殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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062:薄命

「おい黙ってないでなんとか言え!!! 殻木霊火の死体はどこだ!!!」

 

「うっ……えっと」

 

 目が血走ったおじさんに唾をまき散らしながら詰められて、緑谷出久は困り果てていた。

 

 とにかく何か言わなければならない。

 ただし息をするように嘘を吐く霊火や担任と違って、緑谷は真っ当な生き方をしてきた正直者だ。

 冷や汗を流す少年は、嘘というのは意外と高等技術なのだと思い知る。とにかくいくら彼らに思いを馳せても、この場を切り抜ける為の都合のいいストーリーなんて一つも思い浮かばない。

 

 頭が茹だりそうなほど考え込む緑谷の脳内で、なんか聞き覚えのあるため息が響いた。

 

 ぴろんと、視界のど真ん中に謎のポップアップが出た。

 メッセージボックスみたいな感じだった。

 

 

【すみません、今は受けたショックが大きくて……少し一人にして下さい ▼】

 

 

「っ!!!! す、すみませんっ!!! 今はショックが大きくて!! 申し訳ありません少し一人にさせて下さい!!!」

 

「あっ、おい!!!!! 待て!!!!」

 

 焦った声を出すおじさんを完全無視して、霊火がくれた首輪は少年の視界に無数の青いマーカーと赤い攻撃予測線(!?)を展開してくれる。

 緑谷はそれに従ってタタンと不規則なステップを踏み、自分自身にも良くわからない理屈でギャラリーの視線を器用に外し、ジャンプで屋上から脱出した。

 

 そして気が付けば緑谷は、階下の空きの客室に窓から滑り込んでいた。

 自分でやったことながら本当に意味不明な曲芸だった。

 

 ぼふんと、清潔なベッドの上に着地した緑谷の脳内によく知る少女の声が響く。

 

『嘘つきは通常嘘を考えません。何故なら応答する際に生じる時間の空白は、聞く人にとって全てに勝る違和感になるからです。だから嘘は、条件反射のデタラメにどれぐらいの信憑性と整合性を持たせられるかの勝負になります』

 

「レイ!!!」

 

『はいはい貴方のレイちゃんです。……あの、何かお困りの際はそちらから呼び出してくれても良いのですよ?』

 

 霊火の声で話しかけられ思わず泣きそうになる緑谷。

 合成音声の圧倒的な安心感と、去り際に霊火が見せた寂しそうな声の温度差が酷い。

 

「……っ!!!」

 

『なんですどうしましたなんで泣きそうなのです私じゃ不足ですか?』

 

「ご、ごめん。そんなことは無いんだ。……あの、レイ、一つ聞いていい?」

 

『一つと言わず何個でも』

 

「この状態から霊火さんに追い付ける?」

 

『それは無理ですね』

 

 バッサリ返ってきた。

 あまりの直球振りに息が詰まる緑谷だが、まだ粘ってみる。

 

「そんなことは……僕は走ってもいいんだ。とにかくもう一度霊火さんに会って助けたくて」

 

『地上に降りて狂気に呑まれた善良なる市民に八つ裂きにされたいならご自由に』

 

 言葉も出なかった。レイが冷たい。

 固まる緑谷を気遣ったのか、霊火の声で補足説明がされる。

 

『……殻木霊火が設計した、大衆の狂気は完全です。今からあの人に追いつく事は、殻木霊火にテストの点で勝つぐらい難しいと考えてください』

 

「そこまでなのか……? れ、霊火さんは大丈夫かな!?!? 生きて帰ってくるって言ってたんだ、もう話せないなんてことは……!!」

 

『あの、焦る必要はありますか? あの殻木霊火ですよ? そんなに自信満々だったなら一人で巨人をぶっ殺す算段ぐらいついているのでは?』

 

「………」

 

 緑谷は黙り込んだ。

 

 なんというか、それはそうなのだ。

 

 霊火は世界がひっくり返っても自己犠牲をするタイプでは無い。

 何しろ満員電車で“目の前に座るお婆さんを殺してどかして座る“という頭おかしい選択肢を、真面目な顔でテーブルに載せるタイプの女なのだ。あれは。

 

 そんな彼女があの巨人をどうにかすると言って飛び立ったのだ。

 自分が死んで巨人を止めるなんて絶対にあり得ない。多分、何かしらの勝ち筋はある。それもかなり現実的な物で。

 

 緑谷はスッと息をつく。

 呼吸を整え、無理矢理にでも精神を安定させる。こういう場面で焦っても良いことなんて何も無い。

 

「……市民の皆は、どう落ち着かせればいいと思う?」

 

『貴方の役割は現在、『殻木霊火を殺したが死体を確保し損ねた間抜け役』。即ちヘマした無能。つまりは悪役です。民衆は貴方を地べたに引きずり降ろし、糾弾しようとします。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。失敗した当人につべこべ言われても納得いかないでしょう?』

 

「なんで霊火さんはそんなセッティングにしたんだろう……? まるで、どうしても僕についてきて欲しくないみたいな……」

 

『はい。災害現場に辿り着いたら本能のままに見知らぬ誰かを助けて庇って保護して、目の前の超強敵の目の前で呑気な寄り道と寄り道と寄り道の寄り道と寄り道と寄り道と寄り道することが確定している。そんな心優しき木偶の坊をカバーするなんてまっぴらごめんだという所でしょうか

 

「ぐっ………!!!! 僕ってそこまでかな!?!?」

 

 結構グサグサ刺してくるAIだった。かなり不機嫌な時の霊火レベルに口が悪い。

 

 そして指摘内容にもちょっと自覚はあった。

 ……霊火の所に行かなければならないという大前提が、緑谷の中でがらがらと崩れ始める。

 

(それなら何故、飛び立つ前にあんな悲しそうな顔したんだろう……?)

 

「……もしかして、僕が行ったら迷惑なのかな」

 

『迷惑です。委員長。善人。正義漢。友人としては好ましくても、シビアな現場で隣に立たれるとこれほど鬱陶しい存在も無いですから。貴方も間違いなくその類です』

 

「ごめんって霊火さん……あっ」

 

『とにかく貴方に出来ることなど何もありません。あの人がそういう風に設定しました。そして怒れる民衆に捕まらないように、私が付いています』

 

 完全な役立たずのお荷物扱い。

 謙虚で知られる緑谷も、流石にプライドがちょっと傷ついた。

 

 つい、思ったことが口から出てしまう。

 

「……僕、霊火さんにそんなに信用されてなかったのかな」

 

『おや、()()()()()()()()()()()?』

 

 さらりと爆弾を投げ込まれた。

 緑谷の思考へ極大の空白が差し込まれる。

 

 待て。

 

 今、このAIはなんて言った?

 

「…………? は!?!?!?!?!?!?!? なんで……!?!?」

 

『視線の動き、発汗、僅かな筋肉の緊張。はい、()()()()()()()()()。とはいえ私の造り主に報告するつもりも無いですが』

 

「……実際、どうだったんだ?」

 

『質問が不明瞭すぎます。答えられるものも答えられませんね』

 

「不明瞭も何も……!! 霊火さんはなんで何も知らないフリをして、僕とオールマイトに近づいてきたんだ!?!?」

 

『なるほど、()()()()()

 

 妙な返事が返ってきた。

 数秒のタイムラグを置いて、緑谷は真っ青になる。

 

「……!?!?!? しまった……!!」

 

 カマかけに引っ掛かった。

 『レイ』は緑谷の疑念それ自体は気が付いていても、その具体的な内容までは掴んでいなかったのだ。

 

 それなのについうっかりで口を滑らせてしまった。

 初めてこの悩みを相談できる相手が現れて、つい冷静さを失ってしまった。

 疑念を見抜かれた緊張と『造り主に報告するつもりは無い』という緩和に、完全に嵌められた。

 

 少年は震える声で聞く。

 

「……これを知って、どうするつもりだ」

 

『繰り返すようですが、報告するつもりは無いです。今はまだ、ですが』

 

「…………」

 

『そしてその質問についてはノーコメントです。本人に聞いてみてはどうでしょう?』

 

「……クソッ!!!!」

 

『出来れば貴方が自分の口で正面から聞く事を推奨します。あのレベルの人間不信が“告げ口“でこれを知ったら碌なことが起きませんよ?』

 

「………僕は、霊火さんが向こうから話してくれる日を待ってたんだけど」

 

『断言します。その展開だけは、絶対に無いです

 

「……………霊火さんが最初から知っていて近づいていたとしても、僕は全く気にしないけどなあ」

 

 緑谷がそう言うと、AIだって言うのに呆れ果てた感じの含み笑いが返ってきた。

 製作者を考えれば当たり前かもしれないが、本当に霊火にそっくりだった。

 

 そして合成音声と会話をしている間にも、外からの漠然とした音の塊や振動は刻一刻と大きくなっていく。

 明らかに怒号と叫び声のボルテージが上がっている。このままでは大パニックが起こりそうだった。

 あまりにも暴徒が凶暴すぎて窓の外を覗くことすら気が引ける。緑谷がここにいる事を知られたら”個性”攻撃の10や20が殺到しそうだ。

 

「……やっぱり霊火さんが心配だな」

 

『心配なのはどちらかと言うと彼女の精神状態ですね。この戦いが終わったあとの彼女が壊れてないと良いのですが……』

 

「……確かにいくら霊火さんでも、こんな事になったら傷つくよね。そこは僕が絶対に傍にいるから」

 

『いえ、そうではなく……もしかしてですが、殻木霊火から聞かされていないのですか?』

 

 結局どこまでも人工物臭い平坦な霊火の声で、それは躊躇無く言った。

 緑谷出久に知らされていなかった話だった。

 

『確認します。殻木霊火の“個性“『呪い火』の副作用については、一度も聞かされていませんか?』

 

「え、副作用……? いや、そんなことは霊火さんは……」

 

『あの“個性“には『使()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』という性質があります』

 

「は?」

 

 平坦な合成音声はズバリと言い切った。

 

 そんな事を言われても、緑谷は霊火の”個性”の副作用なんて聞いたことが無い。

 

「嘘だろ……? 霊火さんはそんな事一回も……」

 

『おや、貴方は彼女の極度の人間不信や反社会的思考を、生まれつきの物だと思っていましたか? 貴方と会ったときに比べても、性格が悪くなったり失言が増えたなと感じませんでしたか?』

 

「あれってそういう事だったのか!?!? え、それは駄目だろ!!」

 

『あの人、ちゃんとお別れの言葉を伝えていたでしょう? 『いなくなったら、忘れてもいい』って。この戦いが終わった後、彼女の人間性が少しでも残っていると良いですね――おや』

 

 パァンッ!!!!! と、少年はガラスを蹴り破ってホテルの最上階から危険な屋外に身を投げだした。

 途端に、強烈な怒号が見えない壁のように全身を叩く。怒れる大衆の粘ついた視線が、空中に躍り出た緑谷出久を一斉に射貫いた。

 

 ゾワリと皮膚の下に危険な悪寒が走る。

 少年は歯を食いしばって、悪意の渦に呑まれた真下から正面に意識を向けた。

 

「レイ!!!!」

 

 緑谷の呼び掛けに応えて、視界の上を色とりどりの光線が複雑に交差する。

 無数の人間を脅威度と危険度で分かりやすく色分けしてシルエットを強調してくれる。

 莫大な量の真っ赤な攻撃予測線が、凶悪な密度で空間を充填する。

 

「レイ!!! 霊火さんの所に!!! サポートお願い!!!」

 

『さっきまでの話は何だったんです? 貴方には辿り着けません』

 

「うるせぇやってみないと分かんねぇだろ!!!!」

 

『やるならやるで手段はあったのですが……さあ来ます!!!!』

 

「緑谷出久だ!!!!!!!!!!! 早く捕まえて殻木の居場所を喋らせろ!!!!」

 

 人を傷つける時の躊躇いという物が全く無かった。

 群衆から放たれる無数の攻撃がノータイムで晴天を極彩色に染め上げる。

 伸びる腕、蒼い雷撃、曲がる光線、幾何学的な結晶、不定形に蠢く液体——それらが一斉に空中の緑谷へと殺到する。

 

「くっ!」

 

 強烈なアシストの補助を最大限に活用しながら、緑谷は身体を巧みにひねる。

 光線が肩をかすめ、結晶が頬を掠める。恐れる必要はない。こちらにはすべての攻撃の軌道が事前に見えていて、そこから1ミリでも外れればダメージは生じない。

 

 伸びてくる腕の間を縫うように回転し、雷撃の熱を背中で感じながら急降下。

 液体の飛沫が宙を舞う中、緑谷は何とか被弾ゼロで地上への強行着地を成功させる。

 

『口の動きだけ合わせてください』

 

「え?」

 

 不可解なアドバイスに少年は眉を顰めるが、AIからは例の如く何の説明も無かった。

 すうっ……と、息を吸う音がした。

 

『落ち着いてください!!!!!!!!!!! 死体の画像はデマです!!!!!!!!!!! よく見たら加工の跡があります!!!!!!!!!!! 殻木霊火は死んでいません!!!!!!!!!!!』

 

 爆音。

 緑谷出久の声で、大音響で力ある言葉が放たれた。

 

 そして緑谷出久は話していない。

 

『気を付けて!!!!!!!!!!! 殻木霊火は僕に殺人犯の濡れ衣を着せて逃走しました!!!!!!!!!!! 既にここにいる誰かに、成り代わって息をひそめています!!!!!!!!!!! 貴方の隣のその人が殻木霊火かもしれません!!!!!!!!!!!』

 

「ちょ、レイ!?!?!?」

 

『自分だけ助かるつもりの、身勝手な殻木霊火を許すな!!!!!!!!!!! 早く見つけ出して殺せ!!!!!!!!!!! 変装している殻木霊火を何としても見つけろ!!!!!!!』

 

 緑谷の声を受けた群衆の怒号が一瞬、完全に収まる。

 まるで時が止まったかのような静寂がその場を支配した。

 

 その後、爆発した。

 

「おか、おかしいと思っていたのよ!!!! 死体の写真が加工っぽいって、私はずっと気が付いてた!!!!!!!!!!!」「てめ……!?!? 俺は違え!!!!」「触んないで!!!!!!!!!!! ふっざけんなこの変態!!!!!!!!!!!」

 

 そして当然のように人々は隣り合う者に勢いよく掴みかかった。

 誰かが誰かの襟首を掴み、別の誰かが隣人の腕を掴む。あってなかったような仮初の秩序は一瞬で崩壊し、群衆は完全な暴徒と化していく。

 

 疑心暗鬼に陥った群衆の溢れ出た負の感情は、そのまま広場全体を覆い尽くしていった。

 

『あーあ。特に小柄な女の子は、服をすべて引ん剝かれるまで終わらないでしょうね。可哀そうです』

 

「す、スピーカー!?!? 僕の声でこんな事叫ばれたらこれって」

 

『フレンドリーファイア&流れ弾上等な滅法危険な素人”個性”花火大会よりも、バカみたいな脱衣バトルの方が相当マシじゃありません?』

 

 可愛らしい女子中学生が男どもに制服を剥ぎ取られるのをしれっと録画してウインドウで強調表示しながら、【橋姫】は言い放った。

 緑谷は再び走り出しながら、手ぶり1つで所持が逮捕に直結しそうな動画ウインドウを消し去った。

 

『おや、本当に興奮しないんですね。まあ後から欲しくなったら復元しますので、その時は教えてください。そして彼らに話したことは殆ど真実ですからね。死体の写真は実際に造りの甘い加工ですし、『デク』が殻木霊火を殺したというのも完全なデマです。実際に、ここにいる人の中にも疑っていた人も多いはずですよ。そして肝心のあの人は既に新横浜を脱出しているので、今も生きていると知られても問題ないという訳です』

 

「ようし取り敢えず僕のプライバシーのかなり深いところを掘り返すのをやめてほしいかな!?!? 言いたいことはいっぱいあるけどとにかく今は霊火さんを追いかけようか……」

 

『そして計算は残酷です。地上を走る貴方では、やはり絶対に彼らには追い付けません。もうここでえっちな乱痴気騒ぎを眺めていた方がお得では? 一生モノのお宝映像撮り放題ですよ?』

 

「君って霊火さんのコピーなんだよね!?!? あの人っていつもこんな事考えてるの!?!?」

 

『まあインターネットにあげて、一生消えないデジタルタトゥーを嬉々として刻みつけるぐらいはするでしょうが……というよりあの人は貴方に特別優しいだけですからね。……あれでも緑谷出久の前では、いい子であろうと頑張っているようですよ?』

 

 ……”個性”の副作用の話を聞いた後だと、複雑な気持ちになる話だった。

 能力を使えば使うほど人間性を喪失する。言われてみれば、確かに色々と心当たりはある。

 おそらく霊火と初めて会ったときにはそれなり以上に精神に影響が出ていたのだろう。

 

 緑谷は悔し気に呟く。

 

「そんな反動があるなら、”個性”を使わなきゃいいじゃないか……!! そうしたら霊火さんは霊火さんのままでいられる!!」

 

 それを聞いたAIは、少し悩んだような声を出した。

 

 そして少年にとっては残酷な、もう一つの真実が開示される。

 

『いいえ。”個性”の未使用によって確かに人間性の喪失は抑えられますが、本質的にはあまり意味がありません。少なくとも彼女には、”個性”を永遠に出し惜しむ必要は無かったのです』

 

「……どうしてだ?」

 

『何故なら、()()()()()()()()()()()()です』

 

 今度こそ、緑谷出久の時が止まった。

 転倒しそうになる緑谷へのアシストを強くしながら、【橋姫】はネタ晴らしを進めていく。

 あるいは公的にはこうなっているという話を。

 

『彼女は病弱です。それこそ貴方もよく見てきているでしょう? そもそも彼女が殻木球大という大病院院長の養子なのは、”貴方のお子さんは大人にはなれないだろう”と医者に宣告された生みの親に捨てられたからです』

 

「そんな事霊火さんは一度も……」

 

『だからこそ、私の造り主は”個性”の反動をあまり深く考えていませんでした。どちらにしても長い命ではないのです。老後の事を考えて”個性”を控える必要なんて無かった』

 

「……こんなの、ダメだろ」

 

『因みに彼女の髪が伸びる速度が極めて早い事や、地毛が真っ白な事もその関係です。逆に聞きますが、貴方は彼女が彼女自身の将来について何か語っているのを聞いたことがありますか? 大人になったら何になりたいとか、何をしたいとか、そういうのを聞いたことはありますか?』

 

「…………」

 

『まあ雄英ヒーロー課に進学したことで”個性”を乱用した結果、短い寿命よりも先に人間性が喪失しそうになっているわけですが。……ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 少年の心臓が不規則なリズムを刻む。鼓動がガンガンと頭蓋に響く。

 

 合成音声を操る悪魔は、楽し気にくすりと嗤った。

 コピー元の霊火の悪性が強く出た。元々緑谷出久相手でもない限り、霊火はこれぐらい性格が悪いという事でもあるが。

 

『ふふっ……もう一度、彼女と言葉を交わせるといいですね』

 

「…………………………地上を走る限り、間に合わないって言ったよね?」

 

 そして緑谷出久はブレない。

 悪魔の甘言に振り回されるのはもうやめだ。最初から、ただまっすぐに霊火の元に走り出すべきだった。

 ここで自分が霊火に強いた負担を悔いても意味が無い。まずは霊火を助け出し、そこから彼女に謝罪するべきだ。

 

 全速力で走りながら、少年は青空を見上げる。

 思い描くのは大空を翔けるオールマイトの姿。

 数えきれないほど何度も見て脳みそに刻み込んだ、圧倒的なヒーローのイメージ。

 

「地上を走れば間に合わない……それなら……」

 

 イメージを固めろ。

 緑谷出久にはオールマイトと同じ、困っている人がいたらどんなところにも駆けつけるあの速度が備わっているはずだ。

 

 まずは走る。

 アスファルトを蹴る足音が街に響き渡る。

 景色が背後に流れていく。少年は真っすぐ空を見上げた。

 

(イメージを固めろ……イメージを……!)

 

 なんだかんだで協力してくれるらしい『レイ』がアシストマーカーを表示してくれる。

 少年は全身の筋肉に意識を集中させる。

 足首から膝、太もも、そして腰へと、エネルギーが伝わっていくのを感じる。アスファルトを蹴る足音が、次第に軽くなっていく。

 

『どうするつもりで?』

 

「……ッ!!!!!!!」

 

 両足に力を込める。

 地面を踏み締める感触がこれまでとは違う。まるで大地全体がバネになったかのような感覚。

 

 そして——

 

(いい……私が君に力を貸そう!!!!!!!)

 

 脳内で何か声がした。

 『レイ』ではない。もっと大人の女性の声だった。

 

「いっけええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」

 

 ぶわりと。

 強烈な浮遊感と共に、視界が一気に開けた。

 

 ”個性”『浮遊』

 重力に抗い、飛行を可能とする”個性”。

 分かりやすい超常の象徴にして、常識を超えた移動を可能とする異能。

 

「!?!?!?!?!???!?!?!??!!!?!?!?」

 

『ちょ、勢いよく行って自分で驚かないで下さい!!! まだ想定シナリオ内です!! 複数”個性”同時使用アシストモードに移行します!!』

 

「な、なんだこれ!?!?!? 本当に何だこれ!?!?!?!?!???!?!?!??!!!?!?!?」

 

『七代目継承者の”個性”『浮遊』です。いいから落ち着いてください!!』

 

 さっきまで余裕そうだったAIが、露骨に慌て始めた。

 

 超高速で空中に飛び出した少年の身体を、四肢のリングが強く制御して姿勢を無理やり立て直していく。

 これまでにないほど複雑で難しい動きをする青いマーカーを凝視しながら、緑谷はわたわたと両手を振り回した。

 

「7代目……!?!? えっ!?!?」

 

『一応は殻木霊火が想定したシナリオ圏内です。『OFA』はまだ底を見せていませんでした。ここから先はあの『オールマイト』ですら到達しなかった、全く未知の領域となります!!!』

 

「複数”個性”!?!? どういう!?!?」

 

『説明は後です!!! 私の指示に合わせて自分の身体の制御に集中してください!!!』

 

 霊火の声で、AIは叫んだ。

 

『話が違ってきました!! 地上を走らず空を飛べる場合、現場に間に合います!!!』

 

「きょ、協力してくれるの!?!?」

 

『いじめすぎたのは謝るのでとりあえず今はこっちを信用してください!!! このままだと世界の果てまで吹っ飛んでいきますよ!?!?』

 

――――――――

 

 

 あそこまで巨大だと見間違えようがない。

 上空の霊火は芝公園付近に『ギガントマキア』を見た。

 

 カンテラ付きの斧に横座りしたままの少女は深いため息をつく。

 

「……潜行するにしても黒霧にしても、直接私にぶつける手段なんてたくさんあっただろうに」

 

 そもそもの話、『土竜』の"個性"を持つギガントマキアがわざわざド派手に地上を直進していること自体が既に計算された悪意なのだ。

 

 『AFO』と『ドクター』の狙いは明確だ。

 彼らの目的は、ヒーローとしての殻木霊火を完全に潰すことだった。

 大規模な破壊と混乱を引き起こして、その責任を霊火に押し付けようとしている。

 

 ギガントマキアの攻撃は確かに霊火を狙ったものだった。

 つまりそれによって引き起こされる市民の被害は霊火の責任なのだ。人間の脳みそと言うのはそう言う風にできている。

 例え法律が霊火を無罪と裁いても、世間は、特に被害者遺族あたりはそう思えない。

 こればかりは霊火も責めるつもりはない。彼らは、あるいは理性では霊火が悪くないと分かっていたとしても、それでも霊火が多くの市民を巻き込んだ事実を決して許さないだろう。

 

 そして、既に被害は取り返しのつかないレベルまで拡大している。

 この被害の大きさは、テレビで霊火の姿を見ただけで過呼吸を起こす人が相当数出始めている段階だ。

 つまりなんだかんだで人気商売であるプロヒーローとしての道は、事実上閉ざされてしまった。

 

 ……まあそれ自体は本当の意味で極めてどうでもいいのだが、あんまり恨みを買うと面倒な事が起こりそうなので普通に嫌ではあった。

 

「主の仇!!!!!!!!!!!!」

 

「さて、どう攻略しようか」

 

 見つかった。

 ここに来る途中の武蔵小杉の駅ビルでかっぱらってきた大きなボストンバッグの感触を確かめながら、霊火は目を細めた。

 

 ”山”が動く。

 

 経路上の建物を無理やり押しのけながら巨人が霊火の元へと突進してくる。

 都市そのものを蹂躙する威容。理不尽そのもの。歩く災害とまで呼ばれた本物の暴力装置が少女に牙をむく。

 

 建物が崩れ落ちる音が轟音となって響き渡る。

 巨人の一歩一歩が地面を揺るがしアスファルトが薄いクッキーのように踏み抜かれる。

 瓦礫が四方八方に飛び散りそこら中から悲惨な悲鳴と怒号が上がった。

 

 普通の人間ならばこの威圧感の前でただ気を失うことしかできないだろう。

 10メートルもの津波を前にしたら人はこのような気持ちになるのだろうか。生きる意志さえ奪われかねない圧迫感が、空間全体を支配する。

 

 パンッ

 

 ギガントマキアの存在する空間そのものから安っぽい破裂音がした。

 

 巨人の頭は弾け飛んでいた。

 首のない巨大な身体は走る勢いのままバランスを崩し、周りの建物を巻き込みながら倒れこんで行く。

 

 切断面から真っ赤な血液をドバドバと流す男の死体に、霊火は冷静に攻撃を加えていく。

 乾いた破裂音が響くたび、胸部、脚、腕に球状の破壊痕が刻まれていく。

 

 あっけなく決着した戦いの後、現場は一瞬の静寂に包まれた。遠巻きに見ていた観衆から歓声が上がる。

 

 しかし、霊火の表情は優れない。

 ”鬼火”が出現しないということは、そう言う事だ。

 

「ま、私にぶつけるんだもんね」

 

 倒れた巨人の体からぎゅぎゅぎゅるぐちゃぐちゃみちみちみちみちと、異様な音が響き始める。

 骨が軋む音、肉が増殖する湿った音、それらが混ざり合って最悪な不協和音を奏でる。

 

 霊火は左腕の中に隠した『ブラックホール』銃を更に数発撃ちこんでみるも、それを上回る速度で巨人の身体が再生してしまう。

 千切れた肉が繋がり砕けた骨が修復され破壊された組織が元通りになっていく。まるで時間を巻き戻しているかのような速度だったが、これは『超再生』だ。

 霊火の知る『ギガントマキア』にこの”個性”は搭載されていなかったはずだが、まあ十中八九我らが師匠が上手に埋め込んだのだろう。

 それにしても頭を吹き飛ばされても再生できるというのは凄まじい性能だが。

 

「主の仇を……殺す……」

 

「んん~、それじゃあ色々と試してみようか」

 

 ここまでが前提だ。

 

 霊火が何をしてもギガントマキアに通る攻撃が無いというなら、そもそも戦いにならなかった。

 そんなのはプレイヤーが絶対に勝てないようにパラメーターを設定された一本道のRPGに出てくる強敵と同じだ。

 限られたリソースを使って真面目に戦おうとするほど損をする。そう言う類のストーリーボス。

 

 しかしそうはならなかった。

 霊火の攻撃は巨人に通用し、向こうにも死のリスクを突き付けることに成功した。

 ここに来て初めてこのカードは、勝ち負けの存在する明確な勝負へと状況は移行する。

 

「血液の補填に対策は? 空飛ぶ私に対して遠距離は? 仲間を呼ぶタイプ? 第2形態? 一つ一つ確認していくしかないなあ……」

 

「……なるほど、我が主が名指しで難敵と、指定するだけの事はある」

 

 結末の決まりきったボタン連打の会話劇は終わった。

 霊火は今、明確にゲームマスターの予測を上回ったのだ。

 

 少女は巨大な負けイベのボスを実験生物を見るような目で見下ろして、ただ愉快そうに笑った。

 

「ふふ……やっと面白くなってきた。ここでお前をぶっ殺して、クソつまんねえ三流フィクサーが一人でしこしこ用意したバカ虚しい独りよがりなオ〇ニーシナリオを進行不能にして遊んでみよう!!」

 

「主を、愚弄、したなあああァぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 巨人の大音響に呼応するように、ゴォアッ!!!!!!!!! と色とりどりの揺らめきが死の女王の右手に凝縮される。

 

 ”個性”『死因』

 それは『死』そのものの本質を見ているわけではない。

 あくまで原因と結果。しかも人間限定。

 ヒトという種が自発呼吸を停止し、心拍を停止し、瞳孔を拡大するに至った直接的な理由。

 

 それを抽出、分析して物理的な破壊に変換する。

 誰かを『死』に至らしめた”何か”を自由自在に振るう。少女が持ったのは、そういう異能だった。

 

(ああ……全部加害者はギガントマキアで被害者は……)

 

犀藤優子(23歳・女性)パティシエ。ケーキ制作中、店舗崩壊により頭部にケガ。即死、将来有望で、初めての個展開催を予定していた。軌村竜也(38歳・男性)システムエンジニア。オフィスビル崩壊時、落下。即死。妻の誕生日プレゼントを選びに行く予定だった。邱本真由美(52歳・女性)主婦。スーパーで買い物中、天井崩落により背骨を損傷。即死。孫の誕生日パーティーの準備をしていた。稼藤健一(33歳・男性)消防士。救助活動中、二次崩壊に巻き込まれる。即死。マラソン大会への出場を目指していた。抹本さくら(26歳・女性)幼稚園教諭。園児の避難誘導中、建材が直撃する。即死。ピアノの発表会を控えていた。井埜上正男(61歳・男性)バス運転手。運転中、建物崩壊の衝撃で事故。即死。定年後の旅行計画を立てていた。夜須田美紀(29歳・女性)フローリスト。店内での作業中、大型ガラスの下敷きになる。即死。ガーデニングコンテストに出場予定だった。芙二田康介(44歳・男性)教師。引率中の生徒を守ろうとして背中にケガ。即死。野球部の指導者として全国大会を目指し――――――――――――――――

 

 

 『死因』を大量に読み込んだ。

 脳が溶けて歪んでいくような感覚があった。

 

 視界が歪み、揺れる。世界が液体のように波打つ。霊火の中の何かが軋む。もう止められない。

 

 パキン、という乾いた幻聴と共に、霊火の中の何かが完全に割れた。

 それは少女の人格の根幹を形作っていた何か。本当に取り返しのつかない”何か”だった。

 

「ッ!! ったく、避難出来ているといいけれど!!!」

 

 何かが壊れたが、自分では何が壊れたのかを認識出来ない。そして細かく精査している余裕もない。

 

 少女は初手で、何十階建ての高層ビルを基礎から引き剥がした。

 

 コンクリートと鉄骨が悲鳴を上げ、地面との繋がりを断ち切られた建造物が一気に傾く。

 ビルの窓ガラスが一斉に砕け散った。

 

 ぱちりと指を鳴らした。

 巨大な建造物を縦方向にぐるりと回転させ、屋上を突き刺す形で巨人に向かって弾き飛ばした。

 

 ズガアアアアぁぁぁン!!!!!!!! と、轟音が街を揺るがした。

 巨人の体に激突したビルは粉々に砕け散り、鉄骨とコンクリートの塊が四方八方に飛び散る。

 

「ぐおああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

「ま、効かないよね」

 

 あくまで時間稼ぎ。ダメージには期待していない。

 

 少女は胡乱げな目つきで前方のギガントマキアの通り道を見る。

 

 霊火ですら初めて見た”鬼火”密度だった。こんな人口密集地帯でこんな大暴れをしたらそりゃそうなる。

 大きなビルを一つなぎ倒すだけで千人単位で死人が出る都市にギガントマキアを放つなど、ドクターも思い切った選択をしたものだ。

 

「でも良かったのかな……あの人たちも私の”個性”を忘れているってわけはないと思うんだけれど……」

 

 こういう大量殺人現場は霊火が最も得意とする戦場だ。

 残弾数∞の『死因』なんて、流石に最強格の強”個性”だと思う。

 

 普通に実行可能な範囲で、あの巨人を攻略する道筋は見えてきた。

 




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