殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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057:雛鳥

 同じタイミングで目が覚めた。

 同じベッド、向かい合わせ。寝起きから至近距離で目が合ってしまい、思わず互いに照れ笑い。

 

「……おはよ」

 

「おはよう霊火さん」

 

 ”倉庫”は地下室ゆえに窓が無く、時計を見ないと時間が分からない。

 コンクリート打ちっぱなしの武骨な壁の飾り気のないデジタル時計に目線をやると、時刻は昼の2時。

 寝たのが朝の5時だったので、意外と早起きしたなというのが正直な感想だった。

 

 シーツの上で内股座りの霊火は、眠たげに小さな欠伸を漏らす。

 少年は油断しきった霊火をぼんやりと眺めていた。見られていることに気が付いた少女は少し頬を染めて視線を逸らす。

 

「……これ朝チュンだよね。一緒にコーヒー飲む?」

 

「……朝チュンって何? もう昼だけど……」

 

「ごめん私が悪かった」

 

 寝起き早々軽いコミュニケーションエラーが起きた。そもそも何もなかったが。

 寝癖少女はこほこほと小さく咳払いをして話を切り上げる。幸いな事に彼も霊火の発言内容を追求してこなかったので言葉の意味を説明せずに済んだ。

 

(……いや、これで付き合ってないの信じられないよ……。え、恋愛ってここまで行ったら普通は勝確だよね……?)

 

 実は恋愛経験が緑谷とどっこいどっこいな初恋少女は自分の現状に疑問が止まらなかった。

 

 というか同じ年(という事になっている)男女が同じベッドで寝て、何も起きないなんてあっていいのだろうか。

 

(……さては本当に異性として見られていないな? え、すごく困る……)

 

 向こうから来てほしいという密かな願望は、もしかして早急に捨て去った方がいいのだろうか?

 

 ……霊火にとっては結構大事な要素だ。出来ればここは譲りたくなかった。

 OKサインなんていくらでも出してあげるから、向こうから一線を越えてきて欲しい。こればかりは性癖だから理由も何もないのだが。

 

 その割に絶対に優しくしてほしいという願望まで抱えた夢見る少女は澄ました顔のまま、彼の攻略に役立つ情報がないかを頭の中から探してみる。

 そう、霊火の記憶の中に1人ぐらいは恋愛経験豊富で悩める女子高生に適切な指針を示してくれる有能アドバイザーがいるはずだ!!

 

(…………駄目だ勘違い殺人ストーカー軍団と、引き際を見誤ったホスト&夜職と、不倫周りのドロドロ連中と、邪魔になって殺された愛人しか出てこない!!! ……殺人って恋愛が拗れたケースも滅茶苦茶多いんだよな!!!)

 

 痴情のもつれとはよく言ったものである。

 恋愛マスターというよりしくじり先生といった感じだった。

 

(参考にならないし!! まったくもう人間って奴は……!! 関係性に性欲と金が絡むと碌な事が起きないし!!)

 

 例えばの話、『小遣いが少なすぎて昼ご飯がコンビニスティックパン(118円)の上司を見かねた部下の女性が、自分の手料理を食べさせてあげた』という出来事がきっかけで起きた不倫殺人コンボエピソードを、霊火は自分の恋愛にどう応用すればいいのだ。

 まあ確かに小遣いと食費は分けた方が良いと思う。だが今はそんな”人生の墓場”系の世知辛い話ではなく清らかで青い感じのエピソードが欲しかった。

 しかしそういう甘酸っぱい純愛は最後に死人が(基本)出ないので、霊火のデータベースに登録されないのだ!!

 

(……えっ、大人の恋愛って金に支配され過ぎじゃない?)

 

 そしてついでのように恋する乙女は嫌なことに気がついた。

 こっちは花の女子高生なんだから“好きな人と結婚する“ぐらいのふわふわ感を許して欲しい。

 

「どうしたの霊火さん? いきなり疲れた顔してるよ?」

 

「……嫌な事思い出しただけ。気にしないで……」

 

 ……思い返してみると。

 霊火が緑谷に出会ってしまうまで全く恋愛に興味が無かったのは“これ“のせいなのかもしれない。

 

 『死因』で得られる恋愛エピソードが一々強烈過ぎて、恋愛というワード自体にどこか『結局最後にはこうかあ……』みたいな残念感が付随してくる。夫婦・親子間の殺人が多過ぎることも残念ポイントだ。

 

 まあこれも、ある種の“個性“の副作用と言えるだろう。

 心に作用する”個性”の持ち主は実際精神を病みやすいものだし。

 

 そして倫理の壊れた天才少女は困ったようにため息をついた。

 

「それで霊火さん、ここって……?」

 

ふぇ? あっ、そうだね!! 出久くんはそこが気になるよね!!」

 

 普通に大声が出た。

 考え事に夢中になっていた霊火は誤魔化すように咳ばらいをすると、他所を向いたまま話を逸らす。

 

「……実際に見せてあげる方がいいかな。そうだなあ……出久くん、ちょっと作業場の方に行って『E-18』って書かれている段ボールを持ってきてくれない?」

 

「え、『E-18』ね。分かった」

 

 素直に指示を聞いて必要な物を取って来てくれる少年の後ろ姿を見送って、霊火は一息。

 この場所は95%の仕事場兼倉庫と5%の居住区で構成された、霊火の隠れ家だ。

 もちろん誰かを連れ込むことを全く想定していないため、緑のモサモサ頭がちょっと別の段ボールを開けただけで一発アウトの危険性も孕んでいる。例えば銃火器がどっさり詰まったボックスとか。

 

(……でもまあここまで来たら正々堂々構えた方がいいんだよね。ここで変に『私が取ってくるからここを動かないでね』とかいう方がよっぽど怪しいというか……)

 

 どうしても身を隠さないといけなかったとはいえ、やはりここに連れ込んだ事自体が相当なリスクだった。

 かなりドキドキしながら彼が出て行ったドアを見つめる霊火だが、幸いな事に数分後に彼は帰ってきた。

 

「これで合ってる?」

 

「合ってる合ってる。ありがとう出久くん」

 

 彼は不思議そうな表情だったが、少なくともカゴいっぱいの手榴弾を見たという表情ではない。

 というより彼は根本的にずっと霊火の事が心配そうだった。目を離した隙に霊火が頭からぶっ倒れていたら怖いといった感じなのだろうか。こちらから目を離さないように気を付けている印象がある。

 

 そう、霊火が元気すぎる(ように見せている)だけで分かりづらいが、今の霊火は左腕が無いガチ重傷でもある。

 そして”幼い容姿で身長150cmもない華奢な女の子が四肢欠損している”というのは一般的に相当痛ましい状態だ。

 

 そのためか、彼の霊火への対応はいつにもまして甘々だった。

 

「~♪」

 

「えっと……それ何?」

 

 鼻唄混じりの少女がひしゃげた段ボール箱から取り出したのは、白い布だった。

 細長い。トイレットペーパーやラップの芯のようなものに巻きつけてあるそれがどういう物なのか、緑谷は推測すらできなかった。

 そもそも材質が布かどうかすらも分からない。何となく包帯っぽいが……?

 

「何って、こう……」

 

 霊火が指先でそれを撫でると、突如として白い布が蛇使いの蛇のように伸びあがってそのまま少女に向かって一斉に飛び掛かってくる。

 

 緑谷は反射的に手を伸ばして庇おうとしたが、箱を開けた本人はそれを静かな手振りで制止した。

 白い包帯は風切音と共に霊火の部屋着の裾から服の中へと潜り込んでいき、きゅるきゅると独特の音を響かせる。

 

 数秒後には白い包帯の束が、ぶわりと霊火の左の袖口から伸びる。

 袖から伸びる数メートルの白い布は勝手に寄り合い、絡み合い、そのまま人間の左腕のようなシルエットを創り出していく。

 

「な、なんだこれ!?!?」

 

「義手」

 

 ぱんっ!!! と空気を叩くような乾いた音が響く。

 それで幅10センチ長さ数十メートルにもなる包帯のシルエットは、少女の華奢な左腕と左手を綺麗に再現してしまっていた。

 

 ビジュアルとしては『透明人間に包帯を巻いた』感じに近い。

 葉隠透に包帯を巻きつけたらまさにこうなるだろう。実際、包帯の隙間から内部の中空構造が透けて見えている。

 

 呆気にとられる少年を他所に、霊火は新しく形作られた左腕を興味深げに動かしてみる。

 包帯で形作った指を開閉して腕を曲げ伸ばししながら少女はブツブツと独り言。

 

「……何しても左腕の感覚が無いって言うのは変な気分だけれど……肩じゃなくて全身に重量が来る感じも中々新鮮……」

 

「え、なにこれ……本当になんだこれ!? え、すごくない!?!?」

 

「何を今更。霊火ちゃんは本物の天才なんだよ?」

 

 ”両手”で空になった段ボール箱を潰しながら霊火は適当に答える。

 そして流れるように説明を始めた。

 

「私について説明するって言ったよね。今からいい?」

 

「い、今から!?!? い、いいよ?」

 

「人魚姫って童話分かる? 陸の上の生活に憧れる人魚のお姫様が魔女と契約して人間の脚を云々って話」

 

 霊火はさらりと始めた。聞き手の少年は慌てて佇まいを正す。

 

 原作でも有名なアニメ映画の方でもいいが、とにかく人魚姫だ。

 あの童話の魔女、冷静に考えたら別に悪い事をしていないだろという話は置いておいて霊火は話を進める。

 

「あの脚をくれる魔女が私。分かる?」

 

「ごめん待ってどういう意味?」

 

「私、非合法な『義肢造り』なの。先天性でも後天性でも何でもいいけれど、魚の尾ひれしかない人に人間の脚を与えたりロボットアームみたいな手しかない人に五指を与えたりとか。とにかく困っている人にオーダーメイドで義肢を制作して匿名で送り届けるっていう、そういう慈善活動をしているの」

 

 無償でね、と付け足した。

 

 霊火の唐突なカミングアウトに緑谷は相当混乱した様子だったが、たっぷり10秒以上かけて彼はこう解釈した。

 

「えっと……つまり霊火さんは、……技術力で人助けをしているっていうこと?」

 

「それは解釈次第かも。私はほら……こういう人間だから自分の力を発揮できる場所を求めているだけで……うん。別に”何でもいい”んだけれど、まあ助かってる人はいるよ」

 

「……それは凄い事だ。間違いなく霊火さんにしか出来ない事だし……偉いと思うよ」

 

 緑谷は心底ほっとした様子だった。

 

 あまりに純粋無垢すぎる想い人が若干心配になってきた悪女だったが、ポーカーフェイスはキープし続ける。

 

「ホッとするにはまだ早いよ? 当たり前だけれどものづくりには責任が伴う。特許の使用料とか技術の何とかとか安全基準だとか製造者責任とかね。私なんて年齢的に無資格だし」

 

「……まあそれは、霊火さんが対価を得ていないなら大丈夫なんじゃないの?」

 

「PL法って営利目的じゃなくても適用されるの。まあ残念だけど法律違反だらけにはなっちゃってるかな」

 

 霊火は、ハッ!!!!!! と心底バカにしたように息をついた。

 ゆっくりとボルテージが上がり続ける彼女を見て緑谷は嫌な予感がした。

 

「ま、この辺りは人間社会のゴミな所だね。一般人の法律で天才の私を縛ろうという発想がバカの考えすぎて涙が出るけれど」

 

「霊火さんがたまに見せるその絶対の自信はなんなの?」

 

「私レベルの頭脳を持つと日常生活が『私に任せてくれれば上手くいくのに』って事ばっかりで中々ストレスなのよ」

 

 段々と話が不穏になってきた。

 緑谷は色々と心配になる。彼女が色々と抑圧されてきたことは察していたが、それでもここまでハッキリと彼女が文句を言い始めたのは初めてだった。

 

「ま、一番問題になる所はそこじゃないんだけれどね」

 

「え?」

 

()()

 

 少女は半笑いで端的に言い切る。

 しかし緑谷には分かる。これは霊火が本気でイラついている時の表情だ。

 

 ……こういう酷薄な笑い方がビックリするほど様になるのは知らなかった。

 

「ま、税務署にとって代金が無償である事なんて関係ないの。価値あるものを受け渡すだけで税金は発生するし、私の義肢は価値を見積もれば普通に10億超すから馬鹿正直にやると受け取り手側に莫大な負担が掛かるんだよね。こっちはせっかく無償で提供しているのに、勝手に課税で破産されたら馬鹿みたいじゃん? そりゃ脱税するよ」

 

「え、じゃあ……え、でもそれって大丈夫なの!?」

 

「脱税って普通に一発で刑務所行きもありえるガチ重罪だからね。ランク的には傷害よりも普通に上だし? まあ私の場合巨額過ぎるから実刑までいくかもね」

 

 まさかの経済犯。しかも義賊方向。

 目の前の少女が敵だったというより、方向性が予想外過ぎて緑谷は大混乱だった。

 

 そんな彼を見て笑みをからかいの方向にスライドさせる。

 

 少女は”左手”で少年の襟元を掴むと体重をかけて無理やり頭の位置を下げ、少年の耳元にて囁いた。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「霊火さん!?」

 

「仮定の話だよ。実際のところ役人連中の足りない頭じゃ絶対に私まで辿り着かないもん。……だけど、もし天才たる私から徴税しようとする、どうしようもない不届き者が現れたら私が持つ全てを使って霞が関を焼け野原にする。……ああ、脅しじゃないよ。本当に、するからね」

 

霊火さん!!!!!!

 

「あまり私を甘く見るなよ緑谷出久。私は“個性“の性質上絶対に『閉じ込められない』から、もし止めたいなら殺すしかないよ?」

 

 気が付けばこちらを覗き込む霊火の瞳は底無しの闇に満たされていた。

 それを直視してしまった緑谷は全身総毛立つ。

 

 少年は思わず両の拳を強く握りしめていた。

 殻木霊火、前からおかしいおかしいとは思っていたが、まさか此処まで危険な思想家だったのか!?

 

(ヴィラン)なんて枠組みで考えたら死ぬよ? 私は文系分野も強い事を忘れるな? 最大効率で行政の柱を消し飛ばして日本という国家の底を抜いて、この列島をヒーローも敵も徴税も存在しないガチの無法地帯にするぐらい普通に手が届くからな?」

 

「ちょ、ちょっと待って霊火さん……!! 自分さえ良ければなんでもいいって思うの……?」

 

「その質問には何度も答えているつもりだけれども。『天才は法律に優先される』って。……人間誰しも平等なんて寝言に振り回されて、一人一票の選挙制とかいう何かの罰ゲームみたいなルールを採用している国の定めたルールに従ってられるかよ」

 

「その考え方は絶対に間違ってる……!!! そんな自分勝手が許されるものか!!!!!」

 

「……”自分勝手”ねえ。それを押し通せるだけの才能はあるつもりだけれど」

 

 にたにたと笑う霊火の眼は全く笑っていなかった。

 豹変した彼女の”本音”は緑谷の想像を絶するものだった。

 ……彼女はこれまでも時々おかしな言動はあったが、ここまでだとは夢にも思わなかった。

 

「ねえ出久くん。私と手を組まない? 私たち最高のコンビだと思うんだよね」

 

「は……?」

 

「『()()()()』。貴方と私ならきっと実現できるよ? 2人で一緒に本気で、世界で一番大きな夢を追いかけてみるつもりはない?」

 

 空気が重い。

 コンクリートの壁に囲まれた地下室は、今となっては触れれば切れてしまいそうなほど張り詰めた雰囲気で満ちていた。

 沈黙した部屋で、時計の針の音だけが時を刻んでいく。

 

 霊火はくすりと笑った。

 

「な~んちゃって♡」

 

「おかしいと思ったよ!!!!!! また僕をからかってたんでしょ!!!!!!」

 

「ふふ……もしかして信じちゃった? 『徴税を避けるために日本という国家を滅ぼす』なんて、ミツバチを駆除するためにスズメバチを放つようなものじゃんか。そんなことしたら面倒ごとが増えるだけだもん」

 

「……ちょ、ちょっと待って!! どこからどこまでが本当の話でどこからが……」

 

「最初から……つまり『義肢職人』って所から嘘だよ。”これ”は単純に右脚怪我した時の試作品だし全部作り話。……出久くん、すっごい真剣な顔で聞いてくれるから、霊火お姉ちゃんもつい面白くなっちゃった」

 

 ……完全に手玉に取られてしまった。

 いたずらっぽく笑う彼女を見て胸をなでおろす。楽しそうにけらけら笑う姿は、もうすっかりいつもの霊火だった。

 

「ま、実際そんな壮大なバックストーリーがある訳じゃなくてね。私は技術を奪おうとしてくる奴らから隠れたり、やり返したりする必要があっただけ。ここはその為の隠し場なの」

 

「……小学校の時に誘拐されかけたって言ってたもんね。さっき調べたけど、確かにネットにもそんな記事があったよ……」

 

「……ちょっと真面目な話をすると、私の場合、困っていても警察とかヒーローを頼れなかったの。何しろ彼ら自称『正義の味方』も、結局は私を利用する気満々だったからね。だから私はああいう”正義”が大嫌いなんだけれど……」

 

「……霊火さんが人を信じられないのってそこが原因なの?」

 

「それは生まれつき……という事にしておいて。まあヒーロー好きの出久くんに言うのも悪いけれどさ、私にとって”ヒーロー”とは私を利用しようと画策する悪い大人であったって感じかなあ」

 

 そこまで話して霊火は”あっ”、と何かに気が付いた顔になった。

 彼女はちょっと迷った後、何かを振り切るようにして切り出した。

 

「……あんまりこういうのをヒーロー科の子に言いたくないんだけれどなあ……出久くんには言っておいた方が良いかもしれないから言うね」

 

「え、まだ何かあるの?」

 

「……この国の公安は絶対に信用しないで。あそこは本当に真っ黒だから触れちゃダメ」

 

 さらりと爆弾を投下された。

 不穏な内容に思わず周囲を見回してしまう緑谷だったが、どちらかというと霊火の顔色が悪かった。

 こそこそと小さな声で絶対に知られてはいけない内緒話が始まる。

 

「……世の中って絶対に知ってはいけない事があったりするんだけど、見る? 世間に公表すればヒーロー社会そのものが爆発四散して、知っていることがバレたら政府から暗殺者が30人ぐらいやってくる激ヤバ不祥事」

 

「……もしかして自力で見つけちゃったの? ……霊火さんって頭が良すぎて大変そうだね」

 

「ご理解いただけて本当に嬉しいよ……、私だってもうちょっと無邪気に気楽に生きたいんだけどな……色んな事が見えすぎて……こう、心配事が絶えない……」

 

 ―――――――――

 

 作り話上手いなというのが、率直な自己評価だった。

 あり得ないような話をした後にいくらか真実味のある話をするという小手先のテクニックもそれなりに有効だったようだ。

 

 そして今回の話で一度”そういう事”にした以上、霊火はきちんと自分の発言を把握しておく必要があった。

 こう言う場面では、自分で考えたアドリブの設定を忘れたらそのまま致命傷になる。一度ついた嘘は徹底しなければいけないというのも嘘つきの鉄則だ。

 

「まあいいんだよ私の事なんて。それよりも大切なのは私たちの身の安全。ここも危ないと思うから、出来るだけ早く移動したいな」

 

「ここ凄いセキュリティしっかりしてたし、バレないんじゃない?」

 

「……連中がどうやって私の居場所を見つけているか分からないの。私の家は特定可能だと思うけれど、問題は最初の病院の方。というか私の病室を特定した方法が分からないんだよね……」

 

 これは地味に疑問点だった。

 ニュース映像を見る限り、爆弾は霊火の病室にピンポイントで投げ込まれている。

 しかし霊火の病室を知る人は、そういないはずなのだ。

 

 それらの考えを緑谷に伝えると、彼も眉を顰めて考え始める。

 

「それはちょっと変だね……。霊火さんに何か発信機がついている……とか?」

 

「流石にそれは無いと思うけれど……まあ分かりやすい所だと、そういう“個性“の持ち主がいるとかかなあ……?」

 

 とはいえ敵連合にそんなのいなかった気がする。

 だからこそ、彼らがどうやってこちらの病室を特定したのかはかなり気になるポイントだった。

 

「とにかく、定期的に居場所を移したいの。地下室っていうのは見つからないうちは良いけれど、追われる立場からしてみれば出口が無くて超逃げにくい場所だし。それに私は嫌だよ? 逃げ場のない地下室に爆弾放り込まれるの」

 

「うーん、ここから行く当てはあるの? それに移動は移動でリスクがあると思うんだけど……」

 

「……ここに来たからにはこう言う手法もある」

 

 そう言って立ち上がった少女は、部屋の収納から半透明のボックスを引っ張り出してくる。

 百均にでも売っていそうな単純なコンテナの蓋を開けると、中はありとあらゆる化粧品が詰め込まれていた。総額500万超えで、中にはもう販売されていないプレミア物や自作の物まである宝箱だ。

 

 一瞬で専門外なことを悟った緑谷が無の表情になるのを見てくつくつと笑いながら霊火は言った。

 

「変装。世の女の子がどれだけ、自分を磨くことに命を懸けているかを教えてあげる」

 

―――――――――

 

 かれこれ2時間、布製の左腕動作テストも兼ねて鏡と至近距離でにらめっこを続ける霊火を、緑谷はぼんやりと眺めていた。

 そこまで暇そうならスマホでも見ていればいいのにと思うが、霊火から目を離したくないのだろう。

 

「霊火さんって学校に行く前にはいつもこんな事してるの?」

 

「……一応言っておくと私、化粧死ぬほど早い方だからね。元が超カワイイから軽いメイクで十分満点を取れるの」

 

 逆に同性には絶対に言えない本音をぶち撒けながらアイラインを引く。

 行きたくもない服屋デートに付き合わされる男みたいな雰囲気を纏い始める彼に苦笑しながら話を付け足す。

 

「今回は“変装“だから何かと工程数が多いの。学校に行くみたいにはいかないでしょ?」

 

「……まあ霊火さん、お風呂上がりでも凄く可愛いもんね」

 

「そう言ってくれるのは滅茶苦茶嬉しいけれどいきなりどうしたの?」

 

 化粧という技術体系はあまりにも発達し過ぎているため効果量がとにかく大きく、故に洗い流した時のギャップも酷くなりがちだ。

 

 ワンナイト後に朝日の下で改めて相手を良く見たら、化け物だったというのもあるある話だ。

 だからこそ、こういう評価を貰えるのは素直に嬉しい。

 

「化粧って上手い下手がはっきり出る技術でもあるから元の顔の造形も含めて奥が深いのよ。それに個人個人で全く別の正解があるから教科書通りだと一生上には行けないと言うか……肌荒れとか服との相性とかその日の体調とかその日に何があるかとか色々あってね……」

 

「……僕は化粧水すら使ったこと無いんだけれど」

 

「肌のケアは男の人もして損は無いと思うよ。ほら、ヒーローって人気商売だし」

 

「……クラスメイトの皆も、こんな感じで化粧をしてるのかな?」

 

「化粧をしていないJKの方が珍しいと思うけれど。ああ、でもA組は皆すっぴんでも可愛いよ。……ヒーロー科ってどうしても身体動かす系の活動が多くって、あんまり気合入ったメイクしても全部無駄になるし」

 

「あ、確かにプールを使った授業も多いもんね」

 

「…………………………運動後とかプール後の女子更衣室で、皆がどれだけ必死に立て直しているかについては伝えない方が良いのかな……」

 

「全部口に出てるよ霊火さん……女子たちが着替えから中々出てこないなとは思っていたけど、中ではそんなことになっていたのか……」

 

「あと匂い対策とかヘアセットとか何とか……私は時々男の子が羨ましくなるよ」

 

 雑に言葉を交わしつつ、霊火は化粧台から立ち上がった。

 少年にちょっと待ってねと言い残し、隣の部屋に行った数分後に戻ってくる。

 

「おお……!!」

 

「えーっ!? え、すごい好感触じゃん……!! そんなに気に入った?」

 

 白の長袖ボレロに紺のキャミワンピース。そしてブーツと手袋。

 露出は控えめながらデコルテが綺麗に見える、かなり大人っぽいコーデだ。胸に関しても色々詰め物をしてかなり盛っている。それでも大きさ的には並程度なのは元の体型的にしょうがない。

 

 緑谷には分からないだろうがアイシャドウ強めでチークもガッツリ入れて口元もオーバーリップ気味にする事で、外見年齢も相当引き上げていたりする。

 今の霊火は女子大学生相当だ。

 

 霊火は自分のミニマムな身体的特徴をかなり気に入っているためこういうコーデは殆どやってこないが、やはり本気で男性ウケを狙おうとするとこうなる。

 

 明らかに緑谷の反応が良く、霊火はとても得意げだった。 

 

「ね? 化粧って凄いでしょ?」

 

「すごい……!! わあ、歳上みたい……!!」

 

「でしょ!!!!」

 

 よく子供っぽい子供っぽいと言われる霊火だが、その気になれば大人っぽくもできるのだ。

 メイクやコーデは“理想の自分に化ける“技術だ。特にティーンの女の子にとっては、自分を実年齢以上に大人に見せるというのも立派な目的になる。

 

 まあ雑誌などで特集される『大学生や教師(!?)を落とすコーデ』の系統だ。子供っぽさというのは、意外と払拭可能な特徴でもある。

 

「ようし、出久くんの方もメイクするぞ!!!」

 

「えッ? 僕も!?!? 何で!?!?!?」

 

「私だけ変装していても意味がないでしょ? こっちほど悪目立ちはしていないけれど、貴方も相当な有名人なんだよ『デク』?」

 

 ―――――――――

 

「これが…………………………僕…………………………?」

 

「なんだなんだ魔法少女にでも変身したみたいな反応をする程か? …貴方、どれだけ自分の外見に自信が無かったの? 素材は悪くないのに」

 

 一般的に、美人と比べてイケメンというのはかなりハードルが低い。

 これは男女で容姿に掛ける情熱が全然違う事から起きる現象だ。

 

 顔面偏差値で露骨に世間での扱いが変わる女性にとって、美容というのは冗談抜きに生きるための生命線だ。故に”美人”には相応の才能と努力が求められる。

 

 一方で男性は”女性に比べて”容姿の差でそれほど扱いが変わらない。

 まあ代わりに足の速さだったり悪っぽさだったり経済力だったり身長だったり、年齢によって求められる物がコロコロ変わって大変そうではあるが、少なくとも美容が人生に及ぼす影響はかなり小さいと言えるだろう。

 

 だからこそ男性が美容に手を出したらそのまま大きな武器になる。

 何しろ周りが誰も本気を出していないのだ。この辺りが女性との違いだった。

 

「こんなの僕じゃない…………………………」

 

「そこは自信だしてよ私も頑張ったんだから」

 

 ”変装”という意味ではこれ以上ないのかもしれないが、とにかく別人だった。

 ヘアアイロンと霧吹きを構える霊火は鏡越しに解説する。

 

「そもそも出久くんって引子さんに似ているんだよね。そしてあの人、かなりの美人さんじゃん」

 

「…………………………ちょっと太っちゃったけどね」

 

「あの人は綺麗だよ。私の眼は誤魔化せないからね?」

 

 ……実を言うと緑谷は麗日お茶子ともよく似ているのだがそこには突っ込まなかった。

 女子大生風の霊火は、何とかヘアアイロンで成り立たせた彼のヘアセットにヘアスプレーをかけながら。

 

「んで男性のイケメン度って、ビックリするほど髪型依存だからそれ次第で何とかなるのよ」

 

「……その次元を超えてると思うんだけど」

 

「女の子の化粧を舐めちゃダメだよ。上手い人がやったらマジで大化けするからね? ……出久くん、目がおっきいね……」

 

 まあ緑谷が戸惑うのも無理はない。まさに変装だ。

 霊火が思いっきりはっちゃけた結果、何とかかんとか可愛い系イケメンで纏めることに成功してしまった。

 無害そうな顔して滅茶苦茶女癖が悪い大学生みたいな風格さえあった。轟みたいな”本物”の隣に立たなければ、相当見栄えが良くなったと言える。

 

 スタイリスト霊火はニヤニヤと笑いながら霧吹きで軽く彼の頭を叩いた。

 

「体格が滅茶苦茶いいからちゃんと様になってるよ。………私はいつもの方が好きだけれど」

 

「もう霊火さんの好きなようにしてくれればいいよ……」

 




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