殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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第6章:二学期編
086:必殺技!!!


 雄英高校の敷地内を、朝の風が静かに通り抜けていった。

 

 少女の髪がふわりと揺れ、陽光をすくうようにきらめく。

 制服のスカートを上品に押さえながら天を仰ぐ黒いカーディガンの学友を、寝不足で目の下にクマをつくった緑谷はじっと見つめた。

 

「……? どうしたの、出久くん。そんなに見つめて」

 

「いや、霊火さんって……ほんとに綺麗だなあって」

 

「…………………………もしかして口説かれてる?」

 

 不意を突かれた霊火は何とか平静を装うことに成功した。

 心臓はとんでもない跳ね方をしたが鈍感な彼にはきっとバレていない。そう信じたい。

 

 そして案の定、緑谷は自分の発言に気づいて慌てふためいた。

 

「違うんだ霊火さん! そういう意味じゃなくて!」

 

「それはそれで微妙に傷つくんだけど」

 

「ご、ごめん! ただ綺麗だなって思っただけで……!!」

 

「……寝不足って怖いね」

 

 適当なタイミングで会話を切り上げた。

 ――ここで「本当に? 私のこと、好きになっちゃった?」と追撃できないのが、霊火の弱さであり臆病さでもある。

 

(否定されたら涙を堪えられる自信がないからな……ああやだやだ。私もいつの間にどれだけ弱くなったのやら……)

 

 少女は諦め顔で息をつく。

 

「で、いったい何なんだろうね? オールマイトも久しぶりの登校日だっていうのに、始業前から呼び出してきて……」

 

 緑谷がヒーロー活動から帰ってきて、まだ三時間ほどしか経っていない。

 その後、二人で風呂に入ったり長話したりして――霊火はそれなりに眠れたが、緑谷は完全な徹夜状態だった。

 

 少年は疲れの抜けない顔で言う。

 

「さあ……そろそろ『OFA』について詳しく話し合いたいのかな……? オールマイトにはまだ『浮遊』のことも説明できていないし……」

 

「ああ、言われてみればそれもあるか」

 

 思い返してみると、ギガントマキア戦で緑谷に『浮遊』が発現したのも相当唐突な話だった。

 テレビで志村菜々の"個性"を使う『デク』を見たオールマイトが混乱したというのもあり得る話ではある。

 

「霊火さんは何だと思うの?」

 

「逆に心当たりが多すぎるかも。『アマリリス』関連なのか、プロヒーロー免許のことなのか、『ピースキーパー』期間のことなのか……」

 

「……僕たち、まとまった時間をとってもう一度話す必要がありそうだね」

 

「えー、面倒くさいでしょ。私が適当に報告書でも書いて送りつけておくよ」

 

 そんな世間話を交わしながら、二人はメッセージで指定された集合場所へ向かう。

 そこは仮眠室――オールマイトを含めた三人で内緒話をするときによく使う部屋だ。

 

 緑谷が横開きのドアをガラガラと開け、二人は入室する。

 

「おはようございます、オールマイト」

 

「おはようございま~す」

 

 中は薄暗く、カーテンが閉め切られていた。

 中央の机には書類の束と電源の入ったノートパソコン。

 その奥に座る痩せた背中が、ゆっくりとこちらを振り向く。

 

 オールマイトは資料から目を上げると、パッと表情を明るくした。

 

「緑谷少年、殻木少女。朝早くに呼び出してすまない。いきなりで恐縮だが、プロヒーロー資格を得た君たちに私から一つ任せたい仕事があってね」

 

「う、受けます!! やらせてくださいオールマイト!!」

 

(えー、雄英高校サイドは生徒を現場に出さない方針だと思っていたけれど。話が違うなあ)

 

 緑谷は即答したが、霊火は目には見えない大人の事情が気になった。

 

 担任の相澤消太は、未成年の現場活動には否定的だ。まあこれは彼の学生時代を考えれば当然ではある。

 だが、同じ教師である八木俊典からプロとしての依頼が直接来た。雄英教師陣の間でも意見が割れているのかもしれない。

 

(まあオールマイトはこれでいてガチガチの実践派というか、現場での成長を重視するところがあるからね。そこはグラントリノの教え子か……)

 

 二人の視線が返事をしない霊火に集中した。霊火は小さくため息をつく。

 

「……別に私も行きますよ。出久くんと一緒なら、単独でのヒーロー活動にはなりませんし」

 

「ありがとう二人とも。今回の件はどうしても君たちに任せたくてね。それに君たちに同行するプロヒーローも一人いる。超一流だ、安心していい」

 

「へえ、誰なんです?」

 

「『スターアンドストライプ』だ」

 

 霊火が勢いよく咳き込んだ。

 気管に変な空気が入り、悪夢の喘息モードに突入する霊火の背中を緑谷がぽんぽん叩きながら、彼自身も驚きの声を上げた。

 

『スターアンドストライプ』!?!?!? あの、アメリカのNo.1ヒーローの!?

 

「そのスターだ、緑谷少年! 殻木少女は彼女のことを知っているかな?」

 

 知らないわけがない。

 スターアンドストライプ――"個性"『新秩序』。

 世界最強の"異能"を持つ女。『アマリリス』の最優先目標だ。

 

 霊火はまだゴホゴホと咳き込みながら、必死に右手でOKサインを作った。

 オールマイトは霊火のことを心配しながらも、こう続ける。

 

「それで君たちにお願いしたいのは護衛任務だ。船に乗ってやって来るある重要人物を、スターと共にこの雄英高校に迎え入れてほしい」

 

「だ、誰が来るんですか?」

 

「内容はこの書類を見た方が早いな」

 

 八木は、クリップで綴じられた“案件”を緑谷に渡した。

 

 霊火が見た表紙には、武骨な太文字でこう書かれていた。

 

 『メリッサ・シールド護送計画』

 

―――――――――

 

 加害者家族問題という言葉がある。

 

 犯罪や事件を起こした人の家族が加害者本人とは別人格であるにもかかわらず、社会的非難や差別、精神的苦痛、さらには経済的困窮といった深刻な事態に追い込まれるといった現象を指す言葉だ。

 

 ちなみに近代法の基本は、「犯した罪はその個人が負う」という個人責任の原則である。

 家族だからといって独立した人格である犯罪者の罪を連帯して背負う法的根拠はなく、家族を罰したり不当に扱ったりすることは法治国家の原則から逸脱した私刑にほかならない。

 特に犯罪者が「親」である場合には、子に罪はない。これは絶対の原則だ。

 

(まあ逆に、未成年の子どもが罪を犯したからといって、親に過剰な責任を求める風潮も、個人的にはあまり好きじゃないけれどねえ……)

 

 まあ殻木家に関しては、そういう段階を遥かに超越した所で悪事を働いているため加害者家族問題とは一周回って無縁な立場だったりする。

 親が『ドクター』だから、霊火が誹謗中傷を受けるなんて展開は考えづらいのだ。

 こちとら天下の『アマリリス』様だ。裁ける物なら裁いてみろ。

 

 最近では、トガヒミコの家族がその典型的な被害に遭っていた。

 轟家もいずれ同じ道を辿ることだろう。荼毘に関しては、霊火にも思うところがある。

 そして今度は世界的テロリスト、デヴィット・シールド博士の娘、メリッサ・シールドにも同じ問題が降りかかった。

 

 彼女に対する誹謗中傷、暗殺予告、犯行声明、そして未遂事件の数々。

 “加害者家族”として彼女が浴びせられた暴力のリストを見て、緑谷は呻いた。

 

「メリッサさん……でも、こんなのって……」

 

「まあ“人工隕石”なんて極大のオーバーテクノロジーを保有する学者の娘が、世間にこう扱われるのは仕方ないだろうな。ギガントマキアが“殻木霊火さえ差し出せば助かる”とか言って日本中が生贄にしようとしてきた時の私より状況が悪いかも……」

 

 とはいえ、世間から暴力を伴う激しいバッシングを受けるにしても、霊火とメリッサではまるで事情が異なる。

 

 そもそも霊火は(本人的には認めたくない所もあるが)根っからの戦闘狂だ。

 ギガントマキアの時もそうだったが、訓練を受けていない民衆レベルの暴力など何人束になろうと脅威のうちにも入らない。

 警察が山ほどやって来た所で眠気すら覚めない。そこら辺のプロヒーローが出てこようと簡単に蹴散らす。一蹴だ。

 

 しかしメリッサは、無個性の一般人だ。

 霊火の時と同じテンションで彼女が正義感や復讐心に駆られた個人や自警団によって襲撃される時、それがそのまま彼女の死因となるだろう。

 死ぬことまでは確定。後は苦しまなければラッキーとかそういう次元の話になってくる。

 

 つまり、ここまで彼女が生き延びていること自体にトリックがあるという事だ。

 

 緑谷は絶望的な顔で言う。

 

「そもそもデヴィット博士は『アマリリス』なんかじゃ――」

 

「分かりやすい容疑者が彼一人しか出てきてないのが致命的。そしてデヴィット・シールドの人となりを生で知る人間なんて、世界規模だとほんの一握りだからね。教科書に載るような世界的研究者が実は悪のテロリストだったなんて“わかりやすい構図”、いかにもハリウッド映画みたいで民衆受けも抜群で、一瞬で信じられちゃう。そりゃ容疑者をすっ飛ばして真犯人扱いもされるよ。正直ここまで出来すぎてると逆に作為的な匂いがするね」

 

 話していて馬鹿らしくなってきた。全てはこちら側の小細工で生じた冤罪だ。

 真っ黒な真犯人は呆れ顔で続けた。

 

「いやあ、本当に『アマリリス』が博士なら、適当なタイミングでバッシングを受ける娘を回収しに来ると思ったんだけどね。それが無いということはデヴィット博士は“シロ”かなあ……」

 

「やっぱり霊火さんもそう思うよね!?」

 

「そもそも私としては、博士が今どこで何をしているのかが気になってきたな。娘の危機に駆けつけないなんて彼らしくもない。どこかに監禁でもされてるのかな……?」

 

 霊火は欠伸をこらえるのに必死だった。

 こんな分かり切った話をしていたって、面白くも何ともない。

 

 博士を監禁しているのは霊火で、『アマリリス』の正体も自分自身だ。

 博士は霊火に「娘だけは助けてくれ」と嘆願したが、その対価としての“個性”研究への協力は拒否されてしまった。

 ……霊火は根本的に寂しがり屋なので研究だって誰かと共同でやりたいのだが、仲間探しは中々上手くいかないものだ。

 

 そして新型"個性"機械。

 『二倍』『コミック』『黒影』持ちの『図書委員』ちゃんを現在進行形で遠隔操作し、メリッサ周りの物理的脅威をこっそり排除し続けているのも霊火だ。

 彼女を放置せず生存の目を残しているのは、霊火の科学者としてのロマンでもある。

 

(メリッサはメリッサで間違いなく"天才"側だからねえ……馬鹿は大嫌いだけれど、天才は存在するだけで価値がある。いつか私を驚かせるような発明をしてくれるかもしれないし、ここで放置するのは私のルールに反するんだよなあ……)

 

 ぶっちゃけ、事実関係を並べればそれだけの話だ。個人の感情や気まぐれが多少絡むが、整理してみれば複雑な話でもない。

 だがこの程度でも外側からは仕組みが見えなくなる。

 コレばかりは霊火が特別性だからというわけでもない。世の中に当たり前のように溢れる難事件なんて、蓋を開けてみれば大体こんなものだ。

 

 その上で霊火が気になったのは、やはり緑谷とは別のことだった。

 拍子抜けしたような調子で少女は指摘する。

 

「しかしまあ、天下のアメリカ様は意外と冷静だね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。“()()()()()()()()()()()()()()()()()F()B()I()()()C()I()A()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――――」

 

 オールマイトがゴホンと咳払いした。

 霊火は気にせず言葉を続ける。

 

「――まあ、“国民のため”と勇み足した結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「霊火さん」

 

「低い声出さないで。しかしまあアメリカも甘いな。そもそも私が捜査機関側ならメリッサ・シールドは絶対に放置しない。博士がクロかシロかは関係ないな。何しろ国家存亡の瀬戸際だ。"とりあえず"でデヴィット・シールド博士の全てを彼女の頭蓋から引き摺り出して、調査のコマを進める努力をするべき場面だと思うけれど? そもそも彼女が共犯者じゃないって誰が決めたの? 神野の隕石に関わっていない証拠はどこにあるのさ?」

 

 オールマイトが両手を合わせて額に当て、深いため息をついた。

 緑谷の方はもう言葉も出ないらしい。

 

 霊火は苦笑した。

 

「いやあ、互いに考え方が違いますね。オールマイトとも、出久くんとも」

 

「……………」

 

「私としては守るべき市民が誰かを殺せと叫ぶなら、取り敢えずで疑惑の人を監禁して安全を確保し、余計な殺人犯が発生しないようにするのも立派な仕事だと思いますけれどねえ」

 

 霊火の素朴な感想に対して、百戦錬磨のヒーローであるオールマイトはこう反論した。

 

「殻木少女、環境が市民の皆様にそう言わせているんだ。だから我々ヒーローは、その環境を変えなければならないのだよ」

 

「…………その通りですね(そうやって“善良なる市民”という構図を死守しなきゃいけないところがヒーロー社会の一番の歪みなんじゃ……?)」

 

 思考を切り替え、霊火は資料に目を通す。

 オールマイトは低い声で説明を加えた。

 

「……今のところ、良識あるアメリカのプロヒーローたちが、怒れる民衆から彼女を保護してくれているようだが……」

 

「それもいつまで続くことやら。このパニック具合だと『テロリスト支援禁止法』あたりの法律でこじつけて、デヴィット博士にご飯をあげた罪みたいなテンションでメリッサさんが公的に逮捕されますよ。あの国は根っからの民主主義だからこそ、民衆のパニックがそのまま公的な政策に変換されるという悪癖がありますし」

 

「流石にそんな事は……」

 

「それにあの国の女子刑務所ってガチで悪名高いから、あんな底抜けの善人が収監されたら最後、最初の三日でぶっ壊れるよ?」

 

 民主主義が善玉だというのも、それはそれで幻想だ。

 資料のページを捲る少女はメリッサを取り巻く現状を手短にまとめる。

 

「で、居づらくなったアメリカを抜け出させて日本で保護するって計画なのね。この分厚い計画書は襲撃時の対処マニュアルってわけか……」

 

「その通り。君たち二人に任せたいのは、彼女をここに連れてくるまでの護衛だ」

 

「『ピースキーパー』では無かった類の依頼ですね。結構な高難度案件だなあというのが正直な印象ですが、まあオールマイトの依頼なら受けます」

 

 少女は軽くウインクしてあっさり返事をする。その後、少し気になったことを付け加えた。

 

「でもさ、仮に彼女を日本に連れてきたとして。本当に状況は良くなるのかな?」

 

「霊火さん?」

 

 緑谷が首を傾げると、霊火は腕を組んで眉を顰めた。

 

「そもそも『アマリリス』で大被害を受けたのは日本でしょう? つまり彼女を日本に連れてきたが最後、神野や『風香』の被害者遺族が目を血走らせてナイフを構えるなんて展開がありありと想像つくんですけど〜……」

 

 日本よりもアメリカにいた方がまだマシだったとかいう、最低最悪な結論にならないといいね。

 

――――――――――

 

 仕事を受けはしたが、実行はまだ先だ。

 

 オールマイトとの話の後、律儀に教室に直行した霊火は窓から射し込む光に目を細めた。

 身体中を支配する激痛や精神的な負担のせいで、最近はやや不眠気味だ。

 

 そして太陽というのはどうも苦手だ。

 肌が弱いため少し油断すると日焼けで肌がボロボロになるというのが分かりやすい理由だが、それ以上に薄暗い闇の中にいた方が落ち着くのも大きい。

 

(日の当たる場所が嫌いなんて、結局何処まで行っても敵ってことなのかなあ……)

 

 それが高じて『永夜』なんて"個性"を抽出してしまうぐらいなのだから、太陽嫌いも中々筋金入りだ。

 

 黒板の前に立つ相澤が、クラスを見渡した。

 

 霊火がちらりと後ろを振り返ると、緑谷は机に突っ伏す寸前の顔色をしていた。睡眠不足なのが一目で分かる。

 そもそも午前四時ごろに寮に帰ってきて、その後霊火の話に付き合わされ、徹夜のまま朝になってしまったのだ。

 その前に不眠不休でヒーロー活動を続けていたことを思えば、過労もいいところだ。

 

(……寝させてあげるべきだったかもな。でも私もお話ししたかったんだよなあ……)

 

 彼の部屋は荷解きすら済んでおらず、ベッドもまだ段ボールから出していなかったはずだ。

 ベッドのある霊火の部屋に寝かせてあげても良かったが、そこは女子寮。男性である緑谷を招くのは流石に良くない。

 他の女子が嫌がるというか、霊火も他のA組女子が男性を寮の自室に招いたら流石に文句を言う。

 

(全寮制、意外と出久くんと話す時間ないな……? 登校時間も短くなっちゃったし……)

 

 一方で前に立つ相澤も同じくらい眠っていないはずだが――あの人は、そういう消耗に妙な耐性でもあるのだろうか。

 

「……またこうして、お前たちと無事に顔を合わせられたことを嬉しく思う」

 

 それだけの一言。しかし合宿以来ようやく全員がそろったことを思えば、十分すぎる重みがあった。

 教室のあちこちから「やっとだよ!」「殻木も緑谷も、よく帰ってきたな!」と声が上がり、霊火もつい笑ってしまう。

 

 相澤は小さく頷き、淡々と告げる。

 

「さて――昨日、殻木からも話があったと思うが、まずは仮免の取得が当面の目標だ」

 

「はいっ!!」

 

 張りのある返事が重なった。

 だが次の言葉で、再びざわめきが広がる。

 

「ヒーロー免許は人命に直結する、責任重大な資格だ。当然、試験も厳しい。仮免であっても合格率は例年五割を切る」

 

 教室は一気にざわついた。

 とはいえ、仮免試験そのものは霊火と緑谷にはあまり関係のない話だ。

 

「そこで今日から、君らには最低二つの“必殺技”を形にしてもらう」

 

「学校っぽくて、それでいてヒーローっぽいの来たぁぁぁぁ!!!」

 

 ―――――――――

 

 体育館γ――通称『TDL』。

 

((((((TDLはマズそうだ……!!))))))

 

 雄英高校はどうして体育館の略称を有名テーマパークに寄せたがるのだろうか。

 しかも正式名称が「トレーニングの台所ランド」だというのだから、突っ込みどころしかない。

 

「今日の授業は“必殺技開発”だが……」

 

 相澤先生がぬるりと説明を始めた。

 生徒たちは顔を見合わせ、真剣な表情で聞き入る。

 

「ヒーローとは、事件・事故・天災・人災……あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然その適性を見られることになるが……」

 

 生徒側は霊火を除くA組全員がヒーローコスチュームを着用している。

 一方、教師陣は相澤先生、オールマイト、ミッドナイトの三人。

 この人手不足を極めた日本で三人のプロヒーローを同時に動員するなど、かなりの高コストだ。つまり、この授業に雄英が相当力を入れているということでもある。

 

「そうだな……緑谷」

 

「はい!?!?!?!?!?」

 

 突然の指名に、緑谷の声が裏返った。

 担任は淡々と質問を投げる。

 

「プロヒーローに必要な能力を、いくつでもいい。挙げてみろ」

 

「の、能力!? えっと、戦闘力、精神性、統率力……えーと、魅力、ファンサービス力、コミュニケーション能力に……あ、機動力!!!」

 

「その通りだ。機動力も大切だが、特に“戦闘力”はヒーローにとって必須となる項目になるだろうな。そして技の有無は、戦闘力に――ひいては仮免試験の合否に直結する。……殻木」

 

 今度は霊火に矛先が向いた。

 鋭い視線に貫かれ、霊火は首を傾げる。

 

 霊火は一応、(右目が吹っ飛んだことの頭痛と左腕の幻肢痛による)体調不良で見学扱いではあるが、こういうときも質問は容赦なく飛んでくる。

 

「実際の現場で発生する戦闘において、最も重要な要素はなんだ?」

 

「何が何でも先手を制することです。先制攻撃という意味ではなく、後の先でもなんでもいい。とにかく相手の攻撃を被弾せずに自分の攻撃を通すことが一番重要だと思います」

 

「どうしてそう思う?」

 

「実際の現場では、“敵がどんな個性を持っているか分からない”のが普通です。もし相手の個性が『触れた対象を麻痺させる』だとしたら様子見の一発で即死します。攻撃を受ける行為自体にリスクがある以上、こちらの攻撃で沈められるならそれに越したことはありません」

 

 ミッドナイトが深く何度も頷いた。

 相澤は顎に手を当て、少し目を細める。

 

 数拍の沈黙のあと――。

 

「――なら、殻木。お前の言う“先手”を取るために、ヒーローが開発すべき必殺技はどんなものだと思う?」

 

「え、ええ……これ、まだ続くんです……?」

 

「プロヒーローだろ。これくらい即答してもらわないと困る」

 

「んな無茶苦茶な……。うーん……じゃあ……三奈! ちょっと前に来てくれない?」

 

「んぇ!?!?!?!?!?」

 

 仰天した芦戸が慌てて前へ出る。

 霊火は右手に四色の鬼火を灯し、それを弄びながら『酸』の彼女に視線を向けた。

 

「三奈、互いに先に攻撃を成功させた方が勝ちね」

 

「ちょ、ちょっと殻木!? 何!?」

 

「『トランジスタ』・スイッチオン」

 

「ちょ!?!?!?!?!?」

 

 爆炎が荒れ狂った。

 酸素を吸い込む轟音とともにオレンジ色の炎が芦戸に殺到するが、彼女は横っ飛びにその攻撃を回避した。

 

「アブなっ!? なに今の!? 本気じゃん!?」

 

「全然そんなつもりはないんだけど」

 

 芦戸は床を滑るようにバックステップ。

 靴底がきぃんと鳴り、彼女は反射的に両手に酸をまとわせた。

 

「ちょ、ちょっと殻木!? 本当に反撃していいの!?」

 

「私に化学性の火傷を負わせる心配をしてるなら、気にしなくていいよ」

 

 なぜなら、今の芦戸では霊火に届かないからだ。

 

 霊火は指先の鬼火を再点火する。

 青、赤、黄、緑――四色の火球がふわりと浮かび、霊火の周囲を公転した。

 

「接近したいでしょう?」

 

「なんで分かるの!?!?」

 

 芦戸が床を蹴った瞬間、コンクリートが火花を散らす。

 四角く光った床から、サイコロ状の巨大な塊が二つ跳ね上がった。

 

 ”対空技”。

 ジャンプして近づく相手を問答無用で撃ち落とすためのパターンだ。

 

「ひぃぃぃ!? ちょっと待ってそれはズルいってぇぇぇ!?」

 

 芦戸は体をひねり、サイコロの側面を蹴って壁ジャンプ。

 二つの塊と空中で直撃するのを紙一重で回避する。

 

 その瞬間、霊火はさらに鬼火を灯した。

 風の塊が交通事故のような勢いで襲いかかる。

 芦戸はスレスレで避けながら叫んだ。

 

「近づけないんだけど!?!?!?!?」

 

 芦戸の身体能力は女子の中でも突出している。

 反射も筋力も一級品だが、霊火の遠距離攻撃には分が悪い。

 ただし問題の本質は射程差ではないが……。

 

「なら……喰らえっ!!! 即興『アシッドショット』!!!!」

 

「私の“個性”相手だと射程が足りなくない?」

 

 芦戸が両手から酸を噴射。

 霊火は数歩下がるだけで回避し、軽く息を吐く。

 そのままかつん、と踵を打ちつけた。

 

 床が波打ち、次の瞬間に地面から音もなく数本の剣がせり上がった。

 

 エッセンスは『刺殺』。刃渡りは人の背丈ほど。

 鈍い灰色のコンクリート製の両手剣が床から切り離され、宙に浮かぶ。

 

「うわっ!? なにそれっ!? 床から剣!?」

 

 芦戸が叫ぶのと同時に、霊火は指先をくるりと回した。

 

 ごぉん――、と複数の剣が糸に操られるように向きを変え、芦戸を狙って静止。

 彼女が射線を外れようと動くたび、剣の切っ先も正確に追尾する。

 

「……え、動いた!? え!? これ動くタイプ!?」

 

「撃つよ」

 

 霊火がぱちんと指を鳴らすと、剣たちが一斉に空気を裂く。

 

 びゅん、と低い風切り音。

 それぞれが死角を補う軌道で芦戸を取り囲む。

 

「う、うそでしょ!? そんなのアリ!?」

 

 三奈はとっさに地面に手を突き、酸を大量に放出。

 白い蒸気が噴き上がり、どろどろと音を立てて酸の壁が立ち上がる。

 

 半透明の液状障壁が芦戸の身体を包み込む。

 そこへ飛び込んだコンクリートの剣は、不快な音を立てて溶け崩れた。

 溶解した破片が床に散らばり、煙を上げる。

 

「っ……っぶなぁあああ!!」

 

「あ、いいじゃんいいじゃん。私が言いたかったのはそれだよ」

 

「何の話!?!?!?」

 

「必殺技の話」

 

 霊火は鬼火を消して構えを解くと、肩をすくめた。

 

「その酸の壁だよ。まさに“相手の先制攻撃を凌いで先手を制す”ための、重要な技になると思う。様子見ができるって、戦闘では滅茶苦茶強い要素だからね」

 

 ミッドナイトが首がもげそうな勢いで頷いていた。

 オールマイトも霊火の説明を補足する。

 

「まさに実戦的な“先手のための防御”だ。良い発想だぞ、芦戸少女!!!」

 

「や、やった……!? じゃあこれ、私の必殺技ってことで!」

 

 芦戸は両手を突き上げてぴょんぴょん跳ねる。

 相澤が前に出て、こうまとめた。

 

「まあ、こういうことだ。必殺技は必ずしも攻撃技である必要はない。“個性”の伸びや技の性質に合わせて、コスチュームの改良も並行して考えていくように」

 

 そして締めくくった。

 

「プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」




小ネタ:『OFA』の力の制御の過程が原作とは違うため、『フルカウル』という言葉が一回も出てきていない

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