殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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089:楽しい海外旅行!!

▶雄英高校

 

 必殺技開発の授業中。見学していた霊火に、相澤が話しかけてきた。

 

「殻木、そのサポートアイテムは何だ?」

 

「んにゃ? サポートアイテムはサポートアイテムですよ?」

 

「殻木」

 

 適当に答えたら低音で圧をかけられた。相変わらず冗談の通じない教員だ。

 

「はいはい。結局サポート科に頼らず、自分で製造しました」

 

 霊火は軽く肩を竦める。

 少女の手には、七十センチほどの金属製の棒があった。主な用途は脚の悪い霊火の歩行補助用の杖だ。しかし先端が湾曲した持ち手の形状のせいで、見た目はどちらかといえば雨傘に近い。

 

 霊火は人差し指を立て、ドヤ顔で説明する。

 

「最近、公的なヒーローコスチュームとしても使える技術が出たんです。私が体育祭で車椅子にも使ってた“超圧縮技術”っていうんですけどね?」

 

 そう言いながら、霊火は軽く杖先でコンクリートの地面を叩いた。

 直後、杖全体が「ガシャン」と音を立てて変形する。

 

 姿を変えたそれは箒に近い。

 穂先にあたる部分が青白く発光し、箒は霊火の手を離れてふわりと宙に浮かんだ。

 霊火はそれに横座りで身を預け、地上一メートルほどの高度を軽く旋回してから、静かに地面へ降り立つ。

 

「ま、こんなところです。『呪い火』による内燃機関搭載。“ピースキーパー”の時に使ってた小型ラムジェット付きの“箒”ほどイカれた出力はありませんけれど、モードチェンジ機構の対応力で勝負って感じです。素敵でしょう?」

 

「……他にはどんな機能がある?」

 

「『傘』モードとかですかね? これ、私の“呪い火”で壊れないので、広域で火炎を放ちたい時や、有毒の雨を降らせる時に自分の攻撃から身を守るのにも使えるんですよね」

 

 『刀剣』モードや『ショットガン』モード、『大鎌』モードなどもあるが、殺傷力全開のそれらを話したら相澤にお小言をもらいそうなので黙っておくことにした。

 とはいえ、公的な検査もきちんとすり抜けた、れっきとした合法サポートアイテムだ。文句を言われる筋合いはない。

 

 相澤は疑わしそうに霊火を見たあと、別の質問に切り替えた。

 

「左腕の調子はどうだ?」

 

「こっちは比較的オーソドックスなやつですよ。サポート科に作ってもらいました。間に合わせではありますがね」

 

 手袋をつけた左手を開いたり閉じたりしながら、少女は呆れ顔で言う。

 ……ここは地味に重要な場面だ。公開する情報の選択と順番は慎重に。何か一つでも違えばそれがそのまま致命傷となる。

 

 まずは、あと一週間後には公開される情報から。

 

「実は私、“超圧縮技術”の使用権を持ってるんですけど……」

 

「は?」

 

「アメリカの企業から買い取っちゃいました。いえーい」

 

「待て。おい、殻木、それは一体どういう意味だ?」

 

 ゾッとした顔でこちらを見る相澤に、霊火は無表情でピースサインをした。

 こくりと首を傾げて、こう補足する。

 

「どういう意味も何も……。順を追って説明しますか。このごろのプチ氷河期で穀物の価格爆上がりしてるじゃないですか。それでですね、私がこそこそやってた小麦の先物取引を起点に”何が上がるか”を上手に予測して綺麗に読み切った結果、七百億円の利益を吐き出したんですよ」

 

 当たり前だが、相澤は絶句した。

 そしてここまでは間違いなく本当の話だ。言っていないことは、人工隕石のプチ氷河期は霊火自身が引き起こした出来事だという事ぐらいだ。株価操作もいい所だ。

 もちろん、隕石を”落としてから”買った先物なので余計な疑惑を回避できるようにはしてある。実はギガントマキアと戦っている途中に買っているのだが、多少怪しいのはもう仕方ない。

 

 霊火は肩を竦めた。

 

「で、ぼろ儲けしたのはいいんですがここまで大量のお金となると宝くじに当たったとかいうお気楽な話じゃなくて、資産の保全やら法的義務の履行やら身の安全の確保やら色々やらなきゃいけなくてですね。まあその後に私のお父さんは死んじゃうし、指名手配はされるし、『ピースキーパー』が起きて治安が崩壊しかけたり右目が吹き飛んだりと色々大変だったんですが……」

 

「そうか……」

 

 相澤は大変困った顔をしていた。専門外過ぎて助けようがないのだろう。

 少女も困り顔で首を振る。

 

「で、こんな先物やっといてなんですが、私は別に金に執着があるわけではないので当然困ってしまうんですよ」

 

「……それは当然だな。ところでその話、俺に話して大丈夫か?」

 

「相澤先生を信用しているんです。貴方はお金の為に生き方を捨てるような人ではありませんから、私を利用とかは絶対しません」

 

 金は人を狂わせるが、相澤消太はおそらく狂わないだろう。

 彼は10億円よりも、目の前の子供の命を選べる人間だ。霊火は彼のことを信用している。

 というかこれで裏切られたら、霊火のただでさえ深刻な人間不信がさらに進行するので本当に勘弁してほしい。

 

「で、宝くじを当てて不幸になる人っているじゃないですか。700億ともなると話は本当に深刻で、特に人間関係は壊滅的な事になるの確定というか……A組の誰かに金銭を要求でもされたらショック過ぎて寝込む自信があるんですが……」

 

「いいか、殻木。俺以外に絶対に教えるな。緑谷にも、だ。人間関係がグチャグチャになるぞ」

 

「出久くんにも教えていません。彼のことは信頼していますが、秘密はどこから漏れるか分かりませんから。……まあ彼に関しては『ピースキーパー』の100億円を全部私に丸投げしてきたぐらいなので、お金絡みでトラブルになることはあんまり無いと思いますよ」

 

 緑谷に関しては霊火の手術をするために30億使っているので、そういう意味でも信頼はしている。

 

「その方がいい。絶対に誰にも言うなよ。安全周りも含めて本当に気をつけろ。拉致されない方がおかしい資産額だぞ」

 

「一つ幸運なことがあるとするなら私が殻木霊火である事ですね。自分で言うのもなんですが拉致の難易度高すぎです」

 

「お前は確かに強いが、決して無敵ではない。いいか、資産の事はボカしながらも、緑谷と常に連絡を取り続けて守ってもらえ。俺も何か手段を考えておく」

 

「私の安全を気にしてくれるのは嬉しいですが……いやまあ最初に話した通り、今の私は700億持ってるわけじゃなくて――順を追って話しますね?」

 

 これが一般人なら、安全保障の問題はもっと深刻だっただろう。

 700億ともなると、身を守るために雇う警備兵すら信頼できなくなるクラスだ。

 まともな人間なら周りの人間が全員自分の敵に見える。間違いなく霊火とは比較にならないレベルの深刻な人間不信となって、疑心暗鬼の闇の中で破滅するだろう。

 

「どっちにしても700億ですよ。200億円近い納税義務が発生します。秘匿はどうしても無理です」

 

「……いつかは絶対に、周りに知られるのか」

 

「残念ながら。で、それで人間関係が崩壊するのも面白くないじゃないですか。なら私のロマンを追い求めようと思いました。それでなんですけど、”超圧縮技術”ってありますよね?」

 

「……欧米の方で研究されてる、最先端技術だろ?」

 

「あれが欲しいと思いました。別に利益が欲しいわけではありませんが、私も大手を振ってあの技術を使いたいです。その為には全財産を使ってもいいと思いまして……」

 

 霊火はにたりと笑った。

 

「夏休みで私、I-アイランドの方にいったんですが、そこの人脈で……デトネラット社って分かります?」

 

「サポート会社のか?」

 

「私は、彼らと手を結びました。いやまあ欧米の方々は技術を独占したいため滅茶苦茶嫌がられましたが、何とか奪い取り……買い取りました。いえーい」

 

 ……やはり、デトネラット社と手を組んだのは正解だったと言わざるを得ない。

 霊火の目から見ても奴らは有能だ。さすがは大企業というべきか、彼らは“大人の世界”を渡り歩く具体的な手法と手段をマスターしている。

 こればかりは子供の霊火にどうしても不足する部分だ。

 

 そして霊火は『検死官』、つまり秘匿された殺人事件と冤罪の専門家である。

 それを四ツ橋社長率いる『異能解放軍』と共有・連携し、彼らの政治力やノウハウに相乗りして、裁判官や公安上層部、大学教授に政治家、官僚、社長など、各界の有力者に極めて致命的な脅迫を撒きまくって服従を強要。

 彼らは完全犯罪の凶悪な暗殺まで連打することによって、デトネラット社は”超圧縮技術”の使用権を奪い取ることに成功した。

 

 ………もうちょっと穏便に奪って欲しかったのは内緒の話だ。

 

「これは非公開の情報なのですが、私はデトネラット社の副社長です」

 

「なに!?」

 

「これ以上は機密情報なのであんまり……。まあ先生が株の取引をしないなら、特別に教えてあげてもいいですが……」

 

 ちなみに、その会社がヒーロー用品への参入を宣言するのは“明日”の話だ。

 

「まあ私が知らせなくとも、じきに分かります。明後日には雄英高校サポート科に“超圧縮技術”の使用許可が下りるのが、誰のおかげかよ〜く考えてほしいですね」

 

「殻木、お前……何をした?」

 

「私は具体的には何もしていません。ただ、お金を大人たちに預けて、技術の使用権を手に入れただけです。デトネラット社の対応には概ね満足ですのでご心配なく」

 

 社会に具体的な変化を強制する最も直接的で確実な方法は、金と権力を掌握することだ。

 

「各所から死ぬほど恨まれていますが、少なくとも納税分を残してお金は使い切りました。資産管理についてはプロに頼んでいるのでご安心を」

 

「……そうか」

 

「これでも私は超重要人物なので、大抵の“お願い”は通りますよ? 最近はマスコミもほとんど味方側に付けましたので、何かに圧力をかけたくなったらどうぞご連絡を」

 

「まさか……お前、自分へのプロヒーロー免許の交付もか……!?」

 

「あ、それは冤罪です」

 

 あの免許交付は霊火から見ても超絶不自然だったのでそういう発想になるのは自然なことだが、そこには噛んでいない。

 

「先生方に今一度私のスタンスを伝えておきますが、“私は何もしたくない”です。プロヒーロー免許なんて貰っても困ります」

 

「……まあそうだよな。お前本人がライセンスを欲しがるというのは無いだろうが……緑谷に免許をあげたかったとかじゃないよな?」

 

「冗談。出久くんにはプロヒーローはまだ早いというのが私の意見です。危機に晒すような真似はしません。……まあ一応ヒントを出すなら、ライセンス周りのやりとりは“オーバーホール”周りのロビー活動という“噂話”を聞いたぐらいですかね」

 

 腕を組んで首をかしげる霊火だが、結局、呆れたようにこう言った。

 

「まあ基本的に、相澤先生が気にする必要はないと思いますよ。私は自分のロマンに従ってお金を使い切っただけです。そして私は常に緑谷出久の味方ですので、自動的に貴方たちヒーローサイドの肩を持つことにもなります」

 

「……そうか。分かった」

 

「”超圧縮技術”は何かと応用が利く技術形態なので、今後この世の中がどのように変わっていくかが楽しみです。技術というのはやっぱりこうじゃないとダメですね……」

 

 霊火はガチガチのオープンソース主義の特許アンチな為、割と思想が入ったお金の使い方とはなった。

 自分の技術? 別に所有権を主張するつもりはないが、公開する必要が無さ過ぎるので公開していない。"個性"を使う機械が量産とかされたら怖すぎる。

 

(……『異能解放軍』か)

 

 思想的には真逆に近い。

 "個性"特異点の解決を目指す霊火にとって、いつか必ず衝突する相手となる。

 しかし、彼らが持つ"大人の"力は非常に魅力的だ。技術力も中々ある。ここは信頼を積み重ね、上手に利用したいのが本音だ。

 

 何にしても大切なのは、お金で買えない信用だ。そして信用を稼ぐコツは"共に何かを達成すること"に限る。

 つまり今回の場合、"超圧縮技術"の使用権獲得自体は、霊火にとってさほど価値はない。大切なのは彼らに霊火を信用させた事だ。

 

(副社長、ねえ。まあ協力関係としては上々か? 向こうは雄英ヒーロー科としての私よりも、『検死官』としての私の方に価値を感じているはず……)

 

 何しろこれまで影も形も見せなかった、冤罪と隠蔽の専門家だ。

 組織として霊火を運用できるというのは、事実上"殺人が無罪になる"事でもある。無罪を殺人にすることだって容易い。

 自分で言うのも何だが、悪い大人たち視点の利用価値としては『ワープゲート』の黒霧にも劣らない自信がある。

 

(こりゃ後味の悪い仕事が数件来るかな? 何にしてもアドリブ任せにはなるか。解放思想そのものには賛同しないという一線を保ったまま、協力者として何処まで行けるかを考えていくと……)

 

 何にしても、切り札は最初から決まっている。

 彼らは霊火が『検死官』である事は知っているが、『アマリリス』である事は知らない。

 

 霊火が敵として活動を始める際、そこの境界を丁寧に区切った甲斐があった。

 まだ、こちらは本性を明かす必要はない。二重底はキチンと機能している。

 

 楽しい同盟になりそうだった。

 

 

――――――――

 

▶ロサンゼルス

 

「あ、美味しいこれ!! 本当に美味しい!!」

 

 夜のダウンタウン、「ビーバップ・ザ・オリジナル」。

 創業百年以上の老舗には、観光客と地元民が同じ列を作って並んでいる。有名店だ。

 『図書委員』がきっちり英語で注文して手に入れたのは、ロサンゼルス名物『フレンチディップ・サンドイッチ』――薄切りのローストビーフをフランスパンに挟み、肉汁をたっぷり吸わせた一品だ。

 これを食べないとロサンゼルスに来たとは言えない。ナイフもフォークも不要、豪快にかぶりつくのが正しい作法である。

 

 街灯が街を金色に照らし、パームツリーの並木がどこまでも続く。

 乾いた風に混じってタコスとコーヒーの香りがふわりと漂う中、【Class5:anarchism】はどこまでもご機嫌だった。

 

 カフェのテラスに座る『無政府主義者』のアンドロイドは、指先をペロリと舐めて観光スポットの名を挙げていく。

 

「ん〜……ブラッドベリー・ビルは見た、セカンドストリートトンネルも見た……」

 

 ハリウッドの存在もそうだが、大手映画スタジオの本社が集中するロサンゼルスは間違いなく“映画の街”だ。

 当然、撮影ロケ地としても知られており、このダウンタウンだけでも無数の名所が点在する。

 

「あとはミレニアム・ビルトモア・ホテルにロサンゼルス市庁舎……メジャーどころはだいたい見て回ったかなあ……」

 

 霊火は映画好きなので、本来なら本人もロサンゼルス観光に行きたい。

 しかし今でも飛行機が苦手なため、現実的にはノーチャンスに近い。

 船なら行けるが、病弱な霊火にとっては海外で体調を崩すのが何より怖い。おまけに潔癖気味な性格もあって海外旅行自体が向いていない節まである。

 

 そんなわけで、リモート海外旅行。

 遠隔操作のアンドロイドともなると、体感的には本物の旅行と大差ない。折角だから楽しもう。

 

(相変わらずメリッサさんは見つからないし……。でもまあ、私に見つからないレベルで上手く隠れてるなら、逆に放置でいいでしょ)

 

 理屈は通っている……気がする。めんどくさくなってきたとも言える。

 まあ、メリッサがどこに隠れているかは分からないのは事実だが、それは他の“メリッサ狩り”の人間にとっても同じはずだ。

 もう死んでいるのでなければ、彼女は安全圏にいると推定していいだろう。

 

(『全球主義』ちゃんも使えなくなっちゃったし……。この『図書委員』ちゃんも一応探索は出来るけど、こうなると無理に現所在地を暴くのも逆効果かもな)

 

 位置情報の秘匿は誰かが見つけた瞬間に破れる。

 そしてこの調子では、“人捜し”系の個性を持つ誰かが『メリッサ狩り』に参加した瞬間に問答無用で彼女は見つかるだろう。

 この懸賞金額を考えると、それは時間の問題だ。メリッサ・シールドは霊火と違って暴力というカードを使えないので、まあ捕まるしかないだろう。

 

 霊火の狙い目はそこだ。

 屈強な男どもが金髪の少女を担ぎ上げて意気揚々とピックアップトラックに連れ込む、その瞬間を狙い撃つ。

 

(広めの視界を取った二重尾行って感じかな。まあ、同じ狙いの奴らは結構いそうだけど……)

 

 敵、警察、ヒーロー、一般人。

 このロサンゼルスの誰もが、メリッサ・シールドを追っている。

 その中でも特に悪質な連中――捕まえた途端、四肢を削ぎ落として性的暴行でも加えそうな感じの薬物中毒者やギャングを、92グループ423名全員“予防で”殺しておいた。今できるのはこれくらいだろう。

 

「……それにしても、意外と警察が追ってこないな。400人殺しだよ? 証拠隠滅とかもしてないのに、『図書委員』ちゃんが指名手配されないのはおかしいでしょ……」

 

 この調子では、警察ですら手に負えない厄介者の掃除をこちらに丸投げしているのかもしれない。これがガチだったら相当面白いが、ロサンゼルス市警がそこまで腐っていないことを祈りたくもある。

 とはいえ、殺人数が殺人数だ。流石にそろそろ何か動きがあってもおかしく―――

 

 ウィルシャー・グランド・センター。

 アメリカ西海岸で最も高い高層ビル。尖塔まで合わせて全高およそ335メートル。

 ロサンゼルスの摩天楼、その象徴ともいえる頂上で、()()()()()()()()

 

 夜空が昼のように明るくなり、連鎖的にガラスが砕け、衝撃波がビル街を駆け抜けた。

 ――ドンッ! と、遅れて爆音が腹を殴るように響く。周囲の通りにいた人々が一斉に動きを止めた。

 

 誰もが息を呑んだ。誰もが見上げた。燃え上がる尖塔から火の粉が風に乗って散り落ちていく。

 そして――その地獄の炎を背に。

 

 「――ォォォォオオオオオオオオ!!!」

 

 “それ”は吠えた。

 

 ロサンゼルス上空を、黒いシルエットが旋回する。

 巨大な体躯。全身を覆う漆黒。むき出しの脳。そして黒いフード。

 

 『九州の脳無』。開発者に言わせれば、“フードちゃん”。

 ついでに隣のビルの屋上で“おデブちゃん”がジャンプするのを見て、『図書委員』は引きつった笑みを浮かべる。

 

「…………に、二体!?!?」

 

 次の瞬間、街全体が動き出した。

 そこら中から悲鳴が上がり、クラクションが鳴り響き、英語の叫びが飛ぶ。

 

「テロだあああああ!!!!!!!!」

 

 逃げ惑う群衆をよそに、煙と炎を噴き上げるウィルシャー・グランドはその中心から真っ二つに裂けた。

 フードの脳無はその上半分を片腕で掴み取り、凶悪な膂力で周囲のビルを巻き込みながら振り回す。

 

 アンドロイドは慌ててサンドイッチを口の中に押し込みながら、席を立った。

 一瞬迷ったが、脳無は無視して大パニックとなった群衆に紛れこむ。

 前代未聞の大騒ぎの中、『図書委員』は誰にも届かない日本語で叫んだ。

 

正気か『ドクター』!?!? ロサンゼルスに何の恨みがあるの!?!?

 

 米国第二の人口密集地帯で、世界最悪の悪夢が始まった。

 

――――――――

 

▶雄英高校

 

「――で、出久くんはやっぱり『黒鞭』の発現訓練をしたい感じなんだね」

 

「うん。今は少し手札を増やしたい。『黒鞭』の性能が霊火さんが調べた五代目の”個性”と同じものなら、きっと救助にも戦闘にも物凄く役に立つと思うんだ」

 

「まあ私も賛成だよ。歴代”個性”の中でも明らかに抜けて強い”個性”だからね。『浮遊』とか『危機感知』と比べてビジュアル的に派手だから、複数”個性”を隠すのがかなり難しくなるとは思うけれど……」

 

「なんかこう……溢れんばかりの超パワーが黒いエネルギーとして噴出!!! みたいな感じで……!!」

 

「そ、それで行けるかなあ……?」

 

 雄英高校の敷地内。

 授業中の殻木霊火こと”本体”は緑谷とこそこそ楽しく談笑していた。

 

 ――が、内心では死ぬほど動揺していた。

 

(う、嘘でしょ!?!? よりにもよってロサンゼルス!?!?)

 

 動揺は一切表に出さない。これまでと同じトーンで会話を続ける。

 

 とはいえ、流石に気になるのはリアルタイム操作中の『図書委員』ちゃんのほうだ。

 向こうでは現在進行形で街並みが破壊されている。この調子だと死者数は二百万人が“最低ライン”になるだろう。

 下手をすれば、この事件単発でギガントマキアから『ピースキーパー』までの日本の犠牲者総数……つまり600万人を上回ってしまうかもしれない。

 

(参ったな……もうメリッサさんどころじゃないというか……。栞ちゃんじゃハイエンド二体はちょっと無理だし)

 

 単なる戦力ラインの話だ。

 霊火製アンドロイドは、基本的にハイエンド脳無より弱い。

 

 理由は単純。霊火はいまだに『超再生』を機械に持たせることに成功していない。あの”個性”は機械との相性が滅茶苦茶悪いのだ。

 正面衝突させれば、おそらく体力差で削り負けるだろう。

 

 ……せめて『食人主義』の風香なら『再現』の食いつなぎ方次第で戦力が跳ねあがるため『ハイエンド』相手にもワンチャンスは作れる。

 しかし『無政府主義』の方では勝ち筋が薄い。向こうは時差で20時の為、『黒影(ダークシャドウ)』の性能次第で相当いいところまで行けそうだが……素直に考えるなら逃げ一択だ。

 

(ど、どうしよう……。撤退かな? でもここまで来たら、せめてメリッサさんだけでも回収したいというか……。でも敵連合の狙いがちょっと分からないんだよな)

 

 狙いはメリッサ……なのだろうか?

 彼らは黒霧とドクター以外、”霊火=アマリリス”という事実を知らない。

 そのため、誘導通りにデヴィット・シールドを『アマリリス』と誤認している可能性が高いだろう。

 

 となると、狙いは“AFO”に敵対した『アマリリス』――すなわちデヴィット博士への報復か?

 『アマリリス』の正体を知る黒霧とドクターが、またしても板挟みになっていそうな盤面だが。

 

 (…………まあ、ひとまず様子見か。今はこっちにも集中しないと……)

 

 体育館の隅で緑谷と小声で話していた霊火たちだが、ちょうどその時、建物の入口から影が差し込んだ。

 

「そこまでだ、A組!!! 今日は午後から我々がTDLを使わせてもらう予定だ!!!」

 

「あ、B組だ」

 

「……『黒鞭』については、オールマイトも交えて後で話そうか」

 

 B組担任のブラド先生だ。

 霊火がそっと耳打ちすると、緑谷は黙って頷いた。

 そしてB組の物間寧人が、得意げに前へ出て大声を張り上げる。

 

「ねえ知ってる!? 仮免試験って半数が落ちるんだって!!! A組全員落ちてよ!!!!!!!!」

 

(今は人材不足だから、よっぽどマズいことをしない限り全員受かるんじゃないかなあ……)

 

 霊火の率直な意見はそんなところだった。

 現在進行形でロサンゼルスの大虐殺を見ている立場からすれば、ヒーローなんて何人いても足りないくらいだ。

 どのみちステインが憤死しそうな話である。彼もなかなか報われない。

 

 緑谷が霊火に囁いた。

 

「……僕たちは仮免、受けなくていいんだよね。……なんか皆に申し訳ないな」

 

「気持ちは分かる。でもまあ、私たちなら普通に受けても受かるでしょ……」

 

 最近、A組の中でやや立場が微妙なのがこの二人だった。

 クラスメイトは優しいので、試験をパスする霊火たちに陰口を叩くようなことはないが、それだけにこちらもそれなりに気を遣わなければならない。

 だから霊火も緑谷も、模擬戦を申し込まれれば基本的に受けてきた。緑谷は典型的な近距離型、霊火は遠距離型なので練習相手としてはちょうどよいはずだ。

 

 そうこうしているうちに、B組が体育館に入ってきた。

 霊火は軽く眉を上げる。

 

「うわ、初めて二人並んでるところ見た」

 

「八百万さん……本当にそっくりだね……」

 

 双子ならどれほど良かっただろうか。

 まったく同じ姿の八百万が二人、並んで立っている。

 それぞれ別の相手と話しているが、本人同士は互いに目も合わせようとしない。

 やはり自分とは仲良くなれない運命なのかもしれない。八百万百ならあるいはと思っていたのだが……。

 

 その片方が、霊火を見つけて駆け寄ってきた。

 

「殻木さん!! 緑谷さん!! お久しぶりですわ!!」

 

「気を悪くしたらごめん、ヤオモモ。貴女はどっち?」

 

「緑谷さんの手を一緒に治療した方ですわ!!!!!!」

 

 ……つまり、敵連合に拉致された“オリジナル”の方だ。

 霊火が軽く目配せすると、緑谷は一歩下がって会話の主導権を彼女に渡した。

 

「ああ、そっちか。この前はありがとう。……で、B組の方はどうなってるの? なんか馴染んでるように見えるけど」

 

「ブラド先生が、『害が無さそうだから、どっちも本物として扱う』とおっしゃってくださったのですわ」

 

 まあそれしかないか。

 こういう時、キチンと音頭を取ってクラスの思考を統一することは大切なことだ。ブラド先生もいい判断をしている。

 

 そしてもう一人。

 爆豪勝己が軽い火花を散らしながら鬼のような顔でズンズンとこちらに歩いてきた。

 緑谷がギクリと固まった。霊火は右手の指先に”鬼火”を灯しながら睨み返す。

 

「おいデク、チビ女……!! お前ら調子乗ってんじゃねえぞ」

 

「あ、見て見て出久くん。ヒーローの卵だよ可愛いね」

 

「ブッ殺す!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

――――――――

 

▶ロサンゼルス

 

「カァイイねえ……」

 

「……………………………………………………なるほど」

 

 ロサンゼルス、サウス・フラワー通りとウィルシャー大通りの交差点。

 ……間違っても本体の方で爆豪と激突している場合では無い。流石に自省する。

 

 アスファルトの上には炭化した人影がいくつも転がり、焼け焦げた車体の隙間からは黒煙が立ち上る。

 焦げたプラスチックと人間の肉の臭いが空気を支配し、折れ曲がった赤信号がチカチカと点滅する。

 

 周囲の人々は叫び、逃げ惑っていた。

 靴を落として裸足のまま走る者、スマホを握ったまま泣き叫ぶ者。親から逸れた子供に怪我して動けない女性。あるいは死体。

 誰もが何が起きているのか理解できず、ただ本能だけで逃げ惑う。

 

 そんな状況で全身焼け焦げだらけの男が、蒼炎を迸らせながら首を捻る。

 

「よう『アマリリス』……いや、デヴィット博士」

 

「むしろこの群衆の中からよく私を見つけたね……」

 

「匂いが違いました。『風香』ちゃんと同じ、カァイイ匂い!!!」

 

 ……それは嗅覚なのか?

 一介の研究者としてはまずそこが気になったが、そこは本題ではないだろう。

 どちらにしても人間によく似たアンドロイドをこの混乱の中で嗅ぎ分けるとは、トガの感覚はイカれてる。

 

 全身を鱗で覆った異形の男が、低く唸るように言った。

 

「裏切者はこの俺が粛清する……」

 

「ええ……わざわざこんな所まで? ストーカー気質とかいよいよ救いがないな……」

 

 ジリジリと包囲が狭まる。

 『トガ』『荼毘』『スピナー』『マスキュラー』『ムーンフィッシュ』、そして『黒霧』。脱獄組まで勢揃いだ。

 コンプレスや死柄木やトゥワイスがいないのは別行動なのか、或いは後から合流してくるのか。

 

 背後から轟音。

 ビルの壁面が崩れ、ハイエンド脳無の咆哮が街を震わせた。

 黒煙の向こうで巨体が、クレーンのような腕を振るい、駐車中のSUVを引っ掴んで野球ボールのように投げ飛ばした。

 何度もの衝撃波が通りを駆け抜け、その度にビルや車の破片が風雨のように降り注ぐ。

 

「…………………………やるしかないか」

 

 【Class5:anarchism】

 搭載”個性”は『黒影』『二倍』『コミック』。

 それらを組み合わせると、このようなことが出来る。

 

 文学少女のすぐ傍に、音もなく黒い影が立ち上がった。

 アスファルトを圧し潰すほどの異様な巨体。体高5メートル。

 脚は八本、鉄骨のように太く、表面は完全な黒。

 輪郭だけでわかるありえない密度と質量。まるで“影”そのものが凝固して生まれたような存在。

 

 全身を筋線維で覆った男が、不審そうに首を傾げた。

 

「……あ? カニ?」

 

 ぬらり、と光が走る。

 甲殻の上、目にあたる位置に真紅の光点がふたつ、ぱっと灯った。

 点滅も瞬きもない、血のように濃い赤が、大人しそうな少女の小さな背を照らし出す。

 

 甘い女の子の声で、アンドロイドは囁いた。

 

「”カルキノス”、全員やっつけて」

 

 敵連合も、こちらも動いた。

 『マスキュラー』は蟹の大バサミとぶつかり合い、そのまま力比べに。

 『トガ』狙いのハサミは、あっさりと回避される。

 『ムーンフィッシュ』の刃が文学少女に迫るが、刃の側面を叩くことで無理やり空間をこじ開けてそこへ飛び込んだ。

 

 その間、蟹の足先がアスファルトを擦ると、真っ黒な線が幾何学的にアスファルトの上を走り出す。

 あっという間に線は繋がり、抽象化された雪の結晶マークが地表に描かれていく。

 

 次の瞬間、地面の一点から爆風のような冷気が噴き上がった。

 空気が凍り、白い霧が吹き荒れてアスファルトがきしむ。

 瞬きする間に道路が、車が、逃げ遅れた人々が氷の彫像へと変わっていった。

 

 黒い蟹の影がガチンと爪を鳴らし、足元を固められた敵連合へ追撃を加えるが、それは『黒霧』によって逃がされてしまう。

 荼毘の火炎放射が冷気を押し流す中、文学少女は静かに告げた。

 

「“カルキノス”、第二脚から第四脚までを破棄。『修補』実行」

 

 ぼろりと、蟹の脚が捥げた。

 次の瞬間、その折れた三つの脚を起点にそれぞれ全く同じ蟹が形成される。

 本体も瞬く間に脚を再生させ蟹は四匹に増える。

 

「おいおいマジかよ……」

 

「荼毘!! こいつらお前の炎が効いてる!!!!!!!!!! 熱か光のどちらかが苦手なんだ!!!!!!!!!!」

 

 スピナーのそれは正解だ。言っている傍から一匹やられてしまうが、もう遅い。

 文学少女は好戦的な笑みを浮かべ、さらに命令を下す。

 

「リミッター、第三段階まで解除。無限増殖を許可。殺戮範囲はカリフォルニア州内限定」

 

「させるかよ!!!!!」

 

 しかし先に仕掛けてきたのはそちらの側だ。

 そして『カルキノス』の増殖速度は最大で1分間に8倍。増殖するたび耐久性は0.8倍になるが、ヘッドライト程度の光度であれば8回増殖した後でも、一般道を走る軽自動車の衝突に耐えうるほど頑丈だ。

 

「さあ敵連合、その身をもって倍々ゲームの恐ろしさを思い知るがいい! ”カルキノス”、対象生命、全て殺せ!!!!!!!!!!」

 

――――――――

 

▶雄英高校

 

 勢いに任せて行動した後、一瞬遅れて気が付いた。

 

(…………………………あ、やっば!?!?!?!?!? やらかした!!!!!!!!!!)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:何故霊火はロサンゼルスの全市民を殺そうとしてるの?
A:群衆に紛れようとする『変身』のトガを必ず仕留めたいから(メリッサの存在は忘却)
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