殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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097:インターン③

 死穢八斎會の地下では、場違いなほど清潔な白がひときわ浮いていた。

 

 ソファを占領しているのは一人の女だ。

 身長は250センチを優に越え、長い黒髪は光を吸うように滑らか。

 深く被ったつば付きの帽子の影から真っ赤な眼光だけが覗く。

 

 身体は白い薄手のワンピース一枚で線を誤魔化す気は無い。

 布越しにもわかる圧倒的な胸の起伏が目立つ。くびれの弧、脚線の長さ、スタイル。どれをとっても男の理想はもちろん、女の夢までも欲しいままにしたような圧倒的なグラビア体型。

 

 霊火製アンドロイド『美貌』。

 その完璧すぎる肢体をソファに沈ませて長い脚を優雅に組んだまま、目の前のヤクザを心底呆れた様子で見下ろしていた。

 

「で、どうするのですか?」

 

「………………………」

 

 治崎廻は追い詰められていた。

 計画の核となる材料を失ったのだ。指先はかすかに震え呼吸は妙に浅く、黒いマスクの奥から漏れる吐息だけが彼の焦燥を雄弁に語っている。

 

「……材料は、もう無い」

 

 かすれた声だった。

 

 女は眉ひとつ動かさず僅かに首を傾けただけだ。白いワンピースの裾が静かに揺れる。

 

「無い、では困りますよ。あなたの計画はそれがなければ成り立たないでしょう?」

 

「……」

 

 治崎は唇を噛み額に手を当てる。

 

 八斎會の再興。

 そのすべてを賭けた計画の根幹が音を立てて崩れ落ちていく。

 

「手は……まだ、ある……はずだ」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、治崎は顔を上げた。

 

「雄英だ。あの英雄症候群のヒーローは雄英にいる。エリも…」

 

「雄英を襲撃するつもりですか? 悪い作戦ではないと思いますがママは参加できませんよ。相性上、対物最強の『フロイライン』を崩せません」

 

「そのふざけた言い方を止めろ」

 

「そういうプログラムですので」

 

 自動操作の言語パターンをネタで設定したせいで遠隔操作の時にも一人称を『ママ』にしないといけなくなったが、それはまあいい。

 脚を組み替えて艶めかしいラインを更に露わにしながら、ため息すらつかず言った。

 

「”個性”は病気……ですか」

 

「ああ、この世界は病を患っている。”個性”は凡百の一般人が使っていい力じゃない!! 適切な管理と規制が必要だ……!!」

 

「それで個性破壊弾を?」

 

「八斎會の力を拡大し、破壊弾と血清で個性を管理する。俺の計画は完璧だった……!!」

 

 『美貌』はそっと目を細めた。

 ……同じ思想に似た目的。潔癖症の”個性”研究者。

 まるで鏡を見ている気分だ。何から何まで一緒すぎる。

 

(なるほど、私も他の人からみたらこのように見えるのか。病的で迷惑な奴だな殻木霊火……)

 

 とはいえ霊火は努力する人には甘い。

 これは別に善人限定というわけでもない。相手が悪党であっても基本スタンスは変わらない。

 

「一度海外に逃げ出したらどうですか? 確かに計画は大きく後退しましたが、時間やチャンスはまだあるでしょう」

 

「……オヤジ……」

 

「……まあ方針が決まったら声を掛けてください。同じ研究者のよしみです。ママは優しいので、撤退戦ぐらいなら付き合ってあげますよ」

 

 

―――――――――

 

 霊火はニコニコの笑顔で元気よく、やさしいタッチで動物が描かれたカードを見せる。

 

「さあ、見て見てエリちゃん。これは何かな?」

 

「き、うさぎさん……?」

 

「そう。『う』、うさぎさんの『う』だね 一緒に言ってみようか、『う』!」

 

「う、う…?」

 

「元気いっぱいだね!! すごいよエリちゃん。 じゃあ、エリちゃん、このカードの中のどれが『う』かな?」

 

「こ、これ?」

 

「そう。 分かってきたねエリちゃん、これが『う』!! ね、ひらがな楽しいね」

 

 ちょうどそのタイミングで寮に来ていた相澤消太が、幼稚園の先生モードの霊火を見て固まっていた。

 霊火はチラリとそちらを見て一瞬だけ嫌そうに眉を寄せると、すぐエリへ向き直って優しく片づけに入る。

 

「それじゃあエリちゃん、今日はここまでにしようか」

 

