身を小さく縮めながら人目を避けるように裏路地を進む一つの影があった。
全体的にコソコソ怪しいその人影の正体は、緑谷出久だった。
「ああもうどうして…………本当にあの人は……!!」
挙動不審を極めた少年は時折携帯の画面を確認するが、相変わらず電波は掴めない。
足音を最小限に抑えながら路地から路地へと移動していく。人の気配がする度に身を隠し物陰に身を寄せる。時折聞こえる車のエンジン音や人々の話し声に神経を尖らせる。
基本的にヒーロー志望の善人組である緑谷が素人のコソ泥みたいな事になっているのには理由がある。
「全国指名手配……!! 一体何が……!!?!?」
つまりはこう言う事だった。
殻木霊火が自首した池袋警察署だが、7時半ごろに死者多数の大火事を起こして焼失。
その最重要容疑者として、殻木霊火が指名手配された。
そして殻木霊火最大の友人として全国的に名が知られてしまっている緑谷出久も、またプロヒーローや警察の監視対象に入ってしまったのだ。
(……確かに僕も”個性”の無断使用はしたけどさ……)
因みに緑谷に話しかけてきた警察側の大義名分はこれだった。
この法令には保須でステインと戦った時にも痛い目に遭わされた。少しは融通が利かないのかとは正直思うが、まあ大人たちの仕組みとはそういう物なのだろう。
それに今回ばかりは警察の説教をおとなしく受けている場合ではない。
警察は、殻木霊火に敵対的な行動を取るという事の恐ろしさを分かっていない。
当然、警察からは逃げの一択だ。今の霊火の危険度を正確に把握しているのが自分しかいない以上、自分が行動しなければいけない。
社会の平和のために捕まっている場合ではないのだ。
「誤報……ってことは無いかなあ……霊火さんだもんな……」
片想い相手に酷い見方をされている霊火だったが、こればかりは自業自得だった。
……本人は否定するかもしれないが、緑谷出久の知る霊火はあれでいて義理堅い。
絶対に約束は守るし、受けた恩も忘れない。
誰かに助けてもらったら必ずそれ以上のものを返す。そういう高潔な所が霊火にはある。
だから誠実に優しく接する分に関しては、霊火ほど無害な人もそうそういないのだ。
……だからこそ霊火にお世話になりっぱなしの緑谷は、彼女に対しての借金が返済不能な額に達しているのではと気が気じゃないのだが。
最近だと特に印象的だったのは、霊火の職場体験先のBMIヒーロー『ファットガム』への扱いだ。
霊火の職場体験といえば四方八方から死ぬほど怒られたステイン戦だが、その件でファットガムには相当な迷惑をかけたことを霊火は非常に気にしていたようだ。
最も、この件について霊火が彼に返せるものは無かったらしく霊火は結構長い間しょんぼりしていた。
だからこそだ。
『殻木霊火、逮捕』というテロップをスマホで見た時には嫌な予感がしたし(書類送検と拘留措置はどこに行った……?)、『被害情報不明、殻木霊火全国指名手配』というニュースを街中の大型スクリーンで見たとき、緑谷は素直にマズいと思った。
霊火には申し訳ないが心配しているのは霊火の方ではなく、警察の方だ。
……受けた恩を忘れないという事は、受けた仇も忘れない事の裏返しでもある。
あの人は、自分に牙をむいてきた相手には本当に容赦がない。
緑谷も友人としてそういう噂は時々耳に挟んだ。教科書に落書きされたからという理由で女子学生の鼻を蹴り折って前歯をレンチで全て引っこ抜いたというあの逸話は、多分あんまり盛られていない。
あの苛烈さは許す許さないとかそういう次元じゃない。やられたらやり返すという行動が条件づけられていて、それに従っただけという印象だ。
そして何というか、霊火の”仕返し”は明らかに行き過ぎているのだ。
確かに受けた恩は3倍にして返してくれる人ではあるが、受けた仇は3を足して5を掛けた後2乗する感じで膨れ上がっていく不均衡さが彼女にはある。
もしかしたら霊火の中では統一したルールが走っているのかもしれないが、とにかく今の状況はマズかった。
なにしろ林間合宿から『ギガントマキア』撃退まで、緑谷は霊火の行動を間近で見てきた。
その中で彼女は一切の悪事を働いていない。霊火は基本的に降りかかる火の粉を払っていただけで、巨大敵とも対峙してくれたりと善行を重ねてきた。
しかし今、警察によって彼女は『敵』として扱われている。
これは致命的だ。霊火は必ず仕返しをするし、おそらくその規模は警察組織を完全に叩き潰すといったクラスになる。
そもそも緑谷がこれまで霊火への疑心を慎重に隠してきたのは、彼女の並外れた能力を危険視していたからだった。
そしてその危惧は現実のものとなってしまった。
「す……すみません!! ちょっと通ります!!!!!」
「は? 押すなよクソガ…雄英の緑谷!?!?」
人ごみを掻き分けて裏路地から開けた場所に出ると、そこには大勢の人だかりがあった。
そこにあったはずの警察署は完全に焼け落ち、黒焦げとなった建物の骨組みだけが無残な姿を晒している。
「…………ゥ……あ……」
頭が真っ白になった。状況があまりにも最悪すぎて意味ある言葉が出てこない。
ここは、数時間前のニュースで霊火が自首したと報じられた建物だ。
今では消防車のサイレンと未だにくすぶる炎への放水の音だけが響いている。
意味するものは単純だ。『警察に自首した霊火がこの建物を焼き払い、逃げ出した』に違いない。
鼻腔が強い焦げ臭さで満たされる。
建物の骨格となっていた鉄筋コンクリートの柱だけが、黒々とした姿で残されている。
「…………………………?」
一瞬、強烈な違和感が頭をよぎった。
……もちろん、状況はこれ以上ないほど最悪だ。
霊火が自首したはずの警察署は完全に焼け落ちて、多くの死者が出た。
何しろこんもりと盛り上がったブルーシートがそこかしこに置かれている。
中身が何かなんて簡単に予想が付く。何しろつい一週間前に霊火が大火傷を負った時と同じ匂いが、あの中から漂っているのだ。
……こうなってしまうと緑谷も、霊火の味方ではいられない。
だってあの焼死体の殆どは霊火の事件に直接関係しない普通の警察官のはずなのだ。このような暴虐が許されていいはずがない。
だから緑谷は、霊火を何としても止めないといけない。
親友として霊火に、罪を償わせなければならない。
「……………………………………………………待てよ?」
何かがおかしい。
先入観を捨てろ。自分は、どこから間違えている?
テレビのニュースでは、この焼け落ちた警察署は霊火による大量殺人として報じられていた。
実際に火災現場を見た後でも、確かにその通りに見える。
焼け落ちた警察署、多数の死者、現場に残された痕跡、十分すぎるほどの動機。
取調べ中の霊火が何らかの理由で激昂し、警察署を丸ごと焼き尽くした。そう考えるのが圧倒的に自然だ。
ここまでは間違いない。
「………………………………………………………………………………本当に?」
確かに霊火の”個性”『呪い火』の対物火力なら、この警察署を丸ごと焼き払う事自体は可能だ。
だが、やっぱり絶対におかしいのだ。
『呪い火』の対物性能は、加減が利かない。
その中でも『焼却』軸。
あの系統の鬼火は物理的に灰にならないはずの金属塊を灰に変え、塵にしてこの世から消し去る能力だ。
なのに骨組みが焼け残る? 燻る炎?
それは流石に『呪い火』を舐めすぎだ。
あの”個性”は、”焼け残り”をそもそも残せない。そう言う意味で意外と応用が利かない”個性”なのだ。
ここから導き出される結論は一つだ。
「『
感情の大波に揺れる心を封じ込めて、冷静に頭の中で情報を整理する。
霊火が犯人ではない。そんな安易な楽観に思考を支配されたらおしまいだ。
何故なら、これはこれで全く別の大問題の発生を意味するからだ。
「……じゃあこれをやったのは誰で…………」
『その可能性』に気が付いてしまった緑谷の血の気が引く。
緊張のあまり呼吸が浅くなる。胸が締め付けられるような感覚。物凄い量の冷や汗が背中を伝う。
そもそもだ。
元をたどれば霊火が警察に頼らなかった理由は、現在位置が敵にバレて襲撃を受けることを嫌ったからだった。
その上で『殻木霊火が自首』というニュースで池袋警察署を見た敵連合が、そこに刺客を放つ可能性は当然想定するべきだったのでは?
その上でこの火災現場を見ると、これまでとは全く違った情報が見えてくる。
……思い返してみると霊火の左腕を奪った敵は、この手の炎熱を得意としていなかったか?
普通に考えて犯人は、霊火ではなくその男なんじゃないのか? そいつが霊火のいる警察署を狙って放火したのでは?
ところで、
その上で、だ。
「…………………………霊火さんは…………………………どこにいるんだ…………………………?」
『霊火が警察署を焼き払って逃亡中』という最初の情報に巨大な疑惑が生じた。
霊火がこの警察署を焼き払った犯人ではない。
……この火災は、霊火にも等しく牙を剥いたはずなのだ。
生存者はいなかったという報道が、また違った形で少年の心に重くのしかかる。
そもそも霊火は、本当にこの火災現場から逃げられたのか?
もしかしたら霊火はまだ”ここ”にいて、警察が”それ”の正体に気が付いていないだけという可能性も普通に存在するのでは?
だいたい、霊火は無事なのか?
痺れた思考を回し続ける緑谷出久の視線が。
ある一点に吸い寄せられる。
そう、例えば。
ギガントマキアの被害で回収が追い付かないそれらを、人の目から隠すために被せられたブルーシートの。
その下で。
「ぅぷ」
8月。熱帯夜。
噎せ返るような死臭に耐えきれなくなった緑谷出久は、吐いた。
――――――――
緑谷出久は殻木霊火と仲が良すぎる故、霊火の企みを真正面から見抜いてくる可能性があった。
だから対策した。まず、
「ん~、ちょっと趣味が悪すぎたかなあ。出久くんもあんまり酷いトラウマにならなければいいんだけれど……」
今も普通に生きている霊火は気軽なものだった。
ぶおーーーんと、借り物のドライヤーの音が普通のマンションの一室に響く。
霊火が呑気に髪を乾かすこの一室もこれから2時間後には霊火とホークスの交戦で廃墟と化すことになるのだが、そんなホットスポットも今はごく普通のワンルームマンションだ。
部屋の主である女子大生はダウンさせた。後で殺す。
生活感のある一室には教科書や雑誌が散らばり、壁にはバンドのポスターが貼られていた。
指名手配中の霊火はシャワーを浴び終えて黒髪から水気を取っていた。つまりはその位の余裕があった。
洗面所の鏡は、侵入者の手で割られていた。
長い髪を乾かし終えた少女はため息を一つ。大きな意味を持つ独り言を、誰にも聞かれることなく放つ。
「まあ、結局警察署を焼いたのは私なんだよねえ……『呪い火』を使わず自作の自立兵器に襲われるだけで、犯人像は見えなくなっちゃうし」
『検死官』
単純な調査はもちろん、創る捏造も消す隠滅もこなす暗部の専門職。
そういった殺人現場の演出を得意とする霊火にとって、自分を容疑者リストから外すことなんて朝飯前だ。
因みに今回のセットアップは『一見霊火が犯人の様に見せかけて、実は別の人が犯人だった』という基本的なものだ。
そして『肝心の霊火は料理下手のサンマ料理みたいな感じでいい感じに判別不可能になって、ブルーシートの下で腐り始めているのだ!!』と思考が繋がるように整えてある。
つまり今回の火災現場は、非常に霊火好みの激熱セッティングなのだ。
とはいえこれを緑谷に突き付けるのはちょっと可哀そうだとは思うが……。
「まあこの手の悲惨な現場も、プロヒーローを目指すなら遅かれ早かれ直面する問題だもんねえ……」
自分の顔が見えない状態でのメイクに四苦八苦しながら、霊火は忘れられない体験をこなしているであろう緑谷に想いを寄せる。
テレビなどに映る煌びやかなイメージが先行しがちだが、プロヒーローは職務上強いグロ耐性やパニック耐性が必要とされるハードな仕事でもある。
……今回の場合はどちらかというと、所謂『ご遺体の確認をお願いします』のあれに近いかもしれない。大規模な災害やテロが起きた時に発生するイベントで、結構な割合の遺族がトラウマになる例のあれだ。
(まあ出久くんの足止めはもう一段構えてあるしこれで十分かな。……やだ、私って意外と鬼教師なのかも)
緑谷出久は無力化した。
霊火に言わせれば、彼にはまだまだ修行が足りない。
彼が霊火型のスーパー頭脳犯と対峙できるようになるのはまだまだ先の話だ。
逆に言うと、いつかは霊火のような怪物にも真っ向から頭脳戦が出来るように育て上げるつもりはあるのだが……。
――――――――
市民の悲鳴と極大の破壊音が響き渡る地獄。
パアンッ! と、かなりの遠方から銃声が響き渡った。
「!!!! 嘘だろ……!?!?」
上空にてぐちゃぐちゃにかき回される街と戦っていたホークスは信じられない思いだった。
公安委員長に持たせていた『剛翼』の羽を通じて会話内容が伝わってくる。
「最初からそっち狙いだったのか!?!?」
霊火の位置が判明する。警護対象の目の前だ。
これだけでも最悪だが、伝わってくる悲鳴と会話内容とから既に公安のトップは撃たれたらしい。
しかも、これまでの戦いは全て片手間だったらしい。
確かに全体的に攻撃が大雑把で雑だとは思っていたが、本命とボディーガードを引き剥がすための牽制の一手に過ぎなかったという事だ。
……この大殺戮にそれほどの意識しか割いていなかったという事実に戦慄が走る。
ホークスの中で、ただでさえ高かった霊火という存在の危険度が一気に跳ね上がった。
「たいがいにせいよ殻木いいいい!!!!」
速すぎる男は一気に加速する。
わずか30秒。その短い時間でホークスは目標を捉えた。
夜の闇を通してトップヒーローの鋭い視線が二つの人影を捉える。
霊火が公安委員会会長に銃を突きつけている光景を認識した瞬間、ホークスは吼えた。
「させん!!!!」
赤き翼から薄くて軽い羽根が何枚も放たれる。
刃となった羽は真っすぐと飛び発射から1秒もかからずに目標に到達するが、その直前に少女の手の中に燐光が揺らめいた。
『見えてるよ~?』
「……っ!!」
爛々と揺れる眼差しがびたりと空中のホークスを射抜いた。
インカムが繋がると同時に、少女の足元から巨大な炎が立ち上がった。
橙色の炎が渦を巻きながら上昇し、ふわりと少女の周りを包み込んでいく。
直後ホークスの放った鋭い羽が濃密な炎の壁に突き当たる。高温の渦に巻き込まれた羽は一瞬で焼け焦げ、少女の柔肌を食い破ることなく無力化された。
超高温のカーテンに守られた少女が軽く指を鳴らすと、黄色の鬼火が超高速で上空のホークスを狙って飛翔する。
ホークスは咄嗟の判断で『剛翼』の羽を数枚操る。
超人的な技量で飛んでくる鬼火に羽を”合わせる”と、中空で鬼火の直撃を喰らった羽はコントロールが効かなくなり、不自然極まりない挙動で地表に落ちていった。
ホークスの背を冷汗が伝う、……おそらく、上空であれに当たったら一発で即死する。
続けて霊火を包む炎の渦がゆらりと形を変える。
纏まっていた炎が一気に拡散し、具体的な方向性を持った高エネルギーの塊が風となって上空を薙ぎ払う。
範囲が広すぎる。大気そのものが歪むほどの熱量を孕んだ熱風が夏の夜空をまとめて制圧しにかかる。
「チッ!」
ホークスは瞬時に攻撃範囲を見切る。
高度を一気に落とし重力による加速を最大限に活用。位置エネルギーを運動エネルギーへと変換して一気にスピードを上げていく。
その経路上に大量にばら撒かれた燐光を必死に処理するホークスのインカムから、再度澄んだ声が響く。
『相性』
(クソッ……)
短く区切られた端的な言葉に、トップヒーローは歯噛みする。
こうやって直接接敵する前から薄々感じていたが、実際に攻防を交わした事で確定してしまった。
『剛翼』の最も苦手とする炎熱を操る性質に、『落下』による絶対的な対空性能。
飛行のアドバンテージを帳消しにする高射程っぷりに対物性能の高さに物を言わせた力押しの質量攻撃。
”羽”が対物ルールに引っかかってしまっている事も含めて、信じられないぐらい不利な相手だ。
そんな単語さえ思い浮かべてしまう。
空中から猛禽のように急降下するホークス。
凄まじい速度で地上へと迫る男の眼光が、霊火の赤い瞳と交錯する。
『だから見えてるよ?』
(!!!! 目が良いのか!?!?)
闇夜の戦い。
超高速移動を行うホークスをびたりと追従してくる赤い視線に背筋が泡立つヒーローだが、今更泣き言は言ってられない。
霊火の周囲に無数の鬼火が出現する。
不吉に明滅する青白い光が舞い、空を飛ぶ男を四方八方から狙い撃つ。一つ当たればそのまま墜落死だ。
「くっ!」
ホークスの動きが更に研ぎ澄まされる。
超高速の思考の中で僅かな隙間を縫うように鬼火の群れを強引に突破し、風切羽を逆手に構える。
遠距離の打ち合いでは完全不利。ならば近距離戦一択。
実際、あの矮躯では素手での近距離戦などまともにこなせないだろう。体育祭での映像でも霊火のトーナメントでの敗因は増強型”個性”のインファイトだったはずだ。
急降下を続けるホークスに向けて、青白い鬼火、灼熱の炎、目には見えない衝撃波といった霊火の遠距離攻撃が次々と放たれる。
対するヒーローは体を最小限に捻って羽根を精密に制御し、全ての攻撃を回避。両者の距離が縮まっていく。
ホークスは叫ぶ。
「大人しくしろ!!!!!!!!」
『
ギョッとした。
この女は、何故その名前を知っている!?!?
緊張と混乱で狭まる視界の中央で、少女が左手で拳銃を構えた。
銃口を向けられたホークスは反射的に射線上から体の軸を逃す。
銃火器程度は無意識のうちに避けられなければ、この”個性”社会の空は飛んでいられない。
そして一瞬遅れて乾いた銃声が鳴った。
少女の酷薄な笑みを見たホークスは、自分が何か致命的な判断ミスをしたと悟った。
余裕をもって回避したはずの銃弾が、何もない場所でがくんと軌道を変える。
9ミリの金属がホークスの脇腹に突き刺さった。
――――――――
「安心してください!! もう大丈夫です!!」
「で、『デク』!?!? ……っ痛!! ちょ、え、ありがとうだけど大丈夫なのかい!?!?」
「大丈夫です!! あちらに避難所があるのでそこまで連れて行きます。歩けますか?」
結局のところ、緑谷出久は緑谷出久だった。
流石の緑谷も、ブルーシートを一枚一枚捲って一番の親友を探すことは出来なかった。
ただ、極めて激しい精神的重圧の中で追い詰められた彼のとる行動は、結局人助けだった。
警察の追跡を無意識に躱してギガントマキアが暴れた現場に戻り、瓦礫の中から人々を救出する。
救助を手伝い避難誘導をし、怪我人の手当てを行って犠牲者に手を合わせる。
服は埃と汗で汚れて手には無数の擦り傷。顔には涙の跡さえあったが、それでも彼は周りの人を安心させるために笑っていた。
皮肉にも救助される人々に向けられる温かな微笑みは、この混沌とした状況の中でちゃんと希望の灯火となっていた。
現場で活動するプロヒーローたちは緑谷を取り締まろうとはしなかった。
管轄の違いなのか単に情報が伝わっていないのかはたまた人手が足りていないのか、彼らは緑谷の救助活動を黙認していた。
放心状態とも言えるような精神状態で、緑谷は救助活動を続けていた。
……逃避行動が”これ”なのは緑谷出久の善良さの証明ではあるのだが、事態は彼の心の回復を待ってはくれなかった。
霊火が最後に手渡してくれた首輪から鋭い警告音が響いた。
「!?!?」
本能的に反応する。
意識が追いつく前に、咄嗟に横に跳んだ。
その直後、鋭い発砲音が響いてすぐ傍のアスファルトに火花が散った。
緑谷出久の意識が再起動する。驚愕の表情で辺りを見回す少年は切迫した声で叫ぶ。
「新横浜の……狙撃犯!?!?!???!?!?!?」
間違いなく自分狙いの狙撃に動揺する緑谷だが、恐怖している暇はない。
緑色の火花を散らしながら頑丈な建物の裏に飛び込む少年の後を追うように、新たな弾痕がアスファルトに刻まれた。
(霊火さんは公安の仕業って……あれ結局なんだったんだ……!?!?)
今の今まで頭からすっぽ抜けていたが、霊火の『狙撃手の依頼者公安仮説』はまだ生きている。
その上で、緑谷出久は信じられない気分だった。
(今更僕を殺すことで何があるんだ……!?!?)
――――――――
「『曲がる弾丸』、初見だと結構びっくりするでしょ?」
「……銃、扱い慣れてるね。経験あるの?」
「9㎜が内臓を抉っているはずなんだけどな~? 私にはない耐久性で羨ましい限り」
彼我の距離15メートル。
湾岸地区の倉庫群。コンテナや資材が無秩序に積み上げられた空間で二つの影が向かい合っていた。
片や右手首にこれ見よがしな手錠をぶら下げた少女。
黒のゆったりとしたパーカーとロングスカート。夜の闇に溶け込む少女のその赤い瞳だけが爛々と輝いていた。
対するは、大きな赤い翼を持つトップヒーロー。
その脇腹からはどくどくと大量の血が流れ出しており、ヒーロースーツに暗い染みを広げている。
放っておいたら当たり前に死ぬ傷だ。
霊火の背後では、公安委員会の会長が倒れていた。
右膝が無残に砕かれ、顔は苦痛で歪んでいる。しかし意識ははっきりしているようだ。
(……いける)
ホークスは、足腰に無理やり力を入れる。
現在進行形で流血している以上、時間は向こうに味方する。今すぐ行動しなくてはならない。
霊火の背後で女性が大きなうめき声を上げた。
銃を構える少女の注意が一瞬だけ後ろへと向く。その僅かな隙をホークスは見逃さなかった。
「!!!!!!!」
トップヒーローの体が一気に加速する。
地面を蹴る足と、大きな翼を同時に使った瞬発力でトップスピードに到達。
ホークスの手の中の風切羽がくるりと回転し、少女の首筋を直接狙う。生け捕りを考える余裕は無い。
(今ここで必ず殺す!!!!!!! こいつは残して置いたらダメだ!!!!!!)
そう決意する男の隣で、みしりという音が鳴った。
倉庫の頑丈なコンクリートの壁が突き破られた。
肩から飛び出してきたのは、身長5メートル以上ありそうな筋肉の塊だった。
軽く15頭身ぐらいありそうだった。
全身に極めて強大な力を溜め込んだ殺傷力の化身がスーツを着ていた。
筋骨隆々の身体の広い肩の上に、M字禿のおじさんの頭がちょこんと乗っかっていた。
「お」
眼前に広がるムキムキ男の巨大なボディーに、ホークスの思考が真っ白になった。
尤も、もし思考を立て直せても結果は何も変わらなかっただろう。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
中年男性の蒸気機関車みたいな咆哮と共に放たれたショルダーチャージが、そのまま直撃した。
ヒーローは受け身も取れずに吹き飛ばされていった。
普通に中身が詰まってそうな20フィート級の金属コンテナをボウリングのピンみたいになぎ倒していくトップヒーローを見送る霊火は呆れ顔だ。
一仕事を終えたムキムキスーツがハイテンションで話しかけてきた。
「やはり君は痛快だ殻木くん!! やはり異能は自由に振るわれてこそ!! ステインの時からずっと気が合いそうだと思っていたのだ!!!! ……それに君、私の出番を残して置いてくれたね? ちょっと後ろを向いて、ホークスの突進を誘っただろう?」
「重役出勤って奴ですよ社長さん。それに貴方程の強烈で鍛え抜かれた”個性”……いや、”異能”は私だって見ておきたかったですし。……まさかこっちと手を組む事になるとはなあ……」
「ハァー!!!! お世辞が上手だねお嬢さん!!!! いやはや、それはこちらのセリフだよ。君の”異能”にこそ、私は感動を覚えた!!!! 全く、勇気ある有望な若者を秩序のために逮捕とは、この国の国家権力はどこまで私を失望させてくれるのだ……」
地面に這いつくばった公安委員長は、絶望そのものな表情で二人のやり取りを見ていた。
……思えばホークスと、最初にこの結論に達していたはずだ。
おそらく、今回の事件は単独犯では無いと。複数犯のクーデターなのでは、と。
「四ツ橋力也……
「一応言っておくけれど、私は勝つつもりで喧嘩を売ったよ?」
「実は私たちは前々から連絡を取り合っていてね。いやあ、準備だけはしていたが思っていたより早かったな」
物理近接耐久馬力最強の筋肉男と遠隔搦め手火力最強の飛行少女。
共に公安がマークをしていた危険分子。その中でもこの組み合わせは明らかにマズい。
まず間違いなく、最初からこのつもりだった。
耐久性に難がある霊火を囮にして四ツ橋が殴り倒す。
おそらくこの作戦は、今の日本のどのヒーローが相手でも成立してしまう。
故に、公安委員会の会長は絶望的な結論に達する。
「……まさか貴方たち、ずっとここにいた?」
「
「いいね、もちろん私も髪の毛を乾かすのには時間がかかってね!!!! なんだその微妙な顔は……。……私は多忙の身故、1時間ほど前にここに。ああそう言えば、私の同志から先ほど報告があったよ。日本の警察署の7割を壊滅させたとの事だ」
「そりゃまた優秀な……この大規模電波障害も貴方たちでしょう? いつでもクーデターなんて起こせただろうに、逆に私のタイミングに合わせる必要はあったの?」
「ヒーロー免許を持っていない君の超巨大
「さっすがビジネスマンだこと。チャンスがあったら貪欲に勝ちに行くのが鉄則って訳ね?」
話している間にも四ツ橋は、コンテナを掻き分けてホークスを回収してきた。
全身血だらけで身体が色々とおかしな方向に曲がっているが、息はあるようだ。
公安委員長の方は霊火がずっと銃口を向け続けて動きを封じていた。
息も絶え絶えな中年女性は絶体絶命の状況で懸命に頭を回すが、ここからの挽回はどう頑張っても見込めそうになかった。
片手に手錠の少女は困り眉で言った。
「それでどうしよっかこれから。
「まあここは社会人である私に任せてくれ殻木くん。……手柄を奪ってしまうようで申し訳ないが……」
「お気遣いはどうもだけれど、ここは異能解放軍の貴方たちに譲るよ。実際、『何万人殺した』なんて不良界のトロフィーなんて貰ってもどうしろって話だよ。私は雄英生活を楽しんでたから、出来ればそっちに戻りたいな……」
「ハハ!!!! 学生さんだからそれは当然だ!!!! それでは、ここは大人の私がメインで交渉を進めよう」
スーツのオジサンがスーツのオバサンの前に立った。
公安委員長を見下しながら、デトネラット社の社長は口を開く。
「君たちには提案があってね。私ならばこの滅びゆく国に秩序を取り戻させることが出来るが、興味はないかな?」
自分たちでぶっ壊して置いて何様なんだと流石の霊火も思ったが、都合がいいので黙っておいた。
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