▶サンフランシスコ
メリッサの捜索時はとにかく目立ちたくなかったため、霊火はヒーローコスチュームではなく私服姿だった。
現地で買ったベレー帽にAラインのワンピースは緑谷の好みそうな清楚系でもある。実際に彼の反応は相当良かった。
そして意識して作り上げたフェミニンな可愛らしさの全てが台無しになるレベルで危険な目をした殻木霊火は、義腕の左腕で自作のサポートアイテム『プリムローズ』を構えた。
舌打ちを一つ。
対峙するのは裸の女。
鋭い犬歯に腫れぼったい目元。病的な気配をまといつつも相応の美しさはある外見。
しかしこのクラスの猟奇殺人鬼ともなればもはや人間離れした気配すら感じる。圧倒的な”異物”の雰囲気だ。
社会に仇なす者を悪と定義するならば、生まれながら極悪人という言葉がここまで似合う人もいない。そういう猟奇殺人鬼。
一連の戦闘でぐちゃぐちゃになったスイートルームで殻木霊火は眉を顰めた。
「殺人鬼な上に露出狂とかいよいよ救いようが無いけれど」
「別に好きでしているわけじゃないです。私も裸は恥ずかしい」
音もなく投げられたナイフを『プリムローズ』で弾き飛ばしながら霊火は歯噛みした。
状況は最悪の一言だ。
保護したはずのメリッサが実はトガヒミコだった。
それだけでも十分致命的だが、気になるのは『変身』の発動条件だ。メリッサに化けたということは、すなわちトガはメリッサの血を摂取しているということでもある。
つまり敵連合はすでにメリッサを確保していると考えるべきだろう。
(………メリッサさんの生死確認だけしたらさっさと帰るか)
霊火は頭の中でこっそり方針を決めた。
"杖"モードのサポートアイテムをくるりと回転させながら、潔癖症の研究者は吸血衝動の女子高生に苦言を呈する。
「あれ、自分の裸体に自信ある人じゃないんだ。まあそりゃそうか、乳の位置が低くてバランス悪いもんね」
「え、つるペタのまな板が寝言言ってます。生理来てなさそう」
極めて真剣な場面ではあるが緑谷は勢い良く咳込んだ。
思わぬ反撃でちょっとダメージを受けた霊火だが、トガはトガでショックを受けたように腕で胸元を隠しているのでこちらの悪口も効いている。もう一押しだ。
引き攣りそうな笑みを気合で抑え込み、霊火は甘い声でこう言った。
「ふふ、下着付けないで跳ね回るせいで靭帯伸びてんじゃないの? その年で垂れ乳とかダッサ(笑)」
「胸どころか片腕と右眼もないヒトに説教されてます。そんな壊れた人形みたいな見た目だから何時まで経っても友達止まり!! あ、でも捨てたら呪われそうで怖いですよね出久くん(笑)」
「よし出久くん、コイツ殺そう」
「ええっ!?!?!?」
――――――――
メリッサ・シールドの身柄を巡る各勢力の動きについて霊火の所見
1. 緑谷・霊火ペア
目的: メリッサ・シールドの身柄を確保し、日本へ脱出したい。
協力者: 『オールマイト』と『スターアンドストライプ』。
脱出経路: トラビス空軍基地を経由することで合法的な手段での脱出が可能。
コメント:亡命を手引きする工作員か何かかな?
2. 米国政府機関(FBI・CIA・プロヒーロー・サンフランシスコ市警)
目的: 『アマリリス』対策の重要参考人、メリッサ・シールドの身柄確保を最優先にしてる……らしい。
現状: テロへの脅威認識が極度に高まっている。交渉の余地は無さそう。『スターアンドストライプ』への圧力も継続中。
コメント:対応力は低め。お役所仕事の宿命。
3. 米国内の複数の敵団体
目的: 『アマリリス』への交渉材料として、メリッサ・シールドの確保を画策。
動向: 対象に超高額の賞金を懸けている。それぞれの団体が敵対関係にあったりするため複雑だが、上位3つの賞金額の平均は3000万ドル規模。
コメント:今考えるとこっちを直接潰すべきだったかな……
4. 無法者及び一般市民
目的: 上記の懸賞金獲得。
動向: 一攫千金を狙う雑多な勢力がカリフォルニア州に集結している。
構成: 一般市民から職業的な敵まで多岐にわたる。銃器が蔓延する国情により、末端の者であっても危険度は比較的高い。
コメント:宝探しとしては中々面白そうだけれども。
5. 敵連合
目的: 組織の裏切者『アマリリス』への報復。その手段として、デヴィット・シールドの一人娘であるメリッサ・シールドを標的とする。
動向:既にメリッサ・シールドの確保に成功している。
詳細: その最終目的が殺害であるか、あるいは誘拐であるかは不明。勧誘もあるかもしれない。
コメント:誰か黒霧を捕まえてくれ。私には無理だ。
6.『妹』
目的: 不明、しかしオリジナルの八百万百やメリッサ・シールドに強く固執しているような傾向がある。
動向: 手紙で『アマリリス』を名乗ることによりサンフランシスコにエンデヴァーを誘導したり雄英内にて『二倍』の八百万を暗殺したりと色々。
コメント:未知数。だけどやることがチグハグすぎて逆に違和感が……?
――――――――
▶サンフランシスコ
『変身』それ自体は決して戦闘向きの能力ではない。
無”個性”状態の割にはよくやったが、トガといえど緑谷と霊火を同時に相手にするのは無理がある。
トガが緑谷の拳圧によろめいたその瞬間に、霊火の爪先から放たれた凶悪な紫電がそのまま心臓を貫いた。
バチィッ――! と耳を裂くような音が響き、トガの身体が弓なりに跳ね上がる。
そして問題は見た目のダメージではない。
”個性”『死因』の対物ルールによる判別法。つまり―――
「よし!! 壊れないなら『二倍』じゃない!!!」
「え!?!?」
状況は最悪だが、その中の幸運をギリギリ掴み取った。
目の前のトガは『二倍』の複製物ではない。
仮にこれが複製なら本格的に打つ手が無かったが、彼女の性格を考えれば非効率でも現場に本人が出てくるとも思っていた。
霊火は会心の笑みを浮かべたが、緑谷はついていけていない。当然、目を白黒させていたが説明している暇はない。
感電して地面に倒れ込むトガの肩が細かく震え、両手が何かを掴むように宙を掻く。
霊火は一歩踏み出してトガの手首をローファーで勢いよく踏み抜く。
骨の砕ける音が響いた。女性の鋭い悲鳴をBGMに霊火は屈み込み、滑らかな背中をそっと撫でる。
緑谷が大慌てで霊火をトガから引き離した。
「やり過ぎだよ霊火さん!! 電撃もちゃんと手加減してるよね!?!?」
「全然手加減してるよ。出久くんは私を何だと思っているんだ……」
「これで手加減してるんだって思ってる!!」
「うるさいうるさい。いいから警戒して、すぐに『黒霧』が回収に来る!!」
緑谷が慌てて全身に気合を入れ直した。
そして霊火の予言通りに、痙攣を繰り返しながら床を転がるトガの真下で黒い霧が渦を巻いた。
床の上に大きな円を描くように広がっていく『ワープゲート』がトガをあっさりと呑み込む。
霊火は無造作に右手を向けた。
「『トランジスタ』」
大雑把な面攻撃。
十字の光芒と共に放たれた光弾はワープゲートに吸い込まれ”向こう側”で大爆発を起こした。
勢いよくゲートに飛び込もうとする緑谷の服を掴んで無理矢理静止しながら、霊火は次々と爆発系の遠隔攻撃を叩き込んでいく。
緑谷は振り返って叫ぶ。
「なんで止めるの!?!? 敵連合を捕まえなきゃ!!!」
「原子炉の中とかに繋げられてないといいけどね」
沸騰していた緑谷が一発で黙り込んだ。
これは黒霧がよく使う手口だ。ワープゲートで逃げる相手を追って何も考えずに飛び込めば、先ほどまでとはまったく別の場所に繋げられているという罠。これにやられた人を何度見たか分からない。
そう話しているうちにゲートは閉じてしまう。
霊火は軽く息をつき周囲を見回した。
ホテル最上階スイートは滅茶苦茶だ。高級家具は粉々に砕けシャンデリアは床に落ちて無残に散乱している。壁一面には爆発の焦げ跡。
当然ながらホテル全体で警報が鳴り響いている。ここまで大騒ぎしたのだから当たり前だ。
緑谷が声を上げる。
「メリッサさんは!?!?」
「まあそれについては後で。よいしょっと」
「霊火さん!?!?」
指鳴らし一つで高層ビルの窓ガラスを消し飛ばし、箒モードに切り替えた『プリムローズ』に腰かけて屋外に出る。
ホテルの最上階から屋上に移動する霊火を追いかけて、緑谷も深夜のヘリポートに降り立つ。
直後、真下の階でドォン! と鈍い爆発音が響いた。金属製の扉を専門の機材でぶち破ったのだろう。ヘリポートの床が一瞬だけ揺れる。
遅れてガラスの割れる音と男の怒号が立ち上った。
「FBI!!! HANDS UP! GET DOWN ON THE GROUND!!! (FBIだ!!! 手を挙げて地面に伏せろ!!!)」
