殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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071:紙装甲ちゃん

 ばた、ばた、ばた、と。

 

 瓦礫の山と化した都心にローター音が響く。

 

 ヘリコプターが地上の砂塵を吹き飛ばしながら降下してくる。

 双発の小型機がビルで挟まれた広い国道に着陸態勢を取るのを見上げる霊火はかなり心配そうな表情だった。

 

「……私がこの一週間、一日一回レベルで襲撃されてるの忘れていない? 安易に空飛んで撃墜とか嫌なんだけれど……」

 

「霊火さん、多分だけど普通の道路とか高速道路が使えないんだと思うよ」

 

 はためくロングスカートを軽く抑える霊火がぼやくと、緑谷が公平な意見を述べた。

 手をつなぐ2人がそれぞれ好き勝手言いあっている内に着地した機体のドアが開き、一人の男が姿を現した。

 

「緑谷少年!!! 殻木少女!!! 無事かい!?!?」

 

「オールマイト!!! 良かった……やっと合流できた……!!」

 

 手を振りながら走ってくる痩せた男の姿を見た緑谷の表情がパッと明るくなる。

 

「大丈夫かい!?!? 怪我は!?!? 特に殻木少女、左腕は!?!? あと映像で見た時も思ったけどその左腕何!?!?」

 

「あ、そっか。見せてなかったんだっけこれ」

 

 実はオールマイトと最後に会ったのは林間合宿前だ。つまり霊火は、左腕を失ってから初めて彼と話すことになる。

 ……そう言う意味では、ギガントマキア戦での霊火に”左腕がある”のは雄英関係者から見たら意味不明だっただろう。

 

 説明のために霊火が左の袖口を捲って軽く腕を上げると、中身のない白い左腕を露出させる。そして細腕がばらりと”ほどけた”。

 かなりギョッとした様子のオールマイトだったが、ギャラリーを無視してぐねぐねと動くそれは少女の首元にぐるぐると巻き付くと、イレイザーヘッドの捕縛布みたいな感じで落ち着いてしまう。

 

「とまあこんな感じでして……」

 

「……ナニコレ」

 

「義腕です。元はと言えば右脚用に造ったものだったんですが……」

 

 右手だけで左の袖を結んで四肢の欠損を分かりやすくしながらも霊火は言った。

 首元でマフラーみたいに巻かれた包帯が一人でによりあうと、中身が空っぽな左手のフォルムを作り上げてしまう。

 

「……君はいつも私を驚かせてくれるね」

 

「これ単体でヒーロー出来るぐらいの性能ありますからね、これ」

 

 立ち話はほどほどに、少女はさっさとステップを踏んでヘリコプターに乗り込んでしまう。

 緑谷も、少し戸惑いながらも後に続く。

 

「電話したのは僕ですが、まさかヘリで来るとは思いませんでした……」

 

「……少し急ぎの用があってね」

 

 霊火が乗り込んだ機内には、一人の先客が座っていた。

 スーツ姿の、どこにでもいそうな普通の男性は、乗り込んできた霊火を見ると席から立って手を差し出した。

 

「殻木霊火さんだね。はじめまして、私は塚内直正だ」

 

「……はじめまして」

 

 軽く会釈して握手を求めてくる男に首を捻りながらも、右手を差し出す霊火。

 

 緑谷の後ろからヘリコプターに乗り込み、席に座ってベルトを締めている途中の八木が情報を補足する。

 

 こういう風に。

 

「彼は私の最も仲良しな()()、塚内直」

 

「霊火さん!!!!!!!」

 

 八木が『警察』と口にした瞬間、霊火は指先に鈍い金色の光を凝縮させていた。

 隣の緑谷が弾かれたように反応する。

 

 バンッ!!!!!!! と凶悪な音が響き、金属製のヘリコプターのドアに握り拳大の風穴が空いた。

 ギリギリの所で緑谷が少女の手首を掴み閃光の方向を逸らさなければ、塚内に直撃するコースだった。

 

「「「…………………………」」」

 

 恐ろしい沈黙が、狭い機内を満たした。

 黒髪ロングの凶悪少女は自分の右手を掴む少年をじとりと睨みつけると、諦めたように全身の力を抜いてこう続けた。

 

「……私にとって警察って、ある意味敵連合よりも厄介な敵なんだけどどうすればいい? 歯向かうだけで”違法”判定される暴力集団なんて存在自体が反則じゃんね」

 

「殻木少女!?!? 一体何のつもりで……!?!?」

 

「だけど警察ねえ……『守るべき市民』に数えられなかった一個人としては、いよいよ貴方たちに従う理由が見当たらないけれど。指名手配を解除して『犯人じゃありませんでした~』って宣言したら、私が全てを水に流して取調べに協力するとでも思ったか? 平和の象徴の友人の、善良な警察官様なら私が協力するとでも? 寝言は寝て言えよ愚鈍。……組織としてきっちりケジメをつけない限り、私は貴方たちの敵であり続けるからな?」

 

 少女は奇妙なまでに瞳を皿のように大きくして目の前のお巡りさんをじっと見た。

 そのまま無の表情で、霊火は言う。

 

「よく聞いてね。()()()()()()()()()()()()()。大切な事だからもう一度言っておこうか。()()()()()()()()()()()()()。あ~……何度同じことを聞いても分かってくれない馬鹿っているから、念のためにもう一回言っておこうかな。()()()()()()()()()()()()()。いい加減分かってくれたかな~???????」

 

「霊火さん!!!!!!!」

 

「ん、私の安全のために先制で心臓をぶち抜きたかったんだけれど……まあ不意打ちで殺せなかった以上しょうがない。ここは諦めるよ。……これを公務執行妨害やら傷害未遂やらのお前らのルールで裁くかどうかは、そっちの判断に任せるし」

 

 低くて危険なトーンから、やや苦笑気味の澄んだソプラノへと声の調子が戻る。

 機嫌を直したようでいて、しかし小柄な少女は目が笑っていなかった。

 

「……殻木少女」

 

「………なんですか八木さん?」

 

 オールマイトが塚内を守るように前に立つと、どろりと悪感情を湛える赤い瞳が真っすぐに向けられた。

 

 ……八木は、ずっと霊火のことを心配していた。

 24時間休むことなく刺客に命を狙われ、民衆からは理不尽なバッシングを受け、そして信頼していたはずの警察にまで裏切られた少女の心がどれほど傷ついているのかを、ずっと案じていた。

 そして今、オールマイトは自分の不安が最悪の形で現実となったことを悟る。

 

 ……こう言うタイプの(ヴィラン)は、いるにはいる。

 精神疾患等の影響で、「あの人は自分を殺そうとしている」「監視している」などの妄想から先制で殺人を犯す人間不信と誇大妄想の化身。

 返報性の徹底というより、過去の経験から誰も信じられなくなったことによる防衛本能の異常進化といった方が正確だろう。

 

 相手が何もしていなくとも、取り合えずで目の前の相手を殺害することで安全を確保しようとする加害性。

 本人としては防衛のつもりで、凶悪な殺傷力を後先考えずに振り回す疑心暗鬼の獣。

 

 今の殻木霊火は、そう言う類の怪物だ。

 

 ――――――――

 

 狭くて逃げ場のない飛行中のヘリコプターの機内(ドアに穴が空いている)は、普通に地獄のような雰囲気だった。

 

 4人用の向かい合わせの座席で、誰も口を開こうとしない。

 緑谷は霊火の右手を恋人のように強く握りしめている。無論、別に男女の付き合いを始めたという訳ではなく『呪い火』の起点を封じるためだ。

 尤も『呪い火』は使用者がその気になればノーモーションで発動出来る”個性”なのだが……。

 

 対面の塚内は、明らかな警戒心を隠そうともせずにシートで身構えている。

 八木も同様にただならぬ緊張感を漂わせていた。

 

 霊火だけが気楽な様子で、何もなかったかのように窓の外の景色に見入っていた。

 そして緑谷は一人反省会だ。

 

(……もしかして霊火さんの”個性”の副作用か!?!? いくらなんでもここまでの人間不信じゃなかったぞ……!!)

 

 ただ、霊火の塚内への攻撃は本気だったとは思わない。

 そもそも霊火の攻撃に首輪から警告と予測線があった時点で、本気では無いと断言出来る。もし本気で霊火が塚内の命を持っていくつもりなら、まず間違いなく首輪の機能を切ってから事を起こしていただろう。

 

 そして『呪い火』は、基本的に対人は効きが弱い。林間合宿後から使い始めた『トランジスタ』も何だかんだで見た目ほどの威力は無い。

 つまり金属製ドアをぶち抜いたからと言って、塚内の身体に大穴を空けられるとは限らないのだ。

 ……むしろさきほどの場面の霊火は、あえて緑谷に自身の攻撃を止めさせようとしていた節まである。

 全体的に手負いの獣モード全開の霊火だが、おそらく理性はまだ働いている。彼女なりの計算と理屈があった上での行動だったのだろうと、緑谷は推測していた。

 

 霊火には大人のいない時に真意を確認しようと思っていると、ふと少女が横目でこちらを見ている事に気が付いた。

 

「……出久くんは寝たら? 昨日から一睡もしていないでしょ? ギガントマキア戦も救助も大変だっただろうし、貴方は寝ていいんだよ?」

 

「ぼ、僕はまだいいかな。霊火さんは寝なくていいの?」

 

「拳銃持った警察の目の前で眠れるほど、私はお人好しじゃないなあ……」

 

 霊火の意地悪な言い方に、塚内がびくりと動いた。

 余計な地雷を踏んづけた緑谷は冷汗だらだらで握った手の力を強める。

 

 緑谷は慌てて話を変えた。

 

「それに霊火さんだって疲れたでしょ? 僕が見てるから寝ても大丈夫だよ」

 

「”君の事は”信用しているんだけれど、まあいいかな。……警察、私が逮捕できなければ出久くんの事を人質に取るつもりだったからね」

 

 そのやり取りを聞いたオールマイトが『ああ……なるほど。殻木少女が怒っている原因はそれか……』という顔をした。

 基本的に善良寄りで良識派の塚内も途端に苦虫を嚙み潰したような表情になる。

 霊火の警察に対する過剰なまでのアレルギー反応の正体がいきなり明確になった。

 

 そしてこれには緑谷も微妙な顔をせざるを得ない。

 今回の騒動に対しては、緑谷としても警察に対してはそれなりに思う所はあるのだ。

 

「ああ……確かに霊火さんが指名手配された後、警察は僕を捕まえようとしてたね……」

 

「ふうん」

 

 特別に機嫌が悪い少女から、薄い刃物を頸動脈に滑らせたような質感の殺意が全方向に放射された。

 余計なことを言った緑谷どころか、八木もシートから腰を浮かした。しかし霊火は軽く鼻を鳴らして、その気持ちを抑えてくれる。

 

「……社会と自分を天秤に掛けるなら――」

 

 少女はぼそりと話し出す。

 

「――私は社会を捨てる。絶対にここは突き通す。必要なら、私自身がギガントマキア以上の脅威になる。なあ気をつけろよ公僕。貴様らは既に一度失敗しているからな?」

 

 緑谷はギョッとした。

 こんなのは市民を盾にした明確な脅迫だ。警察どころか八木の目の前でこんな事をやっていいのか……?

 

 対して塚内は短く吐き捨てる。

 

「……悪人め」

 

「それは貴方たちが決める事だけれど」

 

 今日の霊火は暴君モードが極まっていた。

 目の前でオールマイトと塚内が軽くアイコンタクトを取る。

 

 そして口を開いたのはオールマイトの方だった。

 

「殻木少女、君は昨晩警察に出頭してから何をしていたんだ?」

 

「何をしていたもなにも……池袋警察署で不愉快極まりない取り調べを受けていたらいきなり警察署が燃え出したんです。……ま、大火事になった警察署を凍結させる義理もないし犯人を追いかけるリスクも嫌ですし、これ幸いとさっさと逃げだしました。……因みにその気になれば消火できたとは思うけれど、無許可の”個性”利用で酷い目に遭ったばかりでしたので無視しました。遵法精神が目覚めたって感じ?」

 

「……………その後はどうしたんだい?」

 

「最初は私狙いの刺客だと思ったんだけれど、なんか違いそうだったんですねえ……。それはそれとしてニュースを見れば全国指名手配もされているし、全国で警察が襲われてるし、まあ落ち着くまで潜伏するかって感じだったんですが――」

 

 ここで霊火は微妙な顔で緑谷の方を見た。

 

「――しばらくたってから私、出久くんのお母さんを警察に預けていた事を思い出したんですよね……」

 

「えっ!?!?」

 

「通信障害下でストーカー対策の住所非公開シェルターを探すの大変だったんだよ……? それで慌てて飛んで行ったら本当に襲撃受けてやがるの。それを何とかかんとか追い払ってもう……」

 

 げんなりした顔をする霊火だが、予想しない名前が急に出てきた緑谷としては気が気じゃなかった。

 少年は慌てて隣の少女に詰め寄る。

 

「お、お母さんは!?!?」

 

「無事だよ。ちゃんと顔も合わせたし話もしたよ。ついでに言っておくと、あっちの人たちは一人残らず私の事を池袋警察署に放火した全国指名手配犯だと思ってるからもう滅茶苦茶だったよ……。こっちは施設を守ろうって行動しているのに、シェルター側の警察官が私を背中から撃ってくるものだから状況が全体的に高難度過ぎて……」

 

「ま、待て!!! ど、どんな相手だった!?!?」

 

「知~らない!!! いや知らないって事は無いんだけれど、警察には一生協力しないもん」

 

 塚内が会話に入った瞬間にピシャンと心の扉を閉ざすクソガキ霊火。

 諦めるわけにはいかない塚内が口を開きかけるが、霊火はさらりと話を進めにかかる。

 

「それで、どうして大人の貴方たちはずっとずっとこのヘリコプターの行き先を私たちに教えてくれないの?」

 

「「…………」」

 

 急な沈黙があった。

 緑谷は驚いてオールマイトと塚内を見る。

 二人は再度、高速のアイコンタクトを取っていた。明らかに都合の悪い話がある時の動きだった。

 

 くすりと嗤った霊火は緑谷に話しかけてくる。

 

「ようし出久くん、それじゃあこのヘリがどこに行くのか、一緒に考えてみよう!!!」

 

「えっ、えっ」

 

「さあ善良にして正義の大人たちがどうしても言いづらい何か!! ヘリコプターを持ち出してまでどこに行きたいのか!!!」

 

 因みに霊火は知っていた。

 報道ベースには載っていないが、そもそもあまりにも身内の出来事過ぎて電話が来ていた。

 

 少女は、残酷な答えを言う。

 

「蛇腔総合病院」

 

「……え? それって霊火さんの実家の病院じゃ……」

 

「そう。……いやあそりゃ話しづらいだろうね。だってこれを聞いた私がどういう反応するのかが全く分からないんだもの。実際、私がちゃんと知ってて安心しているんじゃない?」

 

 そこまで言うと、隻腕の少女は不意に全てを諦めた表情になった。

 

「殻木球大。……まあ色々あるとはいえ私の”お父さん”だけれども、()()()()()()

 

「ま、待ってよ霊火さん……何で……どういうこと……⁉」

 

「殺人。ギガントマキアパニックに陥った正義の民衆が病院に雪崩れ込んだ上、話も聞かずに”個性”で蜂の巣にしたらしいよ」

 

 あの人”無個性”なのにね、と。

 霊火は悲しそうに付け足した。

 

 ――――――――

 

 訳知り顔で好き放題しているように見える霊火も内心は疑問でいっぱいだった。

 

(……実際どういう事……? 『ドクター』が死んだって連絡は実家の病院からあったけれど、まさか本当に死んだ……?)

 

 勿論、霊火の父親は凶悪敵の『ドクター』である為、訃報一つとっても様々な可能性を想定しなければならない。

 というか流石に、額面通りに狂乱した民衆が殺害したという可能性は低いだろう。

 そもそもあの超大型敵を解き放ったのは『ドクター』である以上、同じ苗字を持つ者として集団パニックへの対策もしていたはずだ。

 ……尤も、全ての策を貫通してうっかりミスで本当に殺されている可能性も想定する必要はあるが。

 

(う〜……、さっきから『雲』と『透視』の監視が病院に効かないんだよな……『天候操作』か何かで横槍入れられてんのか……?)

 

 ただ、死んだ死なない絡みの謎は霊火の『死因』で大抵は解明出来てしまうため、迷宮入りの心配だけはしなくていい。

 

 そんな訳で京都上空。

 時速300から400キロ、しかも道順や渋滞状況を無視して直線一本道だ。とにかく1時間強で目的地には着いた。

 都心から関西圏まで給油無しで移動するこのヘリコプターも大した性能ではあるが……。

 

 着陸姿勢に入ったヘリの機内で今更のように霊火が呻く。

 

「うーあー……親族の殺人事件って事はあれか……遺体の身元確認があるのか……」

 

 遺族への負担が半端じゃない例のアレである。

 

 霊火の独り言を聞いた隣の緑谷が真っ青になった。火災現場の黒焦げ死体でも思い出したのだろうか。

 ……殻木球大には霊火とは別枠で普通に子供がいると言えばいるのでそっちが対応している可能性もあるが……?

 

 見知った病院が遥か下方に見えていた。

 狭いヘリコプターの機内で霊火はちらりと塚内の方を見やる。

 

(……警察に連れられて遺体確認をさせられて、『これは貴方のお父さんですか?』とかやらされてその流れで事情聴取っていうのも癪だな……あんまり関係を深堀りされると嘘祭りになっちゃうし……)

 

 ローターの轟音が機内に響き渡る中で霊火は素早く思考する。

 少女は一瞬で自身のシートベルトを外すと、隣の緑谷のベルトまで手早く解除してしまった。

 

「お、おい!」

 

 霊火の行動に気が付いた塚内の慌てた声が上がる。

 緑谷とオールマイトも仰天した様子だったが、その隙に霊火は”個性”でヘリコプターのドアロック部を”個性”で焼き切った。

 

 留め具を失ったヘリコプターのドアが全開となり、機内に暴風が吹き荒れる。

 

「行こう出久くん!!!!」

 

「ちょっと待って霊火さん全体的に説明してっ!?!?!?!」

 

 少年少女がガッツリと手を繋いだまま勢いよく機外へと飛び出した。

 緑谷は霊火の小さな身体を抱きかかえた上で『浮遊』で落下速度を殺しながら、病院の屋上への着地を狙う。

 

 実家帰りのお嬢様は妙にハイテンションだった。

 

「うふふ……私がお父さんに会うのに警察の皆様の許可なんて必要ないからね!! ささっと死体にご対面してさっさと逃げる一択!!」

 

「だ……大丈夫なのそれ!?!? 霊火さんはとにかく僕が滅茶苦茶怒られるんじゃ……」

 

「……今の警察にそんな事を出来る体力が残っているならいいんだけれどね。それどころか私を訴えることさえ……。ま、この辺りは後で詳しく説明するよ。複数”個性”の話とかも八木さんと一緒に進めたいし……」

 

 実は八木には”個性”増幅装置の使い心地の話も聞きたかったのだが、機会に恵まれなかった。

 博士はこちらで回収してしまったため、また行方不明になっているはずなのだが……。

 

 病院の屋上へ降り立った瞬間、少女はぱちりと指を鳴らす。

 霊火と緑谷の足元のコンクリートが轟音と共に崩れ落ち、二人は最上階の廊下へと落下した。

 緑谷出久が信じられない物を見る目で見てくるが無視する。

 

 クリップボードを胸元に抱えたベテラン看護師が天井を突き破って墜ちてくる来訪者を見て、仰天して叫んだ。

 

お、お嬢!?!?!?!?!?!? どうして上から!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

「さっちゃん先生じゃん久しぶり☆ えっと……ちょっと事情がありまして……警察に絡まれず、お父さんに会いたいんだけれど……」

 

「ま、まあまあまあお嬢も大変ね……。おばちゃんに任せて、こっちよ!!」

 

 一人称が”おばちゃん”の看護師は、小走りで二人をナースステーションの裏へと導いていく。

 ……久しぶりに会ったというのに、彼女には老けている様子はなかった。色々頑張っているのかもしれない。

 

 白い廊下を曲がると、大きな業務用エレベーターの扉がある。

 

「す、凄い信頼されてるんだね霊火さん……いきなりあんな大破壊をしても大丈夫なんて……」

 

「私ほんっとうに身体が弱かったからね。ここでの入院生活が滅茶苦茶長かったのよ」

 

 看護師がカードキーを取り出してリーダーにかざすと。やたらと重厚な扉が開いた。

 三人がエレベーターに乗り込むと看護師は地下のボタンを押した。扉が閉まって静かな下降が始まる。

 

「それにしてもお嬢、最近は随分と大変そうね。指名手配程度じゃ捕まらないだろうとは思ってたけど大丈夫だった?」

 

「さっちゃん先生、実は私の事あんまり心配してないよね?」

 

「それで? その男の子は彼氏なの? 体育祭でも東京の敵退治でも随分と仲良さそうでナースステーションでは二人がどこまで行ったのかで賭けが……」

 

「デリカシー!!!! 女子更衣室とか給湯室のゲスいテンションを男の子の前で開示するのやめてよもう!!!! あと出久くんは彼氏じゃない…………ちょっと待って、賭け!?!?!?!?!?!?」

 

「あら、それじゃあ片想い? やあねえ、もうとっくに最後までヤッてると……。それにしても、あんな誰も信じていないような冷たい目をした女の子にそんな顔をさせるなんて、恋って言うのは素敵ねえ……。ねえあんた、こんなに可愛い子がちゃんとアピールしてるのに何が不満なの? やっぱり胸がないと嫌? もう、そんな些事に判断を左右されてたらダメよ。胸なんて今時、後から付け足せるんだからそこに価値はないの。そして何より、自分を好きになってくれる人を選ぶのが一番正解だって後から気が付」

 

 真っ赤になった霊火が小さな右手を握りしめ、セクハラクソナースに勢いよく殴りかかった。

 ベテランさっちゃん先生にいいようにからかわれながらも、エレベーターのデジタル表示が地下一階を指す。

 

 エレベーターの扉が開くと、清潔で何もない廊下が広がる空間だ。

 全体的に白っぽくて潔癖な場所だが、どこか明確に死の気配を感じる廊下。どの病院も霊安室周りはこう言う雰囲気だ。

 

「出久くん……? 分かってるよね? このオバサンの言う事なんて、絶対、本気にしちゃダメだからね?」

 

「だ、大丈夫だよ霊火さん!! そんな自意識過剰な勘違いは絶対にしないから!! 僕だって霊火さんは友達だと思ってるし安心して!!」

 

「……………………………………………………そうだね」

 

「うわ……偶にいるのよねえ……冗談みたいに鈍感な男の子って。……ねえ、お嬢。あのね、これ本気の警告なんだけど、こう言ういい子に限って『この子には僕しかいないんだ』で地雷女に捕まるからね? おばちゃんそういうの結構見てきたの。だから手遅れになる前に本気出さなくちゃダメよ……?」

 

「…………………………………………………………………………………………………………」

 

 目尻に涙を滲ませる霊火は下を向いて黙り込んでしまった。霊安室の前でこの手の涙を流す人も珍しかろう。

 

 そしてドアの前に立った。

 それだけで明るい雰囲気が一瞬で消え去る。看護師は霊火を正面から見て、真剣なトーンで言った。

 

「……遺体の状態は...かなり酷いわ。殻木さんなら大丈夫だと思うけど、一生残るかもしれません」

 

「そこは心配しないで。……私が殺したみたいなものだし、ちゃんと向き合うよ」

 

 ……蛇腔病院の霊安室、実は隠し通路から『ドクター』のラボに行けるとんでもない場所なのだが、とにかく霊火は真面目な顔で言った。

 

「出久くんは……どうしよっか。まあ流石に身内ではないだろうからここで待っててよ」

 

 青い顔をする緑谷に短く告げると、特に異論はなかった。

 

 当たり前ではあるが、霊安室内は寒い。

 消毒液の匂いが寒気とともに鼻をつく。蛍光灯の無機質な光が、白いタイルの床と壁を照らしている。

 

 そこにいた。

 白いシーツの下から覗く肉片は、もはや人の形を留めていなかった。

 一応捲ってみるが、確かにそれは霊火のよく知る『ドクター』だった。

 

「…………………………私を殺せば超大型(ヴィラン)が帰る……ねえ……? それで他人の父親をここまでやるか……」

 

「……言葉じゃどうにもならない気持ちかもしれないけど、あなたのことを想ってる人はちゃんといるからね。自棄になっちゃダメよ、殻木さん」

 

 ……緑谷には散々言ってきたことではあるが、やはり『民衆』というのは怖い。

 集団の狂気というのは、ある意味真っ当な悪人よりも悪質で危険だ。これで犯人が捕まっていないというのだからいよいよ闇が深い。

 

 そして旧知の看護師が沈痛な声で慰めてくれるが、霊火としては全く別の事が気になっていた。

 

(…………………………死体は本物なのに、『死因』が反応しない? 事件現場はちゃんとサーチしたのに引っ掛からないってどういう事……?)

 

 狐につままれたような気分だった。

 殺人事件が起きて、事件現場が分かっていて、死体すらあるのにも関わらず、鬼火が見つからない。

 ハッキリ言って意味不明だ。

 

 霊火は冷たい霊安室に立ったまま静かに思考を巡らせる。

 この状況は明らかに作為的だ。

 

 ……『検死官』相手に殺人現場の推理ゲームを仕掛けるなど、『ドクター』でもなければ絶対に不可能だ。

 取り合えずで霊火の頭の中に浮かんだのは、三つの可能性だ。

 

 一つ目の可能性は、ドクターは生きているというもの。

 目の前の遺体は緻密に作られた偽物で、実際の本人は生きてどこかに隠れている。

 ……素直に考えればこれだ。霊火を欺くレベルの死体制作というのも、まああの人なら可能だろう。

 

 二つ目の可能性は、ドクターは確かに死んでいるというもの。

 死亡時期か場所、あるいはその両方が誤魔化されているパターン。

 ずっと以前に死んでいた遺体を今になって発見されるよう仕組んだか、別の場所での死亡を何らかの手段で誤認させたかだ。

 ……到底あり得ないように思えるが、そう言うのを可能にする”個性”があるのかもしれない。

 

 そして三つ目は、鬼火は一つの死に対して一つしか存在しないという原則を逆用されている可能性だ。

 即ち、『死因』そのものを複製して『ドクター』の鬼火を回収してしまえば、今ここにいる霊火は該当の殺人事件の鬼火を収集出来ない。

 ……そして霊火は、元々ドクターによって造られたレプリカントだ。

 霊火と全く同スペックの、第2の『死因』持ちが存在する可能性は十分にありえる。

 

(……『死因』で『死因』対策ね。鬼火さえ回収しちゃえば不都合な事実を隠せるって訳だし……)

 

 霊火と『AFO』の確執が元を辿れば死柄木弔の秘密を『死因』で暴かれたからという事情を鑑みると、彼らが『死因』対策を進めるのはかなり有力な線ではある。

 とはいえこの辺りはフラッシュアイデアの一つに過ぎない。全くの的外れという可能性も十分にある。

 

 そしてだ。

 

(…………………………『ドクター』は、今どうしている……?)

 

 大前提として、ドクターは本当の意味では”死んでいない”。

 そういう想定で話を進める。即ち、彼はハイエンドの脳無を操って”個性”研究を進める事が出来る、そういう状態にあると考える。

 

 で、あればだ。

 

(…………………………まさかあれか?)

 

 死柄木弔の秘密の端っこに引っ掛かっていた大計画を思い浮かべる。

 

 ”個性”には人格が宿る。

 故に何らかの手段で”個性”因子を他人に移し替えると、何らかの精神的な影響が発生することもある。

 

 その中でも人格の”転写”ともいえる現象。

 ……『AFO』の”個性”を介して死柄木弔の若い体を手に入れるとかいう謎の計画を組み立てている彼らは。

 もしかしたらその技術を実践レベルにまで発展させたのかもしれない。

 

(……例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……とか? 『摂生』を介してドクターの人格を上書きした……? とか?)

 

 こんなのフラッシュアイデアでなければ困る。

 しかし”個性”を他の人に移し替えることで肉体を乗っ取るという技術を『ドクター』が完全に確立させたなら――。

 

「……ねえさっちゃん先生」

 

「どうしたの?」

 

「…………………………()()()()()()()()。先生って」

 

「…………………………………………………………………霊火は、賢いのう。まあ『サーチ』を持っている相手にしらばっくれても無駄じゃからな」

 

 ――それは無限の可能性を意味する。

 こんなのは不老不死と同じだ。

 そして肉体と精神がセットな現代の常識でこんな事をされたら、公的な手段ではもう手が出せない。

 

「……さっちゃん先生は?」

 

「今は儂が七義幸子じゃのう」

 

「……やっぱり貴方の悪趣味、私以上だよ」

 

「ホ!! 100万人殺した霊火に言われるとはのう!!」

 

 これは、マズい。

 本当の本当にマズい。

 

 多分、色々条件はある。

 ”個性”が肉体に適合するかは、非常に繊細な上に運も絡む。

 そして精神というのは肉体があって初めて成り立つものだ。機械的なソフトとハードのようには出来ていない。

 つまり実際に精神を別の肉体に移し替えるなんて芸当は、相当な無理があるはずなのだ。

 脳のスペックとかをどう確保しているのかなども疑問は尽きない。だが『ドクター』は、何らかの手段でこれを実現させてしまった。

 

 そしてこの技術は、あまりにも応用の幅が広すぎる……!!

 

 ハイエンドの中身に”移し替えられた”ら?

 街行く一般人に”潜り込まれた”ら?

 ヒーローに”化けられた”ら?

 そもそもこの『七義幸子』が悪事で捕まったら、七義幸子が裁かれるのか?

 

 というか、今現在の『摂生』は目の前にいる一人だけなのか!?

 この病院の従業員の半分が『ドクター』とか、とんでもない事になっていないか!?!?

 

 霊火の背筋を氷のような悪寒が走り抜ける。

 

 やはり、一番危険なのはこの老人だ。

 殻木霊火という規格外の天才を造り出したもう一人の怪物。

 

「…………………………私の”人工衛星”、どうだった?」

 

「凄まじい性能じゃったのう。……儂にも全く理屈が分からん。大したものよ!!」

 

「……………………………………………………よく言うよ」

 

 化け物。

 結局どこまでも似た者同士な2人は、顔を見合わせて苦笑した。

 

 ――――――――

 

「霊火さんにとって、”お父さん”ってどういう人だったの?」

 

「難しいこと言うね……。私に勉強を教えてくれたのはあの人だったよ。ああ、私より頭は良かったかな……」

 

「霊火さんより!?!?!?」

 

 驚愕そのものといった表情の緑谷を見て、霊火は薄く笑った。

 

 遺体と対面してから数時間。

 ”さっちゃん先生”の助けで警察の目に触れず裏口から逃げ出した二人は、タクシーを乗り継いでここまで辿り着いた。

 

 霊火がかつて住んでいたマンションの一室。

 随分長い間帰っていなかったにもかかわらず、室内は綺麗に掃除されていた。誰かが定期的に手入れをしてくれているようだ。

 典型的なワンルームに、ベッドやクローゼット、そして窓際には学習机が置かれた空間。

 机の上には可愛らしい文房具が並び、壁には暗記用の付箋が整然と貼られている。

 

 霊火は少し気恥ずかしそうに部屋を見回す。

 机の上のうさぎ型の鉛筆立てやベッドに置かれたクマのぬいぐるみなど、全体的に子供っぽい部屋なのだ。

 

 緑谷は古いクッションの端に座ったまま、おずおずと口を開く。

 ずっとタイミングを伺っていたという空気だった。

 

「あの……霊火さん。その……”個性”の副作用の事なんだけど……」

 

「……なあに?」

 

「……”個性”を、あまり使わないで欲しい」

 

 少女は本当に意外そうに、目をぱちぱちとさせた。

 心配されている事が嬉しくて緩む口元を意志の力で抑えながら、霊火はこう返す。

 

「ん~……ある程度は大丈夫だと思うけれど……んん、確かに今回ので”自分の顔を認識できなくなった”けれどそれほど困っては……」

 

「ええ!?!? そういう感じなの!?!? 優しい心が失われていく、とかかと……」

 

「これまではそんな感じだったんだけれど……」

 

 霊火がひらひらと右手を振ると、緑谷は心底心配そうに霊火の顔を覗き込んできた。

 そのまま真剣な声で聞いてくる。

 

「治らないの?」

 

「うーん、わかんない」

 

「もっと真剣に考えてよ……! 霊火さんのことなんだよ……!!」

 

「そんなこと言われてもな……『呪い火』なんて”個性”私以外に見たことないし……」

 

 少女は戸惑いの色を全面に押し出しながら首を傾げた。

 泳ぐように視線を彷徨わせて、何度か言葉を飲み込むような素振りを見せる。

 

 そして、深いため息をひとつ。

 

「まあ強いて言うなら……うん」

 

 霊火は自信の無さと弱気が入り混じった表情でこう続けた。

 

「出久くんと会ったことかなあ……君と話すようになってから、相当感情豊かにはなったかも」

 

「……あの看護師さんも言ってたね。僕と出会って……こう……変わったって……」

 

「あのセクハラ話は忘れて。本当にお願い」

 

 簡単に熱くなっていく自分の頬が憎い。

 霊火はプイと顔を横に向けた。恋をしたことで感情豊かになったなんて与太話が、そのまま本当なのだから余計に質が悪い。

 

 そして緑谷出久はこう言った。

 

「それじゃあ僕は出来る限り霊火さんと一緒にいるしかないか……霊火さん、どんなことがあっても一緒に乗り越えていこうね」

 

「…………………………あのね、何も考えず女の子にそんなこと言ったらダメだからね。勘違いしちゃう子だっているんだから」

 

「本気だよ!! 僕だって君と一緒にいるのは楽しいし……あ、もちろん霊火さんが嫌じゃなければだけど……」

 

「ま、待って!! これ本当に無自覚!?!? 全部分かった上でからかってるとかじゃないよね!?!?」

 

 恋する少女は必死に平静を装おうとするも、声は震えて頬は火照って心拍数は再現なく上がり続ける。

 潤んだ瞳の奥に困惑と喜びと戸惑いと羞恥と、それなりの期待を覗かせながらも少女は必死に言葉を組み立てる。

 

 小さな声で、霊火はこう言った。

 

「…………………………嫌じゃないよ。……出久くんと……一緒が……いいです……」

 

「…………………………………………………………」

 

「ねえ!!!! 今更になって照れないでよ出久くん!!!! わ、私の方が100倍恥ずかしいんだからね!?!?!?」




ほのぼの!!!!

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