殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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053:魔女

 可憐な声、ずば抜けた頭脳、目が覚めるような美貌。

 

 性格は意外と活発で感情豊かだが、本当は静かな時間も好き。

 内面は酷い人間不信。それでいて筋金入りの寂しがりや。

 揶揄っている間は強いが、受けに回るとすぐ涙目になる。

 どんな言葉を重ねても表現できないぐらいの天才だが、意外と詰めが甘い。

 基本的に大人しいが激情家。沸点を超えた時は手が付けられない。しかし冷めるのも一瞬。

 見た目に反して大人っぽい。見た目相応に子供っぽい一面もある。 

 

 そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一緒にいると落ち着くというタイプではない。

 彼女の傍にいると、いつでも少し緊張した。

 

 足元が抜けているような、空が落ちてくるような、そんな漠然とした不安。

 強いて言うなら”非日常感”と表現するのが近いだろうか。色んな意味で”特別”な女の子という印象が強い。

 

 だから彼女と一緒にいれば、自分にも何かできると思えた。

 緑谷出久は、そんな風に思わせてくれる彼女が大好きだった。

 

 だけど、どうして彼女が自分にここまで時間を割いてくれるのかが分からなかった。

 

 ……この話を匂わせると周りの人――母親やクラスメイトなどに軽く窘められることがあった。

 『ちょっと鈍感すぎるよ』とか、『その気も無いのに利用し続けるのは可哀そうだよ』とかだ。

 

 しかし緑谷出久は思う。

 自分が彼女に好かれているなんて、そんな都合のいい話は絶対にない。

 

 それは決して心理的な予防線という訳ではない。

 彼女ほどの人が自分を好きになるなんてあり得ないとは思っているが、そういう話でもない。

 

 ……ここまで世話になっている以上、絶対に口に出してはいけない話だった。

 

 そもそもの話だ。

 

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 彼女は何か重要な事を隠している。

 

 それは食べた覚えのないチョコレートの後味だったりした。きっかけはそこだった。

 出所不明のヒーロー話だったり、明らかに逸脱した技術力だったり、何かが見えているような挙動だったり、『ステイン』が寄りにもよって何故ファットガム事務所の管轄に行ったのかだったり、『ステイン』相手の極めて洗練された立ち回りだったり、日頃の言動だったり。

 一つ一つは見逃してしまうような小さな違和感でも、積み重なれば大きな疑念になる。

 

 緑谷出久は殻木霊火ほど賢くないためどうにも上手く繋げられないが、やはり彼女は何かがおかしいのだ。

 

 それは思い過ごしかもしれない。

 こちらが勝手に疑心暗鬼になっている可能性も十分にある。

 

 しかしどちらにしても霊火相手に腹の探り合いなど絶対に不可能だ。

 こっそりと調査することも難しい。誰かに相談など一瞬で嗅ぎ付けてきそうだ。

 だから出来ることは違和感をそのまま呑み込むことだけだった。

 師であるオールマイトにも言えずに自分でため込んで、1人でそっと考察することが限度だった。

 

 その中で、一番の疑問点はこれだ。

 

 海浜公園で出会ったのは、そもそも偶然だったのか?

 

 冷静に考えて、ガリガリの男とトレーニングしている”無個性”のクラスメイト相手に彼女が偶然気まぐれで協力するなんてことあり得るのか?

 そしてそこからただのクラスメイトの入試の為に、彼女のような人間が莫大な時間をかけて協力なんてするか?

 結果的に同じ雄英に入学してくるなんて、偶然として片付けていいのか?

 

 そんなわけがない。

 絶対に背後に何かの意志があるはずだ。

 

 そして推測する。

 

 ”彼女は、自分に何かをさせたい”のでは?

 あの海浜公園で出会った事は彼女の手の内だったのでは? 

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 間違いない。彼女は自分に何か意図を持って接触してきたのだろう。

 あの出会いの場面に関してだけは何をどうひっくり返しても、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 とはいえ、だからといって彼女が(ヴィラン)だとは流石に考えづらい。

 

 事実として彼女が自分に協力し続けてきたのは確かだ。

 現実的な話、霊火がいなければ自分は雄英高校に受からなかっただろう。

 そして彼女が本当に悪い人ならば緑谷出久を殺すタイミングなんていくらでもあった。

 

 雄英に入ってからも色々とおかしな点はあったが、それでもUSJでは危険を遠ざけようと必死だった。

 あの焦り方に嘘があったとは思えない。そして何よりあの襲撃で殻木霊火は右脚を失いかけている。

 

 そして今回の林間合宿では殆ど死にかけていた。

 直前に渡してくれた極めて強力なサポートアイテムも込みで、彼女が(ヴィラン)に与しているとはどうしても考えづらい。

 

 霊火は緑谷出久の味方である。

 ここは疑っていない。

 

 しかしそれでも油断は解けない。

 何しろ自分は『OFA』の後継者なのだ。誰をも救える最高のヒーローになる義務がある。

 そしてその場合、常人と違う思考回路を持つ天才少女を相手に気を緩めてはいけない。

 

 つまり、何故霊火が緑谷出久の味方でいてくれるのかが全く見えないのが問題なのだ。

 

 信じていない。

 信じていない。

 信じていない。

 

 彼女の事が本当の本当に大切で、心の底から大好きでも、信じてはいけない。

 

 そして疑心も悟られてはいけない。

 相手は正真正銘の天才だ。あまりにも格上すぎてどれくらいの存在なのかが分からない。

 単に興味本位で接触してきたのか、あるいはもっと危険な存在なのか。

 オールマイトなどは彼女を信じ切っているので師とも相談ができないのは厳しい物があった。

 

 それでも緑谷出久は、殻木霊火を救いたい。

 たとえ彼女が自分に見せる全てが虚飾に塗れたまがい物だったとしても、それでも彼女の事が大切だった。

 『ステイン』の一件の後に雄英を去ろうとする彼女を呼び止めたのも何か致命的な予感がしたからだった。

 

 利用したいなら、素直に言ってほしい。

 何か隠しているなら、ちゃんと教えてほしい。

 本心で話して、こんどこそ本当の友達になってほしい。

 

 少しずつ素を見せ始めてくれる少女が、いつか本当の事を話してくれる日の事を。

 

 緑谷出久は、ずっと待っている。

 

 ――――――

 長野の病院から車で4時間。

 

「え、ここ!?!?」

 

「あれ、私目的地を言ってなかった?」

 

 夜の23時に辿り着いたのは、件の海浜公園だった。

 中学時代に緑谷出久がずっと清掃をしていた場所だ。

 

「流石に誰もいないね。……ここに来ると色々と思い出すけれど」

 

「僕にとっても思い出深い所だよ……でも霊火さん、何でここに?」

 

 霊火はその質問には答えずに砂浜を歩く。

 そのまま少年を振り返らずに沖の方を見ながら、一応確認した。

 

「……私が渡したあの銀色の首輪持ってる?」

 

「え、持ってるよ? ほら。……霊火さんの言う通り誰にも言っていないけど」

 

「本当に誰にも言わないでね。それ普通に違法だから」

 

「違法って……物凄い性能だったけれど別にそんな危ない道具じゃ」

 

 寄せては返す波の音が夜の静寂に響く。

 月明かりが海面を銀色に染め上げ、波紋とともに揺らめいている。

 

 霊火は道中で買い足したサンダルを履いたまま海に足を踏み入れる。

 波が足首を優しく撫でて海風が髪を揺らす。

 

「……あのね、私小学校の時に殺されかけた事があるの」

 

「えっ!?!?」

 

「……ちょうど女の子たちが体重を気にしだした年頃でね。私、あるモノを開発したの。機能としてはガムが近いかな。口に含むと舌に電気信号を送っていろんな味を感じられるみたいなアイテムなんだけれど……」

 

「え、それ滅茶苦茶凄くない?」

 

「まあ味はとにかく匂いがノータッチだし、色々不完全ではあったんだけれどね? 誤飲とかもあったし衛生面でも良くないし」

 

 霊火は引き返さず一歩また一歩と進んでいく。

 サンダルが砂を掘り起こし、足元で小さな渦を作る。

 

「まあそれで食べ物を我慢しようみたいな考えだったんだけれど、私のクラスメイトからどんどん話が伝わっちゃって、”私も欲しい”とか”お母さんの分も欲しい”とかたくさん来たの」

 

「あ、ああ……まあそうなるよね」

 

「結局地元の新聞から企業の方にも話が伝わっちゃって、小さな子供から技術を奪い取って金儲けしてやろうって大人がたくさん来てもう滅茶苦茶だったんだけれど……」

 

 膝下まで海水に浸かった彼女はふと立ち止まった。

 相変わらず砂浜にいる緑谷の方は振り返らずに、なんてことない口調で続ける。

 

「……海外の企業だったと思う。人攫いが来たの。5人組の大男が大型のバンに乗って、下校中の私を無理やり連れて行こうとした」

 

「は……?」

 

「でさあ……私の”個性”ってこれじゃん。当時から今と同じ出力があったからほら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あ、ごめん。これ別に湿っぽい話じゃなくて単におもしろエピソードトークだよ?」

 

ちょ、ちょっと待って思ってたのと違う!! ……で、でも霊火さんもやっぱり怖かったんじゃない?」

 

「え? いや別に」

 

「そっかあ……」

 

 これは実話なのだが問題はそこではない。

 白いワンピースに麦わら帽子の少女は肩を竦めた。

 

「まあそういう事。……そのサポートアイテム、手術もイラストも飛行機の運転も、ヒーロー業でも教師でも弁護士でも警察でも事務員でもなんでもこなせるようになるマジでヤバい代物だからね。それが世に出たら誇張抜きに世の中の企業の3分の1が倒産して、山のような失業者と共に経済が崩壊するから本当に気を付けて」

 

「え? マジで?」

 

「私は嫌だからね? そんなことで責任を問われるの。というか失業者の家族とか投資家とか技術者とか国の殺し屋やらなんやらいろんな人に命を狙われそうだし……」

 

「気を付ける!!!! 本当に気を付ける!!!! 本当にありがとう霊火さん!!!!!」

 

「だから私は馬鹿が嫌いなんだ……世の中がとても良くなる手段が目の前にあるっていうのに自分に有利にならないなら全部壊そうとする。明日の100万円より今日の1万円を取ろうとするから奴らはゴミなんだ……。世界を悪くするのはいつだって有象無象で、奴らが自分の権利なんて主張するから何も上手くいかなくなる。全部私に任せろよ塵芥は。馬鹿なら考えるな。馬鹿なら求めるな。自分で考えて自分で行動して何かなしえるなんて勘違いをやめろ。こっちで全部調整するから疑問を持たず言われた事だけやってろ。言う事聞けないならガチで全員死ねよ……私に全部従えゴミカス……馬鹿が私に反抗すんなだから救いようがねえんだ馬鹿って……」

 

「霊火さん……?」 

 

 風が少女の黒髪を揺らし、スカートの裾が海面に触れて湿る。

 だが霊火はそんなことは気にしていなかった。サンダルを履いた足で海底の感触を味わいながらも少女は少年を振り返らない。

 

 彼我の距離10メートル。

 霊火はぼそりと”警告”した。

 

「…………それ、着けておいた方がいいんじゃない?」

 

「え?」

 

 チリッ……と、空気が張り詰めた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 突如として吹いた風が夜の空気を切り裂き、左腕を失った少女のシルエットが月光をバックに映える。

 白いワンピースが風に煽られ、何かの生き物のように揺らめいていた。

 

「霊火さん……?」

 

「…………………………」

 

 恐る恐る声を掛けると、少女がこちらを振り向いた。

 

 真っ赤な瞳が緑谷出久の両眼を捉える。

 

 緑谷出久はその眼差しに『血狂いマスキュラー』や『ムーンフィッシュ』といった凶悪(ヴィラン)と同質の輝きを見出してしまった。

 

「……ッ!!!!」

 

 思考が追いつく前に体は戦闘態勢を取っていた。

 両拳を構え重心を低く保ち、いつでも動けるよう膝を軽く曲げる。

 背筋を這い上がる氷のような感覚。死神の指先が脊椎を辿るかのような戦慄。

 

 本能ばかりが先行して、思考は置いてけぼりだった。

 

「霊火さん!?!?!?!?!?!?」

 

 叫ぶも、返事は無い。

 

 ばちっ……という何かが弾けるような音があった。

 

 驚く緑谷の視界にオレンジ色に発光する何かが映り込む。

 焦点を合わせてみると、それは火の粉だった。焚火などで漂うそれだ。

 

「え?」

 

 ここは海辺。

 もちろん周りに高温の物体なんてない。

 

 慌てて霊火の方を見てみると、その右手に揺れる光が灯っていた。

 薬指に赤い炎、親指に黒い炎。

 あやとりのような指遊びで2つの燐光が混ぜ合わさり、消えた。

 

 改めて足元に目をやってみると、既に周囲は紅蓮の世界に化けていた。

 砂浜は灼熱に焦げて真っ黒で強烈な熱気が立ち昇る。

 

 足元から、ぼんっ!! と音を上げて炎の渦が地面から噴き出した。

 それを完全な勘で避けた。緑谷出久は少しずつ状況を理解する。

 

 緑谷出久は”攻撃”されている。

 

 誰に?

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「うわあああああああ!?!?!?!?!?」

 

 スニーカーのゴムが焼ける匂いが鼻を突く。

 足元に爆発の前兆となる火花が次々と散る。

 炎の恐怖から逃げ出すように浅瀬に全身で飛び込んだ。

 

 そこまでしてから自分のミスに気が付いた。

 

 蘇るのは、USJの時の記憶。

 そもそも”感電”を手札に持つ『呪い火』を相手に水中に逃げてどうする。

 

「う、うわあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 恥も外聞もない。

 地面に這いつくばった状態から、全身を使って不格好に跳ねて必死に全身を海面から遠ざける。

 

(…………また間違った!!!! これ着水の瞬間を狙われたらどうすんだ?!?!?!?!)

 

 ミスの連続、急な戦闘状態に脳みそが対応しきれていない。

 しかし意外なことに”感電”は来なかった。

 

 麦わら帽子の少女の唇の端から、銀色の燐光が漏れるのを見た。

 直後巨大な風の塊が放たれ、少年の身体を交通事故のように20メートル以上吹き飛ばす。

 

————————————

 

(分からない……!!!!!!!!!)

 

 浅瀬の少女を始点として、10m以上の大波が発生する。

 それを突き破るようにタックルした瞬間に、何の前触れもなく海水が凍り付く。

 写真を裏から炙ったかのような不自然さで、何もない空間を蒼い炎だけが広がる。

 少年の足元の海水が流砂のように渦巻き、そのまま海に沈めようとしてくる。

 空気が水のように重くなり、突如息が出来なくなる。

 火花が走って地面と海水を纏めて一辺5メートル程の立方体に切り取り、そのままサイコロのような気軽さで転がして圧殺を狙ってくる。

 海水で形作られた日本刀が紫電を纏いながら超高速で首筋を狙い、何度も空中で折り返して追撃してくる。

 

 右手のハンドサイン、吐息、足踏み、脚運び。

 白いワンピースの少女が鬼火と共に浅瀬で舞えば、毎回全く性質の違う攻撃が次々と組み上げられる。

 

(分からない!!!!! 一体どうやったらこんな多種多様な超常を振り回す事ができるんだ!?!?!)

 

 ”個性”は一人一つだ。

 基本的に1人の人間に引き起こせる超常は1つだけで、複数属性なども一部例外以外にあり得ない。

 あり得たとしても『半冷半燃』の場合は『温度系』であるように、やはり引き起こす超常は大きな括りに収まっているはずだ。

 

 しかし何だこれは。

 好き放題に超常を合成してその時必要な異常現象を自由自在に引き出すなど“個性“の芸当ではない。

 というか呪文を唱えたら望んだ超常が発動する“魔法“の領域に片足を突っ込んでいないか!?

 

 一瞬脳内に『複数”個性”』という可能性がよぎる。しかしそれは無いと切り捨てた。

 

 これは間違いなく『呪い火』の応用だ。

 本人は弾数制限と対人威力減衰ルールで使い辛そうではあったが、元から彼女の”個性”は異常に幅広い攻撃手段を取り揃えていた。

 

 (『対象を強く呪う事でその現象に即した”鬼火”を生成できる』って言っていた……でも今の霊火さんは『鬼火を生成して』『鬼火を飛ばす』という工程を経ていない。自分に灯しているということは『自分を強く呪った』攻撃力をそのまま外界に取り出して使っているのか!?!?)

 

「変圧器、いやエネルギー変換? 化学系ならフラスコの合成か触媒? 語感を優先するならもっと別のネーミングが……」

 

「っっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 一瞬火薬の匂いがした。

 安物のサンダルを履いた少女の左脚が、燐光を宿したまま蹴り上げられる。

 

 水遊びみたいな平和なモーション。

 そして本格的に意味不明な銃声が響き、対象を食い破る海水の散弾が発射される。

 

 緑谷はトトン……と軽くステップを踏んで、それを避ける。

 今の霊火相手に、霊火が作った首輪は付けられない。それでも素の勘で避けられてしまった。

 

 分かったことがある。

 

「本気じゃない。霊火さんが殺す気でやっていたら、僕は最初の”感電”で死んでいた!!」

 

「…………………………え、え? わ、私そんなことしないよ……?

 

「ちょ、ちょっと待って霊火さん!?!? どうしたの!?!? え、本当にどうしたの?!?!

 

 氷のように冷たい無表情が一瞬で崩れた。

 ショックを受けたかのように目を見開いてじんわり涙目になる霊火を見て緑谷は大混乱に陥る。

 

 何というかいくら何でも情緒不安定すぎじゃないか!? 

 平気そうな顔をして、片腕を失ったことで精神的に崩れているのか!?!?

 

 唇をぎゅっと閉じながらも少女は右手を構える。

 赤、青、黄、銀。親指以外に四色。

 

 いかに涙を湛えた瞳で顔を伏せていようと、子供みたいに身体を震わせていようと、生み出される破壊力だけは本物だ。

 

 ッッッッゴ!!!!!!!!!!!!!!!!!! と聞く者の寿命を削り取るような死の爆音が空気を揺るがし、海面から1つ1つが5メートルもある半透明の刃が40以上も天空に向かって打ち上げられた。

 

「霊火さん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 それでも当たらない。

 明確に緑谷出久のいる位置を避けて発動されたそれは、虚しく空を切った。

 

「ごめん霊火さん!! きっと怒ってるんだよね!?!? ごめん!! 僕は何を謝ればいい!?!?」

 

「……なんで私を助けてくれなかったの?」

 

 小さな声だった。

 だが、あまり真剣なトーンでは無かった。

 まるで子供が拗ねているような、ちょっとした事で機嫌を曲げているような。

 

 言っている本人ですら居心地が悪そうに視線を逸らしていた。

 

 その唇の端から水色の燐光が漏れる。

 口の中で”調合”を済ませたのか、青→紫→灰と次々に色彩が切り替わる。

 

(四重攻撃!!!!)

 

 少女は口を少し尖らせて、ふっ……と、小さな息を吹いた。

 

 極めて奇怪な性質の”ブレス”が放たれる。

 起点から前方20m程がギギギギギギギギギギギギ!!!!!!!!!!!!!!!!!! と水に濡れたゴム同士で擦り合わせるような謎の音と共に”固定”され、空間そのものがひび割れた。

 

 それを回避しながら緑谷の方もようやく理解が追い付いてきた。

 最初の霊火が怖すぎて普通に勘違いしたが、これは命の取り合いではない。霊火が急に悪の正体を現してこちらを殺しに来ている訳では無いのだ。

 

 これはじゃれ合いだ。

 彼女はこちらになにか言いたいことがあって、それを素直に言えずにこんな事になっているのだ。

 

 ……割と子供っぽい所がある人だとは思っていたがここまで極端なのは初めてだ。つくづくギャップが激しい女の子だった。

 ならばちゃんと付き合おう。向こうも手加減はしてくれているのだ。

 

「違う。派手な見た目に惑わされちゃダメだ……意味が分からないのは理解が足りていないからだ。霊火さんの攻撃だぞ……絶対に背景にロジックが存在する!!!!」

 

「へえ」

 

「考えろ。霊火さんに限って『いきなり対人でも好きなようにダメージを出せるようになりました』なんて展開は絶対に無い。これまでと同じ、何か別の物を一枚噛ませて対人破壊力を確保する方式のはず!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

 攻撃が止んでいた。

 麦わら帽子の少女は涙に濡れた瞳で、それでも興味深そうにこちらを見ていた。

 

 ぶつぶつと思考を口から垂れ流しながら、何とか自分の仮説を組み上げていく。

 

「霊火さんの”個性”が謎の覚醒をしたとか、そういう分かりやすい話に流れちゃダメだ。これまでとは全く別種の謎の攻撃に見えても仕組み自体はごついアーマーを着た相手のアーマーを直接叩いてダメージを確保するいつものやり方でしょ!!!!」

 

「……林間合宿で随分と経験を積んだみたいだね」

 

「霊火さんのお陰でね!! そして実際に何を噛ませているかについても想像できなくはない。どこにでもあるもの……例えば空気や空間そのものを使って”鬼火”の対物ルールを利用しているんじゃないか? あるのが当たり前すぎて普通の人にはイメージできないようなものを、相対性理論とか流体力学みたいな滅茶苦茶難しい理論と数式で具体的に捉えて、『掴む』『指さす』『見る』『息を吹く』といったジェスチャーを通して見えもしない対象に”鬼火”を当てて攻撃に利用する!! それがこの攻撃の正体だ!!!!!! そして実際は明確にルールに沿った攻撃でも、背景に用いられた数式と科学を理解できない人にはどういう基準で攻撃が飛んでくるのか全く分からない!!!! そこに元々引き起こす現象の幅が広すぎる”鬼火”を好き放題に合成してくるんだからその組み合わせは無限に近いぞ……!!!!」

 

 小柄な彼女は、ニヤリと笑った。

 右手で新たな攻撃方式が組み上げられる。

 そして銃のジェスチャーをした。

 

「『トランジスタ』三連結・”燃焼””爆発””衝撃”・スイッチオン」

 

 右耳の辺りで爆音がしたと思ったら、視界がスピンしていた。

 吹き飛ばされたと気が付いた時には両脚が地面から離れていた。

 

(嘘だろ!?!? ここまで出来るのか!?!?)

 

 ついに当てに来た。

 

 凄まじい発動速度と予測不可能ぶりに内心戦慄するが、高速でぶれる視界の中で霊火が次弾を右手に装填しているのを見てしまう。

 必死に体勢を立て直し地面に両足をついた瞬間次が来た。

 

「『トランジスタ』四連結・”窒息””圧搾””低温”“絞殺“・スイッチオン」

 

「はあ?!?!?!」

 

 人間を虫けらのように押し潰せるほどの圧倒的な質量を持った氷の巨腕が生成された。

 欠けた腕を冗談みたいなビジュアルで補完した少女の左腕が唸り、こちらを掴もうとまっすぐ伸びてきた。

 

 掌の部分を姿勢を低くして避ける。

 そのまま回転しながら蹴りを放ち、氷の手首を正確に捉えた。

 破砕音と共に氷の腕が砕け散る。月光の中で無数の氷の破片が輝きながら降り注ぐ。

 

「今のは掴まれちゃいけない!! 違う?!?!」

 

「冴えすぎじゃない? 『トランジスタ』・スイッチオン」

 

 右手と口、2つの箇所で同時に鬼火が燃え上がった。

 

(同時使用も出来るのか?!?!?!)

 

 おそらく彼女も全くのぶっつけ本番で持ち込んできている手法のはずだ。

 そしてこれは絶対に、本当は簡単にできる事ではない。コンピューターじみた並列高速演算を必要としているはずだ。

 というか本来は同じ組み合わせを何度も何度も練習してようやく一つの技が形になるような仕組みなのではと考えた方が自然だ。

 

 それを次々組み替え、即興で全く違う攻撃方式を成立させ続けるんだから手が付けられない。

 今の霊火相手に攻撃の法則性を掴もうとすれば思考速度の勝負になるが、殻木霊火相手にその分野で対戦するなど自殺行為も良いところだ。

 

 扉をノックするような仕草。

 手の甲が空間を叩き、何も無いはずの空間に波紋が広がる。

 ふぉん………と空間が歪む音が響き、原理も理屈も分からない何かが先程まで少年がいた位置を通過していく。

 慌てて飛び退いていた緑谷は冷や汗が止まらなかった。

 

 オマケに口の方はブレスですら無かった。

 ガチンと歯を噛み合わせると同時に空間を何かが引き裂き、破れた場所から真っ黒な何かが覗く。

 空間の裂け目とかいう謎を極めた物理現象を見た緑谷は真っ青になる。あんなのに噛み潰されたら身体が両断してしまう。

 

「霊火さん!!! 怒らないから教えて!!! どうして怒ってるの?」

 

「………………」

 

 霊火はちょっと泣きそうな顔をした。

 そのまま数度、攻撃のやりとりをしながら彼女は小さな声で言った。

 

 聞き間違いかと思った。

 

「……私より出水洸汰を優先するなんて、普通にあり得ないと思うんだけれど」

 

「えっ?」

 

「何? 初めて会った謎のクソガキの方が私より大事だったの?」

 

「え、そ、え。でもそれはしょうがなくないか?!?!?! 洸汰くんは5歳とかだけど霊火さんはヒーロー科じゃん!!!!」

 

「はぁ〜〜〜?!?! それで私死にかけたんですけど?!?!?! こっちがどれだけ心細かったか!!!!!!」

 

「それはごめんだけど霊火さんだって送り出してくれたじゃん!!!!! なんなら洸汰くんの方も滅茶苦茶ピンチだったし!!!!!!!」

 

「強がりに決まってるでしょ?!?! ていうか諸々加味してもそこでクソガキの方に行く理由が見つからないもん!!! そもそも私も病弱だし救助優先度的には似たようなものだと思うけれど!!!」

 

「ステインをボコボコにするような人が洸汰くんと同じ扱いなわけ無いだろ!!!」

 

「でも!!! でもだってあの襲撃がステインを倒した私目当てだって事は全然想像出来るし!!! こっちだって凄い危なかったんだよ!!!!」

 

「……っ!!! そ、それは思いつかなかったのは悪かったけど……それはその時に言ってくれればいいじゃん!!」

 

「あんな洸汰洸汰言ってる時の出久くんにそんな事教えたら困っちゃうでしょ!!! なんだよ私の優しさをそんな風に……!!」

 

 洸汰君を保護すべきという総合的にはこっちが正しいことを言っているはずなのに、何故かちょっと押されていた。

 言っていることが子供の駄々でもベースとなる頭が良すぎると普通に難敵だ。

 

 というか感情論へのすり替えやわざと穴を空けた理屈を使った反論の誘導が丁寧過ぎる。

 理屈の組み上げ方が明らかに素人ではなかった。この人、まさか行く先々で一生口喧嘩しているんじゃないだろうな!?

 

「身内を優先してよ!! 人間なら!!! ここに関しては絶対に私の方が正しいことを言ってる!!!!」

 

「だからといって子供を見捨てるなんてそんなのヒーローじゃない!!!」

 

「ああもう分かった……この部分に関しては私たち一生分かり合えないわ……」

 

 絶対に触れてはいけない渦巻く霧を避けて回り込む。

 風の刃を潜り抜け、地面を揺さぶられ、海水に脚を取られ、それでも諦めずに勝ち筋を見出す。

 

「……もしかして楽しい?」

 

「えっ?」

 

「いや笑ってるから」

 

 指摘されて初めて、自分が楽しんでいることに気が付いた。

 思った通りに身体が動く。攻撃を予測して、最適解を見出し、動いて次につなげる。

 

 2人は互いに笑い合った。

 

「『トランジスタ』ダブルサーキット三三連結・”低温””衝撃””低温”・“高温“”衝撃””高温”」

 

 更なる応用。人差し指中指薬指にそれぞれ2つの火が灯る。どうやら1つの指に1つというルールすら無いらしい。

 そしてわざと聞かせるように発された技名がひたすらに不穏だった。 

 おそらくは超低温→超高温の二連撃。冷やされた空気が膨張して爆風を引き起こすこの攻撃は――

 

 白いワンピースの少女は凄絶に笑い、少年の嫌な予感は的中した。

 

「再現『膨冷熱波』・スイッチオン」

 

「嘘だろ!?!?!?!!?!??!?!?」

 

 ————————————

 

 弱点自体は見えてきた。

 

 第一に、『トランジスタ』は非常に燃費が悪い。 

 ただでさえ限りのある”鬼火”を一度に3つか4つ消費するのだ。逃げ回っていたらいつか弾切れを起こすはず。

 

 第二に、これは自滅が怖い攻撃のはずだ。

 いかに大規模な電磁攻撃を行えても、彼女は上鳴電気のように電撃耐性がある訳では無い。自分をまきこむような大放電などは根本的に不可能な仕組みなのだ。

 何をするにしても『トランジスタ』は自分自身に当ててはいけない。一歩間違えれば自前の攻撃力に身体を消し飛ばされてしまう。

 

 だから――

 

「近距離戦だったら……!!」

 

 明確な舌打ちがあった。

 バチンと指鳴らしの音が響く。

 

 飛んでくる鬼火を海水を蹴り上げて防御する。“鬼火“は障害物で防ぐ事が可能なのだ。

 このシチュエーションだと“感電“だけは怖かったが、それでもこの距離では霊火の方にもダメージが行く。だからそうはしないという確信があった。

 

 そう、空間に作用するにしても空気に作用するにしても『トランジスタ』は絶対に範囲攻撃になってしまう。

 つまり接近さえしてしまえば後は従来の単体攻撃しか残っていないのだ。

 もちろん彼女は”転倒”など近距離戦のカードも持っているが、それでもインファイトを苦手とすることは知っている。

 

 遠距離攻撃しかできない。

 『トランジスタ』最大の弱点を看破した緑谷はついに隙をついて霊火に接近する。

 

「捕まえ――」

 

 霊火は迫る緑谷を見て咄嗟に距離を取ろうとしたが、失敗した。

 浅瀬に脚を取られてバランスを崩す彼女を見て緑谷は真っ青になる。

 そう、今の霊火は左腕が無い。海に浸かったりなんかしたら絶対にダメに決まっている。

 

「あ」

 

「霊火さん!!!!」

 

 ばっしゃーんと大きな水音が夜の海に響き、ついでにガツンと頭をぶつけた。

 

「いった?!?!」

「いたっ!!!」

 

 ギリギリで何とか霊火の下に滑り込めた緑谷。

 水深20cm程の浅瀬で海底に肘をつき、彼女を身体で支えることに成功する。

 

 同じく転倒した霊火は少年を押し倒すような形になっていた。

 向かい合わせで身体を密着させる状態ではあったがそのまま全身で海に浸かることだけは避ける。

 

 そして2人仲良く頭を押さえる。

 互いに互いの額を思い切りぶつけた。緑谷はぐらぐら揺れる視界でしばらく悶絶する。

 

 普通に大声で文句が出た。

 

「も……もう霊火さん!! 今日ちょっと滅茶苦茶だよ!!」

 

「ちょ、ちょっと待って……私まだ色々痛い……」

 

 そのままたっぷり10秒は痛みと戦い、霊火はようやく目を開けた。

 

「…………」

 

 鼻先が触れ合うほどの距離だった。

 彼女の目が左右に泳ぎ、すぐにこちらに目線を戻す。

 赤い瞳。この距離だとまつげの長さもよくわかった。

 

 互いに見つめ合う。

 改めて良く見てみると、信じられないほど可憐な女の子だった。

 そんな彼女の鼓動が、密着する身体からもろに伝わってくる。

 

「……っふ……!!」

 

「……は!!」

 

 最初に吹き出したのは霊火だった。

 彼女の肩が小刻みに震え始め、堰を切ったように笑いが溢れ出す。澄んだ笑い声が夜の海に響く。

 

 緑谷も釣られるように口元を緩ませ、次の瞬間には笑いを抑えきれなくなっていた。

 笑い声が重なり合い、共鳴するかのように大きくなる。

 

 緊張や重圧が一気に溶け、2人はずっと笑っていた。

 

 ————————————

 

「不公平だと思ったの」

 

 霊火はそう切り出した。

 

 砂浜にまで戻り、びしょぬれの白いワンピースのスカートの裾を右手だけで器用に絞る。

 完全に透けてしまっていたため緑谷としてはどこに視線をやればいいのか分からない。

 

「私は出久くんの事をずっと気にしているのにさ、貴方は普通に別の人の事を助けに行ってしまうんだもの」

 

「……ごめんなさい」

 

「ああもう別にいいの。ここまで言っておいて何だけれど、出久くんに関してはそういう生き物なんだと知ってるから」

 

 割と心底呆れ果てたかのような、完全に諦めているような声の調子だった。

 そんな声を出されてしまうとこちらとしては肩身が狭い。そして落ち着いて聞いてみると、霊火の言い分自体は理解できてしまう内容だった。

 

「……ねえ霊火さん」

 

「なあに?」

 

 顔は見れなかった。

 そっぽを向いたまま、それでも勇気を出してちゃんと伝えようと思った。

 

「今度は必ず、霊火さんの事を守る。もっと強くなって皆を守れるようになるよ」

 

「……あんまり選ばれた感じはしないけれど。例えるなら私も出水洸汰も助けられるようになるぜって事でしょ?」

 

 クスクスとおかしそうな笑いが返ってきた。

 だからもう一歩踏み込んだ。

 

「……霊火さんに何があっても、必ず救けに行く。君を絶対に1人にしたりしない。約束する」

 

「…………………………そう」

 

 一瞬だけ言葉が震えた。

 そして彼女は小さな声で、こう続けた。

 

「そんな約束、私以外にしたらダメだからね?」




アイランドでのやり取りが全く違って見えるかと

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