発目明は、明朗快活に元気よく、こう言った。
「突然の爆発失礼しました!! お久しぶりですねヒーロー科の殻木さんと、えーと……お名前忘れました!!」
「みみみみみみみどりりりやいずいずく……」
「…………………」
ちょっとデカイだけの乳になに心奪われてるんだこの男は。
緑谷は真っ赤な顔で俯き、霊火は全くの無表情でドス黒い殺気を撒き散らし、麗日は真っ青になって霊火と発目を交互に見ていた。
……麗日も微妙にショックを受けているように見えるが、多分気のせいだろう。
ただでさえ最近の緑谷出久は空前のモテ期だ。……資産100億超のトップヒーローなどモテるに決まっているのだが、それを遮断するのに霊火がどれだけ精神を擦り減らしているのかを麗日お茶子はよく知っている。
女子内の力関係的にも、譲ってくれるという約束的にも、麗日は緑谷にちょっかいは掛けられないはずだ。多分。
(……………出久くんの側がお茶子ちゃんに惚れるルートが残ってるんだよなあ)
考えるだけで壊れてしまいそうな可能性だった。
……もしそうなったら、ちゃんと応援してあげるつもりではあるが。
というかこれが唯一の負け筋なのだが、普通にあり得るのが最悪だ。
本当にこちらの気の所為だと信じたいが、霊火は緑谷の初恋は麗日お茶子なのではと疑っている。なんなら現在進行形で。
(………………………変な女に掻っ攫われるよりは、お茶子ちゃんに預けちゃいたいけれど……)
どちらにしても霊火はあまり長生きできないので、いつかは緑谷出久を誰かに明け渡す必要がある。
そして霊火が幸せにできないのなら、せめて信頼できる人に彼の幸せを託したいというのは自然な感情だろう。
(………………でも私、下手したら出久くんの一生のトラウマになりそうなんだよな)
割と高確率で『緑谷出久に殺される』女は思い切り遠い目をした。
緑谷出久が大人になったら、彼は霊火と過ごしたこの日々をどのように思い出すのだろうか。
『アマリリス』と過ごしたアオハルが、成長した彼の中でどう処理されていくのかは霊火も知りたい。
一生忘れて欲しくないとも思うけど、辛い思い出扱いされるぐらいなら忘れてくれて構わない。
でもせめて霊火が生きている間は、他の女の子の元に行かないでほしい。
本当にお願い。
「なるほど!! では私、ベイビー開発で忙しいので!!」
「ええ!?!?!?」
……この女に緑谷出久を取られたら、勢い余って本気で世界を滅ぼすかもしれない。
踵を返して自身の作業に戻ろうとする発目を、緑谷は呼び止める。
「あ、待って!! コスチューム改良の件でパワーローダー先生に相談があるんだけど」
「コスチューム改良!? 興味あります!!!」
「……………」
霊火は渾身の力で視線を彼らから引き剥がすと、麗日の方に向き合った。
ハラハラした様子の彼女に向かって、無理に軽く笑う。
「さあどうしようか。お茶子ちゃんもパワーローダー先生と話したいんでしょ?」
「そ、そうだね!!! ……この際、霊火ちゃんに頼めない?」
「作ってあげてもいいけれど、ここは素直にサポート科に頼んだほうがいいと思うよ? 餅は餅屋というか、専門職があるならそっちに頼んだ方が何かと後腐れがないか――――――」
「うわあ意外とガッシリされていますね!!!」
緑谷出久がなんか抱き着かれていた。発目に。
豊かな胸が存分に押し付けられていた。緑谷に。
頭の中でブツリと何かが断線した。
「『トランジスタ』」
「霊火ちゃん!?!?」「霊火さん!?!?!?」
ズヴァチィッッッ!!! と。
槍状の紫電が音よりも速く発目明のおっぱいに突き刺さり、そのまま背中側へと突き抜ける!!
―――――――――
「あがががが……か、感電経験は何度もありますが、やはり慣れる物ではありませんね……!!」
「れ、霊火さんが手加減してくれてて良かった……そうじゃなきゃ心臓止まってたよ。密着してた僕もまとめて感電したけど……」
「あいたたたたたた………制御甘すぎて私のダメージが一番大きいんだけど……」
流石に猛省であった。
右手の爪先からプスプスと黒煙をあげる霊火は電撃傷を庇いながら、若干痙攣しながらフロアに崩れ落ちる。
別に意識した訳ではないのだが、霊火の容姿も相まって完全な被害者ポジションに立っていた。
こんな風に霊火は昔から、上手に被害者の皮を被るのが抜群に得意だった。別に誇るべき事でも無いのだが。
(……自傷するなこれ。ちょっとでも油断したら自分の『トランジスタ』をゼロ距離で喰らって即死する……)
霊火に電撃耐性はない。100ボルトの家庭用コンセントでも余裕で死ぬ。
いくら高出力の雷撃を扱えるといえど、霊火は上鳴電気にはなりえないのだ。自分の攻撃に基本耐性が無いのは『死因』を扱ううえで気を付けなければならないポイントでもある。
少女は心臓のあたりを押さえながら、フロアに蹲る。
「いたた……や、やばい。なんかマズイ所に通電した!? 不整脈みたいになって…………!!」
「霊火ちゃんはもう……謝らなきゃダメだよ……? 保健室までおんぶしてあげようか?」
「本当にごめん……でも多分大丈夫……」
霊火の背中を擦ってくれる麗日お茶子は本気の呆れ顔だ。
優しい彼女のこういう顔は大変珍しい。
そしていくら経緯が馬鹿らしくても、負った傷自体は本物だ。
パワーローダーが呆れ顔で差し出した氷水を受け取り、右手の指先を突っ込んで火傷箇所を冷やす。
そこから当然のお小言が一つ。
「……キミは少し感情を抑えた方がいいね?」
「本当にごめんなさい……」
椅子に座った華奢な少女はしょんぼりと背中を丸めて、悲しそうに義腕で胸元を押さえる。
……霊火は、自分の体型にコンプレックスは全くない。華奢な方が可愛くていいとすら思っている。
それに、胸だって絶壁というほど"無い"わけでもないため、女性らしいシルエットを作り出す事自体は可能でもある。何事も工夫次第だ。
しかし、アレほど分かりやすく緑谷が胸に惹かれているのを見ると、自分の容姿への自信が一気に無くなってしまう。
「…………………………やっぱり胸が大きくないとダメなのかなあ……?」
なんか自分でもビックリするぐらい悲しい声が出た。
どれだけお洒落を頑張っても、思い出を積み重ねても、それ一つで好感度を逆転されるならそれほど虚しいこともない。
「ちょ!?!?!??! そ、そんなことないと思うよ霊火ちゃん!!!!!!! うん!!!!!!!」
霊火が少しだけ顔を上げてみると、麗日お茶子の大変高水準な"それ"がぽよんと視界に飛び込んできた。
カタチ良し、大きさ良し、顔良し、性格良し、"個性"良し、雄英ヒーロー科で将来良し。
逆に麗日お茶子は何を持ち得ないのだろうか?
霊火が割と本気で傷ついたジト目で麗日の胸を見つめると、彼女は物凄く居心地悪そうに目を逸らしてしまう。
華奢な方は、恐ろしく低い声でこう聞いた。
「………………………………………………………………………………なんか慰めとかないの?」
「運動の時にめっちゃ邪魔だよ? 本当に」
「それはそうなんだろうなとは思ってた」
謎の即答だった。
霊火を慰めるというより本音が溢れた感じだった。よほど日頃からストレスがたまっているらしい。
「汗はたまるし見られるし、可愛いと思って一生懸命お金貯めて買った胸元にリボンがある服がビックリするぐらい着膨れするし……」
「ご、ごめんって。でもその服は貧乳の特権だよ……!! あ、次に服買う時は私も連れてってね!! 絶対似合う服見つけてあげるから!!」
なんか地雷を踏んだらしい。
胸がある人には胸がある人なりの悩みがあるという事だ。
華奢な霊火としては、Vネックやカシュクールなどの胸元が開いたデザインの服を着こなせて、 Tシャツやシンプルなニットなどの簡単な服装でも寂しい印象になりにくい女性らしい体型には、それなりに憧れもあるのだが……。
こそこそ女子トークに突入した女子2人を他所に、緑谷はパワードスーツを着せられていた。何故……?
可動域のプログラミングをミスっていて緑谷が腰をねじ切られそうになっていたため、指慣らし一つで外側のスーツだけを消し飛ばして救出してあげる。
霊火は麗日にこう提案した。
「なんなら私が洋服作ってあげようか? コレでも自分でパターン引いて、生地からウェデングドレス造れる人間なんだけれど……」
「霊火ちゃんは逆に何が出来ないの……!?」
長生きとか?
多分高校卒業前に死ぬ子は、真顔で肩をすくめた。
「いや、服飾と設計って平面から立体を構築して、目的に合わせて素材を扱う能力という意味ではほぼ同じスキルなのよ。それこそサポート科とかも"ヒーロースーツ"製作こそが花形でしょう?」
「な、なるほど……? ……でも時間とらせて悪いよ!! また今度一緒にお店に買いに行こう!!」
「そう? 別に気にしないけれどな」
プロヒーロー免許を取れてしまった為、霊火は最近割と暇なのだ。試験勉強とかも必要ないし。
それに設計や工作はとにかく、裁縫周りに関してはこちらも割と好きな作業でもある。アンドロイド三人娘の洋服とかも霊火が縫った物だし。
そんな話をしていると、駆け寄る姿があった。
霊火に負けず劣らず小柄な少女で、作業着姿のその顔には見覚えがある。
「あれ、霊火ちゃん!! 久しぶり!! ニュース見てたよ、いろいろ大変だったね!!!!!!!」
「ああ、久しぶり香帆。元気してた?」
「元気してたも何も……!! 左腕を無くしたとか、指名手配されたとか、ギガントマキアがどうとかで、みんなすっごい心配してたんだからね!!」
どうやら右目が吹き飛んだことまでは伝わっていないらしい。
義眼を見せたら卒倒しそうなので、霊火はメガネの位置を直してそれを隠した。
「まあ私は荒事担当のヒーロー科だからね。それより香帆の方こそ、『ピースキーパー』期間中に危ない目に遭わなかった?」
「私はずっと雄英にいたから安全だったけど……」
彼女はサポート科一年、風車香帆。
雄英体育祭の障害物競走で、自作のグライダーで飛びすぎてエンデヴァーに救出されていた子だ。
霊火を心操人使の“洗脳”から救出してくれた恩人でもある。
急な乱入に麗日がぽかんと口を開けていた。
「えっと……霊火ちゃん、この子は?」
「サポート科の友達なの。香帆、こっちがA組の麗日お茶子って子で――」
「私、香帆って言います!! 霊火ちゃんの友達のサポート科一年生!! お茶子ちゃんはサポート科に来るのは初めて!?!?」
「えっ、あ、うん!? 初めて……」
「じゃあ私が案内するね!!」
あっという間に香帆のペースに巻き込まれてしまった麗日は、手を引かれるまま工房の奥へ奥へと連れて行かれてしまう。
こちらを振り返って必死に助けを求める麗日を、霊火は無慈悲に手を振って見送った。
サポート科は全体的に押しが強すぎる。
「さてさて……」
一人の時間だ。
一人の時間ではないかもしれないが。
―――――――――
まったく同時刻。
ところで、殻木霊火が遠隔操作するアンドロイドはロサンゼルスにいた。
「The hell did this cunt show up for!?(この売女、何しに来やがった!?)」
「The fuck? Competition?(まさか同業か!?)」
ここはスキッド・ロウ。
薬物中毒者やホームレス、そして薬物密売を支配する犯罪ネットワークとしてのギャングが跋扈する、全米屈指の危険地域だ。
問題は観光地である「リトル・トーキョー」や再開発が進む「ファッション・ディストリクト」と地理的に非常に近接していることで、観光客が迷い込み悲惨な目に遭う無法地帯としても知られる。
「Just fucking ice 'em!!(いいから殺せ!!!!)」
乾いた銃声が何発も響いた。続いて、“個性”由来の閃光がいくつも走る。
ホーミングしてくる光弾を身をかがめて避けつつ遮蔽の裏に滑り込み、アンドロイドは舌打ちした。あの程度の攻撃は当たっても致命傷にはならないが、服に風穴が空くのは面白くない。
「ああもう……この国は、すぐ銃が出てくるから……」
甘い響きの日本語。
浴びせられる汚い英語のスラングに少し顔をしかめ、アンドロイドは割れたガラスに視線をやる。そこに映っているのは、もちろん殻木霊火本人の姿ではない。
紺青のジャンパースカートに白いブラウス、ベレー帽に革のリュック。
年の頃は十三歳ほどで、前髪が長めの茶色いロングヘア。
やや猫背で内股、全体に自信なさげな立ち姿。テーマは“文学少女”。
とびきりの美少女なのは霊火の趣味だ。
【Class5:anarchism】
殻木霊火の自作アンドロイド《図書委員》。
今は“マニュアル遠隔モード”、つまり霊火自身がリアルタイムで操作している状態である。
(うんうん、並列思考にも慣れてきた。今なら4体同時操作くらいならできるかも……)
雄英高校サポート科の工房と、ロサンゼルスのバーの両方に自分の身体があるような感覚だ。
”右手で文章を書きながらもう一つの右手で銃を撃つ”を複雑に極めたような特有の思考回路を働かせる必要はあるが、慣れてしまえばこんなものか。
「You're just here for Melissa's ass, aren't you!? Fucking waste that motherfucker! She's our bitch!!(どうせメリッサ狙いだろ!! 殺せ!! アイツは俺たちのモノだ!!)」
「If you say you're drinking your mom's milk back home, I might let it slide!?(故郷のママのおっぱいを飲むためにおうちに帰るって言うなら、見逃してあげてもいいけれど!?)」
何故か銃声がさらに激しくなった。霊火としてはちょっと雰囲気を和らげる小粋なジョークのつもりだったのだが……。
煽った側の《図書委員》は勝手に交渉が決裂したと見なし、遮蔽物の裏から手を翳す。
ボシュッッッッ!!!と複数の爆発音が響いた。
ならず者が所持していたスマートフォンのリチウムイオン電池が、ポケットの中で吹き飛んだ音だ。
「AAAGH! SHIT!!!!!!!」
男の野太い悲鳴が治安の悪いバーに響き、それを合図に《図書委員》は遮蔽物から飛び出す。
そんな華奢な体格の美少女の右手には、その背格好に似合わない大口径リボルバー拳銃が一丁。バッテリーの発火に巻き込まれて全身火だるまになった男たちに向かって、人数分容赦なく発砲する。
二度目の悲鳴は無かった。
実をいうと、霊火は銃の扱いには相当自信がある。日本にいる限りは中々活かせない技能のため歯がゆいが銃大国アメリカならやりたい放題だ。そして虚弱な本体では到底扱えないような大口径でも、機械のアンドロイドなら遠慮なく振り回すことが出来る。
そんなわけで44マグナム弾を顔面ど真ん中で受け、即死した死体が四体。
バッテリー火災でそのまま火葬されそうな勢いの陽気で下品なギャングたちには目もくれず、文学少女はドアベルを鳴らしてさっさと退店する。ロサンゼルスと日本の時差は16時間。サマータイムを考慮すると現地時刻は23時だ。夜の闇に紛れるには最適な時間である。
「さあて、逃走逃走。顔を知られる前に逃げちゃいましょう」
アンドロイドは純然たる脚力だけで、音もなく三階建ての建物の屋上に飛び移る。そのまま屋根伝いに時速40キロほどで軽く移動していると、案の定背後でパトカーのサイレンが数台分聞こえてきた。
スキッド・ロウは無法地帯ではあるが、ロサンゼルス市警が全米でも最も高い密度でパトロールしている地域の一つという側面もある。
霊火の立場からすると、ああいう秩序側と銃撃戦をする展開は出来るだけ避けたいところだ。もちろん《図書委員》の性能ならどんな特殊部隊が来ようと瞬殺ではあるが、だからといってただ仕事しているだけの善人を全員射殺するのは流石に後味が悪い。避けられるなら避けたいというのが本音だ。
(うう……それにしても参ったなあ。メリッサ・シールド狙いの悪党どもの情報を収集して一件ずつ丁寧に叩き潰しているけれど、正直効率が悪いというか……出来ればメリッサの近くで直に守りたいんだけど……)
問題の核はメリッサ・シールドだ。今や、全米で最も危険な目に遭っている未成年である。
『国際的凶悪テロリストであるデヴィット・シールドの娘』、『政府によって40億ドルの懸賞金が懸けられている父親をおびき出すための人質』『オーバーテクノロジーの鍵』
どの側面を切り取っても彼女の価値は強烈だ。アメリカどころか世界中の敵組織から、そして賞金狙いの民間人やプロヒーローからすらも身柄を狙われている。
今現在、ロサンゼルスのどこかに潜伏しているらしい彼女のためだ。
霊火はメリッサ狙いの人間を横から殺しまくる形で彼女を保護しようとしているのだが、少々問題があり――。
アンドロイドは大声で叫んだ。
「メリッサさんはどこにいるんだよう!!!!!!!」
肝心要のメリッサ・シールド自体の潜伏がうますぎる。
殻木霊火ですら見つけられないなど正直カタギの仕事ではない。あの無”個性”の善人、一体全体この街のどこに隠れているんだ?
サポート科は久々の登場
霊火はこのあたりからどんどん大人しくなる予定です。これで?
感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております。