屋外にいるだけで体調を崩す霊火がまともに付き合ってたら熱中症とかでちょっと笑えない事態に陥っていたかもしれない。
そして魔獣の森を無事踏破したA組の男どもに、三十路のピクシーボブが荒ぶっていた。
「3年後が楽しみ!!! 唾つけとこーーー!!!!!」
「うわっ!!」
……その必死さが世の男性を遠ざけているのではないだろうか。ただでさえ高スぺ女性の婚活は沼りやすいと聞くし。
あと15も年下の男に唾を付けるな。何の捻りもなく殺すぞ。
霊火が急に無表情になる中、マンダレイがA組の皆に出水洸汰を紹介し始めた。
「あ、僕雄英ヒーロー科の緑谷。よろしくね」
そして緑谷出久の方は厄日だった。
率先して自己紹介をした結果、初対面のガキに急所攻撃を受けてダウンしてしまう。
その全てを目撃した霊火はいよいよ極悪モードだった。
(は? 何か3年生も来たことだし戦力を追加投入して本気で殺してやろうか?)
実にしょうもない理由で人の道を外れ始める食堂のお姉さんだったが、何とか無表情だけはキープする。
しかしその無表情が怖くて委員長が引いている事までは気が回っていない。
とはいえ怒りに任せて戦力を投入しすぎると霊火の方も収拾がつかなくなりそうだ。そもそもそこまでに感情が収まってしまいそうな気もする。
霊火は良くも悪くも激情型で、怒りが持続する方ではないのだ。
……あるいは出水洸汰の場合、うっかり『血狂い』に再会する前に落としてしまう方が彼のためかもしれない。まあ[Class4:lookism]こと【美貌】ちゃんがマスキュラーよりマシかは諸説あるが。
――――――――
夜ご飯も食べ終わって、お風呂の時間だった。
お風呂の時間ではあるのだが、殻木霊火はお風呂にいなかった。
「温泉で湯当たりって……君、本当にヒーロー科?」
「これでもステインは倒しています……」
合宿所のロビー。
広々とした空間に配置された大きなソファーの上で少女はぐったりとしていた。
黒髪はタオルでまとめられ、首筋にはまだ湿り気が残っている。
温泉に入って10秒で完全にダウンした病弱少女の顔色は相変わらず悪かった。
薄れゆく意識の中でどうにかギリギリ部屋着までは着用して這い出てきたが、今も普通に吐きそうだった。
霊火の傍に座って看病中のマンダレイがため息をつく。
「君その虚弱さで雄英ヒーロー科についていけるの?」
「でもステインは倒しています」
スポーツドリンクのボトルを手にとって看病してくれるのはありがたいのだが、結構鋭いチクチク言葉で刺してくるマンダレイに霊火は掠れ声で反論する。
この手のやり取りはリカバリーガール相手に既に10回は経験済みだ。
霊火はいつも“ステインを倒した“の一点でヒーロー科に頑強な身体は必要無い理論に繋げるのだが、雄英の保険医相手のディベートは何時でもほんのり不利気味だった。
「何が“健全な精神は健全な肉体に宿るもの“だよ本当にアホらしい……」
「大丈夫? 私は何も言ってないよ?」
架空の対戦相手と口論し始めた病人の顔をマンダレイは心配そうに覗き込む。
そして目の焦点が微妙に左右で合っていない霊火は、湯当たりが重すぎて少し朦朧としていた。
やはり不健全な身体には不健全な精神しか宿らないのかもしれない。
それから数分、霊火が少し調子を取り戻した頃に風呂場の方からどんがらがっしゃーんと何か大きな音が聞こえてきた。そしてしばらくドタバタと大きな足音が響く。
そして緑谷出久が出水洸汰を抱きかかえながら、血相を変えて風呂場から飛び出してきた。
因みにバスタオル一丁だった。
洸汰を見たマンダレイが慌てて立ち上がる。
「洸汰!!!!!」
「すみませんマンダレイ!! この子、見張りをしてくれてたんですけど上から落ちちゃって……!!」
緑谷の話を聞く限り、峰田が例のごとく女風呂を覗こうとしたらしい。
それを防いだ洸汰だったが、その時にバランスを崩して仕切りの上から落下したとのことだ。
緑谷が受け止めたので怪我はないようだが失神してしまって連れてきたという経緯だ。
「……あいつちょっと真面目に性依存症で病院に行った方が良いんじゃないかな。ちゃんと治る病気だよそれ」
「え、あれ!? 霊火さんここでどうしたの!?!? え、
「今回は行けると思ったんだけれどなあ……」
部屋着姿で顔色が悪い霊火をみた緑谷が素っ頓狂な声を出す。
そして生徒二人の一連の会話を聞いたマンダレイが「……
霊火はポーカーフェイスだったが、緑谷は(ヤバい!!)という表情になる。
「え、君たち一緒に温泉行ったことあるの? ……体育祭の映像でも随分と仲良かったけど、もしかしてそういう関係?」
「まさかあ。同じ中学校だから学校行事も一緒だったんです。その時にも私は倒れていたので……」
「そ、そうだよね。まだ高校一年生だしそんな訳ないか」
勿論完全な嘘だったが、ひとまず彼女は信じたようだった。
「……洸汰くんは、ヒーローに否定的なんですね」
「ん?」
そして話題は霊火とは別のソファに寝かされている洸汰の方に移る。
可愛げのないクソガキも眠っていればただ普通の男の子だ。一生寝ていて欲しい。
「僕の周りは昔から、ヒーローになりたいって人ばっかりで――」
ひっくり返ったままの例外ちゃんから「ホントか?」みたいな目を向けられた緑谷は少し困った顔をしながらも話し続ける。
「この年の子がこんな風なの、珍しいなと思って……」
「そうだね。……世間ではヒーローをよく思わない人も沢山いるけど、普通に育っていればこの子はヒーローに憧れていたんじゃないかな」
「……普通?」
「マンダレイのいとこ……洸汰の両親ね、ヒーローだったけど殉職しちゃったのよ」
要は、両親を亡くした少年に浴びせられたのは自分を置いていった両親を褒めたたえる世間の声で。
故に遺された子供はヒーロー嫌いになったという話だった。
(うーん……まあ私も両親を殺したことで歪みまくったからなあ……案外似た者同士なのかなこれ)
霊火の場合は両親と一緒に自分まで殺しているため色々とアレだが、まあ受けたショックの大きさは似たようなものだろう。小さな子供にとって親はそれほど絶対的な物だ。
……まあピクシーボブの前で言うほど馬鹿ではないが、こういう事があるから霊火はヒーローが子供を持つことに反対なのだ。
とりあえず【美貌】ちゃんの投入はやめようと思いつつ、霊火は口をはさんだ。
「まあとにかく、出久くんは服着たら?」
「あ、ごめん霊火さん。すぐ着替えてくるよ」
「……ねえ君たち、本当はどういう関係なの……?」
特になんの羞恥心も無いやり取りにマンダレイは首を捻っていたが、なんとなく現状維持が続いている片想い関係でしかない。
――――――――
「恋バナしようよ恋バナ!!!!!」
「流石に振りが雑過ぎない?」
「林間合宿の夜にこれ以外の何を話すの!!!!!」
正直、それは一理ある。
夜の女子部屋は、ほのかな明かりの中で賑やかな空気に包まれている。
今日は早めに寝ないと明日が辛くないかと思わなくもないが、霊火も空気を読んで話に参加する姿勢だ。
布団を円形に並べ、A組女子たちで集まって座り込む。
こういう話が大好きな芦戸三奈が枕を抱えながら「ねぇねぇ、最近誰か気になる人いる?」と話を切り出した。
「んー芦戸はいるの?」
「いなーい!!!」
そして言い出しっぺがこの有様だった。
まあ気持ちは分かる。雄英ヒーロー科はちょっと忙しすぎるのだ。
なんか今は夢に向かって頑張るといった感じで、『恋愛どころじゃないよね?』という雰囲気が男女問わず薄っすらとある。
例えるならば”今は部活に全力で打ち込みたい”を全員でやっている学科なのだ。
つまりちゃんと片想いをしている霊火が特別不真面目で、特別異端だったりするのだ。
そのため油断したら集中砲火を受けそうな霊火はサラッと話題をすり替える。
あと、先ほどから麗日が挙動不審でうっかり自爆しそうだ。こちらまで巻き込んだ大事故を起こしそうで怖い。
「それじゃあ何か……どうする? 理想のシチュエーション発表大会でもする?」
「え、いいじゃん。それじゃあ希乃子は?」
「え!? 私!?!? 私これでもアイドルヒーロー目指しているんだけど……」
唐突に話を振られて言い訳を始める小森に、霊火は薄く笑いかける。
「……希乃子はなんか普通に誰かと付き合ってそうだけれどね」
「なんてこと言うノコ!?!? そんな訳ないノコ!!!」
まあアイドルヒーローに彼氏がいてもいいとは思うが……なんなら普通に雄英の元同級生と付き合ってそうなイメージだ。
霊火が謎にくっきりとしたイメージの出所に首を捻っていると、芦戸が話を引きつぐ。
「それじゃあ小森!!! 理想のシチュエーションは!?!?」
「ええ……森の中の小屋でキノコシチューを一緒に作って食べるとか?」
「そりゃまた夢を詰め込んできたねえ……」
「理想って言ったノコ!!!!!」
取蔭にバッサリ切り捨てられて抗議の声を上げる小森だったが、霊火は割とそのシチュエーションが好きだった。
そのまま布団の上で女の子座りな角取ポニーの方に視線をやる。
「ポニーは? 好きな男の子と、一緒にしたい事とかある?」
「ワタシはアニメ鑑賞会をしたいです!!!!!」
随分と楽しそうなシチュエーションだった。
この調子で芦戸はダンスクラブ、麗日は餅つき、委員長はナイトディナー、葉隠が遊園地等とそれぞれの理想を上げていく。
……思ったよりも話が健全に進行するので、霊火は発言に少し毒を垂らしてみる。
「……なんかさ、お泊りで映画鑑賞するじゃん。ピザとか食べたりしながら楽しい雰囲気の奴」
「イイね!!!」
「それでさ、ふと気がついたら映画は濡れ場なの。それで互いにちょっと気まずくなっちゃって、液晶だけが光る暗い部屋で目が合って、何かいつもと違う雰囲気にドキッとしちゃってそのままみたいな……」
「「「「「Whoooooooooooo!!!!!!」」」」」」
そのまま夜は更に深くなり。
深夜テンション赤裸々ガールズトークは際限なく加速していく。
――――――――
「女子たち何か疲れてね?」
鱗が朝一番に女子たちを見て言ったセリフがそのまま事実を表現していた。
取蔭(ちゃんとロマンチスト。雰囲気重視)が死にそうな顔で唸る。
「めっちゃ眠い…………」
「We all talk too much….(ちょっと話し過ぎました……)」
ポニー(どちらかというと乗られたい)の言う通り、少し話が盛り上がりすぎた。
勢いに任せて互いの性癖のかなり深い部分まで共有してしまったA組女子ーズだったが、林間合宿は体力の回復を待ってくれない。
2日目、”個性”伸ばし。
霊火が相澤から課された課題はこれだった。
「サポートアイテム? また飛行の訓練です……?」
「今回はこれを使う」
いつものカンテラ付き斧を渡されげっそりする高所恐怖症少女だが、追加で大きなリュックサックを渡される。
更に追加でノートとペンを渡され、両手がふさがった霊火は不審そうに担任を見上げた。
「殻木はこれまで通りサポートアイテムを使った飛行能力を伸ばす方向だ」
「それでこのノートは……」
「両手を離して飛ぶ訓練だ。殻木にはここを飛び回って、ほかの生徒の様子を俺たちに報告してもらう」
そして相澤はニヤリと笑った。
「因みにそのリュックはパラシュートだ。時々俺が”見て”落とすから、常に集中を欠かさないように」
「出る所に出たら賠償金とれるんじゃないかなこれ」
――――――――
崖から一歩踏み出した場所に“個性“によって作られた透明な足場が点々と配置されている。
『空気凝固』の円場は自身が造り出したその上で、全身を震わせながら立っていた。
地面は、彼の足元の透き通ったガラスみたいな床の遥か下だ。
なんか悪質なデスゲームみたいな事をやっているクラスメイトを見て、サポートアイテム上の霊火はノートとボールペンを握ったまま絶句する。
「…………………………え、それはどういう訓練なの?」
「先生は頑丈な足場を作って空中散歩しろって……」
「正気か?」
いくらなんでもスパルタすぎる。
そんな会話の最中にも彼の足元からピシッ……と不穏な音がして、円場と一緒にこちらまで真っ青になる。
しかもリュックサックを持つ霊火と違って彼にはセーフティらしいセーフティも無い。そしてこの高度は落ちたら普通に死ぬ高さだ。
魔法少女は呆然と首を振った。
「……私と同じパラシュート貰えなかったの……?」
「落っこちたらそこで飛んでる波動先輩が拾ってくれるらしい……ところで殻木は何してんだ?」
「飛び回ってみんなの記録しろだってさ。あと先生が時々『抹消』で撃墜してくる」
「そっちも酷えな……」
空飛ぶ霊火が周りを見回すと、空飛ぶ美人先輩が素敵な笑顔でこちらに手を振ってくれた。
飛行まで可能とはどうやら随分な万能“個性“をお持ちのようだ。容姿も相俟ってガチで人気が出そうだった。
……まあ少しだけ話した印象だと、話せば話すほど敵が増える性格でもありそうだったが。
(ずば抜けた美人で天才肌でド天然とか同性の嫉妬で超生きづらそうだけれど……まあこの手の女は結局周りの男どもがちやほやするからどうにかなるんだよな……実際”BIG3”でも紅一点だし……)
そしてあの手のハイパー美人には大抵露払いの同性お付きがいて……などと普通に性格が悪い女子高生が酷い事を考えていると、意外と近くから女性の悲鳴が聞こえてきて霊火は慌てて周りを見回す。
「うわああああああああああああああああああぁぁぁ…………………………」
悲鳴の出所はガチャガチャの透明ボールみたいなのに閉じ込められて、『土流』で形成された坂道を転がり落ちていく麗日お茶子だった。
ドップラー効果を伴いながら遠ざかっていく音源を見た霊火は本格的にドン引きが止まらなかった。
「……あれは?」
「麗日が言うには自分に”個性”を使って酔いに身体を慣れさせるとかなんとか……あっ」
「えっ?」
何の前触れも無かった。
パリーン!! と音を立てて足場が割れる。
そして当然の帰結として、円場硬成が死の自由落下を始めた。
波動先輩が慌てて飛んできて落ちる彼を”個性”で捕まえるのを見下ろしていると、唐突に霊火の方も急に階段を踏み外したかのような感覚が襲ってきた。イレイザーヘッドの『抹消』だ。
地表に向かって真っ逆さまに落下しながら霊火は思った。
今日中に5回以上落とされたら【食人鬼】を直接相澤先生にぶつけよう。
――――――――
16回落とされた。
敵連合を待たずに、今夜ここを襲撃してやろうかと思った。
「霊火さん大丈夫……?」
「……大丈夫なように見える?」
落下の恐怖で後半は離陸すら出来なくなった霊火は、もう目元が真っ赤だった。
ぎりぎりと歯軋りをしながら半泣きガチギレモードで夕飯の準備をする霊火にクラスメイトは誰一人話しかけられず、ようやく声を掛けてくれた緑谷も恐る恐るといった感じだ。
「……恐怖症はこういうので治んねえんだよ!! あのクソ担任、私よりも馬鹿なくせに合理性を語るとか片腹痛いわ……!!!!!」
「せ、先生も明日からは流石に考え直してくれると思うけど……」
ペーパーテスト最強女の発言過激化が止まらないが、そんな頭でっかちちゃんの背中を緑谷はポンポンと叩く。
因みに相澤先生は”高所恐怖症すら治さずにヒーローになるつもりか?”と言う態度を全く崩さなかった。多分初日の不意打ちを回避した懲罰も含まれている。
……相澤どころかブラドキングもワイプシもBIG3すらも大体同じ意見だったため、なんかもうヒーロー業界そのものがそんなものなのだろう。
努力で苦手を克服するなんて、熱血バカの好きそうな事だ。
「私がPlusUltraする時なんて一生来ねぇよ……!!」
「霊火さん落ち着いて? ね? もう大丈夫だからね」
そのままぼろぼろと大粒の涙を零し始めるクラスメイトを抱きしめながら緑谷は懸命に慰める。
恐怖のあまり軽い幼児退行を起こした霊火は、もう緑谷に縋りついて泣きじゃくるしかなかった。
――――――――
夕陽が差し込み、教室はオレンジに染まっていた。
人の気配は無く、不自然なまでの静けさに包まれている。窓から見える光景は1年A組の物ではなかった。
黒板には何かの数式が半分消された状態で残され、チョークの粉が夕日に照らされて輝いている。
窓から入る風が、カーテンを緩やかに揺らした。
制服の霊火が周囲を見回すと、教室には一つの人影があった。
教卓に直接腰掛け、夕暮れの光に照らされて輪郭だけが浮かび上がっている。
黒髪の少女はそれを見てつまらなそうに鼻を鳴らすと、こう言った。
「なるほど夢か」
「いや俺はちょっと言いたいことがある訳よ」
「私にはないけれど?」
水色の逆立った髪型。雄英の制服。人懐こい笑顔。
本来の『雲』の持ち主だ。
”個性”因子には、その持ち主の意識が宿る。
霊火の身体にある『雲』は複製品だが、それでも人格の転写はされてしまうようだった。
故に、こんな感じで夢で出会ってしまう事がある。
……この辺りを深掘りすれば人格の移植や増殖にまで手が届きそうだが、それはどちらかというとドクターの得意分野だ。
霊火は少し眉を上げると、とげとげしい口調で言った。
「覗き見してたの?」
「おいおい先生になったショータぐらい見せてくれよ!!」
「近いうちにそっち側に送ってあげるから焦らなくていいのに……」
半分ぐらい本気の発言なのが分かっているからだろう。
白雲朧はそれを聞いて困ったように笑った。
「いやショータもさ、別に霊火ちゃんを虐めたいわけじゃないのよ」
「それは別に分かっているけれど。いざ実戦で、
「……分かっているならもうちょっと手心加えてくれないか?」
「何? 結局私が本気で『抹消』を取りに行くつもりだから止めに来たっていうわけ?」
そして教室の輪郭が少しずつぼやけていく。
黒板に書かれた文字も窓から差し込む夕陽もすべてが霞んでいくように薄れ、まるで水彩画に水を垂らしたように曖昧になっていく。
「ああもう時間制限か。くっそー俺なら説得できると思ったんだがな」
「その自信はどこから来るの? まあ殺さないように努力はしてみるけれど……」
教卓に腰掛けていた人影もその存在感を徐々に失っていく。
空間全体が柔らかな光に包まれ、現実感が薄れていく。机や椅子の輪郭も、まるで霧の中に溶けていくように曖昧になっていく。
そして夢の終わりはいつでも唐突だ。
パチリと目を開けると、そこは月明かりが漏れ込む見慣れない天井があった。
霊火は一瞬の混乱の後、ここが林間合宿の女子部屋だという事を思い出す。
落ち着いてみると、周りで寝息を立てる同級生たちの気配を感じる。
そしてすぐ、部屋の扉がゆっくりと開く音が聞こえ、細い光の筋が暗い部屋の中に差し込んだ。
「静かに……静かに……」
「踏まないように気を付けるノコ……」
ちょうど女子部屋に芦戸と小森の補習組が忍び足で帰ってくるところだった。
霊火はもう一度目を閉じると、小さな声で出迎えた。
「お疲れさま2人とも」
「わ!! ビックリした……殻木か……もうヘトヘトだよ……」
「これ明日絶対しんどいノコ……霊火は寝れなかったの?」
「ううん。夢を見ただけだから大丈夫だよ」
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