殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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081:レプリカントの葬列

 霊火は手にしていた小さな機材を、すっと前に向けた。

 リップスティックほどの大きさの金属製の円筒。その先端が紫色に発光すると、重い振動音が辺りに響く。

 

 効果は抜群だった。

 次の瞬間、迫りくる自律稼働ロボット軍団の最前列――けたたましく機械の脚を鳴らして突進してきた装甲型警備ロボットの一体が内部から破裂。まばゆい火花を散らして爆発。

 鋼鉄の外殻は紙のようにめくれ上がり、轟音とともに爆炎が立ち上る。

 

「おっと」

 

 爆風に押されて降り注ぐ鋭い金属片を軽く首を傾けて避けながら、少女は肩をすくめた。

 

「ダメだこりゃ。至近距離で爆発させたらこっちが危ないな」

 

「ね、ねえ!?!? 霊火さん!?!? こんなポンポン壊しちゃって大丈夫なの!?!?」

 

「よく分からないけれど、こんなに簡単に壊れるようじゃあっても無くても一緒なんじゃない?」

 

 霊火が呆れた顔で相手にしているのは、一台で数十億円はする雄英高校の防衛セキュリティロボットだ。

 

 だがその高価なロボットも、二体、三体と、霊火が機材の先端をわずかに向けるだけで簡単に爆発していく。黒煙と閃光の間を残骸となった機体の部品が弾丸のように飛び散り、床を削り壁を抉った。立ち込める火薬とオゾンの匂いが息苦しいほどに濃く漂う。 

 

「なんで雄英に攻め込んでるみたいになってるんだろう私……」

 

「霊火さんが、雄英バリアを"個性"で吹き飛ばしたからじゃ……」

 

「開かないんだからしょうがないじゃんか……こっちは保健室に行きたいだけなのに……」

 

 霊火たちはこれでも正体不明の弓使いから命からがら逃げ切り、雄英高校前には辿り着いたのだ。ただ、生徒証を持っていれば開くはずの雄英バリアが何故か固く閉ざされたままで、軽い癇癪を起こした霊火が分厚い金属壁を『死因』で消し飛ばしたのが問題だった。

 結果、学校の防衛システムがこちらを"侵入者"とみなし起動した結果、今度は雄英の防衛セキュリティと撃ちあう羽目になってしまったのだ。

 

 まあ霊火としても短絡的な行動だったかなと反省してはいるのだが――。

 

「しかしまあ、実際にこうやって攻略してみると、雄英のセキュリティも案外脆いね」

 

「ねえ、一つ聞いてもいい? 霊火さんのそれ、何? なんでそれを向けるだけで相手が爆発するの?」

 

「ん? ああ、これは私がつい最近作ったアイデア品だよ。『B-エクスプローダー』って言うんだけれど……」

 

「既に名前が不穏だ」

 

「化学平衡とか電圧を外から弄って、あらゆる種類の電池を遠距離から障害物を無視して問答無用で爆発させられますってだけの芸の無いオモチャだよ?」

 

 例の如く殻木霊火印のアイデア品だが、こんなモノでも世間に知られたら戦争の形ぐらい余裕で全部変わるだろう。

 

 何しろ現代兵器はハイテクの塊だ。

 無線機も暗視ゴーグルもGPS端末もドローンもミサイルの誘導システムも潜水艦も戦車も戦闘機も、AI操作の自動迎撃装置も使用不能にする『エクスプローダー』が普及したが最後、戦争は地図とコンパスを頼りに移動し、有線通信や伝令で連絡を取り、照準器のない銃で撃ち合うといった第一次世界大戦以前の歩兵中心の消耗戦が主流となるだろう。戦場に馬が戻ってくる日も近い。

 

 そこまでのビジョンが思い浮かんでいるかはさておき、緑谷はギョッとしたような目を『B-エクスプローダー』に向けた。

 

「嘘だろ……? スマホとかも……?」

 

「スマホどころか……。ワイヤレスイヤホンやモバイルバッテリーのリチウムイオンバッテリーを吹き飛ばせるから、人に向けたら中々悲惨な事に……。ヤバ、私ったらまた変なの作っちゃった。そこらの鉛玉よりも便利だよこれ。何しろ非力な子供でも問題なく扱えるもん」

 

 霊火は上の空でそう言いながらも、緑谷の容態を注意深く観察する。

 正直、自分が作った『エクスプローダー』自体にはそれほどの興味が無い。工数も何も掛かっていない試作品だからだ。緑谷の方がよほど優先順位は高い。

 

 そして矢傷を受けた緑谷は、脱いだシャツで右手をきつく縛っていた。白い布は真っ赤に染まり痛々しさが視覚を直撃する。

 

(……出久くんも思ったよりも元気そうではあるけれど……少なくとも矢に毒は塗られていなかったかな?)

 

 仮に、伝統に則ってヤドクガエル系の神経毒辺りが塗布でもされていたならば、少年の心臓は既に止まっているだろう。地味にかなり危ないところだった。

 しかし無毒とは言え、手の甲の動脈を撃ち抜かれてドバドバ出血しているクセに盗難車から降りて一人で歩けるなど、緑谷出久も中々頑丈だ。

 霊火は身体能力的に緑谷を背負うのは難しいので、彼が自力で歩けるのはとても助かる。

 

 そんな感じで割と満身創痍の緑谷が息を切らして言う。

 

「っ……!! ところで、思っていたよりも人がいないね」

 

 今は八月の下旬。

 蝉の声ばかりが校舎に反響し、廊下に人の気配は無い。

 扉の隙間から覗く教室もすべて無人だ。いくら夏休みとはいえ静かすぎる。

 夕暮れ時ということもあり、少し不気味でもあった。

 

「ん~……ヒーロー科の生徒が全員被災地にボランティアへ駆り出されたってニュースは私も見たけれど、それにしてもいないね。ボランティアだっていうのにマジで全員行ったのか……?」

 

「ヒーロー科じゃなくてもサポート科とか普通科とか、後は先生とかが少しは校舎内にいると思ってたけど……」

 

「ヒーロー科関係者がいない雄英高校とか犯罪者の恰好の標的だとか思ったのかもしれん。根津校長辺りが」

 

 しかし霊火たちは未成年の学生のため、こういう大きな怪我をした時や不審者に襲われてる時は、基本的に大人に頼りたい。

 雄英高校へ無理をしてでも駆け込んだのは大人である教員に助けを求めるという意味合いもあったのだが、その点では完全に空振りだった。

 

「……出久くんも、私のお世話さえ無ければさっさと雄英に合流できたのにね。ごめんね?」

 

「いやいやいや!!! そんな謝る必要なんて!!!」

 

「まあ」

 

 そういう意味では、霊火はとても不本意だった。

 

「私が雄英のセキュリティと撃ちあわなきゃいけなかったのも、ここに大人がいなかったのが原因だからねえ……というかせめて一人か二人残して欲しかったけれど……」

 

「今更言っても手遅れかもしれないけど、雄英バリアに関しては僕の『浮遊』で上からお邪魔するんじゃ駄目だったの?」

 

「侵入者を自動検知した警備システムに、得体のしれない対空砲火で消し炭にされる方が嫌じゃない?」

 

 それにしても、危険な敵に追われた生徒にとっての避難場所であるはずの学校が、生徒に向かって門を開かない仕組みになっているのはまあまあ問題な気がする。

 開かないドアなど壁と同じだ。

 雄英バリアがそのまま袋小路となり、背後から迫る敵に袋叩きにされる生徒が発生しないといいが――――。

 

 保健室の引き戸を開けて内部に入った霊火は嫌な顔をした。

 

「うっ……やっぱりリカバリーガールは不在か」

 

「やっぱり被災地に行ってるね」

 

「『癒し』がいれば私たちも楽だったのに。正直あんまり期待はしてなかったけどさ……」

 

 雄英の養護教諭である彼女は非常に多忙で、平時でも病院へ慰問に行ったりして不在な事がある。この状況ならむしろ保健室にいるほうが不自然だろう。

 

 霊火は緑谷を保健室の椅子に座らせ、勝手に引き出しを漁り始めた。

 矢傷は止血だけでは全く足りない。毒がなかったのは幸いだが、出血もひどいしそろそろ感染症が怖くなってくる頃合いだ。

 

「……まあ学校の保健室だもんね」

 

 色々と足りないというのが本音だった。

 

 目に入るのは、消毒用アルコールや絆創膏、包帯、湿布、体温計、氷嚢。

 いかにも「学校の保健室」といったラインナップだ。咄嗟の怪我や熱、捻挫を想定したものは豊富に揃っている。ヒーロー科を抱える学校としてテーピングの種類やアイシングマシンも充実してはいる。

 しかし、やはり出来るならば縫合してしまいたい。しかし縫合針や医療用の糸は見当たらない。消毒鉗子くらいはあるがせいぜい簡易処置用だ。とても本格的に傷を縫える代物ではない。

 

 地雷系少女はぼそりと呟く。

 

「……ホッチキスでも熱湯消毒して使うか」

 

「え!?!? 傷を綴じるの!?!?」

 

 緑谷がぎょっとして霊火から半歩離れる。酷い。

 こちらとしても丁寧に縫ってやりたいのは山々だ。だが、保健室に手術用器具を求める方が間違っている。

 

 とは言え、木綿糸と縫い針で傷を縫い付けるという訳にもいかないが……。

 

「……じゃあここで応急処置して、落ち着き次第病院に向かう? あの弓使いが待ち伏せしていて再度交戦する事になる場合に貴方が出血多量で弱ってる以上、今度は私一人で対応しなきゃいけないのが割と嫌だけれど」

 

「……それは危ない。他の手段を考えよう」

 

「そうは言われてもね……。ここで最低限の止血処理をして、その後私がサポート科の工房で大急ぎでスキンステープラーでも作って手術するか……?」

 

「霊火さんはそろそろホッチキスから離れてくれない?」

 

「医療用のスキンステープラーは実際の医療機関でも使われている、信頼性のある医療器具だからね?」

 

 どういう外科処置をするにしても、麻酔無しなので彼にとっては相当キツイ事にはなりそうだ。

 

「まあいいや。取り敢えず消毒するよ。滅茶苦茶痛いからね」

 

「わ、分かった」

 

 明るい場所で落ち着いて傷口を見て見ると、損傷はかなり深かった。

 顔を顰めた霊火が瓶から消毒液を脱脂綿へと染み込ませている最中に――。

 

 がたりと椅子を引く音と共に、緑谷がいきなり立ち上がった。

 こちらは驚いて手を滑らせ、消毒液の瓶を机の端から落としてしまう。

 

「あ」

 

 霊火がとっさに伸ばした指先は空を切ったが、緑谷が瓶を受け止めた事でガラスの瓶が硬いフローリングに落ちる最悪の事態は回避された。

 

「ね、ねえ!!! 大人しく座っっ――」

 

 そして繊細な作業中に驚かされて面白くないのは霊火だ。呆気に取られ、次の瞬間には抗議の言葉を口にしようとする。

 

 しかし抗議の声を上げかけたその一瞬前に霊火の唇に緑谷の掌が強く押し当てられた。

 少女はギョッとして咄嗟に口元を塞ぐ手の腕を掴んで振り払おうとするも、腕力の差で全く歯が立たない。男性に呼吸を封じられた事への原始的な恐怖のあまり、一瞬本気で緑谷に殺されるとさえ思ったが、緑谷の目はむしろ霊火の身を案じる光で満ちていた。

 

 囁き声で彼は言った、

 

「(またあの頭痛……『危機感知』が反応した)」

 

 脳に冷水を掛けられたかのようだった。

 ゾッとした霊火は狙撃を警戒するため慌てて保健室の窓を見る。動揺と呼吸困難と恋心で変な風にドギマギしている場合ではない。

 

 『危機感知』は4代目OFA継承者が所有していた、自身への脅威・危機を事前に察知できる異能だ。

 またあの”曲がる矢”が保健室に飛び込んで来るかと思ったが、夕焼けでオレンジに染まる平和な景色を見る限りそのような物ではないらしい。

 

 それでも窓の外を凝視する霊火に、緑谷は声を掛ける。

 

「(多分、校舎内だ)」

 

「(……校舎内?)」

 

 当たり前だが弓矢は遠距離武器の為、室内というのは妙な位置取りだ。弓矢は銃火器と違って矢の軌道が山なりなので、そう言う意味でも屋根がある場所は向いていない。

 もしかして、あの卓越した遠隔戦闘能力を持ちながら、室内戦も行けるタイプなのだろうか?

 

 高速で思考する霊火に対して、緑谷はこう囁いた。

 

「(確証はないんだけど、さっきの人とは違う気がするんだ)」

 

 ……『危機感知』だけで分かる情報が思ったよりも多いなというのが、霊火の正直な印象だった。

 危険を察知する”個性”はそれほど珍しいモノでは無いが、緑谷のこの挙動は相手が放つ敵意や殺意を直接感じ取るタイプだろう。

 感情を持たない機械や自然災害、あるいは善意や無感情で引き起こされる事故、そして真性のサイコパスによる攻撃が感知できない可能性はあるが、それでも非常に有用な”個性”ではある。

 

「(……校舎内には誰もいないと思ったけれどな)」

 

「(でも僕たちも隅から隅まで探索して人探しをしたわけじゃない。霊火さんがここの防衛機構を排除し終わるまで待っていたとかいう可能性も……)」

 

 これに関しては緑谷の言うとおりだ。校舎内に人がいないというのは、単なる霊火の感覚であって確定情報ではない。

 

 この場合、問題は『危機感知』が反応しているという事だ。

 これは即ち、その”人物X”は間違えて登校してきてしまった不注意な生徒という訳でもここに残った教員という訳でもなく、こちらに明確な敵意や悪意を抱いている敵対者ということになる。

 

「…………………………私がやるよ」

 

 少女は、指先にどす黒い暗色の火炎を灯した。

 

 緑谷は出血がひどく、顔色が悪くなり始めている。

 可能な限り早く処置に当たらないといけないが、その為にはこの人物Xを排除するのが必要条件だ。

 

(……相手が誰かはあんまり関係ないな。一先ず様子見で数発弱めの遠距離を叩き込んで、何かしらの反撃があったら殺すか)

 

 面倒くさいから全部殺せが初期設定の霊火としては、相当甘めなセッティングである。

 

 かつりと、今度は霊火の耳にも足音が聞こえた。

 霊火は勢いよく廊下に繋がる扉を”個性”で吹き飛ばし、保健室から廊下に飛び出す。

 靴音がカン、と白い床を打つ。肩を揺らしながら身をひねり、伸ばした右腕の指先はビタリと敵対者を指す。

 

 しかし、その視線の先にいたのは。

 

「……あら?」

 

「……え?」

 

 廊下の真ん中、大砲をどんと抱えるのはまさかの八百万百だった。

 黒光りする金属の砲身はやけに立派で、砲弾を今すぐ撃ち出しそうな構えだ。

 

「んん……?」

 

 基本的にトリガーが軽い霊火も、流石に撃つべきかどうか迷った。

 

 完全に想定外だ。

 互いに眉を上げ、きょとんとした顔で見つめ合う。空気が一瞬で間の抜けたものに変わってしまった。

 

 霊火は更に少し迷ったが、肩から力が抜いて指先を下におろした。

 八百万の大砲も、彼女自身の気まずい笑顔と共にゆっくりと砲身が下ろされる。

 

 霊火はやや放心状態で言った。

 

「ヤオモモじゃん。え、どうしたの? てっきり被災地に行ったと思ってたけれど……」

 

「それはこちらのセリフですわ!! 雄英のセキュリティが破壊され尽くしていて、どんな凶悪敵が来たかと思えば……」

 

「私はまだ校舎内に人がいたことがビックリだよ。どうしたのさヤオモモ、ボランティアに行ったんじゃなかったの?」

 

「私の場合少々事情があり、こちらに残っておりましたの。先ほどの爆発音で、敵の襲撃かと身構えていたのです」

 

 八百万百はそこまで言った後、地雷系ファッションの霊火を見て少し首を捻った。

 基本的にお嬢様スタイルが多い霊火だが、時々激しめのイメチェンをする事は世間にもそれなりに知られているので、いきなりの方針変更に困惑している訳では無いだろう。

 そして八百万百は霊火の眼帯を見て、こう聞いた。

 

「……右目、お怪我を……?」

 

「あ、まあうん……ちょっと怪我しちゃって……」

 

 実は霊火が右目を失明したことは、緑谷、ジェントル、ラブラバの三人しか知らない情報だ。

 この大怪我を雄英高校に知らせなかったのは、ここ三週間の騒動で完全に疑心暗鬼に陥った霊火が失明という弱みを誰にも知られたくなかったからなのだが――。

 

 眼帯をつけた少女は、親指を背後の保健室に向けて治安悪げに顎を引いた。

 

「よく分からないけれど取り合えずちょっと手伝ってくれない?」

 

「え?」

 

「怪我人がいるの。取り合えず縫合糸と麻酔が欲しいんだけれど」

 

――――――――

 

「ヤオモモがいてくれて助かったよ。ありがとうね」

 

「お役に立てて光栄ですわ」

 

 校舎の廊下に、足音だけが乾いた反響を返していた。

 霊火は隣を歩く八百万にちらりと視線を送る。

 

 ”個性”『創造』。恐ろしく優秀な異能だった。

 持針器も縫合針も滅菌した糸も消毒薬も麻酔も全部出してくれたので、霊火はそれを使って緑谷の傷の治療が出来たのだ。

 

 霊火から見ても恐ろしく顔の整った女性である八百万百は、酷く物憂げな表情で首を傾げた。

 

「それにしても緑谷さんは何故、あのような傷を負ったのですか?」

 

「知らない人に襲われたの。私たちも逃げるのが精一杯で……」

 

 そんな話をしながらも霊火たちは校舎内を歩く。

 緑谷は保健室で待機しているので、今は八百万と二人きりだ。

 

「「…………………………」」

 

 手術が終わって八百万に保健室から誘い出されたのはいいものの、彼女の話すことはイマイチ要領を得ない。それどころか何かを言い出す様子で唇を開きかけては閉じ、また視線を横に逸らしたりと相当迷っているようだ、

 眼帯の少女は意外そうに眉を上げた。霊火の知る彼女は普段から堂々と話す自信家だが、今の彼女は酷く自信を失っているようだった。

 

「……あ~……どうしたの? よく分からないけれど出久くんには聞かせたくない話?」

 

「そう……ですね……。いえ、緑谷さんを信頼していないというわけでは決してないのですが……!!」

 

 霊火が問いかけると八百万は一瞬だけ振り返るが、すぐに目を逸らして小さく首を振る。

 

 そうこうしている内にやがて、目的地である建設中の『ハイツアライアンス』の建物が見えてくる。

 その前で八百万がふっと歩みを緩め、少し迷いの色を帯びた視線を霊火に向けた。

 

「……殻木さん。あの……実は、ひとつご相談したいことがございまして」

 

「そんなかしこまってどうしたのさヤオモモ。ちゃんと聞くよ?」

 

 ただ、霊火はどのような相談内容かについてはほぼ予想が付いていた。

 

「私……林間合宿で敵連合に誘拐されたのですが……」

 

「ごめん最初からどういう事?」

 

「色々ありながら何とか逃げ出して、雄英高校に逃げ込んだら私がもう一人いて……」

 

「噂には聞いていたけど改めて聞いたら意味不明だね……?」

 

 ―――――――― 

 

 敵連合が林間合宿を襲撃した目的の一つは、雄英高校でも屈指の強力な”個性”『創造』を持つ八百万百を誘拐することだった。

 更に彼らは、トゥワイスの”個性”『二倍』で作り出した八百万のコピーをヒーロー側に確保させることで、誘拐が失敗したかのように見せかけた。

 しかしその裏でオリジナルの八百万百は敵の手に落ちており、霊火を含めた雄英関係者は彼女が本当に誘拐されたという事実にすぐには気づけなかったのだ。

 

(じゃあ、私の目の前にいるヤオモモがオリジナルの方の八百万百か……思えば私とAFOの対立もここから始まったんだよな……)

 

 霊火の【食人主義】ちゃんに組み込まれた「本当の意味での悪事は働けない」というセーフティが、八百万を殺害するという任務に対して誤作動を起こした結果、『ふうか』は自らの意思で八百万をアジトから逃亡させてしまったのだ。

 この件を敵連合への裏切りと判断された事で、AFOの報復でギガントマキア戦、霊火の逆ギレでの隕石落とし、そしてその後の”ピースキーパー”騒動まで話が繋がっていったのだが、八百万百はそんな事情を知るはずもない。まあ精神衛生上知らない方がいいとは思うが……。

 

 霊火は人差し指を顎に当て、知らない振りで話を進める。

 

「んん~……。八百万百が2人いるって話は聞いていたけど、それじゃあ貴女がオリジナルなの?」

 

「え、ええ。私が本物の八百万百です。少なくとも私はそう自認しております」

 

「……じゃあもう一人は?」

 

「向こうも私と全く同じことを言っているのです……」

 

 まあそうなるか、と霊火は思った。

 

 『二倍』で生成した人間はその人物の個性や人格までコピーする。

 その為コピーされた方の生成物が、自分をオリジナルと誤認することも十分あり得る、たしか『トゥワイス』こと分倍河原仁もこれ関連で悲惨な目に遭っていたはずだ。

 そして『二倍』の生成物は大きな損傷を受けない限り”消えない”為、林間合宿で創られた八百万百のコピーも残ってしまっているのだ。

 

 そして問題は、敵連合にトゥワイスが所属しているという情報を知る人物は非常に限られる事だ。

 何しろ林間合宿で『圧縮』と『二倍』は八百万百の誘拐のみに注力していたため、雄英のプロヒーローや生徒に目撃されていないのだ。

 しかもご丁寧に”ヒーローネットワーク”がつい最近までぶっ壊れていたため、この奇怪な怪奇現象から逆算して『二倍』に辿り着く事も不可能だったのだろう。

 

(……あの複製男が敵連合に居るのを見たとしたらヤオモモ本人なんだけれど、トゥワイス本人を見たからといって『二倍』に辿り着けるかといったら無理だからね。一応『ふうか』がヒントを吹き込んでいた筈だけれど、一連の出来事全てが強烈過ぎて頭から吹っ飛んだか……?)

 

 この場合八百万のコピーの方も相当混乱しただろう。

 自分は林間合宿を生き抜いて(確か左腕を失った霊火の処置をしてくれたのはこちらの八百万だったはずだ)、雄英高校生徒として行動していたら自分の姿をした誰かがいきなり現れて、自分を偽物だと主張してくるのだ。

 

 ここで霊火は首を捻った。

 

「少し状況をフラットに考えてみようか」

 

「はい……」

 

「考えられる可能性は幾つかある。一つ目は、誰かがヤオモモに変身して成りすましている可能性だけれど、この可能性は無いの?」

 

「それは一番に考えましたが、私も向こうも『創造』を使うのです。トガの『変身』は、変身先の”個性”は使えないという情報がありますのでそれは無いかと……」

 

「じゃあ生き別れの双子か、あるいはクローンとかそういう話になってくるけれど……」

 

「病院で検査も行いましたが、どの結果も確かに”八百万百”なのです。林間合宿以前の記憶や話したことも全部同じで……でもB組の皆さんとボランティアに行ったのはあっちで……!!」

 

「ふうん、I-アイランドで私が付けていた髪飾りのブランド名は?」

 

「Notte ScarlattaのCorona di Lycoris。今年の流行モデルです」

 

 霊火は素直に八百万の記憶力に感心したが、お嬢様は気味悪げに自分の身体を抱き締めてしまう。

 こちらが見る間にじんわりと涙目になっていく。彼女は相当精神が参っているようだ。

 

 霊火は軽く目を細めた。

 言い方から推測するに、おそらく目の前の八百万よりも向こうの八百万が本物という見方が強いのだろう。

 実際、雄英の先生や生徒の目線から見たら『八百万は最初から誘拐されていないし、この新しい八百万百は偽物』と判断してしまうのは自然だ。

 

(……極度の混乱と否定。根源的な恐怖、自己同一性の揺らぎ、嫌悪感と敵意。恐ろしい”個性”だな『二倍』……ここまで完全な生命体のコピーを行う異能なんて他に例が無いけれど)

 

 根本的にヒトは『鏡を介さずに自分の姿を視認する』事に耐えられない精神構造をしている。

 ドッペルゲンガーに対面した時、人間は「私を私たらしめているものは何なのか?」という深刻な問いに直面する。容姿、声、癖まで同じだとしたら自分の個性や価値が分からなくなり、自分は取り替え可能な存在なのではないか、という不安に苛まれる事になるのだ。

 

 ――戻橋火燐のレプリカントである霊火には、あまり他人ごとではない恐怖でもある。

 

 となれば、八百万百が緑谷に知られずに霊火に相談したい内容も見えてくる。

 

「私は……」

 

「うん?」

 

 言葉を詰まらせる八百万に、霊火は先を促した。

 そして『創造』を持つお嬢様は、こう言った。

 

「私は、本物の八百万百なのでしょうか……?」

 

「それに関しては、実ははっきりと答えられるよ?」

 

 八百万はギョッとしたように霊火の方に振り返った。

 この反応だと、彼女も相談という体で霊火に話を聞いて欲しかっただけなのかもしれない。

 そもそも女の子の「ちょっと相談があるんだけど…」は、具体的な解決策を求めるガチ相談であることの方が稀だ。

 

(異性である出久くんを会話から排除したのもそれが理由なのかな……。まあ男性って奴はこっちの『共感してほしい』『話を聞いて欲しい』『もう答えは出ている』『受け止めて欲しい』というサインを全無視してくる生き物だから……)

 

 特に霊火の場合は、ほぼ100%の確率で相手よりも完全に頭の出来がいいので、見栄を張りたいバカ男に役にも立たないバカの解決策を自信ありげに提示されても迷惑だ。せめて霊火よりもペーパーテストの点数が良くなってから発言して欲しい。

 

 そんな事を考えながら地雷系少女は、右手の掌の上に一つの”鬼火”を出現させる。

 霊火は薄っすらと笑って、こう告げた。

 

「私の『呪い火』、対象が対人か対物かで全く違った挙動をするんだけれど……」

 

「え……待って……!!」

 

「”テスト”してみる? 本当に生きた人間のクローンとかならさておき、何らかの偽物なら一発で”壊れる”よ?」

 

 条件的に、『死因』は『二倍』の生成物を対物ルールで破壊できる。

 霊火は悪戯っぽく八百万の目を見つめてみた。

 八百万はすぐさま慌てた様子で手を振る。

 

「そ、それは流石に……! そこまでしなくても……!!」

 

「まあ無理強いはしないけれど……」

 

 ここで八百万は脚を止めた。

 彼女は、その大きな瞳をわずかに細め、まるで理解できない奇妙なものを目の前にしたかのようにじっと霊火を見つめる。

 そしてこう言った。

 

「……やはり、覚えていないのです……ね」

 

「ん? え、何?」

 

 霊火は目を丸くして立ち止まる。

 覚えていないも何も、一体何の話だ?

 

 八百万は真剣そのものの表情で頷く。

 

「……私、殻木さんに会っておりますの。敵連合から逃亡した後……わたくしが必死に逃げ出した折です。一人で途方に暮れる私の前に殻木さんが現れて、私を雄英高校まで送り届けてくださったのです」

 

「はあ?」

 

 そんな話は知らない。

 まるで自分が知らない自分がそこに存在していたかのような話に、霊火の背筋に冷たいものが走った。

 八百万は小さく息を整えて、なおも語り続けた。

 

「……あの時、わたくしは恐怖でどうにかなりそうでした。敵連合に追われ、暗い街をただ走るしかなかったのです。ですが――殻木さんが、わたくしの前に現れてくださり――」

 

「……いや、だからそんな覚えは――」

 

「確かに殻木さんでした。姿も、声も、仕草も……このわたくしを導いてくれたのは、紛れもなく”殻木霊火”という存在そのものでした。『しょうがないから雄英まで送ってあげるよ』と仰って……私は本当に救われる思いでした」

 

 霊火は知らない。

 そもそも霊火にそんな時間は無かった。それこそ緑谷に聞けば、完璧なアリバイが用意できる筈だが――。

 八百万は唇を結び、ほんの一瞬逡巡してから言葉を続けた。

 

「……ただ、後になって、あの時の殻木さんに極めて致命的な矛盾が存在することに気が付きました。……後から知ったと言うべきか……」

 

「……矛盾?」

 

 八百万はゆっくりと頷いた。

 

「ええ。あの殻木さんは、確かに同じ姿で、同じ声で、同じように振る舞っていました。『呪い火』も使用し、私との思い出話にも全くの違和感なく対応し、あれは間違いなく殻木霊火だった。……思い返すと容姿がやや幼かった気もしますが……」

 

「これ以上に……!?」

 

 小柄で華奢な霊火としては地味に気になる情報だったが、八百万はそこには触れずにこう続ける。

 

「私も後から殻木さんの怪我の事は知ったのですが……」

 

「……何?」

 

「あの時の殻木さんには、林間合宿で失われたはずの生身の左腕があったのです」

 

 ……それは、誰だ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『死因』裏仕様
使い手が死に近づけば近づくほど性能が上がる
霊火の場合、度重なる大怪我と精神の摩耗で1話時点よりもかなり性能が向上している

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