殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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 ゴッッッッ!!!!! と。

 巨人の横薙ぎの一振りで、都心の高層ビルが何棟も纏めて崩れた。

 

 対して霊火は上空に退避しながら、パチンと音を鳴らして倒れゆくビルを『首吊り』で宙吊りにしてしまう。

 そのままくるりと指先を回せばまるで建物解体用の鉄球だ。

 見えないロープで首を括った建造物を振り子の挙動で振り回し、巨人に直撃させる。

 

「あは、やっぱり効かない!!!! そうじゃなきゃ!!」

 

 凄まじい土煙が立ち上るが、その奥で当然のように蠢く影があった。

 

 霊火はすぐさまバチバチと煌めく火花を指先で弄び、触れるものを侵食して焼き払うドス黒い赤色の粉雪を地表に降らせ始める。

 

 『凍死』+『化学火傷』+『一酸化炭素中毒』。更にそこに数値化不可能な怨念や忌避感まで存分に盛り込んだ、地獄に降る雪。

 ……こんな物を受けてしまった土地は、穢れに穢れて今後謎の不幸が発生しまくる曰く付きになってしまうかもしれない。都心だっていうのに。

 

 大空を自由に飛び回る魔法少女は本物の『死』を好き放題に振り撒きながら、その赤い瞳を爛々と輝かせて酷薄に嗤った。

 

「うっふふふふふふふふふふふふふ楽しいなあ楽しいね楽しいうれしいやっぱり戦いはこうでなくちゃ深い因縁も細かい条件も周辺被害も気にせず好き放題にやりたいことやって思考を巡らせ恐怖に晒されそれを乗り越えて目の前の強敵を打ち倒すこれだけでいい一手違えれば即死の極限の緊張感で長期戦なんてなかなか出来ないんだからもっと楽しませてよねえ遊ぼうだから遊び足りないでしょうまだ試したいことがあってまだ死にたくなくてなら必ず最後にはこちらが勝つんだから過程こそ重視しなくちゃねそうだろ分かってくれるかなそう死だよこの濃度は癖になるああだめだよ気持ちいい楽しい面白いもう美しいし全部これでいいねそう思うよねそうでしょやっぱりそう言うと思った―――」

 

 『死因』の乱用。

 禁忌。冒涜。呪詛。幽鬼。

 とにかく、生きる者が踏み越えてはいけない一線。

 

 凄まじい量の”鬼火”を一気に取り込んだ反動が露骨に出ていた。

 少女の足元からは通常の物理法則とはまるで別物の、本人ですら理解の及ばない粘つく闇がはらはらと剥がれ落ちていた。

 

 それは固体でも液体でもなく、かといって気体でもない。

 確かに目の前にあるのに、決して届かない世界の向こう側。

 死後の世界から零れ落ちた闇。いくら非科学的でもそう表現するしかない。

 

 ……元々、”鬼火”には長く見ていると精神の調子を崩すという性質があった。

 これの示すところは明確だ。やはり『死』は、人間の精神が受け入れられるようなものでは無いのだ。

 

 今となっては隠しようがないほど死の香りを濃密に漂わせる少女は、手を口元に当てて上品にくすりと嗤う。

 

 元々殻木霊火は、計算を度外視した戦闘狂の一面を持ち合わせていたはずだ。この辺りはステイン戦や、あるいは体育祭の轟戦でも片鱗は示している。

 とにかく自家生産の脳内麻薬に溺れたバトルジャンキーは対ギガントマキアを楽しんでいた。

 

 そして、時は来た。

 

 ふと攻撃の手を緩めた滞空中の死の魔女は、自分が引き起こした人工的な大災害を見て目を細めていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()を無表情で見る霊火だったが、ぶっちゃけテンションは爆アゲだった。

 

「(うっひゃあ……!!!! 霊火ちゃんちょっと天才すぎるけれど!!!!! あれが完全個人制作かつ実費190万円なんだもんな……世界中の軍事機関が泡吹いて倒れるよ……!!!!!!)」

 

 我ながら圧巻としか言いようがない。

 

 天から巨大な質量塊が青空を引き裂きながら落ちていく。強烈な光を放ちながら落ちてゆく流星は、結構本気で跪きたくなってしまうような圧倒的な絶景だった。

 こんなのはもう生物の本能に直接訴えかけてくる世界の終わりだ。白亜紀の恐竜もまたこれを見て、自らの滅びを悟ったのだろうか。

 

「(推定死者数100万人……『一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄』だっけ? ま、あの有名なセリフは戦争批判のためのものだから、文字通りの意味で一人で100万人殺した私のような存在まではチャップリンも想定してないはずだけれど……)」

 

 因みにこのセリフの原語版は、”One murder makes a villain, millions a hero.”だ 。

 ふと思い出したその内容があまりにも皮肉が利いていたため、小さな少女は思わず吹き出した。

 どうやら霊火はヒーロー側らしい。なんにしても、数は全てを正当化するのは間違いない。

 

「(それで全てを殺すと神になる……だっけ? これ誰の発言だったかな……?)」

 

「主よ……!!!!!!!!!!!!!!!! 今すぐ我がはせ参じ……!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「おっと? ターゲット外れたか?」

 

 つい数秒前までガチガチの戦闘を行っていた巨人は、馬鹿みたいに叫んで物凄く不安そうに南の方角を眺めていた。

 もう相対していた霊火の事など眼中に無いといった様子だ。直情バカ故に考えが読み取りやすい。

 そして地味に、彼が霊火を敵連合を裏切った敵だと分かっていない行動でもあった。元凶は目の前にいるのにも関わらず巨人はご主人様のいる方角を眺めているのもシュールな光景だ。

 どういう意図だかは分からないが、ドクターにしろAFOにしろ、霊火=裏切り者という情報は巨人に伝えなかったのだろう。

 

 霊火とギガントマキアが互いに停止した後数秒の遅れを伴って、ついに隕石の衝撃波が到達した。

 

「わ!!!」

 

 霊火の声が掻き消される。

 轟音と共に、衝撃波が少女の周囲を一気に掻き乱した。身体を大きく揺さぶられ、飛行姿勢を保つのが困難なほどの乱気流が発生する。

 

 高層ビルのガラスというガラスが割れ、道路に鋭利な透明がシャワーのように降り注いでいく。

 建物が軋むような音を立て、店の看板が吹き飛んでいく。

 

 激しく揺れる黒髪を右手で抑えながら少女は目を細める。

 

「(んんん……着弾点にも早めにデータを取りに行きたいなあ……鬼火も大量ゲットだし動作確認の方も……ああでも『転送』の射程には入れないし……)」

 

 正直現場には超行きたかった。研究者としての自分が心の中で行かせろと暴れている。

 ……そういえば地味に『転送』脳無をドクターから借りパクしてしまっているのだが、これはどうすればいいのだろう。

 

「主よ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 そして巨人はガラガラとビルを掻き分けながら元気に南下しだした。……霊火がコツコツと与えたダメージはどこにいったのだろうか。

 『AFO』を助けに行った彼を見て、少女はため息をひとつ。霊火には彼がなんだか大型犬のように見えてきた。

 

「ああぁ……行っちゃったぁ……」

 

 去っていく敵を見てちょっと寂しそうな響きすらも滲ませる小さな戦闘狂だが、実は霊火にギガントマキアを深追いする必要性は特にない。

 巨人が自分を狙わないというならそれに越した話は無いのだ。霊火とてマキアをここで倒しておきたい気持ちは山々だが、正直さっきから頭痛が危険な域に達しつつある。

 このまま戦闘を続行すれば何か太い血管が切れてうっかり死にそうだ。

 

「(んん……このあたりが引き時かな? 現場でちょこちょこ迎撃するだけって印象は無事に覆せた。自身が危機に陥ったら躊躇なく100万人単位で市民を殺戮しながら滅法危険な反撃をぶちかましてくる凶悪なアンタッチャブル枠には流石に入れたはず。ま、あの魔王様の事だから死にはしていないだろうし、この辺りで手打ちにしてくれたらありがたいなあ……)」

 

 ビル群を掻き分けて進撃する巨人をのんびりと眺めながら、悪女は冷静に条件を整理して行く。

 あの災害の今回の行き先は新横浜ではなく神野区。少し方角は違うが、通り道の住民は無事に避難できていると信じたいところだ。

 それにこちらは十分時間を稼いだだろう。結局クレーター圏内に入ったら避難民もクソも無いわけだし。

 

(そういえば新横浜の狙撃手、あれ誰の刺客だったのかな? なんか『AFO』っぽくないんだよねあれ……)

 

 『死因』の性質上、刺客の殺害に成功すればその鬼火から黒幕まで辿りつけたりするのだが、新横浜では殺し損ねてしまった。

 少女はボッサボサになったロングヘアを右手でかき上げ、だだ下がりのテンションで衝撃波を受けて墜落していく近くの報道ヘリに軽く視線をやった。

 

(……航空機は全滅だろうな)

 

 一瞬チクリと痛むものがあったが、それだけだった。

 ……好きな男の子の前では絶対に見せられない表情だった。

 

「あー……出久くんには悪いことしたかもな……」

 

 あの少年には『巨人を倒す』と言ってしまったが、いざ自分にターゲットが向かないとなったら追撃をかける気も起きない。

 約束を遂行できなかった事に関しては素直に頭を下げよう。こっちも十分な努力はした。

 

「んん……そろそろ適当に身を隠すかあ。出久くんの方は後から回収するとして……」

 

「霊火さん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「えっ?」

 

――――――――

 

 神奈川郊外。風俗みたいな改造和服童女とスタイルがいい女子高生のジャージ姿。

 開いたマンホールの傍でほんのり悪臭を漂わせる二人は立ち尽くしていた。

 

 地平線の先で、閃光と共に一つの都市が消えた。

 

 それを見る可憐なアンドロイドはドン引きだった。

 

「マズい……あの人もガチモードだ……」

 

「嘘でしょう!?!? あれが!?!?!?!?! あんなのが貴方の造り主の攻撃だというんですか!?!?!?!?! そもそも人の攻撃なんですかあれは!?!?」

 

「……『Amaryllis』。……ヤバい……あれには勝てるとか勝てないの話じゃない。もっと大きな括りで……あ、あれ?」

 

「どうしましたか!!?!?」

 

 スリットの入った和服の裾が風に揺れる。

 鬼は、頭を手で抑えて一歩二歩と下がると、叫んだ。

 

「……記憶を消されて……いや違う!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! マズい……『創造』ちゃん、お願い離れて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「ふうかさん!?!?!?!?!」

 

 鬼の童女の体が、高圧電流にでも貫かれたかのように揺れた。

 痛みが存在しないはずのアンドロイドから短い悲鳴が漏れる。金色の瞳にジジザザッッ!!! とノイズが走る。

 

 そして目の色がギラリと、輝く赤色に切り替わった。

 

 がくりと肩を落として完全停止するアンドロイドに、八百万はおずおずと手を伸ばす。

 

「ふ、ふうかさ」

 

 ぎゃりん!!!!!! と、激しい切断音と火花が響いた。

 八百万の背後にあった道路標識やガードレールが纏めて切り飛ばされ、八百万の頬に赤い線が走った。

 

「どうしましたか!?!? 答えて下さい!!!!!!」

 

「しょ、『初期化』……? 『創造』ちゃん、『ふうか』はすぐいなくなる!!!!!! お願いだから早く逃げて!!!!!!」

 

 童女は、糸で操られた人形のようにゆらりとこちらへと体を向け直した。

 

「え……?」

 

 事態に追いつけない八百万の声が漏れる。

 童女の腕が、ゆっくりと、伸びる。

 

 ぎゃりん!!!!!! と再度、鋭い切断音が響く。

 八百万は反射的に脇腹を抑える。服の下でじわりと生温かい液体が滲んだ。

 

「な………!?!?」

 

 見えない。

 攻撃の正体が見えない。どんな”個性”かも、自分が何に切り裂かれていているのかも分からない!!!

 

「……大丈夫ですふうかさん……!!! 私が、どうにかしてみせます!!!」

 

「そ、それって私の名前? ごめん無理だと思う……!!! 既に初期化は殆ど終わってる……!!! 私は今からあなたに襲い掛かる!! そして私のスペックは、()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 じゃこんと乾いた音と共に、童女の小さな手の中に拳銃が生成された。

 

 日に照らされた銃身が不吉な輝きを放つ。八百万でも見ただけで分かる。重厚感が違う。

 これは本物の拳銃だ。間違いなく。

 

 そして八百万は信じられない気持ちだった。それは彼女の良く知る現象だった。

 ヒーロー志望の女子高生は震える声で、言った。

 

「……『創造』? うそ……でもどうやって……?」

 

 八百万の血の気が引いていく。

 その銃口がゆっくりとこちらを向く。

 童女の華奢な手首に似合わない重々しい存在感を放つ銃火器が、鈍色に光っていた。

 

「…………………………あ~ああ……めんどうくさいなあ……」

 

 [Class3:cannibalism]セットアップ完了。

 奇妙に間延びした口調で、鬼の童女は嘯いた。

 

「しょうがないなあ…………………………目の前の敵を……排除しますう……けれどお」

 

「ふ、ふうかさん!!!!!!」

 

「……それってだあれ?」

 

 童女は、心底不思議そうに首を傾げた。

 ぱんっ!! と乾いた音があった。

 

―――――――――

 

(ああ、なるほど。電波が繋がらないから焦ったけれど。地下道でも歩いていたのかな? ま、林間合宿前ぐらいまで巻き戻して……)

 

 

――――――――

 

「あ、あれえ? 出久くん? 何でその……えっと……待って『浮遊』!?!?!?」

 

「霊火さん!?!? だ、大丈夫!?!?」

 

「大丈夫も何もちゃんと無傷だよ私……なんか隕石が墜ちてきて私も何が何やら――」

 

 『浮遊』を駆使してビルからビルへの高速移動し地上を埋め尽くすギャラリーたちを跳び越す形で何とか霊火の場所に辿り着いた緑谷だったが、彼は未だ混乱のさなかにあった。

 

 まずあの隕石はなんだ?

 遠目にあの巨人がまた被害を広げているのが見えたが、何で霊火を追いかけていないのだ?

 ……地味に”あの”緑谷出久が、ここまで民間人に被害が広がっているにも関わらず殻木霊火の安全確認を優先するという結構な異常事態が発生しているのだが、とにかく少年は霊火の姿を見て目を潤ませて喉を詰まらせた。

 

「…………………………ごめん霊火さん。何も知らなくて本当にごめん」

 

「え、私ってもう死んでたりする?」

 

 キョトンとした顔の霊火だが、緑谷から見たらもう全てがおかしかった。

 

 明らかに擦り減っていた。

 命とか魂とか精神とか、とにかく目には見えない大切な何かが。

 

「クソッ……!!!」

 

「ど、どうしたの出久くん……? 本当に怖いんだけれど。私もしかして自覚がないだけのトリアージの黒だったりする……?」

 

「……いやっ、いい。霊火さんが無事でよかった」

 

 緑谷は頭を強く振った。

 

 後悔も悔恨も、ありとあらゆる無用な感情と思考を振り払い、無理やりに意識を再起動する。

 南方向に視線を向ける。滅茶苦茶に破壊された街並みの向こうで何かが起きているかを思い起こす。

 今は助けを必要としている人がいる。霊火の他に。

 

 緑谷出久は大きく息を吸い、霊火に質問した。

 

「あの巨人は?」

 

「なんでかは知らないけれど隕石の落下地点へ。ついでに私へのマークも外れたっぽいけれど……」

 

「分かった。それじゃあ僕は皆を救けに行かなくちゃいけないから。霊火さんはここに残っててくれる?」

 

「……私これで終わりとは限らないんだよね。また別の刺客が来る可能性も全然あるというか……私不安だなあ……? ねね?」

 

 少女は意地悪く、上目遣いで。

 答えのない難題を突き刺した。

 

「私のことは、助けてくれないの?」

 

 少年は、首に薄い刃物を突きつけられたかのような顔をした。

 

 ……霊火を守れば市民を見捨てることになり、市民を助ければ霊火を見捨てることになる。

 大前提として、緑谷出久に助けを求める市民を見捨てるという選択は無い。

 こればかりは絶対に。何があっても、()()()()()()()

 

 しかし緑谷は、霊火に『次は必ず守る』と約束してしまっているのだ。

 更に今となってはUSJの時のように霊火に助けを求めるという選択肢も事実上存在しない。あの“個性“の副作用を聞いた以上、既に極めて様子のおかしい霊火に手伝わせることは出来なかった。

 

 大層可愛らしい女の子に非常に難しい選択を迫られて思考のデッドロックに陥った緑谷は、ヒュッと言葉に詰まった。

 

「でも助けに来てくれてありがとうね? 私うれしいなあ……」

 

 一方の霊火は、想い人が自分の元に駆け付けてくれたということだけでとってもご機嫌だった。

 

 なにしろ自分の元に来るために『浮遊』まで発現してくれたのだ。滅茶苦茶嬉しいに決まっている。

 しかも彼がここにいるというのは、道中に少なからず存在したはずの被害よりもこちらの安全確認を優先してくれていると言うことでもあるのだ。

 

 そういう意味では、この喜びは少し後ろ暗い。

 女の子というのは自分を優先してくれる男の子に弱いものだが、あのミスター博愛主義の緑谷出久に自分を優先してもらうというのはまた強烈な劇薬だ。

 

 ちょっと癖になりそうだった。

 

(……ま、大方【橋姫】ちゃんが何かゲロったな? 新横浜で足止めされている彼に意地悪する過程で“個性“の副作用でも吹き込んで遊んでたんでしょ? それで奮起した彼が“個性“発現というのが一番ありえる流れかなぁ……)

 

 【橋姫】は自分のコピーであるため行動が読みやすい。『私だったらこうする』で大体分かってしまう。

 そう考えると、緑谷がどうしてこんなに絶望的な表情をしているのかもなんとなく読み取れた。

 

「あー……なるほど? 私もしかしてよっぽど酷い顔してる?」

 

「霊火さん……ごめん、本当にずっと知らなくて……」

 

 極めて上機嫌な霊火は、片想い相手に逃げ道を提示してあげることにした。

 ……少年が自分を思って悲壮な顔をしてくれるのも悪い気分ではないが、やっぱり彼には笑っていてほしい。

 

「ああもうそんな泣きそうな顔しない。今回も私は貴方に付いていってあげるから……おっかしいな逃げるつもりだったけれどな……?

 

「でも霊火さんこれ以上は……!!」

 

「貴方を一人で現場にやったら不安で死んじゃうよ私」

 

―――――――

 

 神野区に落ちた5つの隕石は、少なくとも最初の瞬間においては地上に大きな被害を与えなかった。

 ガラス化したクレーターの中で散らばるように落下していく金属塊は、地表との衝突直前に重力そのものを否定するかのようにふわりと宙に浮かんだのだ。

 

 次の瞬間、金属塊の表面がぼこりと泡立った。

 真っ黒の金属光沢を持つ泡が、そのままボコボコと指数関数的な速度で増殖していく。

 

 瞬く間に直径7キロにも及ぶクレーターの内部が、この異質な泡で満たされた。

 

「ドクター、これは?」

 

 『エアウォーク』で空中に浮かびあがり地に満ちるどす黒い泡から離れながら、魔王は声をかけた。

 ハイエンドたちを”個性”で吊り上げながらも手元の端末に目をやるが、返事は返ってこなかった。特に期待もしていなかった魔王は軽く息をついて周囲を見渡す。

 

 ぼこぼこ、ぼこぼこ——と、不気味な音と共に黒い泡の湖が蠢き続ける。

 『AFO』が少し見ている間に、漆黒の泡は狂気じみた速度で増殖していく。

 

 ぼこぼこと音を立てながら、泡が金属の海から伸び上がって人工構造物のようなシルエットを形成し始める。

 パイプが伸び、煙突が立ち上がり――――

 

 パチン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 

 泡が弾けた。

 

「……これは凄いな」

 

 魔法のようだった。

 気が付けば『AFO』は、()()()()()()()()()()()()()()()。クレーターなど痕跡すら残っていない。

 

 ボイラー、配管群、金属の骨組み、照明設備。泡の中で完成されたパーツが具体的な形を持って現実世界に生成される。

 

 最後の泡が弾ける頃にはそこにはもう泡の痕跡は残っていない。

 代わりにまるで長年そこにあったかのような巨大な工業地帯が完成していた。スチームを吐き出す煙突群、うねる配管、金属の輝きを放つ施設群——既存の工業地帯のようで何もかもが違う、異形の産業景観。

 

「なるほど。あの『ドクター』の愛娘なわけだ」

 

()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 独り言に返事が返ってきた。

 

 魔王は咄嗟に声のした方向へと『鋲突』を放つ。

 黒い爪先が刃となって空間を切り裂く。……攻撃は明らかに直撃したにも関わらず、指先からは何の手応えも返ってこなかった。

 

『残念でした。そろそろボケが始まったかな魔王様?』

 

「なるほど。スピーカーやらプロジェクターやらで『赤外線』を騙し、僕が君がそこにいるように偽装しているのか。これは一本取られたな」

 

『こっちから見たら虚空に向かって攻撃する人で中々シュールなんだけれどね。大丈夫? 精神科に行った方がいいんじゃない?』

 

「ははは、君の父親が言うには全く問題ないようだよ?」

 

『それ医者の方もボケてない?』

 

 魔王の主観では殻木霊火はそこにいる。

 少女は連絡通路に腰かけてくすくすと嗤い、明確にこちらを見下してきていた。

 

 『AFO』の額に青筋が立つ。それを見た霊火は薄っすらと目を細めた。

 

「……明日があると思うなよ殻木霊火」

 

『黙れよ黒幕。主導権はこっちにあるんだよ? 私が『崩壊』の由来を言い触らすだけで、貴方のプランが全崩壊することが分かっていらして?』

 

「それが致命傷になると思っている時点で周回遅れだよ殻木霊火。そしてまさかとは思うが、マキアを差し向ける程度が僕の本気だと思っているのか?」

 

『ふうん、だけど困りはするでしょう? リスクを負ってでも、私を殺したいと思うぐらいには』

 

「……『死因』、本当に面倒な”個性”だよ。君はその短い人生で、世の中知ってはいけない事がたくさんあると気が付かなかったのかい?」

 

『私も見ちゃってから後悔したよ。それに奪うにも結構デメリット多めだもんね、この”個性”』

 

 少女がパチンと指を鳴らすと、静寂に包まれた工場に命が吹き込まれた。

 

 無数の機械音が重なり合って、甲高い金属音が夜空に響き渡る。エンジンが轟音を上げ工業地帯全体が脈動を始める。

 遠方では黒い泡が更なる増殖を続けて巨大なクレーターをドーム状に覆い尽くしていく。

 機械群は際限なく増殖を続けて新たな構造物を次々と生み出していく。パイプが伸び、歯車が噛み合い、配管が蛇のようにうねる。極めて異常な工業地帯は、刻一刻とその規模を拡大させていった。

 

『そもそも、貴方がここから逃げ出せると思っているんだ? その傷だらけの身体で』

 

 ガガン——と、20基もの工事現場用の大型ライトが一斉に点灯された。

 強烈な光がAFOの姿を照らし出す。スチームの噴出音、金属の軋む音、エンジンの唸り——それらが交錯する中、近未来的な工業都市がその全機能を解放しようとしていた。

 

「……隕石は全て、この工業都市を造り出すための布石だったと? この都市を造り出すために邪魔だったから、一気に吹き飛ばした。それだけなのかな?」

 

『死ぬほど面倒な立ち退き交渉なんてやってられないでしょう? それを実行するだけの力があって有象無象の反撃を躱すだけの手段があるなら、有無を言わさず鏖殺して土地をまるっと奪い取る方が遥かに簡単で確実だもん』

 

「はは……やっぱり君は(ヴィラン)だ。ところで君が殺した100万人について、かつて飛行機事故で心を痛めた君としては何か思う所はないのかい?」

 

『特に何も? え、貴方もしかして『支配され、恐怖する者がいるからこその魔王』だとか言うタイプだったりする? この手の大量虐殺は趣味じゃなかったり?』

 

「……ああやっぱり。()()()()()()()()()()()()。君はその”慣れ”を”成長”と思っているのかもしれないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。分かるかい? 今の君は怖くない。捨ててはいけないものを捨てたね?」

 

『ご忠告どうも。……あ、そういえばで聞いておくんだけれど、新横浜の狙撃手って貴方の刺客?』

 

「いいや?」

 

『うあ~……そっちは別枠? また面倒くさい事になってきたなあ……』

 

 霊火は、脚をぶらぶらさせながらげんなりした声を出す。

 そして少女は、指先をくるりと回した。

 

 工場全域が一斉に唸りを上げる。

 

 無数の銃口が壁面から現れ、毒ガスの噴出口が開き、電波砲のアンテナが展開、音響兵器のスピーカーが姿を現す。光線銃を持ったロボット兵の軍団が現れ、様々な大型自立稼働兵器が起動する。

 次世代兵器の数々が凄まじい破壊を引き起こす。レーザーが閃光となって走り、プラズマ弾が青い軌跡を描き、粒子ビームが虹色の光芒を放つ。

 

 魔王はその全てを片手間に弾き飛ばし、退屈そうに肩をすくめた。

 

「それで? 心なき機械でこの僕を討ち取れるとでも?」

 

『うるさいなあ戦闘用じゃないんだよこれ……でも趣味に走り過ぎたかも。というかSFが好きすぎるだろあの人……』

 

「……もしかしてだが、昔ながらのスペースオペラみたいな兵器が多いのは殻木霊火の趣味なのかな?」

 

『あれ、貴方って映画とか観るんだ。コミック派だと思っていたけれど』

 

 ――――――――

 

 『創造』『半冷半燃』『金属操作』

 これら3つの"個性"を融合させた究極の機械が、[Class6:paternalism]だ。

 

 分かりやすく言うと、この”個性”機械は「全てを創造する」ことが出来る。

 その能力は自己複製すら可能なレベルで、現在その最大勢力は地球軌道上に位置している。

 そして地上に投下された"金属塊"も、完全なる機能を有した”本体”だ。

 

 その真価は『文明の復元』にある。

 荒廃した大地にビルを建て、道路を敷き、発電所を設置し、学校を建設する。

 労働力さえも創造可能で、そのエネルギーは決して尽きない。人類を”労働”から解放する事さえ可能とする、殻木霊火の最高傑作。

 

 特筆すべきポイントとしては、この機械は保存されたDNAサンプルからクローン技術の応用で人類そのものを再生することすら可能とするところだ。

 

 つまりこれは、人類が滅亡した後でさえ文明を完全に復活させることが可能ということでもある。

 その気になれば月面や火星にも人類の居住地を建設できる可能性を秘めている。

 

 だからもう大丈夫。

 人類なんて、もう滅んでしまってもいいのだ。

 

 

 

 …………………………問題があるとすれば、この手の”弱点のない夢の技術”には往々にして何かしらの落とし穴があるところだ。

 人類史を少し調べるだけでも、『間違い』はいくらでも見つかる。水銀が含まれた薬や鉛の酒、石綿が含まれた建築物、核エネルギー全般あたりが代表例か。

 つまりは霊火の”個性”機械にも、何か洒落にならない弱点が隠れている可能性が霊火ですら否定できないのだ。

 

 そう。例えば『”個性”因子は劣化するため、10年後には動かなくなる』と10年後に発覚するとか。

 その時には人類は、既に自力で文明を維持する手段を失っていた、とか。

 




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