▶サンフランシスコ
カリフォルニア州の西海岸、太平洋とサンフランシスコ湾に挟まれた半島の先端にある都市。
地中海性気候で一年を通して比較的温暖だが、夏でも「霧」が頻繁に発生するのが特徴だ。
「や、やっと着いた……。凄い渋滞だったね霊火さん……」
「ロスからの脱出者たちに完全に巻き込まれちゃったね。霧も出ている事だし、リスクを取ってでも自力で飛んでくるべきだったかなあ……」
「まあメリッサさん狙いのハンターをぞろぞろ引き連れてここに来るよりは良かったと思うよ」
それもそうか。
霊火たちは懸賞金狙いではないが、ミッションの達成条件自体はメリッサ・シールドの確保だ。メリッサ狩りと完全に競合する。
今回のミッションはただでさえ全体的に高難易度なのだ。ライバルに余計な情報を与えたくない。
そしていよいよ街に踏み出して本格的な捜索に入る前に、少年に一つ警告をしておく。
「アメリカはすぐに銃が顔を出してくるから要警戒ね。『OFA』で耐久性もブーストされている貴方はとにかく、私やメリッサさんは当たれば普通に死ぬからカバーもお願い。特にメリッサさんは銃声を聞いて遮蔽に隠れる事すらままならないだろうから」
「霊火さんはなんだかんだ銃弾を真正面から素で避けられるもんね」
「当たれば即死だからこっちも守ってほしいんだけどなあ……?」
霊火がお姫様扱いしてもらえない理由がこの会話に詰まっていた。眠れる古典のプリンセスとしては戦闘力が高すぎるのだ。もちろん危ない時には守ってくれるのだが、信頼されているというのも善し悪しである。
少年は拳を握りしめ気合を入れる。
「大丈夫、霊火さんの訓練のおかげで銃撃戦への対処法は理解できてるよ!!」
「……”個性”を乗せた特殊な銃撃戦にも注意してね。遠距離戦で私に有利をとれる奴なんてそうそういないと思うけれど、この銃大国で銃撃戦やるような奴らは私の『曲がる弾丸』どころじゃないバリエーションを持ってたりするからさ」
「霊火さんがなんであんなに銃火器の扱いがうまいのかは本当に不思議に思ってるんだけど……」
本職の敵はゴホンと咳払いした。
霊火は銃が得意だ。雄英高校のヒーロー基礎学での銃火器訓練でスナイプ先生に仰天された程度には。
自分の弾丸に”鬼火”を当てて軌道を捻じ曲げて障害物裏に射線を通す小技を持っていたり、”個性”であらゆる遮蔽を排除できたりと、銃の相性は何かといい。
しかしここは早めに話題を切り替えよう。
「ねえ、出久くん」
「どうしたの?」
「メリッサさん、ぶっちゃけどれぐらい戦えると思う」
「拳だけで喧嘩しても普通に霊火さんが勝ちそう」
「それは人類として許されていい弱さなのかな?」
"ユーザー"生存率20%未満。過酷かつ不測の事態を極めた『ピースキーパー』の生き残り。
全身が殺傷力で構成された極限の暴力マシン二体と違い、メリッサはレベル1の
彼女に関しては無個性云々というより、精神性そのものが絶望的に戦いに向いていない。人種としては緑谷引子に近いだろう。
「なんかアレだよね。ゲームとかであるじゃん、滅茶苦茶弱い仲間をパーティメンバーに強制的に入れられて、そいつがやられたらゲームオーバーみたいな……」
「ああ……まあ霊火さんの言いたいことは分かるけど……」
「AIがあまり賢くなくてなぜか敵陣に突っ込んだりとか、プレイヤーが必死に回復させたり敵のターゲットを自分に向けたりしないといけなかったりとか」
「霊火さんって意外とゲームやってるよね」
メリッサはおバカなNPCと違って勝手に敵に突っ込んでいったりはしないだろうが、そもそも敵がメリッサ狙いなのが問題だ。
緑谷はとにかく霊火は防御面に深刻な不安を抱えているので護衛という行為自体にあまり自信がない。
少年は軽く天を仰いだ。
「でもメリッサさんを無事見つけたらの話だね。ここからどうしようか?」
「とりあえず歩き回ってみようよ。ゴールデンゲートブリッジとか見に行きたい」
「……霊火さんちょっと遊びたがってない?」
「失礼な。人探しの基本はとりあえず歩き回ることだよ。メリッサさんもこの都市で誰の目にも触れていないってことはないはず。住民の噂話に耳を傾けながら街中を一周するのは無駄じゃないと思うよ」
――――――――
▶パウエル・ハイド線
サンフランシスコ名物のケーブルカー。
市内を走る歴史的な路面電車だ。街のシンボルとして観光客に人気、急な坂を上り下りする姿はサンフランシスコならではの光景と言える。
目立たないよう私服姿の霊火たちは現地の人に聞き取られにくい日本語で会話を交わす。
「
「霊火さんの情報収集力が高すぎない……? なんで海外の街で裏街道の情報屋さんみたいなのを見つけられるの……?」
霊火が裏街道の情報屋さんだからだ。同業だから何処に潜んでいるかは分かる。
「しかしまあ、こうなると『アマリリス』が、どうやって潜伏を続けるメリッサさんを見つけたのかが気になるな」
霊火が『アマリリス』の顔でも『検死官』の顔でも見つけられなかった人物をこの広いアメリカで見つけるなど並大抵の情報力では無い。
緑谷は少し首をひねり、彼なりの意見を述べる。
「“個性”を使う機械を作れる人なんでしょ? 『透視』とか『人探し』の“個性”を持つアンドロイドを作って、メリッサさんを見つけるなんて簡単だったんじゃ……」
「……普通にあり得る……か」
かなり自然で論理の通った仮説だが、霊火の意見は少し違った。
「それか、I・アイランドの頃からこの展開を見越して最初からメリッサ・シールドを追跡していたのかもね。小型ドローンを張り付かせたり何らかのチップを埋め込んだりとか……」
「確かにそっちの可能性も……」
「『アマリリス』は明らかにメリッサ・シールドに固執している。ロサンゼルスでの目撃証言は『アマリリス』が流した、彼女を守るための囮情報だったのかもね」
しかしロサンゼルスでの目撃情報が全て嘘なら、それは信じられないほどの技術力や情報力だ。霊火も全く見抜けなかった。
つまりエンデヴァーに手紙を送った『アマリリス』は、霊火や敵連合、メリッサを狙う悪党、さらにはアメリカ政府を纏めて偽情報で操った事になる。
そして緑谷は彼なりに、興味深い視点で物事を見る。
「なんというか……変だよね?」
「何が?」
「日本にいたころの『アマリリス』は神野の隕石とか『風香』の殺戮とか、完全に極悪な敵って感じだった。けれどアメリカでは救助活動してたりエンデヴァーを呼んだりと……なんか色々噛み合わないような……」
「あー……。まあそうだね。言われてみればではある」
「そしてあのテロはメリッサさんの立場をテロリストの娘として完全に壊した。メリッサさんを苦しめたのは『アマリリス』なんだ。だけど最近の『アマリリス』は……」
「メリッサさん関係だけ行動が“デヴィット博士”すぎるね。どこからどう見ても娘を守る父親そのものだけれど……」
「っ!! だけどデヴィット博士はどんな事があっても神野に隕石を落としたりしない……!!」
「もしかして本当に別人なのかもね。私は『アマリリス』複数人数のグループ仮説を推したいけれど」
「……グループ? 前もそんな事言ってたような……『アマリリス』は複数の優れた研究者が集まった敵グループってこと?」
「この仮説なら『彼ら』の行動に一貫性が無いことが綺麗に説明できる。もしかしたらあっちも一枚岩じゃないのかもしれないな。いやまあ個人の『アマリリス』が情緒不安定って説も捨てるのは早いと思うけれど……」
霊火は表面上適当に話を合わせながら、心の中で密かに思案する。
実際のところ、『アマリリス』はたった一人の研究者だ。協力者と呼べるのは『ドクター』くらいでそれ以外にはいない。
(『アマリリス』と『脳無の製作者』が親子なんだもんなあ……。どんな極悪家族なんだよって話だけれど……)
日本とアメリカで『アマリリス』の活動方針が違って見えるのは、全て霊火自身の事情で説明できる。
ギガントマキア襲来以降日本での『アマリリス』があれほど残虐だったのは、あの時は霊火自身の命が危機に瀕していたからだ。あの時期は霊火の"傲慢で後先考えない"面が強く出ていた。
一方で、アメリカでの出来事には霊火自身への直接的な危険が少ない。こちらも余裕をもって動ける。だから自然と霊火の“優しくて甘い”ペルソナが表に出る。
どちらかが本性でどちらかが仮面という話ではない。どちらも本性でどちらも仮面だ。
(しかしまあ……面倒だな偽物の『アマリリス』)
情報自体の偽装。ばら撒く嘘。
手口が極めて霊火に似ている。明らかに自分と同じ思考回路の持ち主だ。
もはや確定していいだろう。
もう一人いる殻木霊火が、『アマリリス』を騙っている。
戻橋火燐のレプリカントである殻木霊火の、更に模造。密かに危惧していたパターンが本当に来てしまった。
今のところ、仮称『妹』について知っている事は3つ。
①敵連合から逃げ出した八百万百に接触し、霊火を騙って彼女を雄英高校に送り届けた。容姿が幼いという報告あり。
②メリッサ・シールドを何らかの手段を使って追跡し、偽の証拠をばら撒いて彼女の身を守った。
③エンデヴァーに手紙を送りアメリカに誘導。ハイエンド脳無と霊火製のアンドロイドを破壊させた。
(………何がしたいのかさっぱり分からない。どちらかと言うと善性寄りに見えるけれど、『ドクター』が今更そんなのを作るかな……?)
『ドクター』製作の割には敵連合に利する行為を全くしていないのも相当気になる。
困った『妹』の立場は一体どのような物なのだろうか。協力でも出来たらとても頼もしいのだが……。
「どうしたの霊火さん?」
「ううん。ちょっと考え事」
頭を振って考えを振り払う。
『妹』は極めて深刻な問題ではあるが、具体的な対策法が思い浮かばないのも事実だ。
やや善性寄りの行動を加味したらある程度までは放置してもいいだろう。今はメリッサ・シールドを優先したい。
霊火は神経質に自分の爪を見ると、大雑把に方針を立てる。
「……ここは教会から当たってみよう」
「教会? キリスト教とかの?」
「彼らは別に日曜日の礼拝だけがお仕事ってわけじゃないの。あの手の宗教施設は伝統的に公権力から弱者を守るシェルターとしての役割を担う事が多くて、アメリカでは家出少女の定番逃げ込み先でもある」
日本で言うなら駆け込み寺だ。
特にサンフランシスコの教会は伝統的に警察や政府当局とは一線を画すリベラルな活動で知られていて、公権力から追われている人間を匿うことに思想的なためらいがない。
霊火の言葉を受けた緑谷はスマホを取り出し地図アプリで教会を検索し、一目見て難しい顔をした。
「でも霊火さん、教会って言ってもたくさんあるよ? 何処から訪ねてみる?」
「まずはテンダーロイン地区かなあ」
「……どういう場所? なんでそんなに微妙な顔してるの?」
「弱者支援を行う有名な教会が複数ある場所なのよ。だけどそれ目当てのホームレスで治安が死ぬほど悪いんだよなここ……」
―――――――――
▶テンダーロイン地区
『―――No, no such woman has come.』
『I saw that woman!!! Wandering down that street...』
『Even if they had come, I couldn't tell you――』
『What purpose do you have in asking that?』
『I cannot tell you. In the name of God――――』
「ふうん……」
金持ちの街サンフランシスコの中で切り取られた異世界のように取り残された一角。
通りにはホームレスが毛布にくるまり、路上には注射器のキャップが転がる。電線の切れ端が垂れ下がり、壁には剥がれかけたポスターと新しいグラフィティが層を成す危険地帯。
隻眼の少女は手にした小型の端末を見下ろしていた。
古の折りたたみ式の携帯端末のようなフォルムだ。録音された音声と共に、小さな液晶画面に赤と緑の英文が次々と表示される。
少年の方は周囲を不安げに見回しながら少し落ち込んだ声を出す。
「……神父さん、みんなあまり協力的じゃなかったね」
「神父にしても牧師にしても、向こうから見たら私たちも賞金稼ぎや公権力と見分けがつかないからね」
「ああなるほど。僕たちが賞金狙いにしか見えないのか……」
「でもこの地区には居そうなんだよなあ……」
緑谷が目を丸くするので、霊火はボイスレコーダーを軽く振って説明する。
「このボイスレコーダーは『嘘発見器』なの。声の震えやテンションから言葉の真偽を判定……出来なくもない。ほら『私は雄英高校ヒーロー科だ』『私は人の善意を信じている』って感じ」
「霊火さんは人の善意を信じてね?」
「うるさいなあ……。まあ自作のオモチャだからあんまり信用は出来ないけれどね」
因みにこのレコーダー、普通に"個性"機械だ。
搭載されているのはそのまま『
元の”個性”は『他人に触れている間、相手の発言の真偽を判定できる』モノだったが、コレは音声だけで感知できるよう調整した。その代償として精度が20%ほど低下してしまったが……。
「そして神父牧師シスターホームレス薬の売人、玉石混合の無数の噂話を統合すると、『教会に匿われてるというよりか上手に変装してホームレスに紛れてる』ように見えるね……」
「すごいや霊火さん!! じゃあ後はメリッサさんを探すだけだ!!」
「……けれどおかしいね。"あの"メリッサさんでしょ? 教会内部に篭もるならまあ分かる。だけど変装して放浪生活? メリッサさんにはハードル高くない? とてもじゃないけどホームレス社会特有のお作法に詳しいようには思えないけれどな……」
疑わしげに首を傾げた。
ここはホームレスコミュニティ特有の搾取と暴力が最も集中しているエリアだ。若く脆弱な無”個性”家出少女は捕食者たちの最も簡単なターゲットになってしまう。メリッサ・シールドなど衣服とかを全て剥ぎ取られて一瞬で正体が露見しそうなものだが……。
「……霊火さん!!」
「何!?」
霊火はビクリと顔を上げた。
夕暮れの光が建物の影に飲み込まれ、通りは薄紫の闇に沈む。ゴミ袋を漁るカラスの鳴き声がここではやけに遠い。
誰にとっても等しい夜が来た。
そして霊火たちが立つ路地の奥。
古びたレンガ壁の隙間から一人の老婆が姿を現した。
ボロボロのコートに毛糸の帽子。
白髪交じりの縮れ毛が飛び出て、足取りはおぼつかない。
杖を突く音が路地に響く。
それは真っすぐこちらに向かって来た。
霊火は淡く爪先に"鬼火"を灯しながら囁き声で聞く。
「(『危機感知は?』)」
「(反応……してない)」
「(なら普通の物乞いか?)」
老婆は数メートル手前で立ち止まった。
彼女は震える手で帽子を外す。
白髪はウィッグだった。帽子ごとずらしたそれの下から美しい金髪が覗く。
霊火の赤い片目が見開かれた。
極端な猫背と季節外れの厚着で分からなかったが、その顔立ちは変装の皺メイクの奥から透けて見えるほど若々しい。
その青い瞳、頬のライン。
緑谷出久は呆然と呟く。
「……メリッサ、さん……?」
その名を呼んだ瞬間、彼女は小さく息を呑み顔を上げた。
一瞬の間。彼女の大きな瞳から溢れるように涙がこぼれる。
「れい……かちゃん……? いずくくん……?」
緑谷がすぐ前に出た。
躊躇いなく倒れかけた彼女の身体を抱き抱える。
青い瞳の彼女の耳元で、彼はハッキリした声で言う。
「もう大丈夫です!! 僕たちはオールマイトに頼まれてメリッサさんを迎えに来ました。あなたは僕たちやオールマイトがいる雄英高校で保護されます!! 安心して下さい、もう大丈夫です!!」
緑髪の少年に抱き抱えられて、彼女は嗚咽を押し殺すように両手で顔を覆い何度も頷く。
おそらく、極度の緊張の緩和で動けなくなっているのだ。
一瞬遅れて再起動した霊火は慌てて周りを見回し目撃者が無いことを確認すると、先ほどから目を付けていたシャッターの降りた建物の勝手口に指先を向ける。
バシュッ!! と。
自転車の空気が抜けるような音と共に鉄製の錆びたドアノブを丸ごと焼き切る。
錆びついた落書きだらけのドアを開け、素早く緑谷を誘導。
3人纏めて廃墟の中に転がり込み、ドアを閉める。ぱちんと指先を擦り合わせ、壊したドアはドア枠に癒着させた。
霊火と緑谷は顔を見合わせて深々と息をついた。
そのまま小声で早口の会話を始める。
「よ、良かった……!! メリッサさんが見つかって良かった……!!」
「私も本当に安心したよ……。メリッサさんもここまで良く頑張ったね……」
正直、もう死んでいると思っていた。
しかしまだ全く油断は出来ない。何しろこの疑似亡命はむしろここからが難関なのだ。
実は、先ほどの遭遇の仕方がかなり悪かった。もう少し準備してからコンタクトを取りたかったのだが、今更言ってもしょうがない。
「(残念なことにあの路地には監視カメラがあった。もうゆっくりしてられない!! 警察も悪党もメリッサさんの居場所を嗅ぎ取ってくるし、私たちがアメリカに来た裏の目的、つまりメリッサさんの救出についても勘付いたはず!!)」
「(ここから先は時間勝負だね……!!)」
次の目的地はトラビス空軍基地。
フェアフィールド 、つまりサンフランシスコから北東に約80kmに位置するベイエリアで最大の現役基地だ。
アメリカ西海岸における最も重要な戦略的空輸ハブの一つで、そこに『スターアンドストライプ』が配備してくれた軍用輸送機が一台、パイロットと共にスタンバイしている。これに乗って日本に逃げ込むのが目標だ。
このミッションの失敗条件は複数。
敵に倒されたりメリッサを攫われたりなどの当たり前の条件以外に、『警察や諜報組織といったアメリカの公権力に追いつかれ、メリッサの引き渡しを求められる』というのもアウトになる。
霊火たちは公的な日本のヒーローの為、これをされるとメリッサを引き渡すしかなくなるのだ。
まあヒーロー免許剥奪覚悟で丸ごと迎撃してしまってもいいが、予後が悪すぎるので避けたい展開だ。
そして時間は待ってくれない。
遠方からパトカーのサイレン音が聞こえてきた。最悪から4番目ぐらいの展開だ。
霊火は大きな舌打ちをし、緑谷は珍しい苛立ち顔を見せる。抱きかかえられている護衛対象はサイレンの音にビクリと身体を震わせた。
強行突破しかない。少女は極めて不機嫌に唸る。
「甘く見るなよアメリカ……私に喧嘩を売ったことを死ぬほど後悔させてやる……」
”個性”『死因』。
右手を使って瓶を閉ざすようなジェスチャーを行う。
エッセンスは『遭難死』。
窓の外が完全な霧に閉ざされる。殺傷力が無い代わりに範囲は半径20キロメートルの超範囲。
「おーけー行こうか二人とも。まずは皆で計画通りに件の部屋へ」
「プランNだね。頑張ろう」
とりあえず公権力の追跡状態を振り切りたい。
この場合、霊火たちの機動力にモノを言わせて空軍基地に一直線というのはあまりいい作戦とは言えない。
緑谷と霊火二人ならそれでも良いのだが、メリッサを連れてそれをするのはかなり危険だ。緑谷がメリッサの防御と運搬に力を割かないと行けない以上、警察や悪党、そしてアメリカのプロヒーローの排除や撹乱を全て霊火が対応しないと行けない。
ぶっちゃけ霊火の戦力的には出来なくもないが、この方法だと緑谷と纏めて指名手配されてしまう。もうちょっとスマートに出し抜きたい所だ。
――――――――
▶高級ホテル
サンフランシスコに林立する高層ビルの最上階。
嵌殺しの強化ガラスをぶち破り、箒に乗った魔法少女と緑色のプロヒーロー、そして金髪碧眼のお姫様がフロアに降り立つ。
ホテルのスイートルーム。この展開のために霊火が偽名で取った即席の隠れ家だ。
救出直後のショック状態から少しずつ回復してきたようで、彼女は小さな声でこう言った。
「凄い……。逃亡中にニュースもちょっとは見ていたけど、出久くんも霊火ちゃんもとっくにプロヒーローなんだよね……?」
「まあ経緯はかなり変則的にでしたけどね。お互い大変だったようで……」
右目と左腕が欠損している少女は肩を竦めた。
霊火自身も、外から見た悲劇具合としてはメリッサ・シールドとどっこいどっこいだ。
「まあつもる話は後で。出久くんは大雑把に目標と作戦をメリッサさんに説明しておいて、私はオールマイトに連絡をする」
「分かった。どれぐらい猶予があると思う?」
「5分ぐらいかな。少し余裕はあると思うよ」
なんともありがたいことに連中はヘリコプターを飛ばしていない。
霊火の“個性”を相手に、墜落=即死の空飛ぶ乗り物を動員したくはないのだろう。霊火の感覚からすればパトカーだって交通事故でほぼ即死を取れるので大差ない気もするが、そこは理屈より落下の恐怖が勝ったらしい。
霊火は自身のスマホからスターにメッセージで一報を入れ、そのまま八木の電話番号を打ち込む。
すぐに出た。
『殻木少女!!!』
「メリッサさんを保護しましたが状況は悪いです。何とか雄英高校まで逃げ切るつもりですので、その後の政治的なあれこれの準備をしておいて下さい」
『素晴らしい!!! 了解だ……了解だが……』
語尾が曇った。
不審に眉を顰める霊火は、通話口の向こうから複数人のざわめきがある事に気が付く。電話越しでも分かるほど向こう側は混乱しているらしい。
「あ、あれ? オールマイト、そちらで何かあったんですか?」
『……いや、すまない。少し、今、こちらでも――』
途切れた声。ざらつく雑音。
背後で『誰かリカバリーガールを!! 諦めるな!!!』というブラド先生の叫びが一瞬だけ聞こえた。
「え、誰か倒れました?」
沈黙。
ほんの二秒。強烈な悪寒が背筋を這い上がる
『……
「え?」
『急に心臓が止まった。つい5分前の事だ。皆で救命行為もしているが……さっきまで普通に話していたのに……!!』
(……”オリジナル”と”複製物”どっちだ!?!?)
受話器の向こうで、誰かが泣いているのが聞こえる。
そしてすぐに答え合わせが来た。
『――ちょっと待てッ!? 消えていく!? 八百万少女が……!』
「ちょ、私の方は私の方で佳境なんですけどなんでそっちでそんな事が起きているんです!?!?」
少なくとも『二倍』の複製物の方ではあるらしい。心の中で胸をなでおろす。
敵連合にトゥワイスが所属している事は八百万百(オリジナル)の証言で割れているため、彼らも混乱状態を脱すれば死体の融解現象の正体には気が付くだろう。
それにしても『二倍』の生成物、心筋梗塞で死ぬと死ぬまで形が崩れないらしい。骨折とかとは耐久性の計算式が違うのだろうか。
『溶けてる!? 何だこれは!? 肉がまるで泥みたいに――!』
しかし、だ。
霊火は別のことが気になっていた。
『すまない殻木少女、聞こえるか!? 悪いが今はそっちに集中してくれ!!』
「分かりました!! 逃亡に入るため電話の電源も切ります!!」
まあ、『偽の八百万百が心臓発作を起こして死亡する』可能性もゼロではないだろう。
しかし、この事件にはもう一つの仮説がある。
(……まさか『血栓』? これ、
霊火の発明品『血栓』。
とある化学物質とナノマシンを霊火特製のラジコンで埋め込む遠隔攻撃。
設定されたタイムラグで発動し、自然死そのものな心不全で対象を死に至らしめる、必殺にして無痛にして不可視の弾丸。
八百万百が自然死する可能性より、こちらが使われた可能性が圧倒的に高いだろう。
そして犯人が自分自身ではない以上、殺人犯は間違いなく『妹』だ。霊火がアメリカに行って雄英のガードが途切れたタイミングで雄英校舎内の偽八百万百の暗殺を実行したとしか考えられない。
そもそも『妹』は、敵連合からの逃亡をしていた八百万百の前に現れて彼女を導いている。
オリジナルの方のヤオモモに肩入れしているのは確かだ。だが、何のために?
(…………まさか『風香』が急にヤオモモを助けたの、AIの反乱とかじゃなかった? もしかして『妹』のジャミングでも入っていたのか……!?!? ヤオモモを助けるために!?!?!?)
ならば霊火が敵連合と敵対したあの出来事自体に、何者かの作為が入っていたことになる。
マズい。
『霊火の偽物』を甘く見ていた。相手は同じ殻木霊火なのだ。
頭脳戦でこちらを上回ってくるのなんて当たり前。コイントスの表と裏で生死が決まる極限の戦いは既に始まっている。
そしてどこからどこまでが『妹』の仕業で、どこからが単なる確率や自然現象なのかが全く分からない。
被害範囲を想定出来ない。そもそも『妹』は何が目的なんだ!?!?
「これでいいかな? メリッサさん、必ず君は助け出す。一緒に頑張ろう!!」
「分かった……あなたたちを信じるわ。それに私のパパをテロリスト扱いなんてさせないわ!! 『アマリリス』は完全な別人よ!! それを証明するまで捕まるわけにはいかない!!!」
同じ部屋の二人の会話が遠くに聞こえる。
霊火は完全な手癖でノロノロと折り畳み式端末を取り出し、こちらの電源も切ろうとする。
ふと見た画面には、リアルタイムでこう表示されていた。
『私、パパの娘だもの!!!!!』
霊火の右手で凶悪な閃光が煌めいた。
乾燥パスタよりも細い熱線を金髪碧眼の美少女を狙って発射する。しかしそれは彼女の豊かな胸元のすぐ横を抜けていった。
狙いが甘いのではない。メリッサ・シールドがどこからか取り出したナイフを鋭く投擲し、それを回避するために霊火の体幹がブレたからだ。
「っっ!?!?!?」
擦過音。
二本目のナイフを死ぬ気で首を振って回避する殻木霊火だが、首筋に冷たい痛みが走る。
左手の中の『嘘発見器』がナイフに貫かれ真っ二つになった。最初からそっちを狙っていたのかもしれない。
極度に混乱した様子の緑谷が叫ぶ。
「な―――」
「違う!!! メリッサさんじゃない!!!」
霊火は叫び返す。続けて閃光と投げナイフの応酬が数発。
性質と属性を次々に組み変えた複雑な遠隔攻撃を易々と回避する金髪碧眼は、口角を吊り上げて狂気的に嗤った。
こいつはまともな人間ではない。
そもそも殻木霊火の最も得意とする中距離かつ緑谷出久の近距離に立つ精神性がおかしい。
誰が見ても分かる自殺行為にも関わらず、この女は実際に生き延びるスペックを保持している。
……想定しておくべきだったのだ。
メリッサ・シールドを狙っていたのは賞金稼ぎの悪党、公権力、霊火と緑谷だけではない。
裏切り者のデヴィット博士に報復するため、その愛娘を付け狙う特級の悪党が残っていた。
周回遅れの霊火は、絶望的な答え合わせを完成させる。
「『変身』……トガか!?!?」
「……すごいねえ……カッコいいねえヒーロー」
メリッサ・シールドの表面がどろりと溶け落ちた。
感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております