殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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▶輸送機内

 

 飛行機が本当に苦手だ。

 指先一つで落とせるかもしれない飛行物体に、自分の命を預ける感覚がどうしても耐えられない。

 

 軍用輸送機の内部は息苦しいほど閉ざされた金属箱だった。内壁にはリベットが並び剥き出しの配線が震える。ニュースの画面だけがちらつく光で三人の顔を照らしている。

 

 映っているのは燃え盛るロサンゼルス。スターは画面を睨み、拳を震わせる。

 

「Shit……卑怯者が。私がアメリカにいない時を狙うなんて」

 

 壁に当たった拳の音が響き、霊火はシートに沈んだまま遠い目をした。

 映っているのは燃え盛るロサンゼルスだ。

 

(そりゃそうだ。誰だってスターがいるアメリカなんかに攻撃しないよ……)

 

 『新秩序』とは絶対に真正面からやりあいたくない。霊火であってもだ。

 かの"個性"がどこまでやれるのかは知らないが、こちらのアンドロイドに触れて『製作者のもとに行け』と命令されるだけで『アマリリス』バレする可能性も否めない。

 

 スターもそうなのだが、オールマイトに代表されるような突出したスーパーヒーローへのヴィランとしての対処法はただ一つ。

 とにもかくにも”会わないこと”。これに限る。

 

 なぜなら、敵を倒すことで名声・利益・信頼を得るヒーローサイドとは異なり、ヴィランサイドはヒーローを倒したところで悪名が広がるだけで何の価値も生まないからだ。

 戦闘狂型の珍しいタイプの敵でもない限り、逃げ隠れすることこそが敵にとっての本質であり唯一の正解だ。

 ……この前提で考えると、マッハ10で空を飛び回り恐ろしい感知範囲で目の前にかっとんできた全盛期のオールマイトがヴィランにとってどれほど絶望的な存在だったかが分かるだろう。

 

 機内スピーカーから、悲鳴交じりのニュースキャスターの声が流れる。

 

『Oh no!! Monsters known as “Brainless” are taking down our heroes one after another—Ahhhhhh!!!(大変、大変です!!! "脳無"と呼称される怪物が我が国のヒーローたちを次々と……ダメだ、やめろぉぉぉぉぉ!!!!!)』

 ”おデブ”な脳無がプロヒーローを踏み潰す瞬間が映ってしまう。

 血飛沫で画面が赤く染まり、テレビ局は慌ててスタジオに映像を切り替えた。普通に放送事故だ。

 

(うっわ、性能たっか……。どんだけ頑張ったんだ私たち……)

 

 それを見た霊火はちょっとずれた感想を抱く。

 

 ハイエンド脳無は幼い霊火も開発に関わっているため、やはり何かと思い入れはある。

 あの"個性"を手に入れるの死ぬほど大変だったなあとか、黒霧のワープ先にある筈の目標がいなくて死ぬほど焦ったなあとかだ。

 毎日が大ピンチの連続で、今でも忘れられない。

 

 殻木球大に殻木霊火。双方おっちょこちょいな上に割と詰めが甘く、一生懸命に用意した計画が全然計画通りに進行しない星の下に産まれている。脳無造りなんて殆どアドリブ任せだった。

 返り血と腐臭と薬品で満ちてはいるが、あの頃は掛け値無しに楽しい思い出がいっぱいだ。

 

(アレはアレで私の黄金期だったなあ……。毎日刺激的で、黒霧も私をお世話してくれてたし私も一つ一つの事に一生懸命で……)

 

 なんだかんだで親からの愛を一身に受けて育った少女は、子供時代を懐かしむ。

 そして中継を見る緑谷は真っ青だ。

 スターは歯ぎしりしながら呟く。

 

「……私さえ、あの場にいれば!!」

 

「僕たちで、必ず倒そう……!!」

 

 緑谷がなんか悲痛な覚悟を決めていた。

 映像は平気だが、飛行機の方で調子が悪い霊火は力なく首を振った。

 

「あっちには『ワープゲート』があるんだよ? 私たちが飛行機で現地にたどり着くまでの間にロサンゼルスから逃げられちゃうよ……」

 

 『ドクター』は霊火の親だ。その思考は簡単に読み取れる。彼は、『スター』と直接やり合う展開は避ける。

 自分の制作物がヒーローにあっさりやられることほどつまらないことも無い。

 

 そして皆黙ってしまった。誰も霊火の言葉に答えられないのだ。 

 『ワープゲート』がある限り敵連合と脳無は捕まらない。黒霧の”個性”に付き合えば付き合うだけ、ヒーローサイドは戦力と市民からの支持を失い続ける。

 少なくとも敵連合とは敵対していて、ヒーロー側に立ちたい霊火としては頭が痛い話だ。

 

 現地の中継からスタジオに戻ったニュース画面が複数の写真を映し出す。

 今度は『図書委員』こと栞ちゃんの写真だ。何故かロサンゼルス観光中の、ハンバーガーに齧り付いている瞬間のショットが選ばれていた。自分の製作物ながら超可愛いが……。

 

 (やっぱりマークはされてたか。ロス市警も中々優秀だなあ……)

 

『図書委員』は脳無襲来の前段階で、ロサンゼルスの無法者達を400人とか殺していたのでそれ関連だろう。

 脳無襲来インパクトで掻き消された感は否めないが、被害規模的にはこちらはこちらで世紀の大事件だ。

 

 ニュースの映像を見つめると、炎と瓦礫の街を歩く黒い巨影が映る。建物を押しのけて老人を助ける巨大なカニの姿がやはり目立つ。

 

『This android is believed to have been created by the terrorist known as “Amaryllis,” who was behind the “Kamino” incident...(このアンドロイドは、「カミノ」事件を引き起こしたテロリスト、『アマリリス』によって作成されたものと考えられている...)』

 

 霊火は首を捻った。

 

「なんでハンバーガー食べてる写真なんだろう……?」

 

「これが……あの『風香』の……?」

 

「姉妹機になるのかな? 服も容姿も滅茶苦茶可愛いねこの子。意外と女性だったりするのかな『アマリリス』……」

 

「林間合宿の時に『風香』は、この見た目だとヒーローが攻撃しにくいとか言ってたけど……」

 

 雄英生徒が好き放題に話している間も、スターは黙り込んでいた。

 ニュースは続く。

 

『Incredibly, this android possesses the “Quirk” to create and control vast numbers of giant black-shadowed arthropods. However, she had been using it to evacuate the residents of Los Angeles...(信じ難い事に、このアンドロイドは影の巨大な節足動物を大量に産み出し操作する"個性"を持っております。しかし、彼女の目的は街の破壊ではなく街の住民の避難のようで……)』

 

 そう言って映し出されるVTRは、脳無の撒き散らした瓦礫から甲羅を使って市民を守り、体内に収容して街の外に逃げていく『カルキノス』の姿だ。

 続けてコンクリート塊を押しのけて、建物の下敷きとなった高齢女性を引っ張り出して背中に乗せる巨大カニの動画も放送される。

 

 緑谷が信じられないという調子で言った。

 

「なんで……神野でも都心でもあんなに人を殺しておいて、今度はどうして人助けを……」

 

「まあ素直に考えると、ロサンゼルスにメリッサさんがいるから街を守りたいんじゃ……おっと……!?」

 

 ニュース映像の中で、突如として画面が眩い光に包まれた。

 炎の奔流がロサンゼルスの大通りを駆け抜け、フードの脳無を一気に焼き払う。

 高熱の衝撃波でカメラがぶれ、画面が一瞬真っ白になった。

 

 スターがガタリと立ち上がった。

 中継映像では、全身を炎に包んだヒーロースーツの男が瓦礫の上に立っている。

 焦げついたアスファルトの上に、無残にも焼け落ちた脳無の残骸が転がっていた。

 

 全員、一瞬沈黙した。

 そして爆発。アナウンサーの実況が急速な熱を帯び、絶叫した。

 

『Oh my God!!  It’s Endeavor!! The number one hero of Japan!!  ENDEAVOR IS HERE!!!(なんということでしょう!! エンデヴァーだ!!!! 日本のNo.1ヒーロー!!! エンデヴァーが来ました!!!)』

 

 ――――――――

 

▶ロサンゼルス

 

 アンドロイドを操る霊火としても、この展開は青天の霹靂以外の何物でも無かった。

 

 ロス上空で空気が爆ぜた。

 熱線が視界を裂き、あらゆる色を焼き尽くした。

 

「……………………は?」

 

 命無きアンドロイドは、それでも熱波に晒され反射的に数歩後ろに下がった。

 風が逆巻き、焦げた匂いが突き刺さる。遥か5キロ先の上空にてもう一つの太陽が燃え盛っていた。

 

 ”フードちゃん”が“プロミネンスバーン“一発で消し炭になった。

 霊火も一瞬思考が停止する。そんなはずはない。そんなはずは……。

 

(い、一撃!?!? ハイエンドを!?!?!?)

 

 大体ロサンゼルスにまで何しに来たんだあの人⁉

 そして数キロ先でも、ヒーローの口元をみれば彼が何を発声したのかは分かる。

 

「……赫灼熱拳」

 

 彼の背後で”おデブの脳無”が吠える。

 全身に“口”を無数に生成し、泡を吹くように咆哮を重ねながら一直線にエンデヴァーへ突進する。

 その動きは巨岩の奔流、暴力そのものだが――。

 

「プロミネンスバーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 音速を超える熱線が放たれ、空気そのものが燃焼する。

 おデブの脳無は光に触れた瞬間全身が蒸発。『超再生』も間に合わない瞬殺だった。

 

 呆然、困惑、そして、だ。

 ロサンゼルスを支配した極悪人はまだ一人、ここに残っている。

 

(やば……!!)

 

 灼けた風が肌を裂き、光の残滓が視界を貫く。

 ハイエンドを二体瞬殺した男の瞳が、こちらを捉えた。

 

 睨まれた。

 魂をそのまま炙られるような、烈火の視線。

 

「……!」

 

 ボンッ、と音がした。

 来る。

 紅蓮の閃光が一直線にこちらへ。

 

 アンドロイドは一応両手をあげて無抵抗の意を示しながら、遠い目で彼を出迎えた。

 エンデヴァーを相手にするのは無理だ。『黒影』ベースの『図書委員』では単純に相性が悪すぎる。

 

(対エンデヴァーなら『美貌』ちゃんの方だったなあ……)

 

 ほんの30秒も掛からなかった。

 底冷えのする声。敵の誰もが震え上がる、不自然なほど平坦な声で彼はこう確認した。

 

「重要指名手配犯『アマリリス』のアンドロイドだな?」

 

 ここは平静を装う。

 『図書委員』はもうダメだ。元々望み薄だったが、この状況になったらもう助けられない。

 

「いい夜だね『エンデヴァー』? 今夜はお一人で?」

 

「『アマリリス』、お前の目的はなんだ。神野であのような大殺戮を起こし、『風香』であれほどの人を殺めた理由とはなんだ」

 

「私の”製作者”のことです? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 敢えて霊火とズレた人物像を提示する。

 この質問に対して「個性特異点が〜」なんて、敵側の大層な思想なんかを語ってもしょうがない。どっちにしても大殺戮はしているわけだし。

 霊火は確かに『世界を守る』思想を持つが、これは必ずしも正義や善と一致しない。我ながらはた迷惑な奴だ。

 アンドロイドの嘘を真に受けたエンデヴァーは、怒りを抑えきれない声でこう問いただした。

 

「……お前に殺されたのは二百万人以上だ。遺族の気持ちを考えた事は無いのか」

 

 『死因』持ちとしては遺族なんかよりも死んだ本人の無念の方がだいぶ気になるのだが、まあ遺族にしてもエンデヴァーよりは考えているだろう。

 "個性"柄、生死観には一家言ある。しかしここも別の人物像を提示する。即ち、悪逆非道のマッドサイエンティストを。

 

「さあ……? アンドロイドの私に聞かれても……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 被害者のことは特に何とも思っていないのでは……?」

 

 ……悪逆非道のマッドサイエンティストを説明しようと思ったら、なんか『ドクター』の紹介みたいになってしまった。

 アンドロイドは呆れ顔で肩を竦める。

 

 ヒーローの返事は無かった。

 ただただ強大な熱量が、アンドロイドの全身を包み込む。

 

―――――――

 

▶輸送機内

 

『Endeavor!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! Endeavor did it!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! He's a hero!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

(やってくれたな……!!! 最悪……ほんっとうに最悪!!!)

 

 接続が切れた。

『図書委員』は撃破されてしまった。

 

 脳無を二体、アンドロイドを一体。

 誰にも手がつけられなかった超難敵を次々に撃破したフレイムヒーローに、民衆は割れんばかりの歓声を上げていた。

 ニュース画面を見てホッとした表情のスターや緑谷の背後で、霊火はそっと息をつく。

 

 ここは落ち着こう。

 確かに手痛い敗北だ。だが、製作者である霊火は無事。失ったならまた造ればいいだけの事だ。

 量産可能でコピー可能。破壊されればされるほど次はより洗練されたものになる。

 それは一度きりの生命体には許されない、機械ならではの特権だ。

 

(……で、何しにロサンゼルスまで来たんだあの人?)

 

 色々と割り切ろうと努力しながら、霊火は首をかしげる。

 ハイエンド出現からわずか二時間。東京とロサンゼルスの距離は約8,800キロ。

 いくら彼でも事件発生から“よーいドン”で間に合うはずがない。

 

 少女は軽く息を吐き髪をかき上げた。

 今の霊火はヒーローサイドの人間だ。仕事はしなければならない。

 

「……まあ何にせよ。脳無とかアンドロイドとかが逃げる前に仕留めてくれたのは助かったね。私たちが飛行機乗ってる意味も半分以上無くなったけれど……」

 

「そ、そうだね……。でもまずはメリッサさんを見つけて、あとロサンゼルスで救助活動も――」

 

 緑谷とコソコソ話していると、スターが座席にもたれかかり、安心したように言った。

 その声は少し柔らかい。さすがの彼女も安心したのだろう。

 

「母国の復興だ、そちらは私たちが責任を持って行う。むしろ君たちは、メリッサ・シールドを探してあげてくれ。……本当は私自らが探してやりたいが、私では少し目立ちすぎる。こちらはこちらで高難度ミッションだぞ。我が国の警察にも気取られないよう、隠密で頼む」

 

「うげ。やっぱりアメリカの公権力は頼れない感じですか」

 

「情けない話だが……我々の中にも“彼女を確保し、利用すべき”という意見が出ている。非公式の賞金額の大きさからして誰の目にも触れさせるべきではないだろうな」

 

「うわあ……。じゃあ努力はしますけれど。でもアメリカの警察に見つからない人を私たちが見つけられるもんなんですかね……?」

 

「頼むぜヒーロー。我が師から君たちはメリッサ・シールドの友人だと聞いている。無事に彼女を安心させてやれ」

 

―――――――――

 

▶ロサンゼルス

 

 アメリカに着いた瞬間に、『スターアンドストライプ』は街に飛び出して行ってしまった。彼女には彼女の仕事があるのだろう。

 

 二人で歩き回るド深夜のロサンゼルスはもはや街の形をしていなかった。

 ガラスも鉄骨もコンクリートも全部が同じ色をして瓦礫の山になっている。

 

 壊れた街路灯がかすかに明滅し、火花のように空気を照らしては消える。

 あちこちで救助ドローンのライトが漂い、遠くでは消防車のサイレンが何度も同じ音を繰り返している。

 どことなく焦げ臭いロサンゼルスの空気をいっぱいに吸い込んで、空飛ぶ”箒”に横座りする少女はこう漏らした。

 

「だいたいメリッサさん生きてるのかな……?」

 

「霊火さんがそういうネガティブなこと言うときって、大体外れてるから何とかなるんだよね」

 

「ねえ、最近私の扱いちょっと雑じゃない?」

 

 不満を込めて足先で少年の肩を小突く。

 

 こちらは身体が弱いので、本当はいつもお姫様みたいに大切に接してほしい。

 心が弱いのでいじわるも言わないでほしいし、いつだってキチンと褒めて欲しい。

 霊火は彼の妹でも姉でも相棒でも無く、想い人になりたいのだ。

 

 緑谷は隣で瓦礫の隙間を覗き込みながらも息を詰めている。

 

「でもメリッサを探せって言われても困るね……。ロサンゼルスにいるんだっけ……?」

 

「少なくとも最後の目撃情報としてはそうだね。3日前の話だ」

 

「メリッサさん、非公式に懸賞金を懸けられるちょっと前から潜伏し始めたんでしょ? でも、メリッサさんの護送計画って言うぐらいだから、オールマイトやスターは彼女を見つけ出す算段があったんだよね? 彼らはどうやってメリッサさんを探し出すつもりだったんだろう?」

 

 ふむん、と、霊火は口元に指を当てた。

 それについては答えられる。確か計画書では……。

 

「八木さん本人がアメリカに行って、メディアを通してメリッサさんに出てきてほしいって呼びかける予定だったみたいだよ。彼の信頼性があれば彼女も隠れ家から出てくるだろうし。そして『スター』はその護衛。彼女はメリッサさんを横取りしようとしてくる悪党を排除する役割を任されてたみたい」

 

「なるほど。……僕たちも同じように、メリッサさんにメディアで呼びかけたらダメかな?」

 

「それはあまりオススメしないかな。多分、計画を立てたときと状況が違う。ほら、『スター』の警告を思い出して?」

 

 人差し指を立てる。

 

「『我が国の警察にも気取られないよう、隠密で』だよ? メディアで放送なんかしたら警察にバレちゃうじゃん」

 

「……もしかしてアメリカの権力側は、本当にメリッサさんを確保したいのかな?」

 

「結局私の予想通りになっちゃったね。いやあ、CIAにしてもFBIにしてもメリッサさんを確保することで特に利益があるとは思えないけれどなあ……」

 

 下手に警察サイドがメリッサを保護したら、敵連合にちょっかいを出されてロサンゼルスの二の舞になるのではないだろうか。

 そういう意味では彼女を雄英高校で保護するというのは理にかなっている。あの学校はセキュリティが滅茶苦茶頑丈なので要人を匿うにはうってつけだ。

 

 夜のロスは暗い。

 "鬼火"を複数取り出して明るさを確保しながら、『死因』の少女は呟く。

 

「最悪の場合、私たちがメリッサさんを保護したらアメリカの警察が公的な書類付きでメリッサさんの引き渡しを求めてくるかもしれないね……」

 

「う……。ち、因みにそれを断ることって……?」

 

「そんな事したら普通に犯罪者扱いだよ私たち」

 

 しかも重要人物の国際拉致犯扱いだ。国際問題クラスである。社会性をまとめて前世に置いてきた霊火はとにかく、緑谷とメリッサにそんな業は背負わせられない。

 猫耳フードのプロヒーローはうんざりした声でぼやいた。

 

「スターの『隠密で頼む』というのは、そのまま警察に見つからず彼女を連れ帰れという意味なんじゃない? いよいよやることが亡命の手引きに近くなってきたな……」

 

「やるべきことが高難易度過ぎるね……。敵を倒すのも誰かを護送するのも基礎的な事は雄英で習ったけれど、まさかヒーローの仕事なのに警察から隠れて行動しないといけないなんて……」

 

「警察やヒーローが信用できる国って世界的には本当に一握りだからね。中南米とかアフリカの方だと警察が犯人側と手を組んでいるなんて基本中の基本だし、『デク』も世界的なヒーローを目指しているなら経験を積んでおくのに越したことはないと思うよ」

 

 苦労して捕まえた敵の親玉が警察の手によって無罪になってあっさり解放されるなど、世界的には当たり前の光景だ。捕まえたヒーロー側が殺されるなんてことまであり得る。メキシコの麻薬カルテルとか。

 そういう意味では、『AFO』が捕まりキチンと収監されているという一点で日本の公権力は無条件に褒められていい。

 

 緑谷は深々と嘆息した。

 

「……警察嫌いの霊火さんが言うと説得力が違うね」

 

「普段散々ディスっといてなんだけど、日本の警察って優秀だからね。なんだかんだで市民の味方をしてくれているよ我が国の警察は。私には碌な事しないけれど」

 

 

―――――――――

 

▶ダウンタウン跡地

 

「『エンデヴァー』!!」

 

「……緑谷と殻木か!? お前らここに何しに来た!?」

 

「う、それがまたちょっと機密事項なんですけど……」

 

 ダウンタウン跡地でエンデヴァーを見つけたのはいいが、彼の周囲はカメラと観衆で埋め尽くされていた。

 なにしろ彼はロサンゼルスを救った大英雄だ。脚光を浴びるのは当然のことだろう。

 霊火はエンデヴァーに「ここでは話しづらい」と目で合図を送る。

 

 内密の話をしたいこちらの意図を汲み取ったエンデヴァーが親指で軽く上を指す。

 霊火と緑谷はすぐに飛び上がり、傾いた高層ビルの屋上に着地した。

 少し遅れてエンデヴァーも炎の噴射音とともにハイジャンプして隣に降り立つ。

 

 あっさりとマスコミと観衆を振り切った三人だが、早速階段の方からマスコミやらが駆け上げる音が聞こえる、

 あまり時間も無さそうなので、霊火は本題に入った。

 

「ヒーロー国際派遣制度でロスに指名されたんです。特に私の『呪い火』は“脳無”や“アンドロイド”に特効があるので、来日中だった『スターアンドストライプ』と共にアメリカの軍用機に乗って大急ぎで来ました。しかしちょっと出遅れましたね」

 

「まさかこんな学生まで駆り出すとは……いや、いい。たしか『デク』と……『フロイライン』だったな。他に俺に手伝えることがあるか?」

 

 霊火は声を潜めて言った。

 

「私たち、メリッサ・シールドの保護と護送任務も受けてるんです。エンデヴァーは彼女の居場所について何か情報を持っていませんか? 初っ端から結構手詰まりで……」

 

「!! メリッサ・シールドか。すまない、彼女についての直接の情報は持っていない。その計画も今初めて聞いたが……」

 

 霊火は軽く緑谷と視線を交わす。当然だ、メリッサの保護は極秘事項で知る人は極めて限られる。

 しかしエンデヴァーが続けた。

 

「……俺は、“アマリリス”からあるメッセージを受けて、アメリカに来ていた」

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 霊火は思わず素のトーンで聞き返す。

 隣の緑谷もハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、こちらの困惑はそれ以上だ。

 

 エンデヴァーは腕を組み、静かに説明する。

 

「先日、俺の事務所に一通の便箋が届いた。そこにはこう書かれていた。『明日サンフランシスコに行ったら、いいことがあるかもしれません。私の制作物がいますが壊してもらって構いません』と」

 

 ……知らない。

 ()()()()()()()()()。エンデヴァーに『アマリリス』を名乗って手紙を送った偽物がいる。

 

「なんだそれ……。え、サンフランシスコ? ここロサンゼルスですよ?」

 

「俺も分からん。当然、俺もいたずらの可能性も考えたが……どうにも胸騒ぎがしてな。念のため行ってみたがサンフランシスコでは何もなく、その代わりにロサンゼルスで事件が発生した」

 

 エンデヴァーは威厳たっぷりに腕を組み、ため息をついた。

 階段からの足音が大きくなってきている。内緒話はこれ以上できない。エンデヴァーは早口でこう伝えてくる。

 

「なんの手掛かりもないというのなら、サンフランシスコに行ってみるのも一つの手かもしれん。『アマリリス』とメリッサ・シールドに何の関係があるかは知らないがな」

 

――――――――

 

▶ロサンゼルス=サンフランシスコ間のハイウェイ

 

 霊火と相談した結果、メリッサを探しにサンフランシスコに行こうという話になった。しかし大規模テロの後は公共交通機関が止まる。

 直線距離五百キロ。緑谷や霊火なら自力での移動も可能だが、空を飛ぶことになるので否応なく目立ってしまう。

 

 そして、もしメリッサ・シールドが本当にサンフランシスコにいるのだとしたらそれはあまり良い展開ではない。何しろ皆が彼女をロサンゼルスにいると思っているのだ。

 ならば、メリッサ狩りの追っ手を勘違いさせたままの方が良い。サンフランシスコに行くことを悟られてはいけない。

 アメリカの警察が信頼できず、“メリッサ狩り”の悪党が跋扈している現状、とにもかくにも緑谷たちは目立つわけにはいかなかった。

 

 そんなわけで、個人所有のキャンピングカー。

 三十代ほどの裕福そうな黒人女性に声をかけて、運転付きの四千ドルで手に入れた移動手段だ。

 

 車の揺れに身を委ねながら、緑谷出久は隣に座る少女へ声をかけた。

 

「ねえ霊火さん」

 

「なに?」

 

「メリッサさん、本当にサンフランシスコにいると思う?」

 

「もう私にも分かんない……。どうだろうなあ……」

 

 少女は投げやりに頭を振ると、そのまま緑谷の肩にもたれかかった。

 女の子の甘い香り。次いで密着する柔らかな感覚に初心な少年は脳が焼けるような錯覚をする。

 

 殻木霊火は疲れた声で言う。

 

「『アマリリス』がエンデヴァーにメッセージを送ったってなんだよ……。もう私にもわけが分からないよ……」

 

「霊火さんでも?」

 

「私でも。うう……私バカだから何にも分かんないよ~……」

 

 彼女の高い体温が時間を経るごとにこちらへ浸透してくるので、緑谷出久は気が気でない。

 殻木霊火のボディタッチの多さは今に始まった話ではない。特に弱った時の甘え方は、健全な青少年には非常に毒だ。

 

 そして緑谷出久も、彼女がそういう接触をしてくるのが自分限定なのは理解してしまっている。

 同性相手でも接触を嫌う彼女の”特別”が何を意味しているのかまでは知らない。或いは知らないフリをしている。

 

 緑谷は理性を総動員して、ふにゃふにゃの霊火にこう提案した。

 

「霊火さん大丈夫? 疲れたよね、ちょっと横になった方が……」

 

「うう~……」

 

 とはいえ、ここまで弱った霊火を見るのは初めてだ。

 普段の彼女は正真正銘の天才で、どんな問いにもあっさり答えを出してくれる。

 しかし本日はいつもの名探偵の姿は在庫切れみたいだ。

 

「霊火さんが分からない問題なんて初めてじゃない?」

 

「私にも分かんないことぐらいあるよお……」

 

 ちょっと不満そうな声だった。

 

 霊火の体重がさらにこちらにかかる。

 甘ったるい声色はいつもの澄んだそれとは別種で、少年はドギマギする。

 上品な金色の髪から女の子の甘い匂いが漂うせいで、こちらの思考はさっぱりまとまる気配を見せない。

 

 本人も時々自虐するように、彼女は小柄で華奢だ。

 しかしいざ密着してみるとその身体はどこまでも柔らかい。

 身体の造りが男性である自分とは全く違う。まず圧倒的に薄く、そして脆い。

 

 異性という言葉を強く意識する。

 かなり上擦った声で、緑谷は訴えた。

 

「霊火さん、ちょっと離れて……」

 

「……………………………………………………うるさい」

 

 普通に拒否された。

 そして気づけば、彼女は膝の上に座っていた。

 どくどくと脈打つ心臓の音が布越しに伝わるほどの密着度。緑谷出久には刺激が強すぎる。

 

「……落ち着く」

 

 その言葉の割に、彼女から伝わる心音がやけに早い。

 声は震え、顔は真っ赤。向こうにも全く余裕がないのがありありと分かる。

 

 超至近距離で、目が合った。

 長いまつげが影を落とし、唇の端を舌でちろりと湿らせる。

 雪が積もってしまいそうなほど繊細な睫毛。ゾッとするほど可憐で、どこか寂しげな美しさを持つ少女。

 

 数時間にも感じられる一瞬の後、霊火は小さく息を吐いた。

 心のゲージがすっかり尽きたらしい隻眼の少女は、それでもいたずらっぽく笑う。

 

「………………まあこれぐらいにしておこうか。他の人の車だし、今はお仕事……だもんね?」

 

「そ、そうだね霊火さん。メリッサさんの事について話さないと……」

 

 華奢な少女は緑谷の膝からするりと離れ、シートに戻った。

 柔らかい体温が離れたことでまず安堵する。ほのかに感じる寂しさはきっと気のせいだ。

 

「サンフランシスコねえ……『アマリリス』の意図が読めないな。推理しようにも前提条件が一つか二つ抜けている気がするけれど……ちょっと一緒に考えてみようか」

 

「そ、そうだね!! そうしよう!!」

 

「……さて、もうこの際サンフランシスコにメリッサさんがいると仮定して話すけれど―――」

 

 ……緑谷出久は、霊火を信じていない。

 きっと彼女は最初から『OFA』継承者であるこちらに意図的に接近していて、何か目的があって仲良くしてくれている。

 そうとしか思えない。それでしか説明が出来ない。

 

 だが、発現した『危機感知』は霊火相手に反応しなかった。

 模擬戦で彼女に攻撃された時すら反応しないのだ。それを恥ずかしがった霊火がいくら力を込めようと、『危機感知』は沈黙していた。

 

 それはつまり、客観的にも殻木霊火は緑谷出久に、一切の悪意や敵意を抱いていないという事で……。

 

「……どうしたの出久くん? ぼーっとして、疲れてるなら一緒に寝る?」

 

「いや、大丈夫だよ霊火さん。続けてくれる?」

 

「……? 変なの?」

 

 そう言って、少女は月のように笑った。

 思わず緑谷も曖昧に笑い返してしまう。彼女と話すのは誰よりも楽しい。

 

 もっと話したい。もっと見つめたい。もっと触れ合いたい。

 一番大切な異性に抱くこの感情の名前はきっと友情なのだと、緑谷出久は自分に言い聞かせている。

 

 

 




普段から割と一生懸命アプローチしてるレイカチャン……



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