殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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082:滅亡の予言

 長い階段を一段ずつ上りきった霊火は、息を整えながら重たい鉄扉を押し開けた。

 

 夜気が一気に流れ込み、肌を撫でる冷たさに肩をすくめる。寒い。

 8月の下旬にしては低い気温は、霊火が堕とした”天落”の影響だ。

 白亜紀末の大量絶滅は隕石によって地面から舞い上げた塵が日光を遮った事による氷河期の到来という説が一般的だが、神野に落としたそれで同じことが起きている。

 

 因みに今後一年間は、世界中の平均気温が通常よりもおよそ5度低くなる計算だ。

 

(小麦の先物買いでどこまで儲けられるか楽しみだけれど……おっと、見つけた見つけた)

 

 ドアを開けた先は校舎の最上階、夜の風が吹き抜ける開放的な空間だ。

 可能な限り音を立てないよう静かに扉を閉め、視線を上げれば街の光を遠くに散らした空の下、屋上の縁に立つ少年の背中が黒々と浮かび上がっていた。

 

 それにしても夜の学校の屋上というのは中々雰囲気がある。

 霊火は音を立てないよう背後から少年に静かに歩み寄り、低い声で話しかけた。

 

「保健室で安静にしててねって、言ったはずだよ?」 

 

 今まさに雄英校舎屋上から飛び降りようとしていた少年は、ガチリと硬直した。

 ぎりぎりと錆びついたロボットみたいな動きでこちらを振り返る緑谷の顔に浮かぶのは、混乱と気まずさ、そして恐怖だ。

 

 呼び止めた側である少女は、赤い左目を薄っすらと細める。

 

「私に、何か、言うべき事は?」

 

「ご、ごめんなさい!!!!!」

 

 もう少し口論になると思ったが、彼の対応は完全降伏だった。

 怒ると本当に怖い霊火に対して、緑谷出久はキチンと腰から90度傾けて頭を下げる。

 対する霊火は苛立たしげに鼻を鳴らした。

 仮に少年の第一声が深い謝罪でなければガチギレする可能性もあったが、そういう意味では首の皮一枚繋げられた形だ。

 

 怒りが発散しきれず不完全燃焼な霊火は、こう切り出す。

 

「行き先は? 私に黙ってどこに行こうとしていたの?」

 

「霊火さん、本当にごめん!!! その……ボランティアに……」

 

「私に嘘をついた理由は?」

 

 小柄な眼帯少女は、不機嫌そのものな態度で自身のスマホを少年に見えるように振る。

 表示されるトーク画面には『少し疲れたので、保健室で眠ります。霊火さんもゆっくり休んでください』と表示されている。酷い大嘘だった。

 

 緑谷は感情の臨界が近い少女を刺激しないよう、爆弾解除に近い心理状態で慎重に言葉を選ぶ。

 

「でも……その……まだまだ治安は回復しきっていないし、クラスの皆もボランティアに行っているんだよ……僕も行かないとなって……」

 

「別にそこは怒ってない」

 

 霊火はバッサリと切り捨てた。そんなのいつもの事だ。

 むしろ霊火が一番訴えたいのは……。

 

「嘘つかれたのが腹立つの。私ってそんなに信用ない?」

 

 ここは、怒りで責めても意味がない場面だ。

 少女は表情管理に集中し、寂しさと悲しさが沢山混ざった傷ついた目つきでじっと睨みつける。少年は真っ青になって地面に頭を打ち付けんばかりの勢いで再度頭を下げた。

 ……心優しい彼にはこういう目つきが良く効くのだ。じんわり涙目をトッピングしたら一撃である。

 微笑みや涙一つで力ある男性を自由自在に操る小さな悪女は、 慌てふためく緑谷に少し溜飲を下げた。

 

 それで結局こう言うしかないのは、惚れた弱みとしか言いようがない。

 

「まあいいよ。貴方が性懲りもなく人助けしに行くのは、元々止めるつもりは無かったし」

 

「……ごめん」

 

「まあ普段は私も色々と言うけれどさ、私は出久くんのそういう所が好きだからね」

 

 緑谷出久は仰天したように霊火を見た。

 少女は思わず苦笑する。霊火自身、度々彼のそう言う性質に苦言を呈しているのだ。おそらく緑谷は混乱の極みだろう。

 それでも、彼のそういう所が大好きだ。霊火の中でこれは両立する。

 

 少女は身に纏う空気をふわりと和らげて、呆れが混ざった雰囲気に切り替える。表情管理は美少女の心得だ。

 それに霊火は別に少年がまた報われない人助けに行くのを止めに来たわけではない。単に伝えたい事が幾つかあるからだ。

 

 ……霊火の偽物についてはまた今度だ。仮にあれが『ドクター』関連だった場合、ついうっかりで墓穴を掘りかねない。

 

「ま、だとしても霊火ちゃんの”神託”は素直に聞いておくものだよ。大まかに分けて2つ、貴方の耳に入れておきたい話がある。」

 

「……黙って行こうとしてごめん」

 

「肯定と判断するよ? で、かなり悪い報告と、良いのか悪いのか分からない報告、どっちから聞きたい?」

 

「え、あ……そ、それじゃあ……悪い方から……」

 

「ギガントマキアの目撃情報がある」

 

 霊火はズバリと切り込んだ。

 話す内容の脅威度の高さに身を竦める緑谷だが、霊火はその辺容赦無しだ。

 少女は眉一つ動かさずこう続けた。

 

「あの巨人、もう回復したらしい。頭おかしい。『被爆』『病毒』『感染』軸で滅茶苦茶に痛めつけたつもりなんだけれど……」

 

「ま、マジか……!! 目撃情報っていうのはどこで?」

 

「九州から東北まで広範に。目撃時間と距離の不自然さから推測するに、件の『ワープゲート』が絡んでいるのかも? 但し、出現場所……というか出現施設に共通点はある。というか決まった施設にしか出てこない」

 

 霊火は深々と息をついた。

 緑谷には言えないが、ギガントマキアも黒霧も霊火にとってはゴリゴリの身内だ。彼らの思考回路は手に取るように分かる。

 

「死体安置所」

 

 少女はまず端的に言い切る。

 その後少し考える素振りを挟むと、補足を始める。前提条件の確認は大事だ。

 

「この"悪夢の八月"は全国で600万人とか死んだ大惨事だったからね。前にもチラっと話したけれど、今の日本は身元不明の死体がゴロゴロあるのよ。まあ震災とか洪水とかの大災害に死体の身元特定が困難を極めるのはいつものことだけれど、今回は如何せん死体の数が極端に多いのと、警察の機能停止とかが合わさって現場は大変な事になっていて―――」

 

 実のところ死体の身元特定というのは、ただの一人が相手でも相当な手間暇がかかるのだ。

 そして人類初の生物兵器が感染病で死んだ人間の死体だったことからも分かるように、死体というのは典型的な感染症や病毒の温床でもある。

 リアル路線の街造りシミュレーションをする時に必ず火葬場や墓地が顔を出してくるのは、それが必要だからだ。火葬にしても土葬にしても死体の処理というのは人間文明には必須事項と言える。

 

「―――それで、その肝心の遺体安置所。……いやまあ体育館とか地下鉄とかそういう大きな容量を持つ閉鎖空間に黒い袋に押し込んだ死体を山ほど収容して、氷雪系の"個性"で丸ごと封じ込めた特大冷凍庫を"遺体安置所"と呼んでいいのかは要審議だけれど、まあそこに置いてある遺体がごそっと消えている訳よ。ギガントマキアの目撃情報と、地面に開けられた特大の大穴と一緒にね」

 

 緑谷は何か言葉を発しようと口を開いたが、言葉が喉の奥で途切れてしまった様だった。

 少女は軽く肩を竦めて話を続ける。この程度で動揺するような感性など、産まれた時から実装されていなかった。

 

「ギガントマキアは複数"個性"を持つ怪物で、その所属は敵連合だった。まあ死体泥棒の理由は十中八九”脳無”の製造材料の確保……というか強奪だろうね。そもそも私にギガントマキアをわざと大量の一般市民を殺す形でぶつけてきたのは、最初から大量の死体を発生させるのが目的だったのかも」

 

 まあ死体というのは実験材料にも変態趣味にも何かと活用方法がある資材のため、奪われた死体の一部はドクター関連ではないだろう。実際、霊火は”ピースキーパー”活動中に、未就学児の死体をコッソリ拝借して悪趣味な加工をしている悪党どもの現場に出くわしてしまっている。彼らが可愛い女の子の死体を厳密に何に使おうとしていたのかはレーティング的な都合で緑谷にはちょっと言えない。

 霊火でなければ一生モノのトラウマになっていただろう。ドクター以上に悍ましい変態がそこら辺に居るのだから、社会というのは恐ろしい。

 

(まあ私自身も数百単位で状態の良い死体を拝借しているけれどねえ……、『検死官』として生の死体があると冤罪の創出とかが簡単なんだよなあ)

 

 奪取した死体の使用例の一つを挙げると、ギガントマキアの襲来で亡くなった小学生のA子さんの死体を加工して、お偉い社長のBさんの自室に放り込むのとかは面白い。

 何しろ霊火の技術でいい感じにBさんの指紋付きの凶器でも放り込んでおけば、あっという間に拉致監禁致死の殺人犯が完成するのだ。

 

 こうなると公的な科学捜査の全てがBさんが犯人と示すので、言い逃れは絶対にできない。アリバイやら動機やらで勝負しようとも、取調室に閉じ込められて身に覚えのない犯罪でパニックに陥った素人が殻木霊火の作ったシナリオから抜け出せる訳がない。

 そのうち司法解剖でAさんの体内にBさんの体液が残っている事が判明し、強姦致死と死因が認定されたその時点でチェックメイトだ。『検死官』は捜査機関が保有する『サイコメトリー』や『過去視』といった超常的な捜査法への干渉・改竄技術も有しているため、あらゆる証拠がBさんを追い詰めることとなる。

 そして一度『疑惑の人』となった冤罪被害者が何を言おうと胡散臭いだけなので、一度出た結果は覆ることは極めて稀だ。この辺りは物証の弊害と言える。

 

(ま、実際にこっちで製造した冤罪を捜査機関に告げ口するのは社会的な暗殺依頼の時ぐらいなんだけれどね。実際は写真付きの手紙を送って脅迫したりする方が色々とお得だし、集瑛社の気月辺りに売りつけるのもそれはそれで楽しいんだけれど……)

 

 こんな感じで『検死官』の専門は殺人現場の捜査と偽装だ。

 霊火の偽装技術は”創る”冤罪と”消す”抹消のどちらも可能だが、どちらにしても死体のストックはあって損は無い。

 

 世界で一番危険な敵と話していることに気が付いていない正義の味方は、握った拳を震わせてこう言った。

 

「そんなの許せない……!!」

 

「これで敵連合に数万体の脳無が用意されたとかなら中々ゾッとする話だね」

 

「ギガントマキアも黒霧も、今度こそ必ず捕まえないと!!」

 

「それは今の貴方じゃ無理な気がする」

 

 なんか盛り上がっちゃってる緑谷の出鼻をくじいておいた。

 面食らった顔で停止する少年だが、霊火は肩を竦めて話を先に進めることにした。

 ここで霊火が『危ないからやめて』と言っても、多分緑谷は聞いてくれないだろう。

 

「後は良い知らせだね。ほら」

 

 霊火は軽く指先で弾くようにして一枚のカードを宙へ放った。

 きらりと月明かりを反射したそれは風に弄ばれることなく、まっすぐ緑谷の胸元へと飛ぶ。

 

「っわ……! え、ええええええええ!?!?!?!??!」

 

 咄嗟に両手を差し出した緑谷は危なげなくカードを掴み取る。

 そしてカードの表面を見下ろした緑谷は飛び上がった。

 

 プロヒーローライセンスだった。

 『仮』ではない。本式だ。

 

 ――――――――

 

 緑谷出久の名前が記されたプロヒーロー免許証。

 その出所は、”ピースキーパー”上位ランカーへの報酬だ。

 

 別に一位の特典というわけではないので霊火も同じものを持っている。

 霊火の場合こんな資格はいらないのだが、車の免許と同じで持っていても使わなければいいだけの話でもある。

 

 問題は治崎までプロヒーローになっているという事だ。

 いよいよ政府上層部が狂っていると考える方が自然だが、実際に狂っているのだから質が悪い。

 何しろ、日本で異能解放軍と共に事実上のクーデターを起こしたのは他ならぬ霊火自身なのだ。

 

 因みに『心求党』党首こと花畑孔腔は(霊火の調査が正確ならば、彼は異能解放軍の幹部だ)この件について、こんな風にインタビューに答えていた。

 

「国民の皆様。立て続けに起きた未曾有の国難、そしてそれに続く社会秩序の混乱に対し、政府として断固たる決意をもって対処を進めております。

 この危機的状況において、我々は既存の枠組みに捉われない、大胆な改革が必要であると判断いたしました。本日、政府およびヒーロー公安委員会は、緊急立法措置として、”ピースキーパー”制度において国民の安全確保に多大なる貢献をした上位功労者に対し、『特別功労ヒーロー免許』を授与することを決定いたしました。この決断に対し、様々なご意見があることは承知しております。従来のヒーローとは経歴も、そしてその手法も異なる方々であることは事実です。しかし、皆様に思い出していただきたい。我々が最も絶望的であったあの日、公式のヒーローがその機能を失い、警察組織ですら崩壊の危機にあったあの時、自らの危険を顧みず、凶悪な敵に立ち向かい、我々の社会を繋ぎ止めてくれたのは誰だったでしょうか。彼らは実績をもって、その資格を自ら証明しました。もちろん、彼らの活動には監督と責任が伴います。この『特別功労ヒーロー免許』は、公安委員会の直接的な監督下に置かれ従来のヒーロー以上に厳格な行動規範と任務が課せられることになります。これは彼らの絶大な力を、社会の秩序を回復するという一点においてのみ、最大限に活用するための制度です。我々はこの国難を乗り越えるために、我々は結果を出せる者、力を持つ者を正当に評価し、その力を公的な秩序のために活用する道を選びました。これは国民が自ら選び、支持した英雄たちを、我々が正式に追認するプロセスに他なりません。どうかご理解いただきたい。これは、我々が新しい時代を生き抜くための、希望に繋がる決断なのです」

 

 実にツッコミ所が多い内容なのであまり真面目に捉える必要は無い。

 というか霊火や緑谷が勝手に妙な広告塔にされている気がする。『国民が選んだ英雄を政府が追認』という言い回しから、政府サイドが責任逃れしているようなニュアンスが多分に感じられるのが色々と不安だ。せめて責任はそっちが背負ってくれないか?

 

 オマケに霊火たちを直接手駒として扱いたいという願望も透けて見える。

 マジで勘弁してほしい。あのM字ハゲの解放思想信者、次会ったら一発本気の攻撃を叩きこんでやる。

 

 霊火は苦虫を50匹ぐらい嚙み潰したような顔で、免許証を握りしめる緑谷にこう言った。

 

「なんかこう……うん……使えるものは使っておけば……?」

 

「霊火さんにその反応されると怖いんだけど!?!?!?」

 

 正直、この特別功労ヒーロー制度は結構な愚策な気がしてならない。

 何故なら、本来プロヒーロー資格は雄英高校のような専門機関で何年にもわたる厳しい訓練を受け、人命救助の技術、法規、そして何よりもヒーローとしての倫理観と責任感を叩き込まれた上で厳しい試験に合格して初めて手に入るものだからだ。

 今回の様に治安維持に貢献した程度のフワッとした功績で雑に資格を配布するのは、命を懸けて市民を守るというヒーローの誇りやこれまでの努力や犠牲の全てを、「敵を多く倒した」という一点だけで踏みにじる行為に他ならない。果たしてこんな事が許されていいのか……?

 

 霊火は天を仰いでしみじみと言った。

 

「……いや、私って結構ちゃんとプロヒーロー資格に敬意とか、こうあって欲しいという願望とかがちゃんとあったんだなって……」

 

「え、ええ……?」

 

 この期に及んでステインの思想に共鳴する日が来るとは思わなかった。

 いきなり渡されたヒーロー免許と様子のおかしい霊火に対して混乱の極みの緑谷だが、少女は諦めたように首を振った。

 何事もプラス思考だ。取った経緯がいくらアレでも、プロヒーロー免許を得ることはそう悪い事でもない。……と思う。

 

「ま、プロヒーロー資格自体はアドバンテージの塊だからね。公的な場での”個性”利用の許可とか敵退治とか救助とか、後はヴィランを警察に引き渡すと給金が出るようになったりとか……」

 

「わ、わあ……!!」

 

「これまでと比べて圧倒的に自由に動けるようになるのは素直にありがたいね。そもそも雄英に通い続けるのかって所から疑問が出てくるけど……」

 

 嬉しさ交じりの複雑な顔で免許証を見つめる緑谷出久。

 ……どちらかというと嬉しさが勝ってしまっている事に突っ込むのは野暮だろう。プロヒーローになる事は、彼の子供の頃からの夢なのだ。

 経緯がいかに変則的でも、夢の成就は夢の成就である。

 

(まあ私にしても『デク』にしても『オーバーホール』にしても、実力だけはガチだからな……。『ジェントル』だって完全にトップヒーロー級の実力だし、並みのヒーローでは絶対に対処困難な敵を多数撃破した実績を持つ個人を公式のヒーローとして引き込む事自体は悪い判断でもないのかもしれん……)

 

 『オーバーホール』、『外典』、そして霊火自身。

 どう考えても敵サイドのこの3人がプロヒーローになってしまうのが大減点ではあるが、それさえ除けば緊急判断としてはそこまで悪くないのかもしれない。多分。

 

(まあこの国のトップの異能解放軍の連中的には、”これ”を足掛かりに”異能”の使用制限を減らしていくつもりなんだろうなあ……。そう言う意味ではプロヒーロー制度の大義名分やら正当性を削ぎ落して、”個性”使用許可の特権を社会に分散させていくまでがセットの政策なのかも……?)

 

 異能解放軍の解放思想は霊火の目指す”個性”を抑制する世界とは正反対の考え方だ。

 超常を誰もが自由に振るえる世界を作ろうなど、”個性”特異点の研究者としては卒倒するしかないイデオロギーだ。滅茶苦茶頭が痛い。

 

「す、すごいや!! これで僕もヒーローに……!!!」

 

「出久くんが喜んでくれるならもう何でもいいや……」

 

「霊火さんはなんでそんなに嬉しくなさそうなの……?」

 

 プロヒーロー資格がいらないからだ。

 

「まあいいや。これで伝えたいことは伝えたよ。あ、私はここに残るからね」

 

「あ、そうなの?」

 

「それでは気を付けていってらっしゃい。ご武運を~」

 

 霊火は諦めたように長く息を吐き、片手をひらひらと振る。

 

「……!! うん、分かった!!! 霊火さんも気を付けて!!!」

 

「雄英から出なければそう危険な目にも遭わないと思うよ」

 

 ひときわ強く吹き抜ける風が、熱を帯びた夏の空気を一瞬さらっていく。

 霊火の視線の先では、緑谷出久が宙を蹴るようにして飛び立った。彼の背中から流れる風圧が夜気を裂き、緑色の光が尾を引いていく。

 

「…………………………なんか、なあ……あっという間に強くなっちゃったな、あの人」

 

 あっという間に夜空に消えていく彼を見送って、霊火は自身の髪を撫でた。

 夜空を仰ぎ見て、そっと一言。

 

「なんでヒーローを育てているんだろうなあ……私……」

 

 殻木霊火と緑谷出久の関係は、いつか必ず破綻する。

 破滅の未来は絶対だ。この物語は、決してハッピーエンドを迎えない。

 

 そしてあの少年は、関係が破綻した後でも霊火を助けようとするだろう。

 例えその時に霊火が10億人を殺していたとしても、これは間違いない。彼はそういう類の狂気を宿している。

 

「……………………………………………………」

 

 しかし、彼の「目の前の全ての人を救う」という自己犠牲を厭わない博愛主義は、霊火との相性が極めて悪い。

 彼が霊火の正体を知ってなおこちらを諦めないならば、それは彼にとって致命的な隙となる。霊火はそこを抉り出すだろう。

 

 そう、仮想敵を緑谷出久に置くならば、具体的に手に入れるべきなのは――

 

「――緑谷引子さん、かな」

 

 最高のヒーローに、恋人や家族があってはならない。

 恋人や家族がいる人は、最高のヒーローになる資格を持たない。

 

 緑谷出久や轟炎司が八木俊則になれない理由はこの辺りなんじゃないかなと、霊火は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっとほのぼのだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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