殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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090:しおりクラブ

▶ロサンゼルス 

 

 ビルの谷間を縫って吹き抜ける爆風が街の悲鳴を押し流していく。

 

 大暴れしているのは脳無が二体。

 フードの脳無は腕を伸ばしてビルを破砕し、もう片方は巨大な身体で高層ビルを叩き潰した。

 信号機がねじ切られ炎に包まれたバスが横転し逃げ惑う群衆の上に数十トンにも及ぶ瓦礫が落ちる。

 

「なんなんだよあれぇぇぇぇぇッ!!!」

「ママ! ママぁああああああっ!!」

 

 泣き叫ぶ子供の声がサイレンと悲鳴の渦の中に吸い込まれていく。

 しかし影の大蟹が彼らの上に覆い被さった。別のカニがジャンプしてハサミを振るって瓦礫を空中で粉砕する。

 

(……っ!! 守ってやるしかないか!! 大丈夫、”カルキノス”の数自体は完全に足りてるから救助モードで……)

 

 何しろメリッサがどこにいるか分からないのだ。彼女が潜伏の過程で変装している可能性まで考えると、見捨てた老婆がメリッサの変装だったという可能性が残る。

 とにかく目につく人たちを全員救っていくしか道はない。

 

 脳無がこちらを向いた。

 

「ああもう……“カルキノス”、『開架』!! 第七分類参照!!」

 

 号令一つで無数の影の蟹が地鳴りとともに集結していく。

 数千もの巨大なカニがビルの屋上や壁面から脚をガシャガシャ鳴らし、黒い波を形づくる。

 やがて脚を伸ばした15メートル級のカニたちが音を立てながら互いの体を噛み合わせ、甲羅を軋ませ融合していく。

 

 脚が脚に絡み頭が押し潰され、甲羅が伸びて捩れていく。

 折り重なった胴体が一本の巨大な“幹”を形成し、そこから節くれだった節足が次々と生えていく。

 

 そして立ち上がった。

 

 全長およそ二キロの真っ黒なオオムカデ。

 胴体がフリーウェイを跨ぎ瓦礫を砕きながら素早く姿勢を持ち上げる。

 頭部には無数の赤い光点が連なり、数百の赤い瞳が不気味に点滅する。

 それが二体。

 

 逃げ惑う人々の頭上を、触角がしなる。触れただけで電柱が爆ぜ、街灯が吹き飛ぶ。

 ムカデの体節が動くたび甲殻が摩擦し合い、火花が散った。

 

 『図書委員』は叫ぶ。

 

「脳無を殺せ!!」

 

 オオムカデがハイエンドに飛びついた。

 当然、“フードちゃん”にも“おデブちゃん”にも、その長い身体のど真ん中から一瞬で引き千切られてしまう。

 だが、千切れた部分を頭と尾にしてムカデは即座に復活した。

 

 そして脳無の絶叫。

 彼らの黒い身体には、見えづらいがドクロマークと放射線マークが印字されている。

 

(『超再生』対策……だけど間に合うかなこれ……)

 

 “個性”『コミック』。

 元は「発声したオノマトペを実体化させる」能力だったが、こちらは「印字したマークに対応した現象を起こす」方向で調整した。

 雪のマークなら低温、炎のマークなら高温、ドクロマークなら毒、放射線マークなら放射能――といった具合だ。

 一定以上の光度を持つ光を当て続ければマークは消えるが、幸いにも“フード”と“おデブ”には発光系の“個性”はない。

 

 極大のスリップダメージ。

 事実上の時間制限を掛けられたことに気づいたフードの脳無が、『図書委員』をギロリと睥睨する。

 

「おオオオおオマエマエカ……!?」

 

 一閃。

 伸縮する腕がダイレクトにアンドロイドを狙うがその射線上に数十体の巨大カニが割り込む。

 インパクトの直前、大量の氷マークが展開して影のカニは自身の甲殻ごと冷凍。盾の硬度を高める。

 冷凍カニの甲殻が割り砕かれる音を何重にも聞きながら、アンドロイドは歯噛みする。こちらに攻撃は届かなかった。つまりガードには成功した。が――

 

「グおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

(……無理!! 勝てない!! 『栞』ちゃんの帰還は厳しいとなると……あーあ。さっさと撤退した方が良かったなあ!!)

 

 こちらは『二倍』持ちだ。戦力自体は足りている。最大出力が足りないのだ。

 五メートルほどの巨大な甲殻類の群れが蠢く。

 全身は墨のように黒く、輪郭は闇と一体化して曖昧だ。無数の赤い光点だけが夜の街をギョロリと睥睨する。

 

 影の巨大カニはザクザクとアスファルトを踏み砕き、時速60キロほどで横歩き。

 ぼろりと自切した脚はひとりでに動き出し、ビルの壁を這い上がり、やがて完全再生して独立した怪物となる。

 

 『二倍』を使った無限増殖。

 ハイエンド脳無を抑え込むのは難しくとも、指数関数的に増殖するそれはわずか10分でロサンゼルス全体を制圧しかけていた。

 

「う、嘘だろ……!? 撃て! 撃てぇぇぇぇ!!」

 

(素直に収容されてくれないかなあ……。私は市民の皆様を助けようとしているんだけれど……)

 

 しかしパトカーのライトは赤青に点滅し、銃火が鳴り響く。が、弾丸は影の装甲に虚しく弾かれるだけで終わる。流石に『カルキノス』の耐久性を舐めすぎだ。

 さらに脚を自切、再生。

 見る間に増殖するカニは素早く警察に接近すると、大ハサミで頭を軽く叩き昏倒させる。

 ぐったりした警官をハサミでヒョイと背中に乗せ、そのまま高速の横歩きでロサンゼルスを脱出するカニ。割とシュールな光景だった。

 

 アンドロイドは叫ぶ。

 

「“カルキノス”!! 市民を連れてロスから出来るだけ離れて!!」

 

 殻木霊火、流石に少し正気を取り戻していた。

 よりにもよって霊火がメリッサを殺してどうするのだ。今の『アマリリス』は、市民を脳無から守る側であるべきだ。

 敵連合との戦いで脳を支配され、最初の目的を忘れていた。

 

(こ、これで何とか……!! メリッサさんが無事だといいけれど……!!)

 

「なんで市民の皆様を守るんだよ博士? 可愛い娘が心配か?」

 

「余裕があるからだよ『マスキュラー』。それに無制限の殺戮なんて何も面白くない。……で、そもそも君たちはロサンゼルスに何しに来たの?」

 

「あ? 知るかよ、俺はただ暴れたいだけだ!!」

 

「まあ私も楽しいけれどさあ……」

 

 『図書委員』の主力兵器は、影の巨大カニ『カルキノス』による物量戦だ。

 このカニたちは甲殻の中身が空洞になっており、人や荷物をそのまま内部に取り込んで移動できる。しかも脚が非常に丈夫で馬力もあり、壁も天井も悪路もお構いなしにかなりの速度でガサゴソと走り回るため、運搬能力は非常に高い。

 

 さらに彼らは互いに連携し常に最適なルートを選んで動くため、避難時にありがちな混乱や渋滞とは完全に無縁だ

 ドアをハサミで引きちぎり、建物をほじくり返して避難対象を探し出し、必要とあらばハサミで軽く殴打して気絶させ、問答無用で体内に収容する。ここまで徹底した“避難装置”は、他にそうそう存在しない。救出される人は超怖いだろうが。

 

 手元の『カルキノス』を次々と『マスキュラー』に差し向けて時間を稼ぎながら、『栞』は拾った大型ナイフを握って『カルキノス』が苦手とする荼毘に突貫。

 

「この野郎……!!!」

 

「女の子なんですけれど!!!」

 

 間違えて本体バレしそうな事を言ってしまった。荼毘が怪訝そうに首をひねる。

 ……そういえば、この人たち『アマリリス』の正体をデヴィット博士だと思っているんだった。

 

 超高温の蒼炎が真正面から殺到するが、『栞』の方は足元に”波”マークを印字。

 地面から吹き出す特大のビッグウェーブで波乗りしながら炎タイプの荼毘を押し流しにかかる。が、荼毘は自分の真下に炎を噴射することで垂直に距離を稼ぎ高さ10メートルの濁流を飛び越えた。

 

 火傷の男から大きな舌打ちがあった。

 

「そのマーク、本体も使えんのかよ……クソだな」

 

「『引用』」

 

 ズバン!!!!!!! と。

 アンドロイドの背中側の衣服が弾け、カマキリの前脚をそのまま巨大化させた真っ黒な大鎌が飛び出した。

 

 ヒュンと振り回されて構えるは、黒く揺らめく肉食昆虫の前肢。

 内側に並ぶ鋭い鋸歯が僅かに赤く発光するそれは禍々しく、文学少女の華奢な体には不釣り合いなほど巨大だ。

 射程20メートル超。構えから振り切るまで0.07秒。まずは一旦静止。

 長大な一対の刃が描く円弧が空を飛ぶ荼毘を真っ二つにする軌道で超高速で振るわれる。

 

 しかしその直前にターゲットは何か磁石にでも引き寄せられたかのように不自然に動く。

 獲物を仕留め損ねた『図書委員』は嫌そうに眉をひそめた。

 

「荼毘!! 油断しちゃダメよ!!!!」

 

「ッチ……。助かったよ『マグネ』」

 

 巨大磁石を担いだ長髪のオカマだった。

 ”栞”はすぐさま左手の拳銃をオカマに向けるが、発砲の寸前に隣からスピナーに突進された。狙いがずれる。

 

 スピナーが叫んだ。

 

「『アマリリス!!! 裏切り者のお前は粛清だあ!!!! こんなカニサキスなんかぶっ殺して……うおっ!?!?」

 

 アンドロイド『栞』。あまりに余裕がないので片手の大口径で無言の発砲。

 背中から更にクワガタの大顎やザリガニのハサミなどを『引用』して追撃するが躱される。あとカニサキスではない。

 

「アブな!!!!!!!!!! このっ……!! カニだけじゃないのかよ!?!?」

 

「話すな動物、虫酸が走る!! 言語は人間様の特権だあ!!!」

 

 テンションが上がると口が悪くなるのはぶっちゃけ霊火の悪癖だ。

 

 文学少女の背中から真っ黒な鱗粉を存分に蓄えた蛾の翅が噴き出した。

 更には遊ばせていた『カルキノス』を更に変形。今度は真っ黒のオオスズメバチが大音量の羽音を響かせながら夜空に展開する。

 他にもタランチュラ、サソリ、シャコ、ゲジゲジ、その他の蟲蟲蟲蟲。

 多様な尖兵が、敵連合を見据えてビタリと停止する。

 

 極限の戦闘でテンションが上がり、アンドロイドは吠える。

 

「六脚類甲殻類多足類鋏角類!! 増殖する節足動物の群れに沈めよ爬虫類!!!!!!!」

 

 殺到。

 『栞』自身も自身の影から7メートル級のダンゴムシを形成し、砲弾のように撃ち出す。

 更にスピナーのスマホを爆発させようとするが、何かを察したのか、彼は咄嗟にスマホをポケットから投げ捨てた。

 

 地面に落ちた瞬間、ボン!!! と激しく炎を吹き上げるスマホ。

 スピナーは酷く狼狽し、絶叫する。

 

「な、な、な、なにィ!?!?!? お、俺の課金したゲームデータは!?!?!?!!?!?」

 

 知らんがな。

 

―――――――――

 

▶雄英高校

 

 ロサンゼルスの方はしっちゃかめっちゃかだったが、雄英の方は無事に午前の授業が終わった。

 爆豪とガチ戦闘して相澤に死ぬほど怒られたりした霊火は、制服の襟を整えながら他の女子たちと並んで女子更衣室から廊下に出る。少女は心底不満げに呟いた。

 

「あ〜あ、先生たちに止められなきゃ勝ってたのにな……」

 

「え、ゴカク……? デシタ!!!!!!!」

 

「あの、ポニー?」

 

 怖い女の子である霊火は、低音と視線でほんのり留学生に圧力をかけるが、上手く伝わっていないようだった。

 爆笑する取蔭を軽く睨みつけてため息をつく。

 むしろ霊火と互角な爆豪がどうかしている。こっちは全力全開で叩き潰しに行ったのに、なぜあっちもピンピンしているのだ。

 

 麗日が心配そうに言う。

 

「でも霊火ちゃん、あんまり無理しちゃダメだよ? 身体弱いんだから……」

 

「わかったよ。これからは気をつける!!」

 

 なんか微妙にマスコット扱いされている霊火は、遠くの方が騒がしいことに気づく。

 

 廊下の向こうから相澤が全速力で駆けてきた。

 その尋常じゃない血相に、霊火は空気を察して遠い目をする。

 

(……あ、これロサンゼルス関連だ)

 

「殻木、至急職員室だ!」

「昼休み……」

「今だ!」

 

 一応は抗議してみたが無駄だった。相澤が別の方向に走り出すのを見て、霊火は首を振って小走りで職員室に向かう。そしてドアを開けた瞬間、オールマイトがそこにいた。

 

「殻木少女、来てくれて感謝する!」

 

 いつもの陽気な笑顔ではない。

 スーツのまま腕を組み、眉間に皺を寄せた極めて深刻な表情だった。その隣の根津校長がモニターを示すと映し出されたのはニュースの中継。炎と煙を上げるロサンゼルスの街並みだった。

 

 ……主犯格は一応、初見の感想を口にした。

 

「の、脳無!? 九州の!? え、これロサンゼルスですよね!?」

 

「しかも二体だ。それだけじゃない。『アマリリス』製のアンドロイドも出現しているらしい……!!!」

 

「アマ……『風香』が!?」

 

「それがまた違う型らしい……が、とにかくアメリカからヒーロー派遣の正式な要請が来た。そして何より、ロサンゼルスは現在メリッサが潜伏している街なんだ……!!!」

 

 我ながらいい演技だった。女の子は嘘をつく生き物だ。

 そしてオールマイトは酷く憔悴した様子で街を見ていた。親友の娘がロスにいる以上、焦るのも当然だが……。

 

「それでだ、メリッサの救助計画を三日後に予定していたが——」

 

「うわ、早めるんです!? まさか私をこのハイパー危険地帯のロサンゼルスに行かせようと!?」

 

 …………………………なるほど、そういう話になってくるのか。

 しかし未成年をこの地獄絵図に送り込むなど相当な判断だ。雄英らしくないというか、教育機関としてどうなんだろうと思っていると、オールマイトが言葉を選ぶように続ける。

 

「……現地で問題になっているのは“脳無”と“アンドロイド”だ。だからだろう、アメリカ政府が殻木少女を指定している」

 

「あ、そっか。つまり『呪い火』目当て? 私が彼ら全員に即死取れるから呼ばれてる……?」

 

「もちろん、君にも断る権利はあるが——」

 

「これで未成年呼ぶとか、アメリカもなりふり構っていられない感じだなあ…………」

 

 霊火は特大のため息をついた。そして一言。

 

「……一発当たれば即死なのはこっちも同じですし、あまり行きたくないんですけど」

 

「……緑谷少年にも声が掛かっていてな、彼は二つ返事で……」

 

「なんだそれ、行くしかないじゃん」

 

―――――――――

 

▶空港

 

 昼下がりの国際空港。

 照りつける陽射しの中、箒に乗る霊火と『浮遊』で飛ぶ緑谷はフェンスの上から直接指定された滑走路へと滑り込んだ。

 それぞれの手には、ヒーローコスチューム入りのアタッシュケース。地味に公的な初仕事だ。

 

 滑走路上を一メートルほど滞空する霊火はボソリと呟いた。

 

「……いきなり侵入者警報が鳴らなくてよかったね」

 

「さ、さすがに空港の職員さんには伝わってるでしょ」

 

 霊火は肩をすくめた。

 まだロサンゼルスでの脳無出現から一時間も経っていない。霊火たちへの要請があまりに緊急だったため、空港への連絡がうまくいっていない可能性も普通にありえた。

 正直、開幕から空港警備員たちと撃ち合う羽目になることも覚悟していたが、連絡はきちんと通っていたらしい。

 

 ロサンゼルスの大規模テロの影響だろう。動いている飛行機が一つもない滑走路上で、少女は周囲を見回した。 

 

「で……どの飛行機?」

 

「オールマイトは『行けば分かる』って言ってたけど……」

 

「アメリカが出すって言われてもなぁ。平べったいステルス機とか出されたら、ちょっと乗れないよ?」

 

 それはこちらが飛行機が嫌いだからというより、単純に霊火の身体強度では超音速戦闘機のGに耐えられないからだ。

 しかし、その心配は杞憂だったようで少し進むとジャンボジェット機の群れの中に、明らかに異質な機体が目に入った。

 

「HEY!! THIS WAY!!」

 

 軍用輸送機特有の、機体後部に大きく開いたランプドア。

 戦車や車両が自走して乗り降りするためのスロープの上から、大声が飛んだ。

 

 金髪を風になびかせる長身の女。

 白と青の星条旗を模したコスチューム。

 アメリカNo.1ヒーロー『スターアンドストライプ』だ。

 

「す、スター……!?」

 

「ああそっか。言われてみれば、メリッサの救助作戦の時も彼女と協力だったね」

 

 本来ならスターがカリフォルニアでメリッサを保護し、日本へ送り届ける予定だった。

 霊火と緑谷は、メリッサが日本に到着してからの護衛担当という任務だったはずなのだが……。

 

(またヤバい難易度のミッションに巻き込まれたな……。私たち以外の日本のヒーローはいないのかな……?)

 

「COME ON, KIDS!! 緑谷出久と殻木霊火だな!! 頼むぞ、ボーイ!! ガール!!」

 

「よ、よろしくお願いします!! 緑谷……『デク』です!!!」

 

「Nice to meet you. 殻木霊火……えーと、私のヒーロー名って何になってるんだっけ?」

 

「ええっ!?」

 

「This data says it’s ‘Froilain’.(こっちのデータでは『フロイライン』だ)」

 

「ああそっちか。よろしくお願いします『スターアンドストライプ』」

 

 霊火は、“ピースキーパー”登録時の名義をそのままプロライセンスにされてしまったため、ヒーローネームが変わってしまった。

 もっとも、『カリン』にもヒーロー名としては特別な愛着はないので、別にいいといえばいいのだが……。

 

 霊火たちが乗り込むと同時に、ハッチがゴウンと閉まる。

 そしてこちらがシートに腰を下ろすのと同時に、エンジン音が一段と高くなった。

 

 緑谷は慌ててベルトを締め、霊火は真顔で緑谷の手を両手で掴む。

 真っ青な顔で震える少女にアメリカのヒーローは笑いかけた。

 

「ヘイ、ガール。もしかして飛行機、苦手?」

 

「…………まあ」

 

「大丈夫、お兄ちゃんの操縦なら落ちやしないさ! それに、落ちても私がいる!!」

 

 すぐに機体が加速し始めた。

 そして客室内に、陽気なアメリカ英語のアナウンスが響く。

 

「Hey, Japanese heroes! Nice to have you on board! Let’s save the damn world together, huh?」

 

 機体がぐんと押し出され、霊火は反射的に緑谷の手を強く握った。高所恐怖症は克服しても、飛行機というのは本当に嫌いだ。

 しかし窓の外では地面が流れ、滑走路が無情にも遠ざかっていく。

 

「Don’t worry, this bird’s fast— you’ll be there before you finish your coffee!」

 

 霊火は小さく肩をすくめた。

 

「……で、これ何時間で着くの?」

 

「ロスまで5時間ほどだぜ、ガール!!」

 

「アメリカの軍用輸送機めちゃくちゃ速いな」

 

 東京からロサンゼルスまでの直線距離は約8,800kmなので、 単純計算で時速1,760km。

 つまりマッハ1.66程度でている事となる。

 

 この飛行機がロサンゼルスに着いたときに、街がどれだけ残っているかについてはいまいち保証出来ないが。

 

―――――――――

 

▶ロサンゼルス

 

 機械は疲労しない。

 戦闘開始からおよそ180分、命なき『図書委員』と人間の『敵連合』を分けたものがあるとするならば。

 それは、きっとこの一点だったのだろう。

 

「ぁ……」

 

 どぶっ!! と、肉を裂き血が噴き出す水っぽい音が響いた。

 ボウリング球大の肉塊がアスファルトに落ちる、重い音。

 

 『カルキノス』の鋏角で頸部を切断された首の無い死体が真下に崩れ落ちても、血の通わないアンドロイドは顔色を変えなかった。

 

 ボソリと一言。

 

「まずは一人」

 

「マグネェぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 『スピナー』が絶叫とともに斬りかかってくるが“栞”は身を捻ってそれを躱し、至近距離の拳銃で脳天を狙う。

 しかし発砲の前に彼の身体が黒い靄に呑み込まれた。

 

 黒霧が、よく通る声で叫ぶ。

 

「被害が想定を超えました!! 皆さん、撤退します!!」

 

「へえ、意外と冷静じゃん」

 

 こちらも流石に無傷とはいかなかった。

 返り血で真っ赤に染まり、顔の左半分が吹き飛びその下の配線や基板が露出したアンドロイドは、残った方の表情機能で器用に呆れ顔を作ると蔑むように言った。

 しかし黒霧も賢明な判断だ。(ヴィラン)に重要なのは被害の発生時に深追いせず退く判断力である。

 

 『ワープゲート』が開くのを、アンドロイドは腕を組んで見送った。

 敵連合たちは逃がしてしまうが、こちらには追撃する理由もない。

 

 ……拍子抜けではある。

 しかし状況から察するに、彼らにとってもこの『図書委員』との交戦は偶然の鉢合わせだったのだろう。

 彼らの目的はデヴィット博士への報復だ。その為には量産可能なアンドロイドよりも、替えの利かない実の娘の方を狙うのは理に適っている。

 『コンプレス』や『トゥワイス』が最後まで姿を見せなかったのはその捜索に回っていたのかもしれない。

 

 ちらりと背後を振り返ると、ハイエンド二体が五キロほど先で元気にビルをぶっ壊し、住民を虐げていた。

 彼らはこれまでも時折こちらを狙いはしたが『図書委員』よりも街の破壊と殺戮を優先する傾向があった。

 もしかしたら『アマリリス』製のアンドロイドを狙わないよう指示が出ているのかもしれない。

 

(……『ドクター』かな。あの人、昔から私の作品を大事にしてくれる人だったし。……人工衛星はぶっ壊されたけれど)

 

 当然、ここまでの大騒動だ。アメリカのプロヒーローもこのロサンゼルスに大量に来たが、大体はハイエンド脳無に殺されてしまったようだ。

 ……ヒーローは敵連合と戦い、市民の救助を行うカニを操っている『図書委員』にはあまり手を出してこなかった。

 

「さてさてさて……どうしたものかな……」

 

 メリッサ・シールドは依然として行方不明。生死は五分五分といったところだ。

 ロサンゼルスの住民は『カルキノス』を使って相当数救助して郊外へ逃がしたものの、カニの救助が間に合わずハイエンドに殺された者も多い。

 もしメリッサが死んでいるなら、死亡確認はきわめて困難になるだろう。

 

(ハイエンドと戦うのは無し……だね。勝てないのもそうだけれど……)

 

 時間制限という言葉を強く意識する。

 

 現地時間20時の戦闘開始からすでに3時間。

 『カルキノス』の性能が夜明けとともにガタ落ちするまで、残り7時間。

 輸送機に乗った“本体”の到着は3時間後だ。

 

 この状況で怖いのは、霊火自身の”個性”である『死因』だ。

 プロヒーローとしての顔を持つ霊火は、『アマリリス』のアンドロイドと相対した場合どうしても交戦に入る必要があり、自身の成果物を破壊するしかない。

 そんな馬鹿らしい展開は避けたい。流石に損過ぎる。

 

 霊火の移動拠点『サブノーティカ』が『図書委員』回収のためロサンゼルスへ向かっている。

 できることならこの機体も無事に逃がしてやりたいが、アンドロイドを潜"地"艦『サブノーティカ』に乗り込む瞬間は見せられないのも確かだ。

 また、『図書委員』はアンドロイドであるため対人限定の『転送』が使えない。秘密の逃走にはクリアしなければならない条件が結構多いが……。

 

「おっと」

 

 黒煙と地上の炎が夜空を照らす。

 熱風に髪を揺らしながら、文学少女は呟いた。

 

「……面倒なのが来てるな」

 

 

 

 

 




Q:『図書委員』はどれぐらい強いの?
A:夜間は1,5ギガントマキアぐらい。昼間は0,7ステインぐらい。ただし相性不利がかなり多い

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