プロヒーローにとって機動力の高さは、もはや必須技能と言っても過言ではない。
そして霊火と緑谷のペアは、まさにその条件を満たした”ピースキーパー”ユーザーだった。
ズドン!!! と、強烈な轟音が夜空に響く。
霊火は金属製の”魔女の箒”に横座りして足をぶらりと下げたまま、ジェットエンジンの蒼い火焔を吹かす。吐き出される熱風が夜の空気を焦がす。
風圧に髪がばらつく中、少女は微かに口元を歪めた。高所恐怖症の頃なら絶対に出来ない乗り方ではある。
かつて霊火が使っていたサポートアイテムは、”鬼火”を灯したランプを動かす要領で飛ぶという、曲芸じみた代物だった。しかし、現在使用しているのは”個性”が無くても飛行可能な、本物の”魔法の箒”だ。
ジェットエンジンの出力のみで音速を叩き出すゲテモノ機体である。さらに霊火が次々と機能を追加しているため、そのフォルムはゴツさを増し続けていた。
隣では、緑谷が同じ速度で飛行していた。
背には、噴射口が脈打つように赤く輝くジェットパックを背負っている。もちろん霊火製造で、速度を出すのに特化した設計でもある。緑谷の『首輪』による補助が無ければ安定飛行すらも難しい、間違いなく安全基準はクリアできない一品だ。
緑谷出久が飛行中の風の音やジェットエンジンの轟音に負けないよう、霊火に叫んできた。
「●△□■■△!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ごめんなんて!?!?」
高速で飛行する中、肉声での意思疎通は不可能に近かった。
霊火はパーカーのポケットから板ガムほどの大きさのシール状デバイスを取り出し、自分の頬に貼り付けた。
「はーい、もしもし。聞こえる? 用件はなあに?」
『うわ!!! ビックリした!!!』
霊火が付けたのは単にシール型の通信装置なので、別に驚くような技術というわけではない。
緑谷が付けている首輪と無線でつなげているため、高速飛行中でも会話が出来るという程度の機器だ。
そして少年は眼下の暗い街並みを見て、こう質問してきた。
『……ねえ、霊火さん』
「うん?」
『どうして、HNのサーバーが落ちてるんだと思う?』
「流石に行ってみないと何とも……? 停電に巻き込まれたとかならまだ良いんだけれど……」
実は緑谷のこの質問は、霊火にとってもかなりの疑問だった。
単にヒーローネットワークを落とすというのが、そう簡単な話ではないのだ。
実際、この手の重要なデータセンターは最低でも2箇所以上に分散して設置されていて、災害対策も万全だ。ヒーローネットワークともなると、日本国内の互いに大きく離れた複数の場所に、堅牢なデータセンターが分散して設置されていることは間違いない。
一つや二つではなく、複数のメイン・バックアップ拠点と全国の関連施設が連携し、巨大な情報ネットワークを形成していると考えるのが自然だろう。
それがダウンしている。これは極めて不可解な事態だった。
故に、HNの本拠地たる瀬戸内海の孤島を霊火たちが訪ねたからと言って問題が解決するとは限らないわけだが……。
(……あの島、『雲』、『透視』、『ブラックホール』 搭載の[Class5:globalism]ちゃんの『透視』が効かないんだよね……旧式の無線ドローンみたいなのも弾くし……)
件の島に実際に何が起きているかは不明だ。
しかし、目的の島に”何かがある”のは間違いない。『透視』を妨害するほどの異常事態。それが超常的な力によるものか、あるいは科学技術によるものかは分からないが、霊火の『透視』を対策している時点で、相手は霊火のことを知る人物――もしかしたら、身内の可能性すらある。
そして霊火はこう結論づけた。
「ま、多分行けば分かると思うよ」
『そ、そんなもんかなあ……?』
「そんなもんだよ。ただ……」
霊火は少し口籠った。
これから口に出す内容は、慎重に扱わなければならない内容だ。
具体的に言うと、一度ついた嘘は覚える必要がある。
「……神野の隕石騒動、林間合宿にも来た少女のアンドロイド……この一連の騒動の裏側に見え隠れする、極めて優秀な科学者の存在。彼、もしくは彼女、あるいはグループがこのHN陥落の一件に関わっていた場合、話はいきなりややこしくなる」
『……"ピースキーパー"の懸賞金システムは、”それ”をデヴィット・シールド博士だと考えているみたいだけれど……』
「懸けられた賞金はぶっちぎりの最高額だからね。まあ彼が本当に神野に隕石を落としたのはさておき、関係者ではあるのかもしれないな……」
『……僕は、あの人はそんな事しないと思う。だけど、霊火さんは彼を……?』
「疑ってるか疑ってないかという意味なら、私は中立。ただし"ピースキーパー"があれほどの懸賞金を懸けたからには、相応の理由があるはず? それに、さっき私がグループと言ったように、その『発明家』が一人とは限らないもん。もしあの隕石が人工物だとしたら、個人ではなく複数の人間が開発・製造に関わっていると考える方が自然じゃない? ……もしかしたら、国家ぐるみかもしれないし」
『国家規模って……』
「南国の小国か、或いは常任理事国レベルの大国か……。……まあ、仮に”アレ”が秘密裏に開発した兵器とかならば、その国が世界征服を成功させるだろうな。……まあ、デヴィット・シールド博士はその世界を裏で牛耳る秘密の研究者グループの一員で、彼のパーソナリティに反する大犯罪が起きたのも、グループ内でも一枚岩じゃないからとか、国のイデオロギーに逆らえなかったとか……なのかも?」
かなりギリギリの会話だ。
霊火は博士をスケープゴートに仕立て上げ、自身に向けられる疑惑を回避するつもりではあるが、上手くいくかどうかは霊火も自信がない。
「……けれど正直、私にとってその『研究者』の正体はあまり優先度が高くないな」
『え!? なんで!?』
「仮にその件のアンドロイドや隕石を開発した『誰か』がいるとして、問題なのは『誰か』じゃなくてその開発物の方でしょう? 私たちは目に見えない危険な研究者じゃなくて、眼の前にある凶悪な兵器の方を警戒するべきだと思う」
ここで霊火は困ったようにため息をついた。
「まあ、私たちに関しては、一応アンドロイドの方は問題ないといえるね」
『え、そうかな……?』
「だって"アンドロイド"なんでしょ? 私の『呪い火』の対物ルールで瞬殺出来る」
元々開発の段階で、開発者である霊火自身に勝てないよう、そう設計された兵器でもある。
「それにIアイランドを襲撃したあの氷の怪物が仮にシールド博士の自作自演だとしても、正体が割れている今となってはさほど問題じゃない。そうなるとやっぱり問題なのは神野に落ちた隕石かも。その場合の焦点は、やっぱりその
『頻度……?』
「件の隕石だけれど……」
霊火はここで短く言葉を区切った。
「神野に落ちたアレが、
『…………』
「正直、私はアレが人の手によるものだなんて信じたくないなあ。いっそ宇宙人の仕業だった方がまだ救いがあるくらいだよ。姿の見えない誰かに生殺与奪の権を握られて、いつ直径7キロのクレーターができる隕石を頭の上に落とされるか分からないなんて状況、本当に悍ましい。 ……まあ、今頃、世界中の国防機関は大パニックだろうけれどね……」
―――――
そして霊火たちが、核シェルター『サブノーティカ』から出立して一時間強。
高度1000メートルを高速飛行中の”箒”のレーダーに何かが引っ掛かった。
霊火の周辺に多数展開された仮想モニターに光点が二つ。霊火の目でも視認できないような遠方から、何かが猛スピードで接近してきている。
近畿地方山間部の上空。
染めた黒髪を切りっぱなしロングにした非常に華奢な少女は不審そうに眉を顰めて、そのまま右手を持ち上げた。
「……何か来る」
『え!?!?』
「私に任せて。面倒くさいから全部殺す!!」
遥か彼方。
霊火の目でも見通せない遠方に映る微かな輪郭。暗闇の中の人影のようなシルエットを視認した瞬間には少女は動いていた。
少女のほっそりした五指の先端に青白い輝点が生まれ、一瞬のタメを経て十字の光芒に変化。
ギィィィン!!!!!! と、甲高い共鳴音を発しながら光度を増したそれらは瞬く間に灼熱の魔弾と化し、空中で幾筋にも枝分かれしながらそれぞれが複雑な曲線を描いて飛ぶ。
5本のレーザーは空中のある一点でガクンと折れ曲がり遥か彼方の”何か”を撃ち落とそうとした。
しかし霊火の”個性”は獲物を掠めて流れ弾となる。遥か遠方の山肌に突き刺さった光線が、着弾地点に特大のエネルギーを凝縮させ、光球を膨れ上がらせて大爆発を引き落こした。
「外れた……!!! ならもう一発!!!」
熱波に身体を叩かれ苛立たしげに舌打ちをする霊火は、甲高い共鳴音と共に次弾を指先に装填しながら舌打ちする。出来れば初撃で仕留めたかった。
「ねえ霊火さん!!! 相手が誰なのか見てから撃ってくれない!?!?」
緑谷が空中の霊火に飛びついてきて、少女は悲鳴を上げる。
「待って!?!?! ちょ、出久くん!?!?!? どこを触って……!?!?」
「ご、ごめん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
上空であっさりと制圧された上に(不可抗力で)色々と触れられた霊火は、動揺しながらもすぐに”箒”の仮想モニターに目を走らせた。
レーダーの光点は霊火の攻撃で撃ち落とされる事なく、速度を落とさずにこちらに直進してきている。
彼らは物凄い速度で空中を移動しており、霊火は山の尾根をかすめるようにこちらへ向かってくる二つの影をようやく視認できるようになった。
ちょっと赤い顔の霊火は、それを見てうんざりした声を出した。
「あー……なるほどね」
「え、霊火さんの知ってる人?」
「知っているというか何というか……」
身長差の激しい男女の2人組だった。
長身の男は青ざめていた。両手をわたわたと振り回しながら、必死にこちらへ何かを訴えているようだ。
その隣には赤い髪の小柄な少女。カメラ機材を胸に抱きしめ、半泣きの顔でこちらを睨んでいた。
霊火は少年と密着した体勢をどうにか解こうと必死になりつつ、深々とため息をつく。
「……誰かと思ったら……。撃ち落とすべきか話を聞くべきか、割と判断が難しいね」
「誰が相手でも撃ち落としちゃダメだと思うよ……。でも、あの人……どこかで見たことあるような……」
「”ピースキーパー”アプリユーザー第4位。出久くんは忙しくて知らないかもしれないけれど、今となっては彼らも結構な有名人だよ。確か獲得金額は7億を超えていたはず。まさかあそこまで強いとは私も思わなかったけれど……」
2人でボソボソと内緒話をしていると、元敵の二人組は霊火たちに食って掛かった。
「な、何をしてくれるのかね君はあああああああああ!!!! もう少しで死ぬところだったじゃないかァァァ!!!!」
「そうよ!! いきなり攻撃してくるなんて非常識にも程があるわ!! ジェントルが傷ついたらどうするつもりだったの!?」
「――で、あれが迷惑系動画配信者『ジェントル・クリミナル』と、その相方『ラブラバ』だね」
「そこの君ィィィ!!! 我々を殺しかけた件に関して、少しは謝罪というものを――!!」
「……めんどくさ」
霊火は箒の出力を落とし、肩をがくりと落とした。
対して「現代の義賊」を自称する二人組は、魔女の生返事が気に入らないらしく詰め寄ってくる。
「……はいはい、ごめんなさい! ちょっと気が立ってたの!」
「ま、まあ……? 直近の出来事を考えれば、過剰な警戒も仕方あるまい……」
「ジェントル!!!!!! 優しい!!!! 優しすぎるわ!!!! 器が大きくて素敵よ!!!!」
――同情票で許された。
ギガントマキアに狙われたり、全国指名手配されたり、霊火の最近の人生は散々だ。それが功を奏したらしい。
「……で、何の用? どうしてわざわざ私たちに接触を? というかどうやって私たちの位置を特定したの?」
「そんなの簡単よ!! この私が”ピースキーパー”の端末を覗いて、君たちの位置を特定したの!!!! だって私は、ハッキングのプロだから!!!!」
「嘘でしょ!?」
霊火の顔から血の気が引いた。慌てて端末を取り出し、ログを確認しようとする。
笑えない。本気で洒落にならない。霊火の端末の防壁は決して甘くないが、この『ラブラバ』は本気で霊火の現在位置を引っこ抜いたのだろうか……?
しかし当の二人は芝居がかったポーズを決め、胸に手を当てて高らかに宣言した。
「そして我々こそが真の”ピースキーパー”ユーザー! 現代の義賊!!」
「そうよジェントル!! ”強きを挫き、弱きを助ける”わ!!!! だから私たち、『デク』と『
「(……霊火さん、信じていいのかな。僕は、ちょっと心配なんだけど)」
「(まさか。どう見てもただの迷惑系配信者。ラブラバのカメラ見てよあれ。どう考えても完全にコラボ動画狙いだよ)」
霊火は額を押さえながら溜め息。
登録時のハンドル「
「(でも……どうする? 連れて行くのも……振り切って放っておく?)」
「(スピードで振り切るにも、『ジェントル』の”個性”の機動力が滅茶苦茶高いんだよね……。……まあ、戦力としては期待できるかもしれない。いざとなったら肉壁に――)」
「(ダメだよ!? 肉壁はナシだからね!?)」
緑谷に睨まれ、霊火はそっと目を逸らした。
確かに彼らはただの動画投稿者だ。
だが、このヒーロー飽和社会を潜り抜け、未だ捕まらずに活動を続けている事実は、ある種の実力の証明でもある。
”ピースキーパー”の実績を見る限り、思想的にも相当”善良”な類だろう。
そして何より、ラブラバのハッキング能力は今回の任務では切り札になるかもしれない。何しろ霊火たちの行き先はヒーローネットワークのデータセンターなのだ。
「……出久くんはどう思う?」
「え? 僕!? ……うーん……信じても、いい……かも?」
霊火はほんの少し迷ったが、少年の意見を尊重することにした。
人前用の笑顔を作り、静かに言う。
「では、よろしくお願いします。私たちの目的地は瀬戸内海の島。そこにヒーローネットワークのサーバーが――」
「おお! 話の分かるレディだ! 行こうラブラバ!! ……ところで、ヒーローネットワークってなんだ?」
「移動しながら説明するわジェントル!!」
二人がはしゃぐ声を聞き流し、霊火は箒の機首を目的地へと向け直した。
そして同行者の親友に、ぼそりと呟く。
「……まあ、彼らもこの調査を無事動画に出来るといいけれどね?」
「え、どういう意味?」
「レーティングの話。 知ってる? 最近の動画投稿規制って厳しいんだよ? 魚を捌くだけでBANされるレベルだからね」
――――――――
――深夜。
月光に照らされた瀬戸内海の水面は墨を流したように静まり返っていた。
その見渡す限りの海の真ん中にぽつんと浮かぶ一つの孤島。
上空から見れば何の変哲もない無人島だ。木々が風にざわめき、波が岩肌を叩くだけのつまらない光景。
島の中央に、無機質なコンクリートの箱――ただそれだけの建物が建っているだけの島だった。
窓もなければ、出入口らしきものも見当たらない。
ジェントル・クリミナルが不審そうに島を見下ろして呟いた。
「……本当にここで合っているのかね? ここがヒーローネットワークのデータセンターなのかい?」
霊火は顎を引き、無言で島の一点を指さした。
――建物を取り囲むように幾重にも張り巡らされた有刺鉄線や、センサーやカメラのレンズの反射光がちらついているのに気が付けば、この島の見方は一変する。
島全体が、一見するとただの「平凡な無人島」にしか見えない。しかしそれは徹底した偽装の産物だ。
――ここは政府の秘密データセンター。
ヒーローネットワークの心臓部が眠る、絶対に人目に触れてはならない場所だ。
霊火たちの4人組は、海風を切り裂いて静かに下降していく。
近づけば近づくほど変な島だった。月明かりの下で鉄条網が白く光り、そこら中に監視カメラが仕掛けられている。
指をパチリと鳴らして、敷地に入るための分厚い金属製の扉を消し飛ばしながら霊火は肩を竦める。
「まあ私の特定は間違っていなかったね。ここがヒーローネットワークのデータセンターだという事は、間違いなさそうだけれど」
「……大丈夫? これ不法侵入にならない?」
「ドアを消し飛ばしても警報がならない事の方がおっかないけれどね」
4人で囁き合いながら敷地内に侵入し、靴底がコンクリートを踏みしめてもサイレンが鳴ることも警備員が走ってくることも無かった。
そして建物へと近づくと、その異様さが一層はっきりする。
窓ひとつないコンクリートの塊。壁面は無機質な灰色に塗り込められ、ところどころに監視カメラが突き出ている。だが、そのレンズはまるで死人の眼のように光を失っていた。
「……止まってる?」
「電源が落ちてるのかしら……? いや、それにしては……」
ジェントルが顎に手を当て首をひねる。
ラブラバは怯えたようにカメラを抱きしめ、目を泳がせた。
入口に回り込んだ瞬間、霊火は自分の予想の中でも最悪の目を引いたことを悟った。
本来、厳重な電子ロックで封鎖されているはずの鋼鉄製のドア。
そのキーパネルは粉々に砕け、扉は半ば開いていた。
「……襲撃……された?」
「まあそう解釈するしかないね?」
霊火は再度”個性”でドアを消し飛ばした。
こうなってしまうと、もう施設の損壊など考える方が無駄だ。
そして少女は建物に入ろうとした所で、足を止めた。
鼻をつく匂い――鉄のような、錆びたような、甘ったるくも吐き気を催すあの匂いが漂ってきたのだ。
「…………………………面倒な事になって来たな」
「……っ」
緑谷が思わずといった感じで口元を押さえた。
ジェントルとラブラバも顔をしかめ、互いに目を見合わせる。特にラブラバの顔色は悪い。
――霊火が恐る恐る中を覗き見ると、清潔に見えた。
白い壁、白い床、光沢のあるパネル。
データセンターは兎に角清潔さを要求される場所ではあるが、なんかもうダメな感じの異臭が漂っていた。アパートの大家が最も嫌がる例のアレだ。
天井には蛍光灯だかLEDだかが一定間隔で並ぶが、通電していないのか光は無い。
しかし廊下には人の気配がまるでない。共連れ防止ゲートも入館証をタッチする改札も、何もかも動かなかった。
そして4人の先頭を行く霊火は、ふと横を見てうんざりしたように同行者に警告する。
「グロ耐性が無い人は出て行った方がいいよ」
「え……………?」
ラブラバが声を震わせ、硬直した。
緑谷とジェントルは表情を固くしたまま、”それ”を見た。
元々は入館を管理する場所だったのだろう。
カウンターとガラスの障壁でロビーと区切られた守衛室に、茶色くなったそれが“転がっていた”。
あれは制服を着た警備員――だった“何か”だ。
顔は半ば砕け、床に血溜まりを作っている。
両腕はあり得ない角度に折れ曲がり、背中は壁に叩きつけられたかのように陥没していた。周囲に黒い飛沫が派手に散っている。
死臭が空気を満たす。
しかも死体は一つや二つではない。守衛室の中には凡そ20を超える肉塊が腐っている。
「……っ、う……」
緑谷が吐き気をこらえてうずくまる。
ラブラバは悲鳴を上げかけて口を押さえ、ジェントルは青ざめながらも彼女の肩を抱き寄せた。
「あーあ……これは嫌な目を引いたね。ネットワークの陥落が停電とか電子的な攻撃とかならまだ良かったんだけれどな……」
「れ、霊火さん……!!!! これは……」
「……襲撃があった。ヒーローネットワークが落ちている原因はこれで確定したね」
「……っ!」
ジェントルは眉間に深い皺を寄せ、唇を噛んだ。
ラブラバは肩を震わせながら、必死に彼の袖を掴んでいる。
緑谷は、無意識に拳を握りしめて歯を食いしばった。
霊火は守衛室に視線を戻す。
血にまみれた制服の断片、肉塊と化した警備員たち。
死体の位置は散発的ではなく、ほとんどが壁際に叩きつけられている。
霊火の場合この手の殺人現場は、現場検証やら聞き込みやら解剖やらの推理パートを全てスキップしてダイレクトに死の真相に手を伸ばすことも出来るのだが、”個性”を使わずとも分かることもある。
警備員の彼らは誰一人拳銃や警棒を手にしていない。
つまり、彼らは“迎撃すらできなかった”ということだ。
「この調子だと襲撃時に施設にいた人間は文字通り全滅したと考えるのが自然か。多分侵入者が来たという通報も出来ていないね。道理でヒーローネットワークが復旧しないわけだ。大方”ピースキーパー”でゴタゴタしすぎて、本土の方では”ここ”が殺人現場になっている事に誰も気が付いていないんだろうな」
霊火の声は平常運転だった。
ジェントルが苦悶の表情を浮かべ、ラブラバを抱き寄せながら低くつぶやく。
「……こんな……これは、まるで虐殺だ……」
「まあエゲつない炎上をしたくなければ、そのカメラの映像は動画投稿サイトにアップロードしない方がいいね?」
霊火は鼻を鳴らし、吐き捨てるように言った。
「データセンターに対する物理的な襲撃が確定した。犯人は、政府のセキュリティ部隊を瞬殺できる“力”を持ってる。ただの強盗でもただのハッカーでもない、化け物がここを襲ったといえる」
そして霊火はこう告げた。
「問題はその化け物が”どこにいるか”だね。無事に目的を達成して別の場所に逃亡しているなら良し。だけど暗い廊下の角で次の獲物を待っているとかだったら、次殺されるのは私たちかも?」
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