殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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050:殻木霊火:ライジング

 目をギュっとつぶって恐怖に耐えて。

 地面に叩きつけられるような強い衝撃があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 燃える森が見えた。

 霊火は一瞬、本気で地獄にいるのかと思った。

 

「……………………………………え?」

 

 間抜けな声が出る。 

 死後の世界なんてあり得ない。というか地獄確定の人生を送ってきた身としてはあったら困る。

 世界中の宗教で見られる天国や地獄の概念は無知な民衆に『悪いことをしてはいけない』と戒めるための道具であって、実際にあるはずがないのだ。多分。

 

 つまりこれはまだ現世。

 殻木霊火はまだ()()()()()

 

 という事は、霊火は『死因』で()()()()()()のだ。

 衝撃自体はあった以上、あれは対人ダメージだった。

 普通に死にかけではあるため物凄く痛かった。

 

「……………………………………え?」

 

 頭が真っ白になる。

 

 ()()()()()()()()

 

 『死因』の効き方についてはしっかり調べた。

 霊火自身はあくまで死体。鬼火は対物ダメージで効くはずだ。

 今頃ぐちゃぐちゃの肉片になっていないとおかしい。

 

 何よりも、実際に死体を元にした脳無は鬼火で破壊出来るのだ。これはやったことがある。

 そしてその時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あれ?」

 

 こんな状態でも、頬を冷や汗が伝う。

 

 重大な勘違いをしている。

 何かがおかしい。前提条件が破綻している。ここを右から左に流してはいけない。

 

 殻木霊火は全力で考える。

 何もかもが嚙み合わない。一つ一つ、確実な所から積み重ねて真実を暴け。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 霊火は現在進行形で極めて致命的な考え違いをしている。これを見逃したら駄目だと本能が叫んでいる。

 その原因を洗い出せ。答えは既に頭の中にあるはずだ。

 

 『死因』で、死ななかった。

 つまり殻木霊火は人間で、死体から造られた脳無ではない。

 ここまでが確定する。

 

 大前提が一つ崩れる。もうこの時点でドクターは嘘をついている。

 

 そして『死因』の元の持ち主の()()()()()()()()()()している。

 ここも確定。絶対に間違えていない。

 あの飛行機事故は確実に存在し、そこで”元の少女”は死亡した。

 

 少女は数秒考えて、こう結論付けざるを得なかった。

 

「…………………………………………()()()()()()()()? 私、戻橋火燐ですらない?

 

 ヒトは、一度死んだら生き返らない。

 

 今の霊火が生きている以上、死亡した戻橋火燐の延長線上にいない。

 両者は別の生命体という事になる。

 

 言われてみれば思い当たる節はある。

 

 航空機事故でぐちゃぐちゃになった元の少女の死体を材料にした割に、どうして霊火の身体には傷一つ無かったのだ?

 一度死んだ少女を、成長して考える独立した生命にする。そんな死者蘇生じみた行為は、いくらドクターでも可能なのか?

 そもそもどうして、霊火は生前の記憶を全く思い出せないのだ?

 死体を”生物学的には生きている”状態にすることは本当に可能なのか?

 

 なるほど確かに、考えれば考えるほど殻木霊火≠戻橋火燐という方が自然だ。

 霊火はドクターに嘘をつかれていたのだ。

 

 ここまでが確定する。

 

 つまり霊火は、あの墜落現場で間違った人を自分と勘違いしたことになる

 

「でも『死因』は…………………………………………?」

 

 しかし、それはそれで矛盾が発生する。

 

 何しろ戻橋火燐と殻木霊火の持つ”個性”は全く同一のものだ。

 『死因』なんて激レア”個性”、細かな性質まで似通うはずがない。

 だから“個性“が同じであるならば、同一人物であるはずだ。

 

 つまり”個性”『死因』のこの殻木霊火は一体何者なのだ?

 

 考えられるのは、『AFO』や手術によって”個性”を移植された別人という可能性だ。

 

 しかし霊火は、それは無いと判断する。

 そうならば霊火が気が付かないなんてことはあり得ない。殻木霊火の身体は、元から『死因』を持っていた。

 後から移植した痕跡などどこにも残っていない。

 

 ならば、ここには別の理論が存在する。

 

 そして霊火は、恐ろしい可能性に行きついてしまった。

 

「……クローン?」

 

 仮説。

 霊火は火燐のクローンだった。

 

 確かにこれならば全てが説明できる。

 そもそも火燐と霊火は成長前後の違いがあるぐらいで顔が一緒だ。故に霊火は、飛行機を落とした女の子を自分と思ったのだ。

 

 とにかく元の少女と霊火は、遺伝子的には同じ身体を持っていると考えるのが自然といえる。

 そしてドクターや霊火のようなマッドサイエンティストを前に、同じ身体を持っていることは同一人物であることと繋がらない。

 

 実はクローンが同一の”個性”を持つのかは結構難しいところがあるのだが、もはやこれしかあり得ない。

 

 冷静に考えろ。

 戻橋火燐は3歳で死亡した。その年月は正確にわかっている。

 そして霊火には6歳以前の記憶がない。6歳で目が覚めた時、霊火は既にドクターのコピーとして存在した。

 この年月も確定している。

 

「…………いや違う」

 

 この”6歳”という数字も後から計算したものだ。

 確定しているのはあくまで年月だけ。観測から徹底して主観を排除しろ。

 

 元の少女の死亡から3年。

 この間に戻橋火燐の死体から採取したDNAで作り出されたのが、殻木霊火と考えるのが最も自然だ。

 同じ”個性”同じ顔の謎は、これで解決できる。

 

 そして初めて目が覚めたのを誕生と表現するならば、殻木霊火の実年齢は9歳という事になる。

 

「…………え、そういうこと?」

 

 緑谷出久も峰田実も霊火に反応を示さない理由の一端が見えた気がするが、流石にこれを根拠にするのはおかしい。

 ……まさか男どもは、身体年齢も精神年齢も色々意味不明な霊火を前にして、霊火自身も知らない実年齢を感知して性欲を抑えていたとでもいうのだろうか?

 男の本能が(こいつ本当は9歳だから流石にマズいな)と囁いていたとでもいうのか?

 

「…………どうしよう。あるのかな?」

 

 霊火自身が女の子であるが故に即座に無いと断定できなかった。

 もしかしたら男性には本当に女性の実年齢を感知するセンサーが備わっているのかもしれない。怖い。

 

 若干脇に逸れかけた思考を元に戻す。

 

 であれば虚弱体質は?

 これまでは元が死体であるからと解釈していたが、もっと別の要因があるはずだ。

 

「…………」

 

 これも簡単。

 素直に考えるなら、培養器の中で6歳の身体を作り出す過程で無理があったと考えられる。

 

 それどころか、最初からそういう風に設計された可能性すらある。

 その証拠に霊火は子供を産むことが出来ない。

 それどころか、誕生した時から既に完成された人格と知識、思考回路が組み込まれていた。

 ならばこの虚弱体質も、設計されたものと考えるのが自然ではないか?

 

 『脳無に対するストッパー』。

 この存在意義に偽りがないとすれば、霊火の全てはその目的に向けて最適化されているのかもしれない。

 "個性"『摂生』すら、あえて戦闘能力を制限するために組み込まれた可能性がある。生命力が弱いのは本当だが。

 

 つまり本当に重要なのは、脳無に対する『死因』の効果だけ。

 それ以外の能力は意図的に抑制されているようにも見える。まるで必要最小限の機能だけを持つように設計されたアンドロイドだ。

 

 つまり霊火は、まさに一つの目的のためにデザインされた生命体だった。

 不要な機能は削ぎ落とされ、必要な機能だけが残された道具として生まれたと推測できる。

 

 つまりフランケンシュタインの怪物ではない。

 アンドロイドでもヒューマノイドでもデザイナーズベイビーでもオートマタでもバイオノイドでもない。

 クローンからすらも少し外れる。

 

 霊火の正体をカテゴライズするならば――

 

()()()()()()…………?」

 

 開発者と同等の知能を持つ、遺伝子工学によって生まれた人造人間。

 

 これも少し違っているかもしれない。

 好きな男の子が出来て感情が芽生えるあたりがものすごくそれっぽいが。

 

 「ええ………………?」

 

 別に自分の出自そのものは、特に衝撃は大きくなかった。驚く余力がないともいえる。

 

 ……自分が人間だと思っていたならば、実は人造人間だったと知ったらショックも受けるだろう。

 しかし自分を死体だと思っていたら人造人間だったと判明しても反応に困る。

 ちょっと格上げされたのかもしれない。少なくとも自分が生きていると胸を張れるわけだから。

 

 しかしこれはこれで、全く別の問題が発生する。

 

「マズい…………」

 

 霊火が死体を元にした脳無でなかったとすると、話の見え方はがらりと変わる。

 

 霊火は、死体を元にしたただ一つの存在ではなかった。

 ドクターによって作り出せるものであり、()()()()()()()()()()

 

 それが一番危険な情報だ。

 少女は、最後の最後にとんでもない可能性に気が付いてしまう。

 

 つまり霊火が脳無ではなくレプリカントであるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 言われてみれば、ドクターからの扱いが雑過ぎる節はあった。

 信用されては居る割にUSJでも襲撃でも容赦なく霊火を巻き込んでくるのが不思議ではあったが、もしかしたら霊火が替えがきく存在だったからかもしれない。

 

 そしてあの悪趣味連中の事だ。

 霊火が死んだ後、同じ姿の後継を作って緑谷出久にぶつけるなんていかにもやりそうだ。

 何しろ霊火がドクターの立場だったら絶対にそうする。だって死ぬほど面白そうだもん。

 

 別に自己唯一性を主張したいわけではない。

 自分が沼男であることを認めたくない訳でも、ドッペルゲンガーを排除したいわけでもない。

 

「マズい…………!!」

 

 素の殻木霊火自体の危険性もそうだが、はっきり言って緑谷出久では霊火を倒す事が難しい。

 思い出が邪魔するとかそういう精神的な話ではない。

 緑谷側から見て相性が悪すぎる。彼は良くも悪くも素直過ぎるのだ。

 

 何しろ何だかんだで世界最強の生物を目指しているロマン溢れるドクターたちと違って、霊火はとにかく陰湿な搦手を好む。今の霊火が証明している様に、霊火を殺した所で破壊が止まるような素直さをこちらは持ち合わせていないのだ。

 そしてオールマイトならとにかく緑谷出久では、霊火のパニック・情報扇動・民衆操作の波状攻撃に対応できない可能性が高い。

 

 つまり緑谷は、次の霊火に勝つことが出来ない。

 仮に出来たとしてもその時に地球が滅んでいたらそこに何の意味があるのだろうか。

 

「まだ死ねない…………!!!! 私は私じゃないと対応できない!!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()

 最後の瞬間に真犯人を悟った哀れな犠牲者になってたまるか。

 必ず生きて帰って、霊火が彼のことを守らなければならない。

 

 自分の原点(オリジン)を思い出せ。

 戻橋火燐で無かったとしても、自分は依然殻木霊火だ。

 “個性“特異点の解決を誓って、緑谷出久に恋しただけの、矛盾を抱えた人間だ。

 

 だから好きな人が自分の顔をした(ヴィラン)に殺されるなんて、そんな可能性は決して認めない。

 彼が殺されるのならば、せめて殺人者はこの殻木霊火であるべきだ。

 

 生き抜かなければと思った瞬間、思い出したかのように激痛が身体を蝕み始める。

 目が眩む。呼吸も浅い。

 

 左腕欠損の大火傷に全身打撲。

 周囲を敵に囲まれ、孤立無援で火災現場の森の中。

 

 まずはここを抜け出さなければ話にならない。

 その為には実現可能で具体的な手段が必要だった。

 

 少し離れた位置に転がっているサポートアイテムに手をかざし、火を灯す。

 

 “個性“でそれを手元に引き寄せ、右脇の下に挟む。それを支えにして無理やり起き上がる。

 すぐそばに落ちていた、トカゲ男の持っていたサバイバルナイフも拾う。

 

 四苦八苦しながら浮遊させた斧の上で身体を安定させ、傷だらけの少女は空を見上げた。

 

 月が浮かぶ夜空。

 霊火にとっての恐怖の象徴。

 少しでも目立てば、そのまま蒼い炎に撃墜される危険区域。

 

 でもどうしてだろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

―――――――――

 

「お……」

 

 荼毘は空を見上げて、感心したような声を出した。

 青い炎に包まれた森の中から、一筋の光が垂直に夜空へと駆け上がっていく。

 

 荼毘は試しに数度火炎放射を行ってみるが、それはジグザグと複雑に闇を切り裂いて回避。

 光は一瞬で射程外に退避し、夜空に浮かぶ月を背景に夜空の彼方へと消えていった。

 

「……逃げられたか」

 

 つぎはぎだらけの男はつまらなそうに呟いた。

 ……殻木霊火は高所恐怖症だと死柄木弔から聞いていたのだが、どうやらその情報は間違っていたらしい。

 

 ―――――――――

 

『流石に無理です。退避を推奨します』

 

「……っ!!!!!」

 

 実のところ緑谷が『血狂いマスキュラー』をスムーズに倒せたのは運の要素も多い。

 彼は左目が潰れている都合上、距離感の把握が弱いのだ。

 故に緑谷の動きにワンテンポ遅れた。とにかく本気を出させる前に不意打ちで決めるのが、たまたま上手くいったというのが本当の所だった。

 

 緑谷は『レイ』にそう説明を受けたが、それを感じさせる光景だった。

 

「あの子!!!!! あの子よ!!!!! 生け捕りにしないと!!!!!」

 

「Grrrrrraaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「っ!!!!! 回避に専念して少しでも他のヒーローの負担を少なくする!!!!!」

 

 『黒い脳無』『マグネ』『ムーンフィッシュ』

 VS

 『虎』『マンダレイ』『ピクシーボブ』『通形先輩』『天喰先輩』

 

 黒い巨体の肉弾攻撃が、磁力の遠隔吸引が、枝分かれする鋭い刃が。

 緑谷の視界に凄まじい数の赤い攻撃予測線が乱舞する。しかもそれらは、緑谷の動きに合わせていくらでもパターンが変わる。

 

 土流が、タコの触腕が、その他様々な攻撃力が飛び交う複雑な戦場で少年は戦う。

 

 強敵相手のタイマンとはまた違う、別の意味での死線。“一発も喰らってはいけない“というプレッシャーが少年の精神を圧迫する。

 なにしろ人間は、9ミリの風穴が胴体に空いただけで余裕で死ぬ脆弱な生命だ。この辺りは何故か戦場の論理に異常に詳しい小さな少女が、雑談の一環として緑谷に話す内容だった。

 

 その少女の声で、小さな警告が為された。

 

『私を信じすぎるのも危険です。最後に信じられるのは自分自身の判断だという事をお忘れなく』

 

「だいっじょうぶ!!!!!」

 

 洸汰君を森の中で出会った轟焦凍たち(鎌切が切り拓いた森林で、怪我人たちの救護を行っていた)に任せたのはいいものの、こうなってしまうと流石に霊火を探している場合では無かった。

 無事でいてくれと本気で祈るも、背筋を這い回る嫌な予感はもはや誤魔化せないほど強くなっていた。

 

 殻木霊火は非常に”強い”人物ではあるが、決して無敵という訳ではない。

 彼女も傷つくときには傷つくし、本当に困った時には泣きそうな目で助けを求めてくる等身大の人間なのだ。緑谷出久はそのことをよく知っている。

 

 ……今日も自分が洸汰を助けに行くと行った時、彼女の目がとても不安そうに揺れた事には気が付いていた。

 それでも緑谷は洸汰の事を優先してしまった。実際マスキュラーと出会ってしまっていたので、その判断は間違っていなかったと思う。

 それでも霊火も、可能な限り早く助けに行きたかった。

 

 キュガガガ!!!! と不規則かつ連続で地面に突き刺さる致命の刃を、次々切り替わるマーカーに従ってアクロバティックに回避する。

 

 ガイドの通りに動いて、刃の側面に拳法じみた動きでパパンと手の甲を当てて割る。それで無理やり生存地帯をこじ開ける。

 

「すみませんピクシーボブ!!」

 

「っ!! ありがとう!!!」

 

 『土流』で脳無の対処をしているピクシーボブの腰に手を回して素早く安全地帯に放り込んだ。

 先程まで彼女がいた場所を白い刃が薙いだ。ちょうど腰を両断する位置だ。

 

 それを視界の端で見た通形ミリオはぴゅうと口笛を吹く。

 

「やるね1年生!!!」

 

「先輩こそ!!!」

 

 通形ミリオは黒い脳無の相手をしながらも、明るく後輩を褒める。

 円らな瞳の雄英高校3年生は何とか真っ黒な怪物のヘイトを取り続け、未だに無傷だった。

 

「良いか1年坊主、ここは正念場だぞ!!!」

 

「襲撃からかなり経ってる!!! 後ちょっとだから頑張って!!!」

 

 虎とマンダレイからも緑谷に向けて鼓舞の声が向けられる。

 もう誰も”1年生は交戦しないで逃げて”などと言っていられる状況では無かった。

 

 特に黒い脳無が強すぎる。攻防共に、全く手が付けられない。

 ここで緑谷出久に戦線離脱される方が、最終的な死者数が増える。

 それ程までにギリギリの状況だった。

 

 ————————

   

 全てが霧がかかったように揺らめいて見える。

 激痛以前に失血によるダメージが激しい。極端な睡魔に襲われて今にも意識が落ちそうだった。

 

 半死半生の少女は、それでも低い声でぼそりと呟いた。

 

「……いた」

 

 高速飛行。

 

 時速200キロオーバー。

 もしかしたら相澤は気が付いていたのかもしれない。

 飛行に関して霊火は、本能で強烈なブレーキを掛けていたのだ。

 

 あれほど絶対的だった死の火災現場を1秒で離脱し、肝試しのスタート地点まで5秒。

 霊火は常に見ている。あそこには今、霊火が守らなければならない人がいる。

 

「殺す」

 

 少女は上空からターゲットを見据えた。

 

 ”個性”『死因』。

 自分に当たったら即死のはずの”個性”。

 その前提が崩れるならば、こういう事が出来る。

 

 急降下。

 これまでの霊火であれば絶対に選ばない選択肢。

 サポートアイテムからすらも離れ、自由落下以上の速度で上空から強襲をかける。

 

 空気抵抗に叩かれながら少女は笑っていた。

 霊火の手に握られた得物が、ギラリと月明かりを反射した。

 

 ようやく頭上の少女に気が付いた敵によって数本対空の刃が伸びる。しかし霊火は、空中の何かに弾かれたかのような不自然な角度で軌道を変えて躱してしまう。

 そして一瞬の交差。

 すれ違いざまに鈍く光るナイフが拘束服の脇腹に刺しこまれた。

 

「あ゙」

 

「霊火さん!?!?!?!?!?」

 

 少女はそのまま地面に激突する寸前、ホップするように空中で跳ねた。

 自分を見て悲痛な声を上げる少年の声さえも聞こえていない少女は、濁り切った眼光でぎろりと次なるターゲットに目をやる。

 

「Grooooaaaaaaaaaaaaaarrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!」

 

 脳無を見る。

 

 左腕が千切れた少女は両足で地面に着地する。

 だらりと垂れ下げた右手に、青白い炎が揺らめいた。

 

 『死因』の応用的な攻撃手段。

 従来の『鬼火の出現』『ターゲットの選択』『指慣らしで発射』『着弾』の工程を省いた発展技。

 自分の身体で直接破壊力を伝えるこの方法は、霊火も試してみたかった。

 

 ここで選択した鬼火は『舞台の事故による胴体の切断』。

 五指に炎を宿した少女は、そのまま地面に右手を振り下ろした。

 やったことは無いが、出来るという確信だけはあった。

 

 ベキベキベキッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と強烈な轟音が夜の闇を引き裂く。

 地面が霊火の爪を起点にして真っ二つに割れ、()5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はあ!?!?!?」

 

 思わずピクシーボブが叫んでしまうようなデタラメ度合いだったが、霊火の攻撃はまだ終わっていない。

 『死因』は、対物であれば最強だ。

 そして今度は紫の鬼火を宿し、少女は軽く地面をなぞった。

 

 割れた大地が、今度は閉じた。

 バチュンと、生々しく水っぽい音がした。

 地割れの隙間から、何らかの液体が滲み出ていた。

 

 ————————

 

 少女の視界はぼやけ、目の前にある物の形すら認識できない。

 

 音も聞こえない。

 誰かが叫んでいるような気がするが、何を言っているのかは分からなかった。

 

 呼吸が苦しい。息を吸おうとするたびに重い石を持ち上げるような感覚があった。

 脳にガンガンと響く心音は遅く、今にも止まってしまいそうなほど弱弱しかった。

 

 体は冷たく、指先の感覚は無かった。

 

 それでも倒れる霊火を抱きしめてくれた人が誰かだけは分かった。

 その温もりだけは、霞んでいく意識の中でも鮮明に感じられた。よく知っている男の子のものだった。

 

 彼は何かを叫んでいた。

 言葉は聞き取れないが、その声に込められた感情は伝わってきた。必死に、懸命に、願うような声だった。

 

 どうか泣かないでほしいと、少女は思う。

 

 必ず生きて帰るから。

 これからも貴方を守るから。

 貴方の夢を応援し続けるから。

 

 そしてもう心残りなんて残さない。

 絶対に好きにさせてみせる。貴方の一番になってみせる。

 恋人同士のキスだってそれ以上だって、必ずしてもらう。

 

 それでいつか分かり合えなくなったら。

 互いに全力で殺し合おうよ。

 

 世界最悪の悪女に執着された、己の不運を恨むがいい。

 緑谷出久の事情も知らない。霊火はもう我慢しない。

 

 これから霊火はやりたいようにやって、やりたいように生きる。

 生きるなら、それが一番面白い。

 

 

 殻木霊火は()()()()()

 それだけで、なんでもできる気がした。




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