金属靴の足音が連続して響く。銃器の安全装置を外す乾いた音、通信機のノイズ、廊下を走る気配。
ホテルの内部は一瞬で制圧戦の音に塗り潰された。
人差し指を唇に当てて静寂を要求する少女は、愛らしくウィンクして囁いた。
「ギリギリだったね」
「な、なんでFBIが……」
「メリッサさんを確保するためでしょ。彼らはテンダーロインの監視カメラに映りこんだメリッサさんがトガの『変身』という事を知らないし」
霊火は苦笑いしながら小さく息を吐く。
メリッサを追いかけるのは何も霊火たちや敵連合だけではない。アメリカ中の何もかもがメリッサ・シールドを追いかけている。
正直FBIとかならメリッサを預けてもそこまで悲惨な事にはならない気はするが、それでもオールマイトの庇護下に置くのが一番丸いだろう。彼女のためでもある。
「だけどホテルをぶっ壊したから私たちを捕まえる言い分もあげちゃったな。ちょっと面倒な事になったけれど」
「それでメリッサさんは? 今どこに……」
「あの言い方的には敵連合が捕まえたみたいだね。生きているかどうかから疑問が出てきたなあ……」
んんっ……と甘い声を漏らしながら霊火は大きく伸びをした。
絶望的な顔をしている緑谷とは対照的にニヤリと笑ってスマートフォンを取り出すと、霊火はこう言う。
「まあ確かめてみようか」
「え?」
「私がなんのためにみすみすトガを見逃したと思ってるの? ちゃーんとトガの背中に発信機を取り付けてるから、彼らがそれに気がつくまでは位置情報が筒抜けだよ」
特製の地図アプリを起動し、マーカーが表示された液晶を振る。
何故トガに致命傷を与えずに黒霧に回収させたのか? 餌にするために決まっている。
「やあっと尻尾を掴んだ。中々苦労させてくれるよ」
「……メリッサさんを助けに行ける……?」
「もう突っ込むことは前提なんだね出久くんは……まあ生きていたら、ね」
――――――――――
▶???
死柄木弔は低く呟いた。
「……トガは帰ってきたか。ちゃんと休ませとけよ?」
「~~~~~っ!!!!!」
ところでメリッサ・シールドはまだ生きていた。
猿轡を噛まされて全身を縛り上げられてはいたが、少なくとも心臓は動いている。
石造りの陰気な部屋。ここがどこなのかさえ分からないが、とにかく全身に手を付けた奇怪な男はこう言った。
「なあ『アマリリス』の娘、悪いとは思うがお前の父親の裏切りの代償はお前に受けてもらう。恨むなら自分の父親を恨むんだな」
「~~~っつ!!!!!」
反論しようにも猿轡で口は塞がれている、もっとも、話を聞いてもらえないのはここだけじゃなかった。
パパは『アマリリス』なんかじゃない。パパは、人を殺すようなことをしない。
メリッサが心の底から信じている当たり前の主張を、ヒーローも敵も警察も友人も誰も受け入れてくれなかった。
誰も信じてくれなかったから一人で逃げるしかなくて、そして捕まった。
「なあ、なあ、この女は俺に殺させてくれよ。ずっと我慢してんだ。骨の砕ける音が恋しくてしょうがねえ……!」
「まあ待て『マスキュラー』。まだ”交渉材料”に使えるかもしれん。傷つけるなよ」
「肉……肉面見せて……」
「お前も落ち着け『ムーンフィッシュ』、”待て”だ。なんでこうウチの奴らは変態趣味しかいねえんだ……」
死柄木はうんざりしたように首を振った。
男たちが嬉々として舌なめずりするその音が、メリッサの鼓膜にこびりつく。
足音が段々と近づいてくる。メリッサは恐怖で必死に身を捩るが、全身を縛り付ける拘束具はビクともしない。
(助けて……!!)
誰でもいい。
とにかく誰かに届いてほしい。たった一つの願いを心の内側で何度も繰り返す。
(助けて…誰か、お願い…助けて!!!!!)
メリッサが堪えきれずに、ついに大粒の涙を零した瞬間に。
ドンッッッ!!!!! と。
複数の閃光が石造りの壁をぶち抜いて、ついでに死柄木を横から吹き飛ばした。
――――――――――
▶アルカトラズ
トガヒミコに張り付けた発信機により特定したのはアルカトラズ島。
かつて凶悪な刑務所だったことで知られるサンフランシスコ湾に浮かぶ小さな島だ。
(思ったよりも近所で良かった……!!)
敵連合が潜伏する建物に風穴を空けた霊火は、転がり込むように屋内に突入する。
緑谷と共に強襲戦には慣れている。『ピースキーパー』時代の経験をそのまま活かせる。
「殻木……霊火!?!?!?! 何故ここを!?!?!?!」
スピナーが何やら騒いでいたが彼はあまり気にしなくていい。滅法危険な能力揃いの敵連合の中では完全に弱”個性”の雑魚だ。醜い割に大して強くもないとは恐れ入る。
それよりも圧倒的に危険なのは『Mr.コンプレス』。
ステージ上の失敗やハプニングと隣り合わせのマジシャンという職業柄、アドリブに強い仮面の男が最優先。
案の定、誰よりも早く衝撃から再起動したコンプレスは目立たずメリッサシールドに寄り添って音もなく『圧縮』で彼女を閉じ込めていた。
それを視認した瞬間に霊火は動いた。
サポートアイテム『プリムローズ』、仕込み杖モード。
刃を仕込んだ杖のヘッドを親指で押し上げる。
「『トランジスタ』」
彼我の距離は10メートルほど。
当然普通に刃物を振って届く距離ではないが、少女は平坦に技名を発して『死因』の鬼火の効果を相乗りさせた。
”
淡く発光した霊火の手元が閃き、鋭く整えた銀色の爆風が床や家具ごと部屋全体を切断。
マジシャンの右腕を肩口から正確に切り飛ばす。
「い、いってええええええええ!!!!!」
真っ赤な鮮血が迸った。
直線一本。
完全な新技、究極の初見殺し。眩いオレンジ色の火花が後から遅れて炸裂する。
一方で、霊火と共に突入した緑谷は『ムーンフィッシュ』に左脚を一閃。
「セントルイススマッシュ!!!!!」
不意打ちの鋭い飛び蹴りがそのままヒットした。
側頭部を蹴られて吹き飛ぶ猟奇殺人鬼を見た『マスキュラー』が、蹴り直後で体勢の崩れた緑谷に飛び掛かる。
しかしその寸前で霊火が再びの抜刀。
仕込み杖の刃が鞘から解放され光が迸り、一振りで巨漢の足元を四角く切り取る。
踏み込もうとした足場が真下にすっぽ抜けて激しく転倒する筋肉塊。その後頭部に踵落としを叩き込む緑谷を横目に見ながら、霊火は切り落としたコンプレスの右腕に駆け寄る。
(やば、『圧縮』されちゃった!!! と、取りあえず持っていくか……!?!?)
……メリッサが『圧縮』されたその瞬間にコンプレスの右腕全体を切り飛ばしたため、いくらマジシャンといえど妙な小細工は出来ないはずだ。
掌で隠すパームや袖で隠すスリービングも無し。両手を使わせていないのでリテンションバニッシュやフレンチドロップも不可能。
間違いなくこれが”メリッサ・シールド”だ。そんなことを思いながらもビー玉大の物体を掴む。
「てっめえ!!!」
背後からスピナーが飛び掛かってくるが、霊火は右手から爆発を起こして反動で浮き上がる。
参考にするのは爆豪勝己の『爆破』。
本家と違い左腕からの爆破は不可能な上に掌を火傷するわ肩がイカれるわで連発は出来ないが、咄嗟の回避札としては十分。
後ろ宙返りをすることで伊口秀一の攻撃を綺麗に避けた霊火はそのまま叫ぶ。
「行くよ出久くん!! メリッサさんは確保した!! こんなのに付き合う義理は無い!!」
「了解!!」
深追いはしない。メリッサを確保した以上これ以降の戦闘はリスクでしかない上に、そもそも霊火たちの敵は敵連合だけじゃない。
特に公権力の法的な手続きはプロヒーローとしての明確なタイムリミットだ。時間をかければかけるほどメリッサを日本に連れて行くのは難しくなる。
箒に戻した『プリムローズ』に横座りした霊火は目眩ましの爆炎をばら撒きながら、壁に新たな大穴を空けて屋外に脱出。
『浮遊』の併用で飛行する緑谷と共にアルカトラズから急いで離れながら、霊火はビー玉をつまんで心配そうな顔をする。
「どうしよう出久くん!! 敵の"個性"でメリッサさんがビー玉みたいにされちゃった!! 確かに持ち運びやすいけれど元に戻せるかなこれ!?」
「……取りあえず持ち帰ろう。雄英には相澤先生もいるし、元に戻す手段は後から考えるしかない」
「中でも時間が経過してて喉が渇いたりしてなきゃ良いんだけどな……」
とはいえ『圧縮』は収集に成功している能力の為、こちら側での解除も可能だ。
雄英側での解除がダメそうなら霊火がしれっと解放してあげればいいだろう。
追っ手はいない。敵連合に純粋な飛行を可能とする"個性"持ちは存在しないから当たり前ではあるのだが。
だから夜空に飛び出した霊火たちを咎める存在はいなかった。
サンフランシスコ湾の夜風が、灼けた空気を一気に冷ます。
眼下でアルカトラズ島が小さくなっていく。
「………よしっ!!」
緑谷出久が小さくガッツポーズを取る。霊火もようやく肩の力を抜いた。
上空から見るサンフランシスコ街の夜景は宝石のようだ。ゴールデンゲートブリッジの照明が光の帯を描く。
霊火は箒の上で姿勢を整えながら、指先で摘んだビー玉を眺める。
少年はそれを見てポツリと零した。
「……なんか思ってた展開と違うね」
「メリッサさんがビー玉になっちゃった」
「オールマイトにどう説明すれば……」
「え、私たちオールマイトに『これがメリッサさんなんです』ってこれを見せるの? 大丈夫? 頭おかしくなったと思われない?」
二人で思わず吹き出した。
戦場の緊張が一気にほどけ、堪えきれずに笑いだす。
「ふふ……でも解除手段は見つかると思うよ。あとFBIとかに話しかけられた時に、ビー玉を握ったままメリッサさんなんて知りませんよって顔が出来るのは地味に大きいかもね」
「それは……便利なのか?? ま、まあ確かにメリッサさんがそのままだと抱えて移動とかもすごい大変だったから……」
「女の人に体重の話? メリッサさんは重たくて運ぶの大変だよって? まあ出久くんが言うならそうなんでしょうけどデリカシーが足りないなあ。貴女の体重が重いですなんてメリッサさんに聞かれてないといいね?」
「違くて!!!! 全然そんな話はしてないというか単なる警護の難易度の話というかメリッサさん自身の安全性の話というか小さくて軽いことが利点になる事もあるというか全部霊火さんの曲解じゃないかそれ!?!?!?」
「まあ何にしても常に成人女性一人分のスペースがある所に置いておこうね。安全だからって鍵付きの小さな金属製ケースとかに入れてたら、『圧縮』を不意打ち解除されたときに悲しいことになるし」
そう話す真下では大量のパトカーのランプが右往左往していた。
軽く夜景を見下ろした霊火は目を細めた。
「でもちょっと急いだほうがよさそうだね。公権力の手続きが間に合ったら合法的に連れ出せなくなっちゃう」
「そうだね、オールマイトが待ってる」
目的はトラビス航空基地。
それにしてもスターアンドストライプはこの圧力の中で、よくメリッサの逃げ道を守り抜いた物だ。
ここまで政府に反抗的だと今後ヒーローとしての立ち位置が相当悪くなりそうだが、きっと彼女は気にしないのだろう。
「……帰ろう出久くん」
「うん。メリッサさんと一緒に雄英に!!!」
ズドン!!! と『プリムローズ』の先端から蒼い炎が噴き出した。
サンフランシスコの街並みがあっという間に点となり、やがて夜の海の向こうへと溶けていく。
そして三人は夜空の果てへ。
誰にも追いつけない速度で消えていった。
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