殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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006:台風一過

 『一人の人間に”個性”は一つで、それは一生変わることもなければ失われることもない。』

 これはこの”個性”社会における常識であり、大原則だ。

 

 稀に複合個性と呼ばれる例外はあるが、あれも原理的には一つの”個性”だ。

 もっと少ない例外として、母体の中で双子の片割れがもう片方の双子に吸収されてしまい複数個性になってしまった例もなくはないが、これもこれで二人の人間に二つの個性といった方が正しいだろう。

 これ以外の例としてはただ一人、他人の”個性”を奪う”個性”を持つ男を霊火は知っていたが、強いて言うならばあれがおそらく全世界で唯一の、生まれながらの複数個性保持者といえる存在だろう。定義にもよると思うが。

 

 そして例外から例外は生まれる。

 この問題の男は、なんと”個性”を与えることも出来たのだ。

 物を浮かす”個性”を持つ人間に物を燃やす”個性”を与えればあっという間に複数個性保持者の誕生である。

 

 ただ、これにも大きな問題があった。

 ”個性”は、本来の持ち主以外にはなじまない事があるのだ。免疫反応というか体質というか、臓器移植や骨髄ドナーに似た拒絶反応がそこそこの確率で出る。

 

 ましてや複数個性など、一人の体の中で個性が競合して大変なことになる可能性が高い。

 ……一応二つ程度なら体質のかみ合い次第では何とかならなくもないのだが、やはり大きな副作用が出るのが当たり前だ。

 

 そこで一人の研究者が考えた。

 『一人の人間に”個性”を複数持たせるにはどうすればいいか』

 

 この難題をとんでもない方法である程度解決してしまった狂気のマッドサイエンティストが霊火の師匠こと『ドクター』であり、

 その成功例の一つが、殻木霊火なのである。

 

 

 ――――――――――――――――

 

 霊火は台風で揺れるクルーザーの中でくるんと指を回した。

 青白く鬼火が燃え盛る鬼火が指先の動きに追従するように動き、デッキ内のあらゆる影も同様にその長さを変えた。

 

「困ったな!!! 穏便に行くといいんだけどなあ!!!」

 

 霊火はあえて大声で叫ぶが、返事はない。あるいは普通に聞こえていないだけかもしれない。なにしろこの悪天候だ。

 

「……はあ」

 

 船の揺れで散乱した高級な調度品が、青白い鬼火に照らされて不気味な影を作っている。高価そうなワイングラスは床に転がり、クッションは隅に寄せられ、テーブルの上の書類は風に舞っていた。壁に取り付けられた装飾品が揺れるたびに、金属的な音を響かせる。

 

 青白い炎に照らされた船内は不気味な雰囲気を醸し出していた。波の音と風の唸りが混ざり合い、時折船体が軋むような音を立てる。霊火の手元で揺らめく鬼火だけが、この暗い空間での唯一の明かりだった。

 

 デッキに積まれていた高価な釣り道具が転がる音が、波の轟音の中でも鮮明に霊火の耳に届いた。

 

 霊火が胡乱な目でメンテナンス用のトラップが付いていたドアに目を向けた瞬間だった。

 

 BANG!!!!

 

 その直後、背後から銃声が轟き、霊火は勘だけで首を振る。

 一瞬前まで彼女の頭があった場所を弾丸が通り過ぎ、デッキの壁を穿った。

 

「っ……!!!」

 

 間一髪だった。霊火からしたら全くの想定外の奇襲で、回避できたのは運が良かったとしか言いようがない。

 すこし遅れて火薬の匂いが漂う。

 

 クルーザーが大きく横に傾く。散乱した家具が床を滑っていく中、霊火はその流れに逆らわずに姿勢を低くしながら体を回転させる。

 その動きに合わせるようにBANG!!!、と二発目の銃声が響き渡る。しかしそれは船の揺れとデッキ内の調度品に邪魔され、霊火からだいぶ離れた位置を通過した。

 

 刹那の間に霊火はちらりと男が立っているのを視認する。小さな趣味の悪い丸眼鏡をかけた成人男性。スーツ姿で拳銃を構えている。

 

 三発目の引き金が引かれる寸前——

 

 バチン!!!

 

 霊火の指鳴らしが、荒れ狂う波の音さえも貫いて響く。

 瞬間、霊火の周りを漂っていた青白い”鬼火”が一気に加速した。まるで超強力な磁石に引き寄せられたかのような挙動で”鬼火”は男が持つ拳銃に直撃する。

 

「うおっ!」

 

 金属製の拳銃が青い炎に包まれ、激しく発光した。

 男は驚愕の声を上げ、手から銃を取り落とす。火炎は渦を巻くように拳銃を包み込み、そして一瞬で——灰すら残さずに燃やし尽くす。

 

「発火系か⁉」

 

「はずれ」

 

 男は素早く腰に手をやり、衣服のポケットから何かを取り出そうとする。

 しかしそれより早く霊火はノーモーションで新たな赤い鬼火を出現させ、再度バチン!!! と指を鳴らす。

 

 赤い鬼火は今度は男の胸の中心に直撃した。

 

「ぐっ!」

 

 男は苦痛の呻き声を上げながらもなおも何かを掴もうと動く。

 しかし彼は顔を上げると、苦々しい表情で動きを止めた。

 

「動くな」

 

 ハイトーンの澄んだ声が船内に響く。

 霊火の手には既に銃が握られていた。グリップが少女の掌ぐらいしかない小型の拳銃だ。

 銃口は迷いなく男へと向けられ、揺れる船の中でもブレない。

 

「……これ見よがしに頑丈なドアに注意を向けさせて、自分は普通に物陰に隠れて不意打ち狙い。惜しかったね」

 

「……」

 

 男は一瞬の躊躇の後、ゆっくりと両手を挙げる。

 

 しかし両手を上げながら、男は苦痛の呻き声を漏らした。

 スーツの腹部に、暗い染みが広がっているのが見えた。霊火は銃を握ったまま、銃口を男からわずかにそらす。

 

「貴方が『義爛』でしょ? 座ってもいいけど?」ちょいちょいと手で合図を送る。

 

「くそ……」男は悪態をつきながら、そのまま床に崩れるように腰を下ろした。

 

 ――――――――――――――――――

 

 霊火は机の上に腰を下ろして、壁に背中を預けながら自分の腹に白い布を押し当てている男を見下ろしていた。

 

 義爛はそこら辺に落ちていたお手拭きタオルを応急処置に使っている。血はまだ完全には止まっていなかったが、致命傷というわけでもないようだ。

 

 その傷は、刺し傷だった。

 

「チッ……『検死官』があんたみたいなガキだったのも驚きだが……これは一体どういう”個性”だ……」

 

 男は苦痛に顔をゆがめながら、悪態をつく。

 霊火は拳銃を指先でもてあそびながら目を細めた。一瞬考え、霊火はこう答えた。

 

「私は死亡現場から死因を鬼火として回収するけれど、それを転用して攻撃も出来るの。焼死の”鬼火”なら火炎攻撃、貴方に使ったのは刺殺事件の”鬼火”だから死亡者と同じ位置に同じ傷ができる」

 

 対物ならとにかく対人だとかなり効きが弱いのが欠点だね、と霊火はいっそ明け透けに語る。

 男は意外そうに眼を見開いた。会話ができるとは思っていなかったのかもしれない。

 

「こりゃまた……意外と話の分かるお嬢ちゃんだ。……どうせ殺すから最期に喋ってやろうって奴か?」

 

「私最初から穏便に行くつもりだったんだけど」

 

「おいおいそれでこっちを責めるのは筋違いっつうもんだ。あんたあの『ドクター』の子飼いだろ? こっちが警戒するのも当たり前だ」

 

「あの人類史上最悪のマッドサイエンティストと一緒くたにされるのも結構癪なんだけど……」

 

 霊火は不満げにフンと鼻を鳴らした。

 ……霊火自身も自分がそれなりに外道な自覚はあったが、流石にあれ程ではない。 

 それに『ドクター』はかなりの部分で霊火に自由行動を許しているのも確かだ。

 

「……まあいい。せっかく話を聞けそうだから聞くが、その……何個か”個性”を使っていただろ? どういう仕組みだ?」

 

「『ドクター』の研究内容。まあ私は人間の本来の成長に相乗りして”個性”の複数保持に対応しようというコンセプトで……」

 

 ここまで話して霊火は何かに思い至ったように首を捻った。

 『ドクター』が蝶よ花よと育てている怪人脳無は霊火の知る限りはまだ世間に出ていない。

 その知識がない義爛にここで説明すると余計に混乱させそうだった。

 

 要は『人間の死体を丈夫な器に改造して複数個性に耐えられるようにしたよ』なモデルが脳無で

 『人間の成長を複数個性に対応できるように歪めて育てたよ』が殻木霊火だという話なのだが……。

 

「……まあそのうち貴方にもわかる形で出てくるよ」

 

「とんでもねえ厄ネタなことはよく分かった」

 

 どうやら、「脳無と違って育てるのに手間暇がかかりすぎるので量産に向かず、ただ一人を創り出してそれで終わりの実験的な試作機」という説明まではしなくてよさそうだった。

 

 ついでに成長を抑えるために『摂生』なんて言う”個性”を持つ必要があり、そのせいで妙に体が弱く体格も大きくならないという致命的な欠陥を抱えているという話もあったりする。

 つまり殻木霊火は『強くて』『丈夫な』『量産』兵士がほしいという脳無の最初のコンセプトがきれいさっぱり崩壊した完全な欠陥兵器なのだ。

 

「おい、嬢ちゃん。なんでちょっと落ち込んでんだ?」

 

「あんまり気にしないでくださる?」

 

 落ち込んでなんかないし。

 

 

「まあそれはいいや。私は元々ただ商談しに来たんだよ……」

 

「そりゃ悪かったよ『検死官』……この呼び方でいいのか?」

 

「『彼岸花(アマリリス)』って呼ばれてたりするけど……これ自分で名乗るの恥ずかしいな」

 

 再度、霊火は鬼火を浮遊させた。今度の光は黄色だ

 机の上に腰掛けたまま、足をぶらぶらと揺らす。

 

「私の稼業は知ってるでしょう?」

 

「死亡現場から情報を抜き取る……だろう? 噂は聞いてるが……」

 

「その通り。私はまあ情報収集全般が得意なんだけど、特に殺人犯に関してはどこにいても追い切れる」

 

 義爛は眼鏡の奥で目を細めた。船体が大きく揺れ、散乱した調度品が床を滑っていく。

 

「……確かに、俺は人材を求めている。そういうやつらの紹介も大事な商品の一つさ」

 

 稲妻が閃き、一瞬キャビン内が青白く照らされる。その光の中で、霊火の唇が微かに歪んだ。

 

「私には犯罪者を追える力がある。あなたには闇取引のルートがある。私は貴方の商品が欲しい。そしてあなたは——」

 

「人材が欲しい」義爛が言葉を継ぐ。「なるほどな、やっとあんたがここに来た理由が分かった」

 

 雷鳴が轟く中、義爛はゆっくりと頷いた。その丸眼鏡に黄色い鬼火が反射して揺らめいている。

 

「取引成立だ、『彼岸花(アマリリス)』 今後ともよろしく」

 

 霊火は内心少なからずほっとした。

 

 ――――――――――――――――――――

 

「さっそくだけど」霊火は鬼火を宙に浮かべながら言った。「貴方の血が40ccほど欲しいんだけど」

 

「それを商品だと思ってるのか……? いやいい。話を聞かずに先に撃った補填だ。本当は吹っ掛ける所だが今回は無料でいい。」

 

「ちゃんと対価は用意してきました」

 

 霊火はスクールバッグに手を伸ばす。

 

「これでどう?」

 

 取り出されたのは、黒いUSBメモリ。霊火はそれを軽く投げ上げ、義爛の方へ放った。男は咄嗟にそれを掴む。

 義爛は投げ渡されたそれをしげしげと眺めた。

 

「何が入ってる?」

 

「殺人をしたヴィランのデータが入ってる。四人が警察から逃亡中で二人が未発覚」

 

 義爛は眼鏡の奥で目を細め、USBメモリを内ポケットにしまい込んだ。

 その動作の途中で、男の口元が歪む。

 

「…………………………お前さんが警察になったら俺らは廃業だな」

 

「中は見なくていいの?」

 

「いい。俺はお前を信頼する。そういうもんだろ?」

 

 それは『義爛』と『彼岸花』、ともに裏稼業に身を置くものらしいやり取りだった。

 この手のやり取りで不義理なことをする奴は悲惨な末路を辿るのがこの世界の常識だからこそ、取引相手への信用を態度で示すのだ。

 

「私は目の前で確認された方が嬉しいけどね……」

 

 霊火は、採血用の注射器を男に渡した。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 台風は去り、快晴の空が窓から見える。昼休みの教室に差し込む日差しが、机や床に四角い光の模様を作っていた。窓の外では、昨日の暴風が嘘のように穏やかな風が木々を揺らしている。

 

「あれ、霊火さん髪染めたの?」

 

 教室に入った緑谷は、後ろから霊火に気づいて声をかけた。

 

 霊火は胡乱げな表情で緑谷の方を向く。目の下には濃いクマができており、まるで一睡もしていないかのような疲れた顔だった。

 その様子に緑谷は思わずぎょっとする。

 

「だ……大丈夫殻木さん? 昨日あの後ちゃんと帰れた?」

 

 立て続けに心配そうな質問を投げかける緑谷に、霊火は薄く笑みを浮かべた。

 

「大丈夫……」

 

 死にそうな声で言葉少なに返事をする霊火に緑谷は困惑する

 

 霊火は自分の髪を撫でた。少し伸びてセミロングぐらいになった髪は、元の黒色の中に白いメッシュのような筋が入っていた。

 

「え……えーと、髪はいったいどう……」

 

「染めた」

 

「あの後……⁉ なんで……⁉」

 

 ”個性”を新たに入れた副作用だなんて言えるわけもなく霊火は曖昧にほほ笑んだ。

 

 思考が纏まらない。眠気と疲労のダブルパンチで今にも落ちてしまいそうな意識を気合だけで持たせる。

 

 色々無茶をしすぎて若いのに全く無理ができない身体になってしまった事を常々実感する。これは本調子になるまで相当時間がかかりそうだ。

 

 そんな病弱少女路線一直線の殻木霊火はたっぷり十秒以上もかけて考えると今取りうる選択肢の最適解を導き出した。

 

「ごめんやっぱり保健室で休むね」

 

「絶対そうしたほうがいいよ……僕もついていくから……」




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