夜の帳がすっかり落ちた寮の共有スペースだった。
教科書を広げて勉強している女子陣やテレビの音量を絞って談笑している男子陣。
仮免試験も終わって穏やかな空気の中、殻木霊火はピンク色のノートパソコンに向かっていた。
片目になり、デスクワークが辛くなった。
残った片目で液晶の光を拾いながらキーボードを叩いていると、玄関の方でドアの音がする。
夜風がわずかに吹き込み、すぐに閉じられた。
「……あ、霊火さん。まだ起きてたんだ」
声の主を見上げる。
緑谷出久はジャージ姿のまま身体中泥と汗にまみれている。どうやらトレーニング帰りらしい。
彼は不思議そうにパソコンと向かい合う霊火を見た。
「霊火さんは何してるの?」
「『デク』のヒーロー活動に関する申請書類」
「いつも本当にありがとう霊火さん!!!!」
プロヒーローはヒーロー活動によって報酬を得る公的な職業だ。
当然、活動後には詳細な報告書の提出が義務づけられている。これが面倒くさい上に難しい。
しかし現代ヒーローは敵を倒して警察に引き渡して、汗を拭い立ち去っておしまいというわけにもいかないのだ。給与も歩合制だし。
少女は平坦な声で言った。
「私になにか言うこととか、ない?」
「ごめん!!!! いつもありがとう霊火さん!!!! 後は僕がやるから!」
「出久くんにやらせたら明日の朝になっても終わらないから私がやっているんだが……?」
まあいじめるのはこの辺にしておこう。
腰を九十度に折って頭を下げる緑谷の髪を押し返す。これで許してしまうから取蔭に『都合のいい女』呼ばわりされるのだ。
ちらりと周囲を見回す。
誰も聞いていないことを確認。自分が書いた申請書類を再度見ると、少女は小声で切り出した。
ここから先は仕事の話だ。
「で、何? 書類書かなきゃいけないんだけど。それでグラントリノとコソコソ何をやっているのかと思ったら死穢八斎會を追ってるの?」
「うん。なんかこう……何かが怪しいみたいなんだ」
「何が怪しいんだよ。活動内容を申請しなきゃいけないこっちの気持ちも考えて欲しいんだけど」
「ごめんって、でも分からないんだ!! なんか資金の動きがおかしいとかグラントリノは言ってたけど、具体的に何を取引しているのかは分かっていないみたいで……」
「ふうん、この話を最初に持ってきた『ナイトアイ』から何か聞いていないの?」
「僕もまだ会えていないんだ。オールマイトの元サイドキックだしそのうち話せるといいけど……」
話題は死穢八斎會についてだ。
前提として、いわゆる『ヤクザ』と呼ばれる反社会的勢力はヒーロー社会の台頭とオールマイトの活躍によって殆どが壊滅・解体されている。
現代に残るのは指定敵団体として監視対象となったわずかな勢力のみ。
そして『死穢八斎會』もその一つだったのだが―――。
「『オーバーホール』の所でしょ? あの”ピースキーパー”の大英雄。私たちと同期の”プロヒーロー”を追いかけてるわけ?」
「ヒーローになった後もまだ悪い事をしてるって警察の方やグラントリノは考えているみたいで……」
「そりゃヤクザだもんね。悪い事はしてない方が不自然だよ」
霊火は肩を竦めた。ピースキーパーで活躍したヤクザにヒーロー免許を与える方が悪い。
「でも出久くんも注意してほしいな。あの手の反社会的勢力を敵に回すって本当に危険だから」
「分かってるよ霊火さん。お母さんは霊火さんお勧めのタワーマンションに引っ越してもらってるし」
「私のお父さんの二の舞は嫌だもんね」
大変反応しづらいコメントを挟んで緑谷を困らせながら、少女は片目を閉じる。
「まあ日本だと暴対法が凶悪すぎるから、ヤクザ側の権力が強すぎて令状すら出せないって事にはならないと思う。尻尾を掴めば逮捕は出来るはず」
「グラントリノも似たような事言ってたな……」
「八斎會に関しては市民の支持がデカすぎて完全に息を吹き返してるから苦労はすると思うけどね」
ここまで言ってから、霊火はふと思い出した。
「あ、そういえば『オーバーホール』に関して私は基本的に触れないからね。証拠を探すにしても八斎會に突撃するにしても、ヒーローとしての依頼は断るから」
「え、なんで?」
「彼とはちょっとした縁があるの」
ここで世知辛い話を一つ。
「警察側も把握してるから私に話が来ないんだろうな。治崎廻は、私のお父さん……殻木球大院長が建てた孤児院で幼少期を過ごした人なの」
「え、そうなの!?!?」
「うん。で、その関連で八斎會は件の孤児院に多額の支援をしてくれてるわけ。いやまあ現持ち主の私としてはなんともありがたい話なんだけどさあ……」
緑谷が渋い顔をした。
立場のしがらみというのは面倒だ。殻木霊火は治崎廻に敵対行動を取りたくない。
「利害関係。『治崎が捕まると孤児院への支援が無くなって私に不利益が発生する』っていう基本は押さえておいて。一応私財で補填は出来る額ではあるけれどさ、出久くんは私が子供嫌いなの知ってるでしょ?」
「……治崎に捕まって欲しくないって事?」
「治崎の罪がどれぐらいのラインかにもよるな……。しょーもない罪で引っ張られるぐらいなら孤児院に支援してくれってなるし、殺人とかしてるようなら可及的速やかに縁を切りたいって感じ」
素直に思ったことを言ったら生々しくなってしまった。
ぶっちゃけ、見られたら即死の『予知』持ちのナイトアイと絶対に顔を合わせたくないので、捜査自体に協力したくないという事情もあるのだが。
「んー……でもまあヤクザの資金の流れについては私も調べてみるよ。それぐらいなら手伝ってあげられるからさ」
―――――――――
個人メモ — 個性破壊弾に関する状況報告
作成者:殻木霊火
対象:個性破壊弾(仮称)
1. 要約
最近流通し始めた弾薬。
先端に注射針を備え着弾と同時に薬剤を標的に注入する。主効果は「個性の一時的消失(可逆)」。
2. 主要所見
構造:発射衝撃で針が貫入し薬剤を注入する一体型機構。
薬剤:生体起源の断片(細胞・血液等)を含有。
由来推定:DNA/マーカーにより八歳以下の女性(「少女A」と呼称する)由来の生体物質が混入している。
技術水準:生体素材の採取・保存、個性因子の抽出、注入機構の小型化を同時に実現した高度な融合技術。
3. 技術的評価
革新性:外部の「個性」を強制導入して発現させる点で従来技術と原理が異なる。
再現性:不可能。特殊な生体由来の資源が必要と推定。
4. 戦術的含意
有用性:当方の作戦での利用価値が非常に高い。
リスク:敵対勢力が運用すれば甚大な被害が予想される。
5. 優先対応
製造者の特定・接触と技術管理の確保。
流通経路・使用実例・生体材料の出自に関する情報収集。少女Aの特定が可能なら最優先で確認。
6. 緊急度
非常に高い。技術価値と悪用リスクの両面から放置不可。
7. 留意点
少女A由来の生体素材使用は重大な倫理・法的問題を含むが戦術的利得を最優先。
8.メモ
出久くんには黙っておこう。これを知ったら”少女A”を助けるってうるさいだろうし。
―――――――――
思い立ったが吉日。
指定敵団体『八斎會』。
その本拠地の真下、迷路のように入り組んだ地下空間にアンドロイドを派遣した。
その最奥の一室だった。
壁には組の紋章や代紋入りの額が掛けられ、打ちっぱなしのコンクリートには金庫と観葉植物。
典型的なヤクザの事務所だ。殺風景で面白みの欠片もないが、合理的といえば合理的である。
部屋の中央には低いガラス張りのデスクと革張りのソファ。
向かい合わせに、二つの敵が座っていた。
その片方は九歳ほどの少女の姿をした“鬼”だ。頭から伸びた角は蛍光色の青、瞳は琥珀を流し込んだような金。
服装は改造和服ではなくきちんとしたネイビーのアンサンブルスーツだ。
肩までの黒髪は整え、子供の見た目ながらフォーマルなメイクまで済ませている。極道と会う以上こういうマナーや礼儀はとても大切だ。
『アマリリス』製アンドロイド、通称『風香』。今は霊火の遠隔操作中である。
対する男はファーのついた外套を羽織り、ペストマスクで顔を覆う黒髪の成人男性。
敵名『オーバーホール』。彼は感情の読めない目で『風香』をじっと見つめていた。
ガラスのデスクの上には将棋盤が一つ。
殺人アンドロイドの癖に世界で超可愛いと評判の『風香』は、あまり可愛くない呻き声をあげた。
「ねえ『オーバーホール』。言われて将棋に付き合ったのはいいけど、両者入玉って特殊ルールあったよね? 普通に把握してないんだけど」
「事前の取り決めはなかったな。ルールが分からないというなら持将棋でいいだろう。引き分けということでいいか?」
「別にいいよ。ちょっと負けてたし」
八斎會に来て早々、若頭に誘われて将棋を指す『風香』。
とはいえ三時間も掛けて二百手を超えればさすがに疲れる。なにしろ霊火本体は学校生活を送っているのだ。
アンドロイドの性能を活かせばプログラム制御で最善手を指すこともできるが、ソフト指しで勝っても意味がない。遠隔操作中の霊火は将棋について病院時代に子供と遊んだ程度の知識しかなかったが、なんとか食らいついた。
もっとも、オーバーホールも相当手加減しているのだろう。
霊火がいかに天才でも普段から将棋を嗜む相手に勝つのは無理だ。定跡を把握していなさすぎる。
鬼の童女は呆れて言う。
「では改めて。初めまして『オーバーホール』。八斎會の皆さんも御機嫌よう。『アマリリス』の使者ことアンドロイドの『風香』です。顔を見せられない無礼は、どうかご容赦を」
「『アマリリス』。まさかそちらから声をかけてくるとは思わなかった」
空気は概ね歓迎ムード。治崎廻の声は柔らかで、口元には朗らかな笑みすら浮かんでいる。
しかしここからは遊びではない。ビジネスの話だ。
同じ部屋、身長四十センチほどのペストマスクのマスコットが中年男性の声で言った。
「……でだ! ここに来たということは、条件次第でウチに与するということだな?」
「違うわ、間抜け」
ギャリンッ! と。
金属が擦れるような音が響き、ペストマスクの先端が切り落とされた。
【食人主義】。霊火製では珍しい、対人戦闘特化のアンドロイド。
量産を前提に性能を落とした【図書委員】とは違う、完全なワンオフ機。
“個性”を使わずともトップヒーローを刈り取れる特別製だ。
明確な敵対行動に部屋の空気がざわりと揺れる。『クロノスタシス』と音本真が同時に懐に手を突っ込み拳銃を探ったが、その瞬間に治崎が鋭く叫んだ。
「待て!!!」
「なるほど、『オーバーホール』以外は大したことない。直接ぶっ潰す事自体は可能だな……」
戦力を冷静に評価しながら、童女は笑顔で両手を合わせた。
治崎がすぐさま前に出る。彼は特に動揺した様子もなく、にこやかに笑ってこう言った、
「失礼、ウチの者が馬鹿な事を言った。正式に謝罪させて頂きたい」
「無かったことにしてあげるので大丈夫です。で、面白い物を作っていると聞きました」
鬼の童女はスクールバッグから弾丸のケースを取り出した。
「単刀直入に言いましょう。八斎會の技術、『"個性"破壊弾』が必要です」
事務所全体に重苦しい緊張感が満ちる。
八斎會側は警戒している。なにしろ目の前に座ってるのは『アマリリス』。
世界最悪のテロリストにして、オーバーテクノロジーの保持者だ。
神野やロサンゼルスで見せた通り、戦力的には『アマリリス』が完全なる格上だ。
規模を拡大したとはいえ一介のヤクザである八斎會は気が気じゃないだろう。
音本がごくりと唾を呑む。
……感覚的には、国際的な大企業が町工場の特許を欲している感じが近いだろうか。
引き抜き、恐喝、嫌がらせ、そして強奪。どんな実力行使もあり得る力関係だ。
組の若頭は絶対に組織の面子を守らなければならない場面でもある。
「……それは俺たちの核だ。技術を渡せという話なら断る。そして仮に俺たちから強奪したとしても、貴方には扱えない」
「まさか!! 誤解ですオーバーホール」
鬼の童女は朗らかに微笑んだ。
「私とて研究者、
「……対等な同盟、或いは共同研究、そういう関係を望むと?」
「貴方たちがそれで構わないなら」
オーバーホールは無表情を貫いたが、周りの組員から隠しきれない安堵の気配が漂う。
そして霊火側の言うことに嘘はない。こちらは破格の条件を提示したつもりだ。
若頭は真剣にこちらを見た。
「……まずは信頼関係を築くのが先決だ。計画自体は話すが"核"については見せられない」
「警戒しなくても持ち逃げなんてしませんよ。私のロマンに反します」
「それでもだ。しかしこちらとしても『アマリリス』の保有する『"個性"を使う機械の技術』には大きな興味がある。
「大きく出ましたねオーバーホール。まあいいです」
鬼の童女は妖しく目を細めた。
個性破壊弾。
激レアの『退化』系統の"個性"因子で、人体を個性発現前にまで巻き戻す弾丸。
霊火の目指す世界に絶対に必要なパーツだ。代わりが利かない以上、何が何でも欲しい。
製造法と"核"の人物ごと絶対に手に入れる。
『退化』自体もそうだが、能力者の血肉を撃ち込むことで超常を発現させる技術自体が十分すぎるオーバーテクノロジーだ。
協力相手としてこれ以上の相手はいない。
「しかし信頼……そうですね、信頼は大事です。話を持ち込んだ以上私から提示します」
オーバーホール、この男を逃がしてはいけない。
思わぬ所で思わぬ天才に出会った。世の中にはまだまだ天才がいるものだ。
「札幌の『美貌』……『アマリリス』製のアンドロイドですが、彼女を八斎會に入れましょう」
「……『風香』やロサンゼルスのカニ女じゃダメなのか?」
「幼女趣味なんです? あとカニ女じゃなくて栞ちゃんと呼んであげて下さい」
因みにアメリカ本国の方では、蟹座を表す『キャンサー』と呼ばれているらしい。どちらにしてもエンデヴァーに破壊された『図書委員』ちゃんはしばらく使えないが。
「『美貌』の説明に戻りますね。世間では個性名の『無貌』とか言われていますが、親しみを込めて”真奈美さん”とでも呼んであげて下さい」
「そんなことは聞いていない」
「でもとても強いですよ。スペック的には『デク』でも『エンデヴァー』でも、現在の日本に存在する全てのヒーローを二人までなら“必ず”倒せます」
八斎會が固まった。
規格外の大戦力。ヤクザとしては喉から手が出るほど欲しい”人材”だろう。
「ただし対物最強の『フロイライン』および、プロヒーローでもある『オーバーホール』を除けば、ですが」
―――――――――
職場体験とは異なり最低でも一ヶ月以上。
プロ事務所に有償で所属しサイドキック同様に実働する。それが雄英高校のヒーローインターン制度だ。
「霊火ちゃん!!!! 私をサイドキックとして雇って!!!!」
「なんで!?!? そもそも無理だよお茶子ちゃん!!!!」
体育祭の結果や個人のコネクションで全国のプロヒーローから指名が来る職場体験とは違い、インターンは生徒が自らのコネを通じて交渉する形式だ。
お昼の教室にて麗日お茶子に詰め寄られる『フロイライン』は、両手で懸命に学友の身体を押し返しながら首を横に振る。
コネはコネでもクラスメイトに頼む奴がいてたまるか。
「朝に相澤先生が言ってたでしょ⁉ 一年生のインターンは実績ある事務所に限るって!!」
「霊火ちゃんなら実績あるじゃん!! あの『ピースキーパー』ユーザーだもん!!」
「なんで今日に限ってそんな押せ押せなのお茶子ちゃん⁉ 無理だって!! サイドキックとか受け入れた事ないしそもそも事務所もないし!!」
同年代の生徒のインターンを受け入れるとか責任が大きすぎる。
霊火の意志が硬いと理解したのだろう。麗日はぎゅっと口元を引き締める。
麗日お茶子の目が少し揺れて、そして意を決したようにこう言った。
「…………デクくんに頼んでもいいの?」
「え、もしかして脅されてるこれ?」
しかも割と最悪な類の脅迫だ。霊火が緑谷を好きと知っての発言なので本気で質が悪い。
麗日お茶子は緑谷と一カ月以上ヒーロー活動を共にして、彼と親密になると言っているのだ。こんなのヒーローとしての相棒の立ち位置も奪われるのに等しい。
霊火は略奪の恐怖に結構本気で血の気が引く。
震える声で、恐る恐る確認する。
「う、うそだよね……? わ、わたしのだよ……………」
「……まだ霊火ちゃんのじゃないでしょ? 『フロイライン』が私を雇ってくれないなら……!!」
「ヤダヤダ待ってお願い。というか逆に何がそこまでお茶子ちゃんをインターンに駆り立ててるの?」
今度は麗日が真っ赤になった。
左右を見回し、霊火の耳に小さな声で伝えてくる。
「………あの、笑わんといてね」
「う、うん……」
「……インターンって給金出るやん……?」
「あ、ああ〜………」
思ったよりも切実な事情だった。霊火から彼を奪おうという訳ではないらしい。
彼女の言う通りインターンは給料が出る。麗日お茶子にとっては絶対に外せないイベントなのだろう。
麗日家、実家の方は割と笑えないことになっているらしいし。
「……デクくんなら、受け入れてくれるかな?」
「何をどう解釈しても彼は『実績ある事務所』では無いと思うけどね?」
「そこはこう……なんとか!! あ、そうだ、霊火ちゃんが職場体験の時に行ってた『ファットガム』さんは!?!?」
「げ、あっちは三奈にお願いされてB組の切島を紹介しちゃったよ」
しかし、そういう事情があるのなら麗日をインターンに行かせてあげたいのも確かだ。
「しょうがない……私あの人あんまり得意じゃないんだけどな……」
「っ!!! 何か有るの!?」
「波動ねじれ……先輩とか? 彼女はドラグーンヒーロー『リューキュウ』のインターンだったはず」
「波動先輩? ……霊火ちゃんあの人苦手なの? 悪い人には見えないけど……」
「仲良くもないのに『なんでそんなに小っちゃいの? 個性と関係ないよね!? 不思議!!』って馬鹿にされたら苦手にもなるよ」
「波動先輩も馬鹿にしてる訳では無いと思うよ?」
波動ねじれは林間合宿にも来ていた雄英高校三年生だが、麗日は不安そうに首を傾げる。
「な、なんで? そりゃリューキュウはトップヒーローやけど、私を受け入れる理由なんて……」
「あの事務所何故か可愛い子しかいないんだよな。あれほどの実力派なら見た目採用って事は無いと思うけど、多少は好みがあるはず。お茶子ちゃんなら行けると思うよ?」
―――――――――
「殻木少女、忙しいところすまないね」
「いえ、暇なので大丈夫です。それで話というのは?」
放課後。
校舎がオレンジ色の夕陽に染まりはじめたころだった。
指定された仮眠室に入ると緑谷と八木はすでに霊火を待っていた。スクールバッグを膝に抱えてソファの隣に腰を下ろす。
「……実は伝えなければならないことがあってね。『サー・ナイトアイ』について知っているかい?」
「オールマイトの元サイドキックですよね。前線で活躍するオールマイトのサポート役で、仲もよかったはずです」
「ああ……だが六年前、私の怪我でコンビは解消した」
推測するに、緑谷がナイトアイと仕事をする事を知って説明する気になったのだろう。オールマイトオタクの緑谷出久が、ぐっと息を呑む。
八木はそれに頷き、憂いを込めた視線で窓の外を見た。
「彼の“個性”は『予知』。条件を満たした人物の未来を視ることができる」
「知っています。すごい”個性”ですよね」
「しかし、それで私たちは対立することになった」
曰く――。
六年前、『AFO』との死闘で重傷を負ったオールマイトがそれでもヒーローを続けようとした時、ナイトアイはそれを止めようとしたらしい。
「『このままいけば、あなたは敵と対峙し、言葉では表せないほど凄惨な死を迎える』――彼はそう見たんだ。私がヒーローを引退したらこの未来を避けられると彼は考えたが、私はそれを拒絶した」
「そ……んな……」
「遠い未来ほど時間に誤差が生じるらしいが、私が死ぬのは今年か来年らしい」
「あの、ちょっといいですか?」
隣で緑谷出久が大ショックを受けていたが霊火はそこまで動じていなかった。
むしろ別のことが気になる。『予知』そのものの性質だ。
「あの、あえてフラットに聞きますけどナイトアイの『予知』って外れたことはないんですか?」
「……冷静だね殻木少女。だが残念ながら、見たものが外れたことは一度も無いそうだ」
「
霊火は腕を組んだ。
未来予知の”個性”は大きく分けて二種に分けられる。
『膨大なデータと演算によって未来を“予測する”』か『自分の見た景色に現実を”収束させる”』か、だ。
「あのですね、コペンハーゲン解釈にしても多世界解釈にしても未来って本質的に確定してないはずです」
「……そうなのか?」
「はい。“見たものが必ず起こる能力”なんて”個性”は絶対に実在しません」
決定論型の未来予知、すなわち「予知された未来が絶対に変わらない」能力は存在しない。
それは霊火自身が実験と数式の両面から厳密に証明している。自分自身が『過去視』持ちだからこそこの分野は詳しいのだ。
ナイトアイの『予知』にしたって、”遠い未来ほど時間に誤差が生じる”時点で絶対にこの形式ではない。
推測するに、彼の力は「超精度の予測」に「予測結果を現実へと引き寄せる補助的な確定力」が付加されているタイプだ。
だが、この手の能力は往々にして“確定”そのものの強度に問題を抱える。 例えば想いの力で未来は変えられる、とか。
善悪好悪どれでもなく、この世界の根本的なルールとして未来は変えられるのだ。
「……そうだな。殻木少女の言う通りだ」
「オールマイト……」
「緑谷少年にも心配をかけたな。でも大丈夫! 運命なんて、この腕で好きな形にねじ曲げてやるさ!!」
マッスルフォームになりながらオールマイトが宣言する。
霊火は小さく息をついた。緑谷は顔を上げてこう宣言する。
「僕っ……あなたに何があっても僕も一緒に捻じ曲げます!!」
(本当に死が確定しているのは私の方なんだけどなあ……)
ついにインターン!!!!
霊火、出自がほぼエリちゃんの癖にほぼオーバーホールなんですよね。
感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております