夏の日差しに揺らめく空気の中、一台の電車が走っていた。
霊火と緑谷は二人並んで座席で揺られていた。
「いやまあ電車が動いているとはね。最低一カ月は運転見合わせかと思っていたけれど」
「僕も驚いたよ。ついこの前まで公共交通機関は全部止まってたのにね」
”ピースキーパー”凍結と、海外ヒーローの派遣。
緊急事態宣言が終わった後の日本の復興スピードは凄まじかった。
もっともこの辺りは、そこまで大きな被害を受けなかった地域だ。ニュースによると都心や北九州辺りはまだまだ瓦礫の山状態らしいが、霊火たちの登校ルートはほとんど普段通りに見える。
緑谷も同じことを思ったらしく、駅前を見回してこう切り出す。
「この辺りはあまり大きな被害を受けなかったんだね」
「天下の雄英高校のお膝元だからね。噂によると、ヒーロー科の生徒がこの辺りを徹底的にパトロールして治安を守ったとか何とか……」
「……クラスメイトの皆、元気かな?」
「私よりもケガしてる人がいたら結構びっくりだけれど……冷静に考えてみたら私よりも重傷なら死んでるな」
「縁起でもない事言わないでよ霊火さん……」
霊火は日差しに負けないような白黒の地雷系ファッション。
厚底ブーツにフリルのついたワンピース。ピアスにメイクに眼帯まで付けた本式だ。
強いピンクがアクセントになった黒髪のゆるふわロングは見る者に夜の街に慣れた印象を与えるかもしれないが、本人はその手の事柄にはむしろ潔癖な方である。
対する緑谷は、『すーつ』とプリントされた冗談みたいなTシャツに使い古したリュックという、実に気取らない格好だった。
地味に霊火は前々から緑谷が着ているこの手の珍妙なシャツがどこで売られているのか気になっている。霊火自身が着る事は一生無いだろうが。
「一緒に登校するのも久しぶりだね。霊火さんは体調大丈夫?」
「うん、かなり良くなった。……でも雄英が全寮制になったら、こうやって一緒に登校するのもおしまいかあ……。なんだか寂しいな……」
「でもA組の皆と一緒に共同生活だよ? 僕はちょっと楽しみだな……」
「……私も楽しみじゃないといったら嘘になるけれど…………うん……」
『霊火さんと一緒に登校できなくなるのが寂しい』と言って欲しかった乙女心はそっと胸の内にしまい込む。
相変わらずの片想いだった。正直ここまで尽くして何も無いと、本気で自信がなくなってしまう。
(出久くんはもう、有名人で大金持ちで性格も良くて……。……腕も右目も無い私じゃ、もう釣り合ってないのかな。もし出久くんがもっと凄い人に告白されたら、好きな人が出来たからって簡単に捨てられちゃって…)
想像するだけで吐きそうだった。
霊火が若干マジでブルーになっている間に、ブレーキ音と共に電車が駅に着いた。
アナウンスされた駅名は雄英高校の最寄り駅だ。二人はすぐにシートから立ち上がる。
緑谷は質問した。
「確かクラスの皆も先生たちも、皆雄英にいるんだよね?」
「それは『ピースキーパー』が発動していた期間の話だよ。緊急事態宣言も解除された今、先生に引率されて都心でボランティア活動に参加してる人も多いんじゃないかな?」
ちなみに、”ピースキーパー”期間中の雄英は、ヒーロー科の生徒全員を学校周辺に待機させて管理下に置くという方針をとっていた。
実際に霊火は、『ピースキーパー』ユーザーとなった雄英ヒーロー科生徒を自分自身と緑谷以外に確認していない。というか実は霊火たちも雄英から『ピースキーパーへの登録を禁止する』メッセージがスマホに届いたのだが、2人で見て見ぬふりをした。その時には既に5億程稼いでいたし。
全くの余談だが、この雄英の生徒に向けた”ピースキーパー”禁止令は世間から相当な批判を受けたらしい。
雄英の運営サイドから見るとこの方針は生徒を預かる身として当然の安全戦略ではあるのだが……世間からは「臆病だ」「俺たちを見捨てるのか」「税金泥棒め」と言われまくったらしい。割と理不尽な話だ。
まあ、”ピースキーパー”期間中の治安崩壊っぷりは本気でヤバかったので、一般市民が必死に庇護を求めるのは仕方ない所もあると霊火は思っているのだが…………。
電車から駅のホームに降りると蝉の声がじりじりと響く。
背後でドアが閉まり、車輪が再び回り出して車両は風を切って走り去っていった。
二人は夏の日差しの下、肩を並べながら雄英高校へと歩き出した。
「あっつい……暑くて死にそう……」
「霊火さんは本当に熱中症に気を付けてね」
「あ~もう、空を飛んでダイレクトに雄英に行けたら楽だったのになあ……私の”箒”が規制に引っ掛かってなければ……」
「霊火さんには悪いけど、遅かれ早かれ禁止されていたと思うよアレは……」
「そんなに危険な物じゃないよあの子は……!!」
ラムジェットエンジン付きの個人用航空兵装。通称『魔女の箒』。
霊火が一から設計したAMBACシステムと搭乗者の体重移動を組み合わせることで、戦闘機を凌駕する三次元的な機動を可能にした次々々世代機。
”ピースキーパー”中の霊火が好き放題に乗り回した結果、ついに違法判定されてしまったのだ。
霊火は心底納得がいかなかった。
「うーん……大気圏再突入技術が悪さしたのかなあ……それとも完全自立の殺戮モード……?」
「そのすっごい物騒なワードは聞き間違いだよね? え、一応聞いてみるけれど霊火さんの”箒”って何が出来たの?」
「迎撃が無ければ90分以内にここからホワイトハウスに単独で飛んで行って、大統領をアセチレンバーナーでサイコロステーキにして、その後日本に帰ってくるぐらいの性能しかないよ」
「ちゃんと壊して、設計図も捨てた?」
「え、アレは設計図無しでその場で適当に作り上げた手抜き機体なんだけど……」
緑谷が頭を抱えたので、霊火は慌てて弁明を始める。
「いやいや、それこそアメリカ辺りが持ってる『ティアマト』とかICBMとかの方が100倍危険だって!! 何しろあっちは先っぽに核弾頭を載せられるもん。あそこまで破壊力を担保できると、もう精密性も何もあったもんじゃないし!!」
「そういう問題じゃない事、分かっているよね?」
「う、うるさいなあ……。あのねえ出久くん、大気圏再突入技術ってそんな難しい物でもないんだよ。大陸間弾道ミサイルなんて、超常黎明期以前の冷戦時代に開発された骨董品でも30分でアメリカ大陸からアジアに届くんだよ? 私のなんて大した事無いって……」
というわけで順法精神に溢れる霊火は、これでも律儀に徒歩と公共交通機関で移動しているのだ。
この分だと従来型の“鬼火”の推力のみで飛ぶサポートアイテムの再開発が必要になるかもしれない。
改札を抜けて駅前に出ると、緑谷は頭を抑えた。
「おかしいな……なんかずっと頭が痛いんだよな……」
「え、熱中症? 大丈夫?」
「大丈夫……だと思う……でもそう言うのじゃない気が……」
夕暮れ時のバスロータリー。調子が悪そうな緑谷は、隠れた敵を探すかのように周囲のビル群へ何度も視線を走らせて不安げに切り出した。
「こんな開けた場所で無防備に座っていたら、もし誰かに襲われたら……」
「“ピースキーパー”期間は終わったよ? 道端を歩いていて見知らぬ人に攻撃されるフェーズはもう過ぎました。だから日常生活からあんまり敵襲を警戒していると心が擦り減るよ?」
狙撃を警戒する兵士さながらの緑谷の様子に、霊火は少し眉をひそめた。
典型的な戦闘後ストレス反応だ。緑谷の症状は「過覚醒」と呼ばれ、安全な環境でも常に敵を警戒してしまう状態だ。これは過酷な体験の後に多くの人が経験するが通常は数週間で自然に治る。
(いやまあ”ピースキーパー”中はそこら中で凶悪犯罪が起きて、ありとあらゆる方向から殺意剥き出しの不意打ちが飛んでくる魔境だったからなあ……平和慣れするにも少し時間はかかるかも……)
あまり重症化するとPTSDとかに繋がるから気を配ってあげないとな、と霊火が呑気に考えていると、少年はこう続けた。
「でも霊火さん、なんか本当に嫌な予感がしない? 僕だけかな?」
「ん、んん? 第六感的な?」
「僕、さっきから強い頭痛がして、まるで誰かから見られているような……」
咄嗟に霊火は嫌な連想をした。なんか聞き覚えがある話だ。これはそう、緑谷出久の「OFA」について調べていた時の資料の中に―――
「霊火さんッ!!」
叫びと同時に猛烈な力で路上に叩きつけられた。
押し倒された。背中をアスファルトで強打した衝撃で霊火は短く悲鳴を上げる。
緑谷に攻撃された精神的ショックが大きすぎて本気で状況を見失う霊火だったが、ブレる視界の中で高速で何かが突き抜けていった。
緑谷に押し倒される前まで、自分の頭があった位置だった。
(…………………………え、狙撃!? 何処から!?)
耳元を掠めるような甲高い風切り音がした。
信じ難いことに初撃の”それ”は、物理法則を完全に無視した動きで空中で鋭く旋回。
一度通り過ぎた筈の攻撃が折り返してきて、再度霊火を狙ってくる。
「なっっ!?」
ホーミングする飛び道具。
押し倒されて身動きが取れない霊火の脳天目指して地面スレスレの低空を飛ぶ飛行物体が、絶対に回避できない速度と精度で迫ってくる。
「ッシ!!!!!!!」
緑谷が鋭い呼気と共に放った蹴りが、飛来物の側面を正確に捉えて軌道を逸らした。
ビィィィン……、と少し離れた黒いアスファルトに突き刺さり、小刻みに震えているのは"矢"だ。
遠方からの狙撃。銃声が聞こえなかったのは弓矢だからか。
「やっ、ヤバい……。死にかけてたな私今!?!?!?」
「行くよ霊火さん!!! 安全な場所に移動しよう!!」
「滅茶苦茶変な動きしてたよあれ!! スナイプ先生みたいな"個性”持ち!?!? ピースキーパー”はもう終わってるのに何でこんな殺傷力の塊が出てくる訳!?!?」
緑谷は霊火を抱えたまま射線を切ろうとして、ビルの隙間に飛び込むが――。
「っ……このっ……!!」
ようやく混乱状態から立ち直った霊火は矢が飛んできた方向を大雑把に計算して、右手を真っすぐに300メートルほど先のマンションに向けた。
黒レースの袖がふわりと広がり、華奢な指先から眩しい火花が弾ける。
「どこの誰だよもう!!!」
霊火の泣き言と共に見えない衝撃が烈しい閃光となって空を裂く。
――ズドン!!! と。
かなり雑に組んだ『トランジスタ』は、重い衝撃音と共にマンションのど真ん中に大穴を空けた。
やや遅れて感じる衝撃と音。
頬をなでる風圧に耳の奥でまだ残響する風切り音。
直径5メートル程の風穴が空いた建物を見た霊火は、軽く髪を払って顔を顰めた。
……狙撃にビックリして後先考えずに撃ったが、うっかり一般人を巻き込んでいないかが結構不安だ。
そもそも冷静に考えれば、曲がる弓矢相手に撃たれた方向に攻撃しても射手に当たる訳がない。弾が真っ直ぐにしか飛ばない銃火器へのカウンタースナイプとはわけが違うのだ。
割と極限のミスをやらかした可能性がある霊火は大きな舌打ちをした。
「さ、最悪!!! え~、これまた私は”個性”の無断使用で怒られるの!?!? マジで納得いかない!!!」
「でも互いに無事で良かった……。なんか電車を降りた瞬間から誰かに見られている気がしたんだよ……霊火さん、怪我はない?」
「出久くんのお陰で助かったよ!! なんか最近こういう感じで貴方に助けられること増えたなあ……」
一昔前の緑谷出久はまだしも、今の彼はただただ最強の増強系ゴリラであるため、霊火も何かと助けられる場面が増えてきた。
普通に毎回心臓が止まりそうなほどトキめいているので本当に勘弁してほしい。
「ところでそれ、もしかして『危機感知』?」
「『危機感知』って……あ!!!」
「そうだとしたら便利だねそれ。不意打ち効かないの偉すぎるなあ」
そうこうしている内に、表通りの方では一般市民のざわめきが大きくなってきた。
霊火は指先に次の『トランジスタ』を装填しながら不機嫌に周囲を見回す。
「まあ”それ”については後で話そうか出久くん。ああもう最悪……本当に最悪だし……」
「大丈夫!!! 僕がカバーするから冷静に……うわ、また来た!!!!!!!!!!!!!!!」
ヒュン……と、空気を切り裂く音が聞こえた。
ビル影に隠れた霊火と緑谷を狙って、複数の"矢"が放物線を描きながら狭い路地裏に飛び込んでくる。
矢の速度が恐ろしく速く、霊火の反応は全く間に合わなかった。
霊火の胸元を狙う矢の先端を、緑谷が裏拳で弾き飛ばした。
「痛っ……!!」
「ご、ごめん!! 私がヘマして――」
「大丈夫!!! 軽傷だよ!! 霊火さんは気にしないで!!」
無理に笑顔を作る少年は、霊火に見せたくないとでも言うように右手の甲を自身のシャツに押し付けて庇う。
しかし明らかに出血量が多い。本人は軽傷と言ったが相当深い傷だった。
霊火は真っ青になる。
(う……嘘でしょ!?!? ……毒とか塗られてないよね!?!?)
緑谷は矢毒という選択肢自体に気が付いていないみたいだ。伝えない方がいいだろう。
しかしこうなってしまうと、毒が塗られているにしても霊火の杞憂にしても一刻も早く医療機関に放り込まないといけない。
何しろ毒矢は、その性質上当たれば死ぬのだ。
ゲームとは違って本物の毒は、種類によっては数秒で心臓を止める。万能の解毒薬なんてものも無い。
もし、もしも毒が塗られていたら、彼は――。
「だ……大丈夫? 本当に? その……ほんとう?」
「…っ!! 本当に大丈夫だよ霊火さん!! 出来るだけ早くここから離れよう!!」
霊火がどれだけ絶望的な顔をしていたのか、少年は左手を力強く握ってニッコリと笑って見せた。
「……そうだね。少し落ち着こうか。大丈夫、ここには私も貴方もいる。多少先制されても、絶対に逃げ切れるからね」
緑谷を不安にさせないようにいつも通りの笑顔で余裕を演出しようとも、どうしようもない焦燥と怒りと憎悪が瞬く間に脳内を支配していく。
(殺す……何処の誰かは知らないけどもう絶対に絶対に絶対に殺す!!!!)
少女は歯軋りしながらも、歯の隙間から小さな声で分析を続ける。
「念動力系かな? 『撃ち出した矢を操作して狙う』か『設定したターゲットを追跡する矢を撃ち出す』かで結構話が変わってくるね」
「……ごめん、どこらへんに違いがあるの?」
「私が"個性"で煙幕を張って良いのかダメなのかが違う。前者のケースなら『弓使いの視界を遮って撃てなくする』事が出来るけれど、後者のケースだと『私たちがホーミングしてくる飛び道具を視認出来ない』という最悪の状態になる」
「あ、なるほど……」
「まあハイブリッドの可能性すらあるから参考程度に考えておいて。とにかく早めに切り上げよう」
どちらにしても、遮蔽物の裏に隠れるといった対遠距離"個性"の鉄則は通用しないと考えるべきではある。
そしてすぐに次の攻撃が来た。
路地裏にヘアピンカーブで滑り込んでくる矢を見た緑谷は、怪我を庇いながらもそれでも霊火の前に出ようとした。
「霊火さん下がって、僕が盾に――」
「ここは私にやらせて!!」
唇に指を二本当て、口笛を吹く要領で鋭く息を吹いた。
『竜巻による災害死』。
甲高い音が炸裂し、狭い路地裏を全てを削り取る勢いで不規則な突風が吹き荒れる。超常の矢は超常の嵐に煽られて制御を失い、コンクリートの壁に深々と突き刺さって沈黙した。
(コンクリートだよ!?!? どんな貫通力して……!?)
霊火は矢の破壊力に戦慄する。
おそらく”個性”で強化されているのだろう。銃火器に比べて射程が短く精度も低いという弓矢の弱点を、襲撃者の"個性"は完全に克服してしまっている。
こうなると、消音性の化身で火薬の匂いもマズルフラッシュとも無縁という弓矢本来の強みが活きる。
更には軌道操作で遮蔽物さえ迂回してくるのだ。飛び道具としての最低限のルールすら無視した極悪な性能。
隠密狙撃という一点で、かの『レディ・ナガン』よりも厄介かもしれない。
一方で霊火の暴風の巻き添えを喰らって猛スピードで表通りに飛んでいった室外機の行方が気になったのか、緑谷は霊火にこう聞いた。
「霊火さん、飛んでくる弓矢を“鬼火”で焼き払うことってできない……? 前に狙撃銃に狙われた時はやれてたよね? このやり方だと周辺の被害が……!!」
「……右目が見えなくて遠近感がダメになっちゃったから、高速で飛んでくる放射物にピンポイントで“鬼火”を当てるのはちょっと難しいかも……」
「っ……!! そっか……それはしょうがないね……」
トライしてみてもいいが、失敗=即死というのはかなり怖い。
そして思考を整理する隙がないまま次が来る。今度は狭い路地にいる2人の前方向と後ろ方向、挟み撃ちの形となるように路地裏に滑り込んできた。
「っ……!!」
挟撃。
緑谷は高速で飛翔する矢のシャフトの部分を正確に掴み取った。動体視力といい反応速度と言い、"首輪"なしとは信じられない神業だ。
対して霊火の方は、"面"の火炎放射で路地裏全体を焼き払う。一応、矢は高熱で瞬時に炭化し霧散したが、少女の表情は晴れない。
『トランジスタ』は空間や空気に作用するその性質上、必ず範囲攻撃だ。
こんな街中、それも狭い路地裏でこの手の攻撃を連発したら狙撃手云々以前に緑谷と一緒に大火事で自滅しかねない。
そもそも今の時点で放火扱いで捕まりそうだ。
チラりと緑谷の方を見ると、やはり右手が痛むらしく動きが悪い。
そして仮に鏃に毒が塗り込まれていた場合、彼には動いて欲しくない。何故なら運動して心拍数が上がれば上がるほど毒が全身に回ってしまうからだ。
仮に毒が塗られていなかったとしても、出血量が多くなるのでどちらにしても動いて欲しくない。
この際逃走という形で良いので、迅速にこの戦闘を終わらせたい。
「っ……こうなったら……」
「霊火さん落ち着いて!! 僕は大丈夫だから!!」
ギガントマキア戦やホークス戦で行ったように地形と一般市民を纏めて景色ごと押し潰すと言った大味な攻撃を出来るならば、したいと言うのが本音だった。
とにかく恐ろしい難敵だ。
高射程"個性"同士のシビアな集中力勝負になってしまった場合、スタミナに不安がある霊火はおそらく競り負ける。
「……っ、仕方ない。聞いて出久くん、賭けに出ようと思う。このままじゃジリ貧だ」
「……教えてくれる?」
「私がこの地域一帯を強烈な暴風と視界不良で閉鎖する。矢は銃弾以上に風に弱いから流石に精度が下がるはず。こちらからも視界が悪くなるけれど、向こうだってそれは同じ。何とかここを抜け出して雄英高校に駆け込みたい」
「……分かった。僕は何をすればいい?」
「私の暴風から自分の身と、出来れば私も守って。あと、正直に告白すると敵のデータが全然分からない。いきなり"2人目"が飛び出してくる可能性とかまで想定して、ケースバイケースで対応してほしい。出来る?」
緑谷は力強く頷いた。
それを見た霊火は、薄く微笑んで目を瞑った。
少女の掌から生み出されたのは、はじめはそよ風だった。
だが次の瞬間、8月の世界は反転する。
凄まじい圧力を伴った突風が渦を巻き、瞬く間に径を拡大する。半径400メートル。風速は秒速60メートル超。
空気は凍てつき、建物や道路は一瞬で白に染まった。
エッセンスは『吹雪による遭難死』『雪崩による遭難死』『凍死』『暴風雨による死』。
霊火が再現したのは、登山家を死へと誘う冬山の大吹雪そのものだ。
体感温度は一気にマイナス60度。
ホワイトアウト。視界は完全に封じられた。上も下も右も左も全てが白。地面と空の境界はない。
雪と暴風で、ジェット機のエンジンを真横で聞いているような耳をつんざく轟音が絶え間なく鳴り響く中、緑谷は叫んだ。
「こ、これ市民の皆様を巻き込んでない!?!?」
「20秒ぐらいしか持続しないから大丈夫なはず!!」
『死因』の乱発で嫌な感じの頭痛がするのを無視しながら、霊火は視界がゼロの中、緑谷の腕を引いて急いだ。
(……『雲』を使えればこんな面倒な事する必要ないんだけれどな……)
雄英高校に入ってからは複数"個性"の隠蔽のため全く使う機会がないが、『雲』は移動にも攻撃にも防御にも連係にもオールマイティに扱えるとても強力な"個性"だ。特にこの手の遠隔"個性"相手ならば一方的な相性勝ちも狙えるのだが。
(……無い物ねだりをしてもしょうがないか……。私とか『死因』を使ってる時よりも『雲』を使ってる時の方が強いんだけれどなあ……)
そして霊火は、お目当てのモノに近づいた。
明るいシルバーメタリックの、背の高いコンパクトなミニバンだ。街中でも運転しやすそうなサイズ感の有り触れた車種である。
中に持ち主はいない。
吹雪の中、霊火はドアに手を伸ばした。
「何が……」
「えいっ★」
「待っ――」
ジュッ!! と軽い音がした。
ドアロック機構を焼き切ったため、当然ドアが開くようになる。何も鍵穴に針金を突っ込む事だけがピッキングという理由ではないのだ。
手慣れた早業で行われた大吹雪の中での車泥棒に絶句する緑谷を無理やり後部座席に押し込むと、霊火もさっさと運転席に乗り込む。
「れ、霊火さん!?!? 免許は!?!?」
「ある訳無いでしょ?」
ハンドルの裏の方やダッシュボードに指先を伸ばして、次々に溶断。
露出した銅線やらケーブルやらを特定の手順で繋ぎ合わせるとキーも入れていないのにエンジンが点いた。この手の機械工学は霊火が一番得意とする分野だ。
外では吹雪がやや収まりつつあった。
霊火はダッシュボードの上に置いてあったサングラスをかけて後部座席の緑谷に頭を下げるようにジェスチャーをすると、レバーを切り替えアクセルを踏み込んで車体を発進させてしまう。
雪が晴れた事により、停車していた周りの車も恐る恐ると言った感じで動き出した。
何食わぬ顔で車列に合流して駅前から遠ざかりつつ、霊火はホッと息をついた。
「……撒いたかな?」
「あ、あの……霊火さん、これ大丈夫?」
「心配なのは貴方の右手だよ。それ大丈夫なの?」
知らない人の車だというのに後部座席のシートに血がボタボタと垂れていた。まあこの車両は既に霊火が破壊しきっているため今更ではあるのだが。
それにしても見知らぬ弓使いも、まさか雄英高校ヒーロー科が吹雪の20秒で車を盗難し、無免許で逃げているとは夢にも思わないだろうが……。
緑谷は右手を押さえて言った。
「大丈夫、思ったよりも痛くないよ」
「……雄英に着いたらすぐに保健室に行こうね」
次回、ハイツアライアンス(建設中)見学予定!!
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