「う、うん……!!」

 

「砂藤お兄さんの所に行ったら美味しいものが食べられるかも? それとも、本物のうさぎさんを見てみたい?」

 

「い、いるの!?」

 

「うんうん。じゃあ口田お兄さんのところにお願いしに行こうか。どの人か分かるかな?」

 

 口田にアイコンタクトを送り、そっとエリを引き渡す。

 小さな手が離れた瞬間に霊火はふうっと肩の力を抜く。あっという間にいつも以上に気だるげな表情へ切り替わった少女は首をこくりと傾け、面倒くさそうに相澤を見た。

 

「なんです先生?」

 

「いや……」

 

 あまりの落差に相澤は一瞬硬直する。

 普段の霊火とは別人すぎるからだろう。お化けでも見たような目つきだ。

 

 エリが雄英へ来て三日。

 甘々で声色まで変わる霊火の様子に最初は緑谷もクラスメイトもドン引きだったが、最近は彼らも慣れてきたようで微笑ましい顔で見てくるだけだ。

 

「……エリちゃんの様子はどうだ?」

 

「ド深夜に飛び起きて大泣きするせいで添い寝役の私がめっちゃ辛い以外、差し当たった問題は無いですね」

 

 強い毒のある言い方だが、手元で自作ひらがなカードを几帳面にまとめているので迫力に欠ける。

 ヒーロー免許を持つのでヒーロー科の学業に縛られず、ヒーロー活動に消極的故に緑谷よりも暇な霊火が、自然とエリ担当になった。同性というのも大きい。

 

「……そうか。来週には児童養護施設の担当者が来る。それまではエリちゃんの世話、引き続き頼む」

 

「まあいいですよ。でも結局こういうのって女の仕事になるんですね」

 

 エリ相手に良きお姉さんを演じ続ける反動で言葉の棘が酷い事になっているが、相澤は何も言ってこなかった。

 ひと息つくと霊火はカードの束をぱたんと揃え、ふと思い出したように眉を寄せる。

 

「それにしてもエリちゃん、”個性”だけは手がかりゼロなんですよね。一度本人にも聞いてみたんですけど黙っちゃってダメでした」

 

「ああ。調べたが“個性届け”自体が提出されていないらしい」

 

「とんでもない厄ネタがある気がしてならないんですよねあの子。おでこの“角”がムズムズするとか言っていましたし……」

 

―――――――――

 

 そして問題は想定よりも早く発覚する。

 

―――――――――

 

 放課後のハイツ・アライアンスの共用スペースはいつだって賑やかだ。

 女子陣が宿題を広げて男子陣はテレビの前で談笑している。誰かが淹れたココアの甘い匂いがふわりと漂う空間。

 

 その喧騒の片隅で、ソファに腰かけた霊火は膝の上に乗せたエリの髪をタオルで丁寧に拭いていた。

 まだ湯気の残る銀髪が、弱い照明を反射して光る。

 

「エリちゃん、ちょっと風あてるよー。熱かったらすぐ言ってね」

 

「霊火ちゃん、それ代わろっか? 子育てで疲れてるやん?」

 

 心配そうに覗き込む麗日に霊火は軽く首を振って笑った。

 

「んー、大丈夫。ありがとねお茶子ちゃん。でも私がやるよ」

 

 指先ですくったエリの髪は細くて繊細だ。緑谷に拾われてきた当初はボサボサだったが、霊火が毎晩整えたからか、ちゃんと本来の光沢を取り戻してくれた。

 

「……ありが、とう……」

 

 エリが胸の奥から搾り出すみたいに呟いた。霊火はふっと表情を緩める。

 

「いいよ。すぐ終わ――」

 

 指先が、エリの角にかすかに触れた。

 静電気とは違う嫌な震えが、腕から肩、そして首筋にまで走った。

 

「……あ」

 

 マズいと思った次の瞬間だった。

 脳が、内側から掴まれて引きずられた。

 

「――――っっ!? あ、っ、ああああああッ!!」

 

 視界が白く弾け飛ぶ。

 自分の叫び声が、ひどく遠くに聞こえた。

 身体が勝手に跳ね、ソファの背もたれに背中を打ちつける。顔の奥で熱が破裂した。

 

霊火さん!?!?!?

 

 緑谷が霊火の身体を抱え込む。

 霊火の赤く滲む視界の端で、エリの角がバチッと白い光を弾いた。

 

 エリ自身も霊火と緑谷へ助けを求めるように手を伸ばしかけたが、彼女はその手を引っ込めてしまう。

 

「や、やだ……やだ……!! ごめんなさい、ごめんなさい……っ!! またわたしが……!!」

 

 エリの声が裏返る。呼吸が乱れて角が震え、空気の密度が見えるほどに変わる。

 

エリちゃん落ち着いて! 大丈夫!! すぐ相澤先生呼ぶから!!

 

 緑谷の声は必死だが彼女には届いていない。

 角のある少女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、暴れ出す“個性”を止められずに頭を抱えて震えていた。

 

「い、言えなかったの!! 私の”個性”はのろわれてるって……!! 本当の事を言ったらまた捨てられちゃうって……!!!!」

 

「大丈夫だよエリちゃん!!!! 一回落ち着い――」

 

「ごめんなさい……!! もうしないから……!! ()()()()()()()()()()()()……!!!!」

 

 緑谷が霊火を支えながら大声で訴えるがエリの耳には届かない。

 明らかな”個性”の暴走だ。場の空気がきしむほど膨張し、角から溢れる光がひと息ごとに強まっていく。

 

 霊火を支える緑谷に代わって麗日がエリを助けようと手を伸ばすのを見た霊火は、視界の半分が血の色に染まったまま目を剥いて叫んだ。

 

「お茶子ちゃん!!!! 触っちゃダメ!!!!」

 

 遅かった。

 光が爆ぜ、お茶子の身体を飲み込むように包み込み、鋭い悲鳴が響いた。

 

(制御不能すぎるでしょこの幼女!?!? どんな化物を閉じ込めてたんだ『オーバーホール』!?!?)

 

 霊火は震える手で『プリムローズ』を掴み、一息で“バイオリン”へ変形させた。

 本体と弓の二つに分かれた部品を掴み、回路に通電する感覚でバイオリン全体に『死因』を通した。

 弓を添え細い指で弦を押さえる。

 

「二人ともごめん!!!!」

 

 相澤に言われて嫌々作り出した"必殺技"。

 ハンドサインや鬼火の種類で超常を制御する『トランジスタ』の派生。

 "演奏"という行為そのものに異能を載せる、虹色の音響兵器。

 

 ゆワィんっッっン!!!! と。

 聞くだけで魂の格を落とす、殺意の音色が放たれた。

 

 エリと麗日の目玉が同時にぐるんと裏返り、そのまま折り重なるように倒れこんだ。

 それと同時にエリの発光も嘘のように止まり、荒れ狂っていた空気が一瞬で静まり返る。

 

「……っ、は……っ、痛っ……」

 

 霊火の体力も尽きた。

 『トランジスタ』は必ず範囲攻撃だ。耐性があるとはいえ、音響に乗せた精神感応攻撃は霊火自身もダメージを負う。

 バイオリンが床に転がる。頬の内側や眼窩の奥が誰かに引きずられているような嫌な痛みに焼かれる。

 

 霊火が両手で顔を覆った、その時だった。

 

 ぽとっ、と。

 手のひらの中に小さな硬いものが落ちた感覚があった。

 

「……え?」

 

「霊火さん……霊火さん!! しっかりして!!!! 大丈夫!?!?」

 

 緑谷が腕の中の霊火の姿勢を支え直して顔を覗き込む。

 その瞳が、ありえないものを見たように大きく見開かれた。

 

「……え? 待って霊火さん……!?!?」

 

 少年の声が震える。

 手が頬に触れ、恐る恐る下へ滑る。

 

「霊火さん、その……」

 

「……なに。……顔、なんか、おかしい……?」

 

 緑谷は一度だけ息を吸い、信じられないものを告げる声で言った。

 

「……霊火さん、目が…………」

 

「目が…………?」

 

()()()()

 

「……………………………………ごめんなんて?」

 

 んな馬鹿な。

 しかし痛みは徐々に収束していく。最後の自傷が一番きついまである。頭の中がグラグラする。

 

「……治ってる。右目が戻ってる……!?!?」

 

「?????????????????????????????????????????????????????????????????????」

 

 霊火は両目を開いた。

 視界は驚くほどにクリアで、何より右側の視界が広かった。

 

 A組の面々が息を呑んで固まる中、掌をゆっくりと開いた。

 霊火が握っていたのは、もう嵌められなくなった透明の義眼だった。

 

―――――――――

 

 霊火は勘違いしていたのだ。

 個性破壊弾の効果からエリの"個性"は『"個性"を破壊する』ものだと早とちりしていたが、それは派生形。

 元となった効果はまた別物だった。

 

「たぶん『巻き戻し』ですね」

 

 ソファで眠るエリを見下ろして、殻木霊火はそう結論づけた。

 

 深夜の教員寮。

 エリは『死因』を応用した精神感応で脳を揺さぶられているため一晩は目を覚まさない。

 ……もう少し穏当な方法でエリを止めたかったのだが、手心を加えて”個性”が止まらないパターンも怖かったのだ。

 

 その小さな身体を五人の大人が囲んでいた。

 相澤消太、香山睡、八木俊典、緑谷出久、そして殻木霊火。

 そしてその中で最も冷酷で危険な女は、淡々とした声音で続けた。

 

「喰らった感じリカバリーガールみたいな単純な治療系能力じゃないです。おそらくこの子の“異能”は『触れた相手の時間を巻き戻す』というものかと。あとちょっと触れられてたら左腕が生えていたかも」

 

「殻木。“個性”だ」

 

「私は超常は超常としてフラットに扱います。“個性”と呼ぶ事は否定しませんが、それ以外の呼称を禁じることは問題の根本的な解決になりません」

 

 相澤が眉をひそめるのを見たミッドナイトは不毛な口論になる前に割り込んできた。

 

「でも感覚器官の欠損まで戻す”個性”なんて前例がないわよ?」

 

「ああ、私も初耳だ。この力が世に知れたら手段を選ばず狙う者も出るだろう。適切な保護が必要だ」

 

 ミッドナイトとオールマイトが重い声で言い合うが、霊火も同感だ。

 緑谷は魘されるエリにそっと手を伸ばしかけて霊火に止められながらも、青ざめた顔で絞り出す。

 

「エリちゃん……暴走してた時、『私は呪われてる』『本当のことを言ったら捨てられる』って言ってました」

 

「……あの言い方とパニックの起こし方的に、『巻き戻し』で人を傷付けた事自体はあるんだろうね」

 

「でも霊火さん、治す”個性”だよ? これでどうやって人を傷つけるの?」

 

「年齢以上に巻き戻して存在そのものを消し去るとか?」

 

 むしろ攻撃に転用するならこれしかないだろう。霊火の指摘に全員黙り込んでしまった。

 ……年齢を考えたら、”個性”の発現タイミングで身内を消滅させでもしたのだろうか。

 ミッドナイトが謎に色っぽく嘆息する。

 

「ひどい話ね……この子が自分の“個性”を話さなかった理由もそれで筋が通るわ。多分この子は既に一度失敗していて、同じことが起きてオーバーホールの元に返される事を怖がったのね」

 

「初回はとにかく二回目は対策できるというか、素直に教えてくれてさえいればもうちょっとスマートに躱せたんですけどね。まあこの子の信頼を勝ち取れなかった、私の落ち度です」

 

 典型的な個性事故だ。

 悲劇の系統としては戻橋火燐の飛行機撃墜事故が近いだろう。

 

 強すぎる力を持った子供が最初の一手でやらかして、絶対に取り返せない被害を出してしまう構図がそのままだ。

 その後、マッドサイエンティストに幼い身体を弄繰り回される所まで共通している。

 

(『ドクター』は私に痛い事とか酷い事全くしてこなかったけど……)

 

 やるせない気持ちで俯くと、緑谷が励ますように背中に手を置いてきた。

 落ち込む霊火が珍しいのだろう。意外な物を見る目をしている相澤ではなく八木の方がまとめにかかった。

 

「緑谷少年、殻木少女。今日は疲れただろう、一度寮に戻って休むといい。エリちゃんは私たちが責任持って面倒を見ておくよ」

 

―――――――――

 

 教員寮から寮の自室に戻ったら、デスクの上に何かあった。

 

 見覚えのない白いメモ用紙が一枚。

 それには走り書きの筆跡でこう書かれていた。

 

 【エリちゃん、まだ転送しないの? 泥ワープ圏内だったこと知ってるよ? それとも私が貰っていいのかな?】

 

「…………………………」

 

 いくら何でも内容が致命的すぎる。

 無表情の霊火が指先でその端をつまんで裏返すと、そこにはやはり走り書きの文字があった。

 

【Your loving sister】

 

「…………………………」

 

 もしかして。

 まさかとは思うが。

 

―――――――――

 

 『妹』がこの部屋に、来てた?

 

―――――――――

 

 次の日の朝、エリは高熱を出した。

 相澤からの連絡を受けて教員寮に様子を見に来た霊火と緑谷だが、部屋の前でミッドナイトに制止を受ける。

 

「一応起きてはいるのよ。『レイカお姉さん』と『お茶子お姉さん』をずっと気にしているわ」

 

「お茶子ちゃんは『巻き戻し』より私の演奏のダメージの方が大きかったんだよな……。後で菓子折り持って謝りにいかないと……」

 

 おそらく教員寮のゲストルームなのだろう。

 部屋に入るとエリはベッドの上で横たわっていた。すぐ傍に相澤が座っている。

 

「エリちゃん、大丈夫?」

 

「レイカお姉さん……? デクさん……?」

 

 相当な高熱なのだろう。見るからに苦しそうだ。

 熱の原因が何なのかは分からないが相当弱っていることは確か。おそらく熱譫妄が入ってる。

 

「お茶子お姉さんは……?」

 

「お茶子お姉さんもちゃんと元気だよ~。後で会いに来るって言ってた」

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい……私は呪われてて……」

 

「大丈夫だよ。エリちゃんは呪われていないよ。大丈夫」

 

 霊火はちらりと『抹消』の相澤を見ると、ベッドのすぐ傍に座り込んだ。

 

 両腕を伸ばして小さな身体をぎゅっと抱きしめた。

 人に触れて傷つけるのが怖いのか、エリの全身が硬直する。

 

 霊火は至近距離で、『巻き戻し』の少女と目を合わせた。

 

「あのね、エリちゃん。エリちゃんのおかげで私ね、目が治ったんだよ?」

 

「目が……? あれ、お姉さんの右目って……」

 

「エリちゃんが治してくれたの。絶対に治らない傷だったのに、あなたが治してくれたんだよ?」

 

 優しい声でそう言うと、エリの目に涙が浮かんだ。

 それでも彼女は与えられる優しさから逃れるように、必死に抵抗する。

 

「ダメだよレイカお姉さん……!! 私に触れたらまた……!!」

 

「大丈夫、自分の”個性”をそんなに怖がることはないよ」

 

「そうだよエリちゃん!! 誰かを治せるなんて優しい”個性”じゃないか!!」

 

 緑谷もエリの手を握り、霊火は更に強くエリを抱いた。

 小さな少女の大きな瞳から大粒の涙がぼろぼろと零れる。

 

「大丈夫、お姉さんはね、”個性”の使い方を教えるのが上手だからさ、一緒に頑張っていこうよ」

 

「本当だよ!! 僕も君以上に”個性”の使い方がダメダメだったけど、霊火さんに教えてもらったんだ!!」

 

「出久くんは本当に滅茶苦茶だったからね……。だからねエリちゃん、焦らなくていいよ。また”あの男”の元に返したりなんかも絶対にしない」

 

 恐る恐るこちらに回される小さな手を意識しながら、小さな約束をした。

 

「私と一緒に頑張っていこう? ね?」

 

 だってこんなの可哀そうだ。

 

 強すぎる”個性”を持つことに罪は無い。

 そして3歳とかで初めてその力を使って、失敗するなんて当たり前の話じゃないか。

 それが傷害や殺人などの取り返しのつかない結果を産み出したとしても、それはこの”個性”社会の問題だ。

 

「エリちゃんは悪くないよ。悪くない。そんな事言う奴がいたら、私がやっつけてあげる」

 

「…………………………!!」

 

 腕の中で少女は小さく頷いた。

 服を涙や鼻水でぐちゃぐちゃにされるのも気にせず、エリを抱きしめ続ける。

 

 この子が何をやらかしたのかは知らないが、おそらく殺人経験者ではある。

 『死因』を持つ霊火の勘がそう言っている。殺人経験というのは人格に与える影響があまりに大きいため、何となく分かってしまうのだ。

 ……まあ流石に、両親と三桁単位の乗客と本人を乗せたジャンボジェット機を”墜落死”させた戻橋火燐ほどではないだろう。

 

『元の少女』は自分も殺してしまったためやり直しの機会は無かったが、エリは生きている。

 そして自覚的に悪意を振るうようになってしまった霊火と違い、エリはまだやり直せるのだ。

 

「治してくれてありがとうね。エリちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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