殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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098:インターン④

「治崎君は頑張っていますね。逆境でもヤケにならず前に進むその姿勢をママは評価します」

 

「黙れ」

 

「ご褒美が必要ですね。優秀で綺麗なママが昔話をしてあげましょう」

 

「いらん」

 

「いえいえ、そう言わずに。きっと興味のある話だと思いますよ?」

 

 個性破壊弾こそ手に入らなかったが、『美貌』は開き直って八斎會に居座ることにした。

 何しろ専門分野で対等に話せる相手など滅多にいない。インスピレーションを得られそうな相手とは話しておきたい。

 

 だが、そんな『美貌』を前にオーバーホールはあからさまに煩わしげな手つきで追い払う。

 若頭の側には玄野針こと『クロノスタシス』が控え、警告するような鋭い視線で『美貌』を見上げていた。

 

「“真奈美さん”。若にはもう少し敬意を持った話し方を」

 

「優しいママは一応警告しますが、“それ”はやめた方がいいですよ。あなたの能力は知っています」

 

 長身のアンドロイドは真っ赤な瞳で男を睨み下ろす。

 ……滅法低身長の霊火にとって、この視点は新鮮だった。

 

「髪で刺した相手の時間を減速させる『クロノスタシス』。強力な能力だとは思いますが、ママには通じません」

 

「……なぜ、でしょうか。これでも当たりさえすれば必殺と心得ているのですが」

 

「ママは"自己の定義"そのものをナノ秒単位で書き換え続けています。“個人に対して一度掛けて継続する”類の能力は対象を概念的に見失う。まあ簡単に言うと、ママはデバフ無効体質です」

 

「余計な話をするな、クロノ」

 

 治崎が会話を遮った。

 彼は掌を肩のあたりまで上げ意外なほど穏やかな声音で続ける。

 

「……二時間前、この馬鹿にイジられすぎて入中がブチ切れたが、コイツに『擬態』しようとして骨を五本折った。俺はお前がコイツを刺せるかどうかがまず疑問だ」

 

「ええ、ママの中に入ろうなんてとんだマザコン野郎ですよ。男というのはいつまで経ってもママが大好きですからね。まさに文字通りのmotherfuc――」

 

「止めろ」

 

「だからもうちょっとウチに敬意を持って欲しいんでやすがね……」

 

 面子を命よりも大事にするヤクザたちは不満げだったが、これ以上食い下がってはこなかった。

 

 ……どうやら、昔話をさせてくれるつもりではあるらしい。

 『美貌』は当然のように話し始めた。

 

「実際のところ、すべての超常はたった一人の人間から派生した力なのですが――」

 

 玄野が勢いよく噴き出した。

 別方向を向いて書類を見ていた治崎もギョッとして振り返る。

 アマリリス製のアンドロイドはわずかに眉を上げた。

 

「どうしたのですか?」

 

「……まさか、知っているのか? “個性”の正体を……!?」

 

「だから昔話をするだけと言っているではありませんか。ママのお話は静かに聞きなさい」

 

 もちろん、“超常”の成り立ちについては無数の推論がある。

 だが、ただの一つとして明確な論拠が示された説は存在しない。

 霊火や『ドクター』も研究の過程で“超常”の正体を追い複数の有力仮説を立てはしたものの、その証明にはついぞ至らなかった。

 

 しかし、その過程で分かったことがいくつか。

 

「昔々、死柄木全という男がいました」

 

「待て、”死柄木”…?」

 

「後の『AFO』です。敵連合の死柄木弔はその養子ですね」

 

 “個性”『死因』。

 歴史の改ざんをすり抜けて史実を鬼火として抽出する能力。

 建国神話、勝者の歴史叙述、英雄譚、公式発表とプロパガンダ、啓示の虚構、偉人の嘘。

 国家や宗教の正当性を根こそぎ引き抜いて丸ごと無力化する、国境線を吹き飛ばすタイプの異能。

 

 実は数学理科より国語社会の方が得意だったりする文系女子は、『美貌』を通して真実を語る。

 

「死柄木全という男ですが、後に”魔王”として君臨することになる彼にも母親はいました」

 

「父親がいたかどうかは……まあ伏せておきましょう。ただ一つ、彼女が自分の懐妊に気づかなかったという事実だけは伝えておきます」

 

「受胎告知の天使様は来なかったようです」

 

「強いて言えば、彼女には硬質の疣贅がありました」

 

「川のほとりでその女性は双子を産み落とし――そのまま死亡しました」

―――――――――

 

「―――”個性”で為人を判断するのはやめよう。ひつじさんも、わにさんも、赤オニさんも、みんな同じ人間だ」

 

 集瑛社の児童書『こせいといっしょ』。

 エリのためにベッドの上で絵本を捲る霊火はとにかく面白くない。

 

(……うーん、フラットに"能力"呼びでいいと思うんだけれどな……)

 

 霊火は”個性”教育そのものに相当懐疑的だ。

 だがそんな偏った思想をエリに植え付けたらそれこそ可哀想だ。

 霊火は絵本を閉じて、両手を柔らかく合わせる。

 

「"個性"って凄いね、エリちゃん」

 

「で、でも私の”個性”は……」

 

「お姉さんを治してくれたもんね」

 

 エリのほっぺたをむにょむにょしながら霊火は微笑んだ。

 抵抗もせずにされるがままの少女の目を真っすぐ見て首を傾げる。

 

「あなたもこれから沢山の人に出会うと思うけれど、見た目が怖くても嫌なことしちゃダメだよ?」

 

「う、うん!! コウダお兄さんはすごく優しい…!! ………でも、カマキリのお兄さんはちょっと怖いかも」

 

「彼もとっても優しい人だよ。大丈夫、エリちゃんを傷付けたりなんか絶対しないから!!」

 

 鎌切は容姿以前に言動がかなり怖いのでしょうがない。本人が知ったら落ち込みそうだが。

 口田はA組男子陣の中でも特別エリを可愛がってくれる。アニマルセラピー効果も相まってエリのお気に入りのようだ。

 ところで彼のウサギはどうして霊火からは全力で逃げていくのだろうか。

 

 殻木霊火はゆっくりとエリの頭を撫でた。

 

「……熱、ちゃんと下がったね。私も安心したよ」

 

「うん……絵本読んでくれてありがとう、お姉さん……!」

 

「新しい妹ができちゃった」

 

 あっちの『妹』もこれぐらい無害だったらなあと思う。

 よしよしと頭を撫でると、エリは安心しきったように瞼を閉じた。

 

 精神的なトラウマと肉体の痛みでとにかく寝つきの悪いエリを落ち着かせるための読み聞かせだったが、ようやく眠気が出てきたようだ。

 そこから更に数十分かけてエリが眠りに落ちたのを確認してから、霊火は背後を振り返る。

 

「なあに、出久くん。じっと見てどうしたの? 別に私に任せてくれてもいいんだよ?」

 

「…………僕、霊火さんのこと全然知らなかったんだなって」

 

「何の話? 出久くんも寝かしつけてあげようか?」

 

「いやそうじゃなくて……その……」

 

 眠るエリを見つめていた緑谷出久は、なぜか霊火へ手を伸ばしてそっと髪を撫でてきた。

 真っ赤になって目を泳がせる霊火に気付かずに、彼はぽつりと言う。

 

「……まるで年上の人みたいだ」

 

「年下だよ……?」

 

「いや、そういう話じゃなくて」

 

 殻木霊火は”9歳”だ。緑谷が思うよりかなり年下である。

 そして霊火は12月25日生まれなので夏生まれの彼とは7歳差である。エリの三歳上と考えると実質エリだ。

 

「……霊火さん、最近なんか綺麗だなあって」

 

「…………ねえ出久くん。あの、違うよね? 分かってて知らないフリしてるわけじゃないよね? 裏で笑ってるとかないよね? からかって遊んでるわけじゃないよね?」

 

「からかう?? 霊火さんのことは本当に綺麗だと思ってるよ?」

 

 ……超級の演技派なのかド級の鈍感なのかどっちだ!?

 年上男に振り回される乙女が思考の沼にハマっていると、同じ部屋のミッドナイトが椅子の上で悶え始めた。

 

「青い……青春……ッ!!!

 

「ミッナイ先生はちょっと黙っててくれません? ていうか先生が寝かしつけてくれてもいいんですけど?」

 

 二人の時間を邪魔された霊火は青春マニアのエロ教師に抗議を飛ばす。

 因みに『眠り香』の彼女はエリが暴走した時のストッパー役だ。『抹消』の相澤とのローテーションを組んで万が一に備えてくれている。

 

 ダボダボのニットを着た私服姿の香山睡は、エリの傍に近寄りながらこう言った。

 

「エリちゃんは私が見ておくわ。あなた達二人は呼ばれてるでしょう?」

 

「ありがとうございますミッドナイト先生。ほら霊火さん、行こう」

 

「正直私はあんまり乗り気じゃないんだけどなあ……」

 

 ナイトアイの招集による八斎會対策会議。

 霊火もエリと関わりすぎた事で安全圏にいられなくなってしまった。

 

―――――――――

 

 殻木霊火は真っ黒な敵だ。

 だからこそ対象の未来を覗き見る“予知”と対面する展開は可能な限り避けたかったのだが……こうなった以上は腹を括るしかない。

 

 雄英高校の会議室。

 重い扉を押し開けた瞬間に部屋の中央に立っていた長身の男がこちらへと視線を寄越した。

 メガネのレンズが蛍光灯を冷たく反射する。

 

「『デク』、『フロイライン』。よく来てくれた」

 

「ええ、よろしくお願いします、『ナイトアイ』」

 

 霊火が澄んだ声で応じる横で緑谷は緊張でカクカクした動きで会釈した。

 ナイトアイは無駄のない足取りで二人に近づいてまずは緑谷と力強く握手。そして霊火にも同じく右手を差し出した。

 

 霊火は差し伸べられた手に応じかけて、動きを止める。

 こちらの予想が正しければ『予知』の発動条件は「触れること」だ。この握手に応じるのはかなり怖い。

 

 ナイトアイは霊火の躊躇に気づいたのか一瞬だけ眉を寄せ、それから静かに手を下ろした。

 

「……いや失礼。こちらの配慮不足だった。よくあることだ、気にしないでくれ」

 

「あっ、本当にごめんなさい、ナイトアイ……」

 

 おそらく、本当に予知を使うつもりはなかったのだろう。

 ナイトアイはごく短い一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに冷静な顔へ戻す。

 

 ……何が悲しいって、自分の”個性”を信頼して貰えない事ほど悲しいことも無い。

 横で緑谷がオロオロしているが、霊火としてもこれ以上どうしようもない。ちょっと反省。

 

 ただ、後ろ暗いことが何一つなくても『予知』なんて絶対に御免なのも確かだ。

 ましてや”男性に”浴室やトイレなどのプライベートを覗かれる可能性があるなんて想像しただけで鳥肌が立つ。

 

「…………………………えっと」

 

 そんな緊張と気まずさが漂う空気を吹き飛ばしながら扉が勢いよく開いた。

 

「おうおう『カリン』……じゃなくて『フロイライン』か!! 久しぶりやな、色々聞いとるで!!」

 

「ファットガム!?」

 

「お、噂の『デク』やな!!」

 

 丸々と太った関西弁の巨漢がずかずかと乱入してきた。

 いきなりの登場に緑谷のほうが仰天している。

 

 さらに追い打ちをかけるように、もう一つ暑苦しい声が続く。

 

「緑谷!! 殻木!! お前らも呼ばれてたんだな!」

 

「切島君!? どうしてここに!?!?」

 

「あ、そっか。ファットガムが来るなら切島も来るのか」

 

 というのも、ファットガムのインターンに切島を紹介したのは霊火だ。

 彼の希望する職場体験先が一年生の受け入れをしておらず、芦戸三奈を介して霊火に頼み込んだのが経緯である。

 熱血そのものの切島に『頼む!』と暑苦しく頭を下げられ半ば押し切られる形で承諾したのだが……。

 

「えらい根性ある奴寄こしてくれて助かっとるわ!! 霊火ちゃんとは全然タイプちゃうからビビったがな!!」

 

「めっちゃ押し強かったんですからねこの人。だけど彼は私の全開火力を正面から三十秒耐えきったので……」

 

「なんや、“紹介の時に殻木のテストがあった”とは聞いとったが、そんな鬼みたいな課題押し付けられとったんか!?」

 

 職場体験の時にファットガムには何かと迷惑を掛けたため、霊火としても実力不足の生徒を紹介するわけにはいかなかったのだ。

 だからこそ切島が初日から単独で敵を退治したという記事を見た時は霊火も心底ホッとした。こちらの面子にも関わるので彼の活躍は素直に嬉しい。

 

「…………………………」

 

「天喰先輩も何か言ったらどうですか?」

 

「やめてくれ殻木さん……」

 

 天喰環は広い会議室の端で壁を見つめながら気配を消していた。

 彼が完全に壁と同化しようと試みていたその時、会議室の扉がまた開く。

 

「ご、ごめんなさい! 遅れちゃって……! あっ、霊火ちゃん!? デクくんも!?」

 

「うううう麗日さん!? なんでここに!?」

 

「わ、私も呼ばれたんよ! いやあ、来てみたらまさか皆おるとは思わんくて……!」

 

「リューキュウの付き添いよ。久しぶりね霊火ちゃん、緑谷ちゃん」

 

「久しぶりだね梅雨ちゃん。……え、ということは」

 

 影が差し込み長身の美女が堂々と姿を現した。

 プロヒーロー『リューキュウ』が入室する。麗日たちのインターン先だ。

 

「ウラビティ、フロッピー。二人とも、準備はできてる?」

 

「「はい!!!!」」

 

 ぴしっと返事する麗日と梅雨。二人の背筋が伸びるのとほぼ同時に横の扉ががらりと開き、波動ねじれが勢いよく飛び込んでくる。

 

 続けて入って来たのはエンデヴァー。

 勝気な笑顔のミルコ、

 音もなく入室するエッジショット。

 ロックロック、マウントレディ、シンリンカムイ。

 

 霊火の中の違和感がいよいよ無視できない大きさになってきた。

 緑谷も同じ事を思ったようで次々と入室するトップヒーローを見てそっと呟く。

 

「八斎會の話だよね? こんなにヒーローを集める必要あるのかな……?」

 

「さあ……?」

 

―――――――――

 

「順を追って話します」

 

 ナイトアイは淡々とそう告げて指先でリモコンを弾いた。

 会議卓前方のプロジェクターが淡い光を帯び資料の一枚目が浮かび上がる。

 

 フロイラインの席はデクとイレイザーヘッドの間だ。

 赤い目の少女はテーブルに頬杖をついて軽く目を細める。

 

「では、私から説明を」

 

 すっと椅子を引いて立ち上がったのは、ナイトアイ事務所のサイドキック『バブルガール』だ。

 青みがかったショートヘアが揺れる。

 

「現在、私たちは《死穢八斎會》という指定敵団体について即時調査を進めています。容疑は、複数の違法献金・脅迫行為・資金洗浄の疑い。加えて裏社会との協力関係も濃厚です」

 

 まあ、この辺りは基本的なヤクザの業務だ。聞いていて新鮮味はない。

 

「問題なのは、トップである治崎廻がプロヒーロー『オーバーホール』として合法的な肩書を持っていることです。これが調査を極めて困難にしています。権限の乱用、情報の隠蔽、証拠の破棄……疑念は尽きませんが、決定的なものが中々掴めませんでした」

 

 イレイザーヘッドは腕を組み、眉間に皺を寄せたまま微動だにしない。

 

「しかしつい先日に状況が変わりました。今回皆さんをお呼びしたのは八斎會に関わる“決定的な異変”を掴んだからです」

 

「ほな、うちの番やな」

 

 ファットガムが椅子から立ち上がった。

 

「最近、妙な“薬”が取引されとってなあ……」

 

 ファットガムはプロジェクターに映し出された画像を指で叩く。針が突き出た弾丸だ。

 

「レッドライオットのデビュー戦でサンイーターに打ち込まれた例の薬。『”個性”を壊す薬』や」

 

 会議室のプロヒーローがどよめきに揺れる中、ファットガムがこちらへ視線を向けた。

 

「『フロイライン』、お前の方から説明頼む」

 

「は~い。あ、皆さんよろしくお願いいたします。『フロイライン』です」

 

 立ち上がって軽く一礼。

 両隣の緑谷と相澤が仰天した目で見上げてきたが、内緒の仕事だったので彼らが知らないのも当然だ。

 

「私はファットから依頼を受けて『個性破壊弾』について検査しました」

 

「コイツの実家病院やねん。こういう”個性”研究に詳しいかと思ってな」

 

 ……8月に行われた異能解放軍による襲撃で警察の科学検査系機関は軒並み全滅している。だから霊火の方に声が掛かった。

 あの襲撃には霊火自身が深く関わっているのだが、それを表情に出さず霊火はプロジェクターの表示を切り替える。

 

「では、まず皆さんが一番気になっているであろう点から。個性破壊の効果ですが、これは一時的なものです。一晩もすれば回復します」

 

「回復するなら一安心だな。致命傷にはならねえ」

 

「攻撃目的なら普通の弾丸の方がよっぽど優秀な気も……」

 

 ナイトアイがゴホンと咳払いし、霊火は肩をすくめて話を本題に戻した。

 

「ただ、“個性”を破壊する薬という時点でヤバいです。『トリガー』のようなブースト薬こそ数あれど“抑制剤”は開発難度が桁違いで、公的には成功例ゼロ。ましてや”完全に使えなくなる破壊”だなんてもはやオーバーテクノロジーの領域ですね」

 

「……一応聞くが、俺の『抹消』とは違うのか?」

 

「先生の"個性"は因子の一時停止なのでまったくの別物です。弾丸の効果は個性因子そのものへのダメージ。分かりやすく言うと……先生が『抹消』できない常時発動型の異形でも、この薬は機能する可能性が高い。因子が”足されていない”ベースの人体へ変貌するはずです」

 

 ヒーローたちの間に、再び大きなどよめきが走った。

 

「いわゆる『異形』を『普通』に“戻す”研究は、その需要の高さから世界中で続いてきましたが……一時的とはいえ、ついに成功例が出てしまいましたね」

 

「良くも悪くも世界が変わるだろうな。”個性”社会とは言うが、自分の“個性”を消したい人間は異形に限らずかなり多い」

 

「私も同感です『ロックロック』。ただ、この薬剤そのものは量産向きでは無さそうでして」

 

 プロジェクターが成分分析のスライドへと切り替わる。

 

「この薬剤、人の血液や細胞が混ざっているんですよ。つまり”個性”破壊も、おそらくは一人の能力者による超常現象と推測できます」

 

 何かを悟ったのか、緑谷の顔がさっと青ざめた。

 

「ところで、二週間程前に『デク』は八斎會の若頭『オーバーホール』と接触しました。その時に彼は一人の少女を保護しました」

 

 プロジェクターのスライドを一枚進めた。

 霊火が撮影したエリの右腕だ。夥しい傷跡に会議室の空気が一瞬で沸騰する。

 

「ガキに……こんな……」

 

 ロックロックが低く唸る。

 相澤は何も言わず拳を握り、デクは俯いて唇を噛んだ。

 無表情の霊火は淡々と説明を続ける。

 

「エリちゃん……という名前なんですが、この子の"個性"は『巻き戻し』。触れた人体の時間を巻き戻すという極めて珍しい能力です」

 

 霊火は前髪をかき上げて自分の右目を指先で指した。

 プロジェクターが切り替わり、眼球が無い状態で撮られた霊火の写真が映し出される。エッジショットが身を乗り出した。

 

「な、治せるのか!? 眼球の欠損レベルの大怪我を!?」

 

「治せます。何しろエリちゃんの個性は”治療”ではなく”巻き戻し”です。場合によっては死者の蘇生にも手が届くかもしれません。まあ経緯は事故みたいな物でしたが、彼女は私の目を治してくれました。……因みにこの時ウラビティも巻き込まれていて、二週間ほど巻き戻されたことでトレーニングの進行度に悪影響が出たみたいです」

 

「わ、私は全然気にしてへんよ!! 大丈夫、また鍛えなおす!!」

 

「と、まあ個性の制御が甘いのと、角の大きさから推察できる許容量の都合上頼りにし過ぎるのは良くありません。しかし私たちプロヒーローにとって極めて有用な能力なのも否定できないかと。そしてこれは敵にとっても同じことです」

 

 スクリーンに専門的な因子構造の図が広がる。

 

「分析から確定しています。個性破壊弾の主成分はエリちゃんの血肉です。『人体を”個性”発現前まで巻き戻す』とかそういう使い方してるんでしょうね」

 

「……子供を材料にしたってのかよ……!」

 

「オーバーホールの"個性"は『分解と修復』。触れた対象を分解して再構築する能力です。そしてエリちゃんの身体にはその“使用痕”と見られる傷が多数確認できる」

 

 会議室に深い沈黙が落ちた。

 

「素直に進めるなら……彼女の身体を分解し、血肉を抽出して弾丸の材料にしていると推測する他ありませんね」

 

「待って。そのエリちゃんって女の子はなんて言ってるの?」

 

「話してくれません。当たり前といえば当たり前ですが思い出したくないのでしょうね。正直、私としては忘れさせてあげたいくらいです」

 

「……なら八斎會は、もう個性破壊弾を作れないってことよね」

 

 リューキュウは厳しい顔で息をついた。

 ファットガムが拳をテーブルに叩きつける。

 

「想像しただけで腸煮えくり返るわ!! 今すぐガサ入れじゃ!!」

 

「では、ここからは私が」

 

 ナイトアイが静かに立ち上がる。

 

「結論から言います。”今すぐ”は得策ではありません。今日、私がこれほどの戦力をここに集めたのには理由があります」

 

なんでやナイトアイ!! ホンマ胸糞悪い……! こんなん今すぐ攻め込むべきやろ!!」

 

 ファットの剣幕を前にしても、ナイトアイは微動だにしなかった。

 

「私も同じ気持ちですファットガム。しかし、先日念のために『予知』でルミリオンを見たところかなりマズい事態が見えました」

 

 そして彼は言った。

 

「『()()()()()』」

 

「え?」

 

「あれが参戦してきます。アンドロイド『風香』、我々はあの“鬼”と交戦する事となります」

 

 霊火は仰天してナイトアイを凝視する。

 八斎會の件で風香を出すつもりはないが……?

 

 会議室の空気が一気に冷え込んだ。

 ここまで沈黙していたエンデヴァーが、重々しく頷く。

 

「なるほど。一介のヤクザにしては過剰戦力だと思っていたが……ようやく腑に落ちた」

 

「元々私が追っていたのは、『オーバーホール』ではなく『アマリリス』です。理由は分かりませんが、八斎會は『アマリリス』と協力関係にあります。ここで必ず『アマリリス』の尻尾を掴み、私の”個性”で捕らえます」

 

 マズい。

 

 『予知』の性能を甘く見ていた。

 ここまで精密に未来を知るものだとは思っていなかった。

 

「『アマリリス』が関与する以上我々も最高の戦力を揃え、細心の注意を払って突入する必要があります。確度を高め、早期解決を全力で目指すつもりです」

 

 ナイトアイは深々と頭を下げた。

 

「ご協力、よろしくお願いします」

 

 ……ダメだ。

 

 『予知』を、許してはいけない。

 こんな化け物を自由に歩かせていたら霊火の隠蔽技術が通用しない。

 いつか必ず『アマリリス』の正体が割れる。

 

 正体がバレる前に殺したい。

 目先の安心を確保したい。

 

 最も身勝手で原始的な、生存本能が霊火の全身を貫いた。

 震える右手をテーブルの下で押さえつけながらナイトアイを見る。

 

 その肩に、そっと緑谷の手が置かれた。

 

「頑張ろうね、霊火さん!!」

 

「うん。エリちゃんには右眼の恩があるからね。……私もちゃんと頑張るよ」

 

 それも本音だからこそ難しい。

 

 いきなりとんでもない難敵が出てきた。

 ここから先は、ワンミスが即死に繋がる地雷原だ。

 

―――――――

 

 会議室の端で、相澤と一年生組が固まっていた。

 

「本当は、緑谷と殻木を除いた君たち三人のインターン中止を提言するつもりだったんだがなァ……」

 

「そりゃないぜ先生!! あんな話を聞かされて黙っていられるかよ!!」

 

「そうよ。あんな小さな女の子を傷付けるなんて許せないわ。避難でも救助でも、私たちに出来ることはあるはずよ」

 

「わ、私もです!! ちゃんと八斎會を捕まえて、エリちゃんを安心させてあげないと!!」

 

 切島に蛙吹、そして麗日がガタンと椅子を蹴って立ち上がる。

 ……霊火はどちらかというと相澤の意見に近かったが、学友として一応彼らの肩を持つことにした。

 

「まあ……自衛力と生存力に優れる切島は前線でもある程度は大丈夫だと思うよ? お茶子ちゃんと梅雨ちゃんも機動力あるから、立ち回りさえミスらなければ……」

 

「殻木………!!」

 

 感極まった切島が震えながらにじり寄ってくるのでそっと距離を取る。

 そのとき、コンコンと控えめなノック音が響いた。

 

 会議卓を囲んで資料を見ていた大人たちが一斉に顔を上げる。

 

「……? 廊下ごと立入禁止のはずですが。俺が出ます」

 

 相澤が眉を寄せながら扉へと歩いた。

 重い扉がきしみ、ゆっくりと開いていく。

 

 そこに立っていたのはミッドナイト。そしてその手に引かれた、小柄な白髪の少女。

 

「エリちゃん……!?」

 

 ヒーローたちの表情が一斉に強張る。

 噂をすれば影。不意を突かれた大人たちの視線は、否応なく少女を竦ませてしまう。

 

 ミッドナイトは軽く会釈しながらエリの肩を押さえ、霊火と緑谷へ小走りに近づく。

 

「……なにこれ、思った以上に大掛かりな作戦会議ね?」

 

「ミッドナイト、なぜ連れてきた?」

 

「ごめんなさい。エリちゃん、あれからすぐに起きちゃって。ずっと我慢してくれてたんだけど、もう泣きそうで……」

 

 パチパチとエリの角が弱く発光した。

 イレイザーヘッドが慌てて『抹消』を発動する。

 

「……連れてくるしかなかった、か」

 

「私が眠らせても良かったんだけど、暴走が止まる確信が持てなくて……」

 

 ミッドナイトの声には困惑と気遣いがにじんでいた。

 エリの指先がミッドナイトの服をぎゅっと握り、震えるたびに彼女は背中をさすっていたが、その限界が近いことは誰の目にも明らかだった。

 

「エリちゃん……!」

 

 緑谷はエリの前に屈み込む。

 彼の腕に抱き上げられた途端に、エリはぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。

 

「だ、大丈夫だよエリちゃん!! ここは安全だから、ね? もう怖くないよ!!」

 

 緑谷が慌てて背中をさすり、エリはその胸元にぎゅうっとしがみつく。

 小刻みに震える肩から必死にこらえていた不安が伝わる。

 

 霊火はそっと相澤に囁いた。

 

「やっぱり夜が安定しませんね。”個性”もちょくちょく危ういしなあ……」

 

「ずっとお前らにエリちゃんの面倒を見させるわけにもいかないんだがな」

 

「イレイザーヘッド、フロイライン。少しお時間をいただけますか」

 

 振り返るとナイトアイが立っていた。

 霊火は思わずエリをあやす緑谷の方へ視線を向けるが、ナイトアイは静かに首を横に振った。

 

「すまない。私たち三人だけで話がしたい」

 

 霊火はパチパチと瞬きをした。隣の相澤も相当怪訝な顔をしているが、ナイトアイはそれ以上の説明を付け加えない。わずかに焦りを滲ませた目でこちらを見てくる。

 

「……三人で話すなら隣の空き教室でいいだろう。他は施錠されてる」

 

「では、そちらで」

 

 深夜の廊下は昼間とは違い足音が妙に響く。

 隣の教室の扉を開けると、夜風がするりと流れ込んだ。相澤が電気をつけてもどこか冷たい空気が抜けない。

 

 扉が閉まるのを待って、ナイトアイは静かに口を開いた。

 

「単刀直入に伺います。エリはこのまま雄英で保護する予定なのですか」

 

 相澤は即答した。

 

「もちろんだ。彼女が安全を取り戻すまで責任を持って面倒を見る」

 

「……そうですか」

 

 その返答を確かめるように、ナイトアイは細く息を吐く。

 そして彼は慎重に言葉を選びながら続けた。

 

「……先程は敢えて言いませんでしたが、ミリオを『予知』した際にこういう光景が映りました」

 

 霊火は背筋を伸ばした。相澤も片眉をぴくりと上げる。

 

「まず、気絶したエリが『オーバーホール』に抱きかかえられていました」

 

「え、なんで?」

 

「そこまでは分かりません。そういう“出来事”がミリオの周囲で起こっていたというだけです」

 

 霊火は真っ青になった。

 それは、()()()()()()()()()()()()()ということを意味する。

 

「わ、私……エリちゃんを守りきれないの?」

 

「ちょっと待って下さいナイトアイ。あなたのそれはあくまで『予知』でしょう? その情報を使えば、エリちゃんの未来は変えられるはずだ」

 

「……これまで一度も、私の『予知』が外れたことはありません」

 

 未来の確定。

 エリが奪われるところまでは決定事項。霊火は胸を押さえる。

 呆然と相澤を見上げると、彼は歯を強く噛みしめて言った。

 

「………もっと情報を。八斎會突入では俺はミリオに同行します。試しに俺に『予知』を使ってください」

 

「……それは、出来ない」

 

「何故ですか? ルミリオンには使って、俺には使えない理由は?」

 

「私の『予知』は、発動すると24時間のインターバルが必要だ。そして一度に一人しか見られない」

 

「それでも十分でしょう。こんな状況で“出来ない”とはどういう意味です? 一人の女の子の命が掛かっています、それは合理的とはいえない」

 

 相澤が苛立ってきた。

 霊火は半ば思考が真っ白で会話を追っていたが、次の言葉には全てが凍りついた。

 

「……無駄、かもしれない」

 

ナイトアイ!!!!

 

私は見てしまった!!!

 

 もはや怒鳴り合いだ。

 ナイトアイは片手で顔を覆い、激情を抑えるように息を吐いた。

 

「エリは……死んでしまう」

 

「は?」

 

「ミリオの目の前で、顔の見えない誰かに……あの子は殺されてしまった……」

 

 過去形。

 相澤は完全に言葉を失った。

 

 ナイトアイはメガネの奥の瞳を伏せる。

 

「……そこから先は“見ていない”。この作戦で何人の命が失われるのかも、誰にも分からない。しかし―――」

 

「エリちゃんは、死ぬ……?」

 

 ナイトアイは重く頷いた。

 非確定な筈の未来が、絶望のルートに確定していく。

 

「私の『予知』が外れたことはありません」

 

―――――――――

 

 『予知』への挑戦。

 

 殻木霊火の、世界で一番過酷な二週間が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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