殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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051:プルガトリウムの夜

 ならば緑谷出久にとって殻木霊火とはどういう存在だったのか?

 

 ――――――

 

 気が付けば窓の外を流れる景色はすっかり移り変わり、今は赤や黄色に色づいた木々が主役だ。

 気温は下がり、季節はすっかり秋といった感じになってきた。

 

 なんとも過ごしやすい季節だが、受験生の緑谷にとっては季節の移り変わりはあまり嬉しくない。

 

 つい緑谷出久は、思ったことをそのまま口に出してしまう。

 

「……入試にちゃんと間に合うかな?」

 

「なに? 季節の変わり目でメンタル崩した?」

 

 電車内。隣の席に座る小柄な少女が緑谷の独り言に混ぜ返してくる。

 視線を隣に向けると、折寺中学の制服を着た少女はにやりと笑ってこちらを見上げていた。

 

「ご……ごめん殻木さん。いつも手伝ってくれるのにこんな弱気な事言っちゃって……」

 

「まあ貴方がどうやって入試実技を突破するつもりでいるのかは私も不安で仕方がないけれど」

 

 折寺中学校の制服を着た少女はそう言ってけらけらと笑う。

 それがあまりに気楽そうだったためこちらも釣られて気分が軽くなった。

 

 ……譲渡してもらう予定の『OFA』について、彼女には話せていない。

 もっとも向こうも、こちらが隠し事をしている事自体には気が付いているようではあった。

 

 霊火は窓の外に目をやると、小さく肩をすくめてこう続けた。

 

「あーあ……八木さんが送り迎えしてくれれば色々楽なのにな」

 

「凄い忙しいから無理だと思うよ」

 

「私はあの人はあの人でどういう人なのか全くわからないんだけれど」

 

 霊火目線だと『血縁でもないのに”無個性”中学生のトレーニングを見てくれるガリガリのおじさん』である八木は、本当に謎の人に見えるのだろう。

 正直者の緑谷出久はいよいよ冷や汗が隠せなくなってきた。そもそも殻木霊火相手に嘘をつき続けるというのが、土台からして無理な話の気がする。

 

 幸いな事に少女は深入りせずに、薄い胸を張って大きく伸びをした。

 

「全く……ここまでAIも発達して空飛ぶ車も半世紀前には出来てるっていうのに結局人類は地面を走る車と電車がメインの交通手段なんてね。技術の発展も実用出来なければ何の意味も無い。全く研究者も浮かばれない世の中だよ」

 

「ま、まあチューブの中を車が走るなんてことにはならないね」

 

「貴方の未来予想図も大概古いな? まあギリギリ実用できそうなのは自動運転ぐらいかな、……まあそっちもあんまり上手く行ってないみたいだけれど」

 

 移動中の軽い雑談。そんな事が出来る、大切な友達だった。

 

 そして緑谷出久にとって殻木霊火は文字通りの天才少女だ。

 全科目満点を取り続ける彼女であれば自動運転も実現できるかもしれないと思ったりしてしまう少年は、つい質問してしまう。

 

「因みに自動運転は何が上手くいっていないの?」

 

「ん? ああ……まあ自動運転はどちらかというと法律とかの方に色々と壁があるんだけれど……まあ技術的にもまだまだかな? 人間の脳とは違って遊びが無いというか……意外と不完全性を機械で表現するって難題だったりするんだけれど……」

 

「そうなの? AIって凄い発達していて、それで人類に反逆とかしたりしたって学校では習ったけど」

 

「自動運転がいかに危うい物かは飛行機事故の方を見てほしいな。……まあ実際今のAIは”安全にヒトやモノを運ぶ”事は人間よりも上だろうね。つまり問題は別の方で……う~ん、出久くんって『トロッコ問題』って分かる?」

 

「え?」

 

 少し話が飛んだように思えたが、そのワード自体は常識として知っている。

 トロッコの切り替えレバーを放置して5人轢かせるか切り替えて1人轢かせるかみたいな話だ。

 

 緑谷が覚えていることを伝えると、少女は澄ました顔で頷いた。

 

「流石受験生。ほら……思考実験って『スワンプマン』『カルネアデスの板』『臓器くじ』とかが有名どころだけれどさ、出久くんも思ったことがないかな。『こんな状況があるわけないだろ』って」

 

「ま……まあそうだね。どれもこれも非現実的というか……”君ならどうする?”って聞かれても”そうならないように気を付ける”って答えたくなるぐらい前提条件に無理がある話ばっかりで……だからこそ”思考実験”なんだろうけど……」

 

「だけど自動運転AIはそうもいかない事があるの。割と現実的な範疇でこういう状態に直面する」

 

 そう前置きして少女は提示した。

 

「『ブレーキが効かなくなった車で赤信号に突入することになった。左車線には老人が5人いて右車線には小学生が1人いる。今は左車線だが車線変更するべきだろうか』とかね」

 

 なるほど、それは確かに――

 

「……元の思考実験よりはあり得そうなシチュエーションだね」

 

「でしょ? 少なくともトロッコの切り替えレールより現実的というか……まあこれは人が運転していてもあり得るシチュエーションではあるけれど」

 

 それでも人なら『効かないブレーキを踏みこんで目を瞑る』って”逃げ”の選択肢があるんだよねえと付け加えつつ、少女は肩を竦めた。

 

「とまあ、AIにとって鬼門なのは安全な時よりも緊急時なの。こういう極限状況でも何らかの基準に基づいたしっかりした判断が求められる。……だから”ヤバい!!!!”ってなった瞬間に人間に運転を丸投げしてくる中途半端な自動運転ばかりになるっていう事情もあったりなかったり…」

 

「それはまた本末転倒というか……確かにそれを聞くと完全自動運転は難しいかもね」

 

「結局は”誰が責任を負うか”が焦点だから、例えば自動運転車と歩行者の過失割合の法律に変更があったら一気に発展するかもね。……そう考えるとやっぱり法律の問題なのかも」

 

「自動運転車に轢かれたら、それは歩行者の方が悪いって感じに変えるって事?」

 

「そう。まあ道路交通法自体が『全員がルールを守っても事故る』とかいう狂気の法律なのも自動運転開発サイドとしてはしんどいのかもね。何を開発の基準にすればいいか分からないんだもん」

 

 微妙に締まらない結論にたどり着いてしまった2人は互いに顔を見合わせて軽く笑った。

 毒にも薬にもならない話。そして少女は思い出したかのようにこう聞いてきた。

 

「そういえば『トロッコ問題』……この場合元のトロッコの話だけど出久くんならどうするの?」

 

「僕はちゃんと6人とも助けるよ」

 

「思考実験ってそういう話じゃないんだけれどなあ……」

 

 そういう少女は、呆れた口調ながらも少し嬉しそうだった。

 

 ―――――――

 

「聞こえる? 聞こえるなら返事して? 大丈夫?」

 

 マンダレイが大声で呼びかけるも、倒れた少女から返事は無い。

 

 プロヒーローは眉間にしわを寄せながら目の前に横たわる霊火の状態を確認していた。霊火の左腕は二の腕から先が完全に消失し、黒く焦げた断面が露わになっている。

 ……焼肉みたいな匂いがするのが本当に最悪だった。

 

「……焼けているから出血は思ったよりも少ない。けどこれは……」

 

「何か必要な物があったら私にお任せください!!!!!」

 

 霊火の惨状を見た八百万が駆け寄っていく。

 消毒液、止血剤、包帯。あらゆるものを『創造』して霊火を助けようとするのを、緑谷は数メートル離れた場所で見ていた。

 

(軽かった……僕が霊火さんを置いていったから……!!!!!)

 

 脳裏に霊火を抱きとめた瞬間を忘れられない。

 驚くほど軽い体。まるで意識のない人形を抱いているかのような感覚。かろうじて感じられた浅い呼吸。

 

 その精神的な衝撃は、少年の許容量を完全に超えていた。

 

『まだ終わっていません。殻木霊火はプロヒーローに任せ、マスターは他の生徒の安否を確認する事を推奨します』

 

「で、でも……!!」

 

『先ほどから戦闘音が聞こえます。マスターの力を必要としている場所があります』

 

 少年が呆けていても、機械音声はその辺りが容赦ない。

 こちらの返事を待たずに小さな地図が展開され、戦闘区域に赤いマーカーが複数置かれる。

 

 足運び用の青いマーカーが複数ルートに配置されると同時に鋭い警告音が鳴り、少年は反射的に走り出す。

 

「霊火さんは……!!」

 

『おそらく死にはしないでしょう』

 

 合成された霊火の声が、今はとにかく遠い。

 人間味の無い冷たい声で正論を積み重ねられると緑谷も黙るしかない。

 

 とはいえどちらにしても、満身創痍で倒れている霊火に駈け寄ったところで出来る事なんて何もないのだ。

 

 戦闘音と悲鳴が聞こえる方向に緑谷は走る。

 月明かりが木の隙間から差し込んで道を銀色に照らし出している。

 

 そしてほんの20秒ほどで、ガサガサっと木々を掻き分ける音がした。

 

「緑谷!!!!」

 

「…鱗くん!?!? どうしたの!?!?」

 

「緑谷!! ちょっと来てくれ!! (ヴィラン)が!!!!」

 

 木陰から姿を現したのはクラスメイトの鱗飛竜だった。全身擦り傷まみれで、血が滴る右腕を庇っている。

 緑谷はそれを見て、意識して鋭い呼吸を行い無理やり意識を切り替えた。

 

 改めて目の前の脅威に意識を向けなおす。今はそれが出来なければ死ぬ場面だ。

 

「どうしたの? 一体何が」

 

「小学生ぐらいの鬼の敵だ。無害そうに見えてマジでヤベェ!!!! 相澤先生の『抹消』が効いているはずなのにあれは」

 

 ビーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!! と特大の警告音が、話の途中で頭の中を貫いた。

 

 そして視界が赤の攻撃予測線で真っ赤に染まった瞬間には、緑谷は既に鱗飛竜の衣服を掴んで渾身の力で地面を蹴っていた。

 足から緑色の電光が迸り、二人で一瞬で数メートル先まで移動する。

 

 一瞬遅れてヒュン……と小さな風切り音が鳴った。

 目に見えない何かが先ほどまで自分らがいた場所を通過し、背後の太い木々が音も無く伐採されているのを見た少年は真っ青になる。

 

「緑谷!!!!」

 

「相澤先s」

 

「息をつくな!!!! 避けろ!!!!

 

 相澤先生の声が響き、次の瞬間には緑谷と鱗飛竜は別々の方向に跳躍する。

 景色の上から何本もの赤い面や赤い線が次々と投影され、それをなぞるように何枚もの見えない刃と何本もの金色の熱線が空間を横断する。

 

「わあ生け捕り指定の『超パワー』君じゃあん!!」

 

 そして間延びした口調のイマイチ危機感の足りない敵が姿を見せた瞬間、緑谷の思考は停止する。

 

 月明かりに照らし出されたのは、小学生くらいの年齢に見える幼い女の子だった。

 白と深紅のグラデーション改造振袖を着て、深く切り込まれたスリットから白い脚を覗かせている。

 

 確かに可愛いは可愛いのだが、あまりに現実感のないビジュアルだった。イベント会場でもないのにコスプレを見せられた感覚に近いだろうか。

 

「な…」

 

 思わず言葉を失う。鱗飛竜の『無害そうに見えて――』という発言の意味を今更理解する。

 

 そして悠長な思考を童女は許さない。

 右手を上げ、緑谷に対して掌を向けた。

 

「緑谷ァ!!!!」

 

 鱗が横から腰めがけて突進してくる。

 咄嗟の事に息が詰まるが、遅れて赤い予測線が視界に描かれる。そこまで来て少年は今のが何らかの攻撃の照準だったのだと理解した。

 

 予測線は鱗飛竜をそのまま貫いていた。

 二人で勢いよく地面を転がり、緑谷は何かの根元に背中をぶつけて止まる。

 

「ありがとう!!!! 油断し……た……?」

 

 そしてすぐ近くの鱗飛竜の様子がおかしい。

 彼は地面に倒れたまま、一切の動きを見せなかった。

 

 音も光も衝撃もなかった。

 無い無い尽くしの不可視の昏倒攻撃に緑谷は目を剥く。

 

「なんだ今の!?!?」

 

『死んではいません!! 気を付けて下さい!! あの敵はこれまでとは種類が違います!!』

 

 童女は続けて緑谷の方にも掌を向けたが、“何か“が放たれる前にブラドキングが飛びかかった。

 更に見慣れた幼馴染も乱入し、夜の森を閃光と爆破音が埋め尽くす。

 

 童女は緑谷への攻撃を中断すると、左手に保持した不可視の刃をぐるりと回転させてブラドキングにカウンターを狙う。

 

「クソがぁ!!!」

 

 爆豪の雄叫びが響き渡り、夜の森に閃光が走る。

 

 爆風に煽られ体勢を崩した童女の身体を、ブラドキングの『操血』が絡め取る。

 流体の拘束具は鬼の童女の体を締め上げて、動きを封じ込めにかかる。

 

「いい加減に……しろ!!!!!」

 

 ブラドキングが吠えるが、しかし小柄な鬼は力任せに纏わりつく血液から抜け出そうとする。

 その隙に緑谷の方は倒れた鱗飛竜を木陰に引きずり、安全な場所に横たえた。鱗飛竜の呼吸は浅いが特に出血などは無さそうだ。

 

『精神系“個性“を用いた攻撃の様には見えませんでした。おそらく何らかの毒性のある気体を風に乗せて、対象に吸わせる攻撃だと推測します』

 

「……息しなければ安全ってこと?」

 

『基本はそうですが、目や粘膜に作用する催涙系のガス等を扱う可能性もありますのでご注意を』

 

 ガイド音声を聞きながら、緑谷は再び鬼の前に踏み出す。

 まずは目の前の敵をどうにかしなければいけない。霊火の事を気にするのは後にしろと、自分に言い聞かせる。

 

 蛍光色か、いっそのこと放射性の物質じみた燐光を放つケミカルな青い角の持ち主は、うーん……と困ったように可愛らしく喉を鳴らした。

 

「君は生け捕り命令が出ているしぃ……」

 

 そして童女の金色の瞳と明確に目が合った。

 すぐさまダンスゲームのように青いステップマーカーが一面を埋め尽くし、鬼が持つ不可視の刃ごと纏めて真っ赤にシルエット表示が為される。

 

 童女の足元を中心にして表示される、黄色の“射程“表示を意識しながら対峙していると、ガイドがとんでもないことを吹き込んできた。

 

『……実は一応『血狂い』よりも脅威度レベルは低いです』

 

「あれで?!?!」

 

『あの筋肉も本気であれば相応に強かったと言うことです。気を付けて下さい。あれこそがマスターが、これから相手をすることになる本物の闇です!!!!』

 

 連戦に続く連戦。

 『マスキュラー』『黒い脳無』『ムーンフィッシュ』『マグネ』、そして正体不明の青い角の童女。

 

 緑谷出久の煉獄の夜は、まだ終わらない。

 

 ―――――――――

 

開闢行動隊目標回収達成だ!!! 予定通りこの通信後5分以内に『回収地点』に向かえ!! よし、これでいいだろう。行こうぜトゥワイス」

 

「OKミスター!! 一緒に行こうぜ!! 俺に命令するんじゃねぇ!!!!

 

 実は今回の襲撃、敵連合側には3つの目的があった。

 

 1つ目は殻木霊火の殺害。

 これはステインを下したヒーロー候補生に対する粛清で、スピナーが中心となって死柄木に談判した結果出来た目標だ。

 

 2つ目が緑谷出久の生け捕り。

 もっともこれは、Mr.コンプレスにも誰が言い出した話なのか分からなかった。

 

(……体育祭を見る限り、緑谷出久は敵側に転ぶ人間には思えないけどねえ)

 

 そんなことを思いながらも、マジシャンの狙いはステイン殺しでも優勝者でもない。

 

 3つ目。

 八百万百の誘拐。

 

 これこそが本命。

 死柄木弔からの直接命令で、限られた人員にしか知らされていない秘密の作戦だった。

 

「いやあMr.!! 謎の重力ゾーンに標的が閉じ込められてて近づけなかった時は焦ったがな!!!」

 

「ああ、幸いな事にヒーロー精神溢れる雄英のお嬢さんが“()()()()()()()()“からこそ接触も出来た!! 焦った焦った!!」

 

「は、焦ってないが?!?!?!」

 

 実は彼らは知る由もないが、霊火の施設を巻き込んだ重力フィールドは八百万百を敵から隔離するための苦し紛れの策だったりする。

 重力に押し潰されている本人には攻撃に思えたたろうが、実際は超重力ゾーンはそのまま安全ゾーンでもあったのだ。あれは元よりそういう設計思想の兵器でもある。

 

 学友を敵の手から守るための一手。

 しかしそれは麗日お茶子によって破られ、結果的に八百万百は誘拐されてしまっている。

 

 であれば、霊火に応急手当を行っている八百万百は何者なのだ?

 

「1つのものを2つに増やす!! 俺とお前の相性は最高だぜマジシャン!!!」

 

「ハッハー!! 間違い無い!! さあ、雄英高校ヒーロー科、この入れ替わりマジックは見抜けるかな?」

 

 またここに、殻木霊火の想定から外れた展開が1つ。

 

 トゥワイスの“個性“『二倍』によって造られた人間は、そうと知らされない限り自分が偽物だという自覚を持てない。

 偽物の八百万百が存在する限り、雄英高校は大切な生徒が誘拐されたことにいつまでも気が付けない事になる。

 

 ―――――――――

 

「ねえ気が付いてる?」

 

 流石に防戦一方。

 2人のプロヒーローとヒーロー志望の多面攻撃。それでもその全てを器用に捌ききりながら童女は感情の読めない声で言った。

 

「いい加減死に晒せぇ!!!!」

 

「もう逃げられねぇぞ!!!」

 

 回原の手首を回転させる必殺の正拳突きを正面から無理やり掴んで停止させつつ、爆豪の爆破はそのまま顔面で受ける。

 

「クッソがァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 傷一つつかない。

 人外じみた怪力と耐久性。自らのスペックを見せつけながら少女の瞳がキラリと光る。

 

「あぶない!!!」

 

「うおっ?!?! サンキュー緑谷!!!」

 

 不自然に『帯電』を嫌う童女だったが、不意の遠距離攻撃は緑谷が対処する。

 

「そろそろネタばらししてもいいかな。私の“個性“は『吸血鬼』。日が出ない限りわたしは無敵状態をキープできる素敵な”個性”なの。『抹消』もこれだけは消せなかったみたいだね」

 

「適当な嘘をつくな。そんなはずはない」

 

「でもそうじゃないと困らない? 普通に防御力が超高いっていうのもある意味最悪だと思うけど……?」

 

 『酸』の雨は手元で風を爆発させて吹き飛ばし、『ビースト』の殴打は素で受ける。

 

「……黒い脳無みたいな物理無効体質?」

 

「全く外れ。原因はあなたたちの方にあるんだからね?」

 

 固くて速くて頭が良い。はっきり言って強すぎて全く手が付けられない。

 底が見えないとすら思えた化け物が口を開く。

 

 それは意外な内容だった。

 

「私に傷一つ無いのは、“()()()()()()()()()()()()()()()()()“でしょう? ていうかこれしかないと思うけどお。……ねえヒーロー、子供を殴るのってそんなに難しい?」

 

「クソッ!!!!!」

 

「図星だよねえ?」

 

 打ち倒そうと言う意思が、殺意が全く足りない。

 ヒーロー科としてはずば抜けて容赦ない爆豪勝己ですら、本気を出せない。

 クラスメイトが傷つけられた怒りでも、情けを塗りつぶせない。

 生徒を危険に晒された教師であってもどこか手が緩む。

 

 そしてそれは童女が“個性“を使っているという訳では無い。

 

 容姿。

 庇護欲の対象、本来守るべき子供の、愛らしい外見である。

 童女はただそれだけで莫大なアドバンテージを稼ぎ続ける。

 

 対ヒーロー社会。

 気持ちよく悪者退治なんてさせない。殻木霊火は脳みそ丸出しの改造人間なんて造らなかった。

 

 これは可憐で幼い容姿の殻木霊火だからこその発想だった。

 “弱者のカード““美人のカード““子供のカード“。

 なにしろ殻木霊火もその恩恵を十全に享受してきた。”可愛い”というそれだけで、社会でどれだけ得するかをしっかり分かっている。

 庇護欲を誘うというのは、冗談抜きに現代社会最強の切り札なのだ。

 

 ヒーローは、相手が子供の姿をしているという一点で当たり前のように本気を出せなくなってしまうのだ。

 

「そしてあなたたちがわたしに構っているだけで、わたしの役割はこなせている」

 

「このっクソガキッ……!!」

 

「ねえ、本当に、わたしに構っている暇があったのかな?」

 

 勝てなくても問題はない。

 殺さぬようにセーブしながらヒーロー側の主戦力を引きつけ続ける。

 それだけで他の敵の負担は減らせてしまうのだ。

 

「はいはい降参降参。ごめんねヒーロー」

 

 そして両手を挙げる童女に対して、ヒーローたちは追撃を仕掛けられる訳が無かった。




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