違うルールを生きていた。
————
「お前ら動きが悪いぞ!!!! 罰として腕立て伏せ50回追加!!!!」
「「「サーイエッサー!!!!」」」
「お前らまだまだキレキレじゃないか!!!! 余裕がありそうだな!!!!! 腕立て伏せ100回追加!!!!」
「「「サーイエッサー!!!!」」」
「え、怖……」
『虎』のブートキャンプに顔を出すと、そこは地獄だった。
とはいえ命の危機という訳では無さそうだった。この点に関しては円場と霊火がおかしかった。
高所恐怖症以前に熱中症で倒れかけたため、一旦特訓が中止になった日傘装備の霊火は呆れて首を振る。
少女の傍には光を放つカンテラ付きのサポートアイテムが浮遊していた。
軍隊みたいな訓練をしている増強型”個性”組を見て霊火が凍り付いていると、1年生と一緒にトレーニングをしていた通形ミリオが霊火に気がついてやってきた。
「あれ、殻木さんだよね。どうしたの?」
「私、夏場で外を歩いて体調崩さないっていうのも一応課題なんです。……それでどうして通形先輩までトレーニングに参加しているんですか?」
「いやあ折角だから俺も鍛えようと思ってね!! 結局筋肉だよね!!!!」
筋肉と縁遠い少女は微妙な顔をするしかなかった。
こほこほと咳払いして話題を変える。
「ところで相澤先生が先輩を呼んでいました。尾白とか回原相手に組手をして欲しいそうです」
「OKすぐに向かう!!!!!」
『透過』を使わずに素で走っていく後ろ姿を見て、霊火は息をついた。
(『ナイトアイ』の事務所で頭角を現した元最下位……サイドキックとしての実績を見る限り相当な実力がありそうだけれど……)
情報不足。戦力としては未知数といった感じだ。
ただあの”個性”は[Class5:globalism]相手に変な挙動をしそうで少し怖いところがある。
(それにしても『ナイトアイ』ね……あれも絶対に会ってはいけない相手なんだよね……)
ラグドール程ではないが、ナイトアイも非常に危険な相手だ。
オールマイトに紹介とかされたらどうしよう。
――――――――
「腹もふくれた、皿も洗った! お次は……」
「肝を試す時間だー!!!!!」
そしていよいよ、肝試しの時間だった。
……つまり平和な林間合宿はこれにて終了ということでもある。
今の霊火のファッションは、シンプルな黒のシャツに色の濃いジーンズだ。
その上に羽織った迷彩柄のアウターはポケットが多く配置された機能的なデザイン。
間違えて持ってきちゃった風にサポートアイテムのカンテラ付き斧まで持ってきて、戦闘準備はバッチリだった。
静かに心のスイッチを入れる霊火をよそに、A組担任はこんなことを仰った。
「その前に大変心苦しいが、
「ウソだろ!?!?!??!?!?!??!?!?!?!?!?!???!?!??!?!?!」
芦戸が物凄い顔でツッコミを入れた。
しかし、夕闇の中で真っ青になったのは霊火の方だった。
(……え、マジで? え、B組補習組って確か……あれ? もしかして『抹消』もそっちに行く感じだったりする?)
肝試しは、生徒は全員参加だと思い込んでいた。
ここでそっちに行かれると滅茶苦茶予定が狂ってしまう。
(あれ? これもしかして滅茶苦茶マズい事になってない?)
一人で小パニックに陥る霊火だったが、無慈悲にも相澤先生は補習組を捕まえて宿の方に去って行った。
「うわああああ堪忍してくれえええ!!! 試させてくれえええ!!!!」
そんな彼らを見送る霊火は、なんか色々一周回って笑顔だった。
……組んでいた計画やフローチャートが全て崩壊した。つまりここからは、全てをアドリブで進行することになる。
「はい、という訳で脅かす側先攻はB組、A組は二人一組で3分おきに出発。ルートの真ん中に名前を書いたお札があるからそれを持って帰ること!!」
「闇の饗宴……」
賑やかなメンバーが軒並みいなくなってしまったため空気が神妙になっていた。
霊火も襲撃以前にホラーが苦手なためそこまで元気が無い。
そして二人組を決めるくじ引きが行われた。
そして結果的にこういう組み分けになった。
①鎌切尖・角取ポニー
②轟焦凍・常闇踏陰
③麗日お茶子・取蔭切奈
④緑谷出久・殻木霊火
⑤円場硬成・尾白猿尾
⑥峰田実・鱗飛竜
⑦吹出漫我・口田甲司
⑧葉隠透
「わわっ!! 良かった霊火さんだ!!」
「んんっ……!!!!!」
あんまり嬉しそうに彼が駆け寄ってくるので、霊火もつい勘違いしてしまいそうになる。
……最近霊火も、彼に告白したらそのまま素通しで受けてくれるんじゃないかと思わなくも無いのだが、それだけは出来ずにいた。
なにしろ初めて出来た彼女が敵だったとかかわいそうだ。万が一緑谷から告白してきた場合は霊火も自制が効かないだろうが。
「……」
そして麗日がやたら切なそうにこちらを見てくるので霊火は気が気じゃなかった。
麗日お茶子。一昨日の恋バナで『気になった男の子はいたんだけどね、その人にはもっとお似合いの人がいたの(要約)』というエピソードを語って深夜の女子ーズを泣かせていたのだが、あれは間違いなく霊火への当てつけだった。
当てつけでこの程度なのが彼女の善良さの証明なのだが、気になった切っ掛けとかをちゃんと説明されるとこちらとしては冷や汗ダラダラで愛想笑いをするしかなかった。
(……別にガンガン略奪してくる感じでいいんだけれどな。その後私が壊れないかは別の話として……)
彼女もそれが分かっているから仕掛けられないのだろう。
善良過ぎて恋愛戦争に勝てないタイプだった。まあ男が靡きがちなタイプでもあるが。
――――――――
▶肝試し開始から10分後
「あうぅ……私たちも肝試ししたかったあ……」
「サルミアッキでもいいから飴をください……」
「サルミアッキ美味いだろ」
宿までの夜道を、相澤消太は補習組の生徒たちを引き連れて歩いていた。
彼は生徒の泣き言に対して無気力そうに適当に返事をしながらも捕縛布を引き、宿――マタタビ荘に向かう。
「今回の補習では非常時の立ち回り方を叩きこむ、周りとの――あ?」
足が、重くなる。
相澤は最初疲れのせいかと思ったが、徐々にその重さは増していく。
「え、何ノコ?」
「おい!? え、なんだこれ!?!?」
補習組も異変に気が付く。
そして10秒も経たずに、この中で一番非力な小森希乃子が地面にへたり込んだ。
「おいお前ら離れるな!!!!! 落ち着いて状況をよく見ろ!!!!!」
「でも先生!!!!! これって何!?!?!?」
芦戸が悲鳴を上げる。
耐えきれず崩れ落ちる上鳴の腕を砂藤が掴むも、結局は二人とも地面に倒れてしまう。
「何だっこれっ……!?!?!?」
「重力……!!!!! いやだとしたら一体誰が……!!!!!」
透明で巨大な手に、上から押さえつけられているかのようだった。
相澤も堪えきれずにがくりと膝をつく。
正体不明の力が増すごとに呼吸さえも困難になっていく。そして異変から30秒後には、全員体を起こすことができなくなってしまった。
「先生の”個性”で消せねえの!?」
「……っ!!!!! 無理だ……!!! 誰がやっているのかさえ分かれば……」
焦り始めた上鳴を落ち着ける為に相澤も大声を出す。
しかし周囲を見回そうにも、この異常な重力では首を回すだけの簡単な動作すらもままならない。
そのままギリギリと力は増していき、いよいよ全員が地面に這いつくばったまま動けなくなる。
周囲の木々がミシミシミシミシと恐ろしい音を出しながら倒れていくのを見て小森が悲鳴を上げた。
「せ、先生!!! 助けて!!!!! 潰されちゃう!!!!!」
生徒の危機に相澤は強く歯噛みした。
これは”個性”攻撃だ。しかし『抹消』で消そうにも、その攻撃者が分からない。
(マズイ……!!!!!)
これは襲撃だ。
林間合宿を狙った襲撃。しかしプロヒーローである自分はここで何もできずに動けなくなってしまった。
無線で連絡しようにもこの高重力下では自分のポケットをまさぐる事すら出来ない。完全に初動を間違えた。
(マズイ……!!!!!!!!!!!!!)
恐るべきはその強度。
どこから誰がこの力を生み出しているのかも分からないのに、完全に先手を取られた。
範囲も持続時間も未知数。仮にこのまま森に火でも付けられたら、そのまま全滅しかねない。
――――――――
▶肝試し開始から13分後
「んもう……タコの触手だなんて……いい男がいるじゃない♡」
「肉……断面……肉がたくさん……」
夜の森の中、肝試しのスタート地点。
木々の間から漏れる月明かりが地面に不気味な影を作り出している。そして空気は緊張感に満ちていた。
5組目の生徒たちを送り出した後、襲撃が始まった。
突如ピクシーボブが透明なワイヤーに繋がれたかのように何かに引き寄せられ、たまたま事件現場にいた天喰環がタコの触腕で彼女の回収を成功させたところだった。
「……っ!! ピクシーボブ、大丈夫でしたか?」
「ええありがとう天喰君……それでお前らは……!!!!」
焦げ臭い匂いが夜の空気に混ざって重苦しい雰囲気を作り出す。
峰田実は生まれて初めて敵と向き合い、恐怖に満ちた声を上げる。
「何で……万全を期したはずじゃあ……何で敵がいるんだよ!?!?!?」
「……しかもあれ、USJや保須市に現れたっていう脳無って奴じゃないかい?」
天喰と同じく肝試しスタート地点にいた通形は、構えをとりながら低く唸った。
襲撃者は、3人。
一人は長い髪を靡かせた、オカマ口調の大柄な男。
一人は全身を拘束服で覆われた怪人。
そしてもう一人は、脳みそ丸出しの黒い男。
『マグネ』『ムーンフィッシュ』『黒い脳無』
一人一人が正真正銘の怪物。
悪夢が、動き出す。
――――――――
▶肝試し開始から13分後
(うっわあ『ショック吸収』の脳無が来ているのか、それに『マグネ』に『ムーンフィッシュ』? ……肝試しスタート位置の襲撃メンバーヤバすぎるでしょ……)
ワイプシの3人と通形ミリオと天喰環。
彼らだけで止められるかと言われると少々怪しい危険度だった。
正直この盤面だと1年生を戦力にカウントした方が結果的な生存率は上がりそうだが……。
そんな事を思考しながらも、緑谷との会話は止めない。
霊火たちの肝試しが始まって4分。
こちら側もそろそろだ。
「霊火さんとは一緒にお化け屋敷に行ったことがあるよね」
「雄英受かった後だったっけ? あれ楽しかったね」
因みにその日は霊火がうっかり『霊障』を暴発させた日でもある。
……手を繋いで歩く2人の傍に青白い光が漂っていた。霊火の"個性"の鬼火だ。
長時間見つめると精神の均衡を崩す『死』の光源を肝試しに使うのははっきり言って自殺行為なのだが、とにかく明るくはあった。
そして異変は始まった。
青白い鬼火の光が暗闇を切り裂くように前方を照らし出し。3つの人影が地面に横たわっているのが見えた。
「……っ!! B組の……!!」
「近づいちゃダメ!!!!」
柳レイ子、耳郎響香、泡瀬洋雪。
反射的に駆け寄ろうとする緑谷の手を引っ張って静止させる。
緑谷が何か言おうと口を開いた瞬間、脳内に声が響いてきた。
『皆!!!!!』
マンダレイの『テレパス』だ。
脳内に響く声は、更にこう続けてきた。
『敵三名襲来!!!!! ほかにも複数いる可能性有り!! 動けるものは今すぐ施設へ!! 会敵しても決して交戦せず撤退を!!!!!』
「!!!!! 霊火さん!! 僕がB組の皆を助けるから洸汰くんの事を迎えに……!!」
「私その子の居場所知らない!! ……ああもう止めても無駄でしょ!! 私に10秒頂戴!!」
霊火は迷彩柄のアウターのポケットから、直径10センチ程の小さな銀色のリングを複数取り出す。
少女が金具を指でひっかくと、それらはぎゅるんと拡大して車のハンドルほどの大きさになった。
「私の試作品。合宿中にテストしてもらうつもりだったの。……法律的に怪しいからこっそりやりたかったんだけれどこの際しょうがない……!!」
「どういう……?」
「いい?
背伸びをして緑谷の首元に手を伸ばす。
リングを彼の首にかけて再度金具を弄ると、彼の首にぴったり合うサイズにまで縮まった。
続いて少女は同じような手順で緑谷の両手首と両足首にもリングを装着していく。
それぞれがパチンと留まるたびに金属の冷たい音が響いた。装着された5つのリングが銀色の輝きを放つ。
(……うわ本当に出水洸汰とマスキュラーのマッチングが成立しているし!?!? 運命だとしても最悪すぎる……!!)
「霊火さん……? これは……?」
「体育祭の時から思ってたんだけれどさ、
少女は無邪気にふわりと笑った。
そのまま笑いの意味をニヤリと”挑戦”の方向にスライドさせ、歯をむき出しにして左手で彼の胸を小突いた。
「頑張って『デク』。……どうか怪我しないでね」
「っ!! 霊火さんも気を付けて!!」
ドンッ!! と音を残して。
彼は霊火の隣から走り去っていく。
(……敵総数は60人越え。オールマイトもいないっていうのに『ショック吸収』を誰が倒すの……?)
一応処理ルート自体は用意してある。まあ脳無である以上は最悪の場合霊火がどうにかするが、それ以前に
少女は毒ガス敵の『マスタード』を捕捉しながらも少し悲しそうに目を細めた。
(あーあ……本当は私の方を助けて欲しかったな……)
本当は緑谷を手元にキープして緑谷の安全と霊火自身の安全を確保するつもりだった。
しかしマンダレイが拗らせたクソガキを職場に連れてきたせいで全てが台無しだ。
出水洸汰に愛しの彼をとられてしまった少女は大きなため息をつく。
(私フィクサーの才能無いなあ……アイランドではあんなに上手く行ったのに。……出久くんって私が死んだら泣いてくれるのかな?)
――――――――
▶肝試し開始から13分後
「………そろそろかにゃ?」
月明かりに照らされた森の中。
肝試しの中間地点で待機中だった。
ラグドールは、大きなあくびをしながら背伸びをした。
「うーん、それじゃあここで仕事は終わりです」
ラグドール、
そのヒーロースーツごと体表面がドロドロと溶け始め、現れたのは目つきの悪い女だった。
「……裸は恥ずかしいのですが……」
彼女は申し訳程度に両腕で裸体を隠しつつ、コソコソと木陰に隠れる。
時間が来るまで待機。それが彼女に課された仕事だった。
成功報酬7000万円。
プッシーキャッツのラグドールに変身して、指定する時間まで疑われずに潜伏せよ。
トガヒミコは“本物はどこ?“や“ボトル2本分の血液や行動パターンの資料はどうやって用意した?“などは少し疑問に思いながらも、頭の中は手に入れた金をどう使うのかでいっぱいだった。
トガヒミコは10代の女の子だ。
もちろん欲しいものなんていっぱいある。
――――――――――
▶肝試し開始から13分後
「いいか八百万、俺はお前を他の生徒に比べて劣っているとは全く考えていない!! 今のお前はちょっと自信を失っているだけだ!!」
「はい……!!」
「よし、それでいい!! いいか八百万。お前の“個性“は確かに難しい。取れる選択肢が多すぎるからこそ、動きに迷いが出ることもあるだろう。だが、咄嗟の判断力や度胸は経験を積めば必ず身に付く!! 一緒に頑張るぞ!!!」
「はい!!!」
「『創造』だっけ? すごい“個性“だよ!! 私とも頑張ろうね!」
「ありがとうございます波動先輩!!」
八百万百。B組唯一の補習対象者。
期末実技にてイレイザーヘッドに『抹消』されパニックに陥り、何も出来ずに無力化。
試験自体はペアの物間がコピーの『創造』で唯一作れた鉄板を上手く使って相澤の視線を切り続けてギリギリの脱出を果たすも、八百万は赤点になってしまったのだ。
そんな生徒をB組担任は、熱く励まし続ける。
今夜の補習で実技相手になる予定の波動も彼女なりに後輩を元気付けようとしていた。
その時だった。
ミシリ。
ブラドキングが不審そうに天井を見上げる。
最初は小さな音だった。
しかしそれは次第に大きくなり、ミシミシミシミシと巨大な何かが建物全体を押し潰そうとしているかのような不気味な音が響き始めた。
ブラドキングが大声を出した。
「逃げるぞ!!!!」
「はい!!!」
「え?」
建物の中にいたからこそ、彼らは異変に気が付くのが早かった。
ブラドキングが硬直する八百万を抱きかかえ、波動ねじれが“個性“で宿の壁をぶち抜く。
そのまま3人で勢いよく屋外に出る。彼らの背後の建物が致命的な音を出した。
「なんだこれは……!!」
「分からない……なにこれ身体が重い……!!」
「えっ? えっ?」
まだ状況を呑み込めていない八百万を抱えたままブラドキングは懸命に建物から距離を取る。
そして力尽きて崩れ落ちた直後、背後で轟音が響き渡る。
ガラスの割れる音、金属の軋む音、コンクリートが砕ける音が混ざり合って不協和音の嵐となって耳を刺す。
粉塵が背後から舞い上がり、3人は振り返る必要もなく施設が完全崩壊したことを理解した。
「くっ……!」
ブラドキングが唸る。
既に全員強烈な力で地面に引き寄せられ、動くことも出来ない。
超重力は容赦なく、彼らの体を地面に固定してしまった。
自分の生徒の細い指が地面を掻くように動くのを見て、ブラドキングはもう一度全身に力を込める。
しかし彼の頭の中も疑問だらけだった。
(分からん……!! これは一体何だ……!! 誰がどこから俺たちを攻撃しているのだ……!!)
敵対者が目に見えるのならば、それは幸せだ。
せめてどこから攻撃されているのかが分かれば、反撃の道筋も見える。
それでこの重力攻撃だ。
……この様な現象は“個性“でしか実現できない。つまり背後には人間がいて、そいつは既に攻撃行動に出ている。
しかし音も光も何も無い広範囲の高重力はその異能の噴出点を完全に隠蔽してしまっていた。
正体不明。
故にブラドキングは戦慄する。
一方的に命を握られる極めて危険な感覚。
守るべき生徒を抱えた状態で感じるそれは、彼に冷や汗をかかせるには十分だった。
―――――――――
▶肝試し開始から15分後
「それじゃあ中学生の『マスタード』君に賢いお姉さんが教えてあげよう」
「あ……ぁ………………」
瞬殺。
その赤い目に隠し切れない悪意と殺意を宿した小柄な少女は、あくまで世間話のようなテンションで語りかけた。
学ランの男子中学生の顔面に足を乗せて体重をかけながら、少女は続ける。
「学歴ねぇ……。ま、私みたいな天才からしてみると一周回っていらなかったりするけれど、普通の人が自分の価値を手っ取り早く証明する手段としては有効だよね」
「ぁぇぇ……ぁぇぇぅぁぁい………」
「それにしても絶望するにはまだ早いと思うんだけれど。こんな事をしなければいくらでも道はあったのにね?」
正確に表現するならば。
倒れた男子生徒の口腔内に、直接靴の踵をねじ込んでいた。
何本もの永久歯を踏み砕いて破片を喉奥に押し込む形でグリグリと足を動かしながら、霊火は自分の考えを語る。
いくらヒーロー科に在籍しようとも、根っこが真っ黒な少女はこういう時に容赦しない。
脊椎を踏み折らなかった所に慈悲を感じて欲しいぐらいだ。
(まあ流石に相性差かな。根本的に空からの視点を持つ今の私に地を這う毒ガスで勝負しようとした所で勝負は決まっているというか……)
そして自身の“個性“への防御策をガスマスクに頼るなど、どこまでも対殻木霊火が絶望的な少年だった。
超遠隔攻撃の鬼火でガス外からマスクを破壊。そして上空からガスを無視して問答無用の強襲。文字通りのイージーゲームだ。
霊火はついでとばかりに男子生徒の鼻も踏み折って気絶させながら、肩を竦めて周囲を見回した。
「で、お集まりいただいた皆様方はどうするおつもりで?」
「……貴様はやはりステインの主張には沿わない。俺がここで粛清する」
「まーた私のアンチかあ……ステインシンパの変人どもめ。あいつも自分のファンの面倒ぐらいみて欲しいな……」
トカゲだかヤモリだかイモリだか、そういう異形系の男に話しかけられた少女はぼやいた。
霊火の周りでざわりと、空気が動く。
(……23人。こいつら全員私狙いかあ……)
今や敵連合の正規メンバーでもある霊火は知っている。
この襲撃は『ステインを倒した殻木霊火の殺害』を目標にしたものでもあるのだ。
「熱心なファンに言うのも悪いんだけれどさあ、私はステインの思想にあんまり興味ないんだよねえ……」
「黙れ偽物。この様な残虐性でヒーローを目指すなど決して許されない」
「そもそもヒーローを目指しているなんて言った覚えが無いんだけれども。正直早く辞めさせてほしいというか……」
この発言は流石に予想外だったらしい。全ての大前提を突き崩す発言に大きな動揺が走る。
霊火はその隙を逃さず淡々と攻めていく。
「結局そうなんだよねぇ……この点ステインの方はまだ筋が通っていて私としては好感が持てるというか……」
「……意味不明な事を言うな。ヒーローとは対価を求めず、人々を救う者に与えられる称号で有るべきだ」
「『そのために俺たちは戦い続ける』って? まさにそこだよ。結局君たちはこう言いたい訳だ」
ステイン殺しは口角を吊り上げ、笑い混じりにこう続けた。
「『自分の様な存在も、真のヒーローを生み出すための必要悪である』って自己肯定したいだけ。お前らに存在価値なんて無いのにね〜? いやあ普通に生きてて学校や職場に居場所を作れない弱者も大変だねぇ。……ああそう言えば」
減点法で満点。
人工物じみた圧倒的な美貌。
職場体験生であるにも関わらず雑誌の『可愛いと思うヒーローランキング』でトップ10入りを果たした美少女は、相手の一番柔らかい所に容赦なく爪を立てる。
「皆さん、随分と……そのぅ……“個性“的なお顔だね? もしかして学校でペアを作る時に余っちゃうタイプだったりしたのかにゃん? ……あ、そもそも不登校? もしかして就職面接で失敗した? 悲惨な失恋の経験がお有りで? 歩いているだけで通報された? 電車に乗ったら舌打ちされるタイプ? 職質は日常茶飯事だったり? うーん、私には中々分からない感覚かも。芸能事務所のスカウトとかは来るんだけどなあ……」
偽物のヒーローどころか、人間失格レベル。
悪辣極まりないトラッシュトーク。決して言ってはならない一言。
……仮に緑谷出久を連れてきていたら、逆に使えない方法だった。
つまりはいつもの殻木霊火の戦い方だった。
USJでも、体育祭のトーナメントでも、ステインでも同じ、最初に相手を感情的に揺さぶり冷静さを奪い取る技術。
……しかし強気な挑発は弱い心の裏返しだ。
これは凶悪な笑みを浮かべる小さな少女に、一切の余裕が残っていない証明でもある。
異形の襲撃者から、返事は無かった。
代わりに全方向から様々な形の暴力が、少女のいる位置に殺到する。
―――――――――
ディストピアを扱うSF作品――あるいは実在する監視国家では様々な形で“市民を監視するための、為政者のシステム“が存在する。
それは市民同士の相互通報システムや秘密警察、情報端末の監視システムや街中に配備された防犯カメラ。あるいは人工衛星だったりする。
そして霊火が選択したのは『雲』だった。
[Class5:globalism]
【全球主義】
”グローバリズム”というのは基本的には経済の文脈で使われることの多い単語ではある。
もちろん様々な功罪を背負った思想でもあるのだが、今回は重要ではない。
この単語の本来の意味は、地球全体を1つの共同体と見なして世界の一体化を進める思想である。
……当たり前ではあるが、『永夜』中、そして『永夜』後は文字通りの冬の時代だ。
そして人類という生物群がそういう時にどの様な行動をするかは、その歴史が証明している。
それは他の共同体から略奪することで自分の不足を補填する行為――つまりは戦争が確実に起こる。
つまりはその対策。
戦争を強制的に停止し、生き残った数少ない人類を可能な限り保護するための手段。
その正体は、『雲』を発生させる“個性“機械のナノマシン群だ。
それぞれが単独で機能するナノマシンたちが結合して、大きな雲を作って出力を上げたりなども可能である。
搭載されている“個性“は、『雲』『透視』『ブラックホール』の3つ。
空を飛ぶ雲に擬態して上空からあらゆるモノを見通し、エリアを区切って超重力ゾーンを作り出す天空の監視装置。
つまりは本来の運用用途としては、飛び交う戦闘機やミサイルを全て撃墜し、行き交う戦車を地面に縫い止め、戦艦も潜水艦も海の底に沈め、ありとあらゆる実弾系飛び道具の射程を奪い取り、秘密の地下シェルターも頑丈な軍事施設も瓦礫の山に変えてしまう究極の戦術兵器だ。
つまり地球全体のありとあらゆる戦闘行為や計画を見透かし、“非戦闘ゾーン“で地球全体を覆ってしまう事がお仕事の“個性“機械である。
世界征服と、世界平和。
人類史でただの一人も実現出来なかった究極の野望を同時に実現する、霊火の最高傑作の1つ。
実はI-アイランド攻略もこちらを持ち込めば一発で滅ぼせたりする。……オールマイトが強引に雲を吹き飛ばしたりしない限りの話ではあるが。
そして今回の林間合宿で使っているのは地上4000メートル程に浮かぶ小さな乱層雲だ。もちろん『抹消』なんかで機能停止するような甘い造りにはなっていない。
現在は霊火の眼球に直接接続しているため、マスタードの位置も簡単に特定出来た。
……まあ肝試しのペア決めのクジの箱を透視出来るぐらいには高性能なため状況の把握には滅茶苦茶強いのだが、重力ゾーンは大雑把なエリア指定のため繊細な使い方が出来ないのは困り物だ。
【開拓主義】程ではないが、やはり“個性“戦闘用ではない物を流用している弊害だった。
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