殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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087:未成熟

 天才の片割れ。

 身内からは『ドクター』と呼ばれる老齢の男は、"個性"を培養中のガラス瓶を棚に戻した。

 

「〜〜♪ 〜〜♪」

 

 マッドサイエンティストはとにかくご機嫌だ。

 なにしろ死体の山だ。『ピースキーパー』以後の日本はどこもかしこも死体で溢れている。

 『ギガントマキア』と共に相当数の死体を奪取したが、保管場所が足りなくてうれしい悲鳴を上げるほどだ。オールマイトの台頭以降、研究資材がこれほど潤沢に揃う時代など無かった。

 

 研究者にとって、研究できることほど幸福なことはない。

 知的好奇心を満たすための努力ができるのは、恵まれた状態だ。

 

 プラスであれマイナスであれ、今日も世界は可能性で満ちている。

 

「〜〜♪ ふう……霊火も元気かのう」

 

 実験台の向こうの空気が歪んだ。

 黒い霧が床を這い、静かに立ち上る。

 靴音ひとつ響かせず、『ワープゲート』を持つ男がそこに現れた。

 

「完全に敵対したというのに、まだ彼女を気にするのですか?」

 

「そりゃ当然じゃよ黒霧! あの子は儂の第二の親友にして、唯一のライバルじゃ! 多少殺し合おうとも、この絆までは否定できん!」

 

 殻木家は親子仲が良好だ。

 何しろ規格外の天才たちにとって、話が通じるのはお互いにただ一人だけ。

 父にとっての『AFO』や娘にとっての『緑谷出久』は確かに最愛の存在だが、彼らはどちらも「理解者」にはなりえない。頭の出来が違いすぎる。

 

「あの子がここを出ていってからというもの、どうにも張り合いが無い! 霊火とはまた腰を据えてじっくり仮説と理論を語り合いたいのう」

 

「……そこまで言うのなら、なぜ彼女を手放したのです?」

 

「黒霧よ、子の自立は親にとって最大の喜びよ。可愛いからといって、いつまでも手元に置いていたら腐ってしまう。“旅をさせよ”とはよく言ったものじゃよ」

 

 老人は笑いながら手を拭き、白衣の裾を翻した。

 研究所の照明が淡く明滅する。磨き上げられた金属台、無菌を保つガラス管、揺らぐ試薬の光。

 漂白剤と薬品と血の名残が混ざり合った鈍い鉄の匂い。

 円筒状のガラス容器が幾列にも並び、その中では“脳無”たちが眠っている。

 管の中を泡がのぼり、淡い光がむき出しの脳の断面を照らす。

 

 『アマリリス』にすら嫌われた、異形のグロテスク。

 『ドクター』はモニターの前に歩み寄り、指先で操作盤を軽く叩いた。いくつもの実験ログが浮かび上がる。

 

 【宇宙適応型脳無(Type-EOS)】

 

 黒霧が無言で画面を覗き込むが、彼にそれを理解する機能は実装されていなかった。

 しかし娘と同様、というか研究者というものは大抵説明したがりだ。何も要請されずとも勝手に補足を始める。

 

「重力を必要とせん個体じゃ。酸素も要らぬ。あの子の“衛星”に対抗するために設計した、宇宙用の兵隊じゃよ。急造にしてはよくできたのう」

 

「衛星……あの隕石攻撃を行った人工衛星ですか?」

 

「そうそう、それじゃ!」

 

 ドクターは愉快そうに手を叩いた。

 

「データによれば、四十八機中二十六機を撃墜。残りも順次墜とせておる。()()()()()()()()()()()()()。性能試験としては十分すぎる成果よ」

 

 モニターの中では、真空の闇に散る光点。

 それは破壊された人工衛星の破片群であり、霊火の“自己増殖する衛星”が潰えていく記録だった。

 

「だが効果は薄いの。制空権は奪えたが、あの“衛星”は別に“衛星”である必要がない。月面コロニーを潰さぬ限り、“隕石”の脅威は拭えん……か。重力落下式もそうじゃが、月面からのマスドライバー式まで想定すると……」

 

 ここで一息。

 

「まったく、この世界はどこまでも狭い。ようやくあの子が親離れを果たしたというのに、結局儂の競争相手はあの子しかおらんし、あの子の競争相手は儂しか務まらん。宇宙開発競争も天下のアメリカはあっさり敗退したからのう……」

 

 技術はいきなり完成しない。

 複数の人の手に触れ、競争することによって洗練されていく。

 そういう意味で『ドクター』と『アマリリス』はどこまでもライバルだ。何事にも言えることだが、互いに高め合う関係はとても貴重なものである。

 

 対する黒霧は首を傾げた。

 

「……『アマリリス』は一体、何を目指しているのでしょうか。あれほどの兵器を宇宙にまで展開し……何のために、あそこまで?」

 

「ふむ? そもそもアレが兵器なのかも疑問ではあるが……」

 

 ドクターは顔を上げ、顎に手を当てた。

 やがて、楽しげに目を細める。

 

「小学校の授業で、貧困問題や地球温暖化といった社会問題を扱うことがあるじゃろう?」

 

「…………………………」

 

 学校に通っていない黒霧は普通に沈黙したが、『ドクター』は気にせず続ける。

 

「そして社会問題とかにハマって、貧困問題やら環境問題やらを解決しようと署名とか募金とか意識高そうな事にクラスを巻き込んでくる、面倒くさいタイプの生徒とかおらんかったか? ()()()()()()()()()()()

 

 酷い言われようだった。

 硬直する黒霧は暫く沈黙した後、恐る恐るといった様子で質問する。

 

「良くわかりませんが……一般的に若いうちから社会問題に興味を示し行動出来るのは、いい兆候ではないでしょうか」

 

「さあのう。社会の矛盾や不公平に対して敏感になり、「なぜ?」「どうして?」といった疑問を強く抱くようになる年頃というのは確かに誰にでもあるが……。貧困でも環境問題でも動物実験でも表現規制でも戦争でも、ステインの英雄回帰でもよいが、分かりやすく"間違っている"問題に対して義憤や"何とかしなければ"という使命感を抱くこと自体は悪い事でも無いと、今の儂は思う。しかしいざ実際に同じクラスにこんなのがいたら鬱陶しいことこの上ないぞ? 儂の学生時代にもクラスに一人はいたが……」

 

「そこまで悪く言う必要はないのでは……?」

 

 殻木球大は死んだが、あの病院のトップは未だに"殻木球大"だ。

 意識高い系の『臓器移植についてどう思うか』みたいな謎の作文コンクールに巻き込まれ、大量の駄文を読まされがちな老人は、呆れたようにため息をつく。

 

「しかしいつの時代も社会問題は複雑じゃ。貧困問題ひとつをとっても教育、医療、雇用、地域格差、家庭環境、国際経済と無数の要因が複雑に絡み合い、一つの対策を打つと予期せぬ副作用が別の場所で発生するのが基本。社会科学というのはとにかく極端に難解で、霊火や儂でも手が付けられない極めて高度な分野じゃ。いくら志があれど、理想論や単純な二元論に陥りがちな思春期の学生がそんな問題に太刀打ちできるわけ無かろう」

 

「…………………………大人が解決できない社会問題が学生に解決できる道理が無い、と」

 

「どこまで行っても資源は有限で、利害は衝突し、社会問題の解決には極めて複雑で難解な政治の技能が不可欠。必要なのは実務能力というより、むしろ人気取りの才能じゃな。まあこれについてはあらゆる仕事がそんなものじゃが……」

 

「……そうなのですか?」

 

「少なくとも研究者はそうじゃのう。世渡りに必要なのは有能そのものというより、有能さを上にアピールする能力なのは間違いないわい。話を戻すと、霊火も基本骨子は同じじゃよ。あの子もまた、”個性”特異点という社会問題が許せない、一介の学生なのじゃ」

 

 そして『ドクター』はこう言った。

 或いは、問題の核心を。

 

「しかし霊火は、他の生徒には無い圧倒的な才覚があった」

 

「……」

 

「実際に効果があるかはさておき、地球温暖化を憂いてエコバッグを使うことぐらい誰でもあるのう?」

 

 老人は一息で切り込んだ。

 

「つまり、霊火にとっての"地球温暖化"が『"個性"特異点』で、"エコバッグ"が、『アマリリス』じゃ」

 

「…………?」

 

「あの子はあまりにも破格の頭脳を持つ故に、若い女生徒特有の潔癖な使命感が、そのまま極大の”手段”に化けておる。同年代の学生がせっせと手作り募金箱を作るのと同じ動機で霊火は"人工隕石"や"アンドロイド"を作り出し、そのまま社会問題の解決のために自分の持つ力を振るっておる。やっている事は大量虐殺でも、本人としては紛れもない善行のつもりなのじゃ」

 

 やはり親は親だ。

 子を、本人以上に理解している事も珍しくない。

 

「霊火では無い普通の学生は、社会問題に太刀打ち出来ん。何処かで現実を知る事になるじゃろう。それが成長というものじゃ。弔を見ていてもそう思うじゃろう?」

 

「それは……ええ、その通りかと」

 

「つまり霊火のように"出来過ぎてしまう"というのも逆に考えものじゃ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。失敗はすれど挫折しないから反省する必要がなく、反省をしないので傲慢さは全く正されない。むしろ成功体験によって強化され続ける。思春期の根拠の無い万能感に振り回される典型的な少女でありながら、本当にかなりの部分で万能に近いのは霊火特有の問題と言えるの」

 

「なる……ほど……?」

 

 「しかし、結局は彼女も万能ではなかった。ここがあらゆる悲劇の本質じゃ。なあ黒霧、神野の隕石でこの世界は良くなったように見えるか? 儂にはいたずらに民衆の不安を煽って、ただただ終末の時計を無意味に早めただけに見えるがのう」

 

「それは……確かに。私も同じ事を思います」

 

「つまり完全なオーバーテクノロジーを思春期の価値観のまま振るうのは極めて不安定で、本人の意図とは逆に社会の寿命を縮める。その割に霊火自身にはその自覚が全く無い。あの子は確かに優れた才覚を持つが、活動家としては三流じゃ。この辺りは普通の女学生じゃの」

 

「…………」

 

「この場合、方法自体の理屈や"個性"特異点というタイムリミット自体は紛れもないホンモノなのが質が悪い。理屈や理論は完全に正しい割に誰にも認められないため人間に期待しなくなり、八つ当たりのように人々の生活や経済活動や個人の自由といったものを徹底的に軽視する所までがワンセット。儂にもこういう時代はあったの。そして一人で何でも出来るから周囲の合意を求める必要が全くなく、むしろ目的の邪魔。結果があの大虐殺。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……殻木霊火はただ、世界を良くしたいだけだ、と?」

 

「あの子は『死因』で精神が汚染されているが、基本的にかなりの『善性』じゃ。あの子が緑谷出久に夢中になったのも必然だと儂は思う。なにしろ打算なく、自己犠牲も厭わずにただひたすらに人々を救おうとする彼の姿は、霊火が心の奥底で抱き続けている理想そのものなのじゃ。霊火は緑谷出久に肩入れし、『デク』を立派なヒーローに仕立て上げる事でいつか失われる自身の善なる人間性を全て託してしまいたいのじゃろうな」

 

「……………私は今まで、彼女は完全なマッドサイエンティストだと思っていましたが……」

 

「まああの大虐殺に関しては仕方ない所もある。アレだけ強烈な民衆の悪意に晒されれば誰でも世界の終わりぐらい願うものじゃ。あの子は無自覚かもしれんが、神野に隕石を落としたのもギガントマキア関連の暴動で、霊火が民衆に本気で失望したのが主因と推測できる」

