【速報】雄英高校林間合宿が襲撃される
雄英高校合宿に
先日未明、中部地方山間部で実施された雄英高校の林間合宿が、複数の
襲撃は午後8時頃に始まり、合宿中だった雄英高校ヒーロー科の生徒および教職員、そして現場のプロヒーローが標的となった。
結果8名の生徒が何らかの毒ガスを吸引し意識不明の重体、さらに1名が戦闘による大怪我で同じく重体となっている。
「ラグドール」行方不明に
今回の事件でプロヒーロー連名事務所『ワイプシ』の構成メンバーである『ラグドール』が行方不明となり、現在大規模な捜索が行われている。
また
雄英高校側「生徒・教職員の安全確保が最優先」
雄英高校の校長は緊急会見で「現時点で生徒および教職員全員の安否を確認しており、生徒側に行方不明者や死者は出なかった」と発表。
さらに「今後の合宿予定を全て中止し、生徒の安全確保を最優先に考えます」と語った。
警察関係者によれば、今回の襲撃は最近活動を活発化させている「
雄英ヒーロー科1年には同団体に属した『ステイン』を逮捕した生徒が在籍しているため、その報復ではないかという見方も広まっている。
また、警察発表によると、『マスキュラー』『ムーンフィッシュ』『マスタード』といった凶悪指名手配犯を含む
しかし警察に引き渡された
また今回の襲撃では
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「うあー……なるほどね?」
病院の一室。
山のような機材と身体を透明な管で繋がれて、現在進行形で心電図やら血圧やらのモニターが光る部屋だった。
手術着の少女は自身の左腕があった位置を見て、呻いた。
目を覚ました霊火はちらりと周りの状況を確認する。
病院育ちの万年病弱少女は”目が覚めたら病室だった”というシチュエーションに慣れている。自分に何があってどういう状況なのかがある程度分かるのだ。
(……集中治療室じゃないのか。普通の病室って事は危篤って感じでは無い? ……大火傷すぎて”もげた”事で逆にダメージが減った? 火力が高すぎるってのも考え物だけれど)
言わずもがな、火傷というのは人間が負う傷の中でも割と最悪の部類だ。
何しろ物理的な外傷と違い、体液やら免疫やらその他もろもろが一気に無くなるのが非常にマズい。つまり脱水症状や敗血病、腎機能へのダメージ、壊死や感染症など、割と最悪級の物が後から一気に襲い掛かってくる仕組みになっているのだ。
たとえ生き残ったとしてもそこからが地獄なタイプといえる。つまり火傷部が丸ごと消し飛ばされたというのは喜ばしい事だった。
そんなことを考えつつ、霊火は左腕があった場所に目を向ける。
切断手術が為されたそこは、包帯に巻かれて先端部が見えなかった。……腕の長さ的に、おそらく炭化した焼け残りもろとも切り落としたのだろう。
「いったたたたた……うぅ……いったいなあこれ……」
我ながら情けない声が漏れた。
“麻酔が効きづらい“とかいう謎のパッシブスキルが恨めしい。何の役にも立たない。
なるほど”幻肢痛”とはよく言ったものだ。
というか無いはずの部位から”痛い”と信号が送られても、どこを治療すれば治ったことになるのかも分からなくて困る。
普通に涙目の少女は、それでも小さく息をついた。
なんにしても、生き残った。
我ながらよくあの状態から生還したものだ。
サイドテーブルに視線をやると、何枚かの手紙とお見舞いの品(フルーツと花)、そして霊火のスマホが置かれていた。
誰かが置いてくれたのだろうか。
霊火は左腕を伸ばそうとして左腕が無い事に気が付き、諦めて右腕を伸ばした。
その単純な動作だけでも左肩から先が死ぬほど痛い。そして心理的な喪失感も大きかった。
そこに在って当たり前の身体が、無い。普通にかなりキツイものがある。
「あーあ………………………………」
まあまあ落ち込みつつ電源ボタンを押してみると、日付は襲撃から2日後。
思ったよりも早く目が覚めたなと思いながら、そのままブラウザを開いた。
(林間合宿は結局……)
襲撃の後半から、状況を把握しきれていない。
こればかりは迅速に確認する必要があった。今回に関しては”襲撃者”としての顔もあるので、そういう意味でも現状把握は重要だ。
ありふれたネットニュースのサイトを開く。
普通に一番上に『雄英高校、またしても襲撃』みたいなタイトルの記事があった。注目度が高いというのも考え物だ。
「…………………………あれで生徒全員無事だったのか。凄いなヒーロー科……」
記事を読んで、その部分にとりあえずホッとする。
『毒ガスで重体』の部分は気にしなくていいだろう。なにしろ放置すれば大変な事になる『マスタード』だけは最優先で叩き潰したので、件の8人もそれほどガスを吸っていないはずなのだ。
つまり一番重傷なのは霊火という事になる。自業自得もいい所だ。
そしてラグドールの誘拐は霊火自身が犯人なので気にしなくていい。
……彼女もいつかは解放するつもりだが、申し訳ないがしばらくは無理そうだった。一目見ただけで正体を看破されるというのは、流石に高リスクすぎる。
そして”誘拐”も発生していない。
これは朗報だった。
一応緑谷出久だけは霊火が回収する予定だったので誘拐されてもリカバリーが利くのだが、その他の生徒が誘拐されてしまう展開は流石に挽回不可能だ。
……その場合は素直に敵に寝返ってくれるのなら『検死官』という闇が新たな仲間をちゃんと歓迎するつもりだが、ヒーローとしての意地を張られた場合は話がややこしくなる。
下手すると『AFO』や『ドクター』案件になってしまう。そのケースについてはあまり考えたくなかった。
(だけど誰も誘拐されなかったのなら何より)
こればかりは本当に安心した。
……この分だと八百万百を狙った超重力区域の展開は、一定の効果はあったようだ。
あれもあれで折角のプロヒーローを纏めて押さえ込んでしまう諸刃の剣ではあったのだ。文字通りの苦肉の策だ。
因みに本来の作戦では霊火と緑谷で八百万を確保する予定だった。
この作戦なら3人とも安全なはずだったのだが、補習組は宿に帰っちゃうし緑谷は出水洸汰を捕まえに行くしで何にも上手くいかなかったのだ。
(……肝試しのスタート地点に『抹消』がいるだけで死ぬほど楽だったんだけれどな……)
霊火は頭を振った。
実現できなかった計画を惜しんでもしょうがない。
結果的に何とかなったならばそれで良しとしよう。
「…………………………『警察に引き渡された
大人というものは自分たちに過失が無くても謝らなければならないらしい。市民の皆様に不安感を与えただけでミス扱いされる職業なんて何かの罰ゲームとしか思えないが。
警視総監とか何とかのお偉い立場の彼らはレンズの前で頭を下げる時に”何でおれがこんなことを……”とか思わないのだろうか。
9歳の霊火には良く分からない感覚だ。
「これで謝罪案件なのは流石にかわいそうだけれど……」
記事を見る限り、どうやら[Class3:cannibalism]はちゃんと警察から逃走できたようだ。
そうでないと困る。あれは【開拓】や【全球】の30倍ぐらいの工数と製作費がかかるので、一々警察に捕まえられたら堪らない。
故にきちんと、警察に捕まった時の保険は掛けておいた。
そしてこの場合、警察を責めるのはあまりに理不尽である。
なにしろあれに搭載されている”個性”は『再現』『サーチ』そして『夢遊』の3つ。
今回問題になるのは『夢遊』だが、これを初見で止めるのはほぼ不可能だ。
”個性”『夢遊』
睡眠状態に入ると、
”個性”の持ち主だった女子大生は『外れ個性』と言って困り果てていたが、犯罪者が持つと極めて強力な側面を見せる。
つまりあの『食人鬼』は、スリープ状態に入ると誰にも制御できないタイミングでどこかにワープしてしまうトンデモアンドロイドなのだ。
製作者にも制御不能なため製造過程でも時々どっかに行ってしまい、その度に死ぬほど焦ったものである。
警察もこれを相手にするつもりなら移動牢に入れて拘置所に入れて刑務所に入れるという前提がそもそも間違っている。
”
最悪の初見殺しが警察の鼻を叩き折ったようでなにより。
「~~♪♪」
一気に上機嫌になった霊火は、ハミングしながら右手で画面をスワイプする。
開いたのは電話だ。かける相手は片想い中の男の子である。
ワンコールで繋がった。
『霊火さん!?!?!?!?!? 目が覚めたの!?!?!?』
「おはよう出久くん。そっちも無事なようで何より。ところで早速だけど相談があるんだけれど……」
病室のベッドから身を起こし、ゆっくりと窓辺に歩み寄る。
おそらく4階。下には駐車場が広がっていてイマイチ景観は良くない。
少女は、窓枠に手をかけた。
――――――――
病院の窓から飛び降りて、下に待機させていた緑谷に抱き留めてもらった。
「霊火さん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ごめんって。そんなに怒らないで?」
緑谷に結構ちゃんと怒られながらも、霊火は涼しい顔だった。
熱帯夜の駐車場を足早に移動する。
澄ました顔の霊火は薄い水色の病院着に、脚元には病院から持ち出したスリッパという脱走者スタイル。
緑谷は、相変わらずの謎Tシャツに黒のハーフパンツという夏らしい私服姿だった。
汗が額から流れ落ちるのを時折手の甲で拭いながら、彼は不安そうに周囲を見回す。
そして霊火は痛そうに顔を顰めた。
「うわ……左腕が無いって滅茶苦茶歩きにくいな……」
「なんかいきなり飛び降りてきて聞き逃しちゃったけど霊火さん大丈夫!?!?」
「これが大丈夫に見える? 死ぬほど痛いし身体のバランスがなんかもう全部変だし滅茶苦茶だけれど?」
「病室抜け出して良かったの!?!?」
「抜け出さなきゃいけなかったというか……」
言葉を濁す少女を見て、緑谷が(そういえば霊火さんはどこに向かってるんだろう)と当たり前の疑問を思い浮かべた瞬間に病院着の少女は右手で前方をさした。
少年は呻いた。
「……また?」
「何その嫌そうな声。これ毎回私が云十万円払うんだよ?」
全長8メートル以上ある真っ黒なリムジンだった。
病院の駐車場に止まっていると、都心を走るのとはまた違った圧迫感があった。
「ヤクザの組長でも入院してんのかって感じだよね」
「僕も思ってたけど言わないようにしてたのに!!」
――――――――
点滴やら電極やらを色々引っぺがして病室から脱出した霊火だったが、そこまでした動機はシンプルだった。
「警察と話したくなかったの」
「えぇ……?」
「奴らに話す事なんて何にもないし。全員死ねばいい」
唇をツンととがらせて不機嫌そうな少女だったが、発言内容は幼稚かつ物騒だった。
緑谷も呆れたような声を出すしかない。少女も居心地悪そうに顔をそむける。
『ステイン』の一件以降、霊火の警察嫌いは深刻だ。
緑谷もその辺りの事情は分かっているため説教するつもりは無かった。しかし少女は非常に言い辛そうに、ぽつりぽつりと言葉を続けていった。
「いやあのね、出久くんの方がどうだったかは知らないけれど私の方は色々酷かったの……」
「……。分かってるよ。霊火さんも酷い大怪我をして」
「ああいやそっちじゃなくて敵の方。ほら、こっちは私も全く手加減できなくて割と死人がバンバン出たというかその辺りを警察に聞かれるのが超憂鬱というか」
「えっ!?!?!?!?!?」
「パッと見た感じ報道には乗っていないみたいだけれど……」
今回の襲撃で霊火が殺した
ちゃんと証拠隠滅はしたため、霊火は誰も殺していないことになっている。はずだ。
何しろこっちは『検死官』。殺人事件を迷宮入りさせる事に関しては自信がある。
いつも素人がやらかした殺人現場相手に証拠隠滅を行っているプロフェッショナルである霊火にとって、自分自身でコントロールできる殺人事件の隠蔽なんて眠っていても出来る。警察では絶対に真相にたどり着けない。
都合のいい事にあの現場では、霊火を破滅させるような映像を撮ろうとしたカメラ持ちが複数いた。
それが逆に良い。何しろ『霊障』をオンにした霊火はカメラに映らないのだ。
街中にある監視カメラは犯罪を撲滅したか? いや、
霊火の公的な”個性”が『呪い火』である以上、林間合宿の殺人事件で霊火を立証するのは絶対に不可能なのだ。疑わしきは罰せずも良し悪しである。
更にあの場にいた敵たちの記憶はある程度『混濁』で吹っ飛ばしているため、そういう意味でも警察は困り果てるだろう。
下手すると霊火の敷いたレールに惑わされた冤罪が大量発生する。ここは警察の腕が問われる場面だ。
そしてここで重要なのは『混濁』された被害者は、自分の記憶がない以上『自分がやったかもしれない……』と思ってしまう所だ。
そんなフワフワした考え方では警察の取り調べ中に、自分が殺したと思い込むのがオチである。もしかしたら脅威の6人殺しで箔がついた謎のチンピラが爆誕するかもしれない。きっと刑務所内でもやりやすかろう。
オマケに最後の最後に荼毘が雑に森林火災を起こしたため、現場検証は困難を極めるだろう。
そもそもフラットに考えれば左腕を欠損した霊火は圧倒的に被害者ポジションのため、警察が霊火をどう扱うかは未知数な部分もあった。
まあ最後の方は記憶もあいまいなのだが緑谷の目の前でも『ムーンフィッシュ』を思い切り刺したし『黒い脳無』はガッツリ殺してしまったため、めんどくさい展開にはなりそうだった。
ショックを受けた様子の緑谷に肩をすくめて見せつつ一応弁解してみる。
「私は自分を殺しに来た相手を生きて返すほど博愛主義じゃないの。出久くんと違ってね」
「で……でも……それって……」
「流石にヒーロー科に居続けられるかどうかは結構怪しいかもね。……まあ殆どは
自分に向けられた腕を引っ掴んで別の敵に向けさせて殺すのは本当に”フレンドリーファイア”なのかどうかは一旦置いておく。因みにこれが殺人判定なら霊火のキルスコアは12人になる。
それこそ『死人に口無し』だ。負けた方が悪い。
「まあ報道ベースに乗っていないって事は、また何か変な力学が働いているのかもね。『ステイン殺し』のヒーロー志望が自分を殺しに来た相手を返り討ちにして殺したなんて、世間様がどう受け取るのやら……」
「……そうなんだ。そっちではそんな事が……」
「そもそも林間合宿の襲撃自体が私への復讐というか粛清というかそういう目的が大きそうだったしね。……そう考えると私が皆を巻き込んじゃった感じだしヒーロー科にい続けられるかは……」
「そんな……!! でも霊火さんは……!!」
「まあ
うっかり口が滑った。
『死因』の副作用が進行しているせいか、最近こういう失言が多い。赤の他人への協調心とか思いやりの心とかそういう『人間性』は日に日に失われていく一方だった。
ここ数ヶ月は本性を隠す努力を諦めかけている霊火は、にたりと笑って少年を見た。
「理解出来ないって顔してる〜!! ……あのねえ、これだけ私と一緒にいるんだからそろそろ分かっているでしょ? 私は相手を殺す事で自分の安全を確保できるなら、躊躇いなく殺すよ?」
「うっ…………………。ま、まあ霊火さんがどういう人かは知っているつもりだったけど……」
「…………ごめん私が出久くんの中でどういう枠に収められてるか聞いていい?」
結構クリティカルな事を言ったつもりなのに反応が薄かった。絶交まであるかと思ったレベルの自白なのだが。
つまり性善説に手足が生えたような少年でも、霊火の事を根っからの善人とは思っていなかったと言うことだ。
緑のモサモサ頭は少し考え込んで、こう答えた。
「……霊火さんは自信家だよね。根本的に自分の判断に絶対の確信があるから相澤先生にも警察にも法律にも全く従わないし、それを問題とも思っていない。そもそも霊火さんは他の人の意見や評価なんて全く求めていなくて、他の人の価値も認めていないんだ」
「改めて聞かされると最悪だな私」
思ったよりもかなり辛辣な返事がきて、少女の目が泳ぐ。
……緑谷出久も、意外とちゃんと霊火を見てくれていたらしい。
手術着の少女は軽く鼻を鳴らす。
「まあそうだね。私は社会を必要としていない。雄英を退学させられても前科がついても指名手配されても文明が滅んでも、全くの自力でゼロから悠々自適の生活を構築できるだけの力がある。……私のように人を殺しても罰が罰として機能しない人間がいることは、貴方も覚えておいたほうがいいと思うよ」
「……………」
「一応言っておこうかな。私はどちらかと言うとヒーローより
「大丈夫だよ霊火さん」
優しい声だった。
リムジン内。彼は霊火に近づいて、左肩に触らないようにそっと抱きしめた。
腕の中で真っ赤になっている霊火に気が付かずに、緑谷出久は言った。
「大丈夫、君にそういう所があるのは、僕も気付いていたんだ。でもね、霊火さんは大丈夫だよ」
「……そうなの?」
「だって霊火さんは結局、皆のためにその力を使ってくれるでしょ?」
「………………………………………」
霊火は諦めたようにこくりと頷いた。
その反応で安心したように、彼はさらに強く抱きしめる。
「大丈夫。僕は霊火さんの事を信じているから」
「………お人好し」
……緑谷出久、結局根っこの根っこが善性の塊だった。
今どきここまでの人情派も珍しい。騙してるこちらが申し訳なくなってくる。
こっちは『死因』なんて“個性“を持ったせいで人間不信を極めているのだが、この少年は未だに全ての人間の奥底には光り輝く善の心があると信じているようだ。
霊火からしてみるとすーぱー馬鹿らしい。この部分は一生分かり合えなさそうだった。
(……これだから私が死ぬ気で戻ってこなきゃいけなかったんだけれど!!!)
彼には“まだ“No.1ヒーローは無理だ。
何というか、話せば話すほどオールマイトと違う部分がポロポロと見つかる少年だった。
何しろあのムキムキマッチョには、あれで色々と割り切れる強さがある。そうでもないと不動のNo.1なんて肩書は背負えない。
しかし緑谷出久にそれを求めるのはかなり厳しい。
緑谷出久はクソッタレの悪党どもを相手にするという事がどういう事かが分かっていない。
流石にちょっと甘すぎる。この調子ではしばらくの間、真っ黒な心理戦は霊火がこそこそ担当することになりそうだ。
……もしかしたら家族を人質にしてヒーローをコントロールする類のゲス野郎ぐらいは霊火が安全に体験させてあげるべきなのかもしれない。
(……”皆の為に力を使ってくれる”ねえ。まあそういう解釈も間違ってはいないけれど……)
とはいえ、それはそれとして緑谷出久が霊火の正体を殆ど完璧に掴んでいるのも事実だった。
なるほど。彼の言う通り、霊火は皆の為に力を使おうとしている。
これは霊火も感心する考え方だった。
確かに殻木霊火は、少なくとも私欲のために力を振るうタイプではない。
強いて言うなら緑谷出久に入れ込んでいる事が一番私欲だった。
こればかりは言い訳しようがないぐらいの寄り道だ。このせいで色々と余計なリスクを背負い込む事にもなっているし。
(……信じている……かあ……)
そんな彼の唯一の読み違いは、『皆』という言葉の定義だった。
霊火は100年後の人類の為に力を振るっている。
そのために現代の人類を100億人殺すが、それは必要経費だ。
そこで発生する悲劇に関しては、こちらの関知するところではない。
―――――――――
クラスメイトの皆と教師陣には、病室を抜け出た事は伝えてある。
一部メンバーには緑谷と一緒ということも伝えたので、空っぽの病室を見た彼らが心配で卒倒するということは無いだろう。
一応置き手紙も残したため医者と看護師が大慌てで捜索願いを出すような展開も多分ない。そもそも主治医が知り合いだったから最悪ドクターが何とかするだろう。
当然の如く鳴り止まないスマホをマナーモードにしつつ、少女は伸びをした。
そのままビクンと身体が跳ねる。
「いった!!!!!!! うぅ……何だこれ、迂闊に伸びも出来ないのか私……」
「本当に病室出て大丈夫だったの霊火さん?!?!」
「病院の娘だから大丈夫」
霊火は超適当な言い訳をしつつシートにへたり込む。
心配そうにこちらを覗き込む緑谷相手にほんのり頬を染めつつ、スマホで運転手に指示を出す。
「服が欲しいな」
「はい?」
「この格好のまま彷徨いてたら超目立つでしょ?」
そんな訳でチェーン店の服屋に目的地を変更。“通常“の人のカタチを対象にして量産品の安さで勝負するタイプのありふれた衣類店だ。
財布から適当に札を抜いて、ポンと緑谷に渡した。
「何?!?!?!」
「悪いけど私の服買ってきて。お釣りはあげるから」
「お釣りは貰えないし女の子の服なんて全く分からないんだけど?!?!」
「あんまり難しく考えないでいいんだよ? 貴方が私に着せたい服とか、着てもらいたい服とかを好きに選んでね」
あ、左腕があれだから脱ぎ着するのが大変そうな服は避けてねと付け足したら思いっきり渋面を返された。
「う~ん……私の場合は子供用売り場の方が見つけやすいかも。ほら、それに私って胸があんまり無いから……」
「?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!???!?!?!」
「動揺しすぎ」
無い訳では無いぐらいの胸元をわざとらしく抑え、上目づかいで薄っすらと笑う。
面白いぐらい大きな反応が返ってきていい気分だった。
耐性が出来るのも癪なのであまり安売りしないように気を付けてはいるが、やはり揶揄うのは楽しかった。
そんな感じで少年を送り出し、帰ってきたのは40分後だった。
リムジン内の霊火に対して少年が恐る恐るといった感じで差し出したのは、真っ白なロングのワンピースにベージュのゆったりとしたカーディガン。
そして大きな麦わら帽子だった。
「うおお……思ったよりちゃんと夢を詰め込んで来たね……」
「着てもらいたい服を選んでいいって言ったのは霊火さんじゃん!!!!!」
「いや別に全然いいんだけれど……」
緑谷の事だからTシャツにジーパン辺りのもっと無難な選択肢で来るかと思っていたのでこのチョイスには普通にビックリする。
ここで彼がちゃんと自分の夢を託せるぐらいには霊火も距離を縮められていたらしい。
(うわあ……今どきこんなモノ売ってるんだあ……割とイタいなこれ……いや、これ寝間着ぐらいにしか実用性がなくないか?)
思ったことを素直に言ったら少年が泣いてしまいそうなので自重する。揶揄いもイジりも程々にしよう。
なんというか……漫画の主人公(男)の過去編に出てくる夏休みの少女といった感じだ。
夢の切っ掛けをくれた初恋相手というか……下手したら時系列的には既に亡くなっていて過去編でしか出てこないタイプのあれだ。
どうにも思い出枠というかノスタルジー溢れる感じというか……もしかして霊火の幼い外見に引っ張られていないか?
そんなわけで白いワンピースに麦わら帽子。
いざ実際渡されると、どこで着ればいいのかさっぱりわからない一品だった。
ステージの上では輝いて見えるけれど実際には奇妙奇天烈なアイドル衣装や二次元ツインテールの親戚に見える。
「まあ着こなせなくはないか……?」
幸い容姿には自信がある。彼の夢を壊すという事はないだろう。
そして霊火ならば相性自体は悪くない。
仮に麗日お茶子あたりにこの白ワンピースを着せるとパツパツすぎて登場作品が少年誌からえっちなオネショタ(舞台は田舎)にズレてしまうのだが、霊火はその心配は無い。
何しろその路線に行くには胸と身長が足りないのだ。
「……着替えるけれどここにいる?」
「っ!!!! 着替え終わったら呼んで!!!!」
ドタバタと車外に飛び出していく緑谷を送り出して、ため息を一つ。
……まあ左腕の欠損が目立たないようにカーディガンを買い、USJの怪我で足元を見せたがらない霊火のためにちゃんとロングスカートを買ってくれた事は高評価ポイントだった。
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