霊火のシェルター『サブノーティカ』内部。
その内部に設えられたシアタールームは、壁一面を覆う巨大なスクリーンとリクライニングソファが並ぶ豪奢な空間だ。
世界で一番贅沢で安全な闇の中、片眼を眼帯で覆った霊火はソファに沈み込みながらくすくすと笑った。
上演されているのはありふれた娯楽映画ではない。
それは動画投稿サイトにアップされた一本の総集編――ジェントルとラブラバによる〈ピースキーパー活動〉の記録だった。
因みにタイトルは【【ピースキーパー】ピースキーパー、全力活用してみた!!!【ジェントル・クリミナル】【ラブラバ】【怪傑浪漫】】である。
緑谷はぐっと身を乗り出し、スクリーンに映るその姿に興奮したように拳を握りしめた。
「わあ……凄いね。ジェントルたちも平和を取り戻す為にこんなに頑張ってたんだ……!!」
「彼らは"ピースキーパー"ユーザー第4位だからね。どうしてここまでの才能が迷惑系動画投稿者をやっていたのやら……」
動画に映るのは、怪盗紳士が敵を退治するシーンだ。
更に炎上寸前の市街地で子供を抱えて走る姿、瓦礫を吹き飛ばして華麗に親子を救助する姿が映し出される。
彼の傍らで必死にカメラを回し、編集を担った少女の息遣いさえ伝わるかなり高クオリティな動画だった。
画面下には誇らしげな数字が光っていた。
再生回数は一億超。評価欄に並ぶ親指マークも再生数の二割を越えている。
『
画面の中のジェントルが動画特有のエフェクトと共に調子の良いことを宣言していた。
霊火はニヤニヤ笑いながらこう切り出す。
「彼らは間違いなくこの騒動で"手に入れた"側だね。私としては羨ましい限りだけれど」
「霊火さん……」
「私と来たら『ギガントマキア』襲撃から碌な目に遭ってないのに。左腕も右目も父親も人望も何もかもを失ったけれど、私何か悪いことしましたかって感じ!!」
そう喚く霊火で一番目立つ要素は、やはり右目の眼帯だ。
発言内容の重さの割には口調が軽い霊火に、緑谷が恐る恐る話しかける。
「……霊火さん、大丈夫? 何処か痛くない?」
「痛いか痛くないかで聞かれたら普通に痛いんだけれど、そうじゃないじゃん。ね、出久くん、どう?」
そう言って霊火はソファの上をするりと滑るように、緑谷のパーソナルスペースへと侵食する。
眼帯に隠されていない左目を、悪戯っぽく細めて彼をじっと見つめた。
緑谷は咄嗟に両手で霊火を遠ざけようとしながらもこう答えた。
「……霊火さん、すごく似合ってるよ、その髪型とか、お洋服とか……」
「そうかな? 正直この格好、出久君の好みに合うのかはあんまり自信が無かったんだけれど、そう言ってくれると嬉しいなあ」
定期的に髪型をガラリと変える霊火だが、今回は全体的にゆるいウェーブがかかった黒のロングヘアだ。
前髪はシースルーバング系の軽めのスタイルで、インナーカラーは強めのピンクを選択。
大きな黒いリボンを頭の横につけたゴスロリ系と言えるファッションである。
そして(緑谷のような女慣れしていないクソナードが好みそうな)ナチュラルメイクを選びがちな霊火にしては珍しく、今回はメイクの方もバチバチに手がかかっている。
まず、眼帯に隠れていない左目を縁取るのは赤系のアイシャドウ。特に下まぶたに広く入っているのが特徴で、涙袋を強調するやり方だ。
アイラインは目尻を下げて描き、ややタレ目になるように見せている。
見る人にどこか泣き腫らしたような印象を与える、所謂"地雷"と呼ばれるメイクである。
そして元々真っ白の頬にはうっすらとピンク系のチークを入れ、リップは血色感を抑えたピンクベージュ。
オーバーサイズのフードパーカーにチェーンがジャラジャラ付いたダメージジーンズ。
ピアス穴を空ける趣味は無かったのでノンホールピアスだらけの耳。
これでも本式の地雷系に比べればかなり薄めの化粧ではあるのだが、見た目だけならサブカル地雷のメンヘラ女と化した霊火は気怠げに笑った。
「鏡に映った自分の顔を認識できないからメイク大変だったあ……。でも出久くんってこういう派手な女が苦手だと思ってたよ? 実際どうなの?」
「確かにギャルっぽくて、街中を歩いてたらちょっと怖いかも。 霊火さんは何しても可愛いし、派手な格好していてもちゃんと霊火さんだと分かるからね。本当にすごく似合ってるよ!!」
「出久くんはいつも私の見た目だけは手放しで褒めてくれるよね」
霊火は嬉しげに、首元で結んだ細い黒いリボンを指先で弄った。
……右目の手術をする時に、霊火の髪をまとめる為に緑谷が用意してくれたリボンだった。聞いてみるとワゴンで投げ売りされていた安物らしいが、霊火に捨てるつもりは全く無かった。
「ふふ……えへへ………そっか、似合ってるかあ……!!」
フリルやリボンに大きめの服などで守ってあげたくなるような雰囲気を演出する傾向が強い地雷系ファッションは、華奢で童顔な霊火との相性がとてもいい。
そして地雷系御用達のオーバーサイズのトップスや分厚い厚底の靴は、低身長適性が高い装備でもある。
霊火の場合は地雷系メイクの基本である血色感を抑えた白い肌も持ち合わせるため、この手のファッションは前々から目をつけていた分野ではあった。
(本当はコンサバ系とかモード系のお姉さんファッション着たいんだけどなあ……。低身長貧乳には似合わないんだよなアレ……)
胸がもう少しあったら着れる服のバリエーションも増えてくるのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
もっとも胸はあまり大きいと、今度はオーバーサイズやタートルネックやAラインが似合わなくなるのが難点なのだが……。
脚の怪我のせいで『脚を見せられない』というファッション上の縛りを抱える霊火は割と服選びが大変なのだ。着れる服が少なすぎる。
それを知ってか知らずか、緑谷は不思議そうに首を傾げた。
「でも霊火さんがこういうファッション着るのって珍しいね。もしかしてこういうのが好きなの?」
「嫌いではないよ? でも、どちらかと言うと眼帯の痛々しさを緩和するための病み系かなあ。ほら、いつもみたいなお嬢様系が眼帯をつけてたら凄い怪我してる感があるけれど、リスカをSNSに嬉々として上げてそうなバカ女だったら眼帯しててもオシャレ枠ってなるでしょう?」
「リスカって何?」
「忘れて。検索もしないで」
いらん地雷を踏んだ猫系ギャルは慌てて話を打ち切った。
いくらメンヘラ女の恰好をしても、強靭なメンタルと気配りをキープできるのが霊火のいい所だ。
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結論として、超常治安維持システム『ピースキーパー』はその役目を終えた。
発端は、ヒーローネットワークの復旧により海外ヒーロー招集の手続きが可能になり、世界中のプロヒーローが日本に駆け付けた事だ。
特に米国ナンバーワンヒーロー『スターアンドストライプ』の来日の影響は大きい。
その存在は強力な抑止力となり、息を潜めていたヴィランたちは鳴りを潜め、日常と化していた路地裏の銃声や爆発音は嘘のように消えていった。
犯罪発生率は誰の目にも明らかなほど急激に低下し、それを受けて政府およびヒーロー公安委員会は、国内の脅威レベルを段階的に引き下げることを正式に決定した。
この決定は、すなわち『ピースキーパー』の存在意義の終焉を意味していた。
監視社会の構築にAIによる脅威度判定、敵に対する即時の実力行使許可という平時では考えられない超法規的権限はそれらは治安の回復という名目のもと、一つ、また一つと凍結されていったのだ。
また、街には日常が戻りつつあった。
破壊され、瓦礫の山と化していた商店街には再び色とりどりの看板が灯り始めた。
コンクリートの粉塵の匂いと死臭が薄れ、代わりに飲食店から漂う香ばしい匂いが鼻をかすめる。
休校を余儀なくされていた学校からは、忘れていた子供たちの明るい声が響き渡った。
その復興の速度は凄まじいの一言に尽きた。
しかし実際の所は誰もが凄惨な被害の記憶に喘ぎ、心と体に深い傷を負っていた。今回の敵災害はあまりにも人的被害が出すぎたのだ。
しかし、人々は無理矢理にでも顔を上げて互いを支え合い、新しい日常をその手で築き上げていったのだ。
だが、光が強ければ影もまた濃くなる。
この未曾有の騒動とその後の急速な復興の陰で、全ての人間が等しく手を取り合っていたわけではない。
混乱は一部の者にとっては絶好の機会でもあった。瓦礫の山から富を拾い上げて人々の絶望を糧にして肥え太る者たち。
誰もが必死に未来を紡ごうとしているその裏で、強かに利益を確定させた人間も確かに存在したのだ。
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▶緑谷出久の場合
「それにしても出久くんは随分と儲けたね。”ピースキーパー”の時は私の数倍働いていたじゃない。どれぐらい稼いだの?」
「……今残っているのは、110億円ぐらいかな」
「もう引退でいいじゃん。私と一緒に海外に土地でも買って隠居しようよ」
霊火はかなり本気で提案したが、緑谷は少し居心地悪そうに頭をかいた。お金の話題は苦手なようだ。
フラれてしまった霊火はドリンクのストローをくわえて、唇を尖らせる。とても悲しい。
「……私じゃ嫌?」
「そうじゃなくて! ほら、こんな大金使いきれないよ。だから災害復興とか医療とか、もっと必要なところに寄付や支援として回すんだ」
「お人好し。性善説の世界チャンピオン。究極の馬鹿。金儲けしか頭にないプロヒーローの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい……」
「あんまりされた事がない怒られ方だ」
見知らぬ人に支援するよりも、緑谷本人が使って贅沢して欲しいのが正直な気持ちだった。
人間不信を極めている彼女はジト目でため息をつく。
「まあ、30億も使って命を助けてもらった身としては強く言いにくいけれどさ、寄付や支援をする時には慎重にね?」
「ぼ、僕だってちゃんと相手を見て寄付するつもりだよ!! ちゃんと活動実績とかを見て――」
「この手の大型災害の後に出てくる支援団体は出久くんみたいな善意のお人好しから金を吸い上げるプロフェッショナルだから甘く見ないこと。貴方みたいな世間知らずクンは、綺麗なホームページと感動的な体験談であっさり騙されるんだから。せめて私を通しなさい。……というか、私との海外移住がそんなに嫌?」
「そんなことないよ! でも、本当に困っていて助けを必要としている人たちがいるのは事実なんだ。それに、誠実に活動している団体だってきっとたくさん……」
霊火は特大の溜息を吐きだした。
確かに緑谷の言う通り、支援団体の”怪しさ”と一口に言ってもその度合いは様々だ。寄付金が綺麗に消える真っ黒な詐欺団体から、真摯に支援を行っている団体まで存在する。
しかし霊火からすれば支援団体は団体である以上、どこまでも利権が絡むものだった。
そもそも悪性が極めて強い霊火は、基本的に無償の善意というものを信じていない。
人が何か行動する以上そこには利害か優越感が存在すると考えるべきだ。むしろそれ以外の動機で動いている人間の方がおっかない。
「……何事も斜めに捉えたがる私の悪い癖なのかな、これ。寄付金と名が付くだけで警戒レベルが跳ね上がるんだよね……」
「でも……」
「まあ、そこまでしてどこかに寄付したいなら私に預けてみたら? 私の”お父さん”の殻木球大院長は孤児院や介護施設を運営していた人なんだけどさあ、あの人が殺されたせいで色々な権利が私の方に転がり込んできたの。その大金を預けてくれるなら、そこの運営資金にしてあげる。謎の団体に預けるよりはお金を有効に動かせるよ」
「……霊火さんのお父さんって、そんなに立派な人だったんだね」
「地元の名士って奴だよ。まあ、私はその手の弱者救済には全く興味がないから、慈善事業の経営権だけ渡されても手間がかかるだけで迷惑なんだけどねぇ……」
実際のところ『ドクター』が児童養護施設を作った目的はあらゆる意味で凶悪そのものなのだが、霊火はその事実を胸にしまい込む。
というか時々行方不明者が出るような施設を渡されても正直どう扱っていいか分からない。
「まああの人は普通に子供も孫もいるから遺産の扱いが複雑すぎて……。やっぱりお金の話はもういいや。で、出久くんはこれからどうするつもり?」
「え?」
「出久くんのお母さんのこと。引子さんを説得できそう?」
実は数日前、霊火たちは雄英高校から重要な知らせを受け取っていた。
生徒と保護者へ向けて届けられたそれには、これまでの通学制を改めて学校が用意した専用の施設での全寮制へ移行するという、重大な決定が記されていた。
霊火は肩を竦める。
「ま、正直あのお知らせについては、雄英もかなり無茶を言ってるなとは思ったけど……」
「……お母さん、そもそも僕がヒーローを続けること自体を良く思っていないみたいなんだ」
「あ~……まあ、実の母親なら当然そう思うよ」
林間合宿の襲撃後、緑谷引子は警察関係の施設で保護されていた。
そして数日前、霊火たちは彼女を迎えに行ったのだ。
緑谷は、小さな声で呟いた。
「……………………お母さんに、いっぱい心配かけちゃったな」
「だろうね。やっぱり私が左腕を消し飛ばされた上に右目を失ったのが決定的だったかな。いくら”ピースキーパー”での息子の輝かしい活躍をメディアで見たって、その友人の私がこの惨状じゃあね。母親として、息子には今すぐヒーローをやめて欲しいって思うに決まっているよ」
”ピースキーパー”騒動で、緑谷出久の名声はかつてなく高まっていた。
誰にも手を付けられなかったギガントマキアへ果敢に接近戦を挑む姿が全国に中継されたのだ。
その後の狂乱の時代を終わらせた最大の功労者でもある緑谷出久――彼の評価はもはや揺るぎない。
緑谷の場合は性格や人格も非常に善良でヒーローとして申し分ない事もあり、新聞やニュースは彼の活躍を繰り返し伝えた。
子どもたちは彼に憧れ、街角では「彼がいたから日本は持ちこたえた」と語られる。
市民は『デク』というヒーローに“希望”を見出していた。
緑谷出久は目を瞑って頷く。
「……お母さんは、僕が何とか説得するよ」
「一応言っておくけど、私は手伝わないからね。最近、引子さんに『この子さえ出久の前に現れなければ、あの子はこんな危険な目に遭わずに済んだのに……』って目で見られてる気がして……」
「お母さんは、霊火さんにそんなこと思ってないよ」
「そうかなあ……?」
半信半疑の霊火は肩を竦めた。
ただ、この話題を掘り下げても不毛だと判断して話を先に進める。
「ま、他に気になるのは雄英が全寮制に移行する本当の理由だね」
「え、雄英からの手紙に大体書いてなかった? 雄英が何度も敵の襲撃を受けているからその対策だって」
「それもあるだろうけど絶対にそれだけじゃないよ。もっと別の狙いがあるはず。というか十中八九、『内通者』探しだと思うけれど……」
「な、内通者!?」
「あれ、この話してなかったっけ?」
霊火はずっと『内通者』の存在を疑っていたのだが、その事を緑谷に共有するのを忘れていた。
「あー……そもそもUSJにしても林間合宿にしても、敵連合はどうやって極秘のはずの授業カリキュラムや、プッシーキャッツのキャンプ地を特定したのかって話。私の病室が爆破されたのだって多分そうだよ。絶対に雄英の内部に情報を流してる裏切り者がいる」
信じられない、と緑谷は表情をこわばらせる。そんな彼に霊火は続けた。
「まあ、雄英の大人たちも犯人捜しのために学内に寮を作ったんだと思うよ」
「……霊火さんじゃ、ないよね?」
「ひどーい……。だとしたら私は体を張りすぎでしょ。左腕を失ったんだよ私。USJでも林間合宿でも毎回死にかけてるのに……」
霊火は意図的に目元に大粒の涙を浮かべてみた。緑谷が必死に謝り出した。チョロい。
実際、霊火は『内通者』ではないので、この疑惑については特に心配する必要はない。
「……仮にそういう人がいたとして、霊火さんは誰だと思う?」
「容疑者なんて無限にいるんじゃない? でも私なら、自分がいる学年やクラスのカリキュラムに敵を呼び寄せようとは思わないかな。そう考えると容疑者は2・3年生か、普通科、サポート科、経営科の生徒。あるいはその全部かも……」
つまりは推理不能ということだ。
正直、『ワープゲート』を持つ敵連合相手に真面目に犯人探しをする方が馬鹿らしい気もする。
霊火は大きな欠伸をしながら、投げやりに言った。
「ま、今でも殺害予告が山のように届く私と違って、出久くんはどうにでもなるでしょ。今をときめく『平和の象徴』様なんだからさ」
「反応しにくいよ霊火さん……」
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▶治崎廻の場合
「若、港の倉庫全部押さえました。物資の流れ、今ならこっちで牛耳れます」
「役所がザマ見てる間にこっちで全部掌握しろ」
「はい。……ガキや婆さんが並んで待ってます。米と水、配るだけで感謝の目つきに変わりますね」
「ありがたみを知った人間は裏切らない。タダで配るな、帳面だけはきっちり付けとけ。後で必ず“義理”を返させる」
元来、ヤクザというものは社会の縁に生きながらも「裏の互助会」として機能する一面を持っている。
炊き出しや臨時の医療、暴力でしか抑えられぬ無法者の排除。そうしたヤクザ特有の手法を、死穢八斎會は徹底して展開した。
「……”ピースキーパー”が停止したのは残念でしたが……」
「あまり気にするな音本。アレは遅かれ早かれ終わってた。俺らは既に十分信頼を稼げただろう」
「組総出で奉仕活動を続けましたからね。つい先月には考えられなかったほど、私たちは社会に受け入れられています」
もちろん、ヤクザの社会貢献など慈善心からではない。
だがどれほど打算が混ざろうとも、目に見える形で人々を助ける存在は信頼を勝ち取る。
壊滅した物流を独自ルートで再建し、避難所には温かい食事を配り、地域の安全を「請け負う」姿勢は、困窮する市民にとって救いそのものだった。
結果として「八斎會に任せれば暮らしが守られる」という空気が広まっていく。
「今はまだ恩を売り続けろ。回収するのは数カ月経ってからでいい」
「了解しました、若」
そして何より大きかったのは、トップである治崎廻――“オーバーホール”の存在だ。
”ピースキーパー”ユーザー第3位。
極めて強力な”個性”を持つ若頭はその異能で敵を退治し、ヒトもモノもありとあらゆる全てを修復し、民衆から莫大な支持を集めてきた。
そして徹底した合理主義と冷徹な計算力を持つ彼は、災害対応の中で行政や企業の要人たちと巧妙に接触を図ってその場限りの「裏の便利屋」ではなく、社会に食い込む存在へと八斎會を格上げしていった。
暴対法やオールマイトに虐げられてきた極道は献身的な復興支援者として返り咲き、裏では従来のヤクザの手腕を駆使して縄張りを広げる。
二つの顔を使い分けることで絶滅危惧種に過ぎなかった八斎會は、日本全体にまで影響を及ぼす存在となった。
大災害は、八斎會にとって試練ではなく飛躍の好機であった。
瓦礫の中から立ち上がったその姿はすでに「裏社会の一角」ではなく、半ば公然たる権威へと変貌しつつあった。
「音本、俺は”銃弾”の製造を急ぐ。ここの交渉事はお前に一任する」
「はい!!!」
「ただしあくまで恩を売るのに徹しろ。おそらくすぐに治安は回復する。それを意識して動け」
――――――――
▶飛田弾柔郎と相葉愛美の場合
ラブラバのノートパソコンが甲高い通知音を立てた。
「ジェントルぅ!! 見て見てっ!! 再生数が、また上がってるわ!!」
「おおっ……! 長い下積み時代だった……世界よ、我が優雅なる挑戦を目撃せよ!!!」
椅子をくるっと回したラブラバがスマホを掲げて満面の笑顔を見せる。
「しかもね、テレビ局から取材の申し込みが来たわ!」
「な、なんと!? ついに公共電波に我らが雄姿が映し出されると申すか!」
口元がにやけで緩みまくったジェントル・クリミナルは、高らかに宣言する。
「ふふふ……! いよいよ来たな、我々の時代が! 私と君とで築き上げたこの快挙! 世界へ羽ばたく第一歩だ!」
「カッコいいわジェントル!!! ちゃんと予定も空けとかなきゃ!」
二人はテーブルの上にスケジュール帳を広げノリノリで取材の日取りを書き込んでいく。
ラブラバは幸せそうにジェントルを見上げて、ジェントルは大仰にうなずいた。
「麗しきラブラバ、我々の舞台はついに世界規模へ! 歴史が、今、動くのだ!」
――――――――
▶殻木霊火の場合
森の奥深く。夜の湿った空気を切り裂くように、空間が黒く裂けた。
そこからにじみ出るように現れたのは『黒霧』。
――スーツに蝶ネクタイをきっちりと締めたその男は霊火に視線を注ぎ、黄色の瞳を揺らめかせた。
「互いに無事で何よりです。しかしその右目はどうなさいましたか?」
「どうでもいいでしょ? それより、敵連合が海外で何をやっているのかが気になるのだけれど」
霊火は木の幹にもたれたまま、じっとりとした目でかつてのビジネスパートナーを睨みつけた。
スーツの男は肩を竦めた。
「ご想像にお任せします。まあ、強いて言うならば”修行中”とだけ」
「なんだそりゃ。グローバル化でも推進してるの? アメリカにでも行ったとか? この期に及んでオールマイトリスペクト?」
黒霧はこの問いには答えなかった。
代わりに懐から取り出したのは、手のひらほどの大きさの黒いケースだった。
それは金属製で、月明かりを鈍く反射している。
「では」
「どうも。運搬ご苦労さま」
黒い歪みがふっと収束すると、黒霧の姿は闇に溶けるように消えた。
少女はしばし森の静けさを味わい、受け取ったケースを胸元に押し当てると夜の闇へと歩き出した。
「……あは」
霊火は笑った。
そのまま一歩、二歩と歩き、”箒”に横座りした途端に歓喜が堰を切ってあふれ出した。
「は……はは……あはははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
親代わりの『ドクター』は敵に回り、兄のように慕っていた『黒霧』との関係も途絶えた。左腕を失い、右目を失明した。それでも霊火は笑った。
夜空に向かって一人で大笑いしながら、少女は胸元のケースをそっと抱き寄せる。
「あはははははは!!! やった、やった!!!!!!!!!!!!!!! 頑張ってきてよかった!!!!!!!!!!!!!!! やった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
散々な8月だったが、最後の最後で持ち直した。
機嫌を良くした霊火は勢いのまま夜空に飛び出す。
そして霊火の笑いが止まらないのも無理は無い。
なにしろ、霊火がこの取引で手に入れた個性因子は『圧縮』と『変身』、そして『二倍』なのだから。
黒霧との取引については66話参照
やっと本編軸に戻れる……しばらく平和だ!!!
割と見た目が変わる霊火ですが、どうせまたすぐに変わります
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