 

 ドクターはデスクの引き出しから、一枚の写真を取り出した。

 ()()()()。3歳のバースデー。

 自信満々の生意気な笑顔で、ピースサインをレンズに突きつけている。

 

「………かつてとある少女が、初めての”個性”使用で自分が乗った飛行機を落とし、自身や両親を含む人命を大量に失わせる悲劇があった」

 

「…………………まさか」

 

「"個性"『死因』。全てを知った小さな霊火は、悲劇をどうしても許せなかった。同じ事が起こってはいけない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。殻木霊火の原点というのは、結局どこまでもここなのじゃ」

 

「……その為に、百万人規模で無実の一般人を殺すのは、それこそ本末転倒なのでは……?」

 

「ホ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何しろ『死因』の反動で一番最初に失われた人間性は、まさにその部分じゃからのう」

 

 敵名『アマリリス』。

 有史以来最悪の犯罪者も、きっと最初は人間だった。

 何処にでもいる心優しい女の子から始まった、全てが破綻した物語。

 

 こちらは正真正銘極悪性のマッドサイエンティスト。

 老人は心の底から悲しそうに肩を落とした。

 

「"個性"特異点の解決。霊火はこれに固執した」

 

「………世代を経るごとに発達し、複雑化する"個性"。全ての悲劇の元凶がここだと彼女は信じている?」

 

「もはや信仰の域じゃ。そして信仰であるが故に、あの子は外部からの説得には絶対に応じん。もっとも、この話は霊火の側に分があるのも確かじゃ。何しろ件の飛行機事故は"個性"発現のタイミングで発生しており、その性質上『"個性"カウンセリング』等の事後対応では絶対に間に合わん。予防、防止、発生原因からの排除。悲劇を阻止するために根治が必要なのは、論理的に当然の帰結じゃ」

 

「しかし殻木霊火の手段はあまりに強引では? あのレベルの大量破壊兵器を何個も創り出し、彼女は何を目指しているのですか?」

 

「それに関しては儂にも分かりかねる。というより、最近の霊火は『アマリリス』としての活動が過激すぎる、もっと穏健な方法があったと言うことに薄々勘付いているように思える……」

 

「な……!?」

 

 それが成長だと、父親としては信じたい。

 

「あの子が本当に"個性"特異点解決のために手段を問わないのなら、あの人工衛星を打ち上げた次の日に世界中に隕石を落として人類を殲滅し、人工子宮やらで無個性の人間を大量に産み出してしまえばそこでゲームセットじゃった。しかしそうはならなかった」

 

「何故……、殻木霊火は何を考えている……?」

 

「間違いなく緑谷出久の影響じゃろう。アレほどの善性の隣に居続けて影響を受けないというのも逆に無理な話じゃ。儂には分かる。あの子は神野や都心の大虐殺なんてもう二度としたくないのじゃ。断言するが、今のあの子は神野に隕石を落とせない」

 

 その上で仮説を一つ。

 

「……そんな大層な理由ではあるまい。単に、緑谷出久が信じるこの世界を壊したくなくなってしまったのじゃろう。"好きな人を悲しませたくない"なんて、誰もが持つ当たり前の感情じゃよ」

 

「………話を聞く限り、殻木霊火が敵でなくなっているような印象を受けますが……」

 

「確かに霊火は根が善性ではあるが、それは無かろう。敵というのは内的なものではなく社会的なものじゃ。内面が善良だからと言って、あの子の社会的な罪が消えるわけでもあるまい。……まあ対捜査機関のスペシャリストである霊火の場合、社会的な罪という意味では罰から完全に逃げ切る可能性もあるが」

 

 発覚しない罪は罪とカウントされない。

 これもまた霊火が素で言いそうな事だった。

 親の価値観というのは良くも悪くも子に浸透する。『ドクター』に育てられた時点で霊火の価値観は根底から歪みきっている。

 

「そして、やはり霊火は変わらないじゃろう。何事も一から積み上げるのは簡単じゃが、完成しかかったものの方針を変えるのは難しい。コンコルド効果というかサンクコスト効果というか……」

 

「殻木霊火はまだ10代でしょう。あのレベルの才覚なら、あの大虐殺すら取り戻せる可能性も考えられます。彼女を未熟な学生だと表現するなら、ここから『アマリリス』とはまた違った可能性に成長する可能性もあるのでは?」

 

()()2()()()()()()()()()()()()?」

 

 ドクターはバッサリと切り捨てた。

 

「……あの子が生きて雄英を卒業することは、無い。霊火があそこまで強硬手段に出ているのも、やはりその焦りが大きい」

 

「2年……!?」

 

「……あの子は天才じゃ。精神性が幼くとも、その思考回路と発想力はどこまでも人類を逸脱した怪物で、世渡りが下手じゃった儂とは違い、霊火はその気になれば人気になる事も出来る。あと30年もあればあの子は世論も政治も技術も全て巻き込んで、真っ向から正当な手段で”個性”特異点解決に手が届く……可能性もある。茨の道ではあるがの。しかし霊火がそうしないのは何故か?」

 

「……間に合わないから、なのか?」

 

「まあ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃろうが……。ただ、社会の合意をゆっくりと形成している時間が霊火には残されていないのも事実。そしてあの子は極限の人間不信で、自分が死んだ後は人類に任せるという発想は持てない。”自分が生きているうちに自分の手で全てを解決しなければならない”。その強迫観念が彼女をより過激で、より性急な行動へと駆り立てている」

 

「しかし……」

 

「そしてあの子は既に殺し過ぎてしまった。根が真面目なあの子はもう引き返せない。今はいくらか迷っているようじゃが、いつかは自殺めいた破滅願望とともに本気で世界を取りに来るじゃろう。儂の予想では、まあ……死亡者数は十億単位になるじゃろうな」

 

 そして霊火は必ず失敗する。

 ならばその親である『ドクター』は、彼女に何をしてあげるべきなのだろうか?

 

 

―――――――――

 

 雄英高校の廊下を、殻木霊火は足早に歩く。

 今は授業中だが、必殺技の開発期間中はコスチュームの改良をする事も認められている。

 

 病弱少女は体育館にいてもあまり楽しくない。だから久々にサポート科にでも顔を出してみようと思ったのだが……。

 

(必殺技ねえ。私にはどうにも必要ないというか……)

 

 『死因』の強みは、「決まった型で決まった勝ち方」をする必殺技よりも「莫大な手札で相性勝ちを狙う」方だ。

 例えば小森希乃子には『乾燥』、無重力で近づきたい麗日お茶子には『暴風』、常闇踏陰には『閃光』、ホークスには『炎熱』といった具合だ。対物ルールの都合上、武器やアイテムを使う相手や、“〇〇を操る能力”、”何らかの防壁や飛び道具を生成する能力”にも滅法強い。

 一人につき一つの“個性”という原則がある中で、相手の“個性”がもっとも苦手とする属性を選んで攻撃できるのは、激レアな長所でもある。

 

 つまり霊火は、型の決まった必殺技を持つ事自体にあまり魅力を感じないのだ。

 変幻自在の攻撃力を活かすためには、むしろ決まった形を持たないほうが良い。”個性”が割れること前提のプロヒーローとしては極めて珍しい、『常に新技』という強みも維持できる。

 

 強いて言うなら霊火の必殺技は『トランジスタ』一つになるだろう。

 大体、技名を高らかに叫ぶのは恥ずかしい。

 

(強いて言うなら近距離周りの補強技なのかな……『死因』って必ず範囲攻撃だから常に自傷のリスクと隣り合わせなんだよなあ……)

 

 そんなわけでまずはサポート科だ。

 霊火の方針としては、自分で開発するにしても他人に頼むにしても、まずヒーロー活動に使う義腕の開発をしないといけない。

 

 そのとき、スマホが振動した。霊火は通知を見て固まる。

 

(衛星軌道上の『自在都市』ちゃんが全滅……!?!? え!?!?!? ええ!?!?!?!?!? 何があったの!?!?!?!?!?)

 

 ちょっと必殺技どころでは無さそうだった。

 殻木霊火、廊下のど真ん中でスマホの画面を見て絶句する。

 

(え、え〜…?? 本当に? そんなに簡単な事じゃないと思うけれど……)

 

 何度見返しても霊火が打ち上げてせっせと増殖させた『自在都市』ちゃんは、丸ごと全滅していた。

 手塩にかけて育てた花があっさりと全滅したような気分だ。普通に悲しい。

 

 そして霊火の花壇を破壊した犯人は―――。

 

(やっぱり『ドクター』……。なんだこれ、この世界は狂った研究者しか最先端への参加権がないのか……? いやあ、仮にも工学メインの技術者としては、宇宙開発ならあの人に有利を取れるかと思ったらあっちも技術の更新スピード滅茶苦茶早いな……。死体を大量に供給させちゃったのやっぱりマズかったかも……?)

 

 破壊レポートを見て霊火は顔を引き攣らせた。ここまで来ると怒りとかより先に困惑と感心がくる。

 

 それにしても人工衛星攻略で、腕力勝負のインファイトを仕掛けられるとは思わなかった。

 人工衛星を攻撃されること自体はちゃんと想定していたが、こちらはビームやファンネルが飛び交う宇宙戦争しか想定していなかった為、ジェット噴射で衛星に肉薄してくる脳無に一方的に殲滅される形となってしまった。普通に激痛だ。

 

(うっわ、これ制空権を取り返さないとダメか……? 嫌なのは衛星軌道上から脳無に謎のビーム攻撃をされる可能性だけど……面倒なことになっちゃったな。しばらく地に足を着けて力を蓄える……?)

 

 とはいえあまり重く考えすぎる必要はない。

 霊火は別に『自在都市』しか切り札が無いわけでも無い。あの兵器は一歩間違えば自己増殖に自己増殖を繰り返して地表の全てを同一のナノマシンで埋め尽くす危険性があり、かなり危険な"個性"機械でもある。

 ここまではリスクを承知の上で運用していたが、壊されてしまったならそれはそれで放置という選択肢もありだろう。月と火星のコロニーの方は残っているようだし、そっちから改良と立て直しをして行こう。

 

 で、宇宙の脳無対策は……。

 

 (……『全球主義』を防御に回すのが丸いか。アレは『ブラックホール』を持つからビーム兵器にしても質量兵器にしても一定の耐性があるし、宇宙空間を漂う脳無の真下に張り付かせたら色々防げる。本来の監視装置として使えないのは痛いけれど、元々私の計画を成功させた"後"の奴を無理やり動かしてた形だから想定範囲……か。となると、しばらくの間、私が運用可能なのはアンドロイド三人娘と猫になるのか……?)

 

――対人戦担当『風香』(搭載“個性”:『再現』『サーチ』『夢遊』)

――精神汚染担当『美貌』(搭載“個性”:『無貌』『夢幻』『霧中』)

――情報戦担当『図書委員』(搭載“個性”:『黒影』『二倍』『コミック』)

――対物戦担当『招き猫』(搭載“個性”:『黄金化』『金属操作』『透視』)

 

 ……割と愉快な面々だ。勇者が旅するRPGのパーティーだってもうちょっとマトモな面子がいる。

 一度は『風香』に裏切られているのも地味に怖い。

 

(……補強するか? 新メンバー? いや、新型は流石に工数が多すぎるし、こいつらすごく手間がかかるんだよな……)

 

 ちなみにヤオモモが名付けてくれた『風香』に倣って、きちんと全員名前を付けた。

 『美貌』は真奈美さん、『図書委員』は栞ちゃん、『招き猫』はダイナだ。

 手癖で作っていたら全員女性になってしまった。見た目で敵を油断させるためとか色々理由はあるが、遠隔操作する時に身体が女体だと霊火がなんか落ち着くのも大きい。猫は趣味。

 

(まあ増やすなら風香かな……。扱いやすい栞ちゃんでもいいけれど、安定して強いうえに『夢遊』で鹵獲を拒否できるのは色々便利だし……)

 

 そんな思案を巡らせていると、背後から足音があった。霊火はスマホの電源を落とす。

 

「あ、霊火ちゃん!! そっちもコス改良?」

 

「あれ、お茶子ちゃんも? どういう感じでコスチューム変えたいの?」

 

 麗日お茶子が朗らかな笑顔で駆け寄ってきた。

 ……霊火は人嫌いだが、夢に向かって頑張っている人を見るのは実は嫌いじゃない。

 雄英ヒーロー科は趣味や思想が合わないことも多いが、霊火にとっても概ね心地の良い場所だ。

 

「やっぱり霊火ちゃんの言う通り、機動力を補強したいと思ってる!! やっぱりワイヤーとかになるのかなあ……」

 

「『無重力』を活かすならやっぱりそれだね。貴女の近距離戦闘力も活かせる一石二鳥のいい案だと思うよ?」

 

「いやあ……それほどでも……!! ……霊火ちゃんとの模擬戦でボロ負けしてとても悔しかったから、今度こそ頑張ってみるよ」

 

「なんで私が模擬戦してあげたクラスメイトは、みんな私へのリベンジを誓っているの……?」

 

 麗日は近距離戦で無類の強さを誇るので、霊火の対麗日はとにかく『遠距離連発で絶対に近づかせない』事を徹底する事になる。

 体育祭トーナメントの爆豪とほぼ同じ立ち回りなのは不本意だが、近距離戦に深刻な問題を抱えるこちら側としては正直これしか解答が無い。

 

「まずは接近……!! そして腕を引っ掴んで……こう!!」

 

「私に『治癒』が効かない事忘れないでね?」

 

 骨でも折れたら、結構本気で”一生”治らない可能性すらあるのだ。

 プロヒーロー扱いで教える側扱いされるのはいいが、もうちょっと丁寧に運用してほしい。

 

 ……霊火は希望するA組の生徒とはちゃんと模擬戦をしたが、轟と引き分けて緑谷に負けた他は全部勝った。

 

 しかし『死因』と遠距離で真っ向から撃ち勝てる『半冷半燃』はやはり狂っている。

 轟の方は霊火を怪我させることを嫌って相当出力を抑えていたので、実質負けだ。

 

 そして話しているうちに校舎一階の開発工房が見えてきて―――。

 

「……あれ、出久くん?」

 

「あ、デクくんだ!! そっちもコスチューム改良!?」

 

「あ、霊火さんにうららかさ」

 

 ドーン!!!!!!!!

 と、爆発音とともに、なんの脈絡もなく開発工房の金属製のドアごと緑谷出久が吹っ飛んだ。

 流石の霊火も固まった。

 

「フフフ……いててて……」

 

「お、お前なあァ……!! 何でもかんでも思いついたもの組むんじゃないよ……!!」

 

「フフフフフフ失敗は発明の母ですよパワーローダー先生、かのトーマス・エジソンも仰ってます、”作ったものが計画通りに機能しないからと言ってそれが無駄だと限らない―――”」

 

「今そういう話じゃないんだよォオ……!!」

 

 そして煙が晴れて、霊火は我に返った。

 ゲホゲホと咳き込みながら廊下に出たパワーローダーが、叫ぶ。

 

「発目!!」

 

「あれ!? 貴方はいつぞやの!!」

 

 タンクトップに作業着のズボンを着た女子生徒が、緑谷出久を押し倒していた。

 結構なおっぱいが、仰向けになった緑谷に押し付けられていた。

 

「…………………………」

 

 やっぱりおとこはおっぱいがだいすきみたいだった。

 

 世界を滅ぼしてやろうかと思った。




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