殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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084:部屋王!!!!!!!!!!!!

「霊火、脚とか腕とか目とか、全体的に大丈夫? 困ったことがあったらすぐに言ってよ? 着替えとかお風呂とかも手伝うからね」

 

「私の介護に時間を取ってもらう訳にもいかないよ……」

 

「でも緑谷に手伝ってもらう訳にもいかないでしょ? お風呂に入れてもらうの?」

 

 そんな事されたら恥ずかしくて死んじゃう。

 

 それにしても左腕と右目を失ったクラスメイトの姿が、視覚的に相当ショッキングだったのだろう。取蔭が離れようとしない。

 霊火は軽く空を仰いだ。緑谷にしても取蔭にしても、多忙なヒーロー科の生徒に自分の介護を押しつけるほど身勝手なつもりはない。

 

「でも霊火、その身体で部屋作りとかどうするの?」

 

「私のギガマキ戦見てたら分かると思うんだけど、自作義腕の性能が超高いから大丈夫。普通に常闇の『黒影(ダークシャドウ)』ぐらいの射程と膂力があるから」

 

「え、それはそれで強すぎね?」

 

「それで問題になってね……。ヒーロー活動に使っちゃダメって、ヒーロー公安委員会から通知が来たのよ。ほら、こんな感じで――」

 

 霊火がひらりと手を振ると、エレベーターの扉の隙間から白布が勢い良く飛び出した。

 包帯状の布は瞬く間に取蔭の体へ絡みつき、彼女の全身を縛り上げる。

 

「っ……!?」

 

 取蔭は”個性”で全身を分解し、布の網を脱出した。

 捕縛対象に抜け出されて宙に残された白布はするりと霊火の左袖へと潜り込み、瞬く間に少女の華奢な左腕をかたどっていく。

 左手を閉じたり開いたりしながら、霊火は感心したように口笛を吹いた。

 

「――大抵の敵は簡単に捕縛出来ちゃうから、敵退治に私が個性使うまでもないんだよね。それにしても流石の『尻尾切り』。拘束耐性の高さは一級品だね」

 

「いや、強すぎでしょそれ……。え、義腕の性能が高いことを理由に、ヒーロー活動での使用を禁止されることがあるの?  安全基準をクリアしていなかったとか?」

 

「才能や努力とは関係なくテクノロジーだけで簡単に敵を逮捕できちゃうと、”個性”依存のプロヒーロー社会がエンタメとして成立しなくなるからじゃない?」

 

 鍛え抜かれた”個性”一本で戦うからこその『ヒーロー』という制度は、割とどこでも大切にされている。

 

(……今現在、日本のトップを握っている異能解放軍がそのあたりをどう捉えているかまでは分からないな。デトネラット的にはこれってどういう解釈になるんだ……?)

 

 取蔭はまだ何か言いたげにこちらを見ていたが、霊火は片手をひらひらと振って話を促す。

 そもそも霊火は皆よりも先に入寮していたため、部屋作りはとっくに終わっているのだ。

 

「ま、私は気にしないで。切奈も自分の部屋を作りな。あ、今日の夜ご飯は私が用意しているから」

 

「え、そうなの?」

 

「ランチラッシュが被災地への炊き出しで不在なんだって。私たちは飯を各自自力で用意しろって相澤先生が言ってたけど、まあ今日はサービスだよ。被災地でのボランティア、お疲れ様の会をやろう?」

 

「マジで!?  霊火が!?  あ、ありがとうね! 何用意してくれたの!?」

 

「焼肉」

 

 ――――

 

 夕方。ハイツアライアンスの部屋作りを終えて一息ついた頃。

 一階の共通スペースに戻ってきた角取ポニーが、読書中の霊火を信じられないという顔で指さした。

 

「R…Reika!? Didn't you just get a haircut!?(れ、霊火!? また髪切ったの!?)」

 

「I had too much time on my hands, and I'm all done with moving.(暇なんだもん。私はもう引っ越し終わってるし……)」

 

 誰が決めたという訳ではないのだが、多言語対応可能な霊火は、日本語が若干怪しい留学生のお世話係な所がある。

 

 そんな霊火の髪形は、金髪のゆるふわショートボブだ。

 毛先が揺れるたびに、ふわりと甘い香りが漂う。最近の霊火にしては全体的に明るい雰囲気でまとめられていて、つい三時間前とはまるで別人だ。

 共用スペースでその姿を見た鱗飛竜は、驚きつつもこう言ってきた。

 

「でも実際、俺たちも殻木がいきなり髪型変えるの慣れてきたわ」

 

「私は髪が伸びるのが超早いからね。ヘアチェンジが楽しいのよ。でも貴方たちは貴方たちでヘアスタイルを変えなさすぎでしょ。鱗はいつまでそのお下げスタイルを続けるの?」

 

「バカ、キャラ作りだよ。殻木とか緑谷みたいに人気・実力・注目度の三拍子揃っているならともかく、俺たちみたいなヒーローの卵はまず顔と名前を市民の皆様に覚えて貰わないといけないの。その度に髪型変わってたら市民の皆様が覚えられないだろ? 新人アイドルみたいなもん」

 

「私の知るアイドルって、信じられないほどの頻度と大胆さで髪型や髪色を次々と変えていく印象しかないんだけど……」

 

 「黒髪ロングの子」「ショートヘアの子」「ツインテールの元気な子」といったように、髪型とキャラクターを結びつけて覚えてもらうことで、認知度を上げる作戦なのだろうか。

 

(ずっと同じ髪型っていうのも新鮮さと話題性が欠けそうというか、髪型とかコンセプトを変えていく過程でピッタリ合う物が見つかる的な物もあると思うけれど……。まあそこは、認知度の向上とトレードオフなのかも?)

 

 現代ヒーローは人気商売なので、芸能アイドルと戦略が似通う所がある。

 というか求められる適性としてはほぼ一緒だ。

 事実、”容姿端麗なプロヒーロー”がもてはやされるように、”強個性のアイドル”も非常に人気を得やすかったりする。

 

 そんな事を鱗と話していると、麗日お茶子が階段を使って共用スペースに降りて来た。

 

「うへえ……疲れた〜……。やっと部屋、出来たよ……」

 

「あ、お疲れお茶子ちゃん。お部屋は上手く作れた?」

 

「私の実家と比べたら大豪邸で、逆に置くものが……って、霊火ちゃん!? また髪型変えたん!?」

 

「どう?」

 

「似合う、似合う、めっちゃ可愛い! デクくんもきっと好きだよ!」

 

「……なんでそこで出久くんの名前が出てくるの?」

 

「え、まだ付き合ってないの?」

 

 霊火は大ダメージを受けた。脈が無さそうな片想い中だ。

 ……緑谷の好みの髪型については霊火にも分かっていない。ただ、彼にハサミを持たせて美容師の真似事をさせてみると、いつも霊火の毛先を巻いてくるため、多分そのあたりにヒントがある気はする。

 

 そんなこんなでワイワイしていると、今度は芦戸が他の女子を引き連れて共用スペースに降りてきた。

 

「皆、部屋出来た〜?」

「うん、今くつろぎ中」

 

「それじゃあ提案なんだけど……」

 

 彼女はにやりと笑って、こう続けた。

 

「お部屋披露大会しませんか?」

 

―――――――――

 

▶円場硬成の部屋

 

 一面がポスターとフィギュアで埋め尽くされた“特撮部屋”。

 壁際の棚には戦隊ヒーローや怪獣のソフビがぎっしり整列しており、奥の机には組み立て途中のプラモデルが並んでいる。天井から吊るされたレトロな飛行メカの模型が、まるで今にも飛び立ちそうだった。

 

 なんとかライダーにしてもなんとかマンにしてもなんとか怪獣にしても色々とあるのだろうが、霊火には全く分からない。本気で全部同じに見える。

 しかしその中に一つ、見覚えのあるものがあった。

 

「うわ、アレ20万円ぐらいするやつだ」

 

「え、殻木分かるのか!?!?」

 

「私の実家の病院は大きな小児科を抱えていたから、入院中の男の子が欲しがってたのよ。それで覚えてる」

 

 円場が「あ、あげなきゃダメか……?」と怯えていたが、件の男の子は6年前に白血病で亡くなっているため気にしなくていい。霊火の記憶が正しければ、生きていれば高校一年生だ。

 それにしても特撮系のソフビやフィギュアは、物によっては数百万単位の常軌を逸した値段で取引される事があるらしい。訳が分からん。

 部屋の隅には、ミニチュアの街並みジオラマまで置いてある。それを見た女子たちはバッサリこう切り捨てた。

 

「うーん、分からない!!」

 

「多分凄いんだろうね!!」

 

 女子受けの悪さが半端じゃなかった。

 次々と部屋から出ていくA組女子の後ろ姿を、円場は悲しげに見つめていた。

 

―――――――――

 

▶常闇踏陰の部屋

 

 部屋に入れまいとする常闇の必死の抵抗は無かった事になった。

 

「……暗っ! というか黒!?」

 

「なんだなんだA組男子イロモノしかいないのか?」

 

 部屋の中は本当に黒一色だった。

 カーテンは厚手の黒布で外光を完全に遮断し、壁紙も黒。ベッドカバーも黒。さらに部屋の壁には漆黒のマントがハンガーにかけられており、その横には装飾過剰な剣が壁に立てかけてある。

 机の上にはドクロのペーパーウェイトや、黒いキーホルダーがずらりと並ぶ。全体的に「闇属性」の主張がすさまじい。

 

 俯いて拳を握って震えている部屋主を置いて、霊火は呆れ顔で棚の上の安っぽいキーホルダーを手に取る。

 

「うわ、剣のキーホルダーって買うやついるんだ。うっわ、ちゃんと鞘から刀身が抜けるようになってる……」

 

「男子ってこういうの好きなんだね」

 

「と、常闇!! 俺は嫌いじゃないぜ!!」

 

 あまりの惨状に男子たちからフォローが入り始めた。

 霊火は本棚に収められていた原語版の『ツァラトゥストラはかく語りき』を手にとって、くすりと笑った。

 

「『Der Mensch ist ein Seil, geknüpft zwischen Tier und Übermensch, – ein Seil über einem Abgrunde.』 いやあ、難解だねえ。読めもしない原語版を部屋に置いて何がしたいのやら……内容を理解しているかよりも、それを所持している自分に酔うことが目的なのかな? ニーチェ先生も自分の著書がまさかこんな使われ方をするなんて知ったらビックリだろうな」

 

「…………………………」

 

「古今東西、厨二病はドイツ語とラテン語が大好きだねえ。あ~あ~タロットまで置いて……カードの意味どころか大アルカナの名前すら覚えていないだろうに……」

 

「……………………………………………………」

 

「それでそれで? 自分でそれらしく装丁したノートとか無いの? 「禁断の知識」や「古代の魔法」が記されているという設定で、難解な記号や図が書き込まれている例のアレ。うん、私の予測だとその手の奴はこの辺に……あ、見~つけ――」

 

「出ていけ!!!!!」

 

―――――――――

 

▶峰田実の部屋

 

「…あ、ここはいいか」

「うん、飛ばそ飛ばそ」

 

「見ていけよお……………!!!!!」

 

 ……見ない流れになってしまったが、見ておきたかったのは内緒だ。

 

―――――――――

 

▶吹出漫我の部屋

 

「どうぞ~」という気の抜けた声とともに開かれたのは吹出漫我の部屋だ。

 

 入った瞬間、視界が“紙”に埋め尽くされる。

 

「わ、すっご……!」

「うわぁ、本屋かよ……」

 

 部屋の壁一面に本棚。

 その棚もすでに満杯で、床にはタワーのように積み上げられた漫画の山、山、山。

 最新巻から古い絶版作品まで入り乱れ、背表紙の色が虹のように連なっている。机の上にもコミックスが置かれ、ベッドの端には読みかけの単行本が数冊転がっていた。

 

 円場が「ここはここで聖地だな……」と神妙に呟けば、常闇は「……紙の匂いに包まれし異界……」と無駄に格好つけてみせる。男受けが良すぎる。

 

 芦戸が背伸びして背表紙を見て、声を上げる。

 

「あ、これ読みたいって思ってたんだ〜」

 

「もちろん貸すさ!!! ガンガン見ていってよ!!」

 

 そんな中で霊火が手にとったのは古いペーパーバックだ。

 吹出は意外そうに霊火に話しかける。

 

「え、殻木さんって意外とそういう古典的なのが好きなんだね」

 

「ん? あー……それは何というか……」

 

「もちろんそれも素晴らしい漫画だよ!! 正義の味方の活躍に、こっちもメラメラ燃え上がっちゃうよね!!!」

 

 霊火は困ってしまって、曖昧に笑った。

 この漫画は覚えがある。確か初代『OFA』継承者、死柄木与一の『鬼火』で見た――。

 

「コミックスの悪役かあ……」

 

「?」

 

「いや、私は悪の魔王に憧れるタイプじゃないなあって……」

 

「???」

 

―――――――――

 

▶上鳴電気の部屋

 

 圧倒的にチャラい空間だった。

 

「……なんだこれ」

「雑貨屋……?」

 

 壁には海外アーティストのポスターやダーツの的が無秩序に貼られ、謎のルームランプがチカチカ点滅。

 床には謎のクッションやラグが散乱し、棚には香水やら雑誌やら、どこで買ったのか分からない置物がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。靴箱はパンパンで、机の上にはサングラスが五つも六つも転がっていた。

 

 霊火は人差し指を頬に当て、端的に評価した。

 

「センスの墓場じゃん」

 

「お、おい! 言いすぎだろ!」

 

 上鳴が抗議するように両手を上げたが、流石に手当たり次第すぎる。

 部屋の片隅に置かれたスピーカーからはやたら音量の大きい洋楽が流れており、誰かがリモコンを押して音を下げた。

 霊火は壁にかけられていたギターを手に取って、適当に有名洋楽のリフを弾いてみながらこう続けた。

 

「あのねえ上鳴、女の子って基本的に『一つのことに情熱を注ぎ、真剣に取り組む男性』に惹かれるものだよ? モテを目指すならこの部屋は無い……」

 

「殻木、俺も頭では分かってるんだよ……!!」

 

「貴方に関しては、如何せん普段がおちゃらけているからさ、学業でも趣味でも何でもいいけれど真剣な表情や姿をアピールするだけでいいんだけれどね。それだけで女性側が勝手にギャップを感じてくれるから。その方向で努力するといいと思うよ?」

 

―――――――――

 

▶尾白猿夫の部屋

 

「…ほんとに普通だ」

「普通だね」

「めっちゃ普通」

「一人暮らしの大学生でももうちょっと個性だすよ」

「君たち話すことがないなら無理しなくて良いんだよ?」

 

 驚くほど“普通”だった。

 壁は白、床も木目調で清潔感がある。机には整然とノートとペン立てが並び、棚には参考書やスポーツ雑誌が数冊。ベッドもシンプルな掛け布団に枕がひとつだけ。

 

「……逆に新鮮だな」

「いや、新鮮っていうか……生活感?」

「私は嫌いじゃないけれど……」

「僕泣いていい?」

 

―――――――――

 

▶鱗飛竜の部屋

 

「お……おおっ!?」

「なにここ、映画のセット!?」

 

 中国からの留学生、鱗飛竜の部屋は中華武侠映画風だった。

 壁には朱色と黒で塗り分けられた木枠が組まれ、窓には格子模様の障子風カーテン。

 床には艶のある木の板が広がり、部屋の中央には丸い中華風の卓子と椅子が置かれている。

 さらに壁際には竹刀や槍の模造品が整然と飾られ、道場のような雰囲気すら漂っていた。

 

 霊火はこう評価した。

 

「え、意外とハイセンスじゃん。壁の朱色と黒のコントラストが映えるね。映画のセットみたい」

 

「武道漫画の主人公の部屋みたいデス!」

 

 机の上には漢詩の本や書道道具が置かれており、香炉からはほのかに白檀の香りが漂っている。

 ベッドも豪華な木彫りのフレームで、布団は深紅の刺繍入り。

 全体的に気合いが入りすぎているが、不思議と嫌味はなく、「かっこいい」と言い切れる部屋だ。

 

 鱗飛竜は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「殻木って、もしかして中華映画が分かるのか?」

 

「役者も演技もセットも完璧なのに、CGだけクソ雑だなあって思いながら見てる」

 

――――――――

 

▶轟焦凍の部屋

 

 まさかの和室だった。他の人と部屋の造りが根本から違う。

 

 畳が敷き詰められ、壁は白と木枠のシンプルな塗り分け。

 部屋には低い座卓が置かれ、座布団がきちんと並べられている。

 隅には小さな床の間まであり、掛け軸と花瓶が飾られていた。

 

 轟曰く――

 

「……フローリングは落ち着かねえ」

 

「いやそうはならないでしょ。え、当日即リフォームってどうやったんだよ?」

 

「……頑張った」

 

 意外と拘りが強いタイプなんだなと、霊火は思った。

 

――――――――

 

▶回原旋の部屋

 

 机、ベッド、本棚、整理されたノート類。壁も白、家具もシンプル。派手さはまるでない。一見、ごく普通の男子部屋だった。

 しかし視線を引いたのは部屋の一角。黒光りする一眼レフカメラが三脚と並んで鎮座している。

 

「おお、カメラ置いてある!」

「趣味なんだよ」

 

 机の棚には数冊の写真集が並び、机の脇の箱からは何らかの写真が少しはみ出している。

 多分、レンズ込みで9万円といったところだ。棚にはカメラ雑誌や写真集がずらりと並び、海外の風景写真からプロのポートレート集まで幅広い。

 写真が趣味なのだろう。寮にまで持ち込んで何を撮るのかは不明だが……?

 

――――――――

 

▶鎌切尖

 

 扉を開けた瞬間、全員の足が同時に止まる。

 

 壁際の棚には標本箱がずらりと並び、中には色とりどりの蝶やカブトムシ、クワガタがきっちり固定されている。机の上にはルーペやピンセットが散らかり、窓際には生きたままの虫が入ったかごまで置いてある。

 

 虫嫌いの女子陣が露骨に後ずさりする中、霊火は肩を竦めた。

 

「これ絶対に逃がさないでね。万が一私の部屋の中で原色系の昆虫を見つけたら、勢いに任せてハイツアライアンスごと吹き飛ばすかもしれん」

 

「細心の注意を払うぜ……!!!」

 

 霊火は昆虫系は大丈夫な方だが、部屋に不意打ちで現れるのを許容できるほど耐性はない。

 女子から「無理無理無理!」「気持ち悪い!」と悲鳴混じりの声が飛んできて、鎌切尖は肩を落とした。

 

「……まあ、趣味は人それぞれだな」

「すっげ~……!!! オオヒラクワガタだ!!!」

 

 男子陣からの反応は良好だった。口田が部屋の外に飛び出していったが。

 

――――――――

 

▶口田甲司の部屋

 

 動物の匂いがした。

 部屋の隅にはケージや飼料の袋が置かれ、フローリングでは小さなウサギが跳ねている。

 

「わ、可愛い……!」

 

 女子陣が思わず声を揃えた。昆虫との受けの違いに鎌切尖はがくりと肩を落とす。

 霊火がそっと屈んでウサギを抱き上げようとするが、信じられない程暴れられて逃げ出された。

 

「…………………………」

 

 霊火は両手をじっと見つめ、わずかに肩を落とした。

 取蔭が慰めるように肩をポンポンと叩く。

 

「……もしかして、ウサギに嫌われてる?」

 

「あの……」

 

 口田が口を開きかけて、結局は何も言わなかった。フォローがない。本当に嫌われているらしい。

 霊火が動物に嫌われるのはいつもの事なのだが、普通に悲しい。普段から実験動物を消費しまくっているのを野生の勘で感知されたりしているのだろうか。こう言う時に悪の科学者は辛い。

 

――――――――

 

▶砂藤力道の部屋

 

 扉を開けた瞬間、ふわりと甘い香りが漂った。

 

 机の上には焼きたてのシフォンケーキが置かれ、まだほんのりと湯気を立てていた。部屋の隅には調理器具や小さなオーブンまで揃っていて、どうやら本格的にお菓子作りをしているらしい。

 

 一瞬で試食大会となる砂藤部屋。

 霊火自身もシフォンケーキを一切れ受け取りながら、砂藤に話しかける。

 

「へえ、キッチンに立つタイプなんだね。ちょっと意外かも」

 

「お、おう。”個性”柄食事には気を使ってるんだよ。なら自分で作ったりとかすんの」

 

「滅茶苦茶美味しいじゃん。でもあんまり餌付けしないでよね。ちゃんとご飯あるんだからさ」

 

――――――――

 

▶殻木霊火の部屋

 

 霊火が扉を開けた瞬間、全員が「モノ多っ!」と声を揃えた。

 

 本棚が壁一面を覆い、その上にさらに本の山が積まれている。

 衣装ダンスも二つ三つ並び、とにかくスペースを圧迫している。大型モニターも壁に取り付けられ、デスクトップPCもデスクの上に鎮座し、机の上にも小物やアクセサリーが散らかっている。

 

「服屋と図書館が合体してない?」

 

「霊火ちゃんってもうちょっと綺麗な部屋に住んでると思ってた……」

 

「なんでそんな汚部屋みたいな扱いするの……?」

 

 霊火は割としっかり傷ついた。部屋が狭いのが悪い。

 少女は困り眉で首を傾げる。

 

「基本的にモノが捨てられないタイプなの私。一度捨てたものを買いなおすのがどうにも我慢ならないというか……」

 

「でも洋服多すぎじゃね?」

 

「貴方たちは成長期かもしれないけれど、私は一向に身長が大きくならないから昔買ったやつがいつまで経っても着られちゃうんだよ……」

 

「本は?」

 

「自筆……」

 

「自筆!?!?!?!?!?!?!?」

 

 クラスメイト達は仰天して本を手に取った。

 霊火は居心地悪そうに首を竦めた。

 

「エッセイでも図鑑でも日記でも物語でも、私は割と色々書いてるよ」

 

「え、これ全部霊火が書いたの?」

 

「そうだよ? ほら、私って小さい頃からずっと身体弱くて、入院生活が死ぬほど長かったから暇でね……」

 

「……出版しないの?」

 

「やだよ恥ずかしい。それに基本的に自分の考えの整理用だから、私の思想もダダ漏れだし決めつけだらけだよ。他人様に見せられるような内容じゃない」

 

「……こりゃ捨てられんわ。なるほどねえ……」

 

 ご理解いただけたようで何より。

 

 ――――――――

 

▶角取ポニーの部屋

 

 

 扉を開けると、目に飛び込んできたのはポスターやフィギュア、グッズで埋め尽くされた“オタク部屋”だった。

 壁一面にアニメキャラが並び、机の上にはアクリルスタンドやキーホルダーがぎっしりと並んでいる。

 

「完全にガチ勢じゃん!」、と芦戸が叫ぶ。

 

「わ、私、アニメ、ダイスキ!」

 

 本人――ポニーは照れつつも、どこか誇らしげだ。

 そんな中、霊火はまたしても見覚えのあるキャラクターを見つけた。確か……。

 

「……あ、そうだ。”美少女忍者シノビちゃん”だ」

 

「分かるのデスか!?!?!?!?!?!?!?」

 

 角取が大声で詰め寄ってきた。霊火は両腕で慌てて距離を取る。オタクという人種はどいつもこいつもこんな感じだ。

 霊火は記憶の蓋をこじ開けるように思い出しながら口を開いた。

 

「……抜き足、差し足、忍び足、美少女忍者シノビちゃん、只今参上!! だっけ……?」

 

「かなり違いマスがそれデス!!!」

 

「うちの病院で長期入院してた子が大好きだったなあ……。病室にある小さい液晶で何度も何度も……」

 

 小学生の頃の霊火は割と病院暮らしの子どもたちの遊び相手を務めていたため、この手の思い出には事欠かない。

 その関連で霊火は”入院中の子供たちの初恋を片っ端から奪った女”という一面があったりする。霊火の見た目の幼さも、本当の子供相手ならば問題にならない。

 ……もっとも、病院で長期入院が必要な子供という性質上仕方のないことなのだが、霊火を慕ってくれた子たちが次々と亡くなっていくのが当時は相当辛かった思い出がある。

 

 勝手にブルーになり出した霊火だが、それに気が付かない角取はコソコソ声でこう言った。

 

「日本では……オタクって言ってもイヤな事言われません……!!!」

 

「……ポニーはアメリカ出身だよね。あっちのスクールカーストってやっぱりヤバいの?」

 

 ナードにしてもギークにしても、あっちの学校でアニメ好きと公言するのは日本とは比べ物にならないぐらいリスクが高い行為というのは聞いた事がある。

 最近はバスケ選手にもファンがいたりとかで、ギークカルチャーの地位も多少は向上したと聞くが……。

 

 角取は首を傾げて、こう言った。

 

「……州に……寄る?」

 

 ……保守系のバイブルベルト出身だったりするのだろうか。

 

 ――――――――

 

▶小森希乃子の部屋

 

 扉を開けると、信じ難い事にほのかに土と木の匂いが漂ってきた。

 室内はウッディな調度でまとめられ、観葉植物や木製の家具が柔らかな雰囲気を醸し出していた――が、よく見ると部屋の隅や棚の上にはキノコのプランターが数個並び、ライトの下でしっとりと栽培されている。

 

 取蔭は一瞬驚いた様子を見せると、こう聞いた。

 

「……キノコ育ててるの?」

 

「うん。カワイイでしょ?」

 

 小森はにっこり微笑んで答えた。茸が可愛いというのは彼女にとって大前提らしい。

 

 霊火としてはむしろ湿気が気になった。

 少し髪が重い。だが部屋そのものは落ち着いた森のような雰囲気で、妙にリラックスできる空間だった。

 

――――――――

 

▶葉隠透の部屋

 

 まず目に入ったのは大小さまざまなぬいぐるみたち。

 ベッドや棚に並べられていて、まるで小さな遊園地のようだ。

 

 とはいえ、家具やレイアウト自体はごく普通。派手さはなく、どこにでもある女子の部屋といった雰囲気だった。

 

「じゃじゃーん! どーだ!」

 

 透明な身体のまま両手を広げる葉隠。

 声だけが響くのはかなり変な気分になるが、A組はとうに慣れっこだ。

 

「ぬいぐるみ多いな!」

「かわいい~!」

 

 女子陣は素直に笑顔を見せ、男子陣にもおおむね好評だ。結局こういう部屋が一番ウケるらしい。

 

――――――――

 

▶芦戸三奈の部屋

 

 壁はビビッドなピンクでべッドカバーやカーテンも同系色。

 ところどころに黒がアクセントとして配され、全体的にはポップで派手めな仕上がりだ。化粧品やアクセサリーもずらりと並び、どこかギャルっぽい雰囲気が漂っている。

 

「じゃーん! かわいーでしょー!」

 三奈は胸を張って満面の笑み。

 

「……お、おぉ……」

「…かわいー!!!」

 

 そして男子陣はコメントに困って口ごもる。

 女子陣も同調するも、若干反応が遅れた。幸いな事に芦戸は気が付かなかったが。

 

 部屋全体の統一感も取れていてコンセプトとしては決して悪くないのだが、配色センスがやや独特だ。

 部屋主の芦戸には合っているが……。

 

 ――――――――

 

▶取蔭切奈の部屋

 

「わ~……ギャル系~……」

 

「霊火は何でテンション下がってるの?」

 

 小学校の頃からクラスのギャル系に碌な思い出が無いからだ。取蔭がいい人で良かった。

 そんな取蔭の部屋の壁には海外ブランドのポスターやおしゃれなライトが飾られ、化粧台の上には高級そうなコスメがずらり。

 ベッドや家具はシンプルながらもまとまりがあり、雑誌の一ページのように洗練されている。色味は落ち着いた白やベージュを基調に、差し色でゴールドが効いている。

 

「え、めっちゃオシャレじゃん!」

「モデルの部屋みたい……!」

 

 本棚に置かれている恐竜図鑑が良い味を出していた。

 

 ――――――――

 

▶麗日お茶子の部屋

 

「味気の無い部屋でございます……」

 

 麗日お茶子はそういって照れくさそうに頬をかいていた。

 

 派手な装飾もなければ凝った家具もない。

 カーテンは淡い色合いで、机の上には教科書やノートがそのまま積まれ、ベッドには使い込んだ枕と毛布。 

 ちゃぶ台の上には煎餅や急須。なんとも生活感があふれている。

 

「……めっちゃ普通だね」

「逆に落ち着く!」

「なんかこう……あまりにフツーにフツーの女子部屋見て回ってると、背徳感出てくるね」

 

 ザ・普通の女子部屋だった。

 あまりにも等身大の女子っぷりに男子たちがちょっと動揺している。

 

――――――――

 

『魔眼』 "K-トルマリン"

 

 搭載”個性”『モニタリング』

 一度訪れた場所に、自らの視覚情報とリンクする不可視の"観測点"を設置する能力。

 それは空間座標に固着され、いつでもその地点の光景を自らの視界に投影する事が出来る。

 

――――――――

 

▶部屋王

 

 不在の緑谷を除いた第一回、部屋王暫定一位は砂藤力道になった。

 因みに支持を集めた理由は「ケーキが美味しかったから」だ。部屋は?

 

「痛……っ!!!! ……クッソ、『魔眼』の反動かな……中々上手くいかないなあ……!!!」

 

 クラスの喧騒から離れて霊火はひとり人目のない場所へと退いた。

 

 女子トイレの個室に滑り込み、震える手で鍵をかける。

 次の瞬間、押し寄せてきた頭痛に額を押さえ、霊火はしゃがみ込んだ。

 

(……取り合えず、アンカーは設置出来た。これで全員の部屋をいつでも無断で見れる。……峰田の事を笑えないなあ)

 

 問題となっている”内通者”を探したい霊火にとって、芦戸の提案はとても都合が良かった。

 皆の部屋を順番に見て回る機会を得た事で、緑谷と峰田以外の全員の部屋に”観測点”を設置する事に成功したのだ。霊火のような敵にとって情報力は文字通りの生命線だ。

 この部屋王企画は、非常に有意義な物だったと言えるだろう。

 

(――違った……かな。何かが違う。A組に”内通者”はいないと考えていいかな?)

 

 その場その場で一人一人の反応を確かめたが、霊火の目から見ても不自然な者は誰ひとりいなかった。

 内通者は、A組にいなかった気がする。いっその事見つかってくれた方が楽だったのだが……。

 

(……他の組や他の学年にまでこれをするのは無理だ。仕方ない、ローラー作戦で保護者の方を突いてみようか……?)

 

 そして内通者を見つけたら…………………………




クラス変更の影響がデカい回。文化祭とAB合同訓練どうしよう……。

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