殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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048:歪み

(洸汰君!!!! 無事でいてくれ!!!)

 

 走る。

 

 緑谷出久は殻木霊火と別れた後、最速で“ひみつきち“に向かっていた。

 

 保護者のマンダレイが(ヴィラン)に対応している以上、この場であの男の子を救えるのは自分しかいない。

 

 圧倒的な胸騒ぎに駆られて全力疾走に集中する少年だったが、いきなりピコンと小さな電子音が響いた。

 

『……なんです? せっかくの初対面なのに声もかけてくれないのですか?』

 

「うわっ?!?! 何だ?!?!」

 

 唐突に頭の中で声が響いた。

 慌てて自分の頭に手を当てる少年だったが、彼の疑問を塗りつぶすように追加の声が響く。

 

『貴方の脳に直接語りかけている訳ではありません。殻木霊火に“首輪“を着けられましたね? それが私です。これは骨伝導技術の亜種のようなもので、マスター以外には聞こえていません。つまり私相手の会話は傍から見れば壮大な独り言のように見えるのでお気を付けを』

 

 そのまま霊火の声でつらつらと説明が始まった。

 緑谷は走りながらも懸命に理解しようとして、こうなった。

 

「え、つまり……どういう事?」

 

『私は、緑谷出久をサポートするために殻木霊火が組み上げたAIです。実際あの人の声で聞こえているでしょう?』

 

「だからビックリしたんだけど……」

 

『マスターが私を殻木霊火と区別しやすいよう口調を変えています。()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()……』

 

「ごめん()()()()、ですます調の方でお願い……あ……」

 

『マスターが混乱することが分かったので、ですます調を採用します。さて、スペック説明に入ります』

 

 そしていきなり緑谷出久の視界がぶわりと明るくなった。

 少年がもう一度驚きの声をあげている間に、何本もの青い光の線が走って目に見える景色の上からゲームのUIのような表示を組み上げていく。

 視界の端に出現したハートマークとそれに付随する何らかのカウンターを見ながら少年は叫んだ。

 

「なななな何だこれ?!?!?!?!」

 

『それはマスターの心拍数です。落ち着いてください。そしてこの映像もまた、貴方の脳に直接映像を送り込んでいるわけではありません。実際の景色に投影するプロジェクションマッピングやホログラムの親戚とお考えください。ただ音声と同じく、他の人には見えません』

 

「なんか明るくなってるけどこれなに?!?!」

 

『それはこちらで起動したナイトビジョンモードです。他にも外気温や体温、風速や風向き、位置情報なども表示可能です』

 

 少女の声に合わせて半透明のウインドウが次々と表示される。

 本物の最先端を叩きつけられて目を白黒とさせる少年だったが、次は音声の方から質問が来た。

 

『それで私は何をすればいいのでしょうか?』

 

「え、なにそれ?!?! 僕が聞きたい位だよ?!?!」

 

『そんなビックリした声を出されても困ります。もしかして私は邪魔でしたか?』

 

 AIだというのにほんのり拗ねたような声色だった。

 本物の霊火そっくりな感じで機嫌を曲げそうなAIに、慌てた緑谷は急いで答える。

 

「洸汰君が(ヴィラン)に遭遇しないように保護するつもりなんだ。その為に急いで”ひみつきち”に向かっているんだけど……」

 

『マスターの視線の動きから『秘密基地』の方角を予想しました。捕捉成功。“洸汰“はこの男児ですか?』

 

 フォン……と小さな音と一緒に、新たな写真が投影される。写っているのは間違いなく出水洸汰だった。

 少年は息を呑む。”ひみつきち”まではまだ相当な距離があるのに非常にくっきりとした写真だ。

 

「そう!! この子!! でもどうやって……?」

 

『私のカメラは生体の眼球に比べて性能が優れています。しかしちょうど今大きな問題が発生しました』

 

「何?」

 

 もう一つスクリーンが開いた。

 出水洸汰が話しかけられていた。相手はマントを着た大柄な男の写真だった。

 男の子はひどく怯えているようだった。

 

 写真を見た緑谷は呻いた。

 

「マズい……!! 僕たちが着く前に敵が……!! もっと急がなきゃ!!」

 

『急いでいるなら最初からそう言ってください。それでは私の説明に入りましょう』

 

 目の前の地面に、青色のマーカーが何十個も表示された。

 

 更に緑谷出久の足に何らかの力が加わる。

 全体的に説明不足のAIに対し、目を剥いて大声を出す。

 

「今度は何?!」

 

『地面に表示された青いマーカーを順番に踏んで走ってください。説明を続けます。その両手両足のリングはメリッサ・シールドが造った“フルガントレット“の亜種とお考え下さい』

 

「……何度か無傷で100%を出せるってこと?」

 

『貰ったものを速攻で壊そうとしないでください。最悪それでもいいですが、メインはこちらの運用です。ガイドに従って身を委ねて下さい』

 

 両足のリングがカシャンと音を立て、金属製のブーツのように変形した。

 そしてそのまま、緑谷出久の意思とは関係ない力が働き始める。

 

『必要なのはフォームの改良と適切な力の変換です。ここは重要なポイントです。()()()()()()()()()()()()1()0()0()()()()()()()()()()()

 

「えっ?!」

 

 返事はなかった。

 トトトトトトトトという軽いSEと共に、足を置くための青いマーカーが前方に次々に表示される。そして60m程先に黄色く目立つマーカーが2つ出現した。

 おそらく右脚用と左脚用だと直感する。

 

 少年は言われるがまま、指示通りにダッシュ。

 ガイド通りに助走を終えて、両脚を揃えて黄色のマーカーを踏む。最後の数歩には両腕の方にも補正がかかった。

 

 ドンッ!!!!! と言う音を後方に残し、地面を割り砕きながらの大ジャンプ。

 

 空中に飛び出した少年は手足をわたわたと動かして焦ったように言う。

 

「こ、ここからどうすれば!!!!!」

 

『大丈夫です。それこそジャンプ中のオールマイトをイメージしてください』

 

「……ッ!! なるほど!!!!」

 

 空を舞う緑谷の視界に自身のジャンプ軌道予測が青いラインで描かれる。

 そしてそれを信じるならば大跳躍の着地点はまさに”ひみつきち”だ。

 

『脚の100%は右も左もあと1回です』

 

「霊火さんもうちょっとしっかり説明してくれない?!?!」

 

『混同しないで下さい。どうしても気になるならば別の声にしますが』

 

「いやそのままでいて!! その声が一番安心する!!!! ……でも君の事、僕は何て呼べばいい?」

 

『コードネームとしては『橋姫』ですが、『お前』とかでいいです』

 

「『橋姫』……様とか……?」

 

『別にその呼称でも構いませんが、私との会話はほぼ独り言なのをお忘れなく。呼びやすさを重視するなら『レイ』とかでもいいですよ?』

 

 ――――――――

 

 夜の森で、背中から腕を伝って手の甲にかけてびっしりと針が生えた少女が立ち竦んでいた。

 

 制服を着たヤマアラシといった感じの女の子だ。

 彼女は小さな目を血走らせて、興奮したようにスマホを見ていた。

 

「やった……!! やった、撮れた!! これでアイツも終わりだ……!!」

 

 森は戦場と化していた。木々の間を縫うように閃光が走り、悲鳴や爆音が響く。

 断続的な光が暗い森を不気味に照らし出す極限環境で、女子生徒は小さな液晶に集中していた。

 

「殻木霊火もこれで終わり!! ヒーローなのにあんな発言絶対に許されない!! これが世に出たら」

 

「撮れていたらね?」

 

 真横から囁きかけられた。

 ヤマアラシは振り向き、掌をかざす。

 

 その伸ばした右腕を掴まれて、攻撃の方向をズラされた。

 

 ドスッ……と。

 恐ろしい音がした。

 

「あ……」

 

「いい”個性”だね☆ 殺人は始めてかな?」

 

 赤い眼を爛々と輝かせる少女は薄っすらと笑った。

 

 自身が飛ばした針の体毛は、霊火の背後から迫っていた革ジャンスキンヘッド男の顔面に直撃する。

 その針の先は、後頭部に貫通してしまっていた。

 

 女子生徒の喉が干上がる。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「あーあ」

 

 ぐさりと、霊火は金属製の刃を女子生徒の脇腹に深々と突き刺す。

 霊火はついでに女子生徒の記憶を右手で吹っ飛ばしつつ、根元まで刺したナイフを勢いよく抜いた。

 因みにこれは、ステイン信者のミスター爬虫類が持ち込んできたものだ。

 

(うーん……私の”失言”やら”暴力”を動画で撮って拡散。それで気に入らない奴を引き摺り下ろそうっていうのは、いかにもSNSの炎上パワーをよく知る若い世代の考え方だけれど)

 

 しかし悲しいかな。霊火の方が一枚上手だった。

 

 実はトラッシュトーク中の霊火は『霊障』を全開にしていた。

 故にヤマアラシ女子が撮っていた動画には何も映っていないし声も入っていない。仮にライブとかをしていたとしても無駄である。

 悪口を言う時はカメラとマイクが無い時に限る。これもまた若い世代の常識だった。

 

「マスタードくんもそうだけれど、まだ人生諦めるには早いと思うけれどなあ……」

 

 中学生などいくらでもやり直せる年齢だろう。逆にどこら辺に絶望ポイントがあるのか分からない。

 

 そして彼女を見る限り、霊火を狙うのはステイン信者だけという訳でもないらしい。今回は分かりやすい嫉妬だった。

 まあ、いかにもな異形”個性”ではあった。この棘の体毛では日頃の生活も大変だろう。日常生活で人を殺しかねない。文字通りのハリネズミのジレンマだ。

 

 異形差別問題は今もなお根深く、よく問題になる。特に女性の異形は悲惨だ。

 いわゆる“美形“の定義が“個性“発生以前からあまり変わっていない為、どうしても物凄いハンディキャップになるのだ。

 

 そして問題は社会だけでなく内面にもあるので解決はなかなか難しい。鏡に映る自分の姿を気持ち悪いと思ってしまうというのは、思春期の女の子にはあまりに辛いものがある。

 

 これでも霊火などは、建前ではなく本心から人は心だと思っている。

 しかし霊火も自分の容姿には自信があり、それが大切なアイデンティティであることは否定できない。

 異形差別問題は本当に根が深いのだ。

 

 だからこそ彼女にとって、雄英ヒーロー科でステインを倒した霊火がどのように見えたのかは想像できる。

 

 ……とはいえヤマアラシの”個性”自体は非常に強力だ。

 このヤマアラシ女子もやりようによっては栄光を掴む道もあっただろうにと思いつつ、少女は暗闇から飛んでくる何らかの攻撃をバックステップで回避する。

 

(うーん……意外と大したこと無いか? 基本は素人だもんね……一方的に嫌いな奴を殺すつもりで来て、自分が傷つくとは夢にも思っていないお花畑ちゃんばっかりだけれど)

 

 それにしても殻木霊火を殺すつもりで来るとは運のない連中でもある。

 良い子のヒーロー科と違い、霊火は自分の命を狙った相手を生きて返すほど甘くない。

 

 襲撃者は皮肉にもステインと全く同じ罠にハマっていた。ヒーローを相手にするつもりで(ヴィラン)を相手にすると脳内の予測とのギャップで大変な事になるのだ。

 それにしても偽物のヒーローを粛清(笑)するつもりで正真正銘本物の(ヴィラン)に固執するのも冷静になって見ると間抜けな話ではある。

 

 とはいえ霊火も、この森での出来事は流石に過剰防衛扱いだろう。

 

 ……緑谷がここに残ってくれていたら穏便に行けたのだが、霊火一人だとこうでもしないと生存率を確保できなかった。

 出水洸汰が激烈に変な場所にいなければとも思うが、流石に責任転嫁過ぎるので考えるのを止める。

 

(うーあー面倒くさいなこれ。一緒に死体の処理もやっちゃって死亡者枠から行方不明者枠に放り込んじゃおうかな)

 

 そして『検死官』となるとパンピーとは根本的に考え方が違う。

 霊火は死体の処理や痕跡の隠蔽のプロフェッショナルだ。殺人事件を無罪にするなんて朝飯前である。

 

 指ならし一つで革ジャンスキンヘッドの死体を遺伝情報ごと跡形もなく消滅させる。ついでに手癖で『顔面から後頭部を針で貫かれて即死』の鬼火も回収する。

 そして霊火は更にげんなりした。

 

「うわこいつ嫁も子供もいるのかよ」

 

 顔面串刺しハゲは、薬物中毒で人生を踏み外したタイプだった。敵にはよくいるタイプだが、彼には帰りを待ってくれる家族がいるらしい。

 

 加害者側情報も精査する。……どうやらヤマアラシ中学生には“小学校の頃に友達を事故で殺した“というド級の過去があるらしい。

 不眠症だの乖離障害だの巨額の賠償だの借金地獄だの妹の自殺だの家庭崩壊だの凄まじいワードが多数出てきて霊火は割とマジでブルーになる。

 

(ああ、中学生だから取り返しが付くっていうのは私が甘かったか……。そりゃ私も悪い事を言ったな……)

 

 面白いといえば超面白いが、後味の悪い話でもあった。

 

 そんな考え事をしながらも暗闇の中から襲いかかる襲撃者を淡々と捌く。

 今が夜で良かった。これが明るい昼であれば、四方八方から蜂の巣にされて一瞬で死んでいた。

 

 上空からの視点で23人の襲撃者の動きを上手にコントロールし、不意打ちや同士討ちで確実に数を減らす。

 

 霊火自身が攻撃したメンバーはとにかく、同士討ちの方は死者だらけだ。

 なにしろ加減を知らない素人の攻撃は、素人であるがゆえに強烈だ。自分の力がどれだけ危険な物かも知らずに100%の出力で当てずっぽうに放ってくるため色々と悲惨な事になる。

 

(おっそろしい……トリガー使用者もそこそこいるしワンミスで死ぬの怖いなあ……)

 

 全身蓮コラ女(全身から植物の種みたいなのを発射する)の背後からナイフを構えて近寄りながら、霊火は考え事をしていた。

 そのまま飛び付いて背中をブスリと刺して無力化する。一応内臓とかの致命的な部位は避けたつもりだが、異形系相手であるが故に少し自信が無かった。

 

 そんな感じで意外と順調に襲撃者の数を減らしていた霊火だったが、終わりは唐突だった。

 

(ヤバッ!!!!!)

 

 背筋に強烈な悪寒が走ったその瞬間、少女は一瞬の躊躇なくサポートアイテムに座って急上昇する。

 

 そしてその直後、先ほどまで霊火がいた位置に青白い炎が襲いかかった。

 霊火が見る間にも炎はまるで生き物のように地を這って木々を貪り食っていく。

 

(……私の位置を把握しての物じゃない。荼毘の奴、物音がする方角に適当に火炎放射を撃ち込んできやがった!!)

 

 一瞬で周囲の温度が跳ね上がり、空気が歪む。

 炎に触れた木々は瞬時に灰となり、高温の風になって夜空に舞い上がってくる。

 

(え、これ(ヴィラン)連合側にも死人が出ない? 意外とあっちも一枚岩じゃないのか?)

 

 というかこの調子では、ヤマアラシ女子も蓮コラ女もその他の襲撃者もそのまま纏めて火葬コースだ。

 別にそれはそれで構わないが、流石に見境なさすぎないかと思ったその時だった。

 

 殻木霊火はサポートアイテムを使った飛行が、夜間は非常に目立つことを失念していた。

 

(しまっ)

 

 回避行動は間に合わなかった。

 

 青い炎が空を飛ぶ霊火を捉えて、小さな少女は黒煙を上げながら火災現場に墜落する。

 

 ――――――――

 

 スタート地点を襲撃した3人の敵に対し、プロヒーローは即座に判断を下す。

 

 1年生全員に交戦を禁じ、メイン施設への避難を命じる。それは当然の判断ではあったが(ヴィラン)はその思考を読んでいた。

 

「こっちに来るな! 動けなくなるぞ!!」

 

 飯田天哉の警告が夜の闇に響き渡る。避難を先導していたために、彼だけ超重力フィールドに突っ込んでしまったのだ。

 彼自身は既に超重力の影響で身動きが取れない状態だったが、後続の仲間たちに必死に声を張り上げる。

 

 避難の指示が出た時、スタート地点付近には9人の生徒たちが集まっていた。

 A組からは、これから肝試しに出発するはずだった峰田実、鱗飛竜、吹出漫我、葉隠透、口田甲司の5人。

 B組からは、待機位置がスタート地点に近かった爆豪勝己、宍田獣郎太、飯田天哉、塩崎茨の4人。

 彼らは今、正体不明の超重力フィールドを前に立ち往生していた。

 

 暗い森の中、音も光も無く広がる超重力エリア。

 避難経路を遮断する攻撃。生徒たちの表情には焦りと緊張が混ざり合っていた。

 

「戻ってプロヒーローに判断を仰ぐんだ!!」

 

「しかし飯田氏を置いていけるわけないですぞ!!!!!」

 

 宍田は自分のクラスの委員長に必死に呼びかけ、塩崎は”個性”で飯田をエリア外に引っ張ろうとするも上手くいかない。

 

「なんだぁ……こいつ……」

 

 爆豪は不審そうに眉をひそめながらも前方に手を伸ばすと、伸ばした腕が急激に重くなる。

 鉛の塊のようになる腕を慌てて引き戻しながら、爆豪は悪態をついた。

 

「くそっ……!」

 

 月明かりに照らされた地面にはわずかな凹みが続いていた。

 それを見た爆豪の頭の中に、嫌な予想がよぎる。

 

「……これ宿も潰れてんじゃねえか?」

 

「そ、そんな!? それじゃあ相澤先生とか三奈ちゃんとか希乃子ちゃんは!?!?」

 

「あ? 知らねえ!!!!! 俺に聞くなクソが!!!!!」

 

 爆豪は話しかけてきた透明人間に怒鳴るも、彼もやはり自分の担任の事は心配だった。

 

(チッ……あの熱血バカのことだからあっさり建物の下敷きでくたばってるとは思えねえが……動けなくなっている可能性は普通にあんな……クソッ!!!!!!!!!!!!!!!!!! これをしているカスの姿さえ見えれば……!!!!!)

 

 爆豪が歯噛みしていると、唐突にがさがさと草木を掻き分ける音がした。

 

 すぐ近くの茂みから人影が姿を現した。

 ”それ”は自身についた草や枝を両手で払いながらゆっくりと歩み出てくる。

 

 月明かりに照らされたその姿は、小学校高学年ほどの少女のものだった。

 黒髪で、まっすぐに切り揃えられたぱっつんのボブカット。おかっぱだが緩い外巻ウェーブが掛けられた今風のヘアスタイルだ。

 額から二本の20センチ程の鋭い角が生え、青みがかった光を放っていた。

 

 恐ろしく整った顔立ちで、金色の瞳が妖しく輝く。

 白地で脚元に深紅のグラデーションが入った改造振袖。スカート部には深いスリットが入って、真っ白な脚を覗かせていた。

 小学生としか思えない見た目もあり、セクシーというより犯罪的だ。

 

 そして何より、童女は小さな口で、切り取られた人間の腕を咥えていた。

 それが彼女の異常性を決定的なものにしていた。

 

 童女は生徒たちを見ると、不思議そうに首を傾げた。

 口に咥えた手首の指が揺れる。

 

 明らかな不審者を前に、爆豪勝己だけが躊躇なく動いた。

 一気に距離を詰める。両手から放たれる爆破が夜の闇を鮮やかに染め上げた。

 

「どけェェェッ!」

 

 咆哮と共に繰り出される右の大振りはまさに必殺。

 爆破による推進力を込めた渾身の一撃、空気を切り裂く音が響く。

 

 対する童女はそれを前にして、わずかに困ったような表情を浮かべる。

 その顔に恐れは無かった。少し面倒な事態に遭遇したかのような味気なさだった。

 

 小さな鼻息と共に彼女は左腕を掲げる。

 

 ジャコン!!!!!

 

 鋭い金属音が響く。

 それと同時に、彼女の左腕から幅20センチ、長さ70センチほどの刃が出現した。

 その刃は彼女の改造和服を無造作に切り裂きながら伸長し、爆豪の繰り出した爆破をガードする。

 

「はあ!?!?!?」

 

 それを見て混乱したのは攻撃を仕掛けた爆豪より、むしろA組の方だった。

 一方の爆豪は近距離で爆破を連打するが、童女はその全てを完璧に捌ききる。衝突による衝撃波が周囲に広がって和服の端がはためいた。

 

「チィッ!!!!!」

 

「…………」

 

 爆発音を響かせながら、爆豪は一気に後方へと跳躍する。

 炎と煙が周囲に広がる中、彼は慎重に距離を保ちながら童女を睨みつけた。

 

 童女は口に咥えていた人間の腕を右手に持ち替え、こほこほと咳払い。

 そして続けた言葉には、幼い声色ながらも年長者が子供を褒めるような余裕が滲んでいた。

 

「うーん、流石『爆破』だね。参加賞と努力賞以外にもあげたいなぁ……」

 

「お、お前は誰だ!」

 

 峰田の震える声が夜の闇に響く。

 分かりやすく恐怖で震える声を聞き、童女は曖昧な笑みを浮かべる。

 

(ヴィラン)連合だよ。よろしくね」

 

 彼女は気だるそうに首を傾げながらも笑って答えた。

 まるで友人との雑談でもしているかのような声色だった。

 

「あぁ~~うん……。『抹消』にしか用事はないんだけどなぁ……まあつまみ食いも悪くないか……」

 

 そう呟きながら彼女はゆっくりと口を開く。

 右手に保持していた、切断された腕を口に運ぶ。

 

 バキッ、バキバキッ――と恐ろしい咀嚼音が響いた。

 

 骨を砕く音、肉を噛み砕く音が生徒たちの背筋を凍らせる。

 童女はその全てを口に含み、ごくりと飲み込んだ。喉が艶かしく動く。

 

 童女はそのまま小さく舌を出した。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お、おい。それ誰の」

 

「君たちのクラスメイトだよ?」

 

 獣の咆哮が闇を切り裂いた。

 宍田の体が一瞬で巨大化し、野生の猛獣へと変貌を遂げる。

 

「ぐおおおっ!」

 

 巨体を生かした豪速の突進。

 彼は獣の本能のままに童女へと飛びかかり、左腕で大木すらもなぎ倒す横殴りの一撃を繰り出す。

 

 ガン!!! という硬質な音が響いた。

 誰もが呆気なく吹き飛ばされる鬼の姿を予想したが、童女は右腕一本で宍田の攻撃を受け止めていた。

 そのまま軽く、肉球がある左手で彼の身体に触れる。

 

「なっ……!?」

 

「ナイストライ」

 

 宍田の巨体が宙に浮いた。彼は慌てて暴れるも、地面を踏みしめられなければ意味がない。

 

 追加で少女は、『硬化』したままの右手の人差し指を立てて角のジェスチャーを取る。

 鬼の角が額から分離して射出された。

 放たれた角は宍田の脇に刺さり、そのまま上空へと持ち上げていく。

 

「っ! いけません!!!」

 

「ダメ」

 

 塩崎は上空へと引き上げられていく宍田を長く伸ばした緑色の髪で捕まえようとしたが、童女の伸ばした左腕からオレンジの火炎が噴出した。

 一瞬でツルを焼き切り、周囲には焦げくさいにおいが漂う。

 

 金色の目の少女は眠たそうな顔で小首をかしげる。

 爆豪は苦虫を嚙み潰したような顔で答え合わせを始めた。

 

「……全部ヒーロー科の”個性”だ」

 

「隠していないよぉ……?」

 

「……喰った相手の”個性”を使う。そういう”個性”かよクソガキ」

 

 童女の左腕からはまだ熱気が立ち上っていたが、それがいきなり分割された。

 メインの腕から枝分かれするように何本もの派生の腕が”生える”。そしてその全てがバラバラに分離し、何本もの掌がそれぞれ浮遊した。

 

 右腕でも全く同じことをして周囲に20以上の女の腕を浮遊させながら、鬼は間延びした口調で宣言した。

 

「『複製腕』で増やした掌を『トカゲのしっぽ切り』で分割。そこから『半冷半燃』を試してみよ~う。……ねえねえ、ちゃんと掌の個数分出力が上がると思う?」

 

「バッ……逃げろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 閃光が夜空を真昼のように照らし出し、轟音が鳴り響いた。

 

 ――――――――

 

「なあ……ところでセンスのいい帽子だな子ども。オレのこのだせえマスクと交換してくれよ。新参は納期がどうとかってこんなダセェおもちゃつけられてんの」

 

「パパ……!!! ママ……!!!」

 

 青いUIが危険度の上昇に伴って真っ赤に染まる。

 目の前にマーカーが次々に表示される。緑谷出久はそれに従って、ギリギリの所で出水洸汰を回収する。

 

「あ? なんだ……お前はリストにあったな」

 

『『血狂いマスキュラー』。極めて危険な敵です。”個性”は『筋肉増強』、攻防に非常に優れた”個性”で、防御の上から100%の攻撃をしてもダメージが通りません。緊急時につき音声ガイドを一時停止し、アシストモードに切り替えます』

 

 霊火の声で早口で説明され、そのまま音声が切れた。

 緑谷はちらりと背後を確認して洸汰を見ると、ヒーローとしての覚悟を決める。

 

「だい、大丈夫だよ洸汰くん!!! 必ず救けるから」

 

「必ず……救けるって……? はぁははは……流石ヒーロー志望って感じだな。どこにでも現れて正義面しやがる」

 

 筋骨隆々の大男は、そういいながらも困っているようだった。

 巨漢は居心地悪そうに頭の後ろをガシガシと掻いて舌打ちをする。

 

「チッ……お前緑谷って奴だよな。お前は生け捕りにしろって命令だ。まあ殻木ってガキは殺さないといけないらしいが……」

 

「霊火さんを……!?!?」

 

「あん? 知り合い……いやもしかしてお前の女か? いいねえ……お前をいたぶったら来ねえかな」

 

 しかし緑谷の頭の中には疑問が渦巻いていた。

 敵が霊火を狙う理由、そして自分が生け捕りの対象とされている意味が気になる。

 

 そして突如として、少年の視界に真っ赤な警告表示がなされた。

 

「!?」

 

 考える間もなく、緑谷の体が動き出す。

 意識が追いつく前に自分の足が勝手にステップを刻み始めた。たたたたんと、まるでダンスゲームのように体が動く。

 それだけで赤くシルエット強調されたマスキュラーの初撃は、全て綺麗に回避できてしまった。

 

「おおっ! いいねぇその動き!」

 

 マスキュラーが楽しそうな声を出すが、それを完全無視するかのように新たな青いステップマーカーが複雑に展開される。

 少年はそれに従って、アシスト通りに身体を動かした。

 

 緑谷の右足が閃光のように煌めく。

 マスキュラーの顔面めがけて、精密に計算された軌道を描いてつま先が突き出される。

 

「ぐおっ!?!?!?!?」

 

 マスキュラーの声が響く。

 防御しようとするが一手遅い。緑谷の足先が生身の(ヴィラン)の顔面にそのまま突き刺さった。

 

 衝撃が走る。クリーンヒットの手応え。

 直撃を貰ったマスキュラーがスローモーションのように後方へと傾いていった。

 

 言葉を紡ぐ間もなく、大きな体が地面に崩れ落ちる。

 地響きと共に倒れた巨体はもはや立ち上がる気配を見せなかった。

 

「嘘だろ……?」

 

 蹴り倒した当人の方が戸惑いを隠しきれない様子だった。

 自分の身体で完璧に実践してから理解が追い付いてくる。恐ろしく奇妙な感覚だ。

 

 今自分が行ったのは、右の上段廻し蹴りだった。

 明らかに何らかの体系に則った、洗練された軌跡だった。

 軽快なステップインと同時に最短距離を飛ぶ一撃だった。

 

 UIの色が青色に戻り、音声ガイドが戻ってきた。

 

『カテゴリ的には截拳道(ジークンドー)ですね。お疲れ様です。チュートリアルにしては難しい相手でした』

 

 ――――――――

 

 殻木霊火が緑谷出久に渡した銀色のリングは、本気で全ての技術を投じた一品物だ。

 

[Class1:heroism]

 

 アプローチとしては体育祭で発目明が見せたパワードスーツが近い。

 足りない技量をプログラムで支援し、代替する。

 プロの技術を再現して、身体に負荷をかけずに戦闘能力を底上げする。

 

 そこにメリッサ・シールドのフルガントレットの技術を流用。

 『OFA』の力を外部に逃がす機構を参考にして改良を重ねる。

 

 更に殻木霊火のオーバーテクノロジーを投入する。

 元々霊火のサポートアイテム製造能力は、足が折れていた時の霊火(”個性”抜き)が轟焦凍を倒せるレベルに引き上げるクラスのものだった。

 

 そして今回は車いすと違って技術的にも自重していない。

 それを素の力で体育祭に優勝した増強系”個性”のマッチョマンに装備させるのだ。最強に決まっている。

 

 更にこれに搭載されている”個性”は『死因』。

 これは殻木霊火の思考回路を再現するための足掛かりとしての運用で、鬼火を操れるようになるわけではない。

 しかし”個性”人格と特殊なコンピューターの接続により極めて強力な演算能力を確保。その性能は短期間の未来予測すら可能とする程だ。

 更に霊火は、身体の動きを補助するアシスト機能の搭載にまでこぎつけた。

 

 つまりこれを装着している時の緑谷は、乱暴に例えると増強系“個性“持ちのステインだ。

 仮想戦闘データでは、条件次第でエンデヴァーやエッジショットすらも打ち倒しうるブースト具合なのだ。

 そして更に緑谷出久が鍛えていけば、いずれはオールマイトすらも超える強さになるかもしれない。

 

 そしてここまでしてなお、これの使い道は戦闘用ではない。

 

 これは学習用だ。

 この機械を使って何度も練習を積むことで緑谷出久の身体に様々な武術や予測を覚えさせ、戦闘力や判断力を底上げする。

 

 つまりこれは、生身で同じことが出来るようにするための”学習装置”なのだ。

 

 問題があるとすれば、言い訳のしようがないほどの技術力の結晶のため警察なんかに渡ると非常にマズいぐらいである